るり
7 件の小説SOS
私は落ちている。 ずーっと、どこまで続いているのかも分からない底に向かって落ち続けていた。 周りはパラシュート、グライダーに、ウイングスーツを取り出して安全に滑空している。 そんな中私は何も持っていない。 何も持たず、ものすごい速さで落下し続けている。 このままでは地面に叩きつけられ、見るも無惨な姿になるだろう。 一人だけ、違う。 いつもそうだ。 悪い意味でみんなとは違ってしまう。 もがくのにも疲れてしまって脱力していた。 私は静かに目を閉じて、その瞬間を待った。 ……いやだ、やっぱり地面に叩きつけられるなんて最期。 どうにかして、私も同じようにこの空の旅を楽しみたい。 私は精一杯手を伸ばして叫んだ。 「誰か助けて」 上ずってしまった声。思わず顔を俯かせたくなる。 すると、伸ばした手が暖かい温もりに包まれ、大きな圧に潰されそうだった体がふわりと浮いた。 私はその時ようやく真っ暗な底以外を見た。 あぁ…こんなにも綺麗な空だったなんて。
運命
「はじめまして。」 完璧で、それでいて不自然な笑顔だった。 そのロボットは最新型の人型ロボットで、何から何までこなすことができる。 店の前で話しかけられた時には人間だと勘違いして世間話までしてしまう程にはよく出来ているものだった。 「貴方はもうすぐ死んでしまうでしょう。」 初対面で、ロボットにこんなことを言われて信じられる人間がいるだろうか。 私も例に外れず、思わず顔を顰めていた。 「どういう、ことですか。」 「貴方は永遠に死ぬのです。」 壊れてしまったのかと店から離れようとした時、腕を掴まれた。 ロボットに、ではなく知らない人間に、だ。 ますます意味がわからない。 「やっと見つけた。」 荒い息をした男はロボットの前に立った。 「この子は死なせない。」 初対面の男にそんなことを言われるのは謎だ。 しかしどこか底知れぬ懐かしさと、彼から伝わる必死さが私の心を動かしていた。 「この運命は定められています。」 ロボットが話す。冷たい言葉、温度の無い。 命を持たないから余計にそう感じるのかもしれない。 「なら、運命を狂わせよう。何度でも。」 彼はそう言った。 …………何度でも?
幼なじみ
真面目で、正直で、素直で、いい子にする。 そうすれば嫌われることなく、手のかからない子だと褒められる。 その為にずっと演じてきたのだが、分からなくなってきていた。 誰のためにそんなことをしているのか、親、友人、はたまた自分か。 眉をひそめて映画のオープニングをただ見ていた。 誰が主人公で、どういう話か全く聞いていなかった。 ただこれも演じることで成り立っている。それが仕事と言われればそれまでだが。 結局はみんな演じているのだ。 そんな思考に陥っていると私の隣に座っていた幼なじみが頬をつついてきた。 「すっごい顔。」 私はむっとしてポップコーンを頬張る間抜けな顔をした幼なじみを見た。 こんな顔を見ていると心底どうでも良くなってくる。 「失礼だな、そっちこそ変な顔してるくせに。」 頬にポップコーンを詰め込んだ顔を見て素直に言葉が出てきた。 何も遠慮せず、何も飾らない言葉。 …人間ずっと演じ続けるなんて無理なのかもしれない。 少なくともこいつの前では関係ないな、と私はポップコーンをひとつ手に取った。
甘い誘惑
出来たてのアップルパイの香りがする。 ……まただ。彼はまた私を誘惑してくる。 私はできるだけ視界に入れないようにそっぽを向いていた。 「さ、できたよ、アップルパイ。」 目の前に差し出されたのは黄金色に輝くアップルパイ。格子状に編まれたパイ生地の隙間からはほんのりと赤みを帯びたりんごが覗いている。 鼻腔をくすぐる甘いりんごとシナモンの香りはダイエット中の私にはとても辛い。 彼はいつも頑張ろうとすると美味しそうなものを作ってくる。 断ろうとすると大袈裟にしょげてみせる。無意識か意図的かは分からないがそのせいで断れない。 だが心を鬼にして私は目を逸らした。 「美味しそうだけど今はいいかな。」 曖昧な返事で濁していると案の定彼はあからさまにしょんぼりした。眉を八の字に下げ、目線を下に落とす。 「せっかく、君のために作ったのに。」 彼は大きな体を小さく縮こませるようにしている。 「しょ、しょうがないな。一口だけ。」 ぱぁっ、と顔を輝かせて彼はアップルパイを差し出した。 甘酸っぱいリンゴにシナモンの優しい香り、バターがたっぷり使われたパイ生地……呆気なく可愛いアップルパイは私の腹に消えた。 口に残る甘い香りに私の罪悪感は募る。 目の前の彼はと言うと満足そうに、とびきりの笑顔でこちらを見つめていた。 きっと私はアップルパイが美味しそうだから食べてしまうだけではない。この笑顔が見たくて食べてしまうのだ。 とにかく、私はこれからもこの甘い誘惑に勝てそうにない。
星空
夜の闇は飲み込まれてしまいそうで怖い。 だから私はいつも下を向いて歩いていた。 ある日どこからか君の声が聞こえてふと空を見あげたら、無数の星が輝いていた。 今まで見ようともしなかったものはこんなにも美しいのか。 小さな光が、何光年も前の光が、今の私達を照らしている。 たくさんの星が列をなして形作られたそれは唯一無二だ。 夜は美しいものだったのかもしれない。 君は、私が怖がっていた夜を美しいものだと気づかせてくれた。 そして、君を亡くして下を向いていた私に光をくれた。
