だked/海月の一味。
118 件の小説汚れちまった色恋に2
汚れちまった色恋に2 第五話:交流 僕達は皆で学校近くのゲームセンターに来ていた。 まず凜々花さん達が向かったのは、シューティングゲームだった。 迫り来る怪物を銃を使って倒していく典型的なゲーム。 彩葉さんが嬉々としてこれを提案したのだ。 「スコアの競い合いとか出来るらしいよ!どうする?2対2で分かれる?」 「そうしようか。私と彩葉で相手は大生達でいいんじゃない?」 「そうしよっか!二人はそれでも平気?」 彩葉さんが尋ねる。 「はい!僕は平気です!」 「……俺もそれで」 気だるげそうに一誠が答え、お金をゲームに投入すると、ゲームがスタートした。 最初は僕と凜々花さんが撃つ人だった。 チームでの点数のトータルを競うらしいので、なるべく凜々花さん以上に点を取らねばならない。 「凜々花さん!お互い頑張りましょう!」 「うん。私、初心者だから相手にならないかもだけど」 「僕も初心者ですけど……お願いします!」 僕は元気良く返答すると、ゲーム画面に銃を構えた。 その一分後。 結果のスコアは、凜々花さんが50点。 それに対して僕は25点。 凜々花さんの圧勝である。 「……むぅ……」 「お前なぁ。怪物来るたびにビビりすぎなんだよ。何発外してんだ」 「だって……あんなのが急に来たらびっくりするでしょ……」 僕は少し悲しくなりつつも、一誠にバトンタッチした。 その隣には彩葉さんが立ち、一誠に尋ねる。 「一誠君……だよね?」 「うっす」 「こういうゲームやった事ある?」 「別に無いっす。サークルのダチとたまにやるくらいっすかね」 「そ、そうなんだ!……じゃあ私が勝っちゃおうかなー……なんて」 「頑張ってくださいね」 「お互いにね!」 そう言って二人は銃を構えた。 更に一分後。 彩葉さん20点、一誠は55点。 さっきの僕と凜々花さんみたいな極端な試合結果だった。 よって、僕達のチームがトータル80点。 凜々花さんチームは70点で、僕達が勝てた。 彩葉さんがげんなりとした表情をしている。 「……あんた大丈夫?」 「……一誠君強いぃ。本当にやった事あんまり無いの?」 「無いっすよ。二回くらいしか」 「それであれなの!?私十回くらいやってるよこのゲーム!ね!?凜々花ちゃん!」 「……あんたいつも下手だったじゃん」 凜々花さんの鋭い言葉に、彩葉さんは肩をがくっと落とすが、すぐに咳払いして背筋を伸ばす。 「さてと……次は何する?今度はそっちが選んでもいーよ!」 「……じゃあ。一誠はどうする?」 「…………そうだなぁ」 頭をポリポリ掻きながら、一誠はあたりを見渡す。 「じゃあ。あれでどうだ?」 そう言って一誠が指さしたのは、"モグラ叩き"だ。 6つ程ある穴からランダムに出てくるモグラを叩く、これまたシンプルなゲームだ。 最初、一誠が不服そうな態度を取っていたように見えたが、案外乗り気なのかも知れない。 「これなら皆フェアだろ」 「うん。そうだね。じゃあ今度は順番どうします?」 僕が聞いてみると、名乗りを上げたのは。 「じゃあ。私がやるよ」 凜々花さんだった。 凜々花さんはお金を入れると、ハンマーを手に持つ。 後ろで彩葉さんが「頑張れー」と応援している。 数秒経過し、画面に『スタート!』と表示された時、早速一匹目のモグラが顔を出し……。 その瞬間に、モグラの頭にハンマーが直撃した。 「「!?」」 僕と一誠が同時に息を飲み込む。 あまりにも早すぎる。 モグラが顔を出し切る前には、既に凜々花さんはハンマーを振り下ろしていた。 反応速度と振り下ろす速度が早すぎる。 結果。凜々花さんチームの圧勝だった。 続く。
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汚れちまった色恋に2 第四話:アイスブレイク それから一週間は、テスト勉強に集中していたのか、凜々花さんは図書館には居なかった。 僕は少し寂しい気持ちにはなるが、テスト勉強が出来るので、ちょっとだけ有難かった。 凜々花さんが邪魔な訳では一切無いが、集中して出来る事に変わりは無かったから。 そしてテスト一日目。 「おう大生。テストの自信はどうだ?」 僕が教科書を眺めていると、一誠が声をかけてきた。 「うーん。まぁまぁかな。前と同じで学年で真ん中くらいに入れたら満足かも」 「そうか。まぁ俺は赤点さえ取らなければ何でもいいな。部活停止にされないし」 「あ、そっか。赤点とかだと部活行けなくなるんだっけ?」 「そうだ。だから最低限取れるように努力するつもりだ」 「そっか。お互い頑張ろうね!」 僕と一誠は揃って頷く。 それからは、自分でも驚く程あっという間に、テスト期間が終わってしまった。 