熟考する無鉄砲
3 件の小説終わりの始まり
私が霞の癖を見抜いた日、ひいては私達の終わりが始まった日は土砂降りの雨が降っていた。 「雨ってのは嫌ね。ジメジメしててアンタみたいよ。」 「ジメジメしてるのも陰湿なのも全部貴方ですよ。カスミン。」 「死ね。」 「陰湿女は心が狭くてやだわー。」 「実ィ子ォー。」 霞は私を全速力で追いかける。それには私も全速力で逃げることで応じる。 この時間が毎日の中で一番輝いている。当時の私は密かにそう思っていた。 (馬鹿を揶揄っているのが楽しいからなのか?うーん。) などと私は考える。 それからは、心を落ち着かせ毎日やるように任務をこなした。もう今ではそれなりの地位なので、任される仕事も一筋縄ではいかないものばかりだ。 その帰り道、マフィア専用駐車場(表向きはただの有料駐車場)に車を止め、徒歩で康太郎のまつビルへと帰る。 相変わらず雨は止まない。寧ろ酷くなってすらいる。私は黒の傘を、霞は白の傘を差して歩いている。 すると不意に川の氾濫の様子が見たくなってきた。興味本位で覗いてみるとその時運悪く強風が吹き、髪留めが飛ばされてしまった。 「カスミーン、私の髪留め飛ばされたんですけど。お義父さんに買ってもらったやつだから取り行ってよ。」 「は?ほっとけ。ほっとけ。」 と言い放つと霞はスタスタと歩いて行ってしまう。仕方が無いので私もそれを追う。 数刻歩いた末に我が家に着いた。初めて見た時は子供ながらにドキドキした雰囲気も今は何とも無い。慣れとは恐ろしいものだ。 それから私はシャワーを浴びて、霞と夕食を摂ろうとした。だが霞がいない。 (カスミン……?) この広いビル中を探し回ったが、いない。 (ど、どうしよう。どうしよう。) マフィアでそれなりの地位を築いている故ポーカーフェイス位は維持できているだろうが、内心気が気でない。 仕事上、人は沢山死ぬ。だがもう割り切れるようになった。なのに何故一人の人間が小一時間いなくなっただけでこんなに慌てているのだ。 何故こんなにも奴のことを気に留める。何故奴のことで頭が一杯になる。何故こんなにも−− 気づいたら先程の川まで来ていた。そこで私は信じられない物を見る。 霞がずぶ濡れになりながら私の髪留めを握りしめていたのだ。 「カスミン!!!!!」 私は叫んだ。 「実子……!」 霞はハッとしたようなバツが悪いような顔をしてそれに応じた。 「これは、その、康太郎さんの贈り物だって言うから……。別に自己満よ。余計なことして悪かったわね。」 霞は当てつけたように言うと人差し指で足を弾いた。 私は思った。 (ああ、カスミンはさっきのほっとけと言っていた時もこうしていたな……。そういえば昔お義父さんの花瓶を割った罪を私になすりつけようとした時も不自然な位こうしてたっけ。) 私はその時霞の癖を理解した。だが、これは勿論口に出すと面倒なことになるので黙っている。 けれど同時にもっと面倒臭くて恥晒しだけれど、ちゃんと言葉にしなければならないことにも気づいてしまった。 「実子ォ。アンタ引退してから更に弱くなったわね。よっ。ニート。」 「貴方が好き。」 この何年経っても同じ反応をする。そう言う所もまた愛おしい。 これが後の終わりの始まりだったとしても存外悪くない。そう思ってしまう私がいる。
始まり
「伊流霞で御座います。御御首頂戴させて頂きます。」 目の前の女はそう言った。長い睫毛を乗せた切れ長の目、高い鼻、色白の肌、線の細い体。忘れもしない。あの時のままだ。 「あら〜。カスミン久しぶりですね。私は現在ニート満喫中です。」 私は、戸惑いを隠し、そう述べた。 「はっ。相変わらず底辺ね。」 「そんな社会のゴミを滅却するのが私の仕事。かかってきなさい。」 そう言ってから直ぐに襲いかかってきたので戦いへと発展せざるを得なかった。 だが、その時私は、先程の霞の一言で忘れもしない二人の始まりの日を思い出していた。 「なに?ここ。ひろいねー。」 何十階もある巨大なビルに一人の幼女と一人の男が入った。巨大企業のオフィスのような雰囲気の内装だ。大勢の人間がいる。男女比は圧倒的に男の方が多く、強面の者も大勢いる。 「ボス!お帰りなさいませ!!!」 そう言うや否やそこにいる人間は全員床に頭を擦り付けた。 「……!!ここ、こわいよ。かえりたいよ。」 幼女は怯えながら言った。それに男は諭すように告げる。 「君にはもう帰る場所などないだろう。それに私と一緒に暮らす約束を忘れてしまったのかい?」 