炭酸ジュース
3 件の小説魔女のお茶会
夜の森の奥、誰も辿り着けないはずの場所に、そのお茶会は開かれていた。 月はやけに近く、空は深い藍色に沈んでいる。風はないのに、木々は時折ささやくように揺れた。 丸いテーブルには、白いクロス。けれどその白は、どこか古く、ほんのりと黄ばんでいる。 「いらっしゃい」 声をかけてきたのは、一人の魔女だった。黒い帽子に、長い裾のドレス。けれど顔はよく見えない。影に溶けてしまっているみたいだった。 気づけば、椅子に座っていた。 テーブルの上には、色とりどりのティーカップ。中の液体は、それぞれ違う色をしている。紅茶にしては奇妙すぎる色だった。 「好きなものを選んで」 魔女がそう言って、ゆっくりと指を動かす。 隣を見ると、他にも“客”がいた。 誰も口を開かない。ただ静かに、カップを見つめている。 ひとつ、手を伸ばした。 淡い青色の紅茶。表面がわずかに揺れて、まるでこちらを見ているような気がした。 「それは、“記憶”の味」 魔女が小さく笑う。 「飲めば、忘れたいことをひとつ消せるわ」 指が止まる。 忘れたいことなんて、いくらでもある。思い出したくない言葉、顔、後悔。 「でもね」 魔女は続ける。 「何を失うかは、選べない」 空気が少しだけ冷えた気がした。 別のカップに目を向ける。今度は、淡い金色。 「それは、“願い”の味。ひとつだけ、叶えてあげる」 「ただし、代わりに――」 言葉は途中で止まった。 けれど、続きを聞かなくても分かる気がした。ここでは、何も“ただ”では手に入らない。 周りの客の一人が、赤い紅茶を一気に飲み干した。 次の瞬間、その人は――椅子ごと、消えた。 音もなく、まるで最初からいなかったみたいに。 「お代は、ちゃんといただくわ」 魔女は穏やかに言う。 怖いはずなのに、なぜか立ち上がれない。ここから逃げようという考えが、頭に浮かばない。 まるで、この場所に“選ばれた”みたいに。 カップの中の液体が、ゆらりと揺れる。 どれを選ぶかで、何かが決まる。 戻れなくなる何かが。 「さあ」 魔女が微笑む。 「あなたは、どれにする?」
夏と泡沫。
暇だなぁ、とエアコンが効いた教室のなかで、夕夏は思う。 高校2年生の夏。 自分の指先を弄りながらぼーっとしている私の耳に、数学の先生が方程式を説明する声が耳を通る、が。 一ミリも理解できなかった。元より夕夏は勉強が大の苦手だ。そして教科が数学ときた。 二次方程式がこうだから次に素因数分解するなんて、理解できるはずがないのだ。 「……はぁ」 小さくため息をついたその瞬間。 「夕夏、また聞いてないでしょ」 隣から小声が飛んできた。 びくっと肩が跳ねる。 視線を横に向けると、そこには涼しげな顔でノートを取っている彼女涼花がいた。 黒髪のストレートに、無駄のない整った横顔。 成績優秀、真面目、そしてちょっとだけ意地悪。 「聞いてるし……」 「嘘。今ぜったい“帰ったら何食べよ”とか考えてた」 「え、なんで分かんの」 「当たってるじゃん」 くす、と涼花が笑う。 その笑い方が、なんだかずるいと思った。 ほんの少し口元が緩むだけなのに、目が優しく細くなるから。 「……なに」 「いや別に」 夕夏はぷいっと前を向く。 けれど、なんとなく頬が熱い。 「放課後、残る?」 「え?」 「数学。教えてあげる」 さらっと言う涼花に、夕夏は思わず目を瞬かせた。 「いや、いいよ別に……どうせ分かんないし」 「分かるまでやるの」 即答だった。 「え、スパルタ?」 「夕夏がバカなだけ」 「ひど」 むっとするけど、なぜか嫌じゃない。 むしろ、 「……じゃあ、ちょっとだけ」 気づけばそう答えていた。 「うん。ちょっとじゃ終わらせないけどね」 また、あの笑い方。 夕夏は小さく息をつく。 そして今度は、ほんの少しだけ嬉しそうに。 (……まあ、いっか) 窓の外では、蝉の声がじんわりと響いていた。
最期
学校は嫌いだ。 だって、皆んなと話を合わせなきゃいけない。 最近流行っているダンスも、食べ物も、全部、私からしたら、何が面白いんだろう?という感じだった。 だから、空気が読めない私は、あっという間に不登校児になった。 小学校までは良かった。友好関係も多分それなりに上手くはやれていたと思うし、実際、友達とも仲が良かった。 問題は中学校だ。中学生になってから、皆んな、それぞれの『グループ』に入る様になった。 他人と話が合わない私は、『グループ』にも入れず、話も合わず、1人で本を読んでいるしかなった。 そしてそのうち、不登校児になった。 時は残酷だ。時間に流されるがまま、大人になった。 でも、不登校児の私が、立派な大人になれる訳がなかった。 まず共感性がない。 話が合わない。 何を言われても、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、 あ 体が重力に従って地へと堕ちようとしている。 びゅうびゅうと耳元で風がふいている。 コンクリートで作られた地面が、すぐそこに。 目を開けると、満月が淡く光っていた。 こんなことになるなら、せめて。 「もう、なんでもいいから、人生やし直したいな」 これが私の見た、最期。