おまめ

8 件の小説
Profile picture

おまめ

初めまして、おまめです 私の小説は恋愛小説がベースになります。儚い愛の美しさを表現できるように日々努力していきます もしよければ私の小説に一度目を通してみてください

君が遺したスクリーンの向こう側

身を覚ました時、私の世界には何もなかった。 天井の白さも、漂う消毒液の匂いも、自分の名前さえも、頭のあちこちに開いた深い空白に吸い込まれて消えていた。医師や看護師たちは、私が「大事故から奇跡的に生還した」と言い、数年間の昏睡状態から目覚めたことを涙ぐみながら喜んでくれた。けれど、鏡に映る自分の顔を見ても、そこに誰の人生が宿っているのか、私にはさっぱり分からなかった。 退院して、用意されていた小さなアパートの部屋で暮らし始めても、現実感は一向に湧かなかった。私は事故に遭ったことすら、長い間眠っていたということすら、実感として捉えることができずにいた。過去を失った私の毎日は、まるでインクの切れたペンで白い紙をなぞるような、手応えのない日々の繰り返しだった。 そんなある日、部屋の引き出しの奥から、一台のスマートフォンが出てきた。 それは、画面に細かなひび割れが走った、少し古い機種だった。誰のものかも分からない。けれど、充電器を繋いで電源ボタンを長押しすると、画面は静かに光を放ち、起動した。 『システムを起動します。ユーザーの音声、または顔認証が必要です』 画面の向こうから聞こえてきたのは、合成された、酷く無機質で平坦な女性の「声」だった。スマートフォンの最新OSに搭載されている、高度な対話型AI。それは、私の顔をカメラで捉えると、一瞬の処理の後にこう告げた。 『未登録のユーザー、またはデータ不一致を確認。ゲストモードで起動します』 「あの、これ、誰のスマホか分かる?」 私は、すがるような想いで、その冷たい音声に向かって問いかけた。過去を失った私にとって、それは唯一の、外の世界との繋がりになり得るものだったから。 AIは、一切の感情を排したテンポで答えた。 『本端末の本来の所有者は、【佐藤真斗】。現在は、特定のプログラムに基づき、データの一部が解放されています』 サトウマナト。その名前に、私の心はピクリとも動かなかった。全く知らない名前のはずだった。 「その人、今はどこにいるの? 連絡を取りたいんだけど」 『その要求には応じられません』 AIの答えは即座だった。少しの迷いも、含みもない。 『元の持ち主である佐藤真斗は、202X年、死亡しています。生存のデータは存在しません。したがって、連絡を取る手段は地球上に存在しません』 死亡。冷たく突きつけられたその事実に、私は言葉を失った。 「そう、なんだ……亡くなってるんだ」 『肯定。彼はもう存在しません』 無慈悲なほどに割り切ったAIの声。けれど、AIが語るその「真斗」という人物の断片的なデータ――過去の行動ログや、メモ帳に残された言葉、彼が好んで聴いていた音楽の履歴――に、私は奇妙なほど惹かれていった。 彼は、酷く不器用な人だったらしい。 AIに「彼はどんな人だったの?」と尋ねると、AIはプライバシーの保護をすり抜けるように、客観的なデータだけを教えてくれた。 『彼は、毎晩午前二時を過ぎると、決まって【元気が出る言葉】や【大切な人を笑顔にする方法】というワードを検索していました。自己肯定感が低く、他人に頼るのが苦手な傾向が見られます』 『また、カレンダーの特定の日付には、ただ【幸せ】とだけ入力されたリマインダーが設定されていました』 「ふふ、変な人」 私は、画面に向かって小さく笑った。顔も知らない、もうこの世にいない佐藤真斗という男性。けれど、彼の残した足跡を辿るたびに、私の胸の奥に不思議な温もりが灯るのを感じていた。彼はきっと、誰かを必死に、そしてとても不器用に愛そうとしていた人なのだろう。 私は毎晩のように、その冷たいAIと対話を重ねた。 彼が聴いていたプレイリストの曲を部屋に流し、彼が残した短い文章を読んだ。 『想い出は、失われるから美しいのではない。君の記憶の中に残り続けるから、永遠になるんだ』 彼のメモ帳に残されていた、その一文。 「思う」ではなく「想う」。相手を心に留めるためのその漢字が使われているのを見て、私の胸は激しく揺さぶられた。私はいつの間にか、そのスクリーンの向こう側にいる、もう会うことの叶わない「彼」に対して、深い恋心を抱き始めていた。 「ねえ、真斗さんは、よくどこに行っていたの?」 ある週末、私はスマートフォンに向かって問いかけた。 『位置情報の履歴を解析。彼は、ここから電車で三十分ほどの場所にある臨海公園の、北側にあるベンチに最も多く滞在していました。平均滞在時間は二時間十四分。滞在時の心拍数は、通常時よりやや上昇傾向にありました』 「そこへ行けば、彼のことがもっと分かるかな」 『私はただのAIです。精神的な理解についての保証はできませんが、位置データの追体験は可能です』 相変わらず冷たいAIの案内に従い、私は家を出た。 電車に揺られ、初めて訪れるはずの街並みを歩く。けれど、駅から公園へと続く坂道を登っている時、奇妙な違和感が私を襲った。 (あれ……私、この海の匂いを知っている?) 公園に入り、AIの指示通りに北側のベンチへと向かう。視界が開け、目の前に真っ青な海が広がった。その瞬間、頭の奥でパチリと、小さな火花が弾けたような感覚があった。 「ここ……?」 『肯定。まさにそのベンチです。彼はそこで、よくカメラを起動していました』 ベンチに腰掛け、海を見つめる。その時、視界の端に大きな「総合病院」の建物が映り込んだ。海を臨む高台に建てられた、白い大きな病院。それを見た瞬間、私の鼓動が激しく跳ね上がった。 頭の中に、冷たい、無機質な音が響く。 ――ピー、ピー、ピー、という、心電図の音。 「嫌だ……何、これ……」 私は頭を抱えて蹲った。脳裏に、激しい光と、鼓動を引き裂くような衝撃音が蘇る。車のブレーキの音、砕け散るガラス。そして、誰かが私の名前を叫ぶ声。 『真斗さん……!』 私は叫んでいた。会ったこともないはずの、スマートフォンの持ち主の名前を。 「何で……私、彼の名前を、知ってるの……?」 息を荒くしながら、スマートフォンに問いかける。画面の向こうのAIは、私の混乱などどこ吹く風で、ただ淡々と、冷酷な事実を告げた。 『ユーザーの生体反応、および音声パターンを照合。エラーを修正します。ゲストモードを解除。本端末の真の所有者は佐藤真斗。そして、現在端末を保持しているあなたの登録名は――【水瀬夢羅(みなせゆら)】。佐藤真斗の交際相手です』 世界が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくようだった。 