白崎ライカ

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白崎ライカ

アニメとかファンタジーが好きで、とうとう小説に手を出してしまいました。 自分の好きな時に書いてるので、 不定期投稿です。 すごい今更ですが、誤字癖があります。どうか温かい目で見て下さると作者は喜びます! さらにさらに今更々ですが、 使用しているイラストは画像生成AIで作成したものです! よろしくお願いします〜

エクシーダーズ 第一話「超越」

 送電塔が倒れ、押し潰された建物。  電気が漏れ出し、パチパチと火の粉が不定期に辺りを照らす。  夜の闇の中で起きた、大規模なインフラ設備倒壊事件。 「本当にここか?」  俺はその現場の惨状から、相棒のフリットに再び問いた。  彼は草木の生い茂る地面にコンピューターを置き、《磁波》を確認する。 「ああ、間違いない」 「となると、《被験体》は捕まった後か、それとも逃げたのか……」  どちらにせよ、完全に潰れた建物には、数名ほどの研究員の遺体しか残っていないだろう。 「今回はハズレか。さっさと戻って、ラーニャに次の仕事探して貰おうぜ?」  俺はフリットにそう提案する。  しかし、彼は画面を凝視したまま微動だにしない。 「どうした?」 「ガールド……仕事続行だ」 「は?なんで?」  俺が疑問を投げかけた時だった。  草陰からガサガサと物音が広がり、黒い装甲を身につけた戦闘員たちが姿を見せた。  全員がライフルを構え、俺達を包囲している。 「──見つかったらしい」  俺は仕方なく、ベルト型のウエストホルダーに差していた二丁拳銃を取り出す。 「何人?」 「ざっと50人。何分でいける?」 「一人1秒あれば余裕。その後で追いかける。こいつら、どうせ残存兵なんだろ?」 「そうだな。それじゃ頼む」 「へいへーい」  俺は銃を下に降ろしたまま、歩いて奴らに近づいていく。 「撃てっ!」  戦闘員のうち一人が合図を出した。  刹那、全員が一斉に発砲を開始する。  俺はそれを『上から』見下ろして確認する。  奴らは美麗な円陣形をとって俺達を包囲したと思い込んでいるようだが、実際には少々楕円形である。後方の方が配置が甘い。よって弾丸の着弾時間がやや遅くなる。つまり先に対処すべきは前方の部隊だ。  俺は即座に走り出し、銃弾を回避しながら奴らに飛びかかった。  銃口の顎に取り付けられている数センチの刃を突き立て、1人を刺殺する。  その後、そいつを盾にしながら銃弾を受け止めつつ、肩から銃を覗かせ、一人一人的確に撃ち抜いていく。  盾にしていた男を蹴り飛ばし、5人ほどを下敷きにし、残りは刃で斬り殺した。  ものの数秒で前方の戦闘員を壊滅させる。 「フリット、伏せろ!」  敵陣の中央に座り込む相棒に声をかける。  彼は俺の指示通りにその場で体制を縮こませ、弾道を開いた。  俺はその道をなぞるように弾丸を飛ばし、背後から迫っていた弾丸と衝突させる。金属の弾は真正面からぶつかり合い、粉砕される。  戸惑いを隠せない奴らに隙を与えず、俺は銃を撃ちながら走り出し、数人を仕留めながら後方部隊の間合に入り込んだ。  残り数十人。  刃で斬り殺し、銃で撃ち殺す。  その繰り返しの果てに、ついに残りは最後の1人になった。  男はひぃっと情けない声をあげ、腰を地面につけて無様に這いつくばる。 「死ぬ前に、情報を吐け。お前らのボスはどこに向かった」 「う、うぅ……」 「おいおい泣くなよ。こうなるのも覚悟の上で攻撃してきたんだろ? 俺は基本的に自分から手を出さないが、敵対する奴は容赦しないタチだ。それぐらいわかってたろ?」  俺は彼の額に銃口を突きつける。 「もう一度聞く。お前らの、ボスは、どこだ?」  ガタガタと震える男はゆっくりと口を開いた。 「ひ、被験体を連れて、本部に向かった……」 「オーケー、オーケー。偉いぞ〜。ナイス。お前は見過ごしてやる。とっとと消えな」  俺は銃をしまい、しっしっと手のひらを翻した。  男は立ち上がって即座に駆け出し、夜の闇に消えていった。 「相変わらず甘いなあ。お前は」  フリットが折り畳んだコンピューターを脇に、からかってきた。 「お前だって俺の性格知ってんだろ? それより、被験体。ボスんとこだってよ。本部に向かってるらしい。こいつらの本部って確かユーリット街だよな?」 「ああ、たしかにそこに被験体の《磁波》があるな」 「それじゃ早く向かって、仕事終わらせようぜ」  そう言って俺は車に乗り込んだ。 「はいはい」  フリットは呆れたように運転席に乗り込み、車を走らせた。  *** 「この世界で最も偉大なものはなんだと思う?」  ユーリット街のマフィアの本部。私は檻の中に閉じ込められ、ボスの前に放り出された。 「……」   私は檻の中から、無駄に図体のデカい巨漢を睨みつける。 「答えないか……」  彼は踵を返し、数秒間沈黙したのちに檻を蹴り飛ばした。  私は檻の中で体勢を崩し、柱に頭を強打する。 「正解は、金だ」 「うっぐ」  私は呻き声を上げることしかできない。 「金はいい。この世のありとあらゆるものを支配できる。私のように裏社会で生きるものにも、地位と名誉を与えてくれる。お前は……私にどれだけの肥やしをもたらしてくれるのかな?」  男はしゃがみ込み、じろりと私を見る。 「なぁ、教えてくれ。《エクシード》の娘。第六感とはどのような感覚なのだ? 被験者によって異なると言うが、お前はどんな感覚を有している?それによっては、オーディションにおけるお前の値踏みが大きく変動することになるんだよ」 「私の六感……ふっ」  私は自ら間合いに入ってきてくれた愚物に思わず笑みを溢した。 「いいよ、教えてあげる。私の六感は──《圧感》」  手のひらを彼に向け、ぐっと虚空を押し付けた。  次の瞬間、男は遥か後方へ吹き飛び、壁にめり込んでいた。

