だked/海月の一味。

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だked/海月の一味。

前向きに生きる。そして小説は好きに描く。そして忽然と連載を諦める事がある……。

あるふぁいなる

あるふぁいなる 第七話。 昼。 アタシは自分の家にとある人物を上げた。 「おー。ここが遥ズハウス」 「そ。ようこそ!アタシの家に」 クラスメイトの静月さんだ。 夏休みのほぼ直前という不思議なタイミングで転校して来た人。 しぐの隣の席で仲良くなっていたことから、その友人繋がりで仲良くなれた。 今日はアタシの家で遊ぼうと思い、誘ってみた。 「それで遥。何するの?」 「えっと。静月さんってゲーム好き?」 「嫌いじゃない。エンジョイ勢ってやつ?」 「良かった。アタシって言ったらゲームくらいしか無いし、ゲームやろっかなって」 「いーよ。遥もエンジョイ?」 「あー……気持ちはエンジョイ」 「ん?」 「部屋見たら分かると思うよ。こっち」 アタシは静月さんを自室へと案内した。 何だかんだ、友達を自室を上げたのは初めてかもしれない。 漫画や教科書の並んだ本棚や、勉強机にベッド。 そしてその他に、様々なトロフィーが並んだ棚があった。 「このトロフィーは?」 静月さんがそれに食い付いた。 「それねぇ……ゲームの大会の優勝トロフィー」 「なぬ。つまり遥はプロゲーマー?」 「プロでは無いなぁ……でもそれなりに名は広がってる方……かな?」 アタシが言うと、静月さんは更に食いついてきた。 「んで。ゲーム部屋はここなの?」 「あーいや。ここの隣。ここにあると勉強に集中できんし」 「おー。二部屋持ちはリッチ。……じゃあなんでこっち来たの?」 「え、あ、いや。何となく。んじゃゲーム部屋行こうよ!」 「ん」 アタシは慌てて静月さんをゲーム部屋に案内した。 初めて友達を呼んだから少し舞い上がっているのだろうか。 ゲーム部屋は大きな机にパソコンやテレビ、コントローラーや充電コードが大量に置かれている。 ゲーム機やゲームソフトの並んだ棚もある。 「おー。ガチ勢の部屋みたい」 「そう?」 「うん。さて、何やる?」 「んじゃあ……無難に格ゲーとか?」 「おー。定番だ」 静月さんはそう言う。 アタシは彼女にコントローラーを一つ渡し、ゲームを起動した。 キャラクターセレクト画面になり、静月さんはそれをズラリと眺める。 「おー。キャラクターがいっぱいいる」 「でしょ?好きなキャラ選んで良いよ。アタシが操作方法とか性能とか教えてあげるから」 「おー。流石大会覇者」 「覇者……なのかな?」 確かにこの格ゲーは大会で使用されたものと同じだ。 当然優勝している経験があるため、得意な部類ではある。 対して静月さんの実力は全くもって未知数。 エンジョイ勢とは言っていたが、実はかなりの実力者の可能性もある。 「ま、そんなことも無いかな」 アタシはそう言うと、静月さんの選んだキャラクターの立ち回り等を色々教えた。 何戦か戦ってみて。 「…………上手いね」 静月さんは結構強かった。 と言うよりは、飲み込みが早かった。 今二十戦くらい戦ってみて、アタシの戦績としては十五勝五敗。 さっきの実は強いかもと言う心配は杞憂で、アタシより格上な訳では無かった。 だけど、五敗という数字は最後の五試合全てであり、静月さんはアタシに五連勝している。 それ以前の戦いでも、ちょくちょく危ない場面もあった。 段々とゲーム性とアタシの動きに適応している。 「……静月さんってゲーム上手いんだね」 「そう?今のとこ恵美ボコボコだけど」 「まぁそれは経験値の差だから仕方ないよ。でも、アタシからしたら、本当に上手くなってると思うよ」 それだけは紛れも無い事実だった。 アタシが流石に手加減してるとはいえ、二十戦で実力が並び始めてるのは紛れもないセンスだと思う。 静月さんがそれを聞くとドヤ顔になる。 「ふふん。ゲーム覇者の褒め言葉は嬉しいね」 「うん。素直に伸び代があると思う」 「ぬーん……このゲーム兄が持ってたし、譲って貰おうかな」 「え?始めるの?」 「ん。普通に楽しいから。いつか遥をボコボコにして、恵美が覇者になる」 「お?まじ?それは楽しみかも」 アタシはその言葉に少しニヤけてしまう。 静月さんの言葉をバカにしてる訳では無い。 例え途中で飽きられるかもしれなくても。 自分の推薦したゲームを、始めると言ってくれた事が、たまらなく嬉しかったから。 続く。