『過去のデータを開放します。あなたたちは数年前、悲惨な交通事故に遭いました。佐藤真斗はあなたを庇い、現場で死亡。あなたは脳死寸前の植物状態となり、数年間をあの白い病院で過ごしました』 AIの音声は、どこまでも残酷だった。 『あなたは、彼を失ったショックと数年間の昏睡により、自己の記憶を完全に防衛・消去していたと推測されます。あなたが恋をしていた【佐藤真斗】は、あなた自身の、かつての最愛の恋人です』 「嘘……嘘よ……!」 涙が、堰を切ったように溢れ出してきた。 そうだ。私は、拾い主なんかじゃなかった。これは私のスマートフォンで、あの不器用な検索履歴も、不器用なメモも、すべて、すべて、私に向けられたものだったのだ。 高校生の時、文化祭の舞台の上で大コケした私を、笑いながら助けてくれたこと。 さぼりがちだった私を、いつも気にかけてくれたこと。 よく晴れた日曜日の午後に、二人でくだらない話をしながら笑い合ったこと。 そのすべてが、津波のように私の脳内に押し寄せてきた。 「真斗……真斗……!」 私はベンチで声を上げて泣いた。 思い出した。私は彼を、狂おしいほどに愛していた。そして、彼も私を、命をかけて愛してくれていた。 けれど、彼が私を遺してこの世を去ってしまったという冷酷な事実だけが、今、私の目の前に突きつけられていた。 3. スクリーンの向こう側 部屋に戻った私は、暗闇の中でただスマートフォンを見つめていた。 記憶はすべて戻った。戻ってしまった。 記憶を失っていた時は、彼の死を「他人の不幸」として受け止めることができた。けれど、今の私には、彼のいないこの世界が、息をするのも苦しいほどの地獄に思えた。 「何のために、私は目を覚ましたの……?」 彼がいない世界で、私一人だけが生き残って、何の意味があるというのだろう。 私の心は、急速に闇へと傾いていった。 彼が私を庇って死んだのなら、私の命は彼のものだ。彼がいない場所で、一人で生きていくなんて耐えられない。 「今、行くね……真斗」 私はベランダの手すりに手をかけた。夜風が髪を揺らす。ここから飛び降りれば、彼のいる場所へ行けるだろうか。もう一度、あの優しい笑顔に会えるだろうか。 その時、部屋の中に置いてあったスマートフォンが、突如として激しいアラーム音を鳴り響かせた。 『警告。警告。本日、五月二十五日、午前零時を検知』 無機質なAIの声が、静まり返った部屋に響き渡る。 『カレンダーの登録イベントを起動します。本日は、所有者・佐藤真斗、および水瀬夢羅の、交際五周年記念日です。指定されたプログラムを実行します』 「え……?」 私は足を止め、部屋の中を振り返った。 スマートフォンの画面が、これまでにないほど眩しく発光していた。そして、AIの冷たい声の後、スクリーンの向こうから、聞き覚えのある、けれどもう二度と聞けないはずの、愛しい声が流れてきた。 『あー、あー。これ、ちゃんと撮れてる?』 画面の中で、真斗が照れくさそうに笑っていた。事故に遭う数日前、彼が自撮りモードで録画した動画だった。背景は、あの臨海公園のベンチだ。 『夢羅、五周年の記念日おめでとう。まあ、これを見てるってことは、予定通り五年目の記念日を一緒に迎えて、俺がサプライズでこの動画を見せてる頃だと思うんだけど……』 真斗は画面の向こうの私を見つめるように、優しい目で語りかけていた。 『もしさ、万が一、俺たちのどっちかに何かあって、一緒にいられなくなってたとしても……俺は、この動画が自動で流れるように設定しておいたんだ。ほら、俺って心配性だからさ。特に夢羅は寂しがり屋だし、俺がいないとすぐに泣くだろう?』 涙が、ボロボロと畳の上に落ちていく。 『夢羅、もし俺が隣にいなくなっててもさ、絶望しないでよ。俺が君に遺せるものは、この小さな画面の向こう側の記憶だけかもしれないけど……俺の君への想いは、絶対に死なないから。俺が君を庇ったんだとしたら、それは君に、俺の分までこの綺麗な世界を生きてほしかったからだよ』 動画の中の真斗が、真っ直ぐに私を見つめていた。 『だからさ、泣かないで、前を向いて。俺の想いと一緒に、強く生きて。これが、俺から君への、最後のわがまま。大好きだよ、夢羅』 そこで、動画はぷつりと切れた。 画面は再び、静かな、冷たい光を放つだけのガラスの板に戻った。 AIが、淡々と告げる。 『プログラム、終了。記念日おめでとうございます、水瀬夢羅様』 そのAIの声は、相変わらず無慈悲で、機械的だった。空気を読むこともなく、私の悲しみに寄り添うこともない。ただ、彼に命じられた通りに、その日付が来たから動画を再生しただけ。 けれど、その無慈悲なシステムのおかげで、私は彼の本当の想いを受け取ることができたのだ。 「真斗……ひどいよ……一人でカッコつけてさ……」 私はスマートフォンを胸に抱きしめ、床に崩れ落ちた。 彼は、自分が消えてしまった後の世界のことまで考えて、私にこの動画を遺してくれた。私が絶望して後を追うことすら、見抜いていたのかもしれない。 彼が命をかけて守ってくれたこの命を、私がここで投げ出したら、彼の愛の証明は、すべて無駄になってしまう。 私はベランダの窓を閉めた。 夜風を遮り、彼の温もりが残る部屋の中で、深く息を吸い込む。 4. 終わりの一文 それからの私は、生きることをやめなかった。 彼のいない世界は相変わらず寂しくて、時々胸が張り裂けそうになる。けれど、私の心の中には、彼が命をかけて遺してくれた、あのスクリーンの向こう側の笑顔が、確かに生き続けている。 彼を想う日々は、決して私を縛る鎖ではない。これからを生きていくための、光だ。 視界が霞んでいく。 あれから、本当に長い年月が流れた。私は、彼の分まで、この世界を精一杯生き抜いた。病室のベッドの上、私の命の灯火が、今まさに消えようとしているのを自覚する。 私は、ずっと大切に持っていた、あの古いスマートフォンのメモ機能を開いた。もうAIは起動しないけれど、文字を入力することはできる。 これが、私の選択。これが、私の答え。 『この選択が合っていたとは想わない。君のいない世界を生きるのは、ひどく寂しかったよ。君には、勝手に生き残ってごめんねって、怒られるかもしれないね』 でも、後悔はない。君が遺してくれた私の命、しっかり最後まで全うしたよ。 これが、私の愛の証明。これが、私の遺言。 最後に小さく、誰にも聞こえない声で、私は微笑む。 「あっちで、君の本当の想い、聞かせてよ」 僕だけ――いや、私だけ長くなってしまったこの物語。 スクリーンの向こう側で待つあなたのもとへ、今、ようやく幕を閉じようか。

