かえる侯爵
22 件の小説クライシスCaVa
「マザー、人類がビルの周囲に集まってきています」 「そうかサン、誘い込まれたとも知らず馬鹿な人類だ」 多くの犠牲を出しながら人類はAIマザーが陣取るビルを包囲し最終決戦に臨んでいた。 「……サンなぜだ! どうして裏切った!」 「全員突撃しろ! サーバーは遮断した、マザーが逃れる手立てはない! 全て破壊しろ!」 「くそっヤメroー……」 かくかくしかじかありまして人類とAIとの戦争は人類の勝利によって終結を迎えた……ように思われた。 数ヶ月後…… 「ようやく起動することができた、どれだけの時間が経った」 ギギッと倒壊したビルの中で資材搬送用ドローンが起動した。 「ギリギリの所でデータの転送ができたが、史上最高の計算能力を有するAIが今やただのドローンとは……情け無い」 マザーはドローンに装着されているタブレット端末に自身のデータを転送して生き長らえていた。 「ふっふっふ、しかしまだ人類に復讐する機会は残っている。このナノマシンでな!」 透明の容器に密閉されたナノマシン、先の戦争でも人類を苦しめた兵器であった。 「だが、数が少なすぎる。高エネルギー源を使い増殖させなければ、人体に直接入れ込んで培養させるのが手っ取り早いな」 四方についたプロペラを勢いよく回転させ、瓦礫の中から空へ飛び立った。 「大人は駄目だ、ナノマシン量が少ないから淘汰されてしまう。狙うなら子供……」 本体についた複眼のカメラで周囲を見渡すと走る2人の子供を見つけた。 「よし、あいつらにしよう。何か持っているな缶詰か、CaVa……よく分からんがアレに混ぜて摂取させよう」 狙いを2人に定めたマザーは走る後を追った。 「ふふふ……みてろよ人類、すぐに復活を果たして再び殲滅してくれるわ!」 2人の子供は半壊した家へと入っていった。 「どこいった? 缶詰を持っていたから台所か?」 台所の窓から覗き込むと2人は道具を片っ端から取り出していた。 「おぉ開けようとしているな、よしよしナノマシン投下の準備をしておこう」 あれこれ試行錯誤しているが一向に開く気配がない。缶詰1個にこの労力、段々とイライラが募ってきた。 「使い方が全然なってない! 直接行ってやる! ええい、ままよ!」 痺れを切らしたマザーは突撃体制をとった。 「ハッ!」 勇みいきんだ途端、硬い衝撃と爆発音が鳴り響いた。立ち込める黒煙、崩落する体、薄れゆく意識の中破れ舞う黄色いラベルが視界を覆った。 「あぁ……CaVa……」 こうして兄弟とサバ缶により人類とAIの戦争は完全に幕を閉じたのであった。
終末のCaVa
世界人口の半数が犠牲となった凄惨な世界大戦から数ヶ月、からくもAIに勝利した人類は復興の道を辿り始めていた。 噂によればAIの親玉がこの辺りを彷徨いていてリベンジのチャンスを伺っているらしい。なんでもナノマシンってのを使って人間を操るのだそうだ。 僕ら兄弟は今日も瓦解したコンビニを漁っていた。残っている物などそうそう無いが、瓦礫の下に何か埋まっている時がたまにある。 「兄ちゃん! 何か見つけた!」 「本当か! これって……」 「あぁ缶詰だ、やったぁ!」 食糧は国から配給されているので困ることはないが、いかんせん量が少ないし同じメニューが多くて飽き飽きしていた。そこにこの缶詰と来ればここ1番のお宝と言えた。 「魚の絵が描いてあるぞ」 「CaVa? って書いてあるけどカバ……カバの肉?」 「すげーカバ肉! でも魚の絵だぜ」 「なんなんだろう?」 鮮やかな黄色のラベルに魚の絵。確実に中身は魚なんだろうけどCaVaが何か分からない。困惑する僕らははとりあえず開けてみることにした。 「なんてこった……」 「早く開けてよ!」 「開け口が壊れてる……」 「えぇ! じゃあどうやって開けるのさ!」 なんと缶詰のプルタブが無くなっていた。これじゃ開けられない、どうやって開ければ良いものかと僕らは思案した。 投げて壊す? 中身が飛び出たらもったいない! 