結果として僕は、学年でぼぼ真ん中くらいの順位になり、一誠は高くは無いが、部活動停止は免れたと言う。 放課後。 僕と一誠は揃って校門をくぐり、駅まで歩き始めていた。 「久しぶりだな。二人で帰るのも」 「そうだね。お互い部活とかで予定合わなかったし」 「そうだな」 僕達はゆっくりと歩きながら、テストの話や互いの部活の話をしていた。 そして暫く歩いていると、僕は信号の向こうに2人組の女性を見つけた。 その内の一人には見覚えがあった。 僕は思わず声を上げる。 「凜々花さーん!」 僕が叫ぶと、隣に立っていた一誠が首を傾げる。 信号の向こうに立っていた凜々花さんが、こちらを見ると手を軽く振った。 信号を渡ると、凜々花さんが僕に行った。 「また会ったね」 「そうですね……あ、一誠。この人がこの前話した凜々花さん」 「この前…………あぁあのスマホの。ども」 一誠が軽く挨拶すると、凜々花さんも会釈を返す。 すると凜々花さんの隣に立っていたメガネの女性が口を開いた。 「り、凜々花ちゃん。この人達は?」 「この前電話で話した姉妹校の後輩の子。多分もう一人は友達」 「あ!この子が!?」 メガネの人が目を丸くすると、コホンと一度咳払いをする。 「は、はじめまして。凜々花ちゃんのクラスメイトの清水彩葉(しみずいろは)です」 丁寧な挨拶に、僕と一誠は揃って頭を下げる。 「君があの……大生君?」 「は、はい。そうです」 「そうなんだー!凜々花ちゃんから話聞いてさ、会ってみたいなーって思ってたの!」 彩葉さんがキャッキャとはしゃぐ。 すると一誠が僕に耳打ちする。 「……なぁ。本当にこの人達大丈夫なのか?」 「え?大丈夫だと思うけど……なんで?」 「……お前なぁ」 一誠が何か言おうとした時、彩葉さんが口を開く。 「あのー。もし二人が良ければなんですけど……」 何か後ろめたそうな雰囲気だった。 「せっかくだから……どこかゲームセンターとか で遊びませんか?」 そう提案された。 隣にいた凜々花さんが驚く。 「あ、あんた急に何を……」 「だってだって!大生君と仲良くなりたいし!凜々花ちゃんだって気になるでしょ!?コミュニケーション大事だよ!」 「別に私はそこまで気になってないけど……はぁ。あんたは本当に……」 凜々花さんが呆れ気味に呟く。 「悪いね大生。彩葉はこの手の話になると聞かないからさ」 「いや!僕は全然平気ですけど……一誠はどう?」 僕は一誠に尋ねる。 一誠もやれやれと言った表情で頭を搔く。 「……まぁ。大生が行くなら俺も着いてく。危なっかしいからな」 「……ありがとうなんだけど。なんかごめんね」 「まぁいい。素直な事に罪は無いからな」 一誠が鼻で笑うと、彩葉さんがニコリと笑い。 「じゃあ4人で今日はゲームセンターでアイスブレイクしよう!」 こうして、4人での唐突なアイスブレイクが始まった。 続く。
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汚れちまった色恋に2 第三話:ひととき 僕は教科書や問題集の問題を解いていると、凜々花さんが口を開いた。 「あ、もうこんな時間か」 左手首につけた腕時計を見ながら言った。 僕もスマホで時間を確認すると、17:13と記されていた。 「本当だ。僕はそろそろ帰ろうかな」 「私も帰らないと」 僕と同時に彼女も席を立つ。 僕はその時、心臓がばくんと跳ね、反射的にこういった。 「……え、駅まで一緒に……帰りません?」 すると彼女はキョトンと目を丸くする。 だがその直後に、ニコリと笑った。 「いいよ」 僕のすぐ隣を、凜々花さんは歩き始めた。 横顔が真隣にある事が分かると、僕はつい目を逸らしてしまう。 「あんた。テスト勉強とかするタイプなんだ」 唐突な凜々花さんの発言に、僕は動揺しながらも答える。 「ま、まぁ。程々です……だけど。予習復習は心がけてるつもりだけど……それだと足りない気もするから」 「ふーん……偉いね」 「えぇいやそんな事……!」 「そんな事あるよ。進んで予習復習するなんて誰でも出来る事じゃないし、絶対にそれは誰にも否定されない、あんたの長所なんじゃない?ほぼ初対面の私が言うのもあれだけどさ」 「え……その…………ありがとう」 僕は恥ずかしさを通り越して嬉しさが勝ってしまい、顔を伏せてしまう。 「そ、そういう、凜々花さんは……テスト勉強とかしないの?」 「あー…………私は直前に全部詰め込むタイプだし、授業の内容は大体覚えちゃうから」 「す……すごいね……」 僕はそんな事をしどろもどろに会話していた。 あっという間に駅に着いてしまい、凜々花さんが逆方向に帰ろうとする。 「じゃあ。またね大生」 「あ……!えっと……」 僕は慌てて彼女を呼び止めると、勇気を出してこう言った。 ここでしか言えない気がしたから。 「…………れ、連絡先……交換しても……いい?」 