白崎ライカ

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白崎ライカ

アニメ、ファンタジー、剣戟アクションが好きです。 自分の好きな時に書いてるので、 不定期投稿です。 温かい目で見て下さると作者は喜びます! 使用しているイラストは画像生成AIで作成したものです! カクヨムでも連載を始めました! よろしくお願いします〜

最終話 コード:ジニア

 僕はすぐに奴が肉弾戦に切り替えたのだと悟った。  青影を握り、一歩一歩踏みしめて奴との間合いを詰める。  互いの間合いに入った途端、僕と奴は同時に攻撃を仕掛けた。僕は炎のブレスを吹いた。その炎は青でも赤でもなく、黒い炎だった。これがステージFの炎。しかし奴はブレスを難なく回避し、僕に向けて拳を振るってきた。僕は即座に青影でガードするが、その強力な一撃に刀は折れてしまい、僕の体躯に拳が命中する。 「ぐはっ」  僕はそのまま数メートルほど吹き飛ばされてしまった。廃工場の壁に激突する。頭がぐわんぐわんと揺れて血が滴り落ちる。脳震盪を起こしたようだ。  だが奴の猛攻は止まらない。  ギロルは瞬時に間合いを詰め、再び拳を放ってきた。僕は黒炎を纏った拳で迎撃する。互いの拳がぶつかり合うたびに大気が揺れる。  しかし僕のステージFにはまだ固有能力が残っている。  僕は即座に炎のブレスを掌に溜め込み、炎を槍に変形させて奴に向けて投てきした。ギロルは身体に纏った黒い霧を槍状に変形させて僕の炎の槍に向けて投てきする。炎の槍と霧の槍が正面からぶつかり崩れ落ちる。変身魔法を使用している今のギロルにはどうやら僕のステージFの固有能力は効かないらしい。これは完全に単純な肉弾戦になりそうだ。  僕とギロルは互いに間合いを詰め、拳をぶつけ合う。頬を殴り合ってその都度よろめきながらも攻撃を続ける。『暁の会』のアジトは泥臭い戦場と化していた。  僕は尻尾で折れた青影を拾い上げ、奴に殴りかかると同時にその体躯に刀を刺し込んだ。そして柄尻を蹴り上げて奴の体内に刃を押し込む。 「ぐっ」  ギロルは小さく声を出した。  どうやら有効打になったらしい。  僕はそのまま攻撃を続ける。  炎を纏った拳で殴り、折れた青影を引き抜いて再び斬りかかる。  ──黒翼撃刃《こくよくげきじん》・重《かさね》。  幾千の太刀を重ねて振るい続け、奴の霧の体躯を斬り刻んでいく。  ──黒鱗万火《こくりんばんか》。  そして彼が回復するよりも早く拳を握りしめ、強力な一撃を放った。 「ああああああっ!」  声を出した。  黒い鱗で覆われた拳の渾身の一撃は黒曜石よりも硬く、奴の腹を貫通した。 「ぐはっ……!」  ギロルは口から血を吐き、その場に倒れ込んだ。 「はぁはぁはぁ」  猛攻を仕掛け続けて息が切れた。  亜人態の変身は解け、元の人間の姿に戻った。  これ以上戦うことはできない。もう全ての力を出し尽くしてしまった。  しかしそれはギロルも同様だった。奴の変身魔法は解除され、元の魔法使いの姿に戻っていた。  終わった。  終わったんだ。  僕がその場に腰を下ろすと、風穴の空いた天井からハイナとエルさんがやってきた。 「レイ! 大丈夫⁉︎」 「少年、無事かい?」  二人はすぐに僕の元へと駆け寄ってくる。 「はい。どうにか大丈夫です。それよりもギロルはどうですか?」  僕の問いにエルさんが地面に倒れ込む彼を見やる。 「傷口は回復しているようだが、気絶しているみたいだ」 「そうですか……ハイナ、ギロルを拘束してもらっても良い?」 「うん。それは勿論そうするけど、レイは大丈夫なの?」 「ああ。僕は大丈夫だから。やってくれ」 「わかった」  ハイナはアーグルの鎖でギロルを縛り上げた。  僕はふうっと息を吐いて空を見上げる。  空には太陽が昇り、地面を焼き焦がしていた。まるでエルさんと初めて会った時のようだった。  やがてミルギースの警察が『暁の会』のアジトに到着した。騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。ギロルを含めた亜人達全二十八名を数台のパトカーに乗せて警官達は去っていった。  それからは季節が過ぎるのが早く感じられた。『cafe:zinnia』は再建され、僕達は日常に戻った。しかしエルさんだけはどこか上の空だった。カウンターの奥でひたすらにコーヒーを淹れてお客さんに提供している。何か思い悩んでいるのかと気になり何度か声をかけてみたが「大丈夫」の一点張りだった。僕とハイナとラーグは互いに顔を見合わせて肩を落とすことしかできなかった。アルジオさんは「何も訊いてやるな。それが今は一番だ」とどこか俯瞰しているようだった。ルルカさんはエルさんの支援に徹している。  しかし『暁の会』を倒してからというもの、亜人ユニオンの武装蜂起のニュースはぱたりと止んだ。やはり世界各地の亜人達の人々への憎悪を高めていたのは『暁の会』が原因だったのだと思い知らされた。  人と亜人の争いは収束しつつあった。  そんな時だった。  突然エルさんが僕達を呼び集めた。 「みんな、今まで心配をかけたね。すまなかった。『暁の会』を倒してからというもの、人と亜人の争いは無くなりつつある。このタイミングしかない。ようやく決心が着いたよ」 「一体どうしたんですか?」  ハイナがそう訊いた。  エルさんはふうっと息を吐いて答えた。 「『人と亜人の不可侵の法律』をミルギースから全世界に発信しようと思っている。リカなら協力してくれるだろう」  彼女はそう言い放った。 「『人と亜人の不可侵の法律』……ですか?」  終業時間の店内に集められた僕達は総じて耳を疑った。エルさんからまさかそのような提案がされるとは思ってもみなかったからだ。  僕は気付けば彼女にそう訊き返していた。 「ああ。そうだ。互いに争わないという不可侵の法律が制定されれば、きっと今よりも人と亜人の争いは減少する。『人と亜人の共生』に大きく近づくんだ。『暁の会』を倒してからずっと考えていた。もっと早くこうするべきだったんだ」  確かに不可侵の法律が制定されれば、人と亜人の争いを強制的に無くすことができる。罰則があればテロ行為を起こそうとする反乱分子を抑制することに繋がるのも大きな利点だ。『人と亜人の共生』。今までは犯罪組織を潰して回るだけだったが、法律が制定されればより一層その未来に近づく。ミルギースの街並みの光景が世界中に広がるのだ。それは僕達にとって願ったり叶ったりな状態だ。 「それ、良いと思います」  僕はエルさんに向けてそう言い切った。 「私も。今よりも人と亜人の争いが減るなら、それが良いと思います」  ハイナもそう言った。 「確かにそうだな。そうすればDRIを立て直すのも手っ取り早い」  ラーグもそう続ける。 「俺も良いと思うぜ。賛成だ」  アルジオさんはそう言ってタバコをふかした。 「私はヴォルトロン様のあるがままに従います」  ルルカさんはそう言って主人の肩に手を置いた。 「みんな……ありがとう。では、早速行こう」 「行くって……どこにですか?」  僕はそう尋ねた。 「ミルギースの市役所の市長室だ。リカに直接交渉を持ちかける。転移魔法で向かうよ。手っ取り早く済ませたいからね」 「え、今からですか?」  僕は思わずそう訊き返す。 「ああ。そうだ」  しかし、彼女の意志は固いようだった。 「わ、わかりました」  僕はそう答えるしかなかった。  そしてエルさんは杖を打ち鳴らし、僕達をミルギースの市長室に転移させた。  赤い魔法陣から解き放たれると僕達は白い壁で一面が覆われた部屋の中に立っていた。棚には幾つもの写真や賞状が置かれていた。写真の中には青い髪を垂れ流した少女が役人達と共に写っていた。これがリカさんなのだろうか。 「いきなりジニア全員でやって来るなんて、何事かな?」  声が聞こえてきた。  知らない声だ。とても透き通っていてふわふわとした声だった。僕は気づかなかったが、市長室の奥には黒皮の椅子と漆で塗られた机が置かれており、そこに一人の少女が腰掛けていたのだ。すぐにその青髪の少女がリカさんなのだと悟った。 「やあ、リカ。いきなり押しかけてすまないね」 「良いよ。別に。慣れてるからね。話に聞いてたジニアの皆々様こんばんは。リカ・カニス・ユッカでぇす」  リカさんは満面の笑みで自己紹介した。 「あー、えっーと、レイ・フォードガストです! 急に押しかけてすみません!」 「ハ、ハイナ・カーネーションです! よろしくお願いします!」 「ラーグ・アルスレッドです。よろしくっす!」  僕達は敬意の表明として各々頭を下げる。 「そんなかしこまらなくて大丈夫だよ〜。リラックス。リラックス〜」  彼女はゆったりとした声色でそう告げた。  僕達は緊張でガチガチに固まってしまっていたが、それをほぐそうとしてくれたようだ。 「あ、ありがとうございます」  僕はすかさずそう礼を言った。 「いえいえ〜」  リカさんは手を振ってそう答えた。 「それで、一体全体どうしたのかなあ?」 「リカに相談があってね」 「ほうほう、エルが私に相談なんて珍しいね」 「ああ。確かにそうだね。頼めるかい?」 「内容次第だね」 「では単刀直入に。『人と亜人の不可侵の法律』をミルギースから公表して欲しいんだが、どうだろうか?」 「『人と亜人の不可侵の法律』……かぁ。随分と大きく出たね」  リカさんはふっと笑みを溢す。 「『暁の会』を倒した今、人と亜人の争いは無くなりつつある。最後の一手として法律で不可侵を定めたいんだ。どうだろうか?」 「うーん」  リカさんは顎に手を添えて少しの間考え込んでいた。しかしすぐに満面の笑顔で答えた。 「良いよ!」 「本当かい?」 「うん。なんかそんな気がしてたんだ。エルが私にそう提案してくるって」 「──未来を見たのかい?」 「そんな大したものじゃないよ。ただなんとなくそうなんじゃないかなあって思っただけ〜」 「ありがとう。助かるよ」  エルさんはリカさんにそう礼を告げた。 「良いよ良いよ〜。それじゃあ細かい手続きはこっちで進めるから。みんなは帰って良いよー。あ、エルとルルカちゃんは残ってね。法律の内容を煮詰めないといけないから」 「ああ。わかった。それじゃあみんな、喫茶店に戻すよ」 「了解です」  僕とハイナとラーグはそう答えた。 「おう」  アルジオさんもそう返事をする。  エルさんは再び転移魔法を発動させ、僕達を『cafe:zinnia』に戻した。  リカさんの元へ法律制定の提案に向かってから一週間の時が流れた。ミルギースは相変わらず平和だ。この街並みがこれから全世界に広がる。そう考えるだけで胸が高鳴るのを感じた。  エルさんは僕達を店内に転移させてから数時間後に戻ってきた。彼女曰く「法律の内容が決まった」とのことだ。ちょうど今日の昼に生中継でリカさんが法律の公布を発表するらしい。  僕達は喫茶店を臨時休業にし、テレビに釘付けになった。 「そろそろだ」  エルさんはそう言って身構える。  番組が変わり、リカさんがモニターに映し出された。 「アーデリナ国民の皆様こんにちは。リカ・カニス・ユッカと申します。ミルギースの市長を務めています。アーデリナ国民の皆さんにはこれから全世界に向けて発信するある法律の公布をお知らせしたいと思います。約千年間、人と亜人は互いにいがみ合い、争いを繰り返してきました。しかし昨今、とある亜人ユニオンが消滅してからというもの、人と亜人の争いは急激に減少したように感じます。ここで一つ、『人と亜人の不可侵の法律』を制定したいと考えています。内容は単純明快。人は亜人に危害を加えないこと。また亜人も人に危害を加えないこと。これだけです。法律の名前は『規律』という意味の『コード』という単語を使い、とある武装組織の名を借りて『コード:ジニア』と名付けました。是非アーデリナ国の皆さんにはこの法律を支援していただきたく存じます。以上、ミルギース市長・リカ・カニス・ユッカでした」  そうして生中継は終了した。『コード:ジニア』。人と亜人の不可侵を約束した法律。まさかジニアの名前が使われるとは。この翌日、ニュースは『コード:ジニア』が公布されたという内容で持ちきりだった。人と亜人の両者に受け入れられるのもそう遠くない未来の話になるだろう。  そして『コード:ジニア』が全世界に制定されて、約一年の月日が流れた。  ラーグは一度ジニアを抜け、DRIの再建に尽力するらしい。少しの間ではあるが、親友が遠くへ行ってしまうことに寂しさを感じるのもまた事実だ。 「俺はDRIを立て直す為に一度ジニアを抜けるよ。ジニアに入ったのもDRIを再建するためだからな。どれくらいかかるか分からないけど、できるところまでやってみるつもりだよ」  彼は僕にそう告げた。  僕はただ「そっか」とだけ言葉を返した。 「じゃあな、親友」  ラーグはそう言って手のひらを掲げた。 「ああ。またな」   僕はその手を叩いた。  最後のハイタッチを交わし、ラーグはジニアを去っていった。  ラーグがジニアを抜けてからさらに一年の時が過ぎた。  世界はすっかり平和になった。争いはぱたりと無くなり、ジニアが活動するのも喫茶店のみになった。  僕は『cafe:zinnia』の屋上で青空を見上げていた。休憩時間にある人物を呼び出していた。今は彼女を待っている状態だ。 「レイ?」  来た。ハイナだ。 「話って何?」  ハイナは僕の隣に立ち、そう訊いてきた。 「えっーと……」  今更ながらとても緊張してきた。心臓がうるさい。頬も真っ赤に紅潮していることだろう。けれどもこれだけはどうしても伝えたい。僕は意を決して口を開いた。 「ハイナ……」 「うん」 「結婚……しないか?」 「えっ……?」  ハイナの顔がみるみる赤くなっていく。 「それって、プロポーズ?」 「うん。そう。どうかな?」 「……っ」  次の刹那、ハイナは大粒の涙を溢した。 「えっぐ……ひっぐ……っ」 「え、ハ、ハイナ?」 「ごめんね……嬉しくてつい……よろしくお願いします」  ハイナは両手を口に添えてそう答えた。 「本当に? 僕で良いの?」 「うん。レイが良いの」  彼女は涙を拭いながらそう告げた。 「ありがとう。絶対に幸せにするね」 「私のほうこそだよ。絶対に幸せにする」 「うん。ありがとう」 「あ、でも、名前、どうしよう……」 「え?」 「レイからもらった『カーネーション』って名前。すごく大切にしてるの。レイと結婚したら私、『ハイナ・フォードガスト』になっちゃう……」 「それじゃあミドルネームにするのは?」 「ミドルネーム?」 「そう。カーネーションでCだから……『ハイナ・C・フォードガスト』とか、どうかな?」 「それ、すごく良い。ありがとう。レイ」 「気に入ってもらえて何よりだよ。これからよろしくね。ハイナ」 「うん!」  僕達はそうしてどちらからともなく口付けを交わした。  しかし次の刹那、屋上の扉をこじ開けてアルジオさんがやってきた。 「おい、もう休憩時間とっくに過ぎてるぞ! 仕事しろ! 仕事!」 「はい! 今、行きます!」  僕はそう返答した。 「びっくりしたね」 「そうだね」 「それじゃあ行こうか」 「うん」  僕とハイナは手を繋いで店内に戻った。 「おや、二人とも顔が赤いじゃないか。どうしたんだい?」  カウンターの奥でコーヒーを淹れていたエルさんがそう尋ねてきた。 「いえ、なんでもないです」  僕はすかさずそう答える。 「それなら良いのだが……熱があるなら休んでくれよ」 「はい。ありがとうございます」  僕がエルさんに礼を言った次の刹那、カランコロンと扉のベルが鳴った。  僕とハイナは一度手を解き、扉の方へ歩みを進めた。 「いらっしゃいませ!」  喫茶店に来たお客さんに向けて僕達は満面の笑みを向けた。      