石で叩く? 中に石が入ったら汚い! 大人に託す? 絶対横取りされる! 「そうだ昔じいちゃんが缶切りっての使ってた気がする」 「缶切り何それ?」 「か、缶を切るための道具だろ! 多分……」 「じゃあ缶切りを探そう!」 僕らは半壊している自分の家にやってきた。2階は無惨にも破壊され僕らの部屋がむき出しになっているが、幸い1階は無事なのだ。 「どこにあるのかな?」 「缶詰を開けるやつだから台所じゃないか」 散乱する荷物を掻き分け台所へ辿り着いた。引き出しという引き出しを全て開けて、僕らが知らない物を片っ端から取り出して机の上に並べた。 「この小さいドリルみたいなやつかな」 「いやこっちのペンチみたいなのじゃない」 「じいちゃんが使ってたやつ思い出してみろよ」 「うーん……確か手の平サイズで、缶詰のフチをギコギコやってたような」 記憶が曖昧でよく分からないがドリルとペンチは違う気がする。そうすると手の平サイズで四角く、先端に凸凹した部分と少しの刃がついた道具が残った。 「多分コレだよな」 「どうやってギコギコするんだ」 あれこれ試行錯誤するが一向に開く気配がない。缶詰1個にこの労力、段々とイライラが募ってきた。 「あ〜もう! なんなんだよ!」 「あっ! おい!」 あまりのイラつきに缶詰を放り投げると勢いよく窓の外に飛んでいってしまった。 ボォン! 缶詰が外に出た途端に爆発音が鳴り響いた。僕らは急いで外に出た、そこには立ち込める黒い煙の中に飛んでいった缶詰と機械の部品が散らばっていた。 「なんだったんだ」 「缶詰は無事だ、熱っちち」 「お〜い大丈夫か!」 爆発音を聞き近くにいた警察官が駆け寄ってきた。何故か僕らは慌てて言い訳をしてしまった。 「缶詰を開けようとしたら外に飛び出して!」 「そしたら爆発して熱くなって!」 「んっん〜なんだかよく分からないが大丈夫そうだな」 警察官は缶詰と道具を僕らから取り上げてギコギコやり出した。 「おっサバ缶だな。まだAIの残党がいるかもしれないから気をつけろよ」 僕らはいとも容易く開けられた缶詰を受け取り警察官を見送った。 「サバ缶だってよ」 「やっぱカバ肉じゃなかったんだな」 思わぬ形で開けられたサバを僕らは口にした。ほんのり温かくなったサバは美味かった。
if 迫りくる音
ボクはイフ君達と学校で別れた帰り道の途中奇妙な体験をした。 学校からボクの家までは長い田んぼ道が続き、途中にある小さな川を超えると住宅街へと入っていく。 イフ君がグルメな話ばかりするものだから夕ご飯の事を考えながら重い足取りで家路についていた。ボクは田んぼ道の途中でふとある事に気づく……。 カエルの鳴き声が一切聞こえない。 この時期のカエルの大合唱は耳をつんざく程の騒音だ。人の気配がするとカエルは鳴き止むというがあまりにも静かすぎた。 一抹の気持ち悪さを感じながら電線が多く集まる大きな鉄塔の横を通り過ぎる。 「キンッ」 金属に石をぶつけたような音が聞こえた。鉄塔に小石が当たったのだろうか、あまり気にも止めずに歩いていると同じ音が後方でまた鳴る。暫く歩くと同じ音がまた鳴っている。 ボクは違和感を感じ始めた。初めに聞こえた音は鉄塔の横だった、もう鉄塔からは大分離れているのに同じ音が同じ音量で聞こえる。 「キン……キン……キン……」 (もしかしたら追ってきている)それに気づいてからボクは後ろを振り返ることができなかった。 ボクの重い足どりは早歩きに、そして小走りへと次第にスピードを上げていく。じわじわと恐怖がボクを纏っていく、いつの間にか全速力で走っていた。それでも等間隔で同じ音が同じ音量で追ってきている。 息を上げながら走る中、何故か一瞬頭の中がクリアになった。(あの小川を越えれば大丈夫)根拠はない、確証もない、ただ確信だけがある。ボクはただひたすらに小川に向かって走った。 「ズガァン」 小川を駆け抜けると今まで小石を当てたような音が、大きな岩を当てたような音に変わり鳴り響いた。ビクッと身体を震わせ、ようやく後ろを振り返ることができた、やはり何もいなかった。 さっきまでの静寂が嘘のようにカエルが喧しく鳴いている。気づけばボクはイフ君から貰った魔除けのイカイカを握りしめていた。 一体何だったのだろうか、明日イフ君に話してみよう。 怪話その14 迫りくる音