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エクシーダーズ 第一話「超越」

コード:ジニア 第四十六話「衣替え」

 それはいつものように喫茶店の店じまいをしている時だった。 「少年、ハイナ君。店の片付けをしているところ申し訳ないが、少しこちらに来てくれないかい?」  突然エルさんに呼ばれ、僕はテーブルを拭いていた布巾を置いてカウンターの奥に居座っている魔女の元へと向かった。  ハイナも、床を履いていた|箒《ほうき》を持ったままだが、こちらに駆け寄ってくる。 「二人にはそろそろ給料を渡した方がいいと思ってね。これを受け取ってくれ」  そう言って、魔女は僕達にそれぞれ茶封筒を手渡した。その封筒はとても分厚く、軽く中を覗いてペラペラと紙幣を数えてみると、なんと二十万ほどの金額が収められていた。  思わず、封筒を持つ手が震える。  ハイナは隣で「はわわわ……」と声に出してしまうぐらいに動揺していた。  しかし、僕の頭の中には一つ疑問が浮かぶ。 「エルさん、副業でのお金ならいつも貰ってますよ?」  僕の問いにハイナも隣でこくんこくんと首を縦に振る。 「いいや、今回は喫茶店ではなく『ジニア』としての活動報酬だよ。一応、私たちはそっちが本業だろう?」 「そうですけど…このお金は一体どこから……?」 「ミルギース市役所から直々に口座に振り込まれているよ」  当たり前のようにすんなりと答える彼女に、思わず僕達は「え?」と疑問符がシンクロする。 「前にも話したと思うが、我々ジニアの活動はミルギース全体で献身的に支援されている。報酬も勿論ミルギースから直接受け取るシステムになっているんだ。この街そのものが『人と亜人の共生』を掲げているからね。私達の活動は何かと称賛されているのだよ」 「そ、そうなんですね」  僕はそのシステムに驚愕すると同時に、改めてミルギースという街の先進的な取り組みに感心した。 「お、お金がいっぱい……」  ハイナは未だに自身の手元にある金額の大きさに動揺している。彼女にとっては夢のような大金だろう。 「あと、ハイナ君には違うプレゼントも用意してある。気に入ってくれると思うよ」  エルさんはそう言って、カウンター下からゴソゴソと大きな紙袋を取り出した。 「ハイナ君、これ」  自信満々に渡す彼女。 「え、あ、ありがとうございます」  ハイナは茶封筒をテーブルに置き、紙袋の持ち手に指をかけた。そのままチラリと中を覗くと、彼女の顔色は一気に明るくなった。 「こ、これって……」 「ああ、いつぞやのショッピングモールでの事件で結局買うことができなかったハイナ君の新調服だ。折角なのでね、私が買っておいたよ。是非、着てみてくれ」 「ありがとうございます! エルさん!」  ハイナは満面の笑みで魔女に頭を下げると、ルンルンで店の奥に着替えに行った。 「ああしていると、本当に年相応の可愛らしい女の子だね。まるで自分の娘ができた気分だよ」  そう言ってハイナの背中を見る彼女の表情は、どこか哀愁が漂っているように感じた。 「そうですね」  思わず、僕も駆ける小さな背中を見て笑みが溢れる。  だが、それよりもハイナを見るエルさんの表情に突っかかりを覚えた。  『子供』というものに、何か思い入れがあるのだろうか……。  少しの間考え込んだが、プライバシーだと感じ、すぐに思考を放棄した。  エルさんは、自身の過去を僕達に話していない。それを深く探ろうとするのは、無礼極まりない行為だ。彼女が自身から話したいと感じるその日まで、ゆっくりと気長に待つのがベストだろう。彼女も、彼女なりに多くの挫折や絶望を味わってきたはずだから。  対照的に、アルジオさんは自らどのような経緯でジニアに入ることになったのかを僕達に教えてくれた。亜人差別主義者の過剰攘夷運動によって妻子を焼かれたという彼の境遇は、とても痛ましいものだった。それでも尚、情報屋として僕達に様々な情報を提供してくれるのだから、その生き様には感銘を受ける。  僕も、彼のような頼もしい人物になりたいものだ。 「あ、あの……着替え終わりました……」  控え室のカーテンからぴょこっと顔を覗かせるハイナに、僕とエルさんは意識を奪われた。 「おお、それでは是非お披露目してみてくれ」 「は、はい……でもこれ、私に似合っているかどうか……」  その自信無さげな表情を見ると、どうやらハイナは新調服が自分には似合っていないと思っているようだった。 「仕方ない……私が背中を押してあげよう。文字通りね」  エルさんはニヤリと口角をあげ、ハイナの元へわざわざ転移魔法を利用して近づき、控え室の中に入り込む。そして二人の一悶着が数分間聴こえたのち、ついに件の少女が姿を現した。文字通り、エルさんに背中を押されて……。  だがそんなことはどうでも良くなるほど、ハイナのその装いは美しかった。  黒色のドレスだが、スカート幅が広く、白いレースが端に装飾されている。胸元には青いダイヤモンドのような宝石が付いており、肩には黒レースの羽織が縫合されていた。  その白い雪のような髪とのコントラストがとても映え、比喩表現でなく本当に|御伽話《おとぎばなし》の中から出てきた人形のようだ。  しかし、当の本人はもじもじと体を揺らして、不安そうな眼差しで僕を見つめる。 「レイ……どうかな……似合ってる?」 「うん! すっごく似合ってる。可愛いよ、ハイナ」  思わず「可愛い」と口にしてしまった。咄嗟に自分の口を掌で覆うが、目の前の彼女はゆでだこのように顔を真っ赤に染め上げていた。 「あ、ありがと………………」 「う、うん…………」  気まずい空気が流れる。魔女は僕らを二、三度往復して目視したのち、「君たち相変わらず|初心《うぶ》だね」と笑顔で口にした。

