ミュウ

3 件の小説

ミュウ

幻想的で美しいもの、儚い夢のようなもの、幽霊みたいに漠然としたものが好きです。

箱の中の美しい蝶々、雨と夢

 わたしのすべてを知りたがるきみへ。どうしても伝えておきたいことがあります。  いまはむかし。一千年前に生きた青い蝶々をおさめた、これもまた古い小さな箱を、わたしが持っていることを。  この箱の由来については秘密にしておきますね。  いまは黙ってわたしのする話に耳を傾けて欲しいのです。 ■  箱のなかの夜では、まだ一千年前の蝶々が生きていて、青く輝く鱗粉を散らしながら、柔らかく閃いています。  そこは、しっとり、濡れそぼった暗がりで、時間の彼方から、しめやかな雨のひびきまでもが聴こえてくるのです。  そのような豊かな闇から、五蘊の栄養を頂戴し、日々、夢の美しさを呼吸しながら、生きているのがわたしです。 ■  ねぇ。だから少しだけでいい。きみも考えてみてください。  もしも、そんな勇気があればの話だけど。  うるわしく濡れた夜や夢、闇に咲く、青い蝶々がゆらり、とぶ、この小さな世界を壊してしまう、そんな勇気があるのなら。  もし、箱を開けてしまったなら一千年の闇は消え、蝶は乾いて蒸発し、わたしも死んでしまうかもしれません。 ■  ですから、お願い。  箱のなかを覗かないでください。わたしのすべてを知ろうとはしないでください。  夢のいとおしい闇のなか、ひらり、すべる、雨のしじまとよく馴染む、蝶々が生きてこそのわたしだから。    わたしのことを知らないそのことが、もっと、もっとふたりが、素敵に知り合える秘訣なのだから。

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箱の中の美しい蝶々、雨と夢

月光石ラジオ、二十億年の夢

 群青色した、眼もさめるような夢。  海と同じ色をした、わたしの心でもある夢に漁師の少年ペトロくんがいて、きょうもおサカナをすなどります。  小舟で漁にでるのですが、夢とおなじ青い物質でできた海に糸を垂らし、とうめいなサカナを釣るのです。  それはひょっとして、わたしの空想?    もちろんそうですが、光と色を呼吸する卵にも似た、いかにもわたしにとっては石よりもたしかな海。  そんな海で少年はラジオを釣りあげました。 ■  海藻がからまり、貝殻がいっぱいついたラジオは千年も前に製造されたと聞きました。  スイッチを入れると、いまでも千年前の放送を聴くことができる。  異国の言葉がノイズ混じりに流れ、女声コーラスのうるわしさは胸にしみ、失われた千年の時の堆積に涙してしまうのです。  わたしは眠りながら少年といっしょにラジオを聴きました。  夢の登場人物はペトロくんだけ。わたしは夢見る人であり、夢でしか少年の海には行けないのですが。 ■    わたしにとっては大切な夢だけど、他人にとってはとりとめのない夢だと思っていたら、月鉱石ラジオ同好会の橋本くんから、こんな話をききました。  脳のなかに月の石のカケラが刺さったまま生まれてきた子が、ごくたまにいて、それは眼にはみえないかけらだけど、電波を受信するのだ、と。  そして橋本くんは、こうも言うのです。  放送はじつは二十億年前のもので、月光周波数をチューニングできる人しか聴取できないんだよ、と。 ■  つまり月のカケラが脳にあってもラジオを聴けない人も大勢いるのです。チューニングができるということはペトロくんと相性のいい証拠。  ペトロくんに恋してしまったわたしは、夢の海に行く決心をするのですが、でも。--そう、千年ではなく、じつは二十億年の距離がたちはだかる。  千年ではなく二十億年。  いくらなんでも絶望的でした。  海は、月の海だったのです。  むかし月に、たっぷり水があったころの海でした。    なので今宵も一人、枕を涙で濡らし、ラジオの夢をみるわたしです。

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月光石ラジオ、二十億年の夢

夏の終わりの螺旋都市

 麗しい少年が亡くなりました。     噂では海で死んだとか。遭難したとも、入水自殺したとも伝えられる彼は、隣のクラスのマモルくんでした。  音楽と本を愛する、静かな印象の男の子が彼。小学校から憧れの人だったから、マモルくんがいなくなった海に夏休み、一人で出かけたのでした。  寒い夏だったから電車も空いていて気持ちのよい風が車窓から流れ、わたしの髪を乱します。孤独でも、寒くても、ゆたかに稔る夏のはじまりでした。 ■  靴を手にし、裸足で波打ち際を歩きます。水平線上には冷夏だというのに入道雲がわきあがり、いかにも八月らしさを奏でている。でも、やっぱり寂しい海。  足の指を波で洗われながら逍遥するうち、拾ったのは螺旋の都市、モン・サン=ミシェルのような形をした、青みがかった半透明の巻き貝でした。  巻き貝に耳をあてると、海が聴こえるのだそう。耳に貝を近づけたとたん、わたしの体は貝のなかに、すとん、と入り込んでしまいました。 ■  そこは見えない影がゆききする、ガラスでできた青い都会でした。街には、にっこり笑うマモルくんがいました。彼は語ります。    ここでぼくは音楽を象っているんだ、と。  そして衝撃の告白がありました。  わたしは、人造人間。  彼が音を材料にして、何万年も前に造った音楽的フランケンシュタイン。  なので、彼のこと、懐かしがるのは当然なのだ、とも言います。  貝殻の螺旋はわたしのおヘソから生命の宮へとつながる渦。もともと世界を美しく奏でんがために造られし音楽、想念のマリオネットだったのです。 ■    わたしはやがて人間へと生まれ変わりました。  もうマモルくんのこと忘れることにします。だって巻き貝が裏返ったんだもの。  内は外となり、みんなは彼のこと覚えていないけど、マモルくんの心がこの世界と化しました。サぁ、新しい楽章がはじまろうとしています。  わたしはこれから記憶から消えたマモルくんと一緒に生きてゆきます。  音楽の霊で満たされた砂浜はとても静かですが、もう寂しくはない夏の終わりの海でした。

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夏の終わりの螺旋都市