それでも幼女の顔からは不安の色が消えない。それを見た男は「それに」と付けたす。 「君にはお友達を紹介しようと思ったんだ。」 「おともだち?」 男が入っていいことを告げると、幼女はガチャッとドアの音を立て、入ってきた。 「紹介しよう。伊流霞君だ。」 「よろし……」 そう言おうとする幼女をよそに霞は思い切り幼女の頬を平手打ちした。 「こんな、しゃかいのごみみたいなださいことしごとするなんてごめんよ!」 幼女が呆気に取られているのをよそに霞は続けた。 「こうたろうさんもいってたでしょ!?しゃかいのごみをめっきゃくするのがわたしたちのおしごとだって!」 その言葉に男こと羽柴康太郎は淡々と答える。 「それが本当に社会の塵だったらの話だよ。彼女は、塵どころかとんでもない逸材なんだ。どうか仲良くしてやってくれ。」 「ふん。わたしはみとめないわよ。」「あなたのゆるしなんてどーでもいいよ。」 「!?」 意外な毒舌っぷりに霞は面食らう。 「なっなによー!」 「そっちこそ。」 「仲良くやれそうだね。霞君。実子君。」 この日は天気雨だった。 「よそ見は厳禁…よっ!」 「おっと。」 ついつい過去のことを思い出していた私には隙が生まれていたようだ。 けれど、康太郎のことを思い出したので聞いてみる。 「私の暗殺を命じたのはお義父さんですか?」 「そうよ。康太郎義父さんがあそこのボスなんだから。」 霞は淡々そう答える。だが、人差し指で足を弾いていた。これは霞が嘘をつく時にやる癖だ。 だが、嘘をついていることを今指摘しても誤魔化されて終わるだろう。今の所は不問にしておく。 それに今はそんな気分では無くなった。 霞の癖を見抜いた日、ひいては先程の記憶を二人の始まりだと言うのなら二人の終わりの始まりと呼ぶのに相応しい日のことを思い出し始めていたからだ。
伊流霞
上を見渡すと、青空は無く、満面の緑が広がっている。そして鼻には緑特有の心地よい香りが広がってくる。 ここは森の中。二人の少女が大地を踏みしめる。 一人は私。もう一人は−− 「さようなら。」 もう一人の少女はそう告げると、ザッザッと緑を踏みしめ、去った。 「待っ……!」 バッと布団が捲れる音と共に私、赤坂実子は目覚めた。それから「ふぅ。」とため息を吐くと、のそのそベットから出る。 そして、「嫌なことを思い出しました。」などと呟きながらキッチンへと立つ。 慣れた手つきで料理を始める。料理と言っても炊いた米をよそり、スクランブルエッグを作っただけだが。 けれど昔からなんでも人より飛び抜けて出来る人間だった故に料理もつくった品としての質としては兎も角、白米は高級炊飯器で炊いたかのような食感だし、スクランブルエッグも世の中のお母様方の中ではかなり上位に入る出来栄えだと思う。 そんなことを考えながら食事を摂り終えた。 それからやることは毎日同じだ。定職に就かず、昼間から競馬や株やパチンコなどをする。だが、競馬や株は毎日やっていても外したことが無いし、パチンコは娯楽程度に済ませているので、無職であることへの危機感は抱かない。寧ろタワーマンションの二十八階に住んでいて黒字のこの生活を気に入っているまでだ。 「ふぅ。今日も楽しかったです!」 「カァ!カァ!カァ!」鴉が鳴き叫び、空は茜色に染まっている。黄昏時だ。上記のルーティンを終え家路を急ぐ。 「!!!」 (つけられている………。それもソッチの人間に。) 一、ニ、三……と心の中で刺客の数を数えた。 十五と数え終わる前に私の小さな手は十四人の首を掻き切っていた。 「あの……。聞きたいことが沢山あるんですけど、これだけを教えてくれたら命だけは助けてあげます。」 「何でも言う!!だから……どうか、どうか命だけは……!!」 その言葉に私は両目を細めると 「私を襲わせた貴方の雇用主は誰ですか?」 と聞いた。男は狼狽えながら 「おっ、俺らの幹部伊流霞だ!」 と答えた。 私は、殺人を見られている人間を生きては返せないと考え、とりあえず首を掻き切った。 だが、この男の言葉に驚きを隠せずにいた。私は元より、動じない性格だ。昔から腐る程言われてきたし、自分でもそう思う。 だが、今の私は手足がガクガクと震え、目は乾く程に開き切っていた。と同時に 「さようなら。」 朝みた夢がフラッシュバックする。 忘れもしない。初めての恋人に別れを告げられたあの日を。 今目の前に立っている世界で一番愛い女を。 私の愛したたった一人の人伊流霞……いやカスミンを。 「伊流霞で御座います。御御首頂戴させて頂きます。」