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コード:ジニア 第四十六話「衣替え」

コード:ジニア 第四十五話「甘味」

「ハイナ、おはよう〜」  二、三度小さな肩をゆすってみる。小さい体躯が波打つように揺れ、同時に「んん゙」という彼女の鬱陶しそうな声がこだまする。  困った。ここまで起きないとなるとどうしたものか。早く朝食を終え、ハイナはあまり乗り気ではないだろうがメイド服を着て貰わないといけない。  どうしたものかと指を唇に添えて考え込んでいると、小さい体がゴロリと寝返りを打った。そのまま壁に激突し、「ゔっ」と小さく声を上げた後、再度体を転がして僕の方向に彼女の小さな顔が現れる。  その可愛らしい光景に思わず、吹き出しそうになったが、彼女の尊厳の為にも必死にこらえ、肩を震わす程度に留めた。  頭をぶつけても起床しないとは、どれほど眠りが深いのだろうか。  いや、彼女なりに毎日の激務を必死でこなし、疲れ切っているのかもしれない。それを無理矢理起こすのはいささか愚行ではないだろうか。だが、そうとも言っていられないのが現実である。店の開店時間は刻一刻と迫っているし、朝食も先に取らなければならない。  朝食の支度であれば、本気を出せばものの数分で完了する。ここは先に朝食を作り終えてから、再度起こしに向かうというのが最適だろう。  そうと決まればと僕は彼女の部屋から立ち去ろうとした。  しかし、僕の本能がそれを拒んだ。目の前には可愛らしい装いで寝ているハイナの姿。その寝顔はもはや芸術作品と言っても過言ではない。一級品の絵画を見てしまえば、じっくりと堪能しなければ野暮というものだ。  僕は彼女のベット横にそっと座り、気持ちよさそうに寝ている寝顔を凝視する。白い髪に桃色の唇、ほんのりと赤く染まった頬はとても柔らかそうに見えた。  思わず、指でつんつんと頬を突いてしまった。自分がどれほどの愚かな行為をしているのかはよく認識している。頭ではわかっていても本能が行動を停止させない。  何なのだ。一体、僕は何に吸い寄せられているというのだ。 「柔らかい……」  そう呟いていることに気づいたのは、少しの間が過ぎてからだった。  自分の口を反射的に抑える。いったい何を言っているのかと猛省しながら、僕は彼女の部屋を出て行こうとした。  しかしながら、ハイナはその宝石のような綺麗な赤い瞳でこちらを見ていた。どうやら、今し方頬を突いてしまったことで彼女を不本意ながらも起こしてしまったらしい。 「ハ、ハイナ、その、今のは……」  しどろもどろになる。心拍も上がり、顔が燃えるように熱い。穴があったら入りたい。激しくそう感じた。 「ご、ごめ……」  謝罪の意を込めて発した言葉は、彼女によって遮られた。  ハイナも僕の頬をつんつんと突き始めたのだ。 「ハ、ハイナさん……?」  状況が把握できず、きょとんと思考を停止させていると、ハイナは「ふふ」と笑った。 「レイのほっぺたも柔らかいね」 「え、あ、いや、その……」  何と返事をしたら良いか分からなくなる。彼女の幸せに満ち溢れた優しい笑顔が、脳の回路を全て停止させる。 「おはよう、レイ」  ハイナは固まっている僕の顔を覗き込んで、朝の挨拶をしてきた。 「お、おはよう……ハイナ。その、今のは、忘れてもらってもいい……かな……?」  ダメ元で聞いてみる。 「んー……やだっ」  少しの思考ののち、彼女はきっぱりと返答してきた。 「それは……どうして?」 「レイにほっぺ柔らかいって言われて嬉しかったから?」  彼女も疑問系で答える。どうやら、彼女も自身の思考のロジックをよく理解していないようだった。  僕と、同じだ。 「お腹空いちゃった……レイ、朝ご飯食べよ。私も手伝うからさ」 「う、うん。そうだね。食べようか」  ハイナは小さな体をベットから起こし、「よいしょっ」と床に着地した。  まだ少し寝ぼけているのか、よろよろとバランスが安定していないように見えた。 「あっ……」  次の瞬間、彼女の体躯はゆらりと倒れそうになった。僕は突発的に体が動き、彼女を抱き抱えることに成功した。  片膝で小さな背中を支え、両手で膝裏と頭を抱える。 「大丈夫?」  僕が慌てて聞くと、ハイナは顔を赤くして「う、うん………………」と小さく頷いた。 「ごめんね、まだ少し寝ぼけてるみたい……」 「仕方ないよ。とりあえず、このまま抱き抱えるから、リビングまで行こうか」 「へ?」  僕の提案に、彼女は浮つかない返事をする。 「倒れちゃっても怖いしさ」  僕は彼女を持ち上げ、そのまま開けっぱなしにしていた扉を通過して廊下に出た。 「レ、レイ……大丈夫だがら」 「念の為、念の為」 「うう〜」  腕の中で顔を赤くしながら唸る彼女に、僕はとても愛らしい気持ちになる。 「恥ずかしい思いしてるから、罰として今日の朝ごはんはハンバーグね!」  投げやりになったのか、はたまた開き直ったのか。今度は強気でそう僕に注文をしてきた。 「了解しました。お姫様」 「うう〜、あんまりいじめると私のほっぺ触ったことエルさんに言うからね!」 「ごめんごめん! すぐ用意するから!」  こうして、少し様変わりした朝の時間は終わりを告げた。

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コード:ジニア 第四十五話「甘味」

遊炎

ドンガラがっちゃん あれは誰の嘘だ 生きてたいな 吐き出したいな 誰もいないこんな世界じゃ 両手叩いて  立ち尽くすことしかできない今を ただ笑うだけ yeah yeah… now is the game まだ誰も触れたことのないこの炎に そっと手を伸ばしてみたい  まだ何も生まれたことのないその目に そっと僕を焼き付けてみたい 嗚呼 ドンガラがっしゃん あれは誰の声だ 見ていたいな 覚えていないな 僕が消えた世界じゃ 片手を叩いて 何一つできない今を ただ叫ぶだけ yeah yeah… now is the hell まだ鬼も触れたことのないその炎に そっと焼かれてみたい まだ何も辿りついたことのないその目に そっと僕を焼き付けてみたい いつか この地獄には悪が蔓延り 僕の中には何も残らず こぼれ落ちた 幾多の戦場の中に 嗚呼 ただの人間が その炎に弄ばれて まだ神も叶えていないようなその炎を そっと身に纏いたい まだ僕も辿りついたことのないその目に そっと僕を焼き付けてみたい その遊炎に 僕は呑まれていく 嗚呼

