新野楓衣

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新野楓衣

初めまして、新野楓衣(あらのふうい)です。趣味は読書とベースで芥川龍之介が好きです。しがない雪国の高校生ですがよろしくお願いします。

虚構の夜

 これはある嘯き続けた奉公人の成れの果てである。  奉公人である桂はとある地主の元で約五か年、昼夜問わず働き続けていたが、ある日、過労のあまり、終に身分に似合わない奢侈なことに手をつけ、何もかも等閑になってしまった。  奉公人は今日も庭の掃き掃除をやっているように見せかけて縁側に置いてある菓子を狙っていた。  「千代ー、ちょっと来てくれないかー。」  丁度菓子を持ってきた娘が屋敷の奥へ呼ばれ、菓子が手薄となった。  「はーい。今行くー!!。」  これを好機に奉公人は懐にサッと菓子を放り込んだ。  やがて、娘が戻ってきて先程まであった菓子がなくなっていることに気づく。  「かつら、わたしの置いてたお菓子どこかわかる?」  まだ、言葉を使い始めて間もないような、娘が奉公人に尋ねた。  「いいや、分からないね。何処においたか覚えているかい?」  これは嘘である。勘の良い者はすでに気づいたであろう。奉公人の奢侈なこととはこれ、すなわち、嘘をつくことである。とは言え、奉公人も初めから嘘をつくような者ではなく、しっかり、課せられた仕事を淡々とこなす働き者であった。  しかし、どうしてそうなってしまったのかは私達には知る余地もない。  「あれ、どうだろう。まあ、いいや、もう一つもらいに行こう。」  と言って屋敷の中へ消えてった。  それを見計らって奉公人は今日も先程盗んだ菓子を庭の木の裏に隠れクチャクチャ音を立てながら貪り食い、盗みの背徳感に身を震わせた。  明ける次の日、  奉公人は、とうとう主人に暇を出された。別にいつもの盗みがバレたとかそういうことではない。ただ単にこんな特に何もしないで嘘をつくばかりな奉公人を雇うなら、違うもっとできる奴を雇ったほうがいいと考えたのであろう。  そうして、奉公人は彷徨人となり、あえなく屋敷を後にした。やがて、屋敷で手に入れた給与が底をつき、彷徨人は嘘で日銭を稼ぐようになった。例えば、「自分は旅の僧である。ここ最近何も食べていない。どうか、食べ物を恵んでくれないか。」とでも言えば、騙される奴はすぐに何でも恵んでくれる。  または、検非違使の真似をして「先日、ここらで起きた窃盗事件の犯人が彷徨いていて、貴方の家に隠れているかもしれないので調べても良いですか。」とでも言ってバレない程度で金目のものも盗んだりした。  しかしながら、ある時自分が誰だか何処からきたのか、自分の名前、出身、年齢などを偽っていくうちに分からなくなってしまった。  彷徨人は今日も嘘をつくためにそこらじゅうを彷徨っていた。  生憎、その日は特に何も嘘をつく事ができずに夜を迎えた。多少苛つきながら町の郊外へ出ると燈り火で照らされている寺門の下である僧侶が琵琶を弾きながら何か語っている。 ベベンッ!! 「これは、かつてある屋敷に仕えし奉公人の成れの果てなり。」 桂は語りの中の者が偶然にも自身と似ていることに耳を疑った。 ベンッ!!ベンベン!!ベベンッ!! 「奉公人は、常に誠に仕へし者にて、主のために昼夜を問わず働きしけるが、長き奉公の末、心に翳りを生じ、つひに偽りを口にすることを覚えたり。」 桂はこの語りが気になり僧侶の前で立ち止まる。 ベベンッ!! 「初めは小さき虚言なりぬれば、菓子の所在を尋ねられ、『知らぬ』とぞ一つ嘯きける。されど、その一言が奉公人の心の奥に、滴る墨のごとく染み入りて、やがて一切の誠を覆ひ隠すに至れり。」 とうとう、桂は自分のことを語っているのだと苛立って僧侶に問いかける。 「お前は何を語っているんだ!!まるで私のことではないか!!やめてくれ!!」 しかし、おかしいですねぇ。一向に僧侶は桂に耳を傾けません。 ベンベンベンベン!!ベベンッ!! 「人々は彼の言を疑ふことなければ、桂は嘘を重ねて己が日を紡ぎ、いつしか己が何者にてあったかを忘れたり。」 ベベンッ!! 「ある夜、主は桂を召し出して云ふ。 『汝は、もはや誠を語らず。言葉は虚ろに響き、姿さへ薄れゆく。其方は奉公人に非ず、ただの影なり。』」 ベベンッ!!ベンベン!!ベベンッ!! 「かくて桂は屋敷を追われ、都の片隅に彷徨ふ身となりぬ。」 夜風が吹き荒れ燈り火が消えかける。 「幾星霜を経て、世にある噂あり。 春彼岸、旧家の庭先にて、菓子の香ただよふとき、一人の男ありて、木陰に姿を見す。声をかければ、かの者、微笑して曰く――『さやう、其方は知らぬ。覚えもなし』と。」 ベンッ!!ベベンッ!! 「人はその姿を『桂の影』と呼ぶ。彼は、嘘をつき続けた報いとして、世に残された虚構のものなり。信じられし嘘の数だけ、彼の姿は強く現れ、語られるたびに蘇るという。」 ベベンッ!!ベンッ!! 「そして、今宵もまた誰ぞ語るや『嘯きの桂』を、」 終に語りも終わり、燈り火も消され、僧侶は暗闇に解けていった。 闇世の中、桂は気づいたであろう。この夜もまた虚構であると、

