星 と 海
3 件の小説トリカブトのピアス
ある夏の日、中学の同級生とばったり会った。 「あの、水木香穂ですか?」と聞かれた。「はい…そうですけど、誰ですか?」と驚いて言うと彼女は笑みを浮かべた。「やっぱり香穂だったんだねー。」私は疑問的な顔をしていたのか、彼女は「ほらー中学のとき一緒だった、高橋日菜。覚えてない?」と口を尖らせて言った。私は中学の記憶を探る。「えっと、中二のときだっけ?」と私が言うと彼女は得意気に頷いた。私たちは十年ぶりくらいに会ったのだと言う。私の記憶に高橋日菜と言う人物は明確には残っていなかったが、久しぶりだったため、私たちは近くのカフェに入ることにした。 カフェはレトロな雰囲気で私たちを迎えた。店内は外とは違ってひんやりと冷えていた。私たちは一番奥の窓側に座った。彼女はコーヒーフロートを頼み、私はレモンスカッシュを頼んだ。彼女は顔の周りにある茶髪の髪を耳にかけた。その時初めて、彼女がピアスをしていることに気づいた。「そのピアス…」「ああ、これね、彼氏がくれたの。綺麗でしょう?」「うん。それって何って言う花なの?」「トリカブトって言ってたけど」「へえ、そうなんだ」紫色のトリカブトが揺れた。トリカブトと言う花に何か意味はあるのだろうか。綺麗でしょう、と言われても彼女にそのピアスは似合わなかった。ピアスが似合わないのではなく、紫が似合わないのだ。日菜の明るい服と性格に少し闇を感じさせる。間もなく飲み物が運ばれた。日菜はストローをすする。「日菜って、コーヒー好きだっけ?」「昔はすごく苦手だったけど、今は飲めるの」「大人になったってことか」「そうかも」それから少しの沈黙が続いた。元々あまり仲良くはなかったのだから、きっと仕方がないのかもしれない。沈黙を破ったのは彼女だった。「香穂って今付き合ってる人とかいるの?」私は戸惑いながらも何とか答えた。「まだいないかな」「そうなんだ〜」「どうして?」「別に、私はね、中学のとき一年上だった西山先輩と付き合ってるの」「西山先輩?」「そう、仕事先で突然会って、気持ち伝えたらオッケーしてくれたんだ」「へえ、良かったね、」「うん」それから、お互い予定があったため、私たちはカフェの前で別れた。彼女はトリカブトのピアスを揺らしながら去って行った。 夜、私は高橋日菜のことが少し気になって、小学校のときからの親友である智子に電話してみた。すると高橋日菜は中三のとき西山先輩の妹である西山夏織をいじめていたらしい。だが本人は気づいてないみたいだ。智子もそれには呆れていた。 智子との電話の後私はトリカブトのピアスを思い出していた。西山先輩が高橋日菜を許すはずがない。私はトリカブトの花を調べた。トリカブトは夏から秋にかけて咲く花で、花言葉は、「騎士道」「栄光」そして「復讐」。西山先輩はこの花に「復讐」の意味を込めたのではないかと思った。 翌朝、驚くべきニュースが流れた。「高橋日菜さんが亡くなりました」飛び降りらしかった。智子が知人から聞いた話だが、高橋日菜は会社でいじめを受けていたらしかった。 あのとき、彼女に感じた闇はいじめによるものだったのかもしれない。そして、トリカブトのピアス。西山先輩がそれに込めた思いはきっと悲しいものに違いないだろう。夏織は辛い中学時代を過ごしたが、今は家庭を持ち幸せに暮らしているらしい。高橋日菜は夏織が幸せに暮らしている間、苦しみ続けていただろう。 やった人は忘れたかもしれないが、やられた人は決して忘れない。そして、やった人はその報いを受ける。
嘘をつくこと
僕が小学四年生の夏、田舎のおじいちゃんとおばあちゃんの家に遊びに行ったとき訊いたことがある。「ねえ、おじいちゃん嘘をつくのって悪いことなの?」「そうさな〜嘘をつくと閻魔様に舌を切られるからねえ」「それは迷信でしょう?」「迷信だけど、きっと悪いことなんだろうなあ」「でもね」とおじいちゃんが続けようとしていたところに「カズちゃんヒロくんが来たよ」とおばあちゃんが僕を呼びに来た。ヒロくんと言うのは近所に住んでいるヒロシのことで、幼なじみだ。「うん。おじいちゃん行ってくるね。続きまた聞かせてね」「ああ、気をつけてな」僕は帽子を被り玄関に向かった。 「ヒロシ、久しぶり」「カズヤもな、」「で、どこ行く?」「俺秘密基地見つけたんだ」「まじか!」