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遊炎

コード:ジニア 第四十四話「ほんのりと優しい朝」

 僕は普段、ジニアの本拠地である喫茶店『cafe:zinnia』の二階の一室で生活している。軍事代はそれぞれの寮での生活であったが、軍を抜けた今、僕はこのレトロな雰囲気を纏う赤レンガの家屋に世話になっている。  朝を告げる小鳥のさえずりが聞こえ、僕はそれを目覚ましに目を覚ます。時刻は午前七時を回っていた。起きる気になれず、ベットで横になっているとコンコンと扉をノックする音が響く。 「はぁい」  僕はふわぁと軽くあくびした後、部屋の扉を開ける。佇んでいたのは、既に身支度を済ませたエルさんだった。 「おはよう、少年。そろそろ店を開かないといけない時間でね。ハイナ君を起こしてきてくれないかい? どうも看板娘がいないと店は繁盛しないからね」  僕はもう一度大きくあくびをした後、ぼやける視界を指で擦る。 「エルさんも随分、人使いが荒いですね」 「なぁに、今に始まったことじゃあないさ。こんな私にも、長年付き添ってくれる|召使《めしつか》いはいるしね」  ウィッチハットを指で軽く押し上げ、そう自慢げに話す魔女。 「召使い……ですか?」 「ああ、魔法使いは原則として、召使いを一人、必ず従えるものなんだ。他の魔法使いにも、それぞれ召使いがいるよ。まあ、私には全然付かなくてね……数年前にやっとついたのさ」  彼女に召使いがつかなかった理由……容易く想像できる。彼女は長年の生を享受しているからか、少々放任主義なところがある。例えるならば、崖から我が子を落とす獅子の母親だ。実際、彼女の魔法で世界の様々な事件を解決しようと思えば、|最《いと》も簡単に実現させてしまうことだろう。  それをしないのは人材を鍛える為、だと僕は感じている次第である。 「それじゃ、その召使いさんもジニアのメンバーに?」 「ああ、少年とハイナ君が加入する前から古参メンツとして活動してくれているよ。あ、アルジオには言っていなかったねぇ」  そう言って、彼女は「こりゃあ、やってしまったね」と軽く舌を出す。  放任主義の上に、味方に情報を報告しない癖。これも追加しておこう。  いや、待てよ。僕やハイナよりも古参メンバーだというのに、僕達は愚か、アルジオさんですら知らない存在だと言うのなら、件の召使いはもう何年もジニアの活動に顔を出していないことになるのではないか。魔法使いの側近というのならば、主人である赫の魔女の元に|仕《つか》え続けるのが、従者としての使命ではないのだろうか。 「その……召使いさんは一体どこにいるんです? アルジオさんも知らないとなると、ジニアには長らく顔を出していないことになりますよね?」  僕の問いかけは、彼女は「ああ」と思い出したように天井を見た。 「今はある亜人ユニオンの潜入捜査をさせているのだよ。あまりに長いこと潜入させていたものだから、アルジオも知らないわけだね。まあ、私が言い忘れていただけだが……」  そう言って彼女は失敬とばかりに頭を掻く。  僕は小さくため息をついた後、「えっーと、とりあえず、ハイナを起こしてきますね」と会話を切り上げる。 「あ、ああ、よろしく頼むよ。私は先にコーヒー豆を|煎《い》ているから、ハイナ君と朝食でも食べておいてくれ。料理担当殿」  この喫茶店に住まわせてもらってからというもの、料理はいつも僕が行っている。軍の寮では各々が自炊して生活を送っていた為、一通りの家事は心得ている。  ウエイターとして活動してみて実感したが、エルさんは身の回りの一般的な家事がどうも苦手らしい。僕がジニアに加入する以前、二階は物置小屋と化しており、足の踏み場もない状態であった。アルジオさんは基本情報収集の為に世界中を飛び回っている故、喫茶店に顔を出すことはとんとない。つまりこれまで、彼女一人で生活をしていたことになる。一人暮らしになると、多少家事が億劫に感じ、堕落した日常を送ってしまうものだが、いくらなんでも度を超えていた。ゴミ屋敷を全て片付け、掃除し、家具の配置まで全て僕一人で行うのは流石に骨が折れる作業であった。その召使いさんがいれば、多少変わっていたかもしれないが……。青影を持ち、剣の修行もしていた僕にとっては、まさに過酷と言っていい日々だったのだ。召使いの存在がどれだけありがたく、赫の魔女にとってどれだけ必要不可欠な存在かを、身をもって痛感する次第である。 「軍神殿の時もそうですけど、『殿』は僕には似合わないですよ。武士かなんかですか? 僕は」 「なぁに、ちょっとした言葉遊びじゃないか。老婆の他愛のない遊びに付き合っていると思って、大目に見てくれ」  とうとう僕は話すのが億劫になり出した為、寝起きのボサボサの頭を指ですきながら返答した。 「わかりました。勝手に台所お借りしますね」 「ああ、よろしく頼む」  彼女はそう告げたのち、ツカツカとヒールを鳴らして一階へと降りていった。  僕は件の少女を起こす為に、目を擦りながら廊下をウロウロと歩く。ハイナの部屋は、僕の部屋がある廊下をさらに進んだ奥にある。年頃の女性ということもあり、一人になる時間を確保したほうがいいだろうというエルさんなりの配慮の結果だ。あの愚図の屋敷での悲惨な経験を、彼女自身、感情を失っていたとは言え心身ともに傷跡は残るものだ。少しの療養の意味も込めて、なるべく彼女はそっとしておこうという方針が、ジニア内で密かに取られているのだ。  寝起きでおぼつかない足をどうにか進め、僕は彼女の部屋の前に辿り着く。コンコンとノックをするが、返事はない。おそらく、まだ寝ているのだろう。 「ハイナ? 入るよ?」  返答はないが、起こさなければいけない為、意を決して僕は部屋に入る。部屋はたくさんの動物のぬいぐるみで溢れかえっており、良い意味で大変可愛らしい家具配置となっている。正に幼い少女の部屋と言う感じだ。例の少女は既に十四だが。  部屋の白い壁に沿って大きなベッドが置かれており、ピンク色の毛布の中に彼女の白い髪が微かにちらついている。 「ハーイナ、そろそろ起きよう? 朝ごはん作るからさ、一緒に食べようよ」  声をかけるが、「ん゙ーん」と少し濁った擬音しか返ってこない。  下手に体に触れてしまい、女性として大切な場所に手が触れてしまうのは少々まずい為、恐る恐る毛布を掴んで剥がす。露わになったのは、ピンクの水玉模様の寝巻を着て丸まっている少女の姿だった。サメのぬいぐるみを抱き枕にして、すやすやと寝息を立てている。  その可愛らしい寝顔に思わず数秒間意識を奪われていたが、顔を左右に振るってどうにか意思を保つ。