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虚構の夜

自慢の純文学で競いませんか?

 久しぶりです。新野楓衣です。  本大会の概要の投稿原稿はもう出来たので、投稿する日を予め公表しておきます。  投稿日は六月一日です。その日に概要、参加者、審査員をまとめて掲載したいと思います。  あと、ついでにこの場を借りて審査員を募集します。 希望者は連絡ください。  また、概要投稿日に執筆する人、審査する人はお手数をお掛けしますがもう一度その意を表明して下さい。                      以上、新野楓衣でした。

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自慢の純文学で競いませんか?

第一回NSS『桜は永遠に知らず』

 いつからだろう、貴方が狂ってしまったのは。  どうしてだろう、そうなってしまったのは。  そう何度も私は自問自答し続けた。別に貴方が悪いのではない、また、当然私も悪くはない。  「貴方は元々狂っていた」と言えば語弊が生まれるが、例年ではいつもの時期に、いつものように狂っていたのだ。  もしかすると、貴方が現れ始めるその日まで、ただ私たちが生きるこの世界が迷ってしまったことが要因なのかも知れない。  しかし、これは私の持論でしかないので本当かどうかさへ知ることはできない。  私はいつかあの日のままのありのままのあなたにまた出会う、告げることが出来る、そんな夢を今でもたまに見ることがある。  もう、迷うことはないから、もう、狂わせることはないから、どうか、どうか、返って来てくれませんか。  貴方は言ったでしょう。 「光刺す方で夢を見なさい」と  私はもう何度も何度も見ました。そして、飽き足らず何度も想い馳せました。もう、十分でしょう。  私は全てを受け止めます。たとへ貴方が狂い咲こうと、迷い咲こうと、どうか私の元へ返り咲いて下さい。  「貴方はまだ私の想いは知らないのだから」

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第一回NSS『桜は永遠に知らず』

自慢の純文学で競いませんか?

初見の方ははじめまして、新野楓衣です。  誠に勝手ながら六月十五日から第一回ノベリ川賞選考大会を開催することを考えております。  ですが、先にある程度参加したい人を把握しておきたいので出来ればコメントに参加したいかどうか連絡下さい。  本大会は純文学限定で行いたいと考えていますので御理解ください。 また、ここでの純文学を •自己の感情や考えを深く見つめ直すことができる。 •一度読んで終わりではなく、読むたびに新しい発見がある。 •言葉の美しさや文体を楽しむことができる。 大きくこの三点とします。 詳細は後ほどお伝えしますのでご安心下さい。 また、何かありましたら遠慮なくお聞き下さい。

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自慢の純文学で競いませんか?