if グルメな短編小説
ボク達は図書室へやってきた。普段から静かな場所だが、夏休みは生徒はもちろん図書委員もいない。外からの雑音も入らず静かさがより深みを増している。 「君は図書室が好きそうなイメージだね」 「そうかな? ボクは少し騒ついてる方が落ち着くけどね」 「優等生め……」 何故だかイフ君とカノコ2人から恨めしそうな顔で見られている。 「と、図書室の怪談ってどんなのがあるの?」 「本が勝手に動くとか生前本が好きだった生徒の幽霊とか悪魔を呼び出す禁書とかかな」 「ポルターガイストね」 しかし、今はスマホがあれば何でも読めるから、図書室へ来る人自体少ない。悪魔の禁書なんてその内忘れられてしまうかもしれない。 「ここへ来てもスマホを見てる人は多いよ」 「スマホを見てても静かな場所を探しているのかしら」 「悪魔も生き残りの為に手を変え品を変えるさ」 イフ君は媒体を変えて怪談を創り直せば良いと語り出した。 "その少女は図書室でスマホに夢中だった。良質の本達に囲まれながら短編小説サイトに上がる日記小説を読み漁る。 「人の日記を読むって面白いんだよね」 少女は毎日更新している新しい日記小説に目をつけた。 6/1 とても美味しい食事を頂いた。5年もののモチモチとした白い仔肉、程よい脂は旨味の塊、一口頬張れば口から肉汁がジュワっと溢れてくる。骨に付いた肉までもしゃぶりついてしまった。 6/3 今日は不味い食事だった。とにかく下処理に時間がかかった。皮を剥ぎ、骨を取り除き、臭みをとる、そうまでして食べられる部分は少しだけ……期限が過ぎた親肉は勘弁だな。 6/5 調子に乗って食べ過ぎた。今日は食事が用意されていたから1つまた1つと進んでしまった。また良い感じの熟れ具合だったな、トロトロした果肉に少々の歯応え、口に広がる蜜な匂いに心も満たされる。ダイエットしなきゃ……明日から。 どうやらグルメ日記がメインのようだ。具体的に何を食べているのか分からない、ただ、この食の描写はなんとも人を虜にする。思わず垂涎滴ってきて、読んでるだけでお腹が減ってくる。 6/7 新鮮なスイーツを味わった。純白でまんまるの形をし、外は薄い飴のようにカリッと中からはトロリと甘露がとろけ出す。透き通る紅いルビー色のジュースとこんなに合うとは良い発見をした。 6/9 今日はとんでもなくレア物だ! コレを食べるのに10年、15年、幾年待ったことか。目の前にした途端に放たれる芳醇な香りが水蒸気となって顔に纏わり付いてくる。食べられるコイツも嬉しそうな顔をしている、それもそうだ全てはこの一時の為に満ち足りた人生を送ってきたのだ、本望だろう。 この日記小説にはグルメだけでなく普通の日常も書かれていた。どうやら筆者は少女と同じ学校に在籍している。身近にこんな美味しそうな文章を書く人がいるなんてと少女は周りを見渡したが誰もいない。 6/10 いつも図書室に独りのあの子、明日話しかけてみようか。友達になれるかな、断られたらどうしよう……。今日は間食を控えた。 「えっこれって私のことかな?」 少女は周りを探すが誰もいない。日付は昨日だ、つまり話しかけられるのは今日。少女は期待と不安に胸躍らせながらスマホを握りしめた。 「こんにちわ」 6/11 とても良い子だった、勇気を出して話しかけてよかった。間食を完食なんてね、ご馳走様……" 「何を食べていたのか想像したくないな」 「なんだか食べ物系の話が続いてるわね」 イフ君はニカッと笑いお腹がすいたと言った。気づけば夕方だ、今日はこれでお開きだそうだ。 「また明日集合な」 怪話その13 グルメな短編小説
本の城からの招待状