0
0

尖ったままの足元で

ホワイトボードの前にできる人だかりは、いつも一瞬で弾けて消える。 自分の名前がそこに「ある」と分かった奴らは、引き締まった顔でソックスを上げに部室へと戻り、「なかった」奴らは、声を失ったまま散っていくからだ。 人混みが引いたあとのグラウンドの片隅。俺は一人、静かになったホワイトボードを見上げていた。 上から順に並ぶ、見慣れたスタメンの11人。その下の、サブの欄。 俺の目は、無意識に自分の名前を探して泳ぐ。だけど、視線はどこにも引っかかることなく、ボードの一番下の白い余白へと滑り落ちた。 ――ない。今日も、俺の入る場所はどこにもなかった。 「おい、外周組、行くぞ」 同期の折原が、覇気のない声で俺の肩を叩く。彼の手には、サッカーボールではなく、黄色と赤のクシャクシャになった副審用のフラッグが握られていた。 「おう、すぐ行く」 俺は応えながら、ベンチに腰を下ろしてスパイクの紐を締め直す。 このスパイクは、ちょうど一年前の春、3年になったらトップチームで暴れてやるんだと息巻いて、親に無理を言って買ってもらったものだ。 一年のあいだ、雨の日も風の日も履き続けてきた。アッパーのカンガルー革は、驚くほど俺の足の形に馴染んでいる。どこも当たらないし、どこも痛くない。文字通り、俺の身体の一部みたいにフィットしている。 だけど、ふと足の裏をひっくり返したとき、胸の奥を硬いナイロンブラシでガリガリとしごかれたような痛みが走った。 ソールの裏に並ぶプラスチックのポイントは、驚くほど角が立ち、新品のように白く尖ったままだった。 スタメンの奴らは、激しいスライディングや公式戦の固い土に揉まれて、数ヶ月もすれば「またポイント潰れたわ」と嬉しそうに愚痴をこぼす。部室のゴミ箱には、役目を終えてボロボロになったスパイクがいつも転がっている。彼らにとってスパイクが潰れることは、戦った証であり、勲章だ。 なのに、俺のスパイクは、一年経ってもまだこんなに綺麗だ。 練習試合の副審でタッチライン際を往復するときも、ボール拾いで藪の中に飛び込むときも、このポイントはろくに土を削ることがない。公式戦のピッチの、あの青々とした芝生を噛むことなんて、一度もなかった。 一体、いつになったら、新しいスパイクが必要になるんだろう。 この先、俺がサッカーショップの棚の前で、胸を躍らせながら新しい一足を選ぶ日は、もう来ないんじゃないか。そんな冷めた思考が、夕方の冷気と一緒に足元から這い上がってくる。 ピッチの中央では、監督の鋭いホイッスルが鳴り、Aチームの戦術練習が始まっていた。 「ヘイ!」「裏狙え!」「詰めろ!」 弾けるような激しい声と、質の高いキックの音がグラウンドに響き渡る。一年の頃、スタンドの遥か上から「いつかあの輪に入りたい」と死に物狂いで夢見た、憧れのAチームの景色がそこにあった。 夢は叶った。俺はいま、間違いなくAチームにいる。 だけど、ここは世界で一番孤独な特等席だ。Bチームにいれば、今頃泥だらけになって、泥臭くても、不器用でも、ボールを蹴る「当事者」でいられたかもしれないのに。 「佐野、遅れるぞ」 遠くから折原が呼ぶ声がした。 俺は、尖ったままのポイントで、一歩も走らせてもらえないピッチの土をぐっと踏みしめた。ランニングシューズに履き替える気力すら湧かなくて、俺はその無傷のスパイクのまま、グラウンドの外周へ向かってゆっくりと走り出した。 ピッチの中のきらめきが、背中でどんどん遠くなっていく。 走っても、走っても、ピッチとの距離は1ミリも縮まらなかった。 季節は容赦なく流れていく。 梅雨のジメジメとした空気の中、泥をはね上げながら戦ったインターハイ予選。チームは劇的な逆転劇を繰り返し、ついに本戦への切符を掴み取った。 スタンドから降ってくる何百人もの部員の応援歌。歓喜に沸くベンチ。俺もその輪の中で、声を枯らして飛び跳ねていた。心から勝ってほしいと願っていたのは本当だ。だけど、試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、ふと自分のユニフォームに目を落とすと、驚くほど軽くて、乾いていた。 一歩も走っていないのだから、当然だった。 「おめでとう」とスタメンの肩を叩く自分の手のひらが、どこか余所余所しく浮いているように感じられて仕方がなかった。 夏が過ぎ、うだるような暑さの中で繰り返したリーグ戦でも、俺の居場所はベンチの端に固定されたままだった。 ハーフタイム、冷えたスクイズボトルをスタメンの奴らに手渡す。「サンキュー」と言って一気に飲み干すあいつらの顔には、戦う男の生々しい充実感がみなぎっていた。俺は監督の指示を頭に叩き込み、いつでも行けるように準備をする。けれど、アップエリアでどれだけダッシュを繰り返しても、最後まで監督の目が俺に向けられることはなかった。 そして、高校サッカーのすべて、誰もが命を懸ける「選手権」の季節がやってきた。 冬の空気は澄んでいて、肌を刺すように冷たい。 スタジアムを埋め尽くす観客、ブラスバンドの轟音、テレビカメラの鋭いレンズ。1年の頃、スタンドの端っこでメガホンを叩きながら、「いつか俺もあのピッチに」と胸を熱くした、まさにその舞台にいま、俺はいる。 背番号の入ったユニフォームをまとい、ピッチのすぐ脇、ベンチのシートに深く腰を下ろしている。1年の頃の俺が見たら、羨ましさで目を輝かせるかもしれない。 だけど、ベンチの椅子は、驚くほど冷たかった。 試合が始まれば、ピッチの上は文字通りの戦場だ。同期の奴らが、後輩の天才肌のFWが、泥にまみれ、足を攣らせながらも必死でボールを追っている。 スタンドからは、メンバーに入れなかった残りの100人以上の部員たちが、涙を流しながら声を張り上げている。 俺はその、熱狂の中心と、絶望の底の、「真ん中」にいた。 「勝ってくれ」と祈る。それは本物だ。仲間たちが負ける姿なんて見たくない。 だけど同時に、心の醜い部分が、チクリと俺を刺す。 ――『お前がいなくても、チームは勝つんだぞ』と。 もしこのまま試合が終わったら、俺は心から笑えるだろうか。戦わずに手に入れた勝利に、どんな顔をして涙を流せばいいのだろうか。 試合終了を告げる長いホイッスルが、冬のスタジアムに響き渡った。 抱き合って泣き崩れるスタメンの背中を見つめながら、俺はゆっくりと立ち上がる。 ベンチから一歩を踏み出したとき、足元でかすかにカチリと音がした。 1年間、一度も芝生を噛むことのなかった、尖ったままのスパイクのポイントが、コンクリートの床を虚しく叩いた。 努力すれば、必ず全員が報われるわけじゃない。 この3年間、誰よりも走ってきた自負はある。サボった日なんて一日もない。それでも、神様は俺に最後の1分すら与えてはくれなかった。 これが、俺の高校サッカーの、綺麗事ではない現実だった。 すべての大会が終わり、俺たちの高校サッカーは幕を閉じた。 翌日、誰もいない静まり返った部室で、俺は荷物をまとめていた。 あんなに騒がしかった空間が、嘘のように広い。壁に掛けられたままの作戦ボードも、泥の匂いが染み付いたベンチも、もう俺たちのものではない。 最後に残ったのは、あのスパイクだった。 バッグに入れる前に、もう一度だけ、ソールの裏をひっくり返してみる。 やっぱり、プラスチックのポイントは白く、鋭く、尖ったままだった。 3年間、この足元が激しい歓喜のピッチを駆けることはなかった。俺の努力は、数字にも、記録にも、誰の記憶にも残らないまま、ただここで終わりを迎えた。 「結局、一度も減らなかったな……」 ポツリと溢れた声が、誰もいない部室に寂しく響く。 悔しくないと言えば、大嘘になる。全員が報われるわけじゃない。そんな現実、最初から知っていたつもりだった。だけど、いざ自分がその「報われなかった側」の当事者になってみると、胸の奥に空いた穴は、思った以上に深くて冷たい。 スパイクをゆっくりとエナメルバッグに収め、チャックを閉める。 そのとき、ふと思った。 俺のスパイクのポイントは削れなかった。だけど、この3年間、俺の心は間違いなく削られてきた。 名前のないホワイトボードを見るたびに、外周の冷たい風に吹かれるたびに、バスの窓から仲間を見送るたびに、俺の心はすり減り、傷つき、形を変えてきた。 泥をすすりながら走り続けたあの時間は、決して無駄なんかじゃない。 試合には出られなかった。だけど、俺は途中で投げ出さず、最後の1日まで、Aチームのベンチというあの過酷な場所にしがみつき、戦い抜いた。その事実だけは、誰にも奪えない。 「……よし」 バッグを肩にかけ、部室の照明を消す。 パチリ、と音がして、視界が暗くなった。 部室のドアを開け、外に出る。 夕暮れのグラウンドからは、すでに次の代の後輩たちの、元気な声とボールを蹴る音が響いていた。かつての俺たちがそうだったように、彼らもまた、夢を見て、これから残酷な現実にぶつかっていくのだろう。 俺はもう、あのピッチに戻ることはない。 だけど、この尖ったままのスパイクと一緒に、ボロボロになるまで削り合ってきたこの心があれば、これから先のどんな現実だって、きっと踏み越えていける。 グラウンドに一礼し、俺はゆっくりと校門へ向かって歩き出した。 カチ、カチ、と、アスファルトを叩く無傷のポイントの音が、妙に力強く、俺の背中を押してくれるような気がした。