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あるふぁいなる

あるふぁいなる 第六話。 夏休みに入り、僕は近くにある商店街に来ていた。 とても大きな商店街で、様々な店が揃っている。 僕はそこに親に頼まれて、おつかいをしに来たのだ。 僕はおつかいのメモを見ながら店を出た。 「んーと……あとはお肉屋でコロッケ買えばいいかな」 と、僕が歩き始めた時。 「隙あり」 「うわっ!?」 突然僕のうなじにペスンと何かがぶつかる。 慌てて後ろを向くと、そこには私服姿の恵美さんがいた。 右手をまるで手刀のような形にしている。 「え、恵美さん?」 「ふふふ」 恵美さんはドヤ顔になって言う。 「これぞ。ダイナミック不意打ち」 「ふ、不意打ちはダイナミックにしたら駄目じゃ……?」 僕は疑問に思ったが、恵美さんが有無を言わさずに質問を投げた。 「何してるの?おつかい?」 「うん。お母さんに頼まれて」 「誰にもー内緒で?」 「初めてのおつかいでは無いね」 僕は微笑すると、恵美さんは買い物袋を見せつけてきた。 中は空だった。 「恵美もおつかい。コロッケ買いに来た」 「あ、じゃあ僕もあとそれだから、一緒に行こうよ」 「うん」 僕と恵美さんは揃って商店街を歩き始めた。 「時雨は夕飯の買い物?」 「うん。コロッケカレーなんだってさ」 「ほぉ……美味しそう」 「楽しみなんだよねぇ。恵美さんも夕飯?」 「ううん。違う。もうそろそろ兄が帰ってくるから、その手土産」 「あ、お兄さんいたんだ」 「うん。ここに引っ越して来た時、偶然近くだったから」 何故かは分からないけど、恵美さんに兄がいる事が意外だった。 どんな兄なのか気になったので、聞いてみた。 「どんな人なの?」 「んー……良い人?」 「良い人なんだ。良かったね」 「うん。ちょっと気難しいけど」 なんやかんやで僕らは肉屋に着いた。 僕から先に頼む事になり、コロッケを3個注文した。 一方、恵美さんはと言うと。 「コロッケ五個ください」 と、店員さんに言っ……ん? 「五個なの?4個じゃなくて?」 「ん。時雨とここで食べるから。時雨の分」 「え!?こ、ここで!?ていうかいいよ!そんな!」 「いいから。別に恵美のお母さんのお金だし」 僕と恵美さんはコロッケを受け取ると、店を離れ近くのベンチに座った。 「はい。時雨の」 そう言って恵美さんはコロッケを一つ僕に手渡して来た。 出来たてでとても美味しそうだった。 「な、なんか……ありがとう」 「どういたしまして。あ、そうだ。ツーショット写真撮ろう」 「え?ツーショット?」 「うん。兄に送る」 「ええっ!?」 「もしかしたら会うかもしれないし。あと、恵美と時雨の友好の証」 「う、うん……」 僕は少し恥ずかしかったが、恵美さんが仲良くなろうとしてくれているのが嬉しかった。 恵美さんはカメラを内カメにして構えた。 「じゃあ行くよ?膝は英語で?」 「え?Knee(二ー)?」 そう僕が戸惑いながら言うと、恵美さんはシャッターを押した。 その写真をじっと眺めると。 「……ふふん。良い写真。後で時雨にも送るね」 「あ、ありがとう」 「じゃ、食べよ」 「うん」 そうして僕達はコロッケを食べ始めた。 その夜。 俺は仕事場の仲間と一緒に会話していた。 「そいや静月さん。明後日実家に帰られるんですか?」 「あぁそうだ。実家と言っても、引越し先だがな」 「お土産待ってますね!」 「期待はするなよ」 俺はそう言うとスマホを取り出し、写真アプリを開いた。 そこに写っていたのは俺の妹─静月恵美だった。 「あ、それ妹さんでしたっけ?相変わらず美人ですねぇ」 「ふん。そうだろう。早く土産を持って帰省したいものだ」 すると、俺のスマホに一件の通知が届く。 相手は恵美だった。 俺はメッセージアプリを開く。 『兄にコロッケ買っといたよ』 と、一言メッセージが送られてきた。 俺はにわかに笑い声を零すと、返信しようと指を動かした。 が、次の瞬間、一枚の写真が送られてきた。 俺はそれを一瞥し……。 「…………なんだ……?」 送られてきた写真を見て、頭が真っ白になった。 コロッケを片手に持っている恵美の隣に、同じくコロッケを持った男が座っていた。 同い年にも見える。 「…………なんだこの男は……」 俺は写真に写る男を見つめて言った。 続く。

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あるふぁいなる

あるふぁいなる 第五話。 アタシとたっつんは目を見開いて驚いている。 静月さんはそれを見て首を傾げる。 「ん?二人ともどうしたの?」 「えっと……へ?あの……静月さん、それは本気なの?」 「何が?」 「いや、だからその……しぐと……つ、付き合うって」 アタシが恐る恐る尋ねると、静月さんが言う。 「だって。そうすれば、お互い気まづくならないよ?」 「いや、そうかもしれないけど……え、静月さんは、それでも良いの?」 「逆に何がダメなの?」 「ダメじゃないけど……な、なんて言えばいいのたっつん!」 私は訳が分からず、たっつんに助けを乞う。 するとたっつんは「んー」と声を上げると。 「つまり、静月さんは。時雨の事が好きなのか?って事でしょ?」 「そう!それ!静月さんはその……しぐが好きなの?」 何故か聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。 静月さんはそれに対して「あー」と言って空を見上げる。 「どうなんだろう。恵美は時雨が好きなのかな?」 「でも……まだ会って一週間とかでしょ?ならそれは無いんじゃないかな?」 「ぬーん……恵美はそういうのに疎い……」 静月さんが困った様子で唸る。 アタシは思わず笑ってしまう。 なんだか、気にしてたアタシが馬鹿に思えてきた。 「まぁ。さ、遥。俺も正直。大丈夫だと思うよ。時雨はそこまで深く気にしないと思うし、遥を友達と思ってくれてるだろうし、いんじゃないかな?」 「んー……たっつんはノリが軽いんだよー」 「え?そうかな?……なんかごめん」 「いやいーけど……はぁ。なんか複雑」 アタシはなんだか疲れてしまい、教室に戻る事にした。 恵美さんと遥が鼻歌を歌いながら教室に入ってきた。 もうほとんどの人が帰宅していた。 昼休みと言ったが、この後は居残りの人以外特に何も用事等は無い。 だから人が教室にほとんど残っていない。 「時雨。帰る?」 「うん。僕は特にやる事無いからね」 「そっか。じゃあ帰ろ」 「うん……え、一緒にってこと?」 「ん。たまにはいいでしょ。美少女との下校も」 「う、うん?良いけど……」 僕は反応に困ったが、一緒に帰る事にした。 すると遥が声を上げる。 「あ、アタシも一緒でいい?」 「え?遥は龍也と帰らないの?うぶらぶしないの?」 「うぶっ……」 遥が絶句する。 僕は不思議に思い尋ねる。 「うぶらぶ?って何?」 「遥はね。今龍也とうぶらぶ中らしい」 「ちょっ!?静月さん言わないで……!」 恵美さんの発言に、遥は顔を真っ赤にした。 僕は何となく察してしまい、同時に少し驚いた。 「遥とりゅうりゅうが……か。意外な組み合わせだね。二人とも、そういうの興味無いと思ってた」 「な……し、しぐぅ……アタシだって女の子なんだよぉ!たっつんだって男の子なの!」 よく分からない抗議をする遥は、顔を両手で覆う。 「やっぱり先帰る!じゃね!」 そう言って走り出してしまった。 「行っちゃったね」 「うん……なんか僕悪い事したのかな?」 「…………」 恵美さんが、じっと僕の方を見つめる。 「な、何?」 僕が尋ねると、恵美さんは首を横に振る。 「……時雨も。罪な漢だね」 「え?」 僕は首を傾げた。 続く。