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コード:ジニア 第四十四話「ほんのりと優しい朝」

コード:ジニア 第四十三話「夕空の中で」

「アビリティステージ2……解放!」  僕はあの屋敷で行ったように、全細胞の活性度を上昇させ、竜のDNAをより色濃く体現させる。  背中には翼、尾骶骨からは青く太い尾が顕現する。  僕が彼女を助けに行こうと翼を広げて飛行を試みたその時、既に彼女は背中に翼、足には黒い鉤爪を宿していた。翼を縮めて空気抵抗を軽減し、一気に下へと直滑降している。 「まさか……克服したのか?」  彼女の制限付きの亜人化は、|F9《エフナイン》の大量投与によるものだと推測される。通常の簡易亜人化手術よりも多くの|F9《エフナイン》を投与することで、DNAの緩和剤が増え、より強靭な亜人態になることが可能になるのだ。当初の僕は、彼女が体がまだ亜人態に慣れていない為、本能的機構によって時間制限が設けられていたと推察していた。しかし、アルジオさんが持ち出した軍の資料、そして、僕の|AKSMU《アクスム》時代をもう一度丁寧に辿ったことで、F9大量投与の副作用として大きく二つのことが挙げられたのだ。  一つは、人間態の際は年相応の身体能力となること。これはF9を投与する過程を踏む施術であれば、どの場合でも現れるデメリットだ。実際、僕も亜人態とそうでない時では、身体能力に明確な違いがある。僕の場合は軍の訓練により鍛えられている為、それほどの大差はないが、彼女の場合はその足枷がより色濃く表れる。  本来ならば、彼女は片方の手で相棒の鎌を駆使し、落下を軽減させることができるはずなのだ。それをしないのは、十四歳という年齢の平均的な身体能力では、片腕で少女を抱えながら武器を扱うことが困難だと、本人が理解しているからだ。  そして二つ目の副作用。これが先程も挙げた、亜人化に制限があることだ。これにより、一つ目のデメリットがより強く感じられることだろう。  しかし今、彼女はその二つ目のデメリットを克服したのだ。  何故かは分からないが、兎にも角にも、これで彼女は助かる。死なずに済む。そう実感した瞬間、体の全ての緊張と強張りが鎧を投げ捨てるかの如く解けていった。  同時に亜人態への変身も解け、反動で思わず、その場に腰をつく。  僕の数メートル先で、彼女は地上に降り立ち、ゆっくりと少女を降ろした。少女は安堵したのか声をあげて泣き出してしまう。これまで格闘してきた死の恐怖から解放されて、抑えていたものが溢れ出たのだろう。  そんな少女を勇敢にも救った黒い翼の戦士の肩は、微かに震えているように見えた。  初任務中に亜人化が解け、高層ビルから落下した。  字面だけを並べても、彼女がどれほど過酷な経験をしたのか身に沁みて感じる。  彼女が無事でよかった。その事実があるだけで、僕は生きている心地がした。 「ハイナ!」  思わず、彼女の名を呼んで駆け出していた。  彼女もそれに気付いたのか、こちらへ振り返り、そのまま身を委ねてきた。  僕は彼女を必死に抱きしめ、白い天使のような少女の心音を感じる。ドクン、ドクンと脈打ち、必死に生きようと全身の細胞が活動している。血液が巡っている。  ハイナは生きている。 「ごめん……!、助けに行けなくて」 「ううん……私、克服したよ。もうずうっと亜人になれる。これで足を引っ張らずに済むよぅ」  彼女の声は震えていた。涙を流しながらも、その赤い瞳には光が宿っている。 「うん……うん!」  僕の頬にも水滴が伝う。 「レイ、泣いているの?」 「当たり前だよ」  もう一度、僕は彼女を強く抱きしめた。  事件は解決し、黒服の男達は警察に連行されていった。主犯の男と件の彼は僕達にそっと頭を下げて、パトカーの車体に身を委ねていった。  怪我人は一人も居らず、死者も出ることはなかった。  多くの客達は、僕達に感謝の言葉を告げ、モールを後にした。  すっかり日は暮れ、茜色が世界を包み始める。  疲労感に誘われるように、僕達はモールから少し歩いた場所にある公園のベンチに腰掛けた。  今日一日の事件が嘘かのように、静かで、穏やかな時間が流れる。  ふと、彼女は僕に身を預けてきた。 「ハイナ……?」 「今日ね、初めて、女の子を助けたの」  ルビーの下には赤く腫れた跡が残っている。白い人形のような彼女は、先程までずっと泣いていたのだ。 「──はじめて、誰かを助けた……。今まで、命を奪うことしかしてこなかったのに……」  ハイナの柔らかい声は微かに揺らいでいた。小さい肩も小刻みに震え、必死に感情を抑えているようだった。 「知らなかった……命を救うのって、こんなにもっ……嬉しいことだったなんて……っ、こんなにもっ…………っ」  そこから先の言葉は、彼女の嗚咽が代わりを務めた。  僕は傾いた彼女の頭にそっと手を伸ばし、白い絹糸のようにサラサラとした髪を撫でる。二、三度上下にくしゃくしゃと髪を乱したのち、そっと僕の肩に近づけた。  夕空の中に、彼女の優しさが響き渡るのを、僕はただ見守るばかりであった。  ***  休日のショッピングモールを襲った、爆破事件。  それを解決した僕達は、『cafe:zinnia』に帰還した後、事の顛末を魔女と情報屋に話した。  彼らは、僕等に加勢にいけなかったことを詫びるとともに、労いとしてコーヒーを提供してくれた。  カウンセラー席の隣に座り、ハイナは角砂糖をたっぷり入れてそれを飲んだのち、僕の肩にもたれかかって寝てしまった。  僕が二階のソファに寝かせ、エルさんが毛布をかけ、少女は夢の世界へと旅立つのだった。

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コード:ジニア 第四十三話「夕空の中で」

コード:ジニア 第四十二話「手を取り合う」

 馬を被った彼らは銃を下ろし、殺気を無くして俯き始めた。  僕の演説は、一階ロビーに居合わせた全ての人から称賛と尊敬と強要を込めた大歓声で迎えられた。  思わず照れ臭くなり、軽く後頭部を掻く。 「……お前がどれだけ綺麗事を並べようと! 俺達が亜人を嫌うことには変わりはねぇぞ!」  しかし、オーケストラにも勝るその大喝采の中に、一つのノイズが割り込んだ。  叫び声を上げたのは、先程僕が殴り飛ばしたあの男。  馬の面を外し、顔の半分を青く腫らしながらも、彼は亜人への怒りを口にする。 「何故差別するかだって……んなもん、奴らが俺ら人間に寄り添おうとしないからだろ⁉︎ あいつらは俺たちを見下して、ひどく嫌ってる……わかるか? 人間達が亜人からどういうふうに見られているか? 俺は、亜人に家族を殺された! 他の奴らもだ! みんな亜人を憎んでる。だから俺らは慣れない銃を持って、今日、この計画を起こした! 亜人達は人間を嫌ってる。なら、俺たちが亜人を嫌うことに、なんの問題がある! 人と亜人の争いは千年以上も前から続いてるんだ! 今更その風習を変えようなんていう絵空事は、ただの幻想なんだよ!」  男は、その募りに募った憎悪の限りを口にした。  きっと、彼らは両者なのだろう。長らく、人と亜人の争いを続いてきた。それにより、子供の頃から亜人は憎むべき存在と刷り込まれてきた。そして実際に社会に出て、彼らは亜人からひどく蔑まれた。  亜人は憎むべき相手だという認識を、その身を持って実感したから、今こうして、彼らは反旗を翻している。  だが、それでも、たとえ亜人が寄り添おうとしなくても、彼らから寄り添えば、変わっていたかもしれない。 「なら、貴方は亜人に寄り添おうとしたんですか?」 「……は? お前、話聞いてたか? だから俺は亜人に家族を殺されてっ……」 「確かに、貴方の家族は亜人に殺されたのかもしれない。亜人を恨むのも、理解できます。でも、それは何故だが、分かりますか?──亜人も、人を嫌っているからですよ。僕は以前、傲慢な貴族によって闇オークションに売り飛ばされそうになっていた亜人の子供達を助けました。彼らは、人に傷つけられたんです。……僕の知り合いに、亜人を擁護したことで同じ街の住人に妻子を焼かれた人がいます。でも、彼は住人達も亜人達も憎まなかった。じゃあ何を憎んだか? 彼は世界を憎んだんです。分かりますか? この千年以上続く人と亜人の争いは、互いに、長きに渡って刻み込まれた『敵』という認識を一切変えずに、互いが互いを傷つけ合うことで、永遠に負のループに陥ってるんですよ。恨むべきは亜人じゃない……人でもない!『人と亜人は分かり合えない』と未だに馬鹿げた風習を変えないこの世界を憎むべきなんだ……! 貴方達は『分かり合えない』という考えを今すぐに放棄すべきなんだ。全員が同じ悪だという認識を変えなければいけないんだ! 人にも亜人にも邪悪で外道な奴らは存在します。でも全員じゃない。実際、このミルギースという街では、人と亜人は互いに共存しています。『全員が悪じゃない』という考えをしっかり持っているからです。貴方が他の街で亜人に傷つけれられたというのなら、僕達ジニアにいつでも相談してください。その外道どもを叩きのめして、わからせに行きます。『人の全員が敵ではない』って」  僕は納刀した青影を床に突き刺し、彼をそう伝えた。  僕の言葉を聞いて、彼は泣き出してしまった。 「……………ッ………………すまなかった…………すまなかったっ……………………」  水滴が滴るようにポツポツと言葉をこぼして、彼は壁にもたれかかった。  もうこの場所は、この瞬間から、争いの場ではなくなった。   思考を、説得から救助に移行する。次はこの場にいる全員を無事に助け出すことに、優先順位を移すのだ。  僕は集められた亜人、および同行していた人間達に向けて声を上げる。 「皆さん! よく聞いてください! 残念ながら、正面の入り口は爆破されたことにより、瓦礫に埋もれてしまっています。このモール内から抜け出すには、あの入り口をどうにかこじ開けるしかありません! 僕がどうにかしますので、皆さんは僕の後ろに集まってください。できれば、なるべく奥まで下がってもらえるとありがたいです」  僕の指示に、辺りの人や亜人達は徐々に行動を開始する。多くの人が一階ロビーの後方に固まり、期待と不安を混ぜ込んだ表情で僕を見やる。  僕は力強く後方に向けて頷き、「絶対に助け出す」という意志を伝える。  対峙するのは、爆破によって埋もれてしまった入り口。  下の階からの柱や骨組みが積み重なり、一つの生き物のような風格を放っている。  僕は青影を抜き、上段に構える。  竜の拳は、鋼鉄をも凌ぐ硬さを誇るが、一つ難点がある。それは、一極集中型の攻撃しかできないということ。|蒼鱗万火《そうりんばんか》のように、炎と鱗の硬さによる単純かつ高威力な技を得意とする僕の亜人態。しかし、今回のように一度に複数の対象を相手にする場合、先ほどの|竜牙蒼雷《りゅうがそうらい》のように、何かに能力を移したほうが技の小回りが効き、戦闘の幅が広がる。  神経を刀を繋ぐように、熱を巡らせる。やがて、鋼の刀身は赤く熱を帯び、上へと広がっていく。遅れて纏うのは、青き炎。  青影の『持ち主の能力を刀に反映させる』という効力によって成せる技だ。 「|蒼爪千嵐《そうそうせんらん》っ」  刀を振るう。纏った炎は竜の爪の如く乖離し、各々が一つの刃となって瓦礫とぶつかり合う。  土煙と轟音を奏でて、瓦礫は粉々に崩壊した。  砕け散る過程で瓦礫と瓦礫の隙間から光が差し込み、完全に崩れ去った後には、一階ロビーを陽の光が照らした。  その瞬間、大歓声がロビーを包む。  犯人達はライフルを投げ捨て、自身の行いを悔やむようにその場に座り込み、囚われていた者達は涙を流し合う。  その光景に僕は胸を撫で下ろした。 「皆さん! 今のうちに避難をお願いします!」  僕は振り返り、ロビーに閉じ込められていた人々に声をかける。  多くの人、亜人達は僕に感謝の意を述べ、入り口から光が差す世界へと向かって行った。  僕がここで果たすべき役割は終わった。  残っているのは主犯格。一刻も早くハイナの元へ向かわなければ。  僕がステージ2へ移行しようとしたその時、外から「誰か落ちてきてるぞ!」と叫ぶ男性の声が聞こえてきた。  僕は根拠のない衝動的な焦燥に駆られ、先程破壊した瓦礫を超えて外へ出た。  果たしてそこには、幼い少女を抱きかかえたまま落下しているハイナの姿があった。  背中の黒い羽、および、足の爪はなくなっている。亜人化のタイムリミットがきてしまったのだ。 「ハイナ!」  名を呼んでみるが、上空から猛スピードで落下している彼女のもとには、到底届かない。