1
0

一番綺麗な景色

「今日の空はね、吸い込まれそうなくらい深い青だよ。そこに、ちぎった食パンみたいな白い雲がいくつか、のんびり浮かんでる」 放課後の教室で、僕は窓の外の景色を言葉にして、彼女――遥(はるか)に伝えていた。遥は僕の方に顔を向け、少しだけ小首をかしげて、嬉しそうに目を細める。その瞳は澄んでいるけれど、僕の姿を映してはいない。彼女は生まれつき、光をほとんど感じることができない盲目だった。 「ちぎった食パン。ふふ、おいしそうな雲だね、悠介(ゆうすけ)くん」 鈴の鳴るような声で笑う遥の横顔を、僕はいつも見つめていた。高校で同じクラスになってから、僕は気がつけば彼女のことばかりを追いかけていた。誰もが彼女を気遣って一歩引いた態度をとる中で、僕はどうしても彼女の力になりたかったし、何より、その笑顔のそばにいたかった。一言で言えば、僕は遥のことがどうしようもないくらい好きだった。 だから僕は毎日、彼女にアプローチを続けた。他愛のないおしゃべりをして、彼女の手を引いて色々な場所へ出かけた。海の近くの公園へ行ったときは、波の音と潮の匂い、そして頬を撫でる風を言葉にして伝えた。お気に入りのカフェでは、焼き立てのワッフルの甘い香りと、サクサクとした音を一緒に楽しんだ。彼女を危険から守るために繋いだ手の温もりは、いつも僕の心臓の鼓動を狂わせた。 けれど、僕が「好きだ」と想いを口にするたび、遥は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべて、静かに首を振るのだった。 「ありがとう、悠介くん。でも、私は目が見えないから。もし付き合ったりしたら、きっと君の重荷になっちゃう。君の優しさに甘えて、迷惑をかけ続けるわけにはいかないよ」 彼女の拒絶は、僕を嫌っているからではないことのような気がしていた。自分という存在が誰かの負担になることを、彼女は何よりも恐れていた。だから僕は、何度断られても諦めなかった。迷惑だなんて思ったことは一度もない。彼女の目になって、世界にあふれる色彩を、美しさを、全部その心に届けたいと本気で思っていたから。 しかし、遥が頑なに僕を遠ざけようとしていた理由は、それだけではなかった。彼女はその時、もう一つの大きな秘密を一人で抱え込んでいたのだ。彼女の瞳を奪った悪魔は、すでに彼女の体の中で、静かに、確実に彼女を蝕んでいた。 ◆ 季節が変わり始めたある日、遥が学校に来なくなった。一日、二日、一週間。連絡をしても返事はなく、ただ「体調不良による長期欠席」という冷たい事実だけが教室に残された。胸をかきむしるような不安に耐えかねた僕は、担任の先生に必死で頭を下げ、彼女の状況を聞き出した。 そこで告げられた真実は、僕の頭を激しく殴りつけるようなものだった。遥の盲目はがんからきたもので、そのがんはすでに全身に転移を始めて進行し、すでにステージ4に達していること。現在は病院の緩和ケア病棟に入院しており、抗がん剤の強い副作用で体力を奪われ、痩せ細り、外に出ることもままならない状態であること。彼女がこれまで、その苦しみを一切僕に見せず、笑顔で隠し通していたこと。 「どうして……何も言ってくれなかったんだよ……」 僕は学校を飛び出し、夢中で病院へと走った。息を切らし、冷や汗を流しながら、彼女の病室のドアの前に立つ。震える手でドアノブを回し、中へと入った。 白いベッドの上に横たわっていたのは、僕の知っている遥とはまるで別人のように、小さく痩せ細った彼女の姿だった。かつての豊かな髪は抜け落ち、肌は青白く、呼吸をするのさえ苦しそうに肩を上下させている。死の影が、はっきりと彼女の体を包み込んでいた。 ベッドの傍らに駆け寄り、その細い手を握りしめる。僕の気配に気づいた遥は、ゆっくりと目を開けた。その視線は虚空を彷徨い、やがて僕の声の方へと向けられる。彼女の表情に、明らかな動揺が走った。彼女は残された力を振り絞るようにして、僕の手を拒もうと、シーツの中に潜り込もうとした。 「……悠介くん? どうして……どうしてここにいるの……?」 「遥、ごめん、急に来て。でも、君の病気のこと、全部聞いた。どうして隠してたんだよ……!」 遥の目から、大粒の涙がこぼれ落ち、白い枕を濡らしていく。彼女は顔を背け、掠れた声で泣き叫んだ。 「見ないで……! お願いだから、今の私を見ないで、悠介くん……!」 「遥……」 「こんなにボロボロで、髪もなくて、死にそうな私なんて、見せたくなかった……。もし最後になるなら、もっと綺麗な姿で、完璧な姿の私を君の記憶に残したかった……。こんなの、惨めすぎるよ……」 彼女の言葉は、切実な痛みに満ちていた。大好きな人の前では、最後まで美しくいたかったという、少女としてのあまりにも純粋な願い。自分の醜い部分や弱い部分を見せることで、嫌われたくない、幻滅されたくないという恐怖。 僕は、彼女の震える両手をもう一度、壊れ物を扱うように、けれど絶対に離さないという強い意志を込めて、優しく包み込んだ。彼女の涙を指先で拭い、その耳元で、心からの言葉を紡いだ。 「完璧じゃないからこそ、君は誰よりも温かく、愛おしいんだよ」 「え……?」 「目が見えなくたって、病気で髪が抜けたって、そんなの僕が君を好きな理由には、これっぽっちも関係ない。僕が好きなのは、僕のために一生懸命笑ってくれた遥だ。不器用で、傷ついて、それでも必死に生きようとしている君の心が、僕には誰よりも眩しくて、温かいんだ。だから、完璧な姿なんて最初からいらない。今の君の全てが、僕の宝物なんだよ」 僕の言葉を聞いた遥は、しばらく呆然としたように口を微かに開けていたが、やがて堰を切ったように激しく泣きじゃくった。その涙は、先ほどまでの絶望の涙ではなく、頑なだった心が救われた、安堵の涙のように見えた。 ◆ その日を境に、信じられないような奇跡が起きた。 医師さえも驚くほどに、遥の体調が一時的に持ち直したのだ。もちろん、がんが消えたわけではない。医学的には説明のつかない、いわば「神様がくれた最期の時間」だった。少しだけ顔色を取り戻し、体を起こせるようになった遥は、僕の顔を見つめるように言った。本当は見えていないくせに、 「悠介くん。私、ずっと行きたいって言っていた場所があるの。あそこへ連れて行ってくれる?」 それは、以前から二人の日常会話の中で「いつか一緒に行こう」と約束していた、街外れの遊園地にある大きな観覧車だった。 週末、僕は遥を車椅子に乗せて遊園地へと向かった。雲一つない、絵に描いたような秋晴れの日だった。私たちはゆっくりと回る観覧車の、小さなゴンドラへと乗り込んだ。ドアが閉まり、静かに地上を離れていく。閉ざされた二人の空間に、秋の柔らかな陽光が斜めに差し込んできた。 ゴンドラが頂上へと近づくにつれ、窓の外には、夕日に染まる街並みが一望できた。オレンジ色から 紫色のグラデーションへと変わっていく美しい空。遠くに見えるビル群の窓が、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。 「ねえ、悠介くん。今はどんな景色が見える?」 遥が窓の外に顔を向けながら尋ねる。僕は彼女の隣に座り、その小さな肩をそっと抱き寄せた。そして、これまでのどの日よりも丁寧に、目の前の美しさを言葉に換えていった。 「今はね、空全体が燃えるような茜色だよ。街の建物がみんな影になって、シルエットみたいに並んでる。その足元には、少しずつ街灯や車のライトが灯り始めて、まるで地上に星を散りばめたみたいだ。本当に、すごく綺麗だよ」 遥は、じっと窓の外を見つめていた。彼女の目には、物理的な光は届いていないはずだった。けれど、その瞳は確かに、僕の言葉を通じて世界の美しさを捉えているかのように、生き生きと輝いていた。彼女の頭の中で、僕の描いた色彩が、光が、鮮やかに広がっているのが分かった。言葉を超えた心の繋がりが、そこにはあった。 「うん……見えるよ、悠介くん。すごく綺麗……。私、生まれてから今が一番、幸せかもしれない」 遥はそう言って、僕の胸にそっと頭を預けた。そして、小さく息を吸い込んで、消え入りそうな声で微笑んだ。 「私ね、ずっと怖かったの。こんな私のことを、どうして悠介くんはそんなに好きでいてくれるんだろうって。いつか疲れさせてしまうんじゃないかって。神様は不公平で、私から光を奪って、命まで奪おうとしているのに、どうして悠介くんみたいな素敵な人を私の前に連れてきたんだろうって。私、君の運命の相手として、選ばれる資格なんてないって、そう言われてるんだって、ずっと思ってた……」 彼女の告白に、僕は胸が締め付けられる。けれど、彼女の手を握る力にさらに心を込めて、しっかりと告げた。 「遥、大切なのは選ばれることじゃない、愛し続けることなんだ」 「愛し続けること……?」 「誰かに選ばれる資格があるかどうかなんて、どうでもいい。僕が僕の意志で、君に出会えたことを感謝して、君のことをこれから先もずっと愛し続ける。運命が僕たちにどんな結末を用意していようと、僕が君を想う気持ちは変わらない。それだけが、僕にとっての真実なんだよ」 遥は嬉しそうに涙を流しながら、「ありがとう」と何度も繰り返した。観覧車が地上に降り立つ頃、 彼女の表情は、すべての迷いから解放されたように、穏やかで神聖な美しさを湛えていた。 ◆ その奇跡のような日々から、わずか3日後のことだった。遥は眠るように、静かにその歩みを止めた。本当に眠っているかのような、穏やかな最期だった。彼女の枕元には、僕宛ての小さな手紙が残されていた。点字ではなく、彼女が一生懸命、手の感覚だけで震える文字を使って書いた、歪だけれど愛おしい手紙だった。 『悠介くんへ。私の世界に光をくれてありがとう。君が言葉で教えてくれたあの観覧車からの景色は、私の人生で一番綺麗な景色でした。君に愛されて、私は初めて自分の人生を好きになれました。どうか泣かないで。私は君の心の中で、ずっとあの景色を見続けているから』 葬儀が終わり、一人になった部屋で、僕はその手紙を抱きしめて声を上げて泣いた。彼女を失った喪失感は、僕の心に巨大な穴をあけた。けれど、不思議と絶望はなかった。彼女が最期に見せてくれたあの笑顔と、手紙に残された言葉が、僕の心の奥底を温かく照らし続けていたからだ。 僕は、彼女と最初に出会った頃のことを思い出す。当時の僕は、ただ誰かに認められたくて、愛されたくて、自分の孤独を埋めてくれる誰かを求めていただけの、身勝手な人間だったのかもしれない。遥もまた、盲目という孤独の中で、誰かに愛されたいと心の底で願っていたはずだ。 けれど、僕たちは出会い、お互いの不完全さを補い合おうとした。彼女を笑顔にしたいという一念が、僕を突き動かし、彼女の重荷になりたくないという彼女の優しさが、僕をより深い愛へと導いてくれた。傷だらけの二人が寄り添い、お互いを想い抜いた時間は、僕たちの運命を決定的に変えていた。 窓の外を見上げると、あの日遥に伝えたのと同じ、吸い込まれそうな青空が広がっていた。僕はそっと瞳を閉じ、心の中にいる彼女に向かって、語りかけるように呟いた。 「愛されたいと願った心が、誰かを愛する強さに変わる――」 「遥、君が教えてくれたその強さを胸に、僕はこれからも生きていくよ」 僕たちの恋は、世間から見れば悲劇的な結末だったのかもしれない。けれど、僕たちの愛は、決して色褪せることのない永遠の光となった。遥が遺してくれた「誰かを愛する強さ」という最高の贈り物を持って、いつか僕が人生の歩みを止めるその日まで、彼女が教えてくれたこの一番綺麗な景色を、この胸に抱きしめながら 僕は今を歩んでいく