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魔法を拾った日から

魔法を拾った日から 第二話 「それはね……"魔法の指輪"なの」 「……へ?」 歩美は麗奈の言葉に目を丸くした。 麗奈が苦笑いしながら言う。 「ごめんね。そうなるのも無理は無いと思う」 「えっと……魔法ってどう言う事?麗奈ちゃん」 「結構言葉のまんまなんだけど……ごめん。歩美さん、この後少し時間無い?」 「え?あ、あるけど」 「ちょっと着いてきて。詳しく説明したいから」 「う、うん」 歩美は大分困惑した表情で言う。 そのまま二人で人気の無い道を歩いていく。 歩美は道中、麗奈に話しかけようかずっと悩んでいたが、とても気難しい顔をしていたので話しかける事が出来なかった。 二人は暫く歩き続けていると、やがて大きな屋敷の前に辿り着いた。 入口の門が既に大きく、アニメでしか見ないようなものだった。 「うわぁ大っきい……ここどこなの?」 「私の家よ。ほら、とりあえず入ろう」 「え、えっ!?れ、麗奈ちゃんの!?って待ってよ麗奈ちゃーん!」 そそくさと、門を開けて行ってしまう麗奈を、歩美は必死で追いかける。 玄関から中に入る。 中も本当に広く、天井に大きなシャンデリアもあった。 「すっごーい。麗奈ちゃんって結構お嬢様だったんだね!」 「……まぁ。親がお金持ちだったからね。遠慮なく上がって」 「はーい!お邪魔しますー!」 歩美は元気良く言うと、麗奈は彼女を案内した。 そして辿り着いたのは、なんの変哲も無い扉の前だった。 麗奈がその扉を開けると、そこにあったのは地下へと続く階段だった。 冷たい空気が一気に放出され、歩美の体がぶるっと震える。 「平気?」 心配そうに麗奈が尋ねる。 歩美は変わらず笑顔で答える。 「全然大丈夫だよ!心配ありがとう!」 「……貴方。初対面なのに警戒心とか無いの?」 「え?うん。初対面では無いじゃん。クラスメイトだもん」 「……だからって。初対面と言ってもいいくらい会話した事無いし……」 「でも麗奈ちゃんって委員長でしょ?だったら大丈夫だよ!」 「……そ、そう?なら良いんだけど」 根拠がよく分からない歩美の笑顔と自信に、麗奈は呆れ気味に笑う。 そのまま階段を下っていくと、頑丈そうな鉄の扉があった。 麗奈が懐から鍵らしき物を取り出し、鍵穴に差して回した。 ギィィと錆びた音が響き、中へと進んだ。 薄暗く長い廊下にかなりの間隔が空いて扉が幾つか配置されている。 まるで監獄の様な場所だ。 「……ここは……何?」 「私とおじいちゃんが使ってる研究施設」 「け、研究って……なんの?」 「それはこれから話す。さて、ここかな」 麗奈は扉を開けると、そこには様々な実験道具や書物等が並んだ部屋だった。 そこで椅子に座って机の上の資料とにらめっこしていたのは、七十代近くの男だった。 男が麗奈の方を見ると、険しい顔をした。 「麗奈。帰ってたか。その子は……?」 「えっとね……歩美。指輪見せて」 「え、うん」 歩美は指輪をはめた手を男に見せる。 男はそれを見て、驚いた表情で立ち上がる。 「お前さん……!それはどこで?」 「……多分だけど……私が落としたやつを偶然拾ったんだと思う」 「麗奈……お前と言う奴は……」 男の人がため息をつく。 歩美は訳が分からずに思わず尋ねる。 「あのー……何が何だか分からないんですけど……」 「あぁ。そうか済まない。説明しよう」 男が咳き払いする。 「儂の名は慶三(けいぞう)。麗奈の祖父で、魔法研究を生業としておる」 「麗奈ちゃんの……おじいさんですか」 「そうだ。この地下室は全部儂が使っている研究部屋だ」 慶三は淡々と説明する。 この気難しい感じは、麗奈に似ているかもしれない。 慶三が歩美の指輪を見つめていると、眉を難しそうにしかめる。 「しかし……この魔法石の反応……」 そう呟きながら彼は歩美にこう言った。 「えっと……そのお前さんの名前は……」 「あ、歩美です!」 「そうか、歩美。その指輪、ちょっと借りても良いか?調べたい事がある」 「え、良いですけど」 「ありがとう。麗奈、色々と歩美に教えてやれ」 慶三は麗奈にそう言うと、彼女は「分かった」と答える。 歩美が慶三に指輪を預ける。 そして部屋を出ると、歩きながら麗奈は言う。 「歩美にとってさ、魔法ってどんなもの?」 続く。