すると彼女はまたキョトンとした顔をする。 そして柔らかく微笑んで「いいよ」と言った。 スマホを互いに取り出し、連絡先を交換し終えると、手を振って別れた。 僕は彼女のメッセージアプリのプロフィールを見つめていた。 『RiRi/OKN』と名前の欄に書かれている、彼女のプロフィールを。 私は帰りの電車に乗り込むと、ワイヤレスのイヤホンを付けてスマホで音楽を聞き始めた。 最近流行り出しているアニメの主題歌だ。 電車に揺られながら今日の出来事を振り返っている。 「……不思議な人だったな」 私はさっき会った男の子─反田大生の事を思い出す。 見た時の第一印象としては、ちょっと気弱くて素直そうな男の子かと思っていた。 だけど、想像を遥かに超えていた。 とても気弱で素直な性格で、恐らく嘘をつくのも得意では無さそうな子だった。 人によっては可愛げがあると思われそうだった。 「……ふふ」 思い出したら何故だか笑えてしまう。 その時、メッセージアプリに一件の通知が届く。 相手はお母さんだった。 『今日は早く帰るから、晩御飯買って帰るね。何がいい?』 これ以上に無いくらい簡素なメッセージだった。 私は少し考えた後『ピーマン以外で』と頼んでおいた。 電車を降りて数分間歩き続けると、白色の大きな一軒家に辿り着く。 ここが私の家だ。 私は家の鍵を開けて中に入る。 「ただいまー」 玄関の扉を開けると、キッチンに女性が1人立っていた。 ボサボサしているけど艶のある黒い髪。 そして気だるげな表情をしている女性……私のお母さんだ。 「おかえり」 眠そうな目をしてお母さんは微笑んだ。 私はそれに応じる。 「ただいま。今日の晩御飯結局なんなの?」 「ピーマンの肉詰め」 「…………ピーマン以外って言わなかった?」 「あんた。高校三年生にもなってピーマン嫌がってるようじゃ笑われるわよ?それにお母さんは子供の頃から人を甘やかすの好きじゃないから」 「……実の娘くらいいいじゃん」 「だーめ。ちゃっちゃと作っちゃうから待ってて」 「はーい」 私はそう言うと二階に上がり、自分の部屋へと入る。 ベッドの上にそのままダイブしてスマホを開くと、タイムリーにメッセージアプリに通知が届いた。 相手の名前は『清水彩葉』と書かれている。 『凜々花ちゃん今暇?』 私は何も特に考えずに返信する。 「ご飯まで暇だよ」 『ちょっと通話しない?久しぶりに凜々花ちゃんと話したい』 「いいよ」 私はそうメッセージを送ると、彼女からすぐさま着信が来た。 私は耳にスマホを当てる。 『もしもし凜々花ちゃん?』 「うん」 『元気?』 「それなりに。あんたはどう?」 『私は……元気だよ……!』 「そう」 スマホの向こうから聞こえてくるオドオドした高い声。 私の小学校の時からの友達の清水彩葉(しみずいろは)だ。 家が近所であり、母親同士も仲が良くそこから意気投合したのだ。 『凜々花ちゃん。今日も図書館行ってきたの?』 「うん。そうだよ」 『へぇ……週三日くらいのペースで行ってるのに、飽きないの?』 彩葉が心配そうに尋ねる。 確かに私は週に三日ペースであの図書館に通っており、それが一ヶ月くらいは続いている。 飽き始めたと言えば、飽き始めていた。 だけど今日は……。 「……まぁ。少なくとも今日は、退屈しなかったよ」 『え?どゆこと?何かいい事でもあったの?』 「いい事って言うよりは…………なんだろうね」 『えー!何何?聞かせてよ!』 彩葉が電話越しでも分かるくらいキャッキャとしていると、一階からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。 「ごめん。ご飯食べてくるね」 『分かったー。さっきの話、今度詳しく……』 「はいはい。またね」 『ばいばーい』 そう言って通話が終了した。 私はふと我に帰った。 「……どんな体験だったって言えば良かったのかな?」 その真相は、私には分からなかった。 続く。
汚れちまった色恋に2
汚れちまった色恋に2 第二話:謎の先輩 「梅柳高校の……凜々花さん」 僕が凜々花さんの言葉を反芻すると、彼女は苦笑する。 「タメ口でいいよ。あんた何年生?」 「えっ……あっ。にっ、二年生です!」 「……そうなの?一個下か」 「高三……なんですか?」 「そうだよ」 まさかの先輩だった。 僕はなんだか途端に緊張してしまう。 そんな僕の気持ちを汲み取ったのか、凜々花さんは微笑む。 優しくて柔らかい笑みに、僕の心臓が大きく跳ねる。 「そんなに緊張しなくてもいいよ。たった一つの歳の差位で。それに私、そういうの苦手だし」 「あっ。えっと……分かりま…………った」 「ふふ……まぁあんたの好きに呼べばいいよ」 凜々花さんはそう言うと、左手の腕時計に目をやる。 