飛ぶ五月

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飛ぶ五月

I’m just thinking out loud…

奔流〜ナメクジ〜

「おい。」 濡れすぼった地面に這う貴様。 お前はどこから来、 また、どこへ去るのか。 まさか,空から降ってくるのではあるまいな。 雨の日の憂鬱な気分から 生まれてくるんじゃあるまいな。 前世も来世もない、輪廻の輪に切れ目を入れて、 入ってくる。そんなお前のことが気になる。 ナメクジは顔を上げてこちらを見上げる。 私の傘を雨が突き抜けようとする。 私は晴れが好きなのだが、 お前は曇天しか見たことがないだろう。 一体、名前もない土の上で、何をしているのだ? 落としてしまった殻でも探しているのか? それとも、生き別れた兄弟か? なんだ、それとも愛か? 愛が欲しいのか? 分からない… ナメクジは遠くへ這い去ろうとする。 遠くへ、遠くへ、去ろうとする。 無限に思われる、このユーラシア大陸を、 本当は分かっているのだろう? 死ぬのだということが。 死ぬのだと分かっていながら働くのか? 死ぬのだと分かっていながら学ぶのか? なあ、 その口は何を言うのだ? 世にも珍しい口のあるナメクジよ。 それは飾りか? 人間の脳のように、 おしゃれにもならない、 ただの飾りか? ただ起こることの奔流に呑まれる。 人類が滅亡して、過去を振り返れば、 皆同じことを言うだろう。 お前も同じ言葉を吐き捨てるのか? 「おい。」 私は持っていた塩の瓶を投げつける。 当たって割れる。 雨が降る。 生きる。 その溶け始めた体では 長くは生きられないだろう。 お前にとっての希望はとっくに潰えている。 その小さな石ころの先に何かあると 思ったんだろう。 何もないんだよ。 どれだけ文明が発達しても、 その先にあるものなんて、無い。 …雨が激しくなる… 溶ける。 私のため息が、お前の体が。 苦しいか、苦しいか。 視界が霞むだろう。 それが本当の景色さ。 本当の世界は、霞んでいて、輪郭すらない。 私達の、空虚な希望によって、 何とか縁取られる。 お前の体のように、生き物は皆、 溶けそうなのだ。溶けそうなのだ。 ええ? そうやって叫んでも無駄なんだよ。 溶けた口を精一杯に開いて叫んだって、 どれだけ幸せを求めたって、 何もない…何も無いって分からないのか? 「……違う。」かすかな声。 「僕は、生を受けた。頼んでもいないのに。 だけど、つらくて、苦しくって仕方がない。 そりゃ、あなたの言う通り、 未来にも、歩んだ過去にも、 何かある訳じゃない。 僕なんて、鳥が一本、羽を落とすくらいの、 頻度で生まれ落ちる。 そこに、意味を求めてどうするんだい? 何かあるから、生きるのかい?」 …雨はさらに激しく… 何かあるから生きる。 確かにそれは間違っている。 宇宙だって、 彼の外側には何も無いのに、 今でも成長し続けている。 結局、私達と同じく、生ける者。 健気、一言で言えばそう言うことになる。 分からぬ、分からぬ。 ますます、生き、死ぬことについて、 謎は、謎のまま。 その謎を解き明かすため。 葛藤する。 死ぬ理由はいくらでもあって、 生きる理由は一つだけだから。 だから、お前に訊ねているのだ。 生きる理由が たった一つってのは寂しいだろうから。 お前もまた、前進と葛藤を続ける。 …生ける者の性なのだろうか… なぜ生きるのか?と言うことを考えるのが。 その答えが出れば、私達はついに生を手放す。 たった一つの生きる理由とは、 “なぜ生きるのか? という問いへの答えを見つけるため” だからだ。 生きる理由がゼロになれば、 生きることはできない。 「答えは出そうか?」 もう這う力も残っていない奴に訊ねる。 結局、 こいつの生い立ちについては分からなかった。 「出ないよ。」 そうか。 「出してはいけないと思う。」 そうか。 ナメクジの脳にしては、上出来だ。 …ナメクジは、溶けきった…… そこに、小さな温もりと、水溜まりを残して。 そうして、私は再び独りになった。 訳だが、雨は止まない。 ただ、起こることの奔流に呑まれ、 私達は生きる。 答えは“ない”これも一つの答えなのだろうか。 …私も、溶け去った。… 生きる理由なんて、 “ない”というのが正しいのかもしれない。 この奔流は、酷く不安定で、 また、空虚から成り立つ。 空虚の中で、生きる。