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魔法を拾った日から

魔法を拾った日から 第一話 彼女の名前は歩美(あゆみ)。 平凡な中学二年生の女の子。 可愛いものが大好きで、天真爛漫な性格。 これは、些細な事で毎日とても楽しそうに笑う少女の、ちょっと不思議な物語である。 ある日の夕方。 歩美はクラスのHRを終え、帰宅しようと鞄に教科書やノートを詰めている。 「おーい歩美ー!」 「うわぁ!?」 後ろから誰かに抱きつかれ、歩美は驚きながら振り向いた。 抱きついてきたのは、二カッとした笑顔を向けたクラスメイトの少女だった。 「あ、夏希ちゃん。どうしたの?」 少女の名前は夏希(なつき)。 歩美の友達であり、明るい性格でクラスのムードメーカーの様な存在。 そしてとても優しくて正義感がある少女。 かつてコンビニ強盗に立ち向かい、表彰されたこともあるんだとか。 「今日も疲れたよー。歩美ーボクを癒してくれぇ」 歩美に抱きつきながらそう甘えてくる。 歩美は「えっと……」と少しだけ悩むが、すぐにニコリと笑う。 「もう週末だもんね。お疲れ様だよ!」 そう言って彼女は、夏希の頭を優しく撫でた。 夏希はそれを受けて「うにゃぁ」と猫の様な声をあげる。 歩美は夏希に言った。 「そういえば夏希ちゃん。前から気になってたけど。その指輪綺麗だよね!」 歩美が指差したのは、夏希の左手の薬指にはめられている指輪だった。 青みがかった光り輝く宝石みたいなもので、とても美しい。 すると夏希はピクリと反応して視線を逸らした。 「あ、あーね。わかるぅ?ボクもこういうオシャレしたいからさぁー」 「いーなー。どこで買ったの?指輪って高いんでしょ?」 「あー……えと。そう言う専門店で買ったの!じゃあ、ボク先帰るね!」 「うん。バイバイ!」 そう言ってそそくさと帰って行く夏希を見届けると、歩美も鞄を持って席を立つ。 「私も帰るか」 彼女はそう言うとゆっくりとした足並みで、学校を出て、通学路を歩き始める。 その最中、彼女は鼻歌を楽しそうに歌っていた。 「早く今日の分の"アイマギ"見たいなぁ」 歩美はニコニコ笑いながら呟いた。 "アイマギ"とは、彼女が現在見ているアニメ『アイドルマギア』の略称である。 魔法を扱う事のできるアイドルの女の子達の物語であり、女性に非常に人気があるアニメだ。 歩美は毎週のようにこのアニメを録画し、リアルタイムも欠かさず視聴しているのだ。 「私もあんな風に綺麗で可愛い魔法とか、使ってみたいなぁ……」 と、彼女は呟いた。 歩美は、ふと視線を下に向ける。 地面に何か落ちていた。 彼女は気になって近づくと、そこに落ちていたのは小さな黒い箱だった。 「なんだろう?落し物?」 そう言いながら箱を開けてみると、中に入っていたのは指輪だった。 真ん中に無色の宝石が埋め込まれたもので、素朴ながらもとても高貴で綺麗なものだった。 歩美は感激して思わず「うわぁ……」と呟く。 「綺麗だなぁ……」 そう呟き、指輪を色んな角度から眺める。 「…………」 彼女は少しソワソワした気分になりながら言う。 「ちょっとだけ……つけちゃおうかな」 歩美はニヤけた顔になり、箱からゆっくり指輪を取り出すと、左手の薬指にそっとはめた。 そして手のひらをパッと開き、眺める。 淡い光を放つその指輪に、彼女は心を奪われたように見入る。 すると突然、指輪に埋め込まれていた宝石が眩い光を放った。 「うわっ!?何っ!?」 歩美は眩しさのあまり両目を右腕で覆う。 暫くすると、光が徐々に弱まって完全に収まった。 「うぅ……目が痛いよぉ……」 目から流れる涙を拭いながら、歩美は言った。 その直後、乱暴な足音と同時に誰かが叫んだ。 「……っ!貴方、クラスの……!?」 「んぇ?」 歩美の目が回復し、声の主へと視線を向ける。 そこに居たのは、同じ制服と鞄を持った女の子だった。 その顔に、歩美は見覚えがあった。 「あれ……?麗奈ちゃん?」 彼女の名は麗奈(れいな)。 歩美のクラスの委員長を務めている少女で、学業成績が非常に優秀。 顔立ちも整っており、容姿端麗。 男子から人気もあるが、全く自分から人に話しかけていない。 あと顔が凄く険しい印象の影響で、一部の人から怖がられている。 麗奈は焦った様子で、歩美に尋ねる。 「歩美さん……?ここで一体……ていうか、その指輪!?」 「んぇ?あぁこれ、そこに落ちてて……あれ?」 歩美が指輪を見ると、ある違和感に気づき首を傾げる。 「……あれぇ?色が変わってる?」 指輪に埋め込まれていた宝石の色が変わっていた。 元々は無色の宝石だったのに、今は様々な色に光っている。 赤や青、紫や緑といった、まるで虹を彷彿とさせる輝きだ。 彼女はそれを見て「綺麗になってるー」とはしゃぐ中、麗奈が目を丸くしていた。 「……貴方……まさか……」 「え?……あ!もしかしてこれ、あれかな!?きぶつそんかい?になっちゃう!?」 「いやそうじゃなくて…………えっとね、歩美さん。落ち着いて聞いてほしいの」 麗奈が改まった態度で言う。 「それはね……"魔法の指輪"なの」 「……へ?」 続く。