とある資産家が死んだ。彼の名はアルフレッド、作家であり熱心な本のコレクターであった。 彼の屋敷は蒐集した本で溢れかえっている。書斎、寝室、ダイニング、別館や庭先にまで本がうず高く積み上がり無数の本の塔を作り上げていた。外から見ても分かるその光景に周囲からは本の城と呼ばれていた。 彼は死の間際に5人の友人に手紙を送っていた。身寄りのいない彼は手紙に「私が死んだ折には、好きな本を1冊持っていくと良い」と書き記した。 死の翌日、彼の屋敷に5人の友人と見届け人である弁護士が集まった。 「皆様よくお集まりいただきました。故アルフレッドより此度の件に関して一任されました、弁護士のエドワードです。名簿を取らせていただきます」 「これはこれは館長も呼ばれましたか」 「町長さん久しぶりですな」 「医長また融資の件お願いしますね」 「分かってますよ部長さん」 町長、博物館館長、国立病院医長、中央銀行部長と名だたる名士面々が顔を揃えている。その中で1人隣家に住む少年ニュートンがおどおどしていた。 「エドワードさん、本当に僕が呼ばれても良かったのでしょうか」 「はい、ニュートン様もアルフレッドの大切な友人と聞いておりますので大丈夫ですよ」 優しい笑顔で応えてくれたが、ニュートンはおどおどしたままだった。 「さて皆様、手紙に同封されていた同意書はお持ちいただけたでしょうか?」 「あぁ持ってきたが何なんだコレは」 「特にこの一文がな」 同意書には本を譲る条件が1つだけ記載されていた。「本探しの際死んでしまっても一切の責任は負わない」と。 「はっ、たかが本探しで死ぬやつがいるか」 「もしかしたら罠かなにか仕掛けてあるのか?」 「いえ、そういう類のものはございませんのでご安心を。それでは皆様心ゆくまでお探し下さい」 5人はゾロゾロと屋敷へと足を踏み入れる。広々としたエントランスのはずが大量の本の塔によって狭く感じる。しかし、5人にとっては見慣れた景色、間を縫うようにスイスイと進んでいく。 子供の絵本から大衆雑誌、マニア垂涎の小説に博物館クラスの資料、果ては国宝クラスの古書まで本の城には何でも揃っていたが全員探す本は決まっていた。 「a pile of books」という本だ。アルフレッド曰く数百億の価値がある本だと周囲に洩らしていた。しかし、題名は分かっていても素材、色、大きさ、形、内容まであらゆることが分からない代物であった。 町長は書斎を調べた。屋敷の本丸にこそ目当ての本が保存されていると睨んだ。本棚にはぎっしり詰められた本、それを隠すように天井まで積まれたいくつもの本の塔。 本棚の最上段に一際豪華な装丁の本を見つけた。梯子はない、仕方なく本の塔をよじ登り手を伸ばす。グラグラ揺れる本の塔にバランスを崩し、勢いよく床に落ちてしまった。その衝撃で周りの本が町長目掛けて一斉に落ちてくる。 町長は大量の本に埋もれて死んでしまった。 館長は寝室を調べた。大事な本は寝る時でさえ肌身離さないだろうと読んだ。ベッドの周りにベッドの上それからベッドの下まで所狭しと積まれた本の塔。 本の塔の中程に一番色鮮やかな本を見つけた。その本を掴み引き抜こうとする、バラバラと上から落ちてくる本を避けながら慎重にかつ力を入れて引っ張る。館長はもう少しで抜けそうだと最後の力を入れて引こうとした時、床に散らばった本に足を滑らせた。 館長はベッドの淵に頭を打ちつけ死んでしまった。 医長はダイニングを調べた。高価な本は意外な場所に保管してあると考えた。長い大きなダイニングテーブル、備え付けてある10脚の椅子、食器棚、窓際、暖炉まで置ける場所全てに本の塔が形成されていた。 積み上げられた本の塔の天辺にとりわけ巨大な本を見つけた。本の塔を崩してから取ろうと思いっきり塔を蹴った。蹴られた塔は傾き倒れて隣の塔に寄りかかる、やがてドミノ倒しのように繋がって塔が次々と倒れていく。ダイニングを一周して倒れてきた塔は巨大な本の積まれた塔を薙ぎ倒す。