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コード:ジニア 第四十二話「手を取り合う」

コード:ジニア 第四十一話「誰かを救うということ」

 突然、私と少女が爆風に巻き込まれた。幸い軽い火傷で外傷は済んでいるが、煙を吸ってしまえばどうなるか分からない。  あの男、まさか起爆スイッチを隠し持っていたのか。  不覚だ。もっと注意深く奴を観察しておくべきだったのだ。しかし、後悔してももう遅い。  今はとにかく、少女を救い出すことを最優先に動く。  しかし、当の彼女はまだ体が小さく、体重が軽いからか、より早いスピードで落下していく。  ここは高層ビルの二十五階の外。  この高度から落下して、無事で済むはずがない。  私は急いで直下し、彼女に向けて手を伸ばす。  それに気づいたのか、重力に負けて体は下へと落ちる中でも、彼女も懸命にこちらに手を伸ばす。  ガラスが割れたことで破片が辺りを覆い、少し身を動かせば切り傷を負うこの状況。ギラギラと照りつける太陽によって、ガラスの欠片は宝石のように煌めき、それが仇となって彼女との正確な距離を計り取ることができない。  ──でも、関係ない。  翼がある。私には鴉の黒い翼がある。  これでどこへでも飛べる、助けられる!  お願い。 (届いて、届いて、届いて、届いて、届いて、届いて、届いて、届いてっ、届けっ!)  互いに落ちていく中で、私だけが唯一飛行できるのだ。私以外に、彼女を助けられる者はいない。  ずっと殺してきた。殺すことしかできなかった。  そんな私が、初めて誰かを助けようと必死に手を伸ばしている。  神様──お願いだから!  その時、私の手は、彼女の手をしっかりと握りしめることができた。  私はギュッと彼女を抱きしめ、降り注ぐガラスの破面達から逃がれようと試みた。  ──しかし、ここで、私がこれまで行ってきたことへの天罰が下る。  なんと、変身が解けたのだ。  それもそのはずだ。一階から二十五階まで変身しっぱなしであったのだ。  レイに、変身時間には気をつけるように言われていた。あの屋敷での戦闘から考察するに、今の私には二十分が変身の限界ラインだと言われていたのに……!  落ちていく。  二人共々、落ちていく。  いや、まだだ。アーグルがある。物理法則を無視して伸長する相棒を使えばいい。  ……待てよ。それには、彼女を片手で抱き抱えながらもう片方の手で鎌を振るうことになる。  私は、亜人態でないときの身体能力は、ごく一般的な少女と変わらない。  これまで殺しを行うときは、全て亜人態で瞬殺してきたため、亜人態を長時間持続させたこともなければ、人の状態で鎖を使ったことすらないのだ。  今の私の腕力では、彼女を抱き抱えるので精一杯。それこそ、鎌を振るった衝撃で彼女を下へ落としてしまえば、本末転倒だ。  アーグルは、私が亜人態の時に使用することで、初めてその力の片鱗を見せる。  だめだ……使えない。  せめて、この子だけは……!  私は身を翻し、自分の背中を地面側に向けた。これでたとえ落ちたとしても、死ぬのは私一人だけ。  彼女は私がクッションになることで助かるはずだ。  これで……良いのだ。  元々諦めかけていた人生だ。ここで詰んだところで……。  だが、脳裏に浮かぶのはレイの顔。  エルさんの顔、アルジオさんの顔……。  まだジニアに入ってからたった二日ほど。形式ばった初任務にも参加できないまま、レイにも、気持ちを伝えられないまま、死んでいくのか。 (それは少し、寂しいかもなぁ)  思わず、涙が溢れる。  ──諦めない。  お願い。  私の体、一度でいいから、もう一度、亜人に!  落下は止まらない。女の子は必死で私にしがみつく。涙を流しながらも、必死に生きることを諦めていない。  私も諦めない。絶対に、生き抜く。  生きて……レイに!  その瞬間、バサっと逞しい音が響いた。   背中には、黒い鴉の翼。足には、黒い鉤爪。  克服した。制限を克服したのだ。 「これなら……!」  私はそのまま音速で直下し、ガラス破片よりも早く、地上へと辿り着く。  そしてゆっくりと降り立ち、抱きしめていた少女を優しく下ろした。  彼女はこちらを見るや否や、大声をあげて泣き出してしまった。  私も、思わず目に涙が溢れ出てしまった。  視界がぼやけて、何も見えなくなる。 「ハイナ!」  後ろから、声が聞こえた。  私は咄嗟に声の方へ向かい、身を委ねていた。   彼は、強く私を抱きしめてくれた。 「ごめん……!、助けに行けなくて」 「ううん……私、克服したよ。もうずうっと亜人になれる。これで足を引っ張らずに済むよぅ」 「うん……うん!」  彼の声は震えていた。 「レイ、泣いているの?」 「当たり前だよ」  そう呟いて、彼はもう一度私を強く抱きしめてくれた。      