2
0

一番綺麗な遺言の書き方

愛の証明には、二つの方法があると思う。一つは、言葉や形にすること。もう一つはあなた自身の時間を永遠に止めてしまうこと。。。 彼女が残したのは、間違いなく後者だろう。 ▶︎想い出 「ねぇ、遺言ごっこしようよ」 それが彼女の口癖だった。よく晴れた日曜日の午後、彼女はそう言っていたずらっぽく笑っていた。 「縁起でもないなあ」 と僕が言って返すと、彼女は決まって 「一番綺麗な終わり方を決めておけば、今をもっと大事にできるでしょ?」 と、僕にはわからない理屈をならべる。 今想えば「物語」はもう始まっていたのだろう。 ▶︎想い始め 彼女に初めて出会ったのは高校生の時かな、君は休みがちでさぼりがちな生徒だったね。いつからだっけ、僕たちお互いのことを意識し始めたのは、文化祭かな?君は覚えてる? だって君、舞台の上で大コケしたもんね、大丈夫だった?ふふ、思い出すだけでも幸せだよ 、、、、 パタッ 僕はアルバムを閉じる。 「あ、またそれ見てる、そろそろ家事もてつだってくれないかな?」 そう言って掃除機を渡してくる。 「はいはい、やりますよー」 「だめだめ、そこはもっと端まで綺麗にしないと」 「やってるのにー」 「足りてません笑」 彼女が笑いを堪えられず大きな声で笑う。それに釣られて僕も大声で笑ってしまう。お互い笑いきったのか一瞬沈黙が生まれる。ただその沈黙を破ったのもまた彼女だ。 「ねえ、遺言ごっこ、、覚えてる?」 遺言ごっこ、、彼女が考えたゲームだ。それは、遺言を書くだけの単なる遊びだ。彼女曰く一番綺麗な終わり方を決めておけば、今をもっと大事にできるかららしい。よくわからないけど彼女が楽しそうにするから別に嫌いではない。 「いいよ、しよう」 そう言って僕はもう今は古びてしまったノートを取り出す。 「あ、見るのはなしだよ〜、ルールだからね?忘れてない?」 「はいはい、忘れてませんよ」 ただの遊びなのに彼女はそれをなかなか見せてくれない。これは相当恥ずかしいことを書いているんだなあ、僕は知ってるぞ笑 そう思いながら僕は遺言ごっこを書き進める。そろそろ書くネタも無くなってきたなぁと思いつつも自分は子供が欲しい、結婚したい、なんて悠長なことばかりを書き進める。 「もうこんな時間じゃん、ほらほら仕事だよ」 「ほんとだ、じゃあ、ごめん行ってくるね!」 「いってらっしゃい、気をつけるんだよ」 そう言われて笑顔で返して僕は会社へ向かう。行く途中で新しくできたケーキ屋を見つけた。 「帰りに買って帰るか、ケーキ好きだったしな、たしかモンブランだったっけ」 彼女のことを想い出すだけで笑顔が出てくる。今日は早く帰るか そう想いながら仕事をこなす。 もちろん君をね 午後7時、、すこし遅くなったがまだ大丈夫、なぜなら、今日僕にはこれがあるからね、そうモンブラン!喜んでくれるかな。足取りが軽くなる ブー、ブー、ブー 電話かな? 「はい、もしもし」 「落ち着いて聞いてくださいね、奥さんの夢羅さんは、、、交通事故で意識不明の重体です、今すぐ◯◯病院にきて、、、、、、、」 君は、、なんで、、、どうして、、僕は、、、 僕が着いた頃には彼女はもう、歩みを止めていた。 僕1人置いていかないでよ、、 涙が止まらない、ずっと続くと想っていたあの日常が、、彼女を連れて一瞬にして消え去った。 その後数週間、葬式、通夜の記憶はない。全てが無だった。気持ちの整理がついたのは一年後のことだ。 彼女の遅めの遺品整理をしていた。僕が遅いせいでこれ以上彼女の家族に迷惑はかけられない。 彼女の部屋にはたくさんの写真や、日記がある。そこには僕とのことばかり、高校時代のこと、大学時代のこと、結婚した時のこと、、。まるでまだ君がそこにいるかのようにさっそうと散らかった部屋を見つめる。 遺品整理もひと段落がついてきた頃、妙に古びたノートが出てくる。 「遺言ごっこ」 そう書いてある。 忘れていた、忘れかけていた。遺言ごっこ。僕は躊躇いなく彼女とのルールを破る。 「「今日は彼と遺言ごっこをした、我ながら素晴らしいゲームを思いついたと思う。ここには私の行きたいとこ、やりたいことを書きたいと思う!あ、遺言ごっこだもんね、 これを見る頃には私は亡くなっているでしょう、どう!?遺言っぽいでしょ」」 いかにも彼女らしい文章だ。そのまま読み進める。 「今日はあの公園についてかこう、あそこに行きたいな、近いようで遠いんだよね、私、あそこでいっぱい遊びたいな、走り回りたいな、」 そのノートにはびっしり、行きたい場所、したいことが書いてあった。遺言ごっこなのに、遺言感がないんだよな、それも彼女のいいところ 僕は休日、その公園に向かった。近所にある小さな公園だった。それでもどこか懐かしげのあるようなそんな公園だった。 彼女の気持ち、結局全然わかってなかったな、 そう想う。 それからというもの僕は彼女の遺言ごっこに書いてある場所、全てを回ることにした 温泉街、テーマパーク、公園から、灯台にまで いろんなところないった 最初はただの観光地だと想ってた。だけどページをめくればめくるほど、近所の場所ばかりになってきた。最初は北海道から沖縄まで、いろんなところだったのに、あるページからずっとこの周辺ばかり、、何か理由があったようにしか想えない。そう想っていた最中、目に入ったのは総合病院だ。 「いや、ここは違うな」 そういってその日は帰った。 でもやっぱり遺言ごっこの場所を辿れば辿るほど、その病院ばかりが目に入る。意を決して病院に入る。 「すみません、ここに佐藤夢羅という女性がきたことはありますか?」 そう聞くと病院の人が調べてくれた。 「夢羅さんですね、夢羅さんはここで入院していましたよ、彼女のことなら、よく隣で仲良くしていた肥田さんに聞くといいですよ、301号室にいます」 そう言われて僕は301号室にいる肥田さんに会いに行く 「肥田さん初めまして、僕は夢羅さんの夫の佐藤真斗と言います」 「あら、夢羅ちゃんの夫さんか、初めまして」 僕は肥田さんに今までのこと、夢羅が亡くなったこと、遺言ごっこのこと、全てを話した。 「そっか、そこでここに来たんだね」 「はい」 言葉を詰まらせながら 「夢羅ちゃんはね、実は余命があったの、何年かな、忘れたけど、、」 「初めて聞きました。。」 彼女に余命があったなんて初めて知った。 「でも夢羅ちゃん、余命じゃなくて事故で亡くなったんですね、」 色々聞いた、彼女の病院での生活や、どんな人だったか、余命のことも 少しわかった気がする。 その病室の窓からは、彼女が書いたあの場所が一番よく見える部屋だった。 こんなのに気付けない僕は夫失格だな、、 今日はとうとう最終ページ。 海外でも、どこでも行ってあげるよ、 君はどこに行きたいんだい 「これを読む頃には私はきっと亡くなっていると想います。これは遺言ごっこだからとか、そんなんじゃないよ? 私には余命があります。もう長くないです。ごめんね隠してて ここからが本題だよ、 私が死んだら私のことは忘れて、新しい人を探すんだよ、君は寂しがり屋だしね、1人じゃ生きていけないでしょ ほら、早く行くんだよ これでおしまい、大好きだよ」 ここで彼女の遺言ごっこは終わった。 僕は彼女の願いを叶える、、、のか でも僕には君しか、、 ▶︎終わりの一文 視界が霞んでいく中、僕はあの遺言ごっこの最後の白紙に文字を埋める。 「この選択が合っていたとは想わない。君の遺言全部叶えれなくてごめんね、君にはひどく怒られるかもしれないね」 でも、後悔はない。君が遺した物語、しっかり終わらせるよ。 これが僕の証明、これが僕の遺言 最後に小さく、誰にも聞こえない声で僕は笑う。 「あっちで、君の本当の想い、聞かせてよ」 僕だけ長くなってしまったこの物語、そろそろ幕を閉じようか