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最終話 コード:ジニア

第三十三話 最終決戦Ⅱ

 少年とハイナ君がギロルの体躯を掴んで宙に放り投げてから数刻の時が経った。  戦況はどうなっているだろうか。二人とも空中に向かってしまったため、状況が分からない。  その時だった。 「お前達、何者だ!」 「『父様』に何をした!」  騒ぎに気づいた『暁の会』の亜人達が部屋に押し寄せてきた。  どうする?  転移魔法で全員どこか別の場所へ転送するか?  いや、もし街に彼らが放たれてしまえばテロ行為に走るかもしれない。安易に彼らを転移させるのはかえって危険だ。  どうすれば良い?  私が必死に思考しているとルルカが声をかけてきた。 「ヴォルトロン様。こちらは私達にお任せください!」 「ええ、レイとハイナちゃんのところに行ってあげてください。ステージ3を解放してるからって二人だけじゃどうも不安だ」  ラーグもそう告げる。 「さっさと行け! そんでちゃっちゃと決着つけてこい!」  アルジオはそう言い放った。 「みんな……すまない」   私は浮遊魔法ですぐに二人の元へと向かった。  ***  私とギロルは互いに杖を構えたまま静止状態に入る。互いの一挙手一投足が致命傷になりうるからだ。 「どうした? 来ないのか?」 「そっちこそ。固まっているように見えるが?」 「ふん。来ないならこちらからいくぞ」  先に仕掛けたのは奴だった。  ギロルは杖からレーザーを発射した。  私も咄嗟に光線発射魔法で応戦する。  魔法が正面からぶつかり合い、大気を揺らす。風圧が押し寄せ、浮遊魔法で立っているのがやっとの状態になる。  やがて魔法が止み、再び静止状態になる。  次に仕掛けたのは私だった。  再び光線発射魔法で奴の視界を塞ぎ、光線を撃ち終えると同時に浮遊魔法で間合いに入り、水晶から伸びた鎌でギロルに切り掛かった。奴は杖で攻撃を受け止める。  互いの力が拮抗し、ギリギリと杖が軋む音が響く。  私は即座に体勢を変え、鎌を横一直線に振り切った。  奴の体躯は数メートルほど吹き飛んだが、すぐに浮遊魔法で勢いを殺すことに成功した。  ギロルは私を睨みつけると同時に召喚魔法を使用した。呼び出したのは三つの頭を持つ龍だった。山吹色の鱗に覆われた細長い身体がうねりを描き、それぞれの頭が私を見やる。そして一斉にブレスを吹いた。私は即座に防御魔法を展開して炎を防ぐ。しかし奴の猛攻は止まらない。三頭の龍から放たれる炎のブレスは大気を焼き焦がす。このままでは防御魔法のバリアがもたない。そこで動いたのが少年だった。彼は青影を両手で握りしめ、竜の首元まで滑空して近づき、その喉を斬り裂いたのだ。彼は宙を飛び回って剛炎を纏う刀で他ニ頭の龍の首を切断した。  龍は致命傷を与えられて消滅する。  少年はそのままギロルの元へと滑空し、竜の尾を奴の身体に巻きつけた。そしてそのまま上昇し、空中にギロルを放り投げる。宙に放り出されて身動きが取れない彼に向けてハイナ君の猛攻が襲い掛かる。『無制限伸長魔法』で極限まで伸ばしたアーグルの刀身でギロルの体躯を斬り裂いた。奴の腹から鮮血が噴き出る。ハイナ君はさらに数本の大剣を召喚し、彼に向けて投てきした。ギロルはすぐさま浮遊魔法で足場を確保し、大剣を避けきった。  やはりそう簡単に攻撃を通らないか。それに奴は一度死んだ身。回復魔法をその身に施していても何も不思議ではない。よく彼の身体を観察すると先程アルジオに撃たれた傷は既に回復しているようだった。おそらくハイナ君が与えた傷もすぐに回復することだろう。  ならば回復魔法が追いつかない速度で奴に致命傷を与え続けるだけだ。  私は魔法で一体の巨大なゴーレムを召喚した。ゴーレムの頭を足場にして奴と対峙する。ギロルは私に向けて火炎放射魔法を放ってくるが、私は光線発射魔法で迎撃した。そしてゴーレムを操り、ギロルの体躯を掴み上げると同時に再び空中に放り投げた。  その隙を狙って少年が炎のブレスを吹いた。  深紅の炎を全身に浴びたギロルの体躯は黒く焼け焦げるが、即座に回復する。黒ローブはボロボロになり、フードが剥がれて黒髪が露出する。 「どれだけ攻撃しようと無駄なことだ」  ギロルは再び杖を打ち鳴らした。  辺りを黒い霧が覆う。  まずい。ここで闇魔法を出してきたか。空中にいては魔法の対象を絞ることが困難になる。少年とハイナ君の両者に解除魔法を付与するのは不可能だ。  しかしその考えは杞憂に終わった。  少年とハイナ君は翼をはためかせて黒い霧を霧散させたのだ。確かに黒い霧さえ吸い込まなければ闇魔法にはかからない。二人は既にこれまでの戦いで自身を防衛する術を身につけていたのだ。 「流石だ。少年、ハイナ君」  私は即座にゴーレムの魔法を解き、防御魔法を展開して黒い霧を追いやった。  霧が止むのを待ってから火炎放射魔法を放った。ギロルはレーザー魔法で迎撃する。互いの魔法がぶつかり合い、拮抗する。しかし勝利したのはギロルだった。レーザーが徐々に火炎を侵食していく。  そして彼のレーザー魔法が私の肩に命中する。 「ぐっ……!」 「エルさんっ」  少年が私の名を呼んだ。 「エルさん!」  ハイナ君も続いた。 「大丈夫だ」  私はすぐに体勢を立て直す。浮遊魔法を自身に使用しているため、回復魔法をかけることができないが、肩に魔法が貫通したなんてどうと言うことない。  私はその場でボバリングし、ギロルを見やる。 「さあ、続けようか」  ギロルはそう言って不敵な笑みを溢した。  エルさんが攻撃されてしまった。  僕とハイナが付いていながら……不覚だ。  ギロルは杖を構え、再び魔法を放とうとモーションをとる。エルさんにこれ以上傷を負わせるわけにはいかない。 「ハイナ!」 「うん!」  ハイナは大剣を二本召喚し、それを前でクロスさせて受けの姿勢を取った。僕は背後で翼を広げ、腰に手を回して彼女の体躯を支える。  次の刹那、奴からレーザー魔法が放たれた。  僕とハイナはレーザーを真正面から受ける。なんて風圧だ。少しでも力を緩めれば容易く吹き飛ばされてしまう。僕はハイナを支える手の力をより一層強めた。 「くぅ……うぅっ」  ハイナは必死に大剣を構えてレーザー魔法に耐えている。彼女の力が尽きるのも時間の問題だ。その前にギロルを仕留めなければ。 「ハイナ、少しの間一人でエルさんを守れる?」 「うんっ……でも長くは持たないかも……」 「大丈夫。僕がその前にギロルを倒す」 「わかった……信じてるから」 「ああ」  ハイナに信頼されている。  その事実があるだけで身体の奥底から力が湧いてくるのが分かる。  僕は彼女から離れ、ギロルに向かって滑空した。その道中で僕はラーグとのある会話を思い出していた。  それは『cafe:zinnia』のカウンターで行われたものだった。 「ステージF?」 「そう。FinalのFだ。ハイナちゃんは既に力の段階の最終到達点に達してる。生物として別次元の存在になったんだ。あれ以上強くなることはないと思う。でもレイ、お前はまだ強くなれる可能性がある。ステージ3のさらに上。進化の片鱗を感じるんだ」 「そうか……ステージF……ありがとう。やってみるよ」 「ああ、そうしてくれ。『暁の会』との最終決戦も近いからな」 「そうだな」  そこまでの回想が頭の中に流れてくる。  ステージFを解放するタイミングは今しかない。  ここでやる。  ここで決着をつけるんだ。 「アビリティステージF……解放!」  僕が滑空しながら全神経を力の段階の引き上げに集中させていると、ある変化が起こった。身体の赤い鱗が黒く変色し始めたのだ。それだけではない。頭のツノはより太くなり、筋骨隆々な身体つきになっていく。黒い鱗を持つ竜の亜人。これが僕のステージF。  僕は青影を逆手で握りしめ、レーザー魔法を放っているギロルの間合いに近づいた。そして刀を下から上へ斬り上げ、ギロルが僕の奇襲に気づくよりも前に致命傷を与えることに成功した。 「ぐっ……!」  ギロルは驚いた表情を見せる。  その体躯から赤い血が噴き出る。  同時にレーザー魔法は止み、エルさんに向けられた攻撃も防ぎ切ることができた。  僕はギロルの傷が回復する前に攻撃を仕掛けた。幾千の太刀を振るい、奴を斬り続けた。二連撃、三連撃、四連撃、五連撃。通算十八連撃もの太刀を振るった。 「ぐっあ……」  そしてその体躯に青影を突き刺し、そのまま下降し奴を地上へ叩き付けた。  その黒ローブは鮮血で染まり、ギロルはその場に倒れ込んだ。 「はぁはぁはぁ」  息が上がる。  深呼吸をしてどうにか鼓動を落ち着かせる。『暁の会』のアジトに再び戻ってきた。その建物の中ではアルジオさん、ラーグ、ルルカさんが迫り来る亜人達を必死に抑え込んでいた。しかし僕がギロルを倒したことで『暁の会』の亜人達の士気は瞬時に下がった。 「『父様』……」 「そんな、『父様』…………」 「嘘だろ……」  亜人達は武器を落とし、その場に膝をついた。  ルルカさんはその隙をついて彼らを鎖で拘束した。 「勝ったのか⁉︎」   アルジオさんが僕にそう訊いてくる。 「はい。おそらく倒したと思います」 「レイ……まさかその姿……」  ラーグはチェンソーを置いてこちらに向かってくる。 「うん。僕のステージFだ」 「力の段階の引き上げに成功したんだな」 「ああ。ありがとう。ラーグ」 「俺は何もしてねえよ」  僕とラーグはそうして笑い合った。  しかしその次の刹那、レーザーが僕の腹を撃ち抜いた。 「ゴフッ」  僕は血を吐いてその場に膝をつく。 「レイ!」  ラーグがすぐに僕の傷口を抑える。  僕は竜の回復能力で傷を癒すと同時に背後を見た。  土煙の中でギロルが立ち上がっていたのだ。奴はまだ倒されていなかった。 「くそっ」  僕はステージFの力で即座に回復し、奴と対峙する。 「ラーグ、下がってて」 「あ、ああ」  彼はすぐに僕の後ろに身を潜めた。 「まさかここまで追い詰められるとは思わなかったよ……やるな竜の亜人。人工亜人の分際で……!」 「そう言うお前はしぶといな。さっきので終わりにしたかったんだが……」 「そう焦るな。せっかく興が乗ってきたところだ。その姿、お前の最高到達点なのだろう? これだから『簡易亜人化手術』は面白い。良いだろう。こちらも本気でいかせてもらう」  奴はそう言って杖の水晶を自身に向けた。 「エルゲルガ・ドルゴロム・マッシュアップ」  次の刹那、彼の体躯は黒い霧で覆われた。そして二つの光る青い瞳が浮かび上がる。 「変身魔法だ。闇魔法のもう一つの属性。これで相手をしてやろう」  奴は杖を折り、ただの棒切れと化したそれらを投げ捨てて僕の前に立ち塞がった。        

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第三十三話 最終決戦Ⅱ

第三十二話 最終決戦Ⅰ

 俺がジニアの奴らに解放されてから数時間の時が流れた。街中をただ歩き続け、やがて『暁の会』のアジトに辿り着いた。今はもう使われていない廃工場。『ARM367』で強化された亜人が集まって組織されていたが、それももう残り数人だろう。特にAKSMUから盗み出したDNAを使用して作り出されたオーガの亜人、不死鳥の亜人、そしてミノタウロスの亜人は重宝されていた。だがそれも壊滅してしまった。これでは仲間に合わせる顔がない。  俺は身体に張り付くような疲労感を覚えながらアジトの扉を開いた。鉛のように重い足を動かし、『父様』の元へと歩き出す。  作戦は失敗に終わった。  ようやくジニアのアジトの居場所を掴んだと言うのに……。  もしかすると、『父様』はひどく落胆しているかもしれない。だが会わないわけにはいかない。報告をしなければならないからだ。道中、数人の亜人とすれ違ったが、彼らは俺を卑下するような眼差しを向けた。『ARM367』を投与して戦線に赴いたというのに敗走で終わってしまった俺を見て憐れんでいるのだろう。とても滑稽だ。自分が惨めに思えてくる。  ようやく『父様』のいる部屋へと辿り着いた。扉を開けると眼前にそびえ立つ玉座に彼は座っていた。『父様』はいつも通り白い無地の仮面をつけ、黒ローブに身を包んでいた。 「ランドン……クーリスはどうした?」  クーリス。不死鳥の亜人の真名だ。 「クーリスは死にました……『赫の魔女』に殺されました」 「そうか……お前達は負けたのか?」 「──はい。その通りです」  俺は苦虫を噛み砕く思いでそう答えた。 「あれだけの量の薬を投与しても尚、お前達は俺に恥をかかせるというわけか……」  徐々に『父様』の声色が低くなっていく。  背筋が凍り、鼓動が早くなる。 「ち、『父様』ッ……」 「──つけられてきたな」 「へっ……?」  次の刹那、俺の腹を『父様』の魔法が撃ち抜いた。すぐに再生が始まったが、『父様』は斬撃魔法を飛ばし、俺の首筋を切り裂いた。頸動脈を切られたらしく、赤い鮮血が吹き出す。徐々に意識が遠のいていく。  ああ、そうか。俺、死ぬのか。  致命傷を与えられては回復能力でも治癒することはできない。  だが『父様』は「つけられてきたな」と言った。  一体どういうことだ?  遠のいていく意識の中で必死に思考する。  ふと、俺の手斧の持ち手に小型の発信器が取り付けられていることに気づいた。すぐにジニアの連中の仕業だと分かった。 「あいつ…………ら……っ」  そうして俺は絶命した。    彼女に取り付けられた発信器の場所を特定し、僕達はエルさんの転移魔法で難なく『暁の会』のアジトに潜入することに成功した。目の前には白い無地の仮面をつけた男が玉座に座っていた。間違いない。ギロル・アーク・ガルデオンだ。 「やあ、その姿で会うのは二回目だね。ギロル」  エルさんが彼にそう話しかけた。 「エル……何故、俺の邪魔をする?」 「かつての恋人が蘇ったならいざ知らず、悪事を働こうとしているんだ。止めるに決まっているだろう?」  ギロルは立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってきた。 「人工亜人が二人、ただの人間が二人、魔法使いが二人……そのメンツで俺に勝てるとでも?」 「ものは試しさ」 「なら……一瞬にして葬り去ってやろう。俺達の邪魔をする者は何人たりとて許さない」  ギロルはカァンっと杖を鳴らした。  次の刹那、どこからともなく黒い霧が部屋の中に充満し始めた。その霧が視界を覆った途端、身体の主導権が奪われてしまい、僕は青影を抜刀して自身の首を切り裂こうと動いた。周りを見ると各々が自身の武器で自害しようとしている。  これはマインドコントロールか……。  闇魔法の常套手段。  しかし再び杖を打ち鳴らす音が響いた。今度はエルさんによるものだった。エルさんが解除魔法を発動し、僕達の身体の自由の取り戻してくれた。 「闇魔法は効かないよ。何の対策も無しに私が君の元へ来ると思うかい?」 「ならば……」  彼は浮遊魔法によって空中にボバリングし、こちらに向けて斬撃魔法を放ってきた。彼もエルさんと同じように、一度に複数の魔法を使用することが可能なのか。確か対象を選別することで「魔法は一度に一つのみ」という縛りを打ち払っているのだと聞いた。彼は自身に浮遊魔法をかけ、僕達には斬撃魔法を放っている。エルさんのように底知れない何かを隠し持っている可能性も十分に考えられる。  僕達はルルカさんの防御魔法によってどうにか斬撃から身を護ることに成功する。  斬撃が止むと同時に僕とハイナはステージ2を解放し、翼で滑空して一思いに奴の元へと近づいた。僕は青い炎を纏った斬撃を放ち、ルルカはアーグルの刀身を伸長させて猛攻を仕掛けた。  しかしすぐにギロルも防御魔法を展開した。僕達の攻撃は難なく防がれてしまう。だが諦めずに僕とハイナは斬撃を繰り返した。次第に防御魔法のバリアが剥がれていき、ギロルが露出する。 「今です!」  僕の合図に「おう!」とアルジオさんが応え、二丁の拳銃でギロルを撃ち抜いた。 「ッ!」  黒ローブに血が染み出す。 「そんな高えところにいたんじゃあ窮屈だろう? 引き摺り下ろしてやるよ!」  アルジオさんは咄嗟にワイヤーガンに持ち替え、ギロルの体躯にワイヤーを巻き付けて地面に力強く叩きつけた。  ギロルが地面に落下すると同時にラーグとルルカさんが彼の元へ駆け出した。ラーグは刀型のチェーンソーで斬りかかるが、即座に展開された防御魔法によって防がれてしまう。 「くそっ」 「アルスレッド様。そのまま続けて下さい!」 「──わかりました!」  ルルカさんの指示にラーグはチェーンソーの糸を引いて刃を回転させる。やがて防御魔法のバリアは徐々に削れていき、再びギロルの体躯が露出した。  その一瞬の隙をルルカさんは見逃さなかった。  彼女は両腕の鎖を解き、魔法で先端に刃を生成してギロルに向けて投てきした。  しかしギロルはすぐに攻撃に対応した。即座に杖を盾に変形させてルルカさんの猛攻を防ぎきったのだ。先程から彼は防戦一方だ。こちらへ攻撃をしてこない。おそらくこちら側の手の内を全て出し尽くさせてから反撃するつもりなのだろう。長期戦に持ち込まれて仕舞えばジニアが不利になる。ならばどうするか。短期決戦に持ち込むほかない。 「ハイナ」  僕は隣で浮遊する少女に声をかけた。 「何?」 「ステージ3を解放しよう。ギロルは僕達の技を全部出し尽くさせてから反撃に出るつもりなんだと思う。だったらこっちはその考えを逆手に取れば良い。ハイナと僕のステージ3なら、奴が防御魔法を展開するよりも先に攻撃できる。どう思う?」  僕の問いかけに彼女はすぐに頷いた。 「分かった。それでいこう」 「よし、やろう」  僕とハイナは同時にステージ3を解放した。  そしてギロルの元へと滑空して近づき、ハイナの鴉の爪で奴を掴むことに成功した。やはりステージ3の機動力なら防御魔法を展開される前に攻撃に転じれる。推測がうまくはまった。 「ハイナ。そのまま上へ」 「わかった!」  ハイナはギロルを掴んだ足を蹴り上げ、廃工場の天井を突き破った。 「ぐっ」  生身の身体でハイナの攻撃を喰らったのだ。ただで済むはずがない。予想通り、ギロルは小さく声を出した。ミシミシと骨が軋む音が響く。  ハイナはそのままギロルを空中に放り投げる。  奴は廃工場から数メートル離れたビルに衝突した。  僕はすぐに空を飛んでビルの壁に磔になっている彼に向けて深紅の炎の斬撃を放った。  ギロルも斬撃魔法を放ち、互いの攻撃がぶつかり合う。  大気が揺れると同時に視界が土煙で覆われる。  奴はその隙を狙って火炎放射魔法を放ってきた。  僕は咄嗟にブレスを吹いて炎を静止させる。 「予定変更だ。皆殺しにしてやる」  ギロルはそう小さく告げると杖を前に突き出した。 「エルゲルガ・ドルゴロム・ブラックホール」  杖の水晶から極小の渦巻きが顕現し、徐々に一つの巨大な渦へと形を変える。その渦巻きは周囲のあらゆるものを吸収し始め、さらに肥大化していく。間違いない。ブラックホールだ。僕はすぐに翼を目一杯広げて空中で踏ん張った。いまにも吸い込まれそうだが、どうにか耐え凌いでいる。しかしそれも時間の問題だ。  その時だった。  奴はさらに詠唱を始めた。 「エルゲルガ・ドルゴロム・アイスシェーン」  氷の針が生成され、こちらに向けて飛ばされる。  まずい。ブラックホールに吸い込まれないように努めるので精一杯だと言うのにこの状態で攻撃されてしまえば確実に仕留められる。しかし氷の針は炎によって溶解した。 「させないよ」  エルさんが火炎放射魔法で防いでくれたのだと悟った。  赫の魔女は宙に浮遊したままこちらへ近づいてきた。 「少年。もう少し踏ん張っていてくれ」 「わかり……ましたっ」  エルさんならきっとどうにかしてくれる。  賭けるしかない。  彼女は杖に魔力を込め、水晶から巨大な鎌を顕現させた。これも生成魔法の一種なのだろうか。  エルさんは杖を振りかぶり、一思いに振り切った。鎌から放たれた斬撃はブラックホールを最も簡単に切り裂いた。  ブラックホールが消失したことで身体の自由を取り戻した僕は再びギロルと対峙する。 「エルさん。ありがとうございます」 「どうってことはないさ」  彼女はそう言って微笑んだ。 「レイ、エルさん、大丈夫ですか?」  ハイナが僕達の安否を気にかけて飛んできた。 「うん。どうにか大丈夫だよ」 「よかった」  鴉の少女は胸を撫で下ろす。 「それよりも奴だ。反撃に出てきたということは殺しにかかってきているね」 「ええ」  僕達はギロルを見やる。  彼は白い無地の仮面を外し、こちらを睨みつけた。  暗黒を体現したかのような瞳が僕達を捉えている。 「そろそろ組織の亜人達が騒ぎに気づく頃だ。お前達のお仲間は蜂の巣に放り込まれたも同然だ」  ギロルは低く芯の通った声でそう告げる。 「なあに、私達の仲間は優秀だ。君達のように薬でドーピングしなくても勝てるさ。私は彼らを信じて、君と対峙することを選んだんだ」 「ずいぶんと仲間を信頼しているらしいな」 「それが仲間というものだ」 「くだらん。実にくだらない。結局、人も亜人も死ぬ時は一人だ。仲間など必要ない」 「ならどうして組織を作った? なぜ同士を募る?」 「同士? 違うな。『真の亜人』を志す者達が勝手に集まっただけだ」  彼はそう言って、杖を構えた。 「話は終わりだ。殺してやるからかかってこい」 「ならばこちらも出し惜しみはしない。全力で行かせてもらうよ」  エルさんも杖を構え、互いに戦闘体勢に入った。

