kedと申す者
100 件の小説月村七海の命脈
第四話 七海は変身を行ない上空を飛びながら通話をしている。 「クロウさん!クロウさん聞こえますか!?」 『んー?聞こえるよーん。七海ちゃん私はまだ難聴の歳じゃないよ 』 「ふざけてる場合じゃありませんよ!今どこに居ますか!?」 『空を優雅に散歩中だよ。んで、何があったの?』 「私と竜也さんの近くで大きな地響きが起きたんです!近くの人の通報だと"黒い爆発が起きた"と言ってました!どう考えても普通じゃありません!」 声を荒らげて七海は言うと、電話越しのクロウは欠伸を零す。 『分かったよー私も頑張って向かうから、土門と頑張って食い止めてて欲しい』 そう言ってクロウは通話を切った。 七海がスマホをしまうと、下を見つめる。 直後息を飲む。 今まで見た事も無いほど、ドス黒いオーラに満ち溢れている異形がそこにいた。 腕が四本あり、三メートル程ある巨人の"UE" だった。 七海は地面に降り立つと、"UE"を見据える。 すると、"UE"の右手に何かが握られているのが見える。 「なっ…………!」 七海は驚愕する。 "UE"が握っていたのは、雛だった。 よく見ると頭から血を流している。 雛に向けて七海が叫ぶ。 「雛っ!大丈夫!?雛っ!」 彼女の呼びかけに、雛がピクリと反応する。 微かにうめき声を上げている。 まだ生きてる。 幸い周りに他の人はいないから避難誘導をする必要は無い。 「……待ってて、雛。すぐ助ける」 七海は右手を"UE"に翳す。 すると"UE"は大きな左腕を思い切り振り上げる。 七海が右手を咄嗟に上に翳す。 すると手の平から水色の傘の様なものが展開された。 "UE"の左腕が傘に接触し、攻撃を防いだ。 そして傘の表面から、複数の触手の様なものが現れ、左腕に巻きついた。 その直後、"UE"に電撃が走った。 痛みのあまり"UE"は右手に握られていた雛を宙に投げ飛ばしてしまう。 七海はすぐさま飛び上がり、雛を受け止める。 苦しそうに咳き込む彼女に、七海は必死に声を掛ける。 「雛?大丈夫?」 すると彼女は薄く目を開ける。 七海の顔を視認すると、安心した様に微笑む。 七海は唐突に思い出す。 雛はヒーローの事を知らないのに、雛の名を呼んでしまった。 正体がバレてしまうか、と思ったが、今はそれを気にしている場合でも無い。 「もう大丈夫だからね」と雛を宥める様に呟き"UE"に視線を戻す。 電撃による麻痺を振り払う様に顔をブルブルと振ると、大きく咆哮を上げる。 状況としてはかなり良くない。 七海自体はあまり攻撃特化のヒーローな訳では無い。 雛を庇いながら戦う事はほぼ不可能、かと言って逃げる訳にもいかない。 葛藤している時。 真下の地面が隆起し、爆発する。 そこから現れたのは、両腕が鉤爪の様なものに変形した竜也の姿だった。 「どおっせぇぇい!」 右手の鉤爪を解くと、彼は思い切り"UE"の顔面を殴りつける。 轟音が鳴り響き、"UE"がその場から崩れ落ちる。 「七海お前。ボケっとしてたらやられるぞ!」 「ぼ、ボケっとなんてしていませんよ!雛を庇いながらでは、私一人では対応出来なかっただけです!」 「だったら逃げるなりなんなりしやがれってんだ!思考しすぎてして固まってたら元も子もねぇだろうが!そいつ、お前のダチなんだろ!?」 竜也の怒鳴り声に、七海は萎縮する。 固まってしまっていたのは事実であり、二人まとめてやられていた可能性もある。 そう考えたら、彼女の判断はかなり危なかった。 「おら!来るぞ!てめぇはろくに動けねぇだろうから援護しろ!」 「……わ、分かりましたよ!」 それを聞いた竜也は、思い切り前線へと駆け出した。 続く。
月村七海の命脈
第三話 放課後。 七海はせっせと鞄に教科書を仕舞うと、席を立つ。 あの後、今後の方針を決める為に一度三人で会おうという話になった。 その為、学校から直接その場所に向かわないといけない。 彼女が教室を出ようとした時。 「七海ちゃーん。今日一緒に帰ろーよ!」 雛が七海に元気良く言った。 七海は少し反応に困る。 「……えっと。雛、今日は私……」 「まーた用事?いっそがしいんだねー?」 「うん……ごめん。また機会があったら」 「ちぇー。分かったーじゃあねー」 雛は残念そうに言い、教室を後にする。 七海は悲しい気持ちになった。 雛には自分がヒーロー活動をしている事を明かしていない。 それ故に、遊びに誘われていても断ってしまうことが多いのだ。 本音を言えず、断り続ける事に七海は罪悪感を覚えてしまう。 「……《トランス》」 七海は呼吸を挟むと、胸元に手を当てながら呟く。 すると水色の光が彼女の周りを渦巻く。 七海の姿が、制服からマリン服を思わせるものに変わった。 