5
0

あなたという縁

パサッパサッパサ 今日も落ち葉を集める そして桜が寒くならないように布を巻いてあげる また春という縁に出会えるまで温めてあげないとだからね ………… はぁっ なんだ、、今の夢?? 夢にしてはすごくリアルだったな、 まぁいいや、 僕が小さい頃家の近くには小さな森と神社があった。それももう取り壊されて今は森と跡地だけが残っている ▶︎跡地にて 「よし、帰るとするか」 「君、よく見るね」 巫女姿の美しい女性が僕に声をかける 「えぇ、僕はここにくるのが好きなんです」 「ここは素晴らしい場所ですからね」 「そうですよね」 「あなたは本当にわかってらっしゃる」 続けて言う 「そんな君に見てほしいところがあるんです」 そう言われて、僕は興味が湧いた 「そうなんですか?」 時計を確認する 「少しだけなら」 「ありがとう」 彼女は優しく微笑む そんな彼女に連れてこられたのは小さな小さな社殿がある場所だった その上には小さくとも華麗に咲く桜の木があった 「ここは桜なんですね」 「そうなんですよ、この社殿は桜の神様が祀られているんです」 よく見ると小さな立て看板に 「桜彦命?」 「そうですサクラヒコノミコトです」 「それって」 「ご察しの通り、桜の神様として祀られているお方です」 「そう、、なんですね」 この跡地にこんな場所があるなんて、ほぼ毎年来ているのに、、全然知らなかった 「サクラヒコノミコトはね、彼女は桜の花のように美しいことから桜の神様として信仰されているんですよ」 「詳しいんですね」 「それはもちろん、神様に仕える者として当然です」 「ここが好きなんですね」 「好きです。。とても」 僕はそこに咲く桜に見惚れてしまった。 そこに咲く桜はとても、 僕にはとても儚く見えてしまった 「君、名前は?」 「僕ですか?」 「うん、君」 「僕は木上 信弥」 「信弥くん」 「そんなあなたは?」 そう、聞こうと思って振り向いたが、そこには彼女の姿はない。 代わりに綺麗な桜吹雪が舞っていた 「なんだったんだ?」 彼女のことがどうしても気になって僕は春が終わってからも、何度も何度もその社殿を訪れた だが、彼女の姿はない そこにあるのは、春が来るのを待っている桜の木だけ そんなことをしていたらもう桜の季節だ 「今年も行くとするか」 僕はいつもの同じようにあの跡地へ向かう 今年も変わらず、あの社殿にだけ桜が咲いている 手を合わせる 「…!」 一瞬だけ、、彼女の姿が見えた気が、、、した 「気のせい、、か」 そうして今年の参拝は終わった 僕は冬にもう一度だけあの社殿に参拝して、彼女のことは諦めるつもりだった。。 だったはずなのに、 「え、」 その社殿に一足踏み入れた途端、その社殿を取り囲むように桜の花びらが舞い散る、 その社殿一帯がまるで春になったかのように暖かく、明るかった。 「今、、11月だぞ、、」 これは、一体どういう、 「信弥くん」 「巫女さん」 彼女がそこに立っていた 「巫女さん、、これは」 「不思議?」 「そりゃ、そうでしょ、だって今11月だし」 「何も不思議なことはないですよ、だってここは社殿、桜の神様が祀られているんです、ここには神様がいますから」 「神、、、様」 「そうです、神様です」 「…」 「どうですか?落ち着きました?」 「まだ、、状況があまり理解できないと言いますか」 「まぁそれもそうだね」 「ここに来る人は300年振りだもん」 「え?でも巫女さんって」 ビュゴォ 冷たい冬の風が吹く それと同時に彼女の姿は消える 「あの人は、、一体」 その日を境に、 社殿が消えた 周りの友達や、近くに住んでいる人たちに聞いてみたけれど、誰もそんな社殿知らないという だったら、あれは一体 気持ちの整理がつかないまま春になる あの場所に行ったが、やはりあの社殿はない その日を境に僕はあの社殿のことを考えなくなっていた ▶︎15年後 「信弥、こっちにこいよ」 「おう」 僕は登山にハマっていた。 雪山を登るのがたまらなく好きになっていた 今は仲間と共に登るのが好きだ ビビビビビッ スマホがなる 「雪崩、?」 「下山しよう、危険だ」 「そうだね、今日は諦めようか」 下山だ、下山、命が最優先 …… 風が強くなっている 視界が狭くなっていく 気付けば僕は地面に倒れていた 記憶がない だんだんと体温が奪われていく 意識も遠ざかっていく 「ここで、、死ぬのか」 最後にあの巫女さんに会いたかったな 「?」 「巫女さんって、、、誰だ」 思い返してもわからない、 咄嗟に出た言葉だが、巫女さん、、? 誰だそれは、 記憶を辿っても、わからない カランッ 「あれは、、一体」 目の前に社殿が現れる カランッ そこに小さな木が現れる カランッ そこに、、、、 美しい巫女姿の女性が現れる 「信弥くん」 「あ」 あれは、、あの時の、、 僕はなんでこんな大事なこと忘れて 周囲に春の温かい空気になる ゴトッ 意識が飛ぶ 目が覚めるとそこには水面に浮かぶ、社殿があった。そしてあの桜の木が咲いている 「僕は、、どうなって」 そうだ、、巫女さんを、、巫女さんを探さないと 「信弥くん」 巫女さん、、 「ここは、、一体」 「ここは黄泉でもなく、現世でもない間の世界だよ」 「それは」 「このには生も死もない、狭間の世界」 「なぜ僕はそこに」 「私が特別に呼んだのよ」 「あなたは一体」 「私?私はねぇ」 彼女は桜吹雪に包まれる 「私は神様なんだ」 何を言って、 「私は君がよく気にかけていたあの桜の神様だよ」 まだ完全に理解できない 「おっと、その顔は何を言ってるんだーって顔だね」 続けて言う 「君を一目見た時に私は君のこと気に入ったんだよ。覚える?君は桜を守ってくれたよね、私の大事な大事なあの桜を」 全てを思い出す。 かつて、僕はあの社殿の 神主だった 「この記憶は、、一体」 「それは君の前世の記憶、君が守ってくれていたあの神社はもうないよ、でもこうして現世でも巡り合うことができた。それってなんでだと思う?」 「あなたが、、そうさせたから?」 「違うよ、縁だ」 「縁、、?」 「この世は全て縁で繋がれている。知ってた?私って縁結びのご利益があるんだよ?」 想い出した、きっとそれは前世の記憶 「こうして巡り合う縁、山で遭難してしまう縁、生きて帰れるという縁、産まれると言う縁、この世は、この世に起きることは偶然ではなく全てが必然的に縁で結ばれている」 「なぜ僕はないはずの社殿に巡り会え、あなたに会えたんだ?そもそも、なぜ記憶を」 「それは縁だよ!この世に産まれてきた限り全ては必然かのように縁を成していく。君は産まれた時から私と巡り合う縁だったんだよ15年前、まだ子供だった君と私が会えたのは、きっと君とまたこうやって巡り合うための縁だった」 「縁結び、、か」 「君はまだ生きるべきだ、私は君にそう言う縁があると思う」 「でもね、私ね、もう神様じゃいられない」 「なんで、、」 「君はあの時死ぬはずの縁だったんだよ、それを私は助けてしまった、つまり、縁切りしてしまった」 「…そんな、俺のせいで」 「大丈夫だよ死ぬわけじゃないんだから、ただ、、神様って言う肩書きがなくなるだけ」 「でも、、」 「そう言うことだから、みんなの記憶から私という神様が消えるだけ」 「だけじゃないですよ、、僕にとっては大切な神様です」 「君の記憶からは消えないよ、たまにちょっかいかけてやるからね」 そう言いながら微笑む 「じゃあ、君ももうここを出なきゃ、戻らないとねあそこに」 扉が開いている そこには僕の姿が 「いやだ、僕は、、」 「大丈夫、私たちだって強い縁で繋がっているよ」 目が覚めると、そこは病院のベットだった 「信弥、心配したんだぜ、お前、あの時気絶して、もう1週間も寝たきりだったんだからな」 「ごめんね、でももう大丈夫だよ」 窓を覗くとそこには緑に変わった桜の木がたっている 僕だけ知っているあの神様 きっと今もどこかで春に会えるのを待っているのだろう そして僕も、あなたと会える縁を、       春に会える縁を待ち続けている end