ブレーメン

 ひっそり暮らす強盗どもは突如家をロバどもに奪われた。ロバは猟犬、猫、雄鶏とともに、見ず知らずの者を追い出したのである。−その話は今更しなくても良いだろう。ただ、追い出したのち、その家に住み続けたロバをはじめ同士のものどもはどういう運命に逢着したか、それを話すことは必要である。なぜと言えば童話は全然このことは話していない。  いや、話していないどころか、あたかもロバどもはブレーメンへ行かず、その家で太平無事な生涯でも送ったかのように装っている。  しかし、それは偽りである。そのままブレーメンで音楽をやらずに居続けたロバどもは、これまで四匹の中でも長老の猟犬に食を任せっきりであったがその猟犬はとうとう死んでしまった。残る三匹の中狩猟が出来そうな猫に頼むも寄る年並みで俊敏性の乏しい猫であるので到底狩猟は出来ない。じきに食うものに困るようになり、一番手頃な雄鶏を喰い殺してしまった。しかも、しばらくして猟犬の次に老いていた猫が死に、ロバは一人ブレーメンへ行く他なくなり、ちょうど居合わせていた主人に捕らえられ、あえなく、餓死したのである。童話のみしか知らない読者はこういう彼らの運命に怪訝の念を持つかもしれない。が、これは事実である。寸毫も疑いのない事実である。  ロバは何を言おう、音楽家になる為ではなく己の命のために主人の家から逃げ、ブレーメンへ行こうとしたのだから格別盗んだ家を後にする理由はなかったのである。それに加え、年老いた猟犬、猫も同じようだ。が、ロバどもと出会う直前までコケコケ鳴いていた雄鶏はたいそうその意思はなかったのだろう。つまり、この話では雄鶏たった一人が音楽をしたかった。が、言い出せず、無念にもロバ、猫に喰い殺されたことになる。  これを知らない読者は始め、ロバどもを虐げた人間や強盗を悪だと決めつけるだろう。が、この話でその視点を排除して再考すると最もの悪人は人間でもなく、強盗でもなく、ロバなのである。  誰が悪で誰が善か。そんなものは聖母マリアでも、ヤハウェでも、ゼウスでも決められない。が、それを決められるのは危険思想である。  

