ブレーメン
ひっそり暮らす強盗どもは突如家をロバどもに奪われた。ロバは猟犬、猫、雄鶏とともに、見ず知らずの者を追い出したのである。−その話は今更しなくても良いだろう。ただ、追い出したのち、その家に住み続けたロバをはじめ同士のものどもはどういう運命に逢着したか、それを話すことは必要である。なぜと言えば童話は全然このことは話していない。
いや、話していないどころか、あたかもロバどもはブレーメンへ行かず、その家で太平無事な生涯でも送ったかのように装っている。
しかし、それは偽りである。そのままブレーメンで音楽をやらずに居続けたロバどもは、これまで四匹の中でも長老の猟犬に食を任せっきりであったがその猟犬はとうとう死んでしまった。残る三匹の中狩猟が出来そうな猫に頼むも寄る年並みで俊敏性の乏しい猫であるので到底狩猟は出来ない。じきに食うものに困るようになり、一番手頃な雄鶏を喰い殺してしまった。しかも、しばらくして猟犬の次に老いていた猫が死に、ロバは一人ブレーメンへ行く他なくなり、ちょうど居合わせていた主人に捕らえられ、あえなく、餓死したのである。童話のみしか知らない読者はこういう彼らの運命に怪訝の念を持つかもしれない。が、これは事実である。寸毫も疑いのない事実である。
ロバは何を言おう、音楽家になる為ではなく己の命のために主人の家から逃げ、ブレーメンへ行こうとしたのだから格別盗んだ家を後にする理由はなかったのである。それに加え、年老いた猟犬、猫も同じようだ。が、ロバどもと出会う直前までコケコケ鳴いていた雄鶏はたいそうその意思はなかったのだろう。つまり、この話では雄鶏たった一人が音楽をしたかった。が、言い出せず、無念にもロバ、猫に喰い殺されたことになる。
これを知らない読者は始め、ロバどもを虐げた人間や強盗を悪だと決めつけるだろう。が、この話でその視点を排除して再考すると最もの悪人は人間でもなく、強盗でもなく、ロバなのである。
誰が悪で誰が善か。そんなものは聖母マリアでも、ヤハウェでも、ゼウスでも決められない。が、それを決められるのは危険思想である。
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カテゴリー: ミステリー
投稿日時: 2025/4/6 5:19
最終編集日時: 2025/4/6 7:10
新野楓衣
初めまして、新野楓衣(あらのふうい)です。趣味は読書とベースで芥川龍之介が好きです。しがない雪国の高校生ですがよろしくお願いします。