「そろそろ私帰らなきゃ」 「あ、そっか……また」 「うん。またね」 そう言って凜々花さんは背を向けて去って行った。 僕はその背中を、見えなくなるまで見つめていた。 次の日。 「……そいつは災難だったな」 「うん。もう感謝してもしきれないよ……」 昼休みに、僕は昨日のスマホの事を一誠に話していた。 彼は焼きそばパンを頬張りながら頷いていた。 「その人はどんな人だったんだ?」 「あ!そうそう!姉妹校の人だったらしいよ!」 「姉妹校……梅柳高校の事か」 一誠は指を顎に添える。 「姉妹校の割にそんなに目立った交流も特色も無いから知らねぇんだよな……」 「確かにね……でも本当に良い人で助かったよ。わざわざ届けてくれて待っててくれたから」 「まぁな。良心的な人で良かったな」 「うん」 僕はそっと頷く。 その最中、僕は思い出していた。 凜々花さんの、あの柔らかくて優しい笑み。 見ているだけで、何でか心臓が高鳴る感覚。 今、僕は密かに思っている事。 ─もう一度……会ってみたいな。 放課後。 僕は学校の近くの図書館に一人でやって来た。 テスト勉強の為だ。 この図書館はあまり学生がやって来ない静かな場所。 それ故に集中して勉強が出来る。 「今回のテストも。半分くらいを目指すぞ」 僕が密かに呟くと、いつも座っている場所の向かい側に誰かが座って本を読んでいた。 僕はその姿を見て息を飲んでしまう。 「え……凜々花さん……?」 女性が本から顔を上げると、目を見開いた。 「……あんた、昨日の?」 「え、あ!はい!偶然ですね!」 「ね。勉強?」 「はい!……あ、違う。うん!そうだよ!」 「だから、喋りやすい方でいいってば」 凜々花さんが優しく笑う。 この笑顔を見る度に、僕の心臓が反射的に跳ねてしまう。 「ここ……良い?」 僕が凜々花さんの向かい側の椅子を引きながら尋ねると、彼女は頷いた。 「いいよ。むしろ私邪魔?」 「え、いやいや全然!いてくれても平気だから!」 「そう?なら遠慮なく」 凜々花さんが本の続きを読み始め、僕は勉強道具を机に広げる。 チラッと、彼女の読んでいる本を見てみる。 タイトルは『冤罪』という物で、表紙の不穏な雰囲気を見るに、ジャンルはサスペンスだと分かる。 不意に、本を読んでいた凜々花さんが視線を上げ、その瞳が僕を見た。 僕は慌てて視線を逸らして、シャーペンをノートに走らせる。 前から小さく笑い声が聞こえた後、凜々花さんが尋ねる。 「そいやあんた、名前は?」 「へっ……名乗ってませんでした?」 「うん。私だけ」 「あ……えっと。反田大生って言うんだ。大きく生きるって書いて大生」 「たいせい……ね。良い名前だね。改めてよろしく大生」 「へ……あ、うん……よ、よろしく」 僕は声が縮んでしまうのと同時に、顔を机に伏せた。 どうしよう……凄く心臓が鳴ってる……。 その後、勉強する筈だった二時間の内半分くらいが、心臓の音を聞いて過ぎ去っていた。 続く。
気取りの木鳥さん
気取りの木鳥さん 第四話。 朧気な意識の中、木鳥は暑さを覚え目を覚ます。 目を開け、目に当たる太陽光を手で抑えながら立ち上がる。 当たりを見渡すが、そこは広大な砂漠だった。 先程までの果てしない暗黒とは対照的に、ここは白く熱い砂が続いている。 「……ここが……異世界?」 彼女は狼狽しながら言う。 今のところ異世界というよりは、サハラ砂漠に来たような気分である。 そんな時、木鳥はある事に気がついた。 身につけている服と眼鏡以外、何も持ち物を持っていなかったのだ。 水も食料も無い中、先も見えない砂漠のど真ん中にいるのは、余裕で命に関わる。 異世界に来て早々、途方に暮れ始めていた。 既にかなり太陽光が強く、喉が乾き始めていた。 「……どうしよう。とりあえず移動しようかな」 彼女はそう呟き足を動かそうとするが、数歩動いた先で、何かに左足を取られてしまう。 木鳥は左足を見てみると、目を丸くする。 砂がまるで腕の様な形になり、木鳥の足首を握り締めていた。 彼女が声を上げようとしたのも束の間。 砂の腕が彼女の足を巻き込んでどんどん地面に沈み始めていた。 沈むスピードはとても早く、両手を必死にばたつかせるが、勢いは止められなかった。 「誰かっ!助け…………」 あっという間に全身のほとんどが沈み、口に砂が詰まり始めた。 木鳥は天高く右手を伸ばすと、心の中で助けを乞うた。 そして、完全に全身が沈みかけたその時。 パシッと、誰かが木鳥の伸ばした右手を掴んだ。 そして彼女はものすごい力で砂の中から引っ張り出された。 空中に放り出された木鳥は自分の出てきた場所を見る。 背中に黒くて大きな翼を生やした青年がいた。 木鳥が「うげっ」と言いながら砂浜に落下した時、翼を生やした青年が大きく笑う。 「間一髪だったね」 木鳥がゲホゲホと砂を吐き出しながら、青年を見る。 