メモリ
君の記憶の中に何か一つでも私に関する記憶が残ればいいと願う。 たとえ何度君の記憶が消えようとも欲を言えばわたしの記憶は残っていて欲しい。 でもそんなことは叶わないから。 何度でも君の元を尋ねる。自己紹介を重ねて私を知ってもらおう。 今日より明日、明日より明後日、思い出を作ろう。 そうすればいつかまだ寝ぼけた瞳を擦って「“また”来たの?」って呆れたように笑って言ってくれるかもしれない。 だから、私は何度も君と出会う。 寝たら記憶の無くなってしまう君のために。
美しい君と
真夏の陽射しは容赦なくアスファルトを照らした。家から出て数分、少し歩いただけでシャツが体に張り付く。汗が背中を流れる感覚に思わず顔を顰めていると、近所の犬から吠えられた。 他のご近所さんには甘えたように擦り寄っていく愛くるしい小型犬のはずが私の前だと凶暴化してしまうらしい。 いつもの事に特に気にすることもなく通り過ぎ、バス停のベンチに腰を下ろした。ここは屋根付きベンチなだけマシだが、熱は身体から離れてくれない。 手で軽く仰ぎながら住宅街を眺める。朝早くから走り回るサラリーマン、髪を整えながら歩く女子校生、散歩に出かけているおじいちゃん。どうしようもなく平和で代わり映えのない日常を生きる人々。 何もかもが平凡以下の私、柳田りこだがこの人達とは違うことが一つだけ。それはこの地球の秘密を知るほんのひと握りの人間であるということ。 この世界の秘密。 それは一般人に知らされていない生き物が存在するということだ。それを管理する職員が私である。 特定異形生物、特異はある日突然観測された。 初めての個体は01として記録されている。虎と同じくらいの大きさで、翼と鋭い牙を持つ攻撃力の高い個体。 そこからどんどんと見つかっていく。獣人のような人型のものから動物のようなものまで。一般的に生きているものとの違いは微小であるが公開されてしまうと世間に混乱を招いてしまうので管理されているのだ。 特定生物保護センターという表向きの名前を掲げ、捕獲から管理、実験までを行う。 戦闘に向いている職員は特別なスーツや武器を扱い、人々の平和を守っている。 ……なんて、大層なことを言ったが私なんて下っ端の下っ端である。重要度の低い、一般的な動物とさほど変わりのない曖昧な者達の世話役だ。 ようやくやってきたバスに乗り込むと冷たい風が頬を撫でた。あまりの気持ちの良さに目を瞑ってしまおうと思っているとポケットに入れていたスマホが震えた。 画面を見ると上司からの連絡が来ていた。 私は下っ端の中でも仕事が出来ないので担当はコロコロと変わってしまう。うさぎのように大人しく可愛ければいいのだけれど、たまに狂暴で噛まれることもある。正直、恐怖が大きい。 不安が胸を覆い尽くす前に私は目を閉じて、シートに体を預けた。 次に目を覚ますと、そこは管理局だった。何重もの検査や確認を通り抜け、監獄のような場所に出る。 冷たい檻の中に入れられた特異たちが私の事を目で追う。恐らく餌かなにかだと思われているのだろう。 上司からの命令で今日はこの、巨大猫に長い爬虫類のしっぽをつけたような子の管理だそうだ。 血の採血に、午後からも実験尽くし。かわいそうに、と優しく近づいてみる。案外この子と打ち解けられたりして、そしたら私も他の人とは違うと思えるのに。 そんな下心が見えたのか見事に噛まれてしまった。かなり痛い。 それからは関係が修復せず、採血もろくにできずに終わった。先輩からは呆れたような目で見られる。上司からも怒られて、色んな場所の清掃をさせられた。 噛まれた場所の手当なんてする暇もなく奔走し、アドレナリンがでていたからか私は手の異常に気づけなかった。 やっと座って休憩した途端、手の激痛に椅子から転がり落ちた。 赤黒く腫れてしまっていた。思わぬ痛みに涙が止まらない。大人にもなってみっともない、なんて言われても仕方がないくらいにはぐちゃぐちゃな顔だっただろう。 痛みももちろんだが自分の不甲斐なさにより心が抉られた。 這い出でるように休憩室を出て救護室へ向かう。 「お、おい、大丈夫か?」 どこからか聞こえてきた声に辺りを見渡すも、人影は見えない。どうやら幻聴まで聞こえてきたようだと歩き出そうとすると裾を引っ張られた。 振り返って腰の当たりを見ると小さな少年が私の服を掴んでいた。 ぴょこぴょこ跳ねている金糸の隙間から見える小さな角と白い病院服のような格好から特異だと分かる。だが、見上げてくる大きな翠の瞳に長いまつ毛、血色のいい肌に唇は西洋人形のように綺麗だった。 「ぁ、手が大変だな。治してやる。」 小さな手が私の手に触れたかと思うと、淡く、暖かく輝いて綺麗さっぱり傷が癒えた。 「治った、の?あ、ありがとう。坊やはどこの子?なんで牢の外に。」 混乱して舌が回らない。この子は一体なんなのか。 少年は礼を言われて得意げな顔をしていたが直ぐに目を見開いて口に手を当てた。 「しーっ、だぞ!俺のことは絶対秘密だ。絶対だぞ。」 「分かった。」 私が返事をすると満足そうに頷いて走り去ってしまった。 綺麗だった、とても。私が見てきた特異とは全く違っていた。人型のものは希少性が高いからお目にかかる機会はほぼない。 人型は知能的、従順で管理がしやすいというのもあるが。 私は綺麗になった手を包み込むようにしてまた、清掃活動に励んだ。