彼女は辺りを見渡し、ベランダへと出る。 柵をよじ登り外へとジャンプすると、ふわふわと体が浮遊し、そのまま上空へと飛び上がった。 教室が静まり返った時、ガラガラと扉が音を立てて開く。 そこに現れたのは、雛の姿だった。 とても驚いた顔をして、ベランダへと歩み寄る。 「……七海ちゃん……ヒーローだったの……?」 数分後。 学校近くの雑居ビルの屋上に、二人の人影が見える。 一人は大柄で強面の男性。 もう一人は制服姿の青年だ。 「やっときやがったな。遅せぇぞ」 「これでも急いで来た方なんですよ」 七海は文句を言ってきた竜也を軽くあしらうと、ジョンに頭を下げる。 「ジョン=グリズルさん。お会い出来て光栄です!」 「こちらこそ光栄だよ。Miss月村」 ニコリと笑顔でジョンも頭を下げる。 竜也がニヤニヤしながら七海に言う。 「そーやってお偉いさんには媚び売る奴なんだな」 「なっ……!?こ、媚びなんて売ってませんよ!失礼なっ!」 七海が竜也をギロリと睨むと、ジョンが「まぁまぁ」と言って割り込む。 「月村さんの礼儀の良さも大切だよ。媚びだなんて思ってないさ。土門、あまり自分の主観だけでものを言わないようにな」 ジョンが鋭く注意する。 竜也は「ケッ」とつまらなそうに言う。 「さて。クロウは遅れてくると言っていたが……どうせあいつの事だ。どこかでサボっているだけだろう。三人で今後の事を話したい」 「おー。相変わらず変な所でやるんだな」 「我々はヒーローだ。一般市民に軽々しく知られてはいけない事だってある」 ジョンは一つ咳払いをすると、両腕を組む。 「今朝話した通り、現在。日本での"UE"出現率が極端に高い状況にある。上の方にも原因を確認したが、詳しい事は何も分からない。だから他国のヒーローの要請をいくつか持ちかけられた。その中でアメリカの代表として、私が来たのだ」 話を簡潔にすると。 日本の"UE"出現率の増加の原因や規模が未知数である為、日本内のヒーローだけではままならない可能性がある。 その為、他国のヒーローの何人かに応援要請をした。 ジョンはその中のアメリカ代表であり、他にも二国程応援が来ているという。 「なるほどなぁ。んで、オッサンはアメリカのドンな訳だから来たのか」 「……私は別にドンな訳では無いが。私は日本という国を気に入っている身ではある。アメリカと同様、死力を尽くして任務に当たるつもりだ」 ジョンは強く意気込む。 「という訳で、何度も言うが私も日本の"UE"調査に加わる事になる。よろしく頼むぞ、月村さんに土門」 「はい!こちらこそよろしくお願いします!」 「……よろしくな。オッサン」 三人は軽く挨拶すると、雑居ビルから解散した。 七海と竜也は並んで帰っていた。 「竜也さん。ジョンさんに対して"オッサン"は失礼ですよ!」 「ぜってえテメェなら言ってくると思ったぜ」 「なら尚更!なんであんな口調なんですか!あの人はヒーロー以前に、人間としても大先輩なんですよ!?」 「あのオッサンいくつだよ」 「42くらいかと」 「オッサンじゃねぇかよ」 「だからそういう事じゃ……あぁもう!」 七海がため息をつきながらおでこに右手を添える。 竜也は隣で「ネチネチうっせぇなぁ」と呟く。 彼女が更に抗議しようとしたその時。 遠くで微かに地響きの様な音が鳴った。 数分前。 雛は一人で自身の帰路を歩いている。 学校鞄を両手に持ち、空を朧気に見上げながら言う。 「……七海ちゃん。ヒーローだったのかぁ」 雛はヒーローの存在自体は認知しているが、七海がそれに該当する事を知らなかった。 いつからなのか、何故話してくれなかったのか。 情報や感情が入り交じり、雛はずっと虚空を見つめていた。 その時。 「……なんだろうあれ?」 彼女の視線の先に、黒い球体のような物が見える。 それは段々とこちらに近いて……。 「……え?」 雛の目の前に落下し、強い衝撃が走った。 続く。
あいつのココア
雨が激しく降りしきる中、私は気がつけばある家の前に着いて、インターホンを押していた。 数秒後に家の扉が開くと、中からは勿論"あいつ"が顔を出した。 雨によってびしょ濡れになってしまった私の姿を見て、"あいつ"は目を丸くした。 「……えへへ。びっくりした?」 「……そりゃ驚くだろ。とりあえず入れ」 "あいつ"は私を家に入れると、シャワーと服を貸してくれた。 リビングにて、"あいつ"は少し不機嫌な表情で私の方を見つめる。 まぁいきなり知り合いが雨の日の夜にびしょ濡れになって家に来るとなると、不機嫌にはなるだろう。 「それで?何で来たんだ?」 「……実は……ね」 私は事の顛末を全部話した。 私はとある企業会社に勤めている社員。 