そして思わずドキッとした。 青年はとても整った顔立ちをしていて、笑顔が凄く似合っていた。 黒い翼もなんだかアニメキャラクターみたいで、木鳥は動悸が止まらなくなっている。 ニコニコしながら青年は言った。 「大丈夫かい?お姫様」 青年が尋ねるが、木鳥は頭が回って居なかった。 「え……あいやその」 彼女がオドオドしていると、青年がくすくす笑う。 「急な事で混乱してるのかな?さて、自己紹介とかの前にこの砂漠から出」 青年が何か言いかけた時、彼の両足に砂の腕が大量にしがみついた。 先程木鳥を引きずり込もうとしたものと同じものだ。 青年はそれを見つめて目が点になっている。 「やべ」短く青年が言うと、青年は瞬きする間に砂の中へと引きずり込まれてしまった。 木鳥が慌てて駆け寄るが、そこにはもう青年は居なかった。 「そんな……!」 彼女は絶望してその場に立ち尽くしている。 だが、その直後辺りが大きく揺れ始め、青年の吸い込まれた場所の砂が隆起し破裂した。 砂埃が舞う中、衝撃で木鳥は再度空中へと放り出されてしまう。 「うわぁぁあああ!」 木鳥が叫びながら宙を舞っていると、砂埃の中から人影が現れる。 先程砂の腕に引きずり込まれていた筈の黒い翼の青年だった。 彼は空中で木鳥の体をキャッチし、こちらを見つめる。 彼女の思考が再び停止する。 「あ……えっと……」 「いやー。ごめんごめん。こんなに何度も吹っ飛ばしちゃってさ。大丈夫?」 「あ……はい。ありがとうございます」 木鳥が素直にお礼を言うと、青年はニコリと笑う。 彼女はそっと下を見てみる。 地上からかなり高度がある場所を青年は飛んでいる。 青年の背中を見ると、黒く大きな翼を力強く羽ばたかせていた。 「凄い……飛んでる……!」 木鳥が目を輝かせると、青年がふふんと自慢げに笑う。 「凄いだろう?"箒"なんてもう古いんだよ。時代は"翼"さ」 青年は続けて木鳥に言った。 「僕の名前はクロウ。《ロード王国騎士団"反逆軍"》の副長だよ」 続く
汚れちまった色恋に2
汚れちまった色恋に2 第一話:はじめまり 僕の名前は反田大生(はんだたいせい) 特にこれといった特徴は無い高校二年生。 クラスでもそこまで目立っている訳では無い。 「よーし。そろそろ期末テストだな。お前ら勉強してるか?」 夏が近づいて、だんだんと暑くなり始めた頃。 僕の通う学校では、期末テストの時期が近くなっていた。 クラスのみんなの文句が飛び交う中、先生が言った。 「お前らはまだ高校二年生だけどな。そろそろ進路とかも考えないといけない時期が近づいてきたんだ。まだ夢を持ってないやつもいると思うが、しっかり将来の事も見据えるんだぞ」 クラスの皆が「はーい」と嫌そうに答える。 確かに僕達にはそろそろ進路という概念が生まれる時期だ。 僕にもなりたいものや目標がある。 それに向かってしっかり進まないと。 そう僕は静かに決意し、HRが終わり放課後となった。 僕が帰り支度をしていると、ある人に声を掛けられた。 「よう大生。もう帰りか?」 「あ、一誠。うん。そうだよ」 この背の高い青年が僕のクラスメイトの友達、馬場一誠(ばばいっせい)。 たまたま席が隣同士であり、最初は少し顔が気難しそうで怖かったけど、話してみたらとても楽しくて優しい人だったのだ。 「僕の部活は今日から休みだから」 「そうなのか。俺のとこはまだだな」 「そうなの?運動部でも無いのに凄いね」 僕は家庭科部で、一誠は軽音楽部に所属している。 両方とも運動部程活発に活動している訳では無く、週に一回か二回やる程度だ。 「やれやれだ。別に部活は嫌いでは無いが、勉強くらいさせて欲しいよな」 「まぁいいんじゃない?一日くらいなら巻き返せるよ」 「……それもそうか。じゃあ、またな」 僕は一誠に手を振り、校門を出た。 ほとんどの部活が無いからか、学生の姿が多かった。 僕はその間を縫って駅へと向かい、改札を通った。 その時、誰かと肩がぶつかってしまう。 「あ、すみません」 僕はぶつかってしまった人に軽く謝罪をすると、そそくさと電車に乗り込む。 よく顔が見えなかったが、鼠色のパーカーを身につけていた。 僕が電車に乗り込むと、電車のドアが音を立てて閉じた。 しばらく電車に揺られて、スマホを取り出そうと鞄を漁った時。 「……あれ?」 僕は首を傾げる。 スマホが無い。 自分の制服のポケットや鞄の他の場所も調べた。 だけど、スマホは見当たらなかった。 「……もしかしてあの時……!」 僕は先程の駅の事を思い出した。 駅のホームで鼠色のパーカーを着た人にぶつかった時。 多分あそこで落としたんだろう。 「……どうしよう」 僕は冷や汗をかいた。 この電車は快速列車だ。 各駅では無いため、あと五駅くらい通過しないと止まらない。 