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第三十二話 最終決戦Ⅰ

第三十一話 昔話

 僕はミノタウロスの亜人が去っていくのをただ眺めていることしかできなかった。彼女よりも気になることがあったからだ。なぜ、エルさんは『父様』という人物の素性を知っていたのか。魔女の過去に一体何があったのか。それが知りたくてたまらない。 「奴には小型の発信器を付けておいた。これで『暁の会』のアジトが分かるだろう」  彼女はそう告げるが、場は静まり返ったままだ。皆、同じことを考えているのだろう。重い鉛玉のような静寂を断ち切ったのはアルジオさんだった。彼は開口一番に「おい」と芯の通った低い声でその場を支配し、エルさんを睨みつけた。 「そんなことよりもだ。エル。お前何か隠してるな?」 「……」  エルさんは黙ったままだ。 「エルさん……」  ハイナが心配した様子で彼女を見やる。  それでもアルジオさんは問い詰めることをやめなかった。 「『父様』の本当の名前、ギロルっつったか? 何でその名前を知ってる? 俺達は仲間だ。チームだ。そうだろう? 隠し事の一つや二つには多少なりとも目を瞑るが今回ばかりは黙っちゃいられない。ジニアの存続、ひいては人と亜人の未来に関わることだ。話してもらうぞ。拒否権はねえ」  彼の言葉にエルさんはぴくりとも表情を変えなかった。ただその表情はとてつもない悲しみを背負っているように見えた。 「そうだね……話さなければいけないね」  彼女は震えた声でそう言った。  そしてカツカツと杖をついておもむろに歩き出し、焼け野原の中にぽつんと置かれた丸椅子に腰を下ろした。もともと『cafe:zinnia』があった場所で唯一残存していたものだった。 「あれは十年以上前の話だ」  エルさんは覚悟を決めたのか、ゆっくりとその過去を語り始めた。  *** 「ジニア? 花の名前かい?」  私は同じ魔法使いのリカという少女と喫茶店のテラス席に座って会話をしていた。彼女は『蒼の魔女』の二つ名を持っていてね。今ではミルギースの市長を務めているんだ。ミルギースが人と亜人の共存に寛容なのは彼女の尽力の影響が大きいのだろうね。 「違う違う。組織の名前だよ。たしかに花の名前でもあるけどね」  彼女はカップに注がれたハーブティーを口に運んだ。 「『人と亜人の共生』を掲げているんだ。面白い組織だよ」  多くの魔法使いが人と亜人の争いを傍観する中で、リカはただ傍観するのではなく、彼女なりに組織図を分析して未来に起こりうるであろう事柄を考えていたんだ。私にジニアの話をしたのも彼女なりの考えがあってなのだろうね。 「『人と亜人の共生』か……」  長年の両者の争いに嫌気がさしていた私にとって、ジニアという組織は燦然と輝いて見えた。 「たしかに面白いね。ぜひ紹介してくれ。どうせそれが目的で話を切り出したんだろう?」 「さっすがー。よく分かってるじゃん。ちなみにもう呼んでるよ。ジニアの創設者さん。私達と同じ魔法使いなの」  青髪を風に靡かせて彼女はニカっと微笑んだ。 「流石に展開が速いね。緊張するじゃないか」 「緊張なんてエルらしくもない。リラックスしなよ。リラックス」 「そう言われてもだね……」  私が固まっていると、黒ローブを身に纏った黒髪の青年が私たちの席へと近づいてきた。私は瞬時に彼が件の創設者なのだと悟った。 「お、来た来た。紹介するね。こちらギロル・アーク・ガルデオンさん。ジニアの創設者」  リカに紹介されると、ギロルは照れ臭そうに頭を下げた。 「ギロルです。貴方がリカさんが言っていたエル・ティガス・ヴォルトロンさんですか?」 「え、ええ……」 「なんでも俺達の組織に入りたがっているとか……」 「興味があってね。ぜひどんな活動をしているのか教えてくれ」 「わかりました。えっーと、椅子を持ってきてもらいますね」 「あー、良いよ良いよ。私、帰るから。あとはお二人でゆっくりと話して下さいな」  彼女はお金をテーブルに置き、転移魔法でどこかへと消えていってしまった。 「全くあの魔女め」 「えっーと、それじゃあ前の席に失礼しても良いですか?」 「ああ。良いよ。それと敬語はよしてくれ。同じ魔法使いなんだ。対等な立場で話そうじゃないか」 「そう──だな。たしかにそれもそうだ。俺もこっちのほうが気楽に話せる」 「そうだろう? それじゃあ早速話を聞かせてもらっても良いかな?」 「ああ。勿論良いよ」  彼は快く承諾してくれた。 「『人と亜人の共生』を目指していると聞いたのだが、具体的にはどんな活動をしているんだい?」 「主に両者の争いの種になっている問題を解決しているかな。特に犯罪組織は争いの中に大きな火種を落としていく。俺達はその火種を一つずつ回収して回っているんだ」 「つまり、人も亜人も関係なく犯罪を行なっている集団を潰して回っていると?」 「その解釈で間違いないよ」 「なるほどね……」  私はその時、なんて遠回りな方法なのだろうと感じた。だが実際、彼らの功績は大きかった。私はジニアに加入してその事実を思い知ったんだ。私がジニアに加入してから多くの苦難があった。そのほとんどは犯罪組織との対峙だったのだが、当時のジニアのメンバーは難なくそれらをさばいていた。正直驚いたよ。『人と亜人の共生』を実現させることができると本気で思った。  だが、物事はそう簡単にいくとは限らない。決められたレールの上をトロッコが走ればいつか事故が起きるように、当時のジニアにも修復不可能な出来事が起こった。それは人間の武装蜂起だ。亜人ユニオンを壊滅させるために動いた人間達は強かった。それは肉体的な話ではない。精神的な話だ。執念が凄まじかった。亜人への憎悪、嫌悪、怨恨……。留まることを知らない彼らの憎しみは当時のジニアでも止めることは出来なかった。私はジニアが人間達を必死に宥めている間、他の魔法使い達に援軍を向かわせるよう頼み込んで回っていた。しかしどの魔法使いも門前払い。唯一の頼み綱のリカも遠出をしており、見つけ出すことができなかった。  私が戻った時には、そこは屍の山と成り果てていた。ギロルはただ一人立っていた。他のジニアのメンバーは皆、血を流してその場に倒れていた。私はすぐに彼らが死亡したのだと悟った。当時のジニアのメンバーは亜人と人間が一対一の割合で所属していた。戦闘能力は今ほど高くなく、犯罪組織への対応も裏社会に潜伏して情報操作をすることで壊滅へと追いやっていた。アルジオのように情報屋として活動している者が多かったんだ。 「エルか……」  私は声を出すことができなかった。目の前の惨状を受け入れられなかったんだ。だが彼に声をかけた。ギロルは全てを知っているようだった。 「一体……何が…………?」  彼は表情一つ変えずに答えた。 「人間の愚かさをつくづく思い知ったよ。俺達がどれだけ動こうが、奴らは何も変わらない。俺はもう疲れた……そう、疲れたんだ」  ギロルは杖をカツカツと鳴らし、こちらに近づいてくる。彼の黒ローブには血痕がべったりと付着しており、頬には返り血が飛び散っていた。すぐに理解した。この惨状は彼によるものだと。 「人を……殺したのかい?」  ギロルは答えなかった。 「……仲間が死んだ。全員死んだ。人間達に殺されたんだ。武装蜂起した人間達を相手に、今の俺達が勝てるわけがなかったんだ。だから殺した。『人と亜人の共生』なんて、はなから夢物語だったんだよ。人と亜人は共存できない。どちらかが滅ぶまで争いは終わらない」  その漆黒の瞳の奥深くには底なしの闇が渦巻いていた。 「──だから俺は人間達を殺すことにするよ」 「そんな……」  彼の目に生気はなかった。もう私の声は彼に届かないのだと悟った。当時の私達は恋人だった。私がギロルに惹かれていき、また彼も私を大切に思ってくれていた。  私は彼と対峙しながらいつかの会話を思い出していた。  ジニアのアジトで二人で酒を飲み交わしていた時の話だ。 「なぁ、エル。俺達、付き合わないか?」  突然の告白に私は「へ?」と気の抜けた声を出した。 「なんだよ。その反応」 「いや、あまりにも急な話だったものでね……」 「嫌か?」 「ギロル……私の深層心理を覗いたね」  私はすぐに彼が魔法を使って私の気持ちを確かめたのだと気づいた。 「バレたか。それで返事は?」 「──知っている癖に」  そうして私達はどちらからともなく口付けをした。  どこか切なくて優しい日々。一生この日常が続くものだと思っていた。  だが無惨にも、その思いは儚く砕け散った。 「俺は俺が正しいと思った道を進むことにするよ。ジニアも解体する。あとはエル、お前の好きにするが良いさ」  ギロルはそう言って私の元から去っていった。  私は彼の背中を見送ることしかできなかった。  こうして、私とギロルは袂をわかつことになった。  そこから先のことはよく覚えていない。ただ事実として存在しているのは、あの凄惨な一件以降、ギロルが紛争に巻き込まれて死亡したというニュースだけだ。  私は一晩中泣き崩れた。たとえ人殺しだとしても、私の中では最愛の人物だった。私は涙が枯れるまで泣いたあと、ジニアを再建しようと決意した。当時から私の召使いをしてくれていたルルカと共に仲間を募り、今に至るというわけだ。  エルさんはそうして一通りの過去を語ったのち、一粒の涙を流した。 「──黙っていて本当に申し訳なかった」  そう言って僕達に頭を下げた。まさか、ギロルという人物がジニアの創設者だったとは。驚かなかったと言えば嘘になる。だが一つ引っ掛かる点がある。 「あの……ギロルさんは死んだんですよね? それじゃあ『暁の会』のボスとして君臨しているのはおかしくありませんか?」  僕の問いにエルさんは涙を拭って答えた。 「以前、『牙』のアジトで彼と対峙した時、ギロルは闇魔法を使っていた。闇魔法は魔法使いの間では禁忌とされていてね。使えばその魔法使いは死に至るんだ。だが奴は闇魔法を躊躇なく使用していた。おそらく蘇生魔法を自らに施し、復活したのだろうね」 「そんな芸当ができるもんなのか?」  アルジオさんがそう訊いた。 「限りなく不可能に近いが、ゼロではない。一度死亡する前提で蘇生魔法をあらかじめ自身にかけておけば、おそらく復活するだろう」 「そうか……」 「私の話はこれで全部だ。改めて、本当にすまなかったね」 「もう謝らないで下さい。一番辛かったのはエルさんなんですから」  ラーグがそう告げた。 「そうですよ。何も悪くないです。ギロルって魔法使いも、道を踏み外しただけで本当は良い人だったんだと思いますよ」  ハイナも続いた。 「みんな……ありがとう」  エルさんは再び頭を下げた。 「それじゃあ、行きましょうか。最後の戦いに」  僕の言葉にその場の全員が頷いた。      