基本的に何もミスなどもしない、自分で言うのもあれだけど優秀な社員だったんだけど。 私が先日、軽い不手際を起こした事で、会社がちょっと荒れてしまった。 今では何とかなったが、私は一気に自信が無くなってきた。 というより怖くなってしまった。 だけど頼ったり、愚痴を言ったりする人が……"あいつ"しか居なかった。 だからいても立ってもいられず、ここにやって来た。 ……我ながら馬鹿だと思った。 ちょっとミスしたくらいで何もかもが怖くなり、単なる友人で頼りたいからって、雨の夜中に家に押しかける。 本当に馬鹿に思えてくる。 こんなんじゃ、"あいつ"はきっと、私を笑うんだろうな。 「……笑わねぇよ」 「え?」 予想だにしなかった言葉に、声がひっくり返ってしまう。 「何だかんだお前とは、中学くらいからの馴染みだしな。それに、どんだけ些細なものでも。ミスを怖がるのは誰だってそうだろ。俺だって怖い時はある。それに、自分の心が打ちのめされた時、誰かに頼りたくなるのも当然だ。お前がそれで俺を頼ったんなら、俺はお前が満足するまで頼られてやるよ」 「…………」 私は目頭が熱くなってしまうのを感じる。 ……本当に馬鹿だ、私は。 馴染みからしんみりする言葉を掛けられただけで、泣きそうになるなんて。 なんて単純なんだ。 すると"あいつ"はキッチンに移動し、数分後にはカップを持って戻ってくる。 そしてそれを私に手渡した。 中には暖かくて、いい香りのするココアが入れられていた。 「さみぃだろ?飲めよ」 私はココアの入ったカップを両手に持ち、ゆっくりと口に流し込んだ。 冷えきった体と心が温められる気がして、私は遂に涙を流した。 「もう……あんたはずるい」 「あ?…………っておいおまっ……!」 うるさいよ、馬鹿。 私は"あいつ"の注意を無視し、その唇に自分のそれを強引に重ねた。 もう私はそのまま"彼"を欲望のままに掻き乱し続けた。 その後の事は、私達だけの秘密。
月村七海の命脈
第二話 とある高校にて。 七海は制服と鞄を身にまとって、自分の通う学校へと足を運んでいる。 「なーなみちゃん!おっはっよっ!」 突然背後から肩を組まれ、七海は目を丸くする。 だが、その人の顔を見てすぐにニコリと微笑む。 「おはよう雛。相変わらず朝早いね」 彼女の名前は雛。 七海とは中学の頃からの友人であり、クラスメイト。 普段から元気いっぱいな性格だ。 七海とは互いを親友と認め合えるような関係性だった。 「まぁね!早寝早起きは大事でしょ?」 「それもそうだね」 ふふっと笑い合うと、ゆっくり学校へと並んで歩き出す。 学校へと辿り着き、教室へと向かう。 「おい七海」 彼女の背後から、声が聞こえ二人は振り返る。 直後、七海が「うっ」という声を上げる。 茶髪のトゲトゲした頭の青年、竜也だった。 制服姿でとても気だるげな雰囲気がある。 「なんですか。土門さん」 「ちっと話があるんだ。ツラ貸せや」 それだけ言って、彼は二人に背中を向ける。 恐らく、ヒーロー活動に関する話である事は、七海には容易に想像できる。 「はぁ」と肩を落としてため息をつく。 すると雛が首を傾げる。 「七海ちゃんって、土門君と付き合ってる訳じゃないよね?」 「違うよ。ただの仕事……知り合いだよ」 「にしては結構頻繁に会ってない?二人とも部活とか委員会に入ってる訳じゃないのに」 雛の問い詰めに、七海は困ってしまう。 付き合っている訳では一切無く、部活でも委員会でも無い。 だけどヒーロー活動と雛に言う訳にもいかない。 「……あー……雛。今日の五時間目のテスト勉強した?」 「あ!してない!早く行って勉強しなきゃ!」 雛は思い出した瞬間に、廊下を全力疾走しだした。 七海は安堵の息を吐くと、教室とは逆方向に歩き始める。 しばらく歩き、屋上に繋がる階段を上がる。 屋上扉の前に竜也が寄りかかっていた。 「なんですか土門さん?あまり友達と一緒のときに話しかけないで欲しいです」 「んでだよ?」 「私達にはヒーロー以外の接点が無いんですよ?不自然に思われますよ」 「不自然も何も、ただの知り合いって事にすればいんじゃねーの?」 「知り合いにしては頻繁に会いすぎですよ」 「じゃあもうダチでいーだろ」 「嫌ですよ!というか、土門さんと私が互いにそう思っていないと、友達関係にはなれませんよ!」 「……めんどくせぇな」 竜也がポリポリと頭を搔く。 すると七海はハッと我に帰り、コホンと咳払いする。 「そ、それで?用件はなんですか?」 「あ?あー、俺もクロウに呼ばれただけだから知らねぇんだ」 竜也が手元のスマホを操作し、七海に画面を見せる。 『竜也の学校の屋上入口で、七海ちゃんと恋バナでもして待っててー♡by.クロウ』 「……土門さんも苦労しているんですね」 「あぁ。