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汚れちまった色恋に2

汚れちまった色恋に2 第八話:陰では 夏休み初日。 私は電車に乗って学校に向かっている。 文化祭の準備のために、クラスで集まろうと言う話をしていたのだ。 クラスメイトは、大半が了承してくれた。 私はこれでもクラスの学級長だから、しっかり仕事をしないとならない。 「……よし。頑張るぞ」 私は電車の中でそう言うと、スマホに通知が届いていた。 相手は凜々花ちゃんだ。 『今日。クラスで集まるんだっけ?』 私はすぐにメッセージを返した。 「そうだよ!私まとめ役だから頑張って来る!」 『そっか。程々にね』 そんなやり取りをしていると、電車が学校のある駅に止まった。 私は駅を出て、学校へと歩みを進めていく。 学校へと到着し、教室の扉の前に差し掛かった時。 「なぁなぁ。清水さんってどう思うよ?」 クラスから声が聞こえた。 私の名前だった。 教室に入らずに耳だけを澄ませる。 複数の男子で会話している様だ。 「あー?学級長?あー……せやなぁ」 1人の男子が少し溜めた後。 「なんか……めんどくさい人だよね」 「ッ……」 息が詰まった。 男子達の会話は続く。 「だよなー!なんか段取り悪いし、たまにもごもご喋られるし。分かりずれぇよな」 「ほんとね。なのに凄い行動力あるからさ、今日のこれだってさ。なんで初日からやらないと行けないのかな……」 急用っつってサボろうかな。等といった会話も聞こえる中、私は一歩も動けなくなった。 よく思われていないとは、薄々分かってた。 だけど、ここまで言われるとは思わなかった。 面と向かってでは無いが、自分の陰口を聞くだけでここまで嫌な気分になるものなのか。 私は深呼吸をして、扉に手をかけた時。 「つうかあの人さ。高一か二の時に、虐められてたんじゃなかった?」 その言葉を皮切りに、私の心臓がバクンと大きく跳ねた。 「そーなん?まぁあの性格なら納得だわな」 「……まぁ、な。虐められてたのは不憫だが、虐められる側にも問題があるもんだしな」 笑い声と共に、そんな会話が飛び交っていた。 私の耳は、その言葉をしっかりと認識しており、頭の中で何度も反響している。 急激な吐き気を覚え、私は急いでトイレに駆け込んだ。 「……はぁ……」 手洗い場の前で、私は荒い息を吐いた。 口の中がとても酸っぱくて気持ちが悪い。 「…………ダメ……かな」 どっと疲れてしまい、歩き出す力が出なかった。 結局、私はクラスの集まりに少し遅れて参加した。 集まっていたクラスメイトは、たった8人だった。 私はその帰り道、ため息を何度もついていた。 上手くいかなかったのもそうだが、あんな風に自分が思われていたのかと思うと、ショックが大きかったのだ。 足取りが重たく感じ、家への帰路が果てしなく思える。 「…………はぁ」 私は何度目かも分からないため息をついた。 その時、私は曲がり角で誰かにぶつかってしまった。 前を良く見て歩いていなかった。 私は「ごめんなさい」と言いながら顔を上げると、驚いてしまう。 「……い、一誠君?」 「……彩葉さん?何してんすか」 不思議そうな表情で、彼は尋ねてきた。 「えっと……文化祭の……準備で」 「早いっすね」 「そ……そうかな?そう言う一誠君は?」 「俺は部活動っす。と言っても、単純にメンバーと集まって個人練してただけっすけど」 そう淡々と説明した。 「メンバー?一誠君って何部だっけ?」 「軽音っすよ。ボーカルとギターっす」 「へぇー!ギターなんだね!」 よく見ると背中には黒くて大きなギターケースを背負っていた。 ギターボーカルなのか、素直に尊敬してしまう。 「凄いんだね。一誠君って」 「別に凄くないっすよ。まだまだ二流なんで」 「そうなんだ……聞いてみたいな。いつか」 「……まぁ。機会があれば」 「絶対だよ?」 「……それは保証できないかもっす」 頭をポリポリ掻きながら、彼は苦笑いした。 「じゃあ俺帰るんで」 「あ、うん!じゃあ……」 私は彼の背中を静かに見送った。 私はその背中に背負われている、ギターケースを見て、何だかモヤモヤした気分になった。 一緒に同じ趣味を共有できる友達がいる。 「…………羨ましいなぁ」 私の頭が、ズキンと傷んだ。 続く。