「今はヨッシーとマサしか知らないぜ」ヨッシーは苗字の吉をとったあだ名で、マサはマサヒコのマサだ。実は小学二年生まで僕はおじいちゃんとおばあちゃんの家に預けられていた。母は父の単身赴任に付き添っていたが、当分は変わることもないだろうと言うことで、僕は都会へ引っ越したのだ。それからは、夏休みしかここに来なくなった。 僕とヒロシは秘密基地へと向かった。秘密基地は人里を少し離れた山の、大きな木の下にあった。 「なあヒロシ、この山には近づかないようにって言われてたんじゃないのか?」「ああ、クマが出るからね。でも、人里に近めだし、クマ避けの鐘もいいっぱいあるから大丈夫だよ」「そっか、ならよかった」僕達は木の根っこのところの穴の中に入った。入口は小さいが、中は結構広い。子供十人はいけそうだ。中にはヨッシーとマサがいた。ゴザを敷いてせっせと男子会?の準備をしていた。僕とヒロシに気づくとようと言うように手を振った。 「久しぶりだなカズヤ」とマサが言うとヨッシーは「都会の生活には慣れたか?」と聞いてきた。「まあまあってとこだな。今は休みだけど平日は塾行ってるから、大体疲れて帰って来ることが多いんだ」僕が言うと口々に「へー、都会は大変だな」と言った。 小さな木のテーブルの上にお菓子とコーラを並べるとヒロシがコップを掲げて「ええ、カズヤの帰省を祝って乾杯」と言った。僕達もコップを持ち乾杯と言ってコーラを飲み干した。それから僕達はトランプやウノなどのカードゲームを楽しんだ。「なあお前ら、夜それぞれ花火持ってまたここに集まらねえか?」とヒロシが言った。「いいね」とマサとヨッシーが頷いた。「でも大人にはなんて言う?」と僕が言うと少し考えて「お互いがお互いの家に遊びに行ったって言えばいいさ。」とヒロシが言った。嘘をつくのは気がひけるがみんなとももう当分会えないだろうと思いヒロシの意見に賛成した。 「じゃあまた六時にここ集合な」「うん。またな」僕は三人と別れた後家の近くの駄菓子屋で花火を買った。駄菓子屋と言ってもほとんど野菜がメインでお菓子と遊び道具が少しあるくらいだ。 家に帰ると急いでリュックの中に持っていくものを詰め、風呂に入った。それから早めの夕食を食べ、家を出るとおじいちゃんに呼び止められた。「カズヤどこ行くんか?」「ヒロシん家」「気をつけてな」「うん」おじいちゃんごめんねと心の中で謝った。そしてあの秘密基地に向かった。 他の三人は早めに来ていた「遅いぞカズヤ」とヨッシーが言った。「ごめんな」僕達は懐中電灯をつけてそれぞれが持って来た花火を確認し合った。僕は線香花火が二袋と噴き出し花火が人数分、を持って来た。最初は各自持って来た線香花火をして、後から大きい花火をやることになった。線香花火が終わったところに奇妙な音が聞こえて来た。太鼓叩くような音だ。「聞こえた?」と僕は三人に訊いた。「太鼓みたいな音?」とマサ、「そう」「あっちの方だよな?」とヒロシが言うと僕らはヒロシに続いて行った。少し経つと火の光が見えてきた。僕らは林の影に隠れて光の正体を掴んだ。それは文字通り火だった。裁判みたいに一番高い台の上にはいつか絵本で見た恐ろしい形相の閻魔様がいた。その向かいの小さな台には被告人つまり何か罪を犯した人だ。その周りには焚き火が何個も並べてあり、それを僕達より少し小さい天邪鬼が囲んでいた。 「どうする?」と僕は訊いた。ヒロシが言った「逃げるしかないだろ」逃げようとすると後ろに「逃げるな」と言って天邪鬼が大きなフォークを持って睨んでいた。僕達は閻魔様の前に引きずり出された。「君たち、この山には近づくなと大人から言われていなかったのかい?」と閻魔が奇妙な微笑みを浮かべて言った。「そうだよな、言われていたよな。ではなぜここにいるのか、答えは一つ嘘をついて来たということ。嘘をついた人はこの私に舌を切られるのは知っているな。さて、誰の舌を先に切ろうか」閻魔は大きなハサミを見つめながら言った。言い出したのはヒロシだが、ヒロシは僕のためにしてくれた。ヒロシがやらせたと言えるわけがない。僕は決心して言った。「嘘をつかせたのはこの僕です。他の人は関係ありません。切るなら僕の舌を切ってください。」三人は驚いて僕の顔を見た「嘘をつかせた方も悪いがそれをそのままやる方も悪い」と閻魔はにこりともせずに言った。「でも、僕は彼らの弱みを餌に言ったんだ。それは百%僕が悪い」「ほう、そうかじゃあ」と閻魔が言おうとしたときヒロシが遮った。