誰かにスマホを盗られたりしていたらどうしようと思い、鼓動が自然と早まった。 僕は気が気でない状態のまま、電車に乗っていた。 しばらくして。 停車駅に着くと、僕は車掌室へと駆け込んだ。 「すみません!僕、スマホを他の駅に落としてしまったんですけど!届いていませんか!?」 すると車掌さんがパソコンで色々と調べてくれた。 「浅葉(あさば)駅で黒色のスマホが届いているとの事ですが」 そう教えてくれた。 浅葉駅、僕が最初に電車に乗った駅だ。 「ありがとうございます!今から戻ります!」 車掌さんにお礼を言うと、僕は慌てて電車で引き返し、浅葉駅に着いた。 そして車掌室に向かい尋ねると、車掌さんがジップロックに入った黒いスマホを取り出した。 「これでしょうか?」 「あ!これです!ありがとうございます!」 「いえいえ。お礼なら私では無くこの人にしてください」 「え?」 車掌さんが指差した方を見ると、僕は目を見張った。 そこに居たのは、駅でぶつかった鼠色のパーカーの人だった。 フードを被っており、その隙間から覗いていた顔は女性だった。 顔つきや体型的に、恐らく同年代だと思う。 「……その。ありがとうございます。拾って頂いて」 「気にしなくてもいいよ。あんた随分不用心だね」 「あ……その……すみません」 ぐぅのねも出ないとはこの事。 昔からよくドジとは言われていたが、高校二年生になった今も直らないとは。 「……その制服……美山高校の?」 「え、は、はい!」 「へぇ……そいやもうテスト期間か」 「え……なんでそれを?」 「姉妹校だからね。梅柳高校って知らない?」 僕はそう言われて思い出した。 梅柳高校は僕達の通う美山高校の姉妹校だ。 だけど場所は結構近くの場所で、ここから数駅で最寄り駅に着く程だ。 「私は梅柳高校の……凜々花(りりか)とだけ言っておく」 凜々花さんは素っ気ない素振りで言った。 これが僕達の出会いのはじまりだった。 続く。
夏に咲く花のように。
夏に咲く花のように。 「なあ葵(あおい)。ひまわりってどんな風に咲いてるか。知ってるか?」 景色が綺麗な高い丘の上で、幼なじみの日向(ひなた)がそう私に聞いてきた。 彼は近所に住んでいる幼なじみだ。 小学校の頃からずっと仲良くしている。 そんな彼の質問に私は首を傾げた。 「何?急に?この辺りにひまわりなんて咲いてたっけ?」 「ちげぇよ。単に聞いてみたいだけだ」 「えー?知らないよ」 すると日向はニヤリと笑う。 「太陽に顔を向けて咲くんだ」 「太陽に……顔を?」 私は西日が差し始めていた太陽を見つめた。 淡い橙色の光を放ち、直射日光でも目が眩しさで痛くならない。 見ているだけで心が軽くなる気がする。 「つまりな。ひまわりって"光に向かっていく花"なんだと思うんだ」 「光に向かう……?」 「おう。常に光を追い求めて、ポジティブに生きてる花って感じしねぇか?」 「…………ふーん?」 私は感心して声を上げる。 ひまわりなんてそんなに長時間見る事も無いから知らなかった。 意外と日向って物知りだな。 「……なぁ葵。お前はいっつもネガティブなやつだからな…………俺が居なくても。ひまわりみてぇに真っ直ぐ生きろよ」 「え……?いなくても?」 日向の言葉を聞いて私は聞き返した。 「俺……数日後には引っ越すんだよね」 「え……そ、そうなんだ?」 これまた初耳だった。 十七年近く近所に住んでいた日向が……引っ越し? …………なんだろうこの感情。 「そんなに落ち込むなよ。別に死別する訳じゃねぇだろ?」 「…………そうだけど……」 「……またネガティブになりやがって」 日向は私に言った。 私は昔っからいじめだの嫌がらせだのを良く受けていた。 それを日向はいつも励ましてくれていたが、いじめの頻度のせいでネガティブになりやすかった。 「これやるから元気だせ」 日向が私に何かを手渡した。 それはひまわりの花をかたどった髪飾りだった。 私は何故か、受け取った手のひらが震え始めていた。 目頭が異様に熱い。 なんでだろう……? 「おいおい。なんでお前泣いて……!」 「……うっせー馬鹿」 私は軽く彼を引き剥がした。 そうだよね。日向の言う通り。 前向きに生きよう、彼がいなくとも。 夏に咲く、ひまわりのように。
気取りの木鳥さん