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あるふぁいなる

あるふぁいなる 第四話。 僕はいつも通りに学校へと登校し、教室へと向かっている。 とは言っても、今日はいつもよりも荷物が少ない。 何故なら今日は、夏休み前の終業式の日だからだ。 いつもよりも荷物も無ければ、もう学校にも当分来ない。 寂しいような嬉しいようなと言った、なんとも言えない気分である。 僕が教室の扉を開けると、そこには恵美さんの姿があった。 「お、時雨。おはよう」 「あ、恵美さん。おはよう」 僕らは挨拶を交わすと、席について話す。 「もう、夏休みなのか」 「そうだね。恵美さんからしたら、すぐだったよね」 「うん。一瞬」 転校して来てすぐだったからか、本当に一瞬にも思える。 そんな中、恵美さんは夏休みに突入するなら、新鮮な体験なのかもしれない。 「時雨」 「え?あ、うん!何?」 「時雨って、夏休み何するの?ガリ勉?」 「が、ガリ勉とまでは行かないけど……勉強以外は、ランニングとかしたいかな」 「おぉー。ガリ勉じゃなくて脳筋でしたか」 「の……脳筋とも違う気が……」 体を動かす一貫としては、ランニングが一番効率がいいと思う。 毎日朝に取り組んで、体力が落ちないようにしたい。 「時雨って、別に運動部でも無いのになんで運動するの?」 「え……?運動が好きだからかな?」 「ふーん……やっぱり時雨って漢だね」 「そ、そう?ありがとう……?」 なんとも言えない気分になってしまったが、僕は素直にお礼を言った。 「運動も勉強もいいと思うけど……夏休みなら遊ぼう」 「それもそうだね。うーん……と言っても」 これと言って具体的な例は浮かばなかった。 「恵美さんはどこ行きたいの?」 「んー……エメラルドビーチ」 「えめ……それって沖縄の?」 「うん」 「な、なんで?」 「塩が美味しい」 「え?……あぁ。沖縄って塩美味しいよね……なんでエメラルドビーチなの?」 「特に意味は無い」 「無いんだ……」 僕はずっこけそうになる。 でも……ビーチ……海……。 「……遥も誘って、海行く?」 「…………時雨がいいなら、異論なし」 「僕は平気だよ!じゃあ遥にも……」 僕がそう思った時、教室の扉が開かれる。 「おっはー2人とも」 遥だった。 僕はここぞとばかりに遥に尋ねる。 「おはよ。ねぇ遥、夏休みにさ、僕と恵美さんと一緒に海行かない?」 「いきなりな提案だねぇ。まぁアタシは全然平気!」 「良かった!じゃあいつ行く?」 「あ……そいや……うーん」 突然、遥は頭を抱えてうなり出した。 「え、もしかして都合悪い?」 「あー……いや、違くて…………もう一人呼んでも平気かね?」 「え、僕は大丈夫だよ」 「恵美も別にいい」 「ありがと……えっと、龍崎君なんだけど……」 少し困った顔をしながら遥が言う。 「龍崎君って……りゅうりゅうの事?」 「そそ」 「別に平気だよ。でもどうして?」 「……んぇーっと……男子男子女子女子の方がバランス良いかなーって」 「分かった。じゃあ僕から声掛けとくね」 「い、いや!アタシから言っとくよ!じゃっ!」 そう言うと遥はそそくさと席についた。 僕の隣で、恵美さんが「ぬーん」と険しい顔になる。 「ど、どうしたの?」 「……怪しい」 まるで探偵の様な口ぶりでそう言った。 アタシは昼休み、しぐの目を盗んで"ある人"と空き教室で話していた。 「ごめんねぇいきなり呼び出して。たっつん」 アタシはそう言って"たっつん"という男性に謝罪する。 たっつんは「いやいや」と首を横に振る。 「別に平気だよ遥。でも、どうしてそんなに隠したがるの?」 「いやだって……アタシらってまだ」 アタシが言いかけた時、教室の扉がバン!と大きな音を立てて開かれる。 「ひゃっ!?誰!?」 アタシの視線の先に映っていたのは。 「やっほ。遥」 「し、静月さん!?い、いつからそこに?」 「最初からいたよ。二人きりでこの教室って事は…………」 静月さんがちょっと考え込む素振りを見せると、何かを察した表情になり固まる。 「…………えっちしてた?」 「し、してないよっ!」 「男女二人きりで暗い教室……何も起こらないはずも無く……」 「起こらないから!まだ起こってないから!」 「そう…………"まだ"?」 「…………あ」 完全に口が滑った。 たっつんの方をチラ見すると、苦笑いしていた。 アタシは「あぁぁ……」と消えそうなくらい小さな声が喉から出た。 「……実は……ね。アタシとたっつん……つい最近から…………つ、付き合い始めて」 アタシは為す術なく告白すると、静月さんが「おおー」と無感情な声を上げる。 「おめでたい。……で、たっつんってのがこの人?」 「うん……朝言ってた龍崎龍也君」 「なるほど。初めまして龍也。恵美の事は恵美って呼んで」 「うん。よろしく恵美さん」 たっつんは淡白に返した。 「なんで隠してたの?」 静月さんの疑問に、アタシは恥ずかしく答える。 「だって……アタシとたっつん……付き合い始めたばかりなのに……言うのも違うかなって」 「ふーん……別に気にしないのに」 「……あと……気まずくなる気もして……」 「あー……だったらさ」 次の瞬間、静月さんが爆弾発言をした。 「恵美が時雨と付き合えば解決?」 「「……え?」」 続く。

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あるふぁいなる

あるふぁいなる 第三話。 体育の授業。 「恵美……体育苦手」 開始早々、恵美さんは嫌そうな顔になっていた。 隣に立っていた遥が尋ねる。 「そーなの?今日普通のドッジボールだよ?」 「なぬ……恵美の天敵…………許すまじ」 「ドッジボールに何の怨みが……?」 眉間に皺を寄せ、ガルルと犬の様な唸りを上げる。 余程嫌なのが伝わってくる。 しばらくしてドッジボールの試合が始まった。 僕と恵美さんは同じチームで、遥が相手チームだった。 「ぬーん……」 嫌そうに目を細めて、恵美さんはボールを見つめている。 「そんなに嫌なの?」 「うん。嫌」 「えー……当たると痛いからとか?」 「……まぁそれもそう。というより」 恵美はそう言うと両手の平をぐっぱぐっぱと動かす。 「恵美は腕が弱いの」 「あー……そうなの?」 「うん。積み上げられた教科書とか、多分持ち上がらない」 「そ、そんなに?」 「うん…………そう考えると、時雨ってムキムキだね」 「え?」 唐突に言われ、ドキッとしてしまう。 「腕とか太いし……手とか握ったら潰されそう」 「つ、潰さないけど……」 「ふぅん?じゃあ握ってもいい?」 「ええっ!?」 思わず大きな声で驚いた。 僕が狼狽していたその時、それを覚ますかの様に。 「時雨!避けろー!」 と、クラスメイトの大声が聞こえた。 我に返った時に正面を見ると、誰が投げたか分からないボールが飛んで来ていた。 「ボグフッ!」 お腹に直撃したが、キャッチする事は出来た。 そう言えばドッジボール中だった事を完全に忘れていた。 隣で恵美さんが拍手をした。 「ナイスキャッチ」 「あ、ありがとう。さて、だったら僕も!」 そう思い僕が投げようとした時、クラスメイトから待ったがかかる。 「せっかくだから静月さんにも投げさせてやれよー!」 その言葉を皮切りに、クラスメイトが「そうだそうだ」と立て続けに言い始めた。 僕は恵美さんの方を見て「だそうだけど……」と聞いてみる。 「…………ぬーん」 とても嫌そうな顔に戻ってしまう。 ただ恵美さんは大きくため息をつくと、やれやれと言った表情になる。 「……致し方なし」 そう言って僕からボールを受け取ると、恵美さんは前に出た。 クラスメイトが歓喜する中、恵美さんが深く呼吸をした。 すると右手に持ったボールを後ろに構え、敵チームを一点に見つめた。 鋭い眼差しに、敵チーム全員が怯む。 覇気のようなものでも放ってるかの様な立ち振る舞いだ。 「…………ちょりそぉぉぉおお!」 何故かソーセージの名前を叫びながら、恵美さんはボールを持った手を前に振り……。 「アガッ……!」 その直後、恵美さんが鈍い声を上げた。 ボールは手からするりと落ちて、恵美さんがその場に崩れ落ちた。 「ええっ!?恵美さん!?大丈夫!?」 ドッジボールが中断され、大人数が心配そうに駆け寄る。 僕が恵美さんに声を掛けると、恵美さんが苦しそうに言う。 「…………腕を……やってしまった」 「だ、大丈夫!?保健室とか行く?」 「うん……時雨……任せた」 「わ、分かった!ちょっと皆、一旦抜けるね!」 全員に断りを入れて、僕と恵美さんは一時離脱した。 廊下をゆっくり歩いている中、僕は右腕を抑えている恵美さんに声を掛ける。 「恵美さん……大丈夫?」 「大丈夫……なのかなこれ」 恵美さんは右腕を持ち上げようとするが、とんでもなく細かく震えている。 「無理はしないで」 「……乙女として不甲斐なし」 「お、乙女関係あるの?」 「ある。恵美とて乙女の端くれだもの」 「いやそうだけど、そうじゃなくて」 微妙な食い違いが起こる中、僕は恵美さんの歩幅に合わせて隣を歩く。 そんな僕を、恵美さんはじっと見つめている。 「な、何?」 「……時雨っておとこだね」 「え?お、男だよ?」 「あ、多分違くて。漢字の漢の字の方」 「え……?あぁ漢ってそう言う……ってそうなの?」 「うん。恵美から見たら、ね」 「あ、ありがとう?」 僕は何と言えば良いか分からず、とりあえずお礼を言った。 漢って、男らしいみたいな意味だった気がするけど。 そんな事言われたの初めてだな。 僕はそう思いながら、恵美さんを保健室へと送り届けた。 その後。教室に戻って、僕は遥に尋ねる。 「ねぇ遥。僕って男らしいの?」 「んぇー?……普通かな?」 そう言って遥はイチゴ牛乳のパックのストローを咥えた。 続く。