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第三十一話 昔話

第三十話 反撃

 エルさんの魔法によって不死鳥の亜人が倒された。残りはミノタウロスの亜人のみ。  俺はチェンソーを構え、奴との間合いを一気に詰めた。ミノタウロスの亜人は俺の存在を気に留めていないはずだ。おそらく、戦闘力が極めて低いと推測されているからだ。だが俺も元を辿れば軍人。レイには負けるがそれなりの体力とポテンシャルがあるというものだ。  俺はチェンソーを振るい、奴の体躯を切り裂こうとした。しかし後一歩のところで奴に勘付かれてしまい、手斧で攻撃を抑え込まれてしまった。チェンソーと手斧が火花を散らしながらぶつかり合う。 「なんだ、てめえ」 「ジニアの一員だよ。あんたの敵さ」 「チッ、また雑魚が増えやがった。こっちは相棒がやられてむしゃくしゃしてんだよッ。ぶち殺すぞ。人間風情が」 「はッ、その人間風情に足止めされてるようじゃあ、お前もまだまだだなあ」 「んだとッ……」  次の刹那、奴は斧をチェンソーに沿わせて俺の喉笛を引き裂こうと動いた。俺は咄嗟にチェンソーを蹴り上げて斧の軌道を逸らし、奴の猛攻を回避することに成功した。  この亜人。『簡易亜人化手術』によって生み出された者ではないと考えられる。変身能力があるとすれば、必ずどこかで亜人態の持続時間が途切れる。だがこの亜人にはそれがない。  『暁の会』の刺客であることに違いないが、なぜ簡易亜人化手術を施さなかった?  研究データはDRIがAKSMU《アクスム》からいくらでも盗み出していたはずだ。  いや、待てよ。  確か『暁の会』は『真の亜人による支配』と『人類の根絶』を目的として動いていると聞いている。ならば、より完全な亜人を求めるのは必須条件。簡易亜人化手術では完璧な亜人にはなれないと考えたのであれば、奴が簡易亜人化手術を受けていないことにも合点がいく。ならば、F9《エフナイン》をDNAの緩衝材として使用していないはずだ。つまり、回復能力を上回る勢いの攻撃を喰らわせることができれば、彼女を戦闘不能に追い込めるかもしれない。  俺は一度間合いを取り直し、彼女と対峙する全員に指示を出した。 「皆んな聞いてくれ。彼女の回復能力は完全じゃない。必ずどこかで限界が来る。彼女の回復スピードを上回るスピードで攻撃し続ければ、絶対に奴を戦闘不能に追い込めるはずだ!」 「わかった!」  すぐにハイナちゃんが反応した。 「チッ、面倒だな……ったくよ」 「承知しました」  アルジオさんもルルカさんも僕の声に呼応し、戦闘体勢を整えた。  俺は即座に駆け出し、チェンソーで再び彼女を斬りつけようとした。しかしミノタウロスの亜人は手斧を振り回して逆に俺の命を狙ってくる。だが、そこにハイナちゃんの大剣が割って入ることで間合いの駆け引きは消失した。 「チッ」 「ハイナちゃん、ナイス!」  そして俺の背後で隙を伺っていたアルジオさんが銃を乱射し、彼女の体躯に再び幾つもの風穴を開けた。  さらにルルカさんが自身の腕に巻かれた鎖を解き、ミノタウロスの亜人に猛攻を仕掛けた。その鎖の先端には生成魔法で刃が付与されており、ミノタウロスの亜人の分厚い身体に切り傷を負わせた。  隙が生まれたこの機を逃さまいと俺はチェンソーで奴の身体を八つ裂きにした。  その身体から鮮血が溢れ出し、彼女はよろめき始める。  よし。攻撃が通るようになってきた。 「ラーグ、伏せろ!」  アルジオさんの指示に即座に反応し、俺はその場に身を縮こませる。  アルジオさんは二丁の拳銃で発砲し続け、彼女が回復するよりも早くリロードし、再び弾丸を飛ばす。 「ぐっ……あ……」  彼女はとうとう回復が追いつかなくなり、握りしめていた手斧をその場に落とした。  これでミノタウロスの亜人の攻撃手段は無くなった。  俺は即座に駆け出し、奴の腹にチェンソーを突き刺した。柄尻を足で蹴り込み、彼女の体内にチェンソーの刃を押し入れた。そしてチェンソーの紐を渾身の力で引っ張った。ミノタウロスの亜人の体内でチェンソーのコマが回転し、奴の体内を斬り続ける。 「ぐあああっ」  血液が焼け野原を赤く染め上げる。  しかし俺達は回復を避けるためにさらに攻撃を仕掛けた。  ハイナの大剣が彼女の足を突き刺すことによって動きを封じ、ルルカさんの魔法で彼女の上半身を斬り裂いた。 「あっ……あ…………」  そして最後にアルジオさんが空気弾を装填した黒鉄銃《グレイガン》で奴の額を撃ち抜き、奴はその場に倒れ込んだ。 「やった……のか?」  アルジオさんが倒れ込んだ彼女を足で突いて安否を確認する。 「ええ、一時的に気絶しているだけだと思いますけど、確実に仕留めたと思います」 「終わったね」  ハイナちゃんが上空から焼け野原へと着地し、亜人態の変身を解除した。 「お疲れ様、ハイナちゃん」 「ラーグもね」 「皆様、お怪我はございませんか?」  ルルカさんがそう言ってこちらへやってきた。 「大丈夫です。奴の攻撃は一つも当たってませんでしたから」 「もう少し戦う期間が遅ければ、亜人の力に順応した彼女に倒されていたかも知れませんね」  彼女はそう言ってミノタウロスの亜人を見下ろした。 「ええ、そうかもしれません」  たしかに自身の弱点に気づいて何らかの対策を取られていれば、確実にジニアが負けていた。不幸中の幸いというわけか。 「そっちも片付いたかい?」  不死鳥の亜人と戦っていたエルさんとレイがこちらに向かってきた。 「ああ。なんとかな。そっちは?」  アルジオさんがそう返した。 「こっちも片付いたよ。ただ私の魔法で不死鳥の亜人を消し炭にしてしまってね。情報を引き出そうと思ったのだが……無理になってしまったよ」 「それなら、こいつから聞き出せば良いじゃねえか」  そう言ってアルジオさんはミノタウロスの亜人を足で踏み付けた。 「それもそうだね。彼女は拘束して、起きるまでしばし待とうか。ルルカ、彼女を鎖で拘束してくれ」 「かしこまりました」  エルさんの指示にルルカさんは頭を下げて答えた。  ***    目を覚ますと、俺は焼け野原の中で動けなくなっていた。鎖で手足が縛られていたからだ。回復能力が追いついてやっと意識が戻ったと思ったらこの様だ。 「一体何だってんだっ」 「やあ、起きたかね?」  声のした方を見やると相棒を焼き焦がした魔法使いがこちらを見下ろしていた。さらに周りには竜の亜人のガキと、俺を散々痛めつけた鴉の亜人、もう一人の魔法使い、金髪のガキ、帽子を深く被った老害が立っていた。 「ジニア全員でモーニングコールかよ……なんで俺を殺さない?」 「君には聞きたいことがいくつかあってね……まず一つ、どうしてこの場所が分かった?」 「……答えると思うか?」 「素直に話せば、また痛い目を見ずに済む。もう痛いのはごめんだろう?」 「はっ、舐めんなよ? 俺はそんじょそこらの有象無象とは違ぇんだ。そう簡単に話すと思われちゃあごめんだね」 「そうか……ならこの質問にだけ答えてくれ。絶対にだ」 「あ?」 「君達のボス……『父様』……だったかな。彼の名は何と言うんだい?」 「だから、答えるわけねえだろうって──」 「──ギロル・アーク・ガルデオン……」 「ッ!」  俺は背筋が凍るような悪寒を感じた。  この魔法使い……何故『父様』の真名を知っている? 「何で……その名前を知ってる……?」 「彼とは長い付き合いでね……そうか。やはり彼だったか……」  赤髪の魔法使いは哀愁漂う表情を見せた。 「話は済んだ。君にもう用はない。アジトに帰るが良いさ」  鎖が解かれ、俺は自由の身になった。  だが心の中のもやもやが消えない。何故奴は『父様』の名前を知っていたのか……。  俺はジニアの連中を背に『暁の会』のアジトへと駆け出した。  

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第三十話 反撃

第二十九話 襲撃

「では、少年はステージ3をコントロールできるようになったという認識で間違いないんだね?」  カウンターに立つエルさんは僕にコーヒーを提供してそう訊いてきた。 「はい。皆さんのおかげです」  僕はエルさんの横に立つルルカさんに「ルルカさん、本当にありがとうございます」と礼を告げた。 「いえ、私はヴォルトロン様の指示に従ったまでですので。お気遣いなく」 「それでも助かりました」 「いえ、ですから……」 「ルルカ。他人からのお礼はしっかりと受け取っておくものだよ」  エルさんがルルカさんにそう注意した。 「そうですか……わかりました。以後気をつけます」 「相変わらず堅いね。まぁこれからゆっくりと直していけば良いさ」 「あはは……」  僕は笑ってその場を濁した。 「まぁ何はともあれ良かったじゃねえか」  隣でタバコをふかしながらアルジオさんが僕の頭をポンポンと叩いてきた。 「ちょっ、やめてくださいって。子供じゃないんですから」 「悪りぃ悪りぃ。そうカリカリすんなや」 「別にカリカリなんてしてませんけど……」 「じゃあへそ曲げんなよ」 「へそも曲げてません」 「比喩表現だぞ?」 「分かってますよ!」  僕は思わず熱々のコーヒーを飲み干した。  喉の奥が溶岩のようだ。 「全く、アルジオ。あまり少年を馬鹿にするな」 「へいへーい」 「でも、本当に良かったよ。コントロールできるようになって」  僕達の話を聞いていたのか、フローリングの掃き掃除をしていたハイナが会話に入ってきた。 「うん。ハイナもありがとう」 「私は別に何もしてないよ」 「それでもお礼を言いたいんだよ」 「なら良いんだけど……」  ハイナは照れ臭そうに笑った。その笑顔を見て思わず僕も笑みを溢す。互いに頬を赤く染めて俯いていると「ゔゔんっ」という咳払いが聞こえてきた。ラーグのものだった。 「全く、すーぐ二人の世界に入る」 「べ、別に入ってなかっただろ!」 「いいや入ってたね。一瞬だけど確実に入ってたね」 「わ、私は関係ないもん!」  ハイナは関係なしと言わんばかりに掃除に戻った。  DRIの事件が嘘かのように穏やかな時間が流れている。未だ『暁の会』という大きな敵は残っているが、このかけがえのない日常にこそ意味がある。僕はそう思えてならない。  その時だった。  突如、喫茶店の窓を溶かすほどの超高熱の炎が撃ち込まれた。  咄嗟にエルさんが防御魔法を展開し、僕達を炎から守ってくれた。  しかし喫茶店は焼け尽くされ、骨組みすら残らず跡形もなく消え去った。『cafe:zinnia』が襲撃されたのだ。この深紅の炎。見覚えがある。AKSMU時代に共に仲間として戦った不死鳥の亜人のものだ。まさかオーガの亜人のように『暁の会』がジニアの居所を特定したとでも言うのだろうか。  やがて炎が止み、焼け野原と化した喫茶店だけが残った。 「お店が……」  あまりの惨状にハイナは肩を落とす。 「一体何だってんだ!」  アルジオさんは銃をリロードしながらそう溢した。 「おそらく不死鳥の亜人の攻撃です」 「あ? 不死鳥の亜人だあ?」  アルジオさんはそう返した。 「なんでそんな奴がここを知ってるんだよ?」  ラーグはとても混乱しているようだった。 「分からないけど、『暁の会』の刺客だってことは確かだ!」  次の刹那、大きな手斧が僕達に向けて投てきされた。  僕は咄嗟に青影を手繰り寄せ、その刀身に刃を沿わせることで斧の軌道を変えた。  手斧は喫茶店の向かいの高層ビルから投げられたものだった。ビルから二つの人影が蠢いている。一つの影はビルから飛び降り、地面に着地する。 「なんだ、焼け死んでねえじゃん」  女性の声だった。しかし全身を黒い皮膚が覆い、異様なまでに筋肉が発達している。頭には二本の黒いツノが生えていた。間違いない。ミノタウロスの亜人だ。 「防がれたか」  そしてもう一つの影は炎の翼をはためかせ、ゆっくりと地上に降り立った。不死鳥の亜人。先程の攻撃は彼によるものか。 「お前ら、何者だ?」   ラーグが彼らにそう尋ねた。 「ああ? 俺達の施設をめちゃくちゃにしておいて、よくそんな口が聞けるなあ?」  ミノタウロスの亜人がラーグを睨みつける。 「全くだ」  不死鳥の亜人は静かにそう返した。 「オーガを殺ったのもお前らだろ? 許さねえぜッ」  彼女はとても憤怒していた。当たり前だ。仲間を殺されたのだ。それに『暁の会』が所持していたDRIの施設も壊滅させた。彼女らが僕達ジニアに向ける怒りは当然のものだろう。だが、それは彼女達が人間を滅ぼそうとしているからだ。ジニアとは真っ向から対立関係にある。この襲撃は時間の問題だったのかもしれない。  しかし何故この場所が分かったのか。  ジニア内に内通者がいる?  いや、あり得ない。  ジニアは『人と亜人の共生』を掲げる組織だ。これまでの各々の行動から考えて、メンバー内に『暁の会』の内通者がいるとは考えにくい。  だとすれば、場所を特定された?  そちらの方が考えられるだろう。DRIを襲った僕達の素性を調べれば、いくらでもこの喫茶店へ繋がる道筋はあるはずだ。 「お前らは皆殺しだ」  ミノタウロスの亜人は拳を作り、ゆっくりとこちらへとやってくる。  僕とハイナは即座に亜人に変身し、戦闘体勢を整えた。  煙が辺りを包み込み、視界を覆う。 「アーグル」  私は愛鎌をその手に手繰り寄せて構えた。 「アビリティステージ3……解放っ」  全神経を能力の解放に集中させる。鴉特有の黒い翼は白く染まり、頭上には天使のような金色の輪が顕現する。 「っらあ!」  変身したのも束の間、眼前からミノタウロスの亜人が突進してきた。  私はすぐさま上空へと避難し、攻撃をかわす。 「やっぱりこいつがねぇとな」  彼女の手には大きな手斧が握られていた。おそらく先程の突撃は喫茶店襲撃時に店内に投てきした斧を回収するための行動だったのだろう。  私はアーグルの鎖を操作し、鎌の刀身をミノタウロスの亜人に目掛けて投てきした。だが、彼女は私の攻撃をその斧で最も簡単に振り払ってしまった。  通常の亜人よりも腕力がある私の攻撃を容易く回避するとは……。  それほどのポテンシャルがあるということか。 「どうした、んなもんか」 「まさかっ」  次の刹那、土煙の中から一筋の光がミノタウロスに向けて放たれた。  ルルカさんの魔法だ。  光線は彼女の黒い皮膚を焼き焦がし、ガードしていた左腕を貫通した。 「チッ」  ミノタウロスの亜人の腕から鮮血が飛び散る。  彼女に隙が生じた次の刹那、アルジオさんが二丁一対の拳銃を使い、猛攻を仕掛ける。浴びせられる銃撃を彼女はその体躯で受けることしかできず、その体に風穴が広がっていく。 「小賢しいっ」  亜人は斧を振り切り、風圧で弾丸を全て弾き飛ばした。 「っんなのありかよ!」  アルジオさんは一瞬驚いたようだったが、すぐに弾をリロードし、発砲を再開した。  しかし彼女の身体の傷はすぐに塞がった。  まさかレイと同じように回復能力を持っているというのか?  これはまずい。攻撃しても回復されて仕舞えば長期戦になる。持久戦に持ち込まれるとこちら側が先に力尽きる。私のステージ3の変身の持続時間もそう長くは持たない。  どうにかして突破口を見つけなくては。  今はひとまず攻撃を続けて、彼女の回復能力の程度を探る。  それしかない。  アルジオさんがミノタウロスの亜人の動きを止めている間に私は数本の大剣を召喚し、逆手に構えて一本ずつ彼女に向けて投げ飛ばした。  彼女はすぐに私の攻撃に気付き、咄嗟に手斧で頭上を守った。守備が薄くなった体躯にアルジオさんの弾丸が命中し、ルルカさんの光線魔法が的中する。三対一。卑怯と言えば卑怯だが、こちらに分がある。彼女の回復能力との勝負だ。  私達は攻撃の手を緩めず、確実にミノタウロスの亜人を仕留める為に動いた。  すぐ右隣では既にミノタウロスの亜人とハイナ、アルジオさん、ルルカさんによる戦闘が始まっていた。AKSMUが管理していたDNAを複製して亜人を作り出したとしても、今の僕達の前では力不足だ。ハイナと僕のステージ3の解放。これに成功している時点でジニアに追い風が吹いていることは確かだ。しかしミノタウロスの亜人は身体能力や筋力が大幅に向上し、強力な回復能力を有している。戦況がどう転ぶか分からないが、あの三人に任せておけば確実に突破口を見出してくれるはずだろう。そう願うしかない。問題は目の前の亜人だ。眼前でボバリングする不死鳥の亜人。AKSMU時代においても彼だけは厄介だった。文字通り不死鳥の力を持っており、その力は未知数。だが炎には炎。僕のステージ3と相性が良いはずだ。 「アビリティステージ3、解放」  僕は亜人の力を限界まで引き出した。  皮膚を赤い鱗が覆い、背中には大きな翼が生え、尾てい骨からは尻尾が顕現した。  青影を逆手に構え、目の前の亜人を睨みつける。 「それが『簡易亜人化手術』を受けた者の力の段階の引き上げか……面白い。我が身に宿る不死鳥の力を存分に振るってくれよう」  次の刹那、彼は口から炎のブレスを吹いた。  僕は咄嗟に体内で炎を生成し、ブレスを吹き返す。  不死鳥の炎と竜の炎が激突し、辺りを焼き尽くす。  外を出歩いていたミルギースの住民達は僕達の戦闘を見るや否や一目散にその場から散っていった。これは好都合だ。ミルギースの人間と亜人に大きな被害が出ないで済む。  火炎が止むと同時に僕は翼をはためかせて空を飛び、不死鳥の亜人を青影の刃で切り裂いた。  ──紅翼撃刃《こうよくげきじん》。  どうだ?  しかし僕の目に映り込んできたのは、奴の体の断面が炎で再生されていく光景だった。  やはり不死鳥の亜人に生半可な攻撃は通用しない。ミノタウロスの亜人もそうだが、再生能力を持たれるとこの上なく厄介だ。  一体どうすれば良いのか?  僕は必死に思考するが、打開策は見出せない。  しかしその時、不死鳥の亜人に向けて無数の斬撃が浴びせられた。  エルさんによるものだった。 「とても良い回復能力を持っているね。私の魔法とどちらが辛抱強いか、勝負といこうじゃないか」  その瞬間、戦場は魔法使いの独壇場と化した。  エルさんは杖の先端を突き出し、不死鳥の亜人に向けて魔法を発動した。 「炎には炎だ。『赫の魔女』の名の所以、とくと見せてあげよう」  杖の水晶から赤い魔法陣が浮かび上がり、地獄の業火のような炎が生成される。やがてそれらは円形を成し、渦を巻いて一つの塊へと昇華した。 「エルゲルガ・ドルゴロム・バーンデット」  彼女が詠唱した次の刹那、炎の集合体は一思いに不死鳥の亜人に向けて放出された。 「そんな魔法で我を殺せる訳がない!」  彼は体躯を覆う炎をさらに強める。そしてエルさんの魔法を炎のブレスで迎撃した。  激しく炎と炎がぶつかり合う。エルさんの火炎放射魔法の火力は僕がステージ3の状態で放つブレスをゆうに超えているだろう。だが、彼女の魔法が不死鳥の亜人を倒す決定打になるとは限らない。何故なら、不死鳥の亜人の回復能力は底なしだからだ。それに彼は『暁の会』がAKSMUの研究データを盗み出して作り出した人工亜人だ。僕やハイナのように変身することもなく、力の引き上げも存在しないように見受けられるが、間違いなく今まで戦ってきた亜人達とは一線を画す。  しかし、僕の不安は杞憂に終わった。  エルさんの火炎放射魔法が不死鳥の亜人のブレスを侵食し、彼の身体を焼き始めたからだ。  攻撃が効いているのか?  一体どういうことだ?  そこで僕は彼の言葉を思い出した。不死鳥の亜人は僕を「『簡易亜人化手術』を受けた者」と呼称した。つまり、自身は『簡易亜人化手術』ではない別の手術を受けたことによって亜人になったと推測できる。となれば、DNA同士の緩衝材として使用されるF9《エフナイン》を体内に埋め込まれていないことも十分に考えられる。力の段階の引き上げが存在しないのも納得だ。F9《エフナイン》がなければ魔力を回復の材料として利用することもできない。即ち、魔法が彼らにとって最も殺傷能力の高い致命傷になるということか。  実際、眼前の不死鳥の亜人はエルさんの放った火炎放射魔法に体躯が耐えきれず、徐々に灰と化している。 「バカ……な…………」  やがてその身体を完全にエルさんの魔法が包み込み、不死鳥の亜人は完全に塵となって絶命した。 「こんなものかな」  エルさんは杖を下ろし、その場でふぅと軽く息を吐いた。