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ブレーメン

第6回N 1 『禁断の逢瀬』

『ランデブー』エントリーナンバー4 腕白くして膩らか、紅玉のごとし, 爪甲春蔥を剪るがごとし。 琴を調ふれば笑み露はれて斜めなり, 人に背きて細に風を挼づ。 鏡に向ひて纖腕を垂れ, 妝ひに臨みて遠通を怕る。 潮温かにして行き稀に得、 曾て花を折る中に見る。           『香奩集』手を詠ずより一節  天慶2年、弥生の晦にございます。 上達部になられた藤原朝臣良房は時の左大臣によって常陸の国府に任じられました。当時常陸、下総、といえばかの有名な平将門が関東一帯に猛威を振るっているという噂ですから誰もそんなところには行きたくないのでございます。されど、良房は業に熱心に御ありですから妻子など気にせず、迷うことなく引き受けたのでありました。 そして一通り県召の除目を終え、出立の時、東門にて、 「いってらっしゃいませ御父上様!!」 とよわい七つの若君が 「いってらっしゃい」 と心配そうに妻が それに男は 「あぁ、行って参る。そんなに心配するでない。身が危なくなったらいつでも帰ってくるよう上からも伝えられておる故。」 と優しく二人を抱き寄せた。 そうして相模へ馬を走らせた。常陸までは案外整備されていた為比較的容易な旅であった。 「もうすぐ相模にございます。」 と連れのものが申した。 「ああ、やっとであるか。」 ただただ変わらない山路に飽きてきた頃、ようやく関所につき、手続き諸々終え、もう夜半近くであったので今日ばかり近くの宿に泊まった。 何とも言えぬ良い宿であった。 夜明けの日が東に昇るころ、先日前司が残した仕事が少しばかりあると知らせを受けた為、男達一行は宿から少し離れた常陸国府へ向かいました。 「ここが常陸の国府であるか。」 男は馬を降り、しばし、門の佇まいを眺めました。京のように煌びやかで美しくはないが質素ながら無骨に趣がある良い佇まいである。 門をくぐり、中へ入ると奥から一人何やらやってきた。 「藤原朝臣良房殿でありますな?よくぞお越しくださいました。国府の役人、三浦芳光であります。私が前司との引き継ぎの助手をさせていただきます。」 彼は少々小柄で細身であるが何処かそう思わせない風貌があった。 「ああ、御頼み申す。」 と男は仕事場の席に座った。 するとしばらくしないうちに芳光は両手に有り余るほどの書類を持ってきた。 「これが例の残りにございます。」 男はこの光景に目を疑い、咄嗟に 「少々とばかり聞いていた故、これほどまでとは、」 彼はいたって真面目に 「ええ、少々でございます。」 と言って言い返す程なくしてソソクサと何処かへ行ってしまった。 しかしながら、受け負ったものである以上、男はやるしかないのであった。その仕事の内容はというと民の悩み事を聞き、それに対して何か改善策を伝え、後に役人が手助けをするというものであった。男はただ聞くだけであったがそれが何百もあるのでたまったものではありません。 そうして、そんな日々が過ぎていき、卯月の十四日、やっと残り一人になったころある凛々しく麗しい女がやってきた。 「至極お待たせ申した。最後の方。」 疲れ果てた様子でそう呼ぶと 彼女は男の前に歩み寄り、深く頭を下げ、ものすごい剣幕で、 「お願いがございます!!」 彼女の目は真剣で何処か切り詰めた雰囲気を漂わせている。 「…………何なりと申してみよ。」 彼女の瞳は湖畔のような澄んだ瞳から徐々にドス黒くなっていった。まるで底のない闇を見ているようであった。 「証拠にございます!!」 そう言ってまた急に文を叩き出した。 「何故そのように慌てておる。しっかり申しなされ。」 と男は彼女を落ち着かせた。 「なんの騒ぎであるか?」 奥からいつぞやの三浦がやってきた。実は今日まで彼は一度もここに現れなかったのだ。 そして彼女は彼を見た途端、表情を曇らせ、男に密かに文を渡し、 「なんでもありません。申し訳ございませんでした。」 そう言って国府を去っていった。 「なんだったんでしょうな」 三浦は卑しげであった。 「……ええ、」 そんな日の夜、男は彼女から貰った文を床に着く前読んだ。 “”今朝はあのように訳もわからぬ発言をしてしまい申し訳ございません。これも全てあの三浦に悟られない為にございます。“” 男はこれ以上読むと何かとんでもないことに巻き込まれるかもしれないことを感じながらも止めることはなかった。 “”ここに住んでいる常陸の民の大半は桓武平氏一族であります。知っていると思いますがここ一体を平将門公が手中に納めようとしておりますので我々は長月の十六夜貴方の国府を襲撃致します。その為、今後残り三月の間貴方様が如何なさるか考えなさってください。もし私と話があるなら望月が男体山と女体山の間にきた頃、筑波山の麓にある桜の木に来てください。“” そして証拠として渡されたものにはこう書いてあった。 “”少々乱暴なことをしてすまなかった。平将門である。先程使わしたものから聞いておるであろう。我ら桓武平氏は常陸国府を長月に襲撃致す。別に其方には恨みはないどちらかというと三浦含む前司と関わりがあるものにある。奴らは前司と親しい仲でそれを頼みにしてこの民の女どもの体を貪り、さらには農民から膨大な租税を上の意図なくして徴収した畜生である。それ故、其方には奴等を率いる三浦をどうか我らの策に導くようお願いしたい。では、御頼み申す。“” 男はこんなことは京での単なる噂ごとだろうとたかを括っていたが、どうやら本当だと思い始めた。とりあえずその日は大人しく寝ることにした。 翌日、男はどうしてもどうするか決めかねていたので今宵一人行くことにした。 男は月の光を頼りに筑波の麓へ馬を走らせた。 時刻は夜更け、空には望月が静かに輝き、山の稜線に溶け込んでいる。風が梢を揺らし、耳元で囁く。 やがて桜の木が見えてきた。薄桃色の花弁が月光を浴び淡く夜の闇に浮かんでいる。 その下に一人の女が月に手を差し出して静かに佇んでいた。 その手は白く、滑らかで紅玉のように美しい。整えられた細く美しいその指は春の蔥を切ったようである。 そうして彼女の指に見惚れていると彼女はこちらに振り向き、 「お待ちしておりました。良房殿。」 彼女は深く頭を下げた。 「其方が将門公の使者であることは重々承知している。しかし、何故私をここへ呼んだのか、改めて聞かせてもらおう。」 男が静かに問うと、彼女は息ひとつ吐き、静かに口を開いた。 「先日申し上げた通り、常陸国府は腐敗しております。三浦芳光をはじめとする役人たちは、己の欲のために民を苦しめております。たとえ、京に報せたところで、奴らは賄賂を使い、事実を歪めるでしょう。」 「……つまり、将門公の挙兵は、これを正すためだと?」 「はい。しかし、それだけではありません。将門公はただの反乱者ではないのです。彼はこの関東一帯の民を守るため、京とは異なる、新たな秩序を築こうとしております。」 女の瞳には揺るぎない信念が宿っていた。 しかし、男はすぐには返答できなかった。 「……私に何をしろと言うのだ。」 「貴方様は、京にお帰りください。」 「何?」 「私たちの中に国府の役人強いては朝廷諸共消し去りたいという一派がいるのであります。その為、貴方様を国府に残したままでは、貴方様もまた奴らの手先と見なされるでしょう。しかし、もし貴方様を京に送り、役職を解かせることができれば、貴方様はひとまずその派閥にとって敵ではなくなるかもしれない。」 男はしばし黙考した。 「……私を送還したとしても、それではそなた達には私は何も手助けできぬ。考え得る私にできることは、事実を記した文を京へ送ることだけだ。それだけでもして良いか?」 女は少しの間、考え込んだ。そして、ゆっくりと頷いた。 「いいでしょう。将門公の意図が伝われば、それだけで状況は変わるかもしれない。」 「……分かった。だが、一つだけ聞かせてほしい。」 「何でしょう?」 「其方は一体、何者なのだ?」 男は知っていた彼女も桓武平氏一族の一人だということを、そして今宵の逢瀬が最初で最期になることも、 女は微笑を浮かべ、静かに答えた。 「知っているでしょう。私は……桓武平氏です。」 それ以上の言葉はなかった。 夜風が桜の花弁を舞い上げ、二人の間を流れていった。