あんな馬鹿たれの相手は疲れる」 二人でそう言ったその時、七海の背後からバゴンと音が鳴った。 七海が急いで振り返り、目を凝らして見る。 後ろにあるのは、階段とその手前に置かれた掃除用具ロッカーだった。 二人はロッカーに近づき、恐る恐る扉に手をかけようとする。 すると扉が勢いよく開き、中から人が飛び出してきた。 「ばぁ!」 「うわぁ!」 飛び出してきた人の大声に、七海は思わず驚いてしまう。 「はっはぁー!驚いただろう君達!」 「……何やってんだクロウてめぇ」 竜也がため息混じりに呟く。 中から飛び出してきた人は、二十代程の女性だった。 長くストレートで、艶のある黒色の髪。 黒曜石のように輝きのある瞳。 全体的に漆黒の目立つ色の女性だった。 「クロウさん。何か御用があると聞いたのですが」 七海が本題に戻ろうとすると、クロウと呼ばれた女性は苦笑いする。 「あはっ。七海ちゃんは真面目だなぁ。ちょっち待ってねぇー」 クロウが鼻歌を歌いながらスマホをポチポチと操作する。 そしてその画面を七海達に見せる。 ビデオ通話となっていて、画面の奥には大柄な男の人が映っていた。 とても強面で派手な格好をしており、筋肉質なのが画面越しでも分かる。 相手を見るや否や、七海が反応した。 「え?まさか!ジョンさん!?」 「あ?なんだよこのオッサンそんな人気なのか?」 竜也が首を傾げると、七海が興奮気味に答える。 「ジョン=グリズルさんですよ!アメリカを代表するヒーローで、これまで数々の危険任務をこなしてきたベテランのエリートヒーローですよ!?」 「いや、んなに熱弁されても知らねぇよ」 二人が話していると、画面の奥でジョンが照れた様に微笑む。 「いやぁ。知ってもらえてるのは嬉しいね。ありがとう。さて、君達に話しておきたい事があるんだ」 ジョンはコホンと咳払いする。 「クロウから聞いていると思うが、近頃日本での"UE"の出現率が非常に高いんだ」 「え……?そんな事私は聞いてないですよ?」 「俺も初耳だが」 二人の発言を聞くと、ジョンは「はぁ」とため息をつく。 「……クロウ。君はもう少し、ヒーローとしての自覚を持ったらどうだ?」 「あはは。七海ちゃんといい、ヒーローって真面目キャラが多いねぇ」 クロウがクスクスと笑う。 ジョンは再び咳払いすると、真剣な眼差しとなる。 「"UE"の出現率増加となれば、それなりに日本に危険が迫るという訳だ。その調査と駆除を、私達四人で行いたい」 七海ちゃんがゴクリと喉を鳴らし、竜也が頭を搔いた。 続く
当たり前を大切に。
皆さんは"部活"に通った事があるでしょうか? 僕はつい最近までとある運動部に通っていました。 正直に言うと、僕はその運動部が結構嫌いでした。 人間関係や部の方針が、僕にはとことん合わなかったからです。 そもそも、僕は部活で浮いていたから。 だけどいざ引退してみると、何故だかとても寂しい気分になるんです。 不思議に思って、僕はよく共に練習していた友達に尋ねてみました。 そしたら彼はこう言いました。 「人って言うのは"変化"を嫌うからさ。早く起きてまで練習に参加するっていう"当たり前"が、急に無くなるのは、誰だって辛いと思う」 と言っていました。 正直、その通りだと思いました。 少し大袈裟な例えになりますが、当たり前の様に歩ける人が、途端に事故などで足を失い歩けなくなるような場合。 その人からしたら"当たり前"が突然奪われた事になります。 それと同じなのかは本当に人それぞれだと思いますが。 僕からすれば、嫌ではありながらも部活というのは生活の一部であり"当たり前"でした。 話を変えますが、その友達はその運動部がとても大好きで、ずっとその事を考えているような人でした。 僕とは正反対のモチベーションの彼でしたが、最後の試合結果は僕と同じでした。 彼はそれで僕にこう言いました。 「お前は結構センスがあったし、偉いと思う。それに」 次の一言は、僕が生涯永遠に忘れない言葉です。 「俺が強くなれたのは、同じ実力だったお前のお陰だと思ってる。ありがとう」 僕は本当にシャレ抜きで号泣してしまいました。 高校三年生にして、まるで小学生の様にわんわん泣きました。 僕は正直、部活内では浮いていて、邪魔になっていたのでは無いかと思っていました。 だけど彼は寧ろ目標にしてくれていた。 そう思うと嬉しくて嬉しくて仕方ありませんでした。 僕は本当に思ったのは、友達を持てた事と部活というルーティンがある事の"当たり前"を、本当に大事にしよう。 そう思えるようになったのも、彼のお陰です。 Q:人生で一番感謝している人は? A:彼です と即答できます。 多分これを彼が読む事は無いと思いますが、もし読んでくれた時の為に言っておきます。 本当にありがとう。三年間一緒に練習してくれて。 これからも、一緒に頑張ろう。