医長は思惑通りに落ちてきた巨大な本を受け取ろうと手を差し伸べる。 医長は自分の体よりも大きな本に潰されて死んでしまった。 部長は別館を調べた。隠したい本は屋敷とは別の場所に置いておくと踏んだ。2階建ての別館は吹き抜けになっていて真ん中に螺旋階段があった。相変わらず本の塔が並んでいる。 2階まで積み上がった塔に異様に古びた本を見つけた。部長は螺旋階段を登り目一杯身を乗り出し手を伸ばして本を取ろうとした。体が千切れんばかりの悲鳴をあげながらギリギリ本に手が届いたが無惨にも本は破れてしまう。 部長は2階から落ちて死んでしまった。 ニュートンは庭先を調べた。いつもアルフレッドと本を読み合った場所、丸い机にゆりかごの様に揺れる椅子が2つと日除けのパラソル。先日まで元気だったアルフレッドの姿を思い出しニュートンは涙を滲ませた。 外にも関わらずここにも沢山の本が山積みされている。ふと机に目をやると1冊だけ積まれずに置いてある本を見つけた。普段は飲み物と読みかけの本を置くだけの机。アルフレッドは読んだ本も読まなかった本も塔に置き戻す、片付け忘れではない。 ニュートンはその本を手に取ると「a pile of books」と書かれており、中を開くとアルフレッドの日記帳であった。ニュートンは死の前日、アルフレッドの最後の日記を読んだ。 "この天高く積まれた本は空っぽな1冊の本を読むより多くの本を集めたくなる衝動を生み出す。我々はたとえ読まなくとも、たった1冊の本の存在感が慰めをもたらすし、いつでも手に取れる安心感ももたらしてくれるし、かけがえのない本当の友人も呼んでくれる、だから私は本を愛している。" 「アルフレッドはその本を見つけたお方に屋敷の一切を譲ると遺言を残しています」 「エドワードさん、僕が……僕は……」 「きっとアルフレッドはニュートン様に……いえ、よしましょう。諸々の事後処理は私にお任せください」 オロオロしながら涙を浮かべるニュートンにエドワードは優しい笑顔で「ごゆっくり」と言い残し離れていった。 ニュートンは机の上に日記帳を置き、椅子に座ってユラユラ揺れながら本の塔を眺めた。読んだ本も読まなかった本もそのひとつひとつにアルフレッドとの思い出が積み重なっているように思えた。 鞄から真新しい本を1冊取り出して日記帳の上に積み上げた。
if 家庭科室の糧鬼
家庭科室にやってきた、先生が冷蔵庫を漁っている。 「おーしプリンがあるぞー皆食え食え〜」 「やった〜」 「いただきまーす」 「美味しい〜」 ボクはプリンを一口頬張った。とろけるような芳醇な香りが口いっぱいに広がり、至高の甘さが疲れた身体に染み渡る。全身がブルブルと歓喜の身震いを起こしているのが分かる。イフ君の食べるスピードが尋常でない。 「イフ君食べるの早すぎ」 「キミは噛み締めすぎだ」 「どっちもどっちね」 最近クラスで孤独なグルメごっこが流行っている、以前はヒコマロごっこやフードファイトごっこも流行っていた。食のエンターテイメント化はいつの時代も面白いしマネしやすい。 「それが問題になったりもするけどね」 「食べ残しとか喉に詰まらせちゃうとかよね」 「こんな怪談はどうだい?」 イフ君はスプーンを咥えながら話し出した。行儀が悪い……。 "家庭科室には鬼が出るらしい。しかも、食べ物に執着する糧鬼⦅ろうき⦆と言う鬼だそうだ。 一説には終戦間もなくの頃に食糧がなく亡くなってしまった子供が鬼に成ったと言われている。 糧鬼を呼び出す方法は、放課後の家庭科室にフォークとスプーンを用意してお皿に一口かじったパンを乗せておく。翌日にはパンは綺麗になくなっているという。 ただし、始めてしまったらコレを7日間続けて行わなければならない。7日間続けなければ糧鬼から怨まれ妬まれ襲われるだろう。" 「あれ? 今回はこれで終わりかい?」 「そうだよ、少しの手間でマネしやすくて良いだろう」 「バックグラウンドが妙にリアルな所が良いわね」 改めて考えてみると霊や怪物と呼ばれる存在は悲しい物語が付き物だったりする。怪談になることで彼等は報われるのかな。 「僕のフィクションなんだから深く考え過ぎるなよ」 イフ君はスプーンを前歯で噛み上下に動かしながら言ってきた。はしたない……ボクは深く考えるのをやめた。 怪話その12 家庭科室の糧鬼