気取りの木鳥さん 第三話。 木鳥は影の発言を聞き、目を丸くする。 「貴方を……殺す……?」 影はそれを聞くと、楽しそうに頷く。 『うん。そうさ。君は異世界に転生して、様々な仲間や経験を集めて、ラスボスである濮を殺す。君たちが好きそうなシナリオじゃないか!』 木鳥には理解が出来なかった。 何故ここまで嬉々とした様子で、殺して欲しいの頼むのかが分からない。 この影の発言の意図が掴めない。 「……貴方は死にたいんですか?」 半ば冗談のつもりで影に尋ねてみる。 すると影は彼女に顔を向ける。 『濮が君を招待する世界は。善人が裁かれ、悪人が優遇されるのが当たり前の世界。善意を持てば持つ程"死"に近づく理不尽な世界だ。まぁ……現実もさほど変わらないのかも知れないけどね』 「……」 『濮はね。そんな世界では、一種の神として崇められた存在なんだよ。許せないだろう?君みたいな人からすれば』 「……貴方は何が言いたいんですか?」 『……まぁ。こんなもの建前だね。濮の願いは二つさ。"世界の変わる瞬間"と"自分の死の瞬間"が見たい。ただそれだけだよ』 「……一つ目は良いとして……なんで貴方はそこまで"死"に拘るんですか?」 そう木鳥が尋ねると、影は少し黙り込む。 そして突然小さく笑い出した。 『さぁね。好奇心……なのかな?濮は君達よりも圧倒的に概念に近い高位個体だからね。寿命だって無いし病気も無い……ただ。他者に殺される事は可能だと思うんだ。形あるものがいずれ壊れ壊されるように。あ、勿論君には恩恵というか能力みたいなのは授けるよ。その方がフェアだからね』 「……それを私にお願いしろと?だったら何故今此処で殺させないんですか?」 『この空間では誰も濮には干渉出来ないからさ。それに、ただ大人しく死ぬのも面白みが無い。戦いや遊びの中で恐怖やスリルを味わってみたいのさ』 クククと愉悦に満ちた声で笑う影を見て、木鳥は軽く恐怖を覚えた。 こいつは何を考えているのか。 先程の人間を軽んじた態度、言動といい。 感性が狂っている、そう感じた。 『今まで色んな人にこのお願いをしたけど……誰も受け入れてくれないのさ。悲しいものだよ』 「…………分かりました」 木鳥は影にゆっくりと歩み寄る。 そして覚悟を決めた表情で影を睨みつける。 「貴方のそのお願いに。乗ってあげますよ」 それを聞いた影が体を震わせて笑った。 笑顔が視認できないが、楽しそうなのが気配や雰囲気で分かる。 『いいね。君みたいにノリの良い子は嫌いじゃないよ。名前を聞いても良いかい?』 「……木鳥さやかです」 『……おっけい。木鳥ちゃんだね?覚えたよ』 影がクスクス笑うと、スキップで木鳥から距離を取る。 そして手と思しき物を彼女に向けると、足元に魔法陣が出現した。 すると影が言う。 『そういえば木鳥ちゃん。随分すんなりここに来た事を受け入れたけど。驚かなかったのかい?』 影の問いかけに、木鳥は少し黙り込む。 これまでの話が全て本当なら、彼女は死んだ事でここに訪れている。 きっともう二度と、普通の生活には戻れなくなる。 その事実を、完全に受け入れたと言うと嘘にはなる。 「……だけど。人間はいずれどんな形であれ死にゆく運命にはあります。それがちょっと早まったと考えたら…………まぁ」 彼女は言葉を少し濁らせる。 そしてクラスのたった一人の友人である、美咲の顔が脳にチラついた。 もしかしたら彼女には、寂しくて悲しい思いをさせてしまうかもしれない。 そう考えると罪悪感が込み上げてしまう。 『……いいね。その葛藤する様……凄く人間らしい』 とても嬉しそうな声で言った。 『じゃあ。覚悟は良いかい?』 影の問いかけに、木鳥はゆっくり頷く。 すると彼女の足元の魔法陣が強く光り輝いた。 木鳥は思わず目を閉じる。 『君の事は見守っているよ……未来の"神殺し"ちゃん』 楽しそうに上擦った声を聴きながら、彼女は光に飲まれた。 続く
うつろじっく
うつろじっく 第一話:環愛奈 『愛奈!危ない!』 私は中学の時から自慢じゃないけど付き合ってる彼氏がいる。 『え……なん……血が……』 その人は凄く優しくて、運動が出来て、かっこいい。 私は告白された時、凄く嬉しかった。 だけどそんな彼は……。 私が車に轢かれそうになった時、庇って事故に巻き込まれてしまった。 『大我は!?大我は無事なの!?』 彼の母親に病院で会い、容態を聞いてみた。 母親は少しの沈黙の後苦笑いした。 『……大丈夫よ。大我は生きてるわ』 『本当ですか!?良かった……!』 私はほっとした。 ただ生きてはいるけど重症という話はされており、暫く面談とかも出来ないらしい。 だけど良かった。 生きていてくれて本当に良かった。 私の……環愛奈(たまきあいな)の生きる支えになる人だから。 続く。
気取りの木鳥さん