月村七海の命脈
第一話 "UE"(unrecorded existence) それは地球上に存在する、生態、出自、全てが謎に包まれた生命体。 異形でもあれば人型でもあり、知性を持つ個体も存在し、人々の平穏を乱し続けている。 そんな"UE"から、命懸けで人々を守る者達がいた。 その者達は、各国で"ヒーロー"と謳われていた─。 20XX年某日。日本。 とある街の裏山にて、"UE"が出現した。 個体は体長3メートル程の恐竜の様な姿だった。 従来の二足歩行の恐竜に、発達した前足がついている。 "UE"は大きく咆哮を上げながら、何かを追いかける様に足を動かしている。 その視線の先には、登山に来ていたとされる男女が走っていた。 生存本能のままに、ただひたすらに走り続けている。 だが裏山の不安定な足場に、女性がつまづいてしまう。 男性は女性の元に駆け寄り、起き上がらせようとする。 だが、目の前を見ると"UE"が目の前に立ち尽くしていた。 ぎらりとした鋭い歯の間から、白い息を荒く吐いている。 "UE"が口を大きく開いた直後だった。 「うぉっしゃあらぁぁあ!」 大きな掛け声と共に、"UE"の頭上に何かが落下した。 凄まじい轟音と共に、辺りに砂埃が舞う。 登山者の二人が何が何だか分からない顔をしていると、砂埃の奥から人影が現れる。 「ぺっ!ぺっ!砂が口ん中入っちまった」 茶色くトゲトゲとした髪型で、右目が赤色に変色している青年だった。 見た目は高校二年生くらいに見える。 両腕にはまるでショベルの様な突起物がついている。 「土門さん。あんまり勝手な行動しないでくれますか?」 どこからか声が聞こえ、周りの人が一斉に見回す。 声の主がいたのは……空中だった。 長く、ウェーブのかかった青髪の少女だった。 茶髪の青年と同年代に見え、目には丸眼鏡をかけている。 宙に浮いていた少女がゆったりと地上へと降り立つと、茶髪の青年が「あぁん?」と彼女を睨む。 「"UE"は倒せたんだから問題ねーだろうが。七海こそ、ただ上から見下ろしてただけだったろうが」 「べ、別にただ見てた訳じゃないです!土門さんが先に行ってしまうから、あまり前に出れなかったんです!」 青年と少女が火花を散らして言い争う中、登山者二人が深く頭を下げる。 「ほ、本当にありがとうございました!なんとお礼を言えば良いのか……!」 すると青髪の少女がニコリと微笑む。 「お礼を言われるような事はしてないですよ。だって私達は……」 青髪の少女─月村七海(つきむらななみ)は胸に手を当てる。 「"ヒーロー"なんですから」 一時間後。 「どーだったよ?お二人共。初任務は」 "日本ヒーロー特務課" 日本に滞在するヒーローを統括し、出動要請や招集を行う施設である。 その会議室にて、七海と茶髪の青年が向かい合って座り、白板の前にいる女性を見つめている。 黒色のポニーテールが特徴的である。 茶髪の青年が口を開く。 「俺は絶好調だったな。七海はほとんど何もしてねぇが」 「だから。あれは貴方が先に突っ走り過ぎなんですよ!共に行動する任務でしたよね!?」 「だったらもっと追いつける努力をしやがれ」 二人がギスギスしだした所を、女性が「まぁまぁ」と宥める。 「まぁまだ初回だし。息は合わないだろうけど、これから頑張ろ。七海ちゃんに、竜也もね」 「おーう」 茶髪の青年─土門竜也(どもんたつや)はやる気の無さそうな返事をする。 それに対して、七海も密かにため息をついたのだった。 続く
雨を降らせる魔女の話
雨を降らせる魔女の話-後編- 「君が……死ぬ?」 僕は恐る恐る尋ねる。 少女は「うん」と何ともないかのように頷く。 彼女は一度、宝石を壊してみようと試みた事があるらしい。 だが、宝石に触れた瞬間に─感じたらしい。 無機物ではなく、"命そのもの"に触れる感覚を。 その宝石が雨を呼ぶ源でもあり、彼女の命の源でもあるという事だ。 「多分。砕いたり引き抜いたりしたら……死んじゃうんだろうね。私」 彼女は特に悲しくなる素振りは見せていない。 本当の話ならば自分の命に関わる話なのに、何故ここまで淡白な反応なのだろうか。 「正直、これには大して驚かなかったかな。命っていうのは、どんな形でもいずれ終わるし、人間って結構急所丸出しなところもあるからね。私はそれが浮き彫りって感じ」 そう言う彼女は、直後少し顔を沈める。 「でも私……嫌なんだ」 「何が?」 「生きるのが」 僕は息を飲んだ。 「だって。私が生き続けてる限りさ、この雨は止まないんだよ?この山だって、雨にずっと降られてたら、危ない存在になる事くらい。君にも分かるでしょ?」 