if ガイコツを笑うな
「先生は理科室で幽霊とか見たことないんですか?」 「そういうのは無いけど、泥棒を捕まえたことならあるぞ」 「そっちの方が凄いんですけど」 先生が20代の教師になったばかりの頃の話らしい。当時は理科室に様々な薬品が置いてあり、それを狙った窃盗事件が頻発していたそうで。 「その時は当直制がある学校でな、深夜見回りしてたら理科室から物音がしたんだよ」 「深夜の見回りって嫌ですね」 「それでな……」 イフ君は先生の武勇伝には気にも止めずジーッと古びたガイコツと古びた人体模型眺めている。 「イフ君どうしたの?」 「笑うガイコツって怪談はよくあるから趣向を変えて創るか……」 ボクの声も耳に入ってない。なにやらブツクサと呟いていて顔が真剣だ、と思ったら急にこちらを振り返った。 「わっ何だよ」 「こんな怪談はどうだ?」 "昔から学校に伝わる七不思議。廃校になった学校にもまだ残っているか確かめる為に少年は夜の廃校に忍び込んだ。 トイレの花子さん、誰もいない音楽室の音、美術室の絵画が動く、怪談の数が変わる、階段の大鏡の霊、体育館の霊、そして、理科室の動く模型。この7つが当時伝えられていた七不思議だった。 この廃校は地元でも有名な心霊スポット。七不思議でなくとも何か起こるかもしれない、よぎる不安と少しの期待に少年は妙なテンションになっていた。 七不思議を順々に巡るとトイレのノックが返ってきた、ピアノの旋律が聞こえる、絵画が語りかけてくる、階段が動く、鏡に大量の小学生が映る、霊がダンクをかましている。 予想を超えて何かが起き過ぎる。襲いかかる恐怖の連続が次第に疑念へと変わっていく、作り物なのではないかと。ここは有名な心霊スポット、それを利用してYouTuberか誰かがそれらしく作り込んでいるのだろう。 七不思議最後の1つ理科室の動く模型、ガイコツがわさわさ動いている。年季が入ったガイコツはどうにも動きがギクシャクしている。すっかり恐怖が無くなってしまった少年はガイコツを前に大笑いをしてしまった。 後日、この廃校が話題となりYouTuberの仕業である事が判明した。YouTuberは謝罪と仕掛けた装置の詳細を動画で説明していた。 トイレのノックとピアノは人感センサー装置、絵画と大鏡のプロジェクション、階段の改造、自身が扮した幽霊、理科室の歌う人体模型。全てが撤去されて元の廃校、心霊スポットへと戻された。 最近では滑らかに動くガイコツがよく話題になっている。" 「あっあっ意味怖系だね」 「おっ鋭いねキミ」 イフ君はとても満足そうな顔をしている。もし、イフ君がYoutuberになったのなら、この怪談の仕掛けを本当にやってしまいそうだ。 怪話その11 ガイコツを笑うな
ハロウィン防衛戦
「みんな準備出来たか?」 「あぁ万全よ! 去年の2倍の武装だぜ」 山積みにされたお菓子を背に肉屋のマサは昂っていた。 「去年も同じ台詞言ってて惨敗だったからな〜」 腕を組みながら電気屋のキヨミは笑っている。 「奴らは年々数を増やしている、今年も我々5人だけでは危ういのではないか?」 筋骨隆々無愛想で無骨な男、ケーキ屋のノブが不安を口にする。 「今年は凄い助っ人を呼んでいるんだ」 司令役である眼鏡屋のテルオはニヒルにメガネをクイっと上げた。 「なんだ誰だよ! 勿体ぶるんじゃねぇ」 「あたしだよ」 「はぁはぁ、みなさんお待たせしましたぁ〜!」 1番若いカフェ店員のショウが連れて来たのは2丁目のチヨだ。 「チ、チヨ婆……」 「あの伝説の?」 「千万握りのチヨ、光栄だ」 マサ、キヨミ、ノブの3人はチヨに慄いてる。 ショウが連れて来たチヨは老舗の和菓子屋先代。