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あるふぁいなる

あるふぁいなる 第二話。 翌日。 僕が学校に登校し、教室で教科書を机にしまっている。 すると扉がガラガラと音を立てて開く。 「しぐーおっはー」 入ってきたのは遥だった。 ワイシャツ姿で、片手には小型の扇風機を持っている。 夏休みが近いだけあって、外は確かに結構暑い。 「おはよう遥。外暑いよね」 「ねー。マジ暑い。家のクーラーガンガンにしないと生きれない」 彼女はそう言って僕の目の前の席に座る。 「そーいやしぐー。昨日の子どうだった?えっと……せみちゃんだっけ?」 「恵美さんだよ」 「そうだその子だ!いやぁ夏のムードに頭がやられてるなぁ」 遥があははと大声で笑う。 彼女は前から人の名前を覚える事が得意では無いが、まさかの昆虫と間違えるとは思わなかった。 と思ったその時、教室の扉が開かれた。 「あ、時雨。おはよう」 恵美さんだった。 相変わらず眠たそうな目をしていて、口に何か含んでいた。 「何口に入れてるの?」 僕が尋ねると、恵美さんは席に座って僕の方を向く。 すると「んあ」と言いながら口を開く。 「へっ……!?って……これって……」 唐突な行動に僕はドキッとしてしまうが、彼女の口の中にある物を見て言った。 「……飴?」 「ん。色んな味のする飴。味はランダムだよ」 「あー。あったよねそういうの」 「いる?味は保証しないけど」 「いいの?ありがとう!」 僕は恵美さんが袋から取り出した飴を貰い、包み紙をゆっくり外す。 見た目はほんとに普通の飴玉だった。 口の中に入れてみた瞬間。 「……ん?これってもしかして……マグロ?」 「おー凄い。当たりだ」 「……凄い。良くできてる味だね」 ほんとにマグロの味がする。 いや、マグロというよりは醤油? 僕が混乱していると、目の前でそれを見ていた遥が手を挙げる。 「ねー静月さん!アタシにもそれ頂戴!」 それを聞いた恵美さんは遥の方を見ると、顔をしかめた。 「……誰?」 「え?」 「恵美は自己紹介しない人嫌いなの」 「あ、ごめんごめん!自己紹介するから嫌いにならないで!」 「じゃあ自己紹介を。面白かったら一点加点してあげる」 「ハードルを凄くぶち上げてきた!えーっとぉ……」 遥が頭を抱えて唸るのを、恵美さんが飴玉を口で転がしながら見つめていた。 わざとらしい咳払いを遥がすると、ニカッと笑う。 「アタシの名前は深山遥!好きなものはゲームでゲームセンターによく入り浸ってるって感じ!ちなみにしぐとは去年クラスメイトで超仲良しでーす!」 「…………」 恵美さんはそれを聞くと、黙り込んでしまう。 遥の笑顔がだんだんと引きつっていくのが分かる。 だが、恵美さんは。 「……合格」 「え?まじ!?意外と普通な自己紹介しちゃったけど!?」 「それが一番好き。ところで、遥?の苗字ってあれだよね?」 「え、どれ?」 遥が首を傾ける。 恵美さんはこう言い放った。 「ほらあれだよ。ミヤマクワガタ」 「…………あー……ね」 遥は露骨に嫌そうな顔をした。 その理由が僕には分かる。 遥は大の虫嫌いなのだ。 ダンゴムシすら触れず、皆知ってるであろう黒い虫を見ると脳が停止し逃げる事も出来なくなるらしい。 「どしたの遥?」 そんな事は露知らず、恵美さんは彼女に尋ねる。 遥は引きつった笑顔のまま首を振る。 「な、なんでもないよぉ」 「そ?ならこれからもよろしく。遥」 「へ?あ、うん!よろしく!飴あざぁす」 誓いの握手と共に恵美さんは遥に飴を手渡す。 遥がすぐさま飴を口に運びコロコロ転がすと。 「…………にゅが」 苦虫を噛み潰したような顔で彼女は悶えた。 あぁー。と恵美さんが同情した顔になる。 「ハズレ味?」 「……うにゅ……かっ……らっ!……こりぇたぶんわしゃびだ……」 辛さのあまり涙を流す遥の背中を、恵美さんが優しくさすっていた。 続く。