僕は反論出来なかった。 大きな山全域が数年はおろか、数日雨に晒され続けると、大規模な土砂崩れにも発展する可能性もある。 この山の近くには住宅もある。 止められるのなら、僕も止めたい。 「……その宝石を砕けば。本当に雨が止むの?」 「うん。私の命と引き換えにね。そこで、君にお願いがあるんだ」 女性はそう言うと、ポケットから少し大きな石を取り出した。 それを僕に差し出す。 「君がこの石で、この宝石を割って」 「……は?」 僕はとうとう理解を放棄してしまう。 宝石を割って……? 彼女の話が本当なら、彼女は僕に。 『私を殺して』 と言っているようなものだ。 僕が人殺しになるという以前に、彼女は自ら死を選んでいるのだ。 「だって。こんな不気味な山の中心なんて、誰も寄り付かないからさ。自殺するのも気分が悪いし。そんな中君が来たってわけ。こんなの運命だと思わない?」 「……あのさ。君は僕に人殺しになれって言うの?」 僕は呆れ気味に尋ねる。 彼女はクスクスと笑う。 「違うよ。だって、殺しの証拠は残らないし、そもそも貴方と私に接点は無いし。ここに入れたって事は誰も警備に見られてないって事でしょ?」 「……そうじゃなくて……君は。死ぬのが怖くないの?」 「うん。正直怖くはないよだって。そうしないと、皆が苦しむからね。私の命で人が笑顔でいられるなら、全然平気」 彼女はそう言うと、僕の手に石を握らせる。 とてもひんやりとしていて、握るだけで背筋が凍りつきそうになる。 彼女は「うーん」と体を伸ばしながら、椅子に深く座る。 そして、何かを悟ったかのように静かに目を閉じる。 「あ、そうだ。最後に聞いてもいい?」 「何?」 彼女は目を閉じたまま、僕に尋ねる。 「君の名前。教えて欲しい」 「名前?なんで」 「なんだろう。なんか死ぬ前に聞いておきたい」 「…………僕の名前は」 僕は自分の名前を、彼女に教える。 すると彼女は、「あはは」と笑う。 「そっか!今の君にぴったりな名前だ!ありがとう!」 目は不思議と閉じたままだが、はしゃぎながら彼女は笑った。 僕は石をぎゅっと握りしめる。 彼女にゆっくりと近くと、宝石の目の前に石を持っていく。 そして力強く、石を宝石に叩きつけた。 パリンっと小さな音を立てて、宝石は粉々に砕け散った。 しばらく沈黙が流れるが、特に何も起こらなかった。 僕が困惑していると、彼女は椅子から立ち上がる。 「ありがとう。これで雨は、止むと思うよ…………死んじゃう瞬間は、なんか見られたく、ないから。帰ってくれない?」 途切れ途切れで話す彼女から、僕は何も言わずに背を向け、扉を開ける。 不意に空を見上げると、灰色の雨雲が消え去り、青空に変わっていた。 僕は不意に後ろを振り返る。 彼女はとても嬉しそうにこちらに手を振っている。 僕は手を振り返すと、彼女の言う通りその場を後にした。 数日後。 『続いてのニュースです。近頃話題となっていた雨の降り続ける山が突然晴れたとの事─』 『その山の中枢にあった山小屋に身元と死因不明の女性の遺体が発見されました』
雨を降らせる魔女の話
雨を降らせる魔女の話-前編- 僕は気まぐれで、最近話題になっている"雨の降り続ける山"に行ってみる事にした。 気まぐれとは言っても、先日友達に行ってみてほしいと頼まれた為である。 遠くから見てみると、本当に不思議な山だった。 来るまでの道中(徒歩三十分)は、雲ひとつない快晴だったのに、その山のてっぺんには灰色の雨雲が浮かんでいた。 この現象は、どうやら数週間前から確認されているらしい。 気象庁や警察などが調査しているが、未だ原因が分からないらしい。 その山はほとんど雨に降られている為、地面が柔く、木も倒れやすい。 だから基本的に、山には立ち入れないようになっている。 僕は警備や人目の少ない夜中に、山の中に足を踏み入れた。 雨がザーザーと降りしきる中、ほとんど意味を成してない傘を片手に進む。 しばらく歩き続け、心做しか雨が強くなり始めた時、僕の目の前に何かが見えた。 「……小屋?」 木造でとても小さな小屋だった。 屋根の上の木がまるで雨から守っているかのように傾いている。 窓からオレンジ色の明かりが漏れている。 誰かいるようだ。 小屋に近づき、戸を叩こうとした時。 「入ってもいいよ」 と、中から声が聞こえた。 僕は一瞬ドキリとしたが、扉を開けて中に入る。 小屋の中は不思議な光景だった。 窓と屋根、壁や床に天井の明かり。 そして中央に椅子がポツンと置いてあるだけの、本当に寂しい内装だ。 椅子に座っている少女は、優しい微笑みを僕に向けてくれる。 十七か八……僕と同い年くらいだ。 「こんにちは。雨の中よく来てくれたね」 「貴方は?」 「……なんだろうね。"