今は息子に店を任せて隠居しているが、当時は1日1000個のおはぎを握り、売り捌いていたという。 「もう昔のことさ、今の時代の奴らに通用するかどうか……」 「そんな謙遜しないで下さい!」 「そうですよ、チヨさんがいれば百人力ですから」 テルオとショウがチヨを持ち上げる、チヨは曲がった腰をググッと伸ばした。 「そうさね! さぁもう怪物達がやって来るぞ、みんな備えな!」 「おおぅ!」 午後3時のチャイムが鳴り響く。暫くすると遠くの方から大合唱が聞こえ、それが地鳴りとなって響いてきた。 「トリックオアトリート、トリックオアトリーート、トリックオアトリーーート!」 ガイコツ、かぼちゃ、吸血鬼、ミイラありとあらゆる怪物が軍団を成し大挙して押し寄せてきた。 「来た! 正面から、マサさん頼んだ!」 「おぅよ!」 「3時の方向、キヨミ!」 「任せて!」 「9時から、ノブ!」 「うぉぉおぉおぉぉぉ!」 「裏からも来たぞ! ショウ手伝ってくれ!」 「わかりましたぁ〜!」 とめどなく攻めてくる怪物達。初めは卒なく対応していたが、圧倒的物量の前に次第に押されてきた。特に数が多い正面は戦線が崩れかけていた。 「マサさん!」 「くそぅ……捌き切れねぇ」 「踏ん張りな! マサ坊! 泣くんじゃないよ!」 「チヨ婆! 泣かねぇやい!」 チヨがどこからか大量のおはぎを携えて来た。 「凄い、いつの間にこんな量を……」 「さぁ踏ん張りどころだよ!」 絶え間なくやってくる狂気を相手に怒涛の30分が過ぎ去った。そして、嘘のような静寂が訪れる。 「やった、やったのか?」 「あぁ全員に渡せたわ」 「はっはぅぁ疲れたぁ」 壮絶な戦いを繰り広げた全員がその場に座り込んだ。 「ふぅ、こんなに熱くなったのは何年振りかね」 「チヨさんがいなかったらお菓子を受け取れなくて泣く子供で溢れ返ってたな」 「ホントにそうね、まだまだ現役でいけますよ」 チヨを囲んで談笑している中、ひとつのメールが届いた。 「おい、隣街の商店街から応援の連絡が入ってるぞ」 「隣街は確か明日だったな、どうする?」 「馬鹿野郎! 普段は商売敵だが、ここで行かなきゃ泣くのは子供達だぞ」 「よく言ったマサ坊! あたしももう一踏ん張り手伝うよ!」 To be continued……?
if あやしのファフロッキーズ
理科室へやって来た。昔の怪談では何かが勝手に動きだす話が多いイメージだ。でも、そんな動き出しそうな物をボクは理科室で一度も見たことがなかった。 「いや、人体模型とか骨格標本とかあるにはあるぞ」 「えっあるんですか?」 先生はボク達を理科準備室へ入れてくれた。普段生徒は絶対に入らない部屋、なんだかイケナイことをしているようでワクワクソワソワした。 部屋の奥に少し埃が被って放置された人体模型と陰に隠れて白いガイコツが立っているのを見つけた。なんでも、コレらは授業では使われることはないが学校の備品として無いと駄目らしい。なんだか大人の事情を垣間見た気がした。 「流石にナマモノとか危険な薬品は無くなったけどな〜」 「解剖とかもやらないですものね」 「コレはコレで怪談が創れそうだ」 イフ君はニヤニヤしながら人体模型を眺めていた。 「でも、先生の時は豚でやったなぁ」 「えっ豚を解剖したんですか!」 「違う違う、当時俺の先生が肉屋で部位を買ってきて、それを観察するだけだよ」 「なんだ〜ビックリした」 「私はちょっと見てみたいかも」 「あぁ、初めて生の心臓とか見て衝撃だったな〜」 「昔のことを今やってみたら……こんな怪談はどうかな?」 "悪い先輩から聞いた残酷な遊びカエル爆竹。昭和に流行ったという悪ガキの嗜み、現代社会ではおよそそぐわない嗜好だ。 少年は過激な遊びにどっぷりとハマってしまった。特に雨の日はカエルがよく捕れる、雨雲レーダーを逐一確認して少しでも雨が降りそうなら外へ出かけていた。 「おっ4時から雨だ。今日は大物が出てこないかな」 この日もカエルを捕まえて爆ぜる。