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汚れちまった色恋に2

汚れちまった色恋に2 第七話:夏のはじまり それからしばらく経ち。 一学期最後のHRが終わった帰り道。 いつの間にか僕と凜々花さんは当たり前のように会うようになっていた。 学校の帰り道で、彼女はいつも決まってこの街に居るのだ。 「この街は好きだからね。落ち着いてるから、いつも散歩してるの」 凜々花さんはそう言うと微笑む。 「…………」 僕は前から凜々花さんに聞きたかった事があった。 二日前くらいに、一誠の口から出てきた何気無い言葉だった。 『そいや気になったんだが、あの凜々花さんって人、なんでいつも私服なんだろうな』 「…………」 その一言を聞いて、僕はあらゆる可能性を考えていた。 家が近い場合。 だけどどんなに近くても、僕たちが下校している時間とほぼ同じタイミングに、僕らの学校の最寄り駅にいるのはあまりにも不自然だ。 凜々花さんの通う学校の梅柳校は、私服登校は出来ない決まりの筈。 だったら凜々花さんは……今……学校に通っていない。 「…………あの、凜々花さ」 僕は尋ねようとして途中で止めた。 何故か聞くのが怖かった。 学校を休んでいるだけの可能性も十分ある。 それにもし僕が聞いちゃいけないような理由があるなら……凜々花さんに失礼では無いか? 「ん?なんか呼んだ?」 「あぁ……えっと…………」 キョトンとした顔で尋ねてくる凜々花さんに、僕は戸惑ってしまう。 どうすればいいのか分からなかった。 「…………な、夏休みですね!明日から!」 話題を無理やりねじ込んだ。 聞けない。 僕にそんな事を聞く勇気は無かった。 学校に行ってるか否かを聞くだけなのに、何故か聞く勇気が持てない。 凜々花さんは一瞬フリーズするが、すぐに理解して「あぁ」と呟く。 「……そうだね。夏休みか……」 「夏祭りとか、行かないんですか?」 「夏祭りか……行く相手もいないから、どうだろう」 「え、じゃあ…………」 僕は言いかけた言葉を直前で止めてしまう。 一緒に行きたい。 男女で二人で夏祭りなんて、ほんとにまんまデートでは無いだろうか? そもそも僕は凜々花さんと二人で行ける気がしない。 僕が答えに困っていると、隣で凜々花さんがクスリと笑う。 「一緒に行きたいの?」 「え……あ、えっと……」 僕の考えが完全にバレていた。 どう答えればいいか悩んでいると。 「私は別に平気だよ。大生がいいならね」 そう答えてくれた。 「え、い、良いんですか?」 「逆にダメな理由があるの?」 「え、いや……だってそれ……」 僕が口にするのを躊躇っていると、凜々花さんが笑う。 「だって、友達同士で遊びに行くなんて普通の事じゃない?」 「え……あ、あぁ!はい!そうですよね!」 凜々花さんの心情を理解し、「あはは……」とわざと笑いをする。 凜々花さんにとってはデートでは無く友達と遊ぶ事なんだ。 僕はそれに少し安心したような……ちょっと期待したような気分になった。 私が家で勉強していると、部屋の扉が三回ノックされた。 「はーい?」 扉から現れたのは、私のお母さんだった。 「あ、お母さん。どうしたの?」 「んあー彩葉。ボク今からちょっと買い物行ってくるからさぁー葉大と留守番しててくれるぅ?」 「あ、分かったよ。葉大は?」 「リビングでゲームに夢中だよ。やっぱりボクの子だよねぇ」 「そうだね。行ってらっしゃい」 「行ってきまーす」 お母さんが去って行くと、私は椅子から立ち上がり、リビングに向かう。 リビングに入ると、そこにはソファに座りながらゲーム機とにらめっこしている、小さな男の子がいた。 「んあ?なんだよ姉貴」 不機嫌そうに私にそう言ったのが、私の弟の清水葉大(しみずようた)。 葉大の事を簡単に言うなら、"秀才以上天才以下" だと思う。 葉大はまだ中学二年生だけど、通っている学校内で学業成績トップスリーに入っている。 運動神経も極めて高く、中学一年生の時に三年生の先輩と陸上競技で対決してはことごとく圧勝してきている。 日常的な面でも葉大は私はおろか家族全員を凌駕する可能性を持っている。 「別に葉大に用事は無いよ。気にしないで」 「あっそ」 葉大は興味無さそうに答えると、ゲーム画面に視線を戻した。 私は冷蔵庫からお茶を取り出そうとした時。 「なぁ姉貴」 葉大が唐突に話しかけて来た。 私は驚きながら振り返る。 「な、何……?」 久しぶりの感覚だった。 今まで葉大から私に話しかけてくる事なんて滅多に無かったから。 「姉貴ってさ。学校はどうせそんな感じなんだろうけどさ」 ゲーム画面を見つめたまま、葉大は私にこう言った。 「なんで家でもそんな"良い人を演じてる"の?」 「…………え?」 私の心臓が大きく跳ねた。 「ど、どうしてそう思うの?」 葉大に尋ねる。 「だって姉貴。なんも出来ないくせに料理手伝ったりとか、俺の勉強とか教えようとしてきたり。最終的に失敗するのに、人の為に動こうとしてるのを見るとさ、馬鹿らしく思えんだよね」 「…………」 私は黙って葉大の話を聞いていた。 というよりは、答えられなかったのだ。 全部図星だから。 「……別に、私の勝手でしょ?」 「姉貴の勝手なのはそうだけどさ……うざいとか思われても、知らないからね」 「……っ」 葉大がそう言うと、自分の部屋に戻っていく。 リビングに一人取り残された私は、頭がズキンと音を立てたのを感じた。 「…………ごめんね。凜々花ちゃん」 続く。

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