忘れた"。分かるとすれば」 少女はいたずらっぽく笑う。 「この雨の正体……かな?」 僕は何を言っているのか分からず少女に説明して貰った。 どうやら彼女は、自分に関する一切の記憶が無い。 目覚めた時にはこの年齢の姿でここに居た。 「それでね。私の胸のここにある宝石あるじゃん?」 少女は着ていた服の胸元を少しだけ下ろす。 確かにその胸元には藍色に輝く宝石がついていた。 ただ奇妙なのが、ネックレスではなく"彼女と融合している"ようなものだったこと。 「これがこの雨の原因みたいで、この宝石……私を中心にして丁度この山全域分の範囲に雨を降らすみたい」 「……雨は止められないの?」 彼女は頭を横に振る。 「この宝石を壊せば、十秒後には青空に早変わりするよ……だけどその代わり」 彼女は大きく笑い、とんでもない事を口にする。 「多分、私が死ぬ」 僕は思わず「は?」と口にする。
汚れちまった色恋に
汚れちまった色恋に 第十二話:わがまま 二日後。 私は水野君と待ち合わせした場所で、彼を待っていた。 彼と会うのも本当に高校以来だ。 そもそも水野君は静葉ちゃん達よりも少し関わりが薄かったのだ。 あの時の告白以来、ほとんどまともに話せなかった。 気まづかったのもそうだったが、あまり私が自分から話に行かなかったのもあるのだと思う。 今日も正直上手く話せるか微妙だった。 妙にソワソワした気分でいると。 「あ……風間さん?」 前から男性に声を掛けられる。 顔を見て数秒後、私はその人が水野君である事に気づく。 「水野君。久しぶり」 「あ、やっぱりだ。久しぶり。あんまり変わって無かったからびっくりしちゃった」 「そうかな?……けどそういう水野君も、あんまり変わって無いよ?」 二人でそう言って笑い合う。 水野君が私に尋ねる。 「この後どうする?居酒屋とか行く?」 「…………もうお酒はいいかも」 「え?」 「あ、いや……この前静葉ちゃん達と飲んで来たばっかりだったから」 「あ、そうなんだ。…………だったら、その……」 何か恥ずかしそうに、水野君は口を噤む。 私は首を傾げて尋ねる。 「どうかしたの?」 「あ……いや。風間さんが良ければ……だけど」 「うん」 「……俺ん家……来る?」 予想もしなかった彼の提案に、私は目を丸くしてしまう。 だけど別に、私は深く考えずに頷く。 「うん。行ってみたい」 「へ?……あ、あぁ、そう?なら……行こっか」 「うん。案内よろしくね」 私は水野君の隣をゆっくりと歩き始めた。 しばらく歩き続けると、少し大きめのマンションに着いた。 「へぇ。水野君もマンション住みなんだ?」 「う、うん。一人暮らしだし。職場も近いから」 私達はエントランスからエレベーターで上の階に上がる。 205と書かれた部屋の扉を、水野君はゆっくりと開ける。 部屋はこじんまりとしているが、野球に関する物がずらりと置かれている。 トロフィーや集合写真のようなものだった。 「部屋の間取りは、美桜と似てるね」 「まぁ、マンションならそうなるよね」 水野君は微笑むが、途端に困ったようにそっぽを向く。 「あー……座ってて。コーヒー入れるから」 「あ、うん。ありがとう」 とは言われたけど、私はちょっと気になったため、部屋を少しうろついた。 テレビの横の棚に飾られた写真やトロフィーを眺めた。 高校生くらいの男子集団の集合写真で、大人の水野君が左端に写っている。 もしかして水野君は、野球を学生に教えてるのだろうか? 『俺さ……部活じゃないけど、野球もう一度頑張ってみたいんだ』 あの時言っていた、彼の言葉。 ちゃんとトラウマを乗り越えて、続けていたんだと思うと、何故だか微笑ましくなる。 「それね。俺が教えてる野球部の写真。県大会には届かなかったけど……本人達はこれで納得してたよ」 テーブルにコーヒーの入ったコップを置きながら、彼は教えてくれた。 私はテーブルの前に腰掛けると、「ありがとう」と言ってコーヒーを一口含む。 ほろ苦くて暖かいものが、喉を通って体内に流れる。 「水野君は、野球のコーチなの?」 「いや、高校で野球部の顧問をしててさ、あと体育の先生もやってる」 私は少し驚いた。 静葉ちゃんも教師をやっているが、やはり人気なのだろうか。 私が疑問に思っていると。 「……風間さん」 水野君が恐る恐る尋ねる。 「俺……さ…………高校の時に……風間さんに言った事……覚えてる?」 「……覚えてるよ」 「そっか…………俺、まだ風間さんの事……諦めらんないんだ」 「……うん」 「諦めないといけないのは……自分でも分かってるんだけど…………どうしても……忘れられなくて」 「…………そっか。まだ美桜が好きって事?」 