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コード:ジニア 第四十一話「誰かを救うということ」

コード:ジニア 第四十話「小心者が抗う意味」

 二十五階……。  ここはまだ十六階。あともう少し。 「おじさん達、スピード上げるから、口閉じといたほうがいいかもよ!」  一応彼らに注意を促し、滑空速度を上昇させる。  羽を折りたたんで空気抵抗を少なくし、一気に上へと上昇していく。  二十……二十一……二十二……二十三……二十四……二十五!  ついに、二十五階にたどり着いた。  吹き抜け部分から地面に降り立ち、鎖で縛った男達を放り投げてトイレを探し始める。  確かこのショッピングモールはAとBという、一階に二か所のトイレがあったはず。  私は走りながら、もう一度彼らに聞こうと考えたが、一度情報を話してしまった者が再度口を割るとは考えられず、自らの足で探し出すことにした。 「走ってる時間が勿体無いかも……いつまた亜人化が解けるか分かんないけど、それまでは!」  私は再び、背中の黒い翼をぐっと広げ、猛スピードで宙を滑空する。  ほんの数秒で、Aのトイレに到着した。  ソファはあるが、誰の姿もない……。  ということは、Bか!  Bは確かAの方角と逆側……つまり、ここから一直線上に滑空すれば、最短距離で主犯にたどり着ける。 「お願い……もって、私の体!」  ふーっと息を吐いて、一気に体を爆発させる。音速をも超える速度で移動し、目の前だけを注視する。  ほんの数秒で、ソファに腰掛けている男の姿を見つけた。膝の上にノートパソコンを開き、耳にはヘッドフォン、口元には小型マイクを近づけている。  間違いない……!  私は体を翻して、足を突き出し、男の身柄を拘束した。 「は? え、ちょっ、何⁉︎」  男はとても焦った様子で私を見上げる。  足の爪を床に刺して拘束した為、男は身動き一つ取れない状況にある。  男はかなり気が動転しているようだった。  油断していた状態での、死角からの不意打ち。  当然と言えば当然か。 「は? 亜人⁉︎ モニターには何も映ってなかったのになんで……!」  モニター。私が彼を床に押しつぶした拍子に落ちたパソコンの画面には、この建物内の防犯カメラの映像が映し出されていた。それも一画面に複数個。アナウンスで言っていた、建物内の監視カメラを全てハッキングしたという話は、どうやら本当だったらしい。 「お兄さんが今回の主犯ってことで良いんだよね? まあ見たらわかるけどさ」 「な、なんで……どうしてここが⁉︎」  先程、アナウンスで意気揚々と話していた者と同一人物とは思えないほど、亜人に対して恐怖心を抱いているように見えた。 「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 謝るから、殺さないでください!」  演技……か?   いや、目や表情、足から伝わる動悸の速さを考慮すると、虚構ではないはずだ。  もし不意を突かれて攻撃されても、こちらが優勢であることに変わりはない。 「まあ、とりあえず」  私はビシッと鎖を取り出し、一瞬で彼を巻き上げた。 「え、は? え⁉︎」 「すごいでしょ。鎖を取り出すだけで巻き上げられちゃうの。南京錠も勝手に出てくるし、これでもうお兄さんは動けないから〜」  私は手をひらひらと見せて、口角を上げる。 「くっそぉ!」  男は床に向けて唾を飛ばすが、私はそれを冷淡に見下ろす。 「さて、さっきのお兄さん達も持ってレイのところに戻らなきゃ」  初めて何かを成し遂げることができた。殺しではない、違う方法で。  その事実があるだけで、私のこの人生に何か大きな意味を持たせることができたと感じられる。  不思議なものだ。  思わず余韻に浸っていると、何か甲高い声が聞こえた。  声の方向に向かってみると、ガラス窓の近くで犬のぬいぐるみを持った女の子が、床に腰を下ろして泣いていた。 「どうしたの? お母さんは?」  私はしゃがみ込んで、彼女と目線を合わせて優しく笑う。エルさんが、私にしてくれたように。 「お母さんと……はぐれちゃった……」  少女はグスグスと鼻を鳴らしながらも、ゆっくりと答えてくれた。 「そっかぁ、それじゃお姉ちゃんと一緒に探そっか! きっとすぐ見つかるよ」  私はそう笑いかけて、少女に手を差し伸べた。  屈辱だ。  人生で最大の屈辱だ。  あいつら、あれだけ言ったのに話しやがったのか。  やはり、インターネットなどで協力者を募るべきではなかった。覚悟も半端で、武器もろくに扱ったことのない役立たずばかりだ。  一階にはそれなりに使えるやつを配置しておいたが、この分だと、一階ロビーも全滅だろう。  これも全て、亜人のせいだ……。  奴ら、他の街では人を痛めつけて、自分達がさも世界の頂点でもあるかのように振る舞っている。俺は何度も暴行を受け、挙げ句の果てには全財産を奪われた。  許さない……亜人は、許さない!   せめて……邪魔をしたあの鴉女だけでも殺せれば……!  ふと、自分のジーンズのポケットにボタンが入っていることを思い出した。  これは先程、モールの入り口を爆破させた時に使用したものだ。  爆弾は、入り口以外にもどこかに仕掛けていたはず……。  その時、脳裏にある考えがよぎった。  確か、仕掛けたうちの一つはこの階。それも、あの鴉女が女児と話しているあたりだ。  そこを爆発させて、諸共殺してやる……!  俺は奴に気づかれないよう、鎖に巻かれながらも身を捩ってボタンを取り出し、左手に持たせることに成功した。 「死ねぇやぁ、おらぁ!」  カチッと軽快な音と共に、彼女らが居た床は爆音を轟かせてひび割れた。黒煙と炎が立ち上がり、周囲のありとあらゆるものを吹き飛ばす。  彼女らが居た場所は、窓付近。  窓は爆風によってひび割れて、二人は共に外へと落ちていった。 「あはは……あはははははっ!」  笑いが、止まらなかった。  だが、ふとある考えが思考を鈍らせる。  果たして、自分のやりたかったことは、本当にこれだったかと。  その時、とてつもない後悔の念が自分を襲った。しかし、駆り立てられた衝動により一度行われたものは、もう取り返しがつかない。  彼女達は……もう救えない。