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奔流〜ナメクジ〜

キープ   ホープ

花火。 花火が鳴る。遠くで。 遠くで、花火が鳴る。目と鼻の先で。 とても大きな、音と光。もしかしたら、 ものすごく近いのかもしれない。 ものすごく近いかもしれないのに、 なぜか、花火だと,とても思えない。 ただ、向こう。私の指の先、で、 花火が打ち上がっている。 それは、竜が空に昇っていったり、 たくさんの人が乗った気球が爆発するのと、 似たような現象。 すごい事が起こっているから、もしくは 私には関係ないから。 ただ「花火」の「存在」しか認識できない。 花火に対して、何の感情も抱かない。 何の感情も抱かない。 何の、感情も。 ありとあらゆる感情。喜怒哀楽。 …全て。 何も無くなってしまった。 私には、何も。 ただ、花火という現象が、私を嘲笑う。 上っ面だけの、現象。私達が生きるのと同じ。 ただ起こる。理由を問われても応えられない。 理由なんて、いらない。 こうやって、星が輝くのも、 サボテンが傍に映えているのも、 砂漠に、一人で、 街灯に照らされて座り込んでいるのにも、 生きているのにも、 …私は、砂を右手ですくう。 一粒も、こぼれなかった。そうよね。 そうよね。私が濡らしたもの。 ああ、砂よ。愛しい砂よ。 私の枕の気持ちが分かったかしら? 激しく動く、激情。 感情はないけど、激情はある。 とんでもない屁理屈。とんでもない夜。 届かなかった、伸びた指の先。 届かない、星。花火。 あなたたちは届くのにね。 そうやって、冷たく輝くのね。いいわ。 勝手に光ってれば、いいわ。 何をしようと、あなたの勝手。 私の感情、いや、 激情は冷たく吹く砂漠の風に吹き消され、 砂煙が舞っていた。 蘇る、花火。目の前の、花火。 記憶の中のどの花火とも、一致しない。 ただ、今だけの、一刹那。 瞬きすれば見逃してしまうかもしれない。 夜と花火。 ベタベタのペンキのような、光景。 そんな光景に呑まれて、私は気付く。 … 存在。静寂。 脳天をつらぬく、夜空。 私に取り込まれて、溶ける空気。 暴虐な花火の音に、私の衣擦れ。 この瞬間は、絶えず、流れていく。 私が存在したところで、 この瞬間が存在したところで、 意味もない。 ついた手の指先に、サボテンの影。 一本のトゲの影が、 私に刺さろうとして、止まっている。 時が経てば、刺さるだろう。 太陽が昇って降りれば、刺さるだろう。 でも、でも。今だけは刺さらない。 そこに1ミリの空間があるから。 きらきら光る砂が、邪魔をしているから。 この瞬間だけは、あなたと私の間には、 永遠が広がる。 それに思いを馳せる時。そんな時には、 静寂が広がる。 うるさかった花火も、スクリーンに映し出され、 音量がゼロになる。 だから、花火なんて、ただの現象。 ただの現象…。見えるものすべて。 さらさら流れる砂。 眩しい花火。 遠く、遠くから吹く風。 今の私には、何も掴む事もできない。 目に映るもの。 無意識に手を伸ばす。 無意識に目を見開く。 無意識に欲しいと願う。 赤ん坊の頃から変わっていない。私は。 変わらなくても良い。 変わらず遠くにあり続ける。 だから、私は虚しく思い続ける。 静かに、口に出すことも、叶わない。 静かに、サボテンは立っている。 過ぎ去っていく砂、そして時間に逆らって、 ただ揺れもせず、 時間の横軸に、染みのように横たわる。 ふと見ると、私が砂をすくった跡には、 砂が流れ込んでいた。 悲しい。 そんな風に、私の証拠を隠してしまうなんて。 遠くで花火が打ち上がる。 最低。 頭が空っぽになった感じがする。 このまま、冷たい風に吹かれていたい。 遠くで花火が打ち上がる。 駆け抜ける、風。 光る砂、星、花火。 バカなサボテン。 いっその事、私を刺してくれてもいいのに。 空を見る。 夜空を見る。 ただ光るだけの星。 じっと、光っている。 じっと、生きている。星にも寿命はあるから。 じっと、生きている。 前を向く。 遠くの花火を、向く。 静寂。は、終わった。 街灯の「ジジ…」という音で。