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第6回N 1 『禁断の逢瀬』

お花見

色めく桜に吹き散る桜。 すれ違う番に羨む心。 人で溢れる桜並木。 どれもこれも春を告げる。 あと幾度見られるだろうか。 2025年4月25日17時30分、高校三年の私は毎年一緒に見に行く友人と学校帰り夜桜を見に行った。 「あーぁ、今年も彼女と見られなかったなぁ〜。」 と急に友人が悔やみ出した。 「何だ、俺とじゃ嫌なのか(笑)?」 「いやぁ、別にそういうわけじゃないんだけど。なぁ、羨ましくないのかあんなの見て。」 そう言いながら出店で苺飴を買っている同年代のカップルを指さした。 「まぁ〜、羨ましくなくはないんだけど。」 「何だ(笑)。お前も羨ましいんじゃん。」 「うるせえよ(笑)」 生意気なので少しどついた。 「しかし、そういうお前はいるんじゃないだろうな?」 友人は『よくぞ聞いてくれた』と言わんばかりの顔をして 「それがさぁ〜、実は去年の夏はいたんだけどさぁ〜今年の一月の初めに振られたんだよ。いい感じだと思ったのになぁ〜。」 今までそのような経験をしたことのない仲だと思っていたのに何だか裏切られたような気がした。 「何だよ(笑)羨ましいのか〜?」 「ちげぇよ。」 「まぁまぁ、そんなこと気にぜず楽しもうよ。もう最後かもしれないんだから。」 合格前提の話だが、二人はそれぞれ遠くの大学へ行く。 「あぁ、そうだな。」 「いやいや、また一緒に見に来れるだろ。来れない範囲じゃあるまい。」 また一緒に見られることを期待し、私達は見納めた。 まだ、夜風は冷たいが春の匂いがする。

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お花見

田海

やわな風に波立たせ 静波寄ずる春田に 髪をなびかす春の君 当たる風は心地良く ただ暖かく慎ましく 薫れる藻の風、潮の風 眼前広がる田園の 水面がキラキラ煌めいて はくてう降り立つこの土地に いつしか行く春感じては 私に宿る春愁よ 去り行く君に春惜しむ

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田海

優しさ

優しさに包まれて その暖かさを知る 温もりに包まれて その掛け替えなさを知る 私は何をみていたのだろう そう思うくらいの後悔を 誰しも何処かに隠してる 何処かに行ってしまった優しさを 今探し求めて呼び止めて これでよかったと思える様に 呼び覚まして慰めて 溶け出す愛を受け止めて いつしかまた手放して 再び満ちて還っても あなたは変わらずいるだろうか 知らず知らずのうちに 氷が溶け出し薄れる様に 大切さに気づきにくくなるから 逃げ出さんよう気をつけて その優しさだけを大事にな

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優しさ

春に具す

ハラリ散りゆく桜木に サラリ撫でる血の香り 浮かぶ花弁鮮やかに 浮かぶ君は今何処 揺れる木々は絶え間なく 私は揺れる絶え間なく 雲間が刺した日の先に 貴方が夢見たその向こう 残りし先におくる先々 薫れる花に枯れる花々 淡雪溶けた春田に 静かに打ちつく春の波 萩の焼け原、春浅し 焼けて乾く袖白雪 鷹化して鳩と為る 突如吹き込む春一番 花冷え晩春蜃気楼 君は勿忘 オキザリス

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春に具す