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コード:ジニア 第四十話「小心者が抗う意味」

コード:ジニア 第三十九話「嫌悪と憎悪」

「──なんで、そんなに亜人を嫌うんですか?」  僕は立ち上がりつつ、馬マスクの男に問う。 「ああ? 逆になんで俺ら人間が、お前ら亜人と対等だと思ってるんですかぁ?」  バカにしたような口調で、男は僕にライフルを向ける。 「この街の人間はみんな頭沸いてんじゃねぇか? 亜人と仲良しごっこなんかしてよ! 亜人は人間の敵! 殺すべき相手! 他の国や街はみんなそうしてるぜ? ここだけだ。『人と亜人の共生』なんつう馬鹿げた夢物語を鵜呑みにしてるのは。全く、笑えるぜ」  ついに男はマスクの中で高笑いを始めた。  その瞬間、僕は裏拳で彼を殴り飛ばした。  彼は身動き一つ取れないまま、数メートルも先の壁に激突する。 「ぐぁ」  男は短く声を上げ、体全身に走る痛み、殴られた顔面の痛みに必死に耐えているように見えた。  他の犯人達は、僕を危険人物と見做し、ライフルを向ける。  亜人に対する憎悪……怒り。  過去に亜人に何かをされて、彼らは今日、この犯行に及んだのかもしれない。もしくは幼少期から『亜人は敵』という認識で生きてきて、この街の風景に嫌気が刺したのかもしれない。  だが、いくら亜人に対して屈辱的な過去があるから。  亜人は悪だと教え込まれたから。  みんなそうしているから。  ──そんな理由で、このミルギースに住む亜人達を苦しめて良いわけがない。  僕は、気づけば声を荒げていた。 「……なぜ亜人を恨む? なぜ亜人を憎む? 何ですぐにそうやって誰かを畏怖の対象にまつりあげる⁉︎ 確かにっ、亜人は人間とは違うかもしれない。容姿、髪の色、肌の色、目の色……。でも同じ言葉を使うし、同じ心を持ってる! 命を持ってる! 亜人だからと言って、それを|無碍《むげ》に扱って良い理由にはならない! 貴方達みたいに、素顔を隠すことでしか他人に銃を向けられない小心者にはわからないでしょうけど! 誰かに傷つけられた人が、亜人が! どれだけ心に深い傷を負って、悲しむのか、貴方達はそれを考えたことがあるんですか! 誰かを傷つけるということは、誰かの心を殺すってことなんですよ!」  そこまで、一息で言い放つ。  思わず息が苦しくなり、はーはーと息を整える。  僕の言葉に諭されたのか、黒服のうちの何人かはライフルを握る手をそっと弱めた。    アナウンスが流れてから十五分が経過した。  私は犯人の主犯格を探しつつ、襲われている人たちがいないかを見回っている。  既に、私の手には六人の男の人が捕まっている……アーグルの鎖によって。  アーグルは、私が殺し屋時代に使っていた鎌をエルさんが魔道具として改良してくれたものだ。『無制限伸長魔法』と呼ばれるものが付与されており、鎌と持ち手の連結部分に搭載されている鎖に対して、物理法則を無視した伸長が可能になるらしい。  また、鎖は本体から取り外しが可能であり、相手を縛り上げる際には自動的に南京錠が出現し、ロックがかかる仕組みになっている。  実際に、私は今、階を登るごとに見つけ出した犯人の残党達を鎖で縛り上げて飛行している。 「おい! いい加減降ろせよ! 危ねぇだろうが!」  一人がこちらに向かって話しかけてきた。高所にいるからか声が上滑り、ガタガタと奥歯を鳴らしている。 「さっきアナウンスしてた人の居場所教えてくれたら、降ろしてあげなくもないよ?」 「誰が話すか! ボスは絶対にお前なんかに捕まんねぇからな!」 「ちょっ、バカお前! こういう時はボスだってこと隠しとくんだよ!」 「アホか、お前ら! 何ベラベラ離してるんだよ! 全部聞こえてんだぞ⁉︎」  六人が鎖の中でやんややんやと騒いでいる。  だが、間抜けな犯人達のおかげではっきりした。例の人物が今回の事件の主犯格で間違いない。勿論、彼らが芝居をうっている場合もあるが、この犯人達からの言動からして、そこまでの力量はないと推測できる。  これは、今まで数々の場所に潜入し、殺しを行ってきた私だからこそ感じ取れる勘……というものだろうか。  正直、あまり殺し屋時代のことを誇りたくはないが、相手となんらかで対峙する局面に、あの時の経験が嫌というほど活きてしまう……。その度になんとも言えぬ複雑な気分になる──悔しい限りだ。  おそらく、アナウンスをしていた件の彼は、亜人に対して差別的な意識を持つ者達をインターネットなりで集めたのだろう。  それにより爆誕したのが、武器の一つもろくに扱えない素人武装集団というわけだ。  ここは一つ、あれが使えるかもしれない。 「……本当に、教えてくれないの……?」  私は上へと滑空しながら、鎖で巻かれた彼らを見やる。  目をうるうるとさせて、声のトーンを和らげて。  この手法は、殺し屋時代によく異性の相手を油断させる際に取ったものだ。また、重要な情報を引き出す時などにも利用した。ほとんどの男性は顔を紅潮させて鼻の下を伸ばす。そして機密事項を、さも自らの武勇伝のように語り始めるのだ。  本当は色仕掛け等の女性特有の色香を利用した戦法が効果的なのだろうが、|生憎《あいにく》、私はまだ女性的な体型を獲得できていない。  年齢的な問題もあるだろうが、感情を無くしていたためか、情緒が少々幼くなっているのも要因の一つだろう。  しかし、感情を無くしていた当時の私にはただの作業だったが、感情を取り戻した今、その威力は倍増していると言っても過言ではない。  全く、異性の相手は単純すぎる。  今回も同じように、六人全員が「うっ」と頬を赤らめてこちらを見ている。 「黒幕の人の場所、私に教えて?」  私はさらに声のトーンをより可愛く、より柔らかくする。  とうとう観念したのか、六人のうちの一人が「二十五階のトイレ前のソファ……」と呟いた。  それを聞いて、他の五人は顔面蒼白になり、恐怖に怯えた表情を見せ始める。 「お、おい、バカ! あれだけ言うなって口止めされてたろ⁈ 俺たちも殺されるぞ⁉︎」 「え、あ、やべ!」  情報を吐いてしまった男は、この世の終わりが訪れたかのようにがくりと気力を無くしてしまった。  私は「ありがとっ!」と皮肉の意を込めて、満面の笑みで答える。  

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コード:ジニア 第三十九話「嫌悪と憎悪」