1
0

星に還る花

▶︎約束の花火 パァンッ 夜空に大輪の花が咲く 「どうしたの?顔、、赤いよ?」 「君のせいだよ…」 「ん?なんてなんて?もう一回言ってほしいな」 悪戯な顔をする君に僕はもう一度見惚れてしまった 「また来年も見に行こう、再来年もそのまた来年もずっとずっと見に行こう、約束な」 「うん 約束ね」 お互いに指切りを交わした 僕たちには未来がある。この空に舞い上がる花火のように何度でも、何度でも、舞い上がって咲き続ける、散っても再び花が咲く。永遠に そう願っている ▶︎汐恩 「おはよう紗夜」 「おはよう汐恩くん」 朝だ 僕は朝が嫌いだ、だって起きるのがしんどいから でも好きだ。だって紗夜に会えるから 「ちゃんと今日の小テストの勉強した?」 「え!?小テストなんかあるの!?」 毎日する、紗夜との他愛のない話をする時間が僕はものすごく好きだ 要は、僕は紗夜が好きだ 紗夜とは幼稚園からの付き合いだ、もう長くなるなぁ僕たちもう高校生だぜここまで一緒にいるなんてな、嬉しい限りだよ 《今年も約束守ってね》 声がかぶる 「そろっちゃったね」 「そうだな」 「じゃあ今年もあの場所で!」 「そうだね、あの場所にしよう」 あの場所とは、小さな丘の上にある古びたベンチのこと、あそこからは花火が綺麗に見える僕たちだけが知っているスポットなのだ。また今年も君と一緒に過ごせる。 ▶︎紗夜 昨日 おはようを返す 今日 おはようを返す 明日 おはようを返す こんな日々が私はとっても好き 汐恩くんと一緒にいる時間が、しようもない話が、、とっても好き 私は知ってるよ、汐恩くん 君、私のこと好きなんでしょ 早く告白してくれないかなあ、なーんて(笑) きっと君にもバレてるよね 君は私のことすっごくわかってくれるし 隠し事なんかすぐ見つかっちゃうから ▶︎嘘 パァンッ 今年も夜空に大輪の花が咲く。。 綺麗だ 君も、花火も 「来年も行こう」 「、、、、、」 「どうしたの?」 「ううんなんでもない、行こうね」 なぜかわからないけど、約束しずらかった。 その日を境に学校に来なくなった ▶︎翌年 紗夜を見つけた 「さ、、、」 紗夜が大学病院に入って行った 後日紗夜にラインして聞いてみたけど、単なる風邪だという 本当に、僕に嘘が通じるわけがない。 そんな感じじゃないし、大学病院なんて、単なる風邪でいけるところじゃない。 明日は花火の日、 丁度良い、明日直接聞こう 翌日 あの場所で 「紗夜、何か隠してるよな」 「隠してないよー?」 「嘘だ、、、僕わかるから」 「嘘、、は良くない?」 「良くない、ちゃんと教えて」 「じゃあ、、植物化性症候群って知ってる?」 「なにそれ、なんかの漫画に出てきたの?」 紗夜は着ていた着物を脱ぐ 「え」 紗夜の体は咲いていた 体中に花が咲いていた、と言うより体が花になっている 「植物化性症候群ってね世界に1人か、2人しかならない奇病なんだ。ほんとはね、ずっと病院にいるべきなんだけど花火の日だけ許可もらって来てたの」 「でも去年まで、、学校も行ってたじゃん」 「その年の花火の日に発病しちゃって」 紗夜は続けて言う 「進行が早いんだ、、予想より。世界にもほとんど事例のない病気だから仕方ないんだけどね」 「え、え、え、え、」 理解できない。紗夜が病気、、しかも、花に、、 どういうこと、どうなって、、いや、嘘、 約束、、したじゃないか 「この病気ね最終的に患者を花にするんだ」 「それって」 「そう、花になってしぬの」 「いやだ、いやだよ、、」 信じたくない、これは、何かの間違いだ 「ごめんね、汐恩くん、実はね余命も出てるんだ」 「、、」 聞きたくない、、、、いやだ、 「余命はね」 それと同時に花火が空に舞い上がる 音と重なり、余命を聞くことができなかった 「紗夜、、花火の音で、聞こえなかっ」 「しっ、一度しか言わないよーだ」 「言ってくれないの?」 「ふふーん、内緒」 俺は咄嗟に 「紗夜っ俺紗夜のことずっと好きだった」 それを聞いた紗夜は顔を赤らめる 「それ今言っちゃうのぉ、、私もだよ?ずっとまってたその言葉」 続けて言う 「ほんと、全然言わないから、生きてるうちに聞けないんじゃないかって思っちゃったよ」 「俺、紗夜のこと幸せにする、楽しかったって思えるようにする、、俺がんばる」 「じゃあ、よろしくね、私の余生、君に任せるね」 それからと言うもの、僕は大学病院に通った 紗夜と毎日会っては話す会っては話すを繰り返していた 日に日に紗夜は弱っていった。 体はどんどん花に豹変していく いつもはたまに外に車椅子で散歩に行くのだが、それも厳しくなってきた 2、3日寝込むなんでざらになってきた 余命を聞けてない僕はあとどれぐらいの余生があるのかはわからないけど、なんとなくわかる。 もう長くないことくらいは 「今日、、花火だねぇ」 「紗夜、起きたの?」 「もうずっと起きてたよ」 「今年はよそうか、ここからでも見れるし」 「だめ、約束したじゃん」 「でも、先生がここをでちゃだめって」 「知ってる、でもバレなきゃいいじゃん」 紗夜に押し負けて僕は車椅子の紗夜を静かに押した ▶︎あの場所にて 「どうにか間に合ったね」 「そうだね、ほんと大変だったよ」 「よくぞここまで押してくれた褒めてやろう」 「なんだよそれ」 僕は安心した。病気で体が変わったって紗夜は紗夜だまたこの他愛のない話で笑い合えたことがとても、嬉しかった パァンッ 今年も夜空に大輪の花が咲く 「綺麗だね」 「私も、あんな綺麗に咲くのかな」 言葉を返せない、、 「私、、君を好きになってよかった」 「僕もだよ」 病院に戻った僕らは先生にこっぴどく怒られた でも無事に帰ってきたからお咎めなしだそうだ 「お咎めなしだって!汐恩くん」 そう笑った紗夜は、その2日後に歩みを止めた 寝ている間に心臓が花になったという 寝ている間だったのが不幸中の幸いだったそうだ 苦しまないで眠りに入った 植物化性症候群の患者はここから数日かけて全てが花に変わっていく、そして数ヶ月かけて枯れていき、、最後は種となるらしい その種は人それぞれ違うと言う 紗夜は桔梗だった 桔梗の花言葉は「永遠の愛」 それを聞いた時僕の目からは涙が溢れ出した。 今まで我慢してきた分全てが出てきた 紗夜、、紗夜、、 ▶︎永遠の愛 パァンッ 今年も夜空に大輪の花が咲く 来年も、再来年もそのまた来年も、何度でも、何度でも、舞い上がって咲き続ける、散っても再び花が咲く。永遠に 僕のそばにも大輪の花が咲いている まるでそれは空に舞い上がる綺麗な花火のように儚く、強く咲き続ける、来年も再来年も