「うん……駄目とは……分かってるんだけど……」 「…………美桜さ、考えてみたの」 私がそう言うと、彼は「え?」と首を傾げる。 「美桜の……未来の事を」 私が随分前に考え始めていた、自身の未来の予想。 「美桜は確かに……今でも静葉ちゃんの事が好き。だけど、静葉ちゃんとか凛花ちゃんは……いずれ他に好きな人が出来て、結婚とかする訳でしょ?そしたら美桜は……ひとりぼっちになっちゃうんだって」 「…………うん」 「それでさ……水野君が高校の時……言ってくれた言葉を思い出してさ……もう一度考えて、会って話したいって思ったの。でも…………都合が良すぎるよね」 「どうして?」 「だって……一回振ってるのに、寂しくなりそうだからって理由で甘えようとするなんてさ……都合が良すぎるよ」 「…………そんなこと無いよ」 「え?」 水野君のまっすぐな瞳と、私のそれが重なる。 私は何故か小さく身震いしてしまった。 「だって。好きな人以前に、風間さんは大切な俺の友達だから。友達の頼みなら、応えたい」 「……」 素直でまっすぐな心の強さに、私は目頭が熱くなる。 涙を誤魔化したくて、私はコーヒーを一気飲みしてむせる。 「ありがとう。水野君…………わがままなのに」 「全然。俺は風間さんが好きだから」 水野君は私に静かに告げた。 私の心が今とても暖かい。 この気持ちが恋なのか、はたまた別の感情なのか。 今の私には分からない、ただ一つ分かる事は。 八年間の私の汚れた恋心は……。 今この瞬間から、変わろうとしているんだと思う。 汚れちまった色恋に"風間美桜編"[完]
笑顔の理由
僕には、近所に住んでる幼馴染の女の子がいる。 いつもどんな時も笑顔で、楽しそうで元気な子。 毎日のように僕に話しかけてくる。 普通の人なら何とも思わないし、仲良くならない理由は無いような人だ。 だけど、僕はそんな彼女が"嫌い"だった。 彼女の言動や態度が捻くれている訳では無い。 問題は彼女の"笑顔"だ。 彼女は僕が見ている限り笑顔で満ち溢れているが、いじめを受けている時や、怒られてる時、飼っていた犬が死んでしまった時。 普通だったら笑顔になれない場面でも、彼女は笑顔を見せていた。 僕はそんな彼女が、根は良い奴なのであろう彼女が、失礼ながらも不気味で仕方なかった。 「ねぇーねぇー」 噂をすればなんとやらだ。 彼女は僕の背中をペシペシ叩いてくる。 僕は顔を上げて、彼女に視線を合わせる。 相変わらず子供みたいにニコニコ笑っている。 「何?」 「今日一緒に帰ろーよ」 「いつも一緒に帰ってるじゃん。いちいち言わなくてもいいよ」 「だって言わないと君、先にそそくさ帰っちゃうじゃん」 えへへと無邪気に笑う。 僕は学生鞄を下げると、トボトボと歩き始める。 隣に張り付いている彼女の話を、僕は一方的に耳に流していた。 堂々と寝坊して怒られた事や、小テストの点数が低かった事。 不幸話ばかりだったが、彼女は嬉しそうに笑っている。 ……長い付き合いではあるが、本当に理解出来ない。 僕はいい加減我慢がならなくて、彼女にイラつきながら尋ねる。 「前から思ってたんだけど。なんで君はいつもそんな笑顔なのさ」 彼女はそれを聞いてきょとんとした顔で首を傾げるが、すぐにニコリと笑う。 「……だって。いつも楽しいからだよ」 「……だったらなんで君は、昔いじめられてた時や、ペットの犬が死んだ時も……笑ってたんだよ」 当時その場に居合わせていた僕からすれば、理解出来るものでは無かった。 強がってるようなものでも無ければ、演技をしてる訳でも無い。 心の底からの笑顔。 あの時、亡き飼い犬を埋めた庭の前で、彼女がしていた顔だった。 「あの時も楽しかったって言うのか?僕にはそう思えない。親しかった存在との死別なんて、普通は耐えられるものじゃないだろ……なんなんだよ君は……」 僕は我慢ならず、最低な言葉を口にする。 「そんな君が……僕は嫌いだよ」 彼女の息を飲むような音が聞こえてくる。 流石に言い過ぎてしまったかと思ってしまったが、彼女を見た時、もう遅いという事を悟った。 彼女は驚いた表情のまま、涙を流している。 その直後、ニコリと笑う。 「…………そっか。そうだよね」 どこか悟ったような、悲しい笑顔になっている。 今まで見た事無い、彼女の"もう一つの笑顔"。 僕は言葉に詰まってしまう中、彼女は続ける。 「私さ……君の前では……笑顔でいたかったんだ。笑顔で元気な私を……見て欲しくて…………だけど、ごめんね……」 彼女はそう言ってそそくさと帰って行った。 僕はその場にしばらく立ち尽くすが、数分後に家に向かって歩き始める。 僕はその最中、彼女の笑顔の本当の理由をずっと考え続けていた。 その後、彼女は僕の前に二度と現れなかった。 僕の心には、後悔しか残らなかった。