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キープ   ホープ

光と今〜かえる〜

「変顔症」それは、とても恐ろしい病気。 そんなの、分かってるさ。 … 意外に冷たい風が、 病室の真っ白なカーテンを揺らした。 寒くて、思わず布団を抱きしめる。 消毒と、洗剤の匂い。少し洗剤の匂いが強い。 何もかも…ううん。俺以外は、全部白い。 だから、カーテンが風にどかされる一瞬には、 目を奪われる。 たくさんの、緑。 濃いのも、薄いのも、たくさん。 混ざって、 カーテンが窓を隠すと、少し寂しい。 人が,居なくなるのと、 おんなじくらい、寂しい。 って、言い過ぎかな。 ただ、この病院という場所が、 寂しさの権化みたいな場所でさ、 俺は、嬉しさ、喜び、とかいう気持ちよりも、 悲しさ、嘆き、という気持ちの方が 多い気がする。 それが、日常。もう慣れっこだよ。 でも、他の人にとっては、非日常。 まるで、 広い地球のどこかで迷った時みたいにさ、 そりゃ当人にとっちゃ不安だけどさ、 そこに住んで、 日常を送っている人もいるんだぜ? それでも、日常が寂しさでいっぱいでも、 やっぱり、慣れない。 寂しさだけは、感じてしまう。 だからさ、こうやって考える。自分一人で、 考える。 かえるのくせに、生意気だって? そりゃあ…しょうがないさ。 運命にゃあ、逆らえない。 ほら、 “コツコツ”っていう魔の足音が聞こえてくる。 もうじき、入ってくる。 「変顔症」の患者を連れて… もう、驚かない。 慣れないのは、寂しさだけで十分だから。 「ガラ」とは開かずに、 「スー」っと病室のドアが開く。 そうさ、スライドドアなのさ。 風が吹く。「白」だけがあった。この病室に、 光と、時間。それに、「今」が入ってくる。 これは思い出の中じゃない。「今」なんだよ。 ほら,患者の顔を見るんだよ。頑張れ。俺。 やっぱり、足ばかり見てしまう。 細くて、作りたてほやほやみたいに、つるつる。 きっと、 可愛くて、モテモテの女の子だったんだろうな。 俺には、よく分からない。 分からないけれど、モテてみたいって思う。 ほら、 かえるなりにさ、俺だって立派なオスなんだよ。 その足は、 俺がちょこんとたたずむベットの前で止まる。 そして,きっと今。こっちを向いた。 白い服が、風になびいている。 ああ、生きているんだな。 こうして、存在してるんだな。 ありがとう。よく頑張ったね。 生きることって、すごく立派なことさ。 俺は、顔を上げる。 「う。」まただ、また、驚いてしまった。 「…」唾をごくごく飲む。 だめだ。動揺している様子を見せちゃだめだ。 「…はあ。」やっぱり難しい。慣れるのは、 酷い顔をした彼女は、可愛らしい仕草で、 ベッドの横、上と来て、 寝転がって、手のひらサイズの俺を優しく、 抱いてくれる。 少し震えている手、大きく聞こえる鼓動。 そして、真っ白。 五本五本の指が、俺の背中をモゾモゾと撫でる。 酷い顔は天井を向いて、 俺はそれを見つめる。 … 「変顔症」、それはとても恐ろしい病気。 そんなの、分かってるさ。 … でもさ,こんなの酷いじゃないか。 …静かな時間。 この、動き続ける星「地球」。 その中の、俺達。生き続ける俺と君。 顔が酷いから。そんな理由で苦しむなんて… 壁に映る、透き通ったカーテンの影。 こんなに穏やかに、地球が回ればいいのに。 呼吸をする、肌色の生き物。 天井を見つめるだけの「君」という生き物。 ほら,見てごらん。 確かに、「白」っていう色は良いと思う。 黒なんかと違って、息がしやすいでしょ? でも、こっちを向いてよ。 緑色の俺を見てよ。 君を癒すのが、俺の仕事なんだよ。 …そうか。じゃあ、今はそのままで。 君は眠っている。 壁に映るカーテンの影。 それを揺らす、風。 ただ、綺麗な風を吸って、 君は、自分を思い出したんだね。 そうなんだよ、君も、綺麗なんだよ。 汚い人なんて、生きてちゃいけない人なんて、 いるはずがない。 …そんな事を、以前の患者にも伝えたかったな… 俺の頭の中に、酷い顔がずらりと並ぶ。 ビフォーアフター形式で。 可愛い、かっこいい顔の隣に、酷い顔。 それが交互に続いてく。 もう、何年も前に、数え切れなくなった。 生きていた、人。 ある日、突然顔が変わって、 人生が、変わった人。 「ざまあみろ。」 そんな事を思っていた時期もあった。 でも、そんなのは100パーセント間違えでさ、 みんな「人」なんだよ。 最初は、みんな「赤んぼ」なんだよ。 俺の最初は、「おたまじゃくし」だけど、 …君は、まだまだ起きそうもない。 そう。だから、何が言いたいのかっていうと、 彼らは悪くない。 俺も,おたまじゃくしの頃に、 うまそうなミミズを奪い取りやがった奴のことは 覚えているよ。 でも、不可抗力じゃないのか? 俺が生きているのも、 君が生きているのも。 誰も、一人じゃ生きられない。 だから、 自分が好んでそんな性格になった訳じゃない。 本当は、 みんないい人、良い蛙になりたいんだよ。 …つまりね、神はいない。でも、 運命だけはそこにある。 ふと、一枚の緑の葉っぱが窓から流れて、 君にのった。 流れていくもの。 動いていくもの。 揺れているもの。 消えていくもの。 葉。地球。カーテン。そして君。 「ごめんね。伝えられなくて。」 今日初めて口にした言葉。 それは、懺悔の言葉。 なぜかというと、 君の胸は上下していなかったから。