気取りの木鳥さん 第二話。 「…………ーい?……お…………?」 壊れた電話機の様に飛び飛びな言葉が、頭に直接流れてきた。 いや、それは錯覚だ。 妙に反響して聞こえる声だったから、そう誤認してしまっただけだった。 木鳥は目を開くと、驚きの余り起き上がる。 目の前に広がる景色がとても壮大だったのだ。 床も壁も何もかもが存在しない暗黒の空間。 そこに煌びやかな星々が無限に漂っている。 木鳥は思わず「綺麗」と呟き、呆然としてしまう。 『やぁ。ここの景色が、そんなに素敵かい?』 再び脳内に直接流れるような声が響き、木鳥は辺りを見渡す。 すると彼女の後ろに、"人の影"が立っていた。 暗くて見づらい訳でなく、人の形をした真っ黒なモノなのだ。 実体を持った影と言えばわかりやすいだろう。 木鳥はこちらに手を振ってくるその影に話しかける。 「……貴方は一体誰?」 『濮かい?濮はね。神様でもあり、悪魔でもある存在……かな?』 影がクスクスと楽しそうに笑う。 子供の様な弾んだ高い声が、木鳥の脳内に反響する。 木鳥は少し怯みながらも尋ねる。 「……ここはどこなの?」 影はその問いを聞くと、ゆっくりと彼女に歩み寄った。 顔と思しき部位を木鳥のそこに近づけると、クスリと小さく笑う。 『ここはね。"魂"と"虚空"の集まる空間だよ』 「た、"魂"と"虚空"?」 影が何を言っているのか分からず、木鳥は首を傾げる。 『んーもっと簡単に説明するなら……"生と死の狭間"……かな?』 「生と……死?」 『ほら?君も記憶にあるだろう?……あの時の、痛みを感じながら……体温を失っていく感覚』 まるで頭に刻みつけているかのように、わざとゆっくりと木鳥に語りかける影。 すると、彼女の脳内に先程まで陥っていたものが押し寄せてきた。 肉体に激しい痛みが伴い、そのまま血と体温が体から抜けていく感覚。 身体中に寒気と鳥肌だ立ち、木鳥は気分が悪くなって蹲る。 口から胃液を盛大にぶちまけると、それは星々と虚空に流されるように消えていった。 影がその姿を見てクスクスと笑う。 『いいね。それが"普通"の反応だ』 木鳥が咳き込んでいるのを、影は笑いながら見つめていた。 「……一体何が楽しいんですか?」 『ん?』 「人が死んで、それを彷彿させるような言動をとって。反応を面白がるなんて……卑劣です……!」 木鳥の本気の睨みに、影は少し身震いした。 『確かに。人によっては無神経な発言だったかな?まぁ、濮はそこまで人間が好きな訳じゃないからね。さて……話を戻そうか』 影はそう言うと、頭上の星々に向けて手を掲げた。 『先程も言った通り。ここは"魂"と"虚空"の集まる空間だ。そして濮はそれの管理をしている』 「……死人の魂を管理してるって事ですか?」 『大雑把に言えばね。だから濮は神であり悪魔なんだ。濮は死人の気分次第で、魂を意のままにできる訳なんだからね』 影は得意気に説明する。 本当に子供と対話している様な気分になる。 『魂には分岐点と終着点が存在する。分岐点によっては終わりも全然違う……まぁこれは言われなくても何となく分かるだろう?天国か地獄かみたいなものだよ』 木鳥は影の説明に逐一頷く。 人間は死んだら天国か地獄に行くみたいなのは、子供の頃から伝わっている。 実際がどうなのかは今まで分からなかったけど。 『濮はその選択を聞いて、魂を導く。それを役割としてるよ。そこで君に聞きたいのはね』 影がこちらを振り返り尋ねる。 『君は魂になりたい?それとも"無"になりたい?』 「……え?」 またもや意図の分からない質問を投げられ、木鳥は困惑する。 魂になりたいは分かるが、"無"とはなんなのだろうか? 『人によってはね。魂となって生まれ変わりたいと思う人や。最早生まれ変わる事も望まず、ただ虚構の中で果てる事を望む人もいる。さっき言わなかった?ここは"魂"と"虚空"の集まる空間だって』 すると影は頭上の夜空を指差す。 『この星々は。これから生まれ変わる人間の魂そのもの。言わば卵みたいなものかな。じゃあ、その魂が漂っているこの黒い海は何だと思う?』 影が嬉々として問いかける。 木鳥は少し考えてみると、数秒後何かに気がついたのか、顔を引き攣らせて青ざめる。 『そう。さっき言ってた"無"を選んだ人間の成れの果てさ。無を望んで尚、次の旅をする魂の介護という役目を持てるだけまだ幸福な方だと、濮は思うね』 木鳥は再度嫌悪感を抱いた。 この影は、なんだか人の命を軽く見ている気がしたのだ。 それが少し……不愉快だった。 影が木鳥の方を見てクスリと笑う。 『……それとも。君は濮ととあるゲームをするという選択肢もあるよ』 「ゲーム……?」 『そうだよ。君達が好きそうな事だ。簡単に言うなら"異世界転生"だよ』 それを聞いて木鳥は息を飲んだ。 異世界転生。 小説やアニメでしか聞いた事が無い、現実じゃあまず有り得ない超常現象。 それが可能だと、この影は言っている。 『君は魂になって生まれ変わるか、無となって永遠に魂の礎となり続けるか。どっちも正直ピンと来ないし嫌だろう?それに君は……明確に濮に殺意を抱いた。そうだろう?』 「……確かに嫌いですね。貴方のその考えは」 『だと思ったよ。だからこういう提案をしたくてね』 影は木鳥の方を指差すと、これまでには無かった低い声で言った。 『異世界で力をつけて……"濮を殺せ"』 続く