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第二十九話 襲撃

第二十八話 進化

 繰り広げられる、激しい戦闘。爪で斬り裂き、ブレスで焼き焦がし、尾に絡めた刀で八つ裂きにする。とっくに、オーガの亜人は息絶えていた。どんな悪人であっても、暴力を振るうことすら躊躇っていた彼にとって、自分のしてしまったことを知った時、果たして何を思うのだろうか。後悔の念に苛まれるのだろうか。いや彼のことだ。自分を責め続けるのかもしれない。  それは相棒として辛いことだ。  止めなければ。  だが、どうして彼の暴走を止められるだろう。 「アルスレッド様」  気づいた時には、俺の背後にルルカさんが立っていた。 「ルルカさん……」 「私が止めてみます。ヴォルトロン様もこちらに向かっていますので、それまでの時間稼ぎです」 「時間稼ぎって……今のレイを相手にするのは自殺行為ですよ⁉︎」 「ええ、わかっています。なので、拘束させていただきます」  彼女はそう言うと、両腕の鎖を解き放ち、レイ向けて投てきした。どうやら彼女は鎖の操作に長けているらしく、すぐにレイを拘束することに成功した。 「ゔゔゔゔうぅっ」  レイは唸り声を上げる。その表情は怒りと憎しみに満ち溢れていた。何が彼をそこまでの憤怒で塗り替えたのかは分からない。だが、彼がこのような姿になってしまったことの経緯は分かった気がした。オーガの亜人は屍と化し、地面に伏している。彼がハイナちゃんを狙ったのだろう。そしておそらく、レイが止めようとした際に、ハイナちゃんは何らかの危害を受けてしまった。自分への無力感とやるせなさ、そしてオーガの亜人への怒りが、無意識に彼をステージ3へと到達させたのかもしれない。 「レイ、戻ってこい──! もうオーガの亜人は死んだ! お前は何も悪くない!」  俺はレイに必死に語りかけた。  だが、彼の耳に俺の声が届いているとは到底思えなかった。 「がぁぁぁぁぁぁっ」  咆哮を上げる。  そして次の瞬間には、ルルカさんの鎖を引きちぎった。 「鎖がちぎられました。これ以上はもちません!」 「くそっ」  その時だった。 「エルゲルガ・ドルゴロム・チェーンティング」  エルさんの詠唱が響いた。  そしてレイを囲むように赤い魔法陣がいくつも展開され、生成された鎖がレイを拘束した。 「危ない……間に合ってよかったよ」 「エルさん……!」 「詠唱によって効力を高めた。この鎖はそう簡単には断ち切れないはずだ」 「でもここからどうすれば……」 「あとは、ハイナ君に任せることにする」 「え……」  エルさんの後ろからハイナちゃんが現れた。何かを覚悟した顔つきだった。 「ハイナちゃん……」 「ラーグ。レイって今、ステージ3ってことでいいんだよね?」 「あ、ああ、その認識で間違ってないと思う」 「分かった──」  彼女はふぅと息を吐く。  そして意を決したようにレイを見て言った。 「私も、ステージ3を解放する」 「え、で、でも、ステージ3はそう簡単に解放できるものじゃ……」 「さっき、エルさんの魔法で治療を受けたの」 「え、う、うん」 「てことは、私は今、エルさんの魔力にあてられた状態。私と鴉のDNAを繋ぎ合わせているのがF9《エフナイン》でその原料が魔臓だとしたら?」  彼女の言葉に俺はある論理に気づく。 「魔力が充填されて、F9《エフナイン》の働きがより活発になる……下手をすれば、魔力を使うこともできるかもしれない……それでハイナちゃんの力の段階を強制的に引き上げる……ってこと?」 「そういうこと」 「……」  そう上手くいくとは限らない。だが、誰かがレイを気絶させるなり、眠らせるなりの対応を取らなければ、レイはずっとあのままだ。エルさんはレイに拘束魔法をかけてしまった為、これ以上魔法を使うことはできない。ルルカさんの拘束魔法では、今のレイには太刀打ちできなかった。  ──ハイナちゃんしか、いないのか。 「分かった──でも危険だと感じたら、すぐに中断して。何があるかわからないから」 「うん、わかった」  ハイナちゃんは力強く歩を進め、レイの前に立ちはだかる。 「レイ……今助かるからね」  そして全身の細胞を活性化させる。 「アビリティステージ3、解放!」  次の刹那、彼女を白い光が包み込んだ。  黒い翼は純白に染まり、瞳は青く、頭の上には天使のような輪が顕現する。  その装いは、まさに天使そのものだった。 「…………」  魔力を充填したことによって、彼女は鴉ではない、生物として別次元の存在へと進化したのだ。その神々しさたるや、まさに天使のそれだ。  ハイナちゃんは宙に浮き、ゆっくりとレイのもとへと近づいていく。  レイは自我を失っているためか、ハイナちゃんに噛みつこうと牙を見せていた。そしてハイナちゃんの首元に牙を突き立てようとした瞬間、彼女の体から突発的な風圧が押し寄せ、レイを壁へと吹き飛ばした。 「な……」  何だあの力は……まさか本当に魔力を使用しているとでも言うのか?  ハイナちゃんはそっと手を突き出した。そして手を軽く斜めに振り払う動作を取ると、巨大な剣がその手に形成された。  彼女はレイのもとへと飛翔し、その大剣の側面をレイの頭に叩きつけた。 「がっ……」  レイは白目を剥き、翼を閉じてそのまま落下していく。  ハイナちゃんは咄嗟にレイを抱え、ゆっくりと降下した。 「……」  俺はその摩訶不思議な戦いの一部始終を眺めていることしかできなかった。  目が覚めると、そこは『cafe:zinnia』の一室だった。僕はベットで横になっており、木製の天井と目が合う。  一体何があった?  DRIの組織へ潜入し、破壊工作を行った後の記憶がすっぽりと抜け落ちているようだ。 「レイ? 目が覚めたのか?」  ふと、扉の前にラーグが立っているのがわかった。水を溜めた桶を持ち、こちらへ歩み寄ってくる。 「ラーグ……僕、一体何があったんだ?」  その問いに、ラーグは気まずそうな反応を見せた。 「ああ……それなんだがな……レイ、どこまで覚えてる?」 「お前とDRIに潜入して……ラボを破壊して……そこから記憶がないんだ」 「そうか……」  ラーグは軽く俯いたのち、口を開いた。 「実はお前、オーガの亜人と戦ったんだ」 「オーガの亜人? 僕が?」 「ああ。エルさんとハイナちゃんが奴の襲撃にあってな、二人とも不意をつかれて攻撃を喰らっちまったんだ。レイは通信機でオーガの亜人と話をして、すぐにDRIを飛び出していった」 「それで、オーガの亜人と戦った……」 「そう」  ラーグは桶を棚の上に置いたのち、ベットの脇にある椅子に腰掛けた。 「でも、じゃあなんで僕はその記憶がないんだ?」  僕の疑問に答えたのは、ラーグではなくエルさんだった。 「──暴走したのだよ」  彼女は開いた扉の前に立っていた。 「エルさん、いたんですね」  ラーグはエルさんの姿を見てそう呟いた。 「暴走したって……僕が……ですが?」 「ああ。ラーグ君の見解によれば、ハイナ君を傷つけられた怒りと憎しみで無意識に力の段階を引き上げてしまったようなんだ。アビリティステージ3といったところだね」  彼女はそう語った。だが、僕はどうも思い出すことができない。記憶を辿ろうとすると脳の奥が焼けるように痛くなるのだ。そのせいもあってか、暴走したと告げられても自分のことだと実感することができなかった。 「そんな……すみません、思い出せなくて」 「無理もないさ。君はオーガの亜人を殴殺し、DRIの建物を崩壊させた。危うく、被害が街中に広がるところだったんだ」 「……」  僕は亜人をまた一人、殺してしまったのか。暴走していたとは言え、僕はまた命を奪ってしまった。信じない。信じられない。だが、信じるしかない。そして受け入れるしかないのだ。自分の未熟さを。 「少年のことはハイナ君が止めた。同じく、ステージ3に到達してね」  エルさんは続けてそう告げた。 「え、ハイナが……?」 「ああ」  彼女にまで、僕は世話にかけたのか。  礼が言いたい。一言、なんでも良いから話したい。 「ハイナは、今どこに?」 「別室で休んでもらっているよ。ステージ3に到達したのがかなり身体にきているようだ。急激な成長速度だからね。私達としても驚きを隠せない」 「僕、行ってきます」  僕はベッドから飛び上がり、急いでハイナの部屋へと向かった。  飛び起きたと思った途端、レイはハイナちゃんの元へ行ってしまった。 「行っちゃいましたね」 「無理もないさ。自分を止めようとして無理をさせてしまったと知ればね」 「でも、おかげでDRIは完全に壊滅しました。これでもう非人道的な実験が繰り返されることはないはずです」 「ああ。そう信じたいね」 「信じないと、やっていけませんよ」 「それもそうだ……」  あとは本体。『暁の会』だけだ。必ず叩く。絶対にだ。これ以上人と亜人のいがみ合いを深くしないためにも、止めなければ。  俺がそう固く誓っていると、エルさんはふっと笑った。 「君も、良い表情をするようになったね。てっきりDRIの一件が片付いて、一息ついているのかと思ったよ」 「まだ『暁の会』が残ってますから。彼らが終わらない限り、俺達の戦いは終わらない」 「その通りだ」  エルさんは再び笑みをこぼした。 「少年のことは私が見ておく。ラーグ君は仕事に戻ってくれ。皿洗い、溜まっているだろう?」 「そうでしたね。そうします」  そう告げて、俺も部屋を後にした.  僕はハイナの部屋の前に立ち、コンコンとノックをした。 「ハイナ、今いいかな?」 「レイ?」  すぐに返事があった。声色からして体調が悪いというわけではなそうだ。 「ラーグとエルさんから聞いたんだ。ハイナが僕を止めてくれたって。その、お礼が言いたくて」 「入ってきていいよ」 「わかった」  承諾を得て部屋の中に入る。彼女はぬいぐるみがたくさん置かれたベッドの中で埋もれていた。 「ごめん、ちょっと疲れてて……このままでもいい?」 「うん。僕のせいだよね」 「レイのせいじゃないよ。自分から止めに行ったんだから、レイのせいじゃない」 「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいけど、自分のしたことがどうしても許せない……我を忘れることなんて、今まで一度もなかった。まさか暴走するなんて、思ってもみなかった」  かすかに思い出してきた。断片的だが、オーガの亜人にハイナを殺すと脅されて、ブチっと何かが切れた感覚が蘇る。それがトリガーだったのかはわからないが、結果的に僕はステージ3に到達し、暴走することになってしまった。 「止めてくれたハイナにお礼が言いたんだ。ありがとう。僕を止めてくれて」  僕は頭を下げた。 「別にいいのに」  ハイナはそういって微笑んだ。 「でも、わかった。お礼は受け取っておくよ」 「本当に申し訳ない……」 「謝るのは禁止。謝罪よりもお礼の方が嬉しいから」 「うん、ありがとう、ハイナ」  彼女は「うん」と言って、微笑むのだった。    僕たちがDRIに潜入してから、約二週間の時が流れた。  アルジオさんは『暁の会』のアジトを探り続けているが、未だそれらしい情報は掴めていないようだった。  僕は亜人態の制御のため、地下室にこもってステージ3を解放していた。 「レイ、今度はどう?」  同じくステージ3を解放し、僕が暴走した際に対処してくれるように警戒体勢を敷いているハイナ。申し訳なさでいっぱいであったが、「謝罪は禁止」と言われてしまったため、礼を言うことしかできない。とてもむず痒い次第である。 「やっぱり、コントロールしようとすると意識が遠のく……なかなか難しい」 「そっか……」 「別に無理に慣れさせなくても良いんじゃないか?」  地下室にラーグがやってきた。 「僕もそうしたいところだけど、またいつ暴走するかわからないから、やるしかない」 「私はうまく制御できてるんだけどなあ……どうしてだろう?」  僕とハイナは首を傾げる。  ふと、パチンと指を鳴らす音が響いた。  ラーグのものだった。 「エルさんに魔力を注入してもらうってのはどうよ?」 「魔力を?」  僕はそう返した。 「だってハイナちゃんはエルさんに治癒魔法をかけてもらって、F9《エフナイン》に充分な魔力が装填されたから、ステージ3に到達したわけだ。その理屈でいけば、レイもエルさんに何かしらの魔法を施してもらえれば、ステージ3をコントロールできるんじゃないか?」 「なるほど……一理あるかもしれないな」 「だろ?」 「私、エルさん呼んでくる!」  ハイナはそう言って、地下室を飛び出して行った。  数分後、ハイナが連れてきたのはエルさんではなく、ルルカさんだった。 「ルルカさん、どうして?」  僕は彼女にそう訊いた。 「ヴォルトロン様はボルク様と話をしていらっしゃったので、代わりに私が赴いた次第です。ヴォルトロン様から直々に指名されてきました」 「そうなんですか……なんか、すみません」 「問題ありません。魔力をフォードガスト様に注ぎ込めば良いのですね?」 「はい。お願いできますか?」  僕はルルカさんにそう訊いてみた。 「やってみましょう。それでは、フォードガスト様、亜人態への変身を」 「はい」  僕はすぐに亜人態に変身した。 「では、いきます」  ルルカさんは僕に向けて両手をかざし、渾身の魔力を打ち出した。青いエネルギー体が彼女の手から放出され、僕の中に流れ込んでくる。 「ぐっ……う」  息が苦しい。鼓動が早い。まるで、百メートル走を駆け抜けたかのような疲労感が僕の体にのしかかる。 「レイ……」  ハイナが僕の身を案じてか、名前を呼ぶ。  彼女は一歩前に出ようとしたが、それを止めたのはラーグだった。 「ハイナちゃん、ここは我慢だ」 「……うん」  ハイナに心配をさせてしまっている。情けない。一刻も早くコントロールを成功させなければ。  その時だった。  僕の中に注ぎ込まれた魔力が徐々に体の中に浸透していく感覚があった。無意識に両腕の鱗は赤く染まり、体を深紅の炎が包み込む。ステージ3が解放されたのだ。だが、意識ははっきりとしていた。衝動的な殺意に苛まれることもなく、脳が視界の情報をしっかりと処理しているのが分かる。  これは、成功したのか。 「気分はいかがですか? フォードガスト様」 「ええっと、はっきりして……ます」 「成功したようですね」  そう言って、ルルカさんは優しく微笑んだ。 「すごい、本当に……」 「やった……よかった……」  そう言ってハイナは優しく笑った。気を張り詰めていたのか、ふっとステージ3が解け、元の状態に戻る。そしてふらふらとその場に倒れ込んだ。 「ハイナっ」  僕はすぐに彼女の元に駆け出した。 「大丈夫?」 「うん、ちょっと疲れちゃったみたい」 「ありがとう……お陰で克服できたよ」 「うん」  相当の疲労感が彼女を襲っているのか、ハイナは小さく口角を上げるだけだった。 「ルルカさん、ありがとうございます」  僕はルルカさんにも礼を告げた。 「いえ、お力になれたなら本望です」  彼女はそう言って再び優しく笑った。 「やったな、レイ」  ラーグは僕の背中を叩いてそう言った。 「うん、ラーグもありがとな」 「俺は何もしてねえよ」 「それでも、ありがとう」 「……おう」   彼は照れくさそうに頭を掻いた。  *** 「ここで間違いないんだよな?」  俺は相棒にそう確認した。 「ミルギース……間違いないさ。ここにジニアがいる」 「よぉし」  俺はポキポキと指を鳴らした。 「DRIとオーガの礼は、きっちり返させてもらうぜ」  相棒は炎に身を包み、背中から業火の翼を生やした。 「行くぞ、この街を焼き払う」 「おうよ」  俺は斧を振り上げ、肩に担ぎ上げた。 「──祭りの始まりだ」    