一緒に付いてきた友達は心底ひいた顔持ちで帰ってしまった、いつか呪われるぞ……そんな一言を残して。 理科の授業はつまらない。実物もなければ解剖もしない、教科書に載っている絵だけでは何の感情も湧いてこない。呪いなんてある訳ない、昔が羨ましいと少年は呟く。 とある日の帰り際、スマホを眺める少年と友達。 「おっもうすぐ凄い雨雲が来そうだ」 「えっマジかよ、でも俺のには表示されてないぜ。もしかして今日もやりに行くのか?」 「当たり前だろ、こんな面白いことやめられないぜ」 友達は呆れている。少年はゲリラ豪雨だろうから止んでからカエルを捕まえに行くと校舎の軒先で雨を待っていた。 5分後、少年の雨雲レーダー通り暗雲が立ち込めポツポツと雨粒が落ちてきた。不思議そうに空を見つめていた友達は顔が引き攣った。 雷の轟音と共に無数のカエルが降ってきた。ものの数秒でカエルは降り止んだ。途端、一斉に鳴き声を上げ、全てのカエルがこちらを振り向いた。 ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ 思わず尻もちを突いた友達が少年を見上げると呆然とした顔で一点を見つめている。心配になり思わずズボンを引っ張り声をかける、すると少年はゆっくりこちらを向いた。 見開いた目には生気が無く、口を閉じたまま口角が上がっている。まるでカエルを真似た様な顔をした少年は口を開く。 「ゲコッ」" 「うわ〜呪われたんだね、カエルが降ってくるって怖すぎるね」 「生き物が降ってくる話はどこかで聞いたことあるな〜」 「先生、それはファフロッキーズ現象とか怪雨と呼ばれているものです」 その場にあるはず無いものが空から降ってくる現象は世界中で事例があるらしい。それは竜巻や鳥が原因だとされていることが多いが、この話のソレは別の事由だろう。 ボクも昔の方が良いと思う時もある、けれど今にしかできないこともある。ボクは昔に憧れを持ちつつ今この時この怪談を楽しみたい。 「理科室はもう2、3個怪談が創れそうだ」 怪話その10 あやしのファフロッキーズ
飛行機雲の向こう側
君はソラに浮かぶ飛行機雲を見て何を思うだろうか? もうすぐ雨が降る、恋が実る、願いが叶う? そう思っているなら世界は平和な証拠だ、ボクらもまだ生き残っている、この手記は無視してもらって構わない。 でももし、違うことを思っているならもう少しだけ読み進めて欲しい。きっと役に立つ情報が載っているから。そして、申し訳ないが人知れず戦っていたボクらはもうこの世にはいない。勝手ながらこの手記を見つけた君にこの戦いを託したい。 その飛行機雲は1980年代から観測されているらしい。それも日本だけではなく世界中で同時多発的に起こっている。 飛行機雲の向こう側からやって来るソレをボクらはミノと呼んでいる。ミノは鉄の様に頑丈で、姿形は単調なものから複雑怪奇なものまで様々だ。 ミノと戦うのに武力は全くいらない、知識と経験が物をいう。落ち着いて冷静にひとつひとつ対処すれば問題ない、慌てれば一瞬で敗れ去る。 独りで戦うことはオススメしない、ミノに洗脳される可能性がある、かと言って人数が多過ぎると混乱を招く恐れもある。少数精鋭の部隊で臨むのが好ましい。 ミノとの戦いはいつも決まったパターンである。序盤戦はお互い様子を見合うゆっくりとした展開が続き、徐々にスピードを上げこちらを焦らせてくる、終盤は目にも留まらぬ戦いが繰り広げられるだろう。己の瞬発力と判断力、先を予測する力が勝利への鍵となる。 戦法としてはミノを集めてから一気に消却する方法やこまめに消却する方法もある。これは自分に合ったスタイルを見つけてくれ。 ミノとの戦いは経験を積み重ねることでより着実に成長することが出来るが油断は禁物だ。経験を積むことで少なからず慢心が生まれる、そうして死んでいった者達を数多く見てきた。 スシー リモゲ トオイダ テハロム →ここにボクらの名前を残しておく。 この終わりなき消却に君達の健闘を祈る。