「カズヤは悪くないです。俺が嘘をつかせたんです。だから俺の舌を」「ヒロシ、何を言うんだ。君は僕のために」「ヒロシもカズヤも俺もマサも悪い」「そうだよ。二人で背負う必要はないよ。みんなでしたことなんだから。だから、閻魔様、俺ら四人の舌を切ってください。」「カズヤはこの私に嘘をついた。だが、三人に免じて同様に舌だけを切ってやろう」そう言った後ハサミのチョキンという音が聞こえ僕達は気を失った。 「カズヤ、大丈夫か、カズヤ」とおじいちゃんの声で僕は目を覚ました。「おじいちゃん…。あ舌がある!」他の三人も親に抱えられていた。さっきの場所には火や天邪鬼や閻魔様はいなくなっていた。僕達は山に近づいたことと、嘘をついたことを謝り家へ帰った。帰り道記憶の断片を思い出そうとした。そうだ、ハサミの音が聞こえて気を失うとき閻魔様は穏やかな表情をしていた。そして僕達に微笑んでいたように思った。 「ねえおじいちゃん、僕閻魔様に会ったんだ」と僕は出来事を話した。するとおじいちゃんは、「そうか、前に嘘の話をしただろ?」「うん」「あれには続きがあってな、嘘は悪い事だがその嘘を心から謝れば救われることもあるんじゃよ。」「そうなの?」「ああ、後な、嘘を人を助けるためにつくのなら、それは悪い嘘ではないんだよ。人の命を助けるための嘘はきっと価値があるものなんだ」「そっか。だから、閻魔様は僕達を許してくれたんだ」「そうだな。後あれは閻魔様じゃないぞ」「ええ!じゃあ誰なの?」「あれはあの山の神様だ。君たちが嘘をついていることを知って教えたかったんだろう」「そっか、じゃあ本当は優しいんだね」「そうだな」 あれから、嘘をつくこともあるけど、その時は必ずごめんねと謝るようにしている。他の三人も「嘘をつく時は大切な人を助ける時のみ」と言っている。僕はきっと一生あの夜の出来事を忘れないだろう。
夜桜と過去
仕事終わりの夜、川沿いの桜並木の下を歩いていた。辺りは静まりかえって、夜が余計に寂しく感じる。私は一生仕事に追われる毎日を送るのだろうか。そして楽しいことなど何も起こらず年を重ねるのだろうか。夜の桜は私のその苦しみをよそに月の光を浴びて美しく輝いている。 桜を見ると昔が懐かしくなる。小さい頃はよく、友達や家族と桜の下でお弁当を食べたりした。あの頃はとても純粋だったし、どんなことにでも夢を持っていた。今は体も心も疲れ果てている。世界はそんなに甘くないと言うことを知り、夢を持っても叶わないと思ってしまった。子供時代の自分が羨ましく思える。 子供時代の頃の思い出を探っていると、五歳くらいの女の子が桜の下で、桜の花びらを集めていた。 「何してるの?」と訊いてみた。こんな夜遅くに出歩くなんて危険だし、第一子供が出歩く時間ではない。「桜の花を集めてるの」「お母さんとお父さんは?」「家にいる」「外に出ていること知っているの?」「知ってるよ」「でもこんな時間に外に出歩いちゃダメなんだよ」「へーそうなんだ。」それから沈黙が続いた。不思議なことに私はこの子のことを知っている。誰だろう…。あとどこでこの子を…。思い切って名前を訊いてみた。「名前はなんて言うの?」「さくらよ。」さくら、私の名前と同じだ。「さくらちゃんか。どこかで私を見たことない?」「あるよ」「どこで見たのかな?」「鏡の中だよ」「…鏡」そういえばこの子は私の幼い頃とそっくりだ。もしかして、鏡の中で見たってことは、「さくらちゃんって宮本桜って言う名前?」「うん。」やっぱり彼女は私。幼い頃の私なのかもしれない。前に聞いたことがある。死ぬ前に一番印象に残っている自分の姿をした人があの世から迎えに来るらしい。それは、小学生の姿だったり、二十歳の自分だったりと人によって様々。そうか、私はもう死ぬのか…。この世に未練などない、と言えば嘘になるかもしれないけど…。もう…いいか…。 私はしゃがみさくらちゃんの目線に合わせて言った。「お父さんとお母さんのところに行こうか」「お姉ちゃんも一緒?」「一緒だよ。私もあなたのお父さんとお母さんに会ってみたいし」「じゃあ早く行こう」私は立ち上がり、少女の手を握った。小さくて、温かい。自分で言うのはおかしいかもしれないが、この子となら、あの世も行けそうな気がする。 二人は桜のトンネルを少しずつ歩いていく。これから先の未来に胸を躍らせながら。