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第二十八話 進化

第二十七話 暴走

 機械生命体と交戦しながら施設を破壊して回っていると、僕とラーグはひらけた空間へと出た。 「何だ……ここ」 「レイ、あれ」  ラーグが指差した方向には、巨大な機械生命体がいた。どうやら眠りについているようだが、これまでの個体とは異なり、鎧のような合金の装甲、三十メートルを超える背丈、そして右手には巨大なブレードが装着されている。壁に張り巡らされている管と接続されており、エネルギーを補給しているのだと理解した。 「何じゃありゃ」  ラーグはそう溢した。 「『防衛機構』最終フェーズ、起動」  その時、どこからかアナウンスが響き渡り、その巨大な機械生命体の管が全て外れた。プシューっと空気が漏れ出し、重厚な金属音を轟かせ、機械生命体は動き出す。 「対象の殲滅を開始します」  女性のような甲高いその声と共に、機械生命体はブレードを天高く掲げ、一気に僕達に向けて振り下ろした。 「──まじかよッ」  僕とラーグは互いの足の裏を踏み台にして真横に蹴り上げ、空間を作り上げることでブレードを回避する。僕とラーグは共に転げ回り、即座に体勢を整えた。 「どうする?」  僕は彼に尋ねた。僕の攻撃は彼らには通らないことは既に分かっている。先程の青影の攻撃で全くと言っていいほど手応えがなく、その後にも炎を纏った拳やブレスなども試してみたが、合金の装甲が軽く溶けるだけで、決定打とはなり得なかった。やはり、ラーグの持つチェンソーでしか、奴らにダメージを与えることができないらしい。 「俺のチェンソーで切りつければ一発だろう。これまでの奴らもそうだったが、こいつらは四肢の一部を欠損するだけで致命傷になる。きっと、体内のオイル循環がうまく機能しなくなるんだろうな」 「つまり、ラーグのチェンソーでこいつの四肢を切り落とす必要があるってことか」 「ああ、けど、流石にこのデカさじゃあ、俺一人じゃ無理だ。レイ、炎をめっちゃ高く起こせるか?」 「え? できるけど……」 「上昇気流を発生させるんだよ」 「そうか……暖かい空気は上に行く……それを利用するわけだな」 「軍人時代の知識が役立ったな。学科しっかり受けといてよかったわ〜」 「それじゃあ、なるべく奴の死角から攻撃した方が良いな。ラーグ、僕にもう一つ考えがある。耳貸して」  ラーグは僕の作戦に耳を傾ける。  僕の作戦を聞き終えると彼はにっと笑って「お前、天才」と言った。 「サンキュー」  僕達がそうこうしているうちに、機械生命体は次の一撃を放とうとモーションを取っていた。隙だらけ……やるなら今だ。 「行くぞ……3、2、1っ」  僕の掛け声を合図に、ラーグは奴の背中側へと走り出した。  僕は体勢を倒してスライディングし、奴の股を通り抜ける。そして奴の下を潜り抜ける際に、青影に青い炎と黒い鱗を纏わせ、足首に斬撃を放った。勿論、何の有効打にもなりはしない。だが、竜の炎熱が合金を溶かすことは、これまでの戦いで分かっている。そこに竜の鱗による斬撃を上乗せすれば、奴の足は乖離するはずだ。予想通り、奴の足首に斬り込みが入り、体勢が崩れる。それにより、機械生命体の両腕と頭がガラ空きになる。  僕はそのまま背後に回り込み、身体中に帯びる熱を一気に爆発させた。青い炎は上へ上へと昇っていき、ラーグの思惑通りに上昇気流が発生する。 「おしっ」  ラーグは壁を蹴って飛び上がる。あとは僕の炎によって巻き起こる上昇気流に乗って、自動的に上へと昇っていくだけだ。  彼はチェンソーを振りかぶり、機械生命体の頭に差し掛かったところで一気に振り切った。チェンソーのコマが回転し、機械の内部に刃が食い込んでいく。火花が散り,装甲が削られていった。最終的に、奴の頭は完全に切断された。  機械生命体は完全に機能を停止し、その場に倒れ込む。  ラーグは重力によって下へと落ちていくが、僕がステージ2を解放し、翼を駆使して空を飛ぶことで助け出すことに成功した。 「サンキュー、レイ」 「ああ」  地面に着地し、僕達はその場に座り込んだ。 「俺達、ケッコー壊して回ったぞ? これでほとんどなんじゃねえか?」 「ちょっと待って、ルルカさんに聞いてみる」  僕は耳の通信機を用いて、ルルカさんに連絡を取ろうと試みた。  ザーッと軽い砂嵐が鳴り響いたのち、女性の声が聞こえてきた。ルルカさんの声だ。 「はい。こちら、ルルカです」 「あ、ルルカさん。こっちはほとんど終わりました。そっちはどうですか?」 「こちらも一通り片付いたかと思います」 「良かった。それじゃ確認はしつつ、撤収しましょうか。エルさんに伝えておきます」 「はい。よろしくお願いします」  僕は通信を切り、今度はエルさんに信号を送った。  しかし、エルさんの通信機に繋がることはなかった。 「どうしたんだろう……?」 「ん? なんかあったか?」 「エルさんの通信機に繋がらないんだ。ハイナは……あ、繋がった。ハイナ?」  ハイナの通信機にはかろうじて繋がったため、僕は声をかけてみた。  だがその次の瞬間、僕の心臓は跳ね上がった。 「よう、元気か? あん時ぶり」  その声はオーガの亜人だったのだ。  あまりの出来事に、僕は言葉を失う。  一番最初に思考が巡ったのは、ハイナの安否だった。 「何で、お前が……」 「そりゃあ、こんだけ派手に暴れてくれりゃあ、嫌でも気づくわな。お馬鹿さんだねぇ」 「お前……」 「早く来た方が良いぜ。じゃねぇと、鴉のお嬢ちゃん、死んじまうかもな」  その言葉に、僕は不安と怒りを隠せなかった。 「──何だと……っ」  こうしてはいられない。  僕は通信を切り、急いで建物から出ようと試みた。走っている場合ではない。飛ばなければ。僕はステージ2を解放したまま建物内を滑空し、急いで出口へと向かった。 「お、おい、レイ!」  彼の声は、僕にはもう届いていなかった。  翼をはためかせ、建物の中を一気に滑空した。エルさんが爆破した場所から抜け出すと、そこはまさに地獄絵図だった。  無惨に殺され、血を流して倒れている研究員達。防御魔法を展開しつつ、地面に膝をつくエルさん、そして大剣を肩に担ぐオーガの亜人の足元に横たわる、ハイナの姿。 「お前──っ」  僕はすぐさまオーガの亜人に飛びかかり、刀を振るった。機械生命体には全くと言って良いほど効かなかった僕の攻撃だが、亜人であれば話は別だ。おそらく、あの機械生命体は研究員達が亜人に対抗するために密かに開発していたものなのだろう。そうだとすれば、簡易亜人化手術を受け、一般的な亜人よりも強力なはずの僕の攻撃が効かないわけがない。  いや、もうそんなことはどうでも良い。  今はこいつを倒す。  だが奴が大剣を軽く振り下ろすだけで、僕を地面に叩き落とされる。 「ッ──!」  何という強さ。『牙』の亜人達とはわけが違う。強すぎる。『ARM367』を打っていることは予想がつくが、そうだとしても強力だ。元々のポテンシャルが高かったのか。それとも、『オーガ』という特別なDNAを持っているからなのか。どちらにしても、僕が負ければ、エルさんにも手が及ぶ。ハイナの安否も確認しなければならない。  負けられない。  僕は全身に力を込め、立ち上がろうとする。  しかし僕が立ち上がる前に、奴は僕を斬り飛ばした。  僕は建物の中へと飛ばされる。 「うぐっ」  これはまずい。  勝てる未来がまるで見えない。 「なんだよ、もう終わりかぁ?」  奴は僕を煽る。  今すぐにでも喉笛を掻っ切ってやりたい。ブレスでメチャクチャにしてやりたい。だが、今の僕にその力はない。 「っ……」 「おいおい、まじで終わりかよ。すっ飛んできた時にゃあ、少しは楽しめると思ったのによ」  オーガの亜人は、はぁとため息をつく。 「仕方ねぇか」  奴は足元に転がるハイナに大剣を突き立てた。そして次の瞬間、小さな体が大剣に貫かれた。ハイナは一切の反応を見せず、ただドクドクと血が滝のように流れ出るだけだった。 「……ハイナ…………ハイナ」  応答はない。  あの出血量。助かるわけがない。死んだ。殺された。守れなかった。  そう実感した瞬間、目の前が真っ暗になった。  通信が切れたかと思うと、奴は建物の中からすぐさま飛び出てきた。青い鱗の腕に、頭に生えたうねりのある黒いツノ、鋭い牙にエメラルドの瞳。竜の亜人。噂には聞いていたが、一体強さはどれほどのものなのか。その楽しみが、たったの数撃の攻防で消え失せた。  期待外れもいいところだ。  先程戦った魔法使いの方がまだ骨があった。厳密には魔法使いは倒しておらず、防御魔法を展開しているため、こちらの攻撃が全く通らないのだが。さらには、そこから謎の風圧が押し寄せる始末である。『牙』のアジトでしんがりを務めていた時もそうだったが、こいつは少々厄介だ。『父様』に言われてすぐに撤退したが、いざ戦ってみると小賢しいことこの上ない。後回しだ。  そして俺の足元に転がり、スラリと大剣が刺さった鴉の少女。こいつも弱かった。単純な攻撃しかしてこず、一瞬体を成長させて戦術を練っているようだったが、そんなもの俺の前では意味を成さない。大剣に引き抜く。血が雪崩のように地面に溢れていく。死んだな、こいつは。  ジニアというのは本当に『父様』が警戒するほどの勢力なのだろうか?  現段階では、俺がこいつらのアジトに乗り込めば、最も簡単に壊滅させられると考えてしまっている。 「あーあ、つまんねえ。せっかく来てやったんだ。少しは楽しませてくれよ」  だがその時だった。  俺が斬り飛ばした竜の男は、ゆらりと立ち上がった。 「お?」  そして奴が呻き声を響かせたと思った途端、竜の怒号のように声を上げた。 「な、何だよ……」  そして青かった鱗は赤く染まっていき、瞳は黄色に。翼や尻尾は地獄の炎に包まれ、牙はより鋭く、爪がより鋭利になった。  そして両手を地面につき、まるで本物の竜のような体勢を取る。 「ゔゔゔぅぅぅっ!」  奴は呻き声を上げると、地面に落ちていた刀の持ち手に尻尾を絡ませて拾い上げた。  次の刹那、奴は一気に間合いを詰め、気づいた時には俺の体を掴んでいた。 「ゔゔゔゔうぅぅぁあああっ!」  そのまま翼を広げて飛び上がり、奴は俺をDRIの建物の中に投げ飛ばした。  俺は一瞬にして建物の中へと投げ入れられ、背中を強打する。 「がっ!」  だが、奴は止まらない。  すぐさま俺の元へやってきたと思ったら、その鋭利な爪で俺の体を斬り裂き、頭を掴んで瓦礫の中に叩きつけた。 「ぐ……あっ」  死ぬ。この猛攻を受け続けていたら、俺は確実に死んでしまう。  俺は反撃しようと、奴に向けて大剣を振るった。  だが、奴はそれを歯で受け止め、バリンっと噛み砕いてしまった。 「嘘だろ……」 「がああぁぁぁぁぁっ」  奴は俺を掴み、ぐちゃぐちゃに破壊された設備の瓦礫の中に放り投げ、幾度となく頭を叩きつける。  そして砲丸投げのように俺を投げ飛ばし、俺が対空しているところに強力なブレスを放ってきた。 「ぐああああっ」  俺は全身に火傷を負い、その場にひれ伏すが、奴はそれでも攻撃をやめない。牙で噛みつき、爪で斬り裂き、尻尾の刀で八つ裂きにしてくる。  反撃などできるわけもなく、俺の意識は遠のいていった。  突然、少年の姿が変わった。  赤い鱗をその身に纏い、咆哮を上げたかと思うと、オーガの亜人を引き連れ、再び建物の中へと消え去っていった。 「少年……」  私とハイナ君の元へ突如現れたオーガの亜人。おそらく、DRIが破壊されていることが『暁の会』に気づかれてしまったのだろう。それで彼を送り込んできた。黒い魔法陣から現れたため、奴を送り込んだのは言わずもがな『父様』だ。  彼はハイナ君が拘束していた研究員を皆殺しにし、彼女に猛攻を仕掛けた。私も加勢したが、その強さに防戦を決め込むしか選択肢はなかった。 「完全に、私の不覚か……」  今はとにかく、ハイナ君の安否確認だ。  私は急いでハイナ君の元へと駆け寄った。 「ハイナ君!」  私は地面に横たわる彼女の元へ駆け寄った。大剣によって刺されたため、腹の傷が通常の刃物に比べて大きい。よって、出血量も倍だ。 「死なせるか──っ」  私は彼女に向けて回復魔法を施す。 「エルゲルガ・ドルゴロム・リペアティス!」  詠唱を行うことにより、効力をより強める。私の魔力を全て持っていってしまってもいい。彼女が目覚めるのならば、魔法が使えなくなっても構わない。文字通り死に物狂いで回復魔法を唱え続ける。  だが彼女の傷口は少し閉じかけたのみで、それ以上の進展を見せなかった。  それならば……。 「エルゲルガ・ドルゴロム・タイムラーク」  私は回復魔法を中断し、代わりに時間逆行魔法を詠唱した。これはその名の通り、魔法をかけた対象の時間を巻き戻す魔法だ。その方法で彼女の身体の状態を傷を受ける前の状態に戻そう試みた。それが功をなした。流れ出た血液は身体の中に戻っていき、傷口が塞がり始める。 「よしっ」  あとは、彼女が目を覚ませば……。 「エル……さん?」 「っ──ハイナ君⁉︎ わかるかい?」 「あれ……私どうなって──」 「オーガの亜人に腹を刺されたのだよ」  彼女はまだ意識が朦朧としているのか、フニャと笑って「そうですか」としか答えなかった。 「レイ……は? 声が聞こえた気が…………」 「ああ、それなんだが──」  ハイナちゃんからの通信を切ったかと思うと、レイは突如どこかへ飛んでいってしまった。 「全く、置いてくなんて薄情な奴め」  一体どうしたというのか。ハイナちゃんに何かあったのだろうか。そうだとすれば、彼があそこまで取り乱すのも頷ける。だが、あの焦りようはいささか妙だった。いつものレイらしくない。何か不明瞭な違和感が、胸の中で引っかかる。 「何かあったのか……?」  その時だった。  突如壁を突き破って何者かが落下してきた。額に生えた左右対称の二本のツノ。  これは……まさか、オーガの亜人?   ありえない。AKSMUの管理下にあったDNAだ。  流出した?   そんな杜撰な管理をするか?   あのAKSMUに限ってそんなことをするはずがない。であれば、この亜人と裏で繋がっており、簡易亜人化手術を施したというシナリオの方が何かと合点がいく。この亜人……たしかレイが前に遭遇したと言っていた者か。  俺は足元に倒れ込むオーガの亜人を見る。  奴は白目を抜いて気絶していた。頭はボコボコと凹凸まみれになっており、歯は折れ、全身から多量に出血している。  何だ?  一体なんだというのだ?  その答えは、すぐにわかった。  オーガの亜人を追ってか、バサバサと翼をはためかせて、一人の亜人が降り立った。赤い鱗に、黄色の瞳。うねりのある黒いツノと炎の尻尾。容姿がすっかり変わっていたが、その顔つきからレイだと悟った。 「レ、レイ……?」  青い竜の亜人であった彼は、全身を炎のように燃えたぎる赤色で包み込み、黒いコートにベッタリと返り血をつけている。 「お前……どうしたんだよ」 「ゔゔゔぅぅぅ」  彼は唸り声を上げるだけだった。本物の竜のようだ。  まさか、アビリティステージ3だとでもいうのか?  力の段階。簡易亜人化手術を受けた半亜人にのみシステムされている、亜人化の引き上げ。彼は今までステージ2まで解放したことがあると言っていた。まさか、ここにきて次のステージに突入したというのか。 「があああぁぁぁぁっ」  彼は咆哮を上げた。 「レイ……」  彼の名を読んでみるが、反応はない。まるで別の人格に体が乗っ取られているかのようだ。平たく言えば、暴走だ。 「くっそ……」  俺がレイに目を向けていると、足元でオーガの亜人が目を覚ました。 「あいつ……ふざけやがって……」 「お前、『簡易亜人化手術』をどこで受けた?」 「あ? 誰だ、てめえっ。俺は今イライラしてんだよ!」 「良いから答えろ!」  俺は奴にチェンソーを突きつけた。 「チッ、どいつもこいつも……」  だがその時、脇腹に強烈な激痛が走った。  気づいた時には吹き飛ばされており、俺は壁に激突する。 「ッ!」  何というパワー。  何だ?   一体何が起きたというのか?  見ると、俺を吹き飛ばしたのはレイの尾であるということがわかった。 「レ……イ……?」  俺はそこで気を失ってしまった。  ***  私が意識を失っていた際に起こっていた惨状を、エルさんは話してくれた。私がオーガの亜人に刺され、致命傷を負わされていたこと。レイが突如、赤い竜の亜人となって暴走してしまったこと。それらを知って、私は自身の無力さを痛感した。 「そんな……レイが……」 「今の彼を止めるのは少々骨が折れる。だがやるしかない。おそらくあの状態で暴れ回れば、この建物が崩壊するだけじゃない。街に被害が及ぶ可能性だってある。効くかわからないが、私が睡眠導入魔法を少年にかけてみる。そのあと、ハイナ君は鎖で少年を拘束してくれ」 「わ、わかりました……でも、今レイがどこにいるのか……」 「それなら大丈夫だ」  エルさんは落としていた通信機を拾い、耳に当てた。 「ルルカ、私だ。そっちの状況はどうなっている。  どうやら、ルルカさんと連絡をとっているようだ。 「はい。何か轟音が響き渡り、フォードガスト様が建物内をさらに破壊して回っています。自制が効かない状態になっていると思われます」 「すぐに少年の元へ行けるかい?」 「はい。着き次第、拘束してみます」 「ああ、頼んだ」  エルさんは通信を切り、私に目を向ける。 「ルルカが向かっているが、少年が中で暴れ回っているらしい。止めなければ──」 「レイ……」  彼の身に何が起こったのか、私は知ることすらできなかった。