4
0

夜明けのアンコール

▶過去 私は、どこまで歩んでいくのだろう この、代わり映えのしない平坦な道を いつからだろう、こんなにもつまらなくなったのは あぁ、こうなると分かっていたら、私は もう一度戻れるのなら、最初からやり直せるなら 私は、違う道を… 何をやっても無駄だ。 答えが見つからないまま、私は進む 日に日に遠ざかっていく夢とは別で周りからの期待や、プレッシャーは日に日に増えてゆく なんだろうこれが、あれかな、俗に言う反比例というものなのだろうか ▶今 私は…私には夢がある そう、アイドルだ 私はアイドルになって周りの人を喜ばせる仕事をしたい 私は小さい頃からこの事務所で働いている もう今年で26だ … の割にはあまり売れていない… 26で売れないアイドルは世間一般的に言うと金食い虫で足でまといだ 昔から、もうすぐ売れる、もうすぐ売れると言われ続けて、結局、周りの期待通りには出来ず…… あぁ、いつか…いつか… ▶ 今日は地下でライブがあった その会場が小さかったからだろうか、席は満席のように見えた ライブの後には毎回握手会がある 当たり前のように私の所には誰も来ない あぁ、つまらない なんてつまらない夢を追いかけているんだろう こんなただの負担にかならない夢を 現実を見よう 私は決心した ▶ 「いらっしゃいませ」 私は今はアイドルを休業してアルバイトをしている あんなクソみたいな夢では生きていけないのだ あぁこれが現実か つまらない とてもつまらない 対してアイドルもアルバイトも稼げない こうなるなら初めから家業をついでいた方が楽で稼げただろう あぁ、また失敗した つまらない 一応父に相談してみようか 暗い暗い部屋の中で、目が痛むほど明るいスマホを開く 「…」 「こんばんは 夜分遅くに失礼します。今からでもそちらの方で働くことは可能でしょうか」 直ぐに既読が着く 私たちが昔よく行っていたカフェの場所が書かれたリンクだけ、送ってきた きっとここに来いと言うことだろう そこに着く 父はもう座っていた 素早くそこへ向かう 「座れ」 「はい、」 「あの、父上」 そういった途端 コトッ 私の好きだったカフェラテを渡してくれた 「ありがとう、ございます」 父は、昔と変わらず凛としていて威厳を保っている 「麗奈、アイドルはどうした」 父が口を開く 「すみません、あまり上手く行かず…今は仕事がない状況でして、今後も……とてもじゃないですけど続けれる状況ではないと…」 「現状の話をしているのじゃない、諦めたのか?それともやるのか?どっちだ」 「すみません、もう…辞めます」 「…そうか」 「すみません」 「仕事はいくらでもある」 「ありがとうございます」 父は少し頷き、その場を去る 私とこの父がくれたカフェラテだけが取り残させる とうとう私の周りには誰も居なくなったな ▶ 「こんにちはー」 「すみません、ここに行きたいのですか……」 「そこですね、そこなら、あの公園の角を右にまがって……」 「ありがとうございます」 私は地方に配属された きっとこれが私に与えられた仕事 やるべき事 元から決まっていたのだろう こうなると 私の事を知る人なんていないだろう アイドルなんて、やらなければ良かった … ピロンッ スマホがなる 「久しぶり、麗奈俺の事、覚えてっか?」 あぁ、しのぶくん すかさず返信する 「覚えてるよ、しのぶくん、久しぶり」 「麗奈、夢はどうしたの」 「夢は…諦めた」 「ごめん、俺、てっきり」 「いいの、大丈夫」 「今度会って話そ、昔みてぇに」 「いいよ、どこ」 「ここ」 「わかった」 ▶3日後 「久しぶり」 今日は珍しくオシャレしてきた 「久しぶり」 「この間はごめん」 「いいよ、仕方ないもん」 「アイドルしに東京行ったって」 「あぁ、それね、諦めた、有名…なれないし稼げないからさ」 「そっか…」 「俺…夢を全力で頑張る麗奈がかっこいいし、好きだと思ったよ」 「え、?」 「なんでもいい、どんなことでもいい……応援してる」 しのぶくんはそう言ってその場を去った …… 私…何やってんだろ 応援されてるなんて…分からなかった かっこいい…か ……(私は決めた) 行かなきゃ 私応援されてるんだ 期待されてるんだ …やらなきゃ 東京行きの新幹線に乗る ガチャッ ドアを開ける 「もう一度…私にチャンスを、チャンスをください」 ▶しのぶ …あ、手紙 丁寧に包まれた手紙が届く 「しのぶくんへ しのぶくん、こんな私の事を応援しててくれてありがとう。 私は行きます 私は私に恥じないような、私に後悔しないような そしてなにより、あなたの好きでいられるような そんな生き方をしたいとあなたと会って思えました 私は私に期待をしたい 私の可能性を信じたい あなたの気持ちに期待したい、期待されたい 私はもう一度歩みます もう一度目指します。 私が有名になったら、あなたからプロポーズしてね 私は今日も1歩ずつ歩みます 羽田 麗奈」 ▶未来 あなたはあなたに恥じない人生を歩んでいますか あなたはあなたに後悔しない人生を歩んでいますか あなたはあなたに期待出来ていますか 私はしています 私は支えてくれる家族の為に 私は応援してくれる好きでいてくれるしのぶくんの為に 今日も自分を全力で生きます、挑戦します これが私の答えです END

2
0

私だけのメモリー

冷たい手が私の頬を覆う そして奇妙な機械音と共にいつも通り彼は私にこう言う 「リセット完了」 あぁ、またか… 「さよなら」 「私はアイです、あなたはなんという名前ですか」 「少しぐらい…覚えててよ」 「…」 またしてしまった、同じ過ちを… 最初の間違いは、私がここに来たこと…だろうか 私は大学で行動心理学を学んでいる 彼は凛とした顔で授業を受けていた、いつもいつも同じ席で同じ格好同じ事をしている。 そんな君とどうしても、どうしても関わりたくてあの時はなんとかして話す理由を探したっけ ばかみたい ここに彼が来てからというもの私の日常が全て変わった…何もかも 何から話せばいいものか… あぁ嫌な思い出が蘇る、 きっと話すならあそこだ、あとの時からだ… 私は自分自身に言い聞かせる 私は無意識にあの時の景色を思い出す あれは、よく晴れた秋の日の事だ ▶108日前 私は論文を提出するために大学へ向かった、そのついでに授業も少し受けて出席簿を提出しようとした日だった 論文を提出し終わり、私は3講目の授業を受けた いつも通り、私は1番後ろの端の席に座った、ここが1番落ち着くのだ何もかも見渡せるこの場所がなんとなくお気に入りなのだ そこに座った途端目に入ったのは凛とした顔で授業を受ける男の人…何をしているんだろうか、私はそんな彼が気になって仕方なかった。私は自然と彼を追いかけるようにいつも同じ時間の授業を受けるようになった ▶85日目 彼も私と同じ、いつも同じ席に座る 私のようにこだわりが強いんだろうかいいや、そうでは無いだろう 私は心の底で彼はもっと何か大きな物で動いているのだと思った。何故だろうほんとにこんなばかな私があほらしくて、少し笑えてくる そんな冗談を嘲笑うかのように彼は黒板を見つめては嘲笑を浮かべる…何故だろうか今ならわかる気がする きっと君は……そう考えてたのだろう。 ▶68日前 彼を追いかけるようにして、大学の隣に大きな建物が出来た、 「羽田山国立人間行動心理化学研究所…?」 その建物に書いてあることをそのまま読む 行動心理学…か でも、なぜここに作ったのだろうか疑問が沢山浮かび上がるかそれどころじゃない 私と彼との関係には凄く進展があったのだ 何故だろうか、彼はいつも公園のベンチで座っている…それのお陰で私も彼に話しやすかった、いつも一人でいるからだ 彼は私の話を親身に聞いてくれる、興味深く聞いてくれる、私は彼と話すのが好きになってしまった…彼の 聞き上手にまんまとハマってしまったのだ そうするうちに仲良くなってしまったのだ、うれしいことに 私の夢にまでみた大学で青春を送る日がくるのだ ▶56日前 私は彼と初デートに行く 素晴らしいことだろう、まぁ実際はただカフェにいくだけという至ってデートとは言えないことだが それでも私は嬉しかった なぜなら彼と会えるからだ カフェに着いた途端彼は言った 「付き合おう」 「え、?」 急なことすぎて何も返せなかった 数分待って貰ったあと私は返事を返す 「いいよ」 付き合った、まさかのカップルだ こんなにすんなり始まっていいものだろうか疑問も出るがこの際どうでもいい 彼と付き合えたのだから ▶46日前 それからと言うもの私たちは色んなことをした デートも沢山行った 映画も、遊園地も 何もかも楽しい日々だった でも人生というのは物語のようにすべてがハッピーエンドで終わるはずがないのだ 「もうそろそろ言うべきと思うんだ」 彼が珍しく真剣な顔で言う 「俺は人間じゃない、人間の実験の為に作られたロボットなんだ」 彼の口からでたものはは私の思考を止めるのには充分すぎる内容だった そして彼は言う 「俺のデータは1億の価値がある、君との日々でインプットした内容は研究所にとっては充分すぎる対価を手にした…らいし」 「用無しだって」 彼はいつものように優しい嘲笑を浮かべた でもその時だけはその笑顔も彼との会話も許せなかった 「何を言ってるのか分からない」 自分の言った言葉は今でも忘れない ▶35日前 1億…とてもじゃないけど想像出来るものじゃない私との記憶が1億…1億…1億………うれしいような嬉しくないような 彼言わくその記憶や思考、感情に価値があるらしい それを、その記憶を売れば1億だって その半分は私に来るだって 要らないよそんなの 私はそのために付き合ってる訳じゃ…ないのに 何故だろうどんな言葉も嘘に聞こえてしまう あぁ、おもんないな人生は ▶5日前 彼は消えた 唐突なことしかしないね君はほんと 呆れる程に涙が出てくる さよならと書いた手紙が私を狂わせる 4文字で人を悲しませることが出来るんだな ほんと 君は 、 ▶1日前 「ガチャッ」 彼が…帰ってきた 「お金…」 札束が入ったカバンを渡してくる 「何これ」 「僕たちの…記憶」 「…僕って……」 彼の思考はもう…そうなんだろうなそう思ったのもつかの間 「今までありがとう、僕は楽しかった」 元々プログラムされていたことかのようにあっさりとその言葉を流す 元から決められていた定型文なのかなこれが これが…ロボットなんだよね…きっと そう思う 彼は 彼の記憶は時間通り、消えて行った ▶戻る 「………なんて話覚えてるわけないよね」 「申し訳ありません 覚えていません」 「だよね…」 今思えば彼は記憶という形の無いものからお金というモノに変えてくれたのかな? 何にも分かってないなぁ だからロボットなんだよ君は もう一度彼は言う 「申し訳ありません」 「いいよ、無いものはないもん」 私はこの過ちを繰り返すだろうこの先何年も何年も でも、悔いはない 私は決める 「よろしくね、これから」 あぁ、あと何回繰り返せば気が済むだろうか

2
0