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第二十七話 暴走

第二十六話 悪魔の巣窟

 俺がDRIの跡地に調査に赴き、『暁の会』の亜人と交戦してから、約一ヶ月が過ぎていた。 「なぁ」  俺はカウンターに座り、奥でコーヒーを淹れているエルに話しかける。 「なんだい?」 「あの二人、最近、距離近くねぇか?」  あの二人というのは、レイとハイナのことである。というのも、気がついたときには互いに視線を送り合ったり、ウエイターの仕事中に手を振り合ったり、喫茶店のシフトが無い日には二人で外に出掛けに行ったりもしている。これはつまり、そういうことなのだろうか。 「ああ、あの二人のことか……付き合ったらしいよ」  あまりにさらっと言う彼女に、俺は思わず「そうか」と返してしまう。そして数秒したのち、「は?」と大声を出してしまう。 「いやだから、『付き合ったらしい』と言ったんだが……」 「それはわかるっとるわい! 何をさらっと言ってんだ! 一瞬フツーに返事しちまっただろうが!」 「いや、知っているものかと」 「知ってるも何も、二人がそう言う感情を抱き合ってたことすら初耳なんだよ、こっちは!」  両手でカウンターを叩いて彼女にそう訴える。 「ったく」  全くこの魔女ときたら、相変わらず自分の中で全てを完結させてしまうのだから、仕事仲間としては困ることこの上ない。それに何より、レイとハイナが付き合ったと言うのは、とても衝撃的だ。二人も公言すれば良いのにと思いながらも、なぜエルは知っているのかと疑問が浮かぶ。だが、彼女のことだ。どうせ二人の心でも読んだのだろう。的中率何割かの魔法で。 「まぁいいか。めでてぇじゃねぇか」 「ああ、全くだ」 「──……」  俺は喫茶店で客の注文を聞いたり、食品を提供したりしている二人を眺めながら、ふっと笑みをこぼす。 「そういえば、ルルカとラーグは? 何してんだよ?」 「ルルカは厨房で品の調理、ラーグ君は皿洗いだ。彼、ウエイターとして働かせると皿を割ってキリがないからね」 「おあっと、それはそれは」  今度は違う意味で笑みが溢れ、コーヒーを軽く啜って誤魔化した。 「さて──本題に入っていいか」  俺はコーヒーを置いて、エルに目を向ける。  彼女は俺の真剣さを察したのか、湯を注いでいたポットを置いてこちらを見た。 「なんだい?」 「この資料、エルも見たろ?」  俺はそう言って、以前エルに『魔臓』について聞いた際のDRIの研究報告書をカウンターに置いた。 「これがどうしたんだい?」 「この資料の裏面に消えかかっているが、微かに数字の列が印字されてたんだ。その数字が、俺がこの間行った跡地の振り分け番号だったことが分かった。建物内の至る所にこの番号があったのを思い出してな」  俺は裏側の「247031」と書かれた面を彼女に見せる。 「ほう、振り分け番号……」 「DRIは以前、支部ごとに番号で差別化を図り、各々で異なる実験をしてたっぽいんだ。これはダチの情報網から得た情報だ。そんで『247031』は『にしのさい』って読み替えられる。つまり?」 「最西……というわけか」 「ああ。んで、コンピュータで調べたところ、これと同じ振り分け方の支部がもう三箇所見つかった。それぞれ東西南北で分けられてて、どれも跡地だ」 「なるほど……それで?」 「ここからが重要でな、DRIの本部はじゃあどうかっていうと、衛生写真から確認できた建物があと一つだけあった。その場所の番号が『92703737031』だったんだ。『くにのみなみのさい』って読める。つまりだ。DRIの本部はアーデリナ国の最南端にあるってことがわかるんだ」  俺の解析に、エルは口元に手を添えて考える素振りを見せる。  数秒間の沈黙の後、エルは口を開いた。 「だが、暗号にしてはいささか簡単過ぎじゃあ ないかい? 考え方をもう少し捻るべきじゃ……」 「いや、これでいい。そもそも、俺がDRIの跡地に向かった時点ですぐに消されてもよかったはずなんだ。こんなに大事な情報が載ってるんだからな。だが、刺客どころか、奴らはただ確認のために亜人を一人寄越しただけだった……罠ってことだよ。これは」 「罠……か。──のるかい?」 「──当たり前だ」  俺はそう言って、エルに「にっ」と笑いかける。その俺の様子に彼女の口角も上がった。  ある組織の場所が割れた。  DRI。『暁の会』によって乗っ取られてしまった亜人研究機関の略称だ。残念なことに、管轄となっている『暁の会』自体の場所は掴めなかったらしい。アルジオさん曰く、厳重に隠されているとのことだ。情報が二重三重にも張り巡らされており、それら一つ一つが暗号になっている。『暁の会』のアジトを割り出すには相当な時間が必要であるようだ。  アルジオさんは喫茶店に残り、『暁の会』の場所を割り出してくれるらしい。  僕たちは、アルジオさんが見つけ出してくれたDRIの場所へ赴き、彼らの活動を停止させるべく、行動を開始した。  特にラーグにとっては、これは大事に一戦になるだろう。 「絶対にやってやろう」  彼にいつものような笑顔はなく、代わりに険しい表情が張り付いている。 「──ああ」  ワゴン車に乗り込み、ルルカさんの運転で僕たちはDRIへと向かった。  それは、アーデリナの最南端の街に位置していた。  街の大半を占める巨大な白い建物。窓などは一切なく、完全に外部からの隔絶を計っているように思えた。 「到着いたしました」 「ご苦労。それでは乗り込もうとしようじゃないか。準備はいいかい? ラーグ君」 「はい」  ラーグはアタッシュケースを握り締め、はっきりと答える。 「今回は『殲滅』ではなく、『壊滅』を想定している。つまり、標的は研究員ではなく、研究施設そのものだ。私が透視魔法で入り口を確認して、爆破魔法で無理矢理だが活路をこじ開ける。少年、ハイナ君、ルルカ、ラーグ君は各々潜入し、設備の破壊を頼む」 「了解」  僕達はワゴン車から降り、準備に取り掛かった。  各々配置につく。  僕とラーグは監視カメラの死角に潜み、ハイナは上空で待機。ルルカさんは『透明化魔法』によって自身を透明化させ、堂々とカメラの前に立っている。 「では、行こうか」  エルさんは魔法で宙に浮き、空から透視魔法で建物内の人数を確認。入り口付近に研究員達がいないことを確認すると、杖を突き出して魔法陣を展開した。  そして次の瞬間には、激しい轟音と共に入り口の扉が爆破される。  黒煙と土煙が立ち込める中を、僕達は突き進んだ。  入り口が爆破されたことにより警報が作動。甲高い鐘の音が鳴り響く中、土煙によって視認することはできないが、研究員達はとても混乱しているように聞こえる。 「な、何だ⁉︎」 「爆発した! 入り口が爆発したぞ!」 「どうしてだ? 爆弾でも仕掛けられたのか⁈」 「終わりだ、もうおしまいだ!」  研究員たちの混乱と興奮が響き渡る。  この環境であれば、設備を破壊するなど造作もないことだ。  僕は亜人に変身し、土煙に紛れながら、建物の中の巨大なカプセルやビーカーなどの研究道具を炎のプレスによって溶かしていく。皮肉なことに、研究道具のほとんどはガラス製だ。炎で溶かせば、破壊など容易に完遂できる。  そのようにして研究施設を破壊して回っていると、ある部屋に辿り着いた。 「ここは?」  そこには一面ガラスで覆われたゲージのようなものが陳列しており、中では亜人が眠りについていた。全身を黒い毛が覆っていることから、猿やゴリラなどの亜人であることは一目瞭然だ。だが、なぜ亜人がこのような場所に捕らえられているのか理解ができない。さらによく見ると、ゲージの中には様々な亜人が収容されており、ネズミ、鳥、魚類の亜人も含まれていた。 「何なんだ……これは」 「実験体だろうよ」  俺の横でラーグが答えた。 「実験体?」 「『ARM367』を投与した個体の経過観察ってとこだろうな……可哀想に。攫われてきたんだろう……」  ラーグはケージに手を添えてそう呟く。その目は悲哀と憤怒に満ちていた。 「見ろよ、あれ」  そう言って彼はある装置を指差す。それはモニターに表示された彼らの心電図だった。脈拍は、無いに等しかった。 「全員、死んでるんだ。ここにいる、亜人達、全員だっ」  ラーグはガラス製のゲージを拳で叩く。 「ちくしょうっ!」 「──そうか、全員……」  彼らを見る。死んでいるなんて嘘かのように、穏やかな表情をしている。だが、彼らの犠牲があって『牙』の連中やその他のユニオンの亜人達は『ARM367』を何の副作用もなしに利用できている。そう考えると、ここに眠る彼らが不憫でならなかった。 「くそっ……」  ラーグは悔しさを噛み締めているようだった。当然だ。亜人を救う組織だったはずが、いつしか亜人を使って人体実験をする組織に変容してしまったのだ。彼がどれだけの衝動に駆られているかなんて、僕には計り知れない。 「ラーグ、そろそろ──」  その時だった。  耳に装着していた通信機から信号が届いた。 「はい」  僕は応答した。 「こちら、ルルカです」 「ルルカさん。どうされました?」 「警報が鳴り始めてそう時間のかからないうちに『防衛機構』が作動したようです。現在、謎の機械生命体と交戦中です」  よく聞くと、通信の奥から金属音が幾度も鳴り響いていた。 「え、大丈夫なんですか?」  僕はルルカさんにそう尋ねる。 「現在は問題ありませんが、フォードガスト様とアルスレッド様も是非気を引き締めていただきたく存じます」 「あ、ありがとうございま……」  僕が礼を告げようとした時だった。 「レイっ、避けろ!」 「ッ!」  僕に向けて、何者かの刀が振り下ろされていた。  僕は咄嗟に地面を転がり、受け身をとって回避することに成功する。  相手を見ると、それはルルカさんのいう通り、機械生命体としか形容仕様のないものだった。  全身が合金の部品で構成されており、目は青く発光、体の節々には管のようなものが露出している。しかしロボットと言うには、あまりにも動きが俊敏すぎる。 「侵入者を感知。殲滅します」  奴に口はなく、どこからともなく機械音声が聞こえてくる。  次の瞬間には、奴の猛攻が開始した。 「来い! 青影!」  僕は青影を召喚し、機械生命体の攻撃を受け止める。そしてその体勢のまま抜刀し、奴の体に刀を突き刺した。 「なん……だと……?」  手応えは、全くと言っていいほどなかった。 「くっ……」  奴は拳を握り、僕を殴り飛ばす。 「ぐあっ」 「レイ!」 「──ラーグ、逃げろ! 生身じゃ確実に殺される!」 「んにゃ、そいつはどうかな」  彼はいつものようににっと笑い、手に持っていたアタッシュケースの持ち手のボタンを押した。それがスイッチとなり、アタッシュケースが開き、中から刀型のチェンソーが露呈する。 「おおおおおおっ!」  彼はそれを渾身の力で振るい、機械生命体の腕を切り落とした。  機械生命体の中では寛容し難いダメージだったのか、キュイーンという甲高いサイレン音が鳴り響くと同時に、その場に膝をついた。  どうやら、完全に機能停止したらしい。 「──嘘だろ?」  亜人態の自分で全く歯が立たず、ラーグが倒すとは……。 「こいつは俺が開発したんだ。こう言う機械の体には有効打になるように設計してある。レイやハイナちゃんはどちらかと言うと対亜人用の作りになってるだろ? 俺はいわばそれ以外専門ってわけだ」  そう言って笑う彼に、僕は安堵の息をつく。 「お前が無事で良かったよ。とにかく、この任務が終わったら弔ってやろう。この亜人達」  僕はそう言って、再び眠りにつく亜人達を見た。 「──そうだな」  ラーグも、同じ思いだったようだ。    空から見張っていると、エルさんが起こした爆発によって、建物内からたくさんの研究員たちが逃げ出してくるのがわかった。  私はすぐさま彼らの元に飛んでいき、全員を鎖で縛り上げた。 「うわぁっ!」 「な、何だこれ!」  研究員たちは相当取り乱しているが、私は構わず彼らを縛り続ける。 「お、お前! 亜人が何で敷地内にいるんだ!」 「それって私のこと?」 「お前以外に誰がいるって言うんだ!」  縛り上げた研究員のうちの一人が私を名指しする。 「こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」 「うーん、どうだろう? エルさーん」  私の呼びかけに上空で留まっていたエルさんはこちらへ向かって降りてくる。 「私達、こんなことしちゃったけど、大丈夫なんですか?」 「うーん、そうだね……君達全員を逮捕するから、特に私達は何も罰は受けないよ。ミルギースから給料を貰うぐらいだ」 「きゅ、給料だぁ? ふざけんじゃねぇぞ!」 「そう言われてもねえ、ああ、そうだそうだ」  エルさんは手のひらをポンと叩いて、何かを思い出したかのように彼らに話しかける。 「『暁の会』と言う亜人ユニオンの居所を教えてくれるなら、君達全員の処分を少し甘くしてもらおう」  エルさんが『暁の会』という名前を出した途端、彼らの顔は真っ青になった。 「どうかな?」 「し、知らない! 何も知らない!」 「本当だ! 俺たちは言われるがままに薬を作ってただけなんだ!」  研究者達は血眼になって弁明する。 「──それが、『ARM367』かい?」 「な、何故それを……」 「そんなことはどうでもいいんだよ。それじゃあ何かい? 君たちは言われれば地雷や拳銃でも作ったのかい?」 「そ、それは……」  研究員たちは黙りこくったまま動かなくなった。 「違うだろ? 君達が薬を作れたのは、心の奥底で亜人を見下していたからだ」  エルさんの言葉が図星だったのか、とうとう誰も何も言わなくなる。  そうか。人は自分よりも下だと思った相手には、とことん攻撃をすることができるのか。たとえそれが非人道的な人体実験であったとしても、なりふり構わずに。私が感情を無くしていた時に人や亜人を殺しても、何の情も湧かなかった。洗脳されていたからと言って仕舞えばそれだけだが、彼らは洗脳されているわけでもなければ、ましてや奴隷として強制的に働かされていたわけでもない。ただただ亜人に対する知的好奇心を、人体実験という形で処理していたのだ。  人間という生き物の残酷さを痛感せざるを得ない。  人はどこまでも残虐になれる。だからこそ、レイやラーグやアルジオさんなどの人々は特別なのだ。 「私、貴方達のこと大嫌い。しっかりと罪を償うまで、許さないから」  私は床に伏せたまま身動きひとつできない彼らを見て、そう言い放った。  施設内は随分と破壊することができたが、いささか構造が複雑かつ広範囲に及ぶため、対処が一苦労だ。それに『防衛機構』の発令によって所かしこに出現するようになった機械生命体との交戦により、施設の破壊という任務が阻害される。  これは由々しき事態だ。  私は再び、機械生命体と対峙していた。  この生命体も、研究員達が作り上げたものなのだろうか。だとすれば、これもヴォルトロン様の言う『壊滅対象』に属しているはずだ。一人残らず、駆逐しなければ。  私は両腕に巻かれた鎖を解き、遠心力を利用して奴の顔面に叩きつける。  私の得意とする魔法は『創造魔法』だ。と言っても『無』から『有』を作り出せるわけではなく、『有』を『他の有』へと作り変えることしかできない。そのため、私はいついかなる時でもこのように両腕に鎖を常備している。今回であれば、彼らのような機械生命体は細かい部品で構築されている対象物だ。よって、鎖を斧や鎌などに変形させて振り切れば、あっという間に彼らの活動を停止させることができる。その要領でまた一体、もう一体と機械生命体の駆逐に当たった。  既にヴォルトロン様が施設内を爆破してから二十分弱が経過していた。しかし、未だに施設内の破壊作業は終わらない。一気に片をつけたいところではあるが、私はヴォルトロン様のように広範囲に影響を及ぼす魔法を使用することができない。それに、ヴォルトロン様はどんな状況であれ、『召使いの修行の一貫』と称して、獅子が子を崖の下に投げ落とすように、なりふり構わず修羅場へと私を投下してきた。それを一つ一つ生き延びたからこそ、今の私があるのだ。   現在はDRIの破壊に専念する。それだけだ。  私は駆け出し、施設を壊しながら進み続けた。  *** 「くそ、またかっ」  臨時休業となっている喫茶店の二階。  俺は『暁の会』の所在を掴むため、ひたすらにコンピューターと睨めっこをしていた。このコンピューターは情報屋の中では名を馳せているほどの一級品であり、この世のありとあらゆる事象を観測し、データとして表示することができる。衛生と常につながっており、必要な情報は衛生を動かすことで収集が可能なのだ。しかし、このスーパーコンピューターを持ってしても、『暁の会』の所在を掴むことは難しかった。検索エンジンに『暁の会』と入力するだけでロックがかかり、暗号が二重にも三重にも張り巡らされて表示される。所在を掴むには、これら一つ一つを紐解くしかないのだが、かれこれ数十回はトライしていると言うのに、暗号はうんともすんとも言わない。 「こいつは、かなり長丁場になりそうだな……」  俺は椅子に座り直し、気合を入れて再び暗号解読に向かうのだった。  

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第二十六話 悪魔の巣窟

第二十五話 告白

 ラーグが新たにジニアへ加わり、ルルカさんが長い長い潜入捜査から帰還して、早一週間が経った。  あれから『暁の会』に目立った動きはなく、僕達は彼らについて調査しながらも、『cafe:zinnia』の営業を続けている。 「どわぁっ」  ……一つ、重大な悩みを抱えて。  ガシャンッと甲高い音が店内に響いたかと思うと、床には割れたカップと円形に溢れたコーヒーが無惨に散乱していた。 「ラーグ……」  僕は呆れて、彼の名をただ呼ぶことしかできない。 「あはは、悪りぃ悪りぃ」 「いや、『悪りぃ悪りぃ』じゃねぇよ。お前この一週間で何枚食器割ったよ?」 「まあまあ、そう怒るなよ〜」  ヘラヘラと笑う彼の態度に、僕の堪忍袋の緒は今にもはち切れそうだった。 「あ、ラーグ、大丈夫?」  いつものようにメイド服を着て、喫茶店の看板娘を務めている少女が、ラーグを心配して駆け寄ってきた。 「ハイナちゃん……まじ天使」 「天使? よくわかんないけど、カップ片付けよ?」 「うん、そーする」 「自分でやれや」  ハイナにデレデレと接しているラーグを見て、僕はさらにイライラが募る。 「なんだよぉ〜、嫉妬か〜?」 「う、うっさいやい!」  なんだか図星を突かれたような気分になって、思わず顔を背ける。当のハイナはきょとんとしているが、すぐに食器を片付け始める。 「ハイナ、これはラーグにやらせた方がいいよ。こいつ、ずっとハイナに頼りっ放しじゃん。甘やかすとラーグはすぐ調子乗るから」 「まあまあ、レイもそんなに怒らずに」 「いや、別に怒ってるわけじゃないんだけど……」  ハイナは食器をビニール袋の中に入れ、口を縛り付けて立ち上がる。 「でもなんだろう、レイ、ラーグが来てからちょっと変わったよね」 「え? そう?」 「うん、なんか新しいレイってかんじ。私はいいと思う」 「うーん、自覚はないけど、ハイナや皆んなに迷惑かけてないなら、良かったよ」 「俺には迷惑だぞ〜」  床に座って、頬杖をつき、ラーグはそうブーイングする。 「いいからお前は立てや! なんで座ってんだ!」 「ひぇ〜、怖え怖え〜、そんなんじゃ、ハイナちゃんも怖がっちゃうぞー」 「余計なお世話だ!」  僕はラーグを背に、途中だったウエイターの仕事を済ませにお客さんが待っている席へと向かった。 「んにゃ〜、レイ君、大変そうだねぇ」  机に突っ伏して眠たそうに話すのは、犬の亜人のユウさん。 「でもなんか怒ってるレイ君とか、砕けた話し方のレイ君とか、新鮮かも」  頬杖をついてふわふわと笑っているのは、ユウさんの恋人のティナさんだ。 「ご迷惑おかけして申し訳ないです。せっかく毎日来て下さっているのに、うるさくしてすみません」 「ううん。喫茶店だけど、これはこれで楽しいものだよ? こっちとしては……なんだろう、お笑いのコントを見てる気分かなぁ」  ティナさんはそう笑って答える。 「そ、そうなんですか?」 「うん、あとレイ君がラーグ君に嫉妬してるのが、なんか可愛い」 「べ、別に嫉妬なんて……」  僕は話題を逸らすために、トレーに載せていたコーヒーとサンドイッチを提供する。 「わーい、サンドイッチだぁ〜」  ユウさんは尻尾をぶんぶんと左右に振って嬉しそうに頬張る。 「あ、ユウ君〜、そんなに頬張ったら咽せちゃうよ?」 「ティナがレイ君とばっかり話すのがいけないんだも〜ん」 「あら、こっちも嫉妬しちゃった、本当に可愛いんだから」  そう言って彼女は、少し不機嫌になっている犬の亜人の頭を優しく撫でた。 「いや、だから僕は嫉妬なんて……」  その時、ハイナが遠くから駆け寄ってきた。 「レイ〜、助けて〜」  飛びついてきたハイナに僕は事情を聞く。 「ハイナ、どうしたの?」 「ラーグが、お客さんに絡まれちゃって……エルさんは厨房が忙しくて手が空いてないから、レイに頼んでって……」  徐々に涙目になっていく彼女の頭に僕はぽんと手を乗せる。 「大丈夫、ラーグは?」 「あっちで……お客さんと揉み合いになってる。お客さんが、食べ物落としちゃったの……気に入らなかったらしくて……」 「うーん、どっちもどっちだなあ〜。とりあえず、行ってくるね」 「ありがとう……」  *** 「ふぅ」  ようやく店じまいになり、僕は屋上で賄いのコーヒーを飲みながら一息ついていた。  ラーグは食器を割った罰として、本日分全ての皿洗いを任されている。  今頃、厨房でルルカさんに監視されながら地獄を見ていることだろう。 「あ、やっぱりここにいた」  後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。振り返ると、ハイナが屋上にやってきていたところだった。 「エルさんから賄いのサンドイッチもらったの。副交感神経刺激魔法?がかかってるから、リラックス効果があるらしいよ」 「それじゃあ、そこに椅子あるから、二人で食べよかっか」 「うん」  屋上には従業員が休めるように、一つだけテーブルが設置されている。僕の中では、この屋上のテーブルでコーヒーを飲みながら休むのが日課になりつつあるのだ。  僕とハイナは椅子に座り、互いにサンドイッチを口に入れる。 「レイ、今日ありがとう。おかげで助かったよ」 「お安い御用だよ。まあほとんどラーグが悪いから、別に割って入る必要もなかったけど、ハイナの頼みとあらば仕方ない」 「ふふ、ありがと」 「いえいえ」  その後、少しの沈黙が場を支配した。  僕は夜空を眺めていたが、ハイナは俯いている。 「ハイナ?」 「ねぇ、レイ」  何かを決心したかのように真剣な顔つきのハイナの頬は何故か赤く紅潮していた。 「…………好、き……です」 「──っ」  突然の告白に、僕は固まってしまった。  だが、ハイナは潤んだ赤い瞳でこちらをじっと見つめている。頬は赤く紅潮し、汗も少し滲んでいる。 「ハイナ……」 「私、この前の戦いで、鷹の亜人に恋してるって言われたの。それで、レイを目の前で殺すって言われたら、怒りもしたけど、焦りもあって、あ、やっぱり……って思ったというか、なんというか……」  ハイナはしどろもどろになりながらも必死に説明してくれた。  そうか。鷹の亜人との戦闘でそのようなことを言われていたのか。それならば、わかる気がする。きっと僕も、同じことをするだろうから。 「えっと、その──」  いい加減に、僕も腹を括る時なのかもしれない。エルさんに諭されてから、ずっと考えていた。彼女には、「僕の深層心理の中では僕はハイナに恋をしている」と言われた。それで何も思わなかったわけじゃない。ただ余裕がなくて、ずっと後回しにしてしまっていたのだ。完全に、僕の過ちだ。 「僕、も……好きだよ。ハイナのこと」  心臓がうるさい。ドキンドキンと鳴り響いて、僕を解放してくれない。だが、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ、その鼓動が心地いいと感じるのである。顔が火を吹いているように熱い。おそらく、僕の顔は今、深く紅潮しているのだろう。 「ッ……本当に⁉︎」  ハイナは体勢を前のめりにして、そう聞いてきた。 「うん、本当。逆に今までごめん。僕から言うべきだったのに」 「う、ううん、そんなことないよ」  ハイナは嬉しそうに笑っている。目元には軽く水滴がついていた。涙を流すまで、思い詰めていたのか。  そんなことも知らずに僕は……。  ハイナにとって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。  僕は手を伸ばし、彼女の目元に指を近づけて涙を拭い取る。 「あ、ありがとう……」  彼女はさらに頬を赤く染めて俯いた。 「う、うん……」  ハイナの反応に釣られて、僕もかあっと顔が熱くなる。 「ちなみに……その……いつから?」  ふと、ハイナがそう聞いてきた。 「──ショッピングモールあたり……だと思う」  僕はそう答えた。ショッピングモールでの一戦。彼女が建物から落ちて、死ぬかもしれないとなった時に、僕の心臓は跳ね上がっていた。きっとその瞬間には、ハイナが好きだという気持ちを自覚していたのだ。 「結構、前からだったんだ」 「うん、でも、ハイナの気持ちがしっかりとわからなくて…………もし違ったらって思ったら怖くて、きっと無意識にこの話は避けてたのかもしれない。何より、もし伝えた後に、ハイナを戦いで失ったらって思うと、怖くて……」  そうだ。僕はずっと怖かったんだ。ハイナを失うのが。だからずっとこの話題は避けていたのだろう。  そう実感した瞬間、ふと涙が頬を伝った。 「えっ……?」  これが一体なんの感情によるものなのか、僕にはわからない。ただふと、体は軽くなっていた。  その時だった。  左頬に少し湿っていて、それでいて柔らかい何かが当たる感触があった。一瞬のことでよくわからなかったが、それがハイナの唇であることは、すぐに理解した。 「ハイナ……」 「ふふ、涙、しょっぱい」  嬉しそうに笑う彼女。その笑顔が見れただけで、体の奥底からいくらでも力が湧いてくるように感じる。 「ありがとう。そんなに思い詰めるまで考えてくれて。レイの気持ち、すっごく嬉しい!」 「……」 「私でよければ、その、お付き合いさせて欲しい……です」  彼女の言葉を聞いて、僕は込み上げる嬉しさや自分への非難や鼓動の高鳴りや、様々な感情を整理することができなくなった。  気づいた時には頬をそっと掴んで、彼女の口を自分の口で塞いでいた。 「っ!」  ハイナは突然のことで驚いたように体をぴくりと動かすが、すぐに僕に体を委ねた。  長い長いキスをした後、僕は彼女から唇を離した。 「僕でよければ、よろしくお願いします」  僕は自分にできる精一杯の方法で、彼女の気持ちに答えたつもりだ。しかし、彼女の中では、まだ足りなかったようだ。 「……もう一回」 「──え?」 「もう一回、キスして」  顔を真っ赤に染めながら、潤んだルビーのような赤い瞳で彼女はそう言った。 「ハイナ……」  星空の中で、僕たちは時間の許す限り口付けをした。

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第二十五話 告白