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光と今〜かえる〜

命と夢〜ヤモリ〜

つややかな肌。 月光を反射し、広い夜を見上げる。 見上げるのは、四つの眼と、濡れ湿った地面。 さざめき合う葉の隙間が、口のよう。 それにつられて、一方のヤモリの腹が鳴った。 「ぼっ、腹が減ったなあ。」 おぼつかない人間の言葉で話す。 夜と混ざった、黒いヤモリ。 「おめ、昨日あめ食たろ?」 もう一人が足元の水たまりを、 ピチャッと、踏んで言う。 この二人の間には、真ん丸眼が放つ、 独特のアイコンタクトがぶつかる。 相変わらず、葉の隙間は、何かに飢えている。 「でも、ぼっの腹は鳴ったんだよ。 おめの、いびきみてな声で鳴いたんだよ。」 空腹を訴えるには、少し冷たい夜。 そこには風が届かない。 だけど、どこかの家の温かい料理の匂いが漂う。 小さなヤモリは、器も小さいのだろうか。 「おら、いびきなんて知らね。」 彼はかなり強がりな様子。 前足を脇腹にあて、 人間のように、胸をそって、 風に吹かれた。 「怒っているのかい?」 幾分か優しいヤモリは、 あごを地面の石ころと触れるくらい下げる。 「知らね。」 「そ か。」 四つの眼は、飢える葉の隙間を、 首をすぼめて見上げた。 ボコボコの月。 ちょうど、ここいらの地面と似ている。 平坦と思うような地面でも、 雨の夜が明ければ、月のようにボコボコなのだ。 葉の隙間は黙ってしまう。 ただそこにある月。 「ぼっ、月と繋がったみてだ。」 「んだ。おらも。」 月光は揺らいでいない。 二人は首を遠吠えするように持ち上げ、 たった2センチメートル上の空気を吸う。 それだけで月と繋がれるとは、 誰も知らなかっただろう。 たった2つの、冒険心。 それを馬鹿にしちゃいけない。 決して、体の大きさだけじゃ分からない。 たった2組の目に映るのは、ボコボコの月。 「そんなもんでいい。」 きっと二人はそう思っただろう。 「ぼっ、生きなくちゃいけねんだ。 月を見て、思い出った。」 彼からして見れば、月は明るい。 彼からして見れば、月は恒星で、 彼からして見れば、月はお友達。 そっと、彼に笑いかけたのだ。 月は,ずっと彼を見てきたのだ。 「おう。お前はいいよな。」 大きな口から、短くため息混じりの声。 彼の目が映す月は笑っちゃなんかいない。 感じているのは、隣の友達の呼吸。 月に好かれた、近くとも、遠い。友達の呼吸。 少し、上を向く。涙だって、彼は知らない。 「ぼっ、約束しただ。」 「そうか。」 足元の水たまりが、小さく波打つ。 一方のヤモリの足元に、当たって止んだ。 それを見つめる、悲しげな眼。 小さな水面に映る自分の感情は、分からない。 「腹が減ったから、はなす、聞いてくれよ。」 「んだ。」 「おら…」 柔らかな指先、少し沈み込む地面。 力強く伸びた首の先に、白く輝く鼻先。 これでも、儚い人生なのだろうか。 きっと、寿命の長さと、人生の儚さ。 そこには何の関係もないだろう。 一枚の子葉が、気づくとそこにあった。 … 「おら…あの日は何かあるとおもただよ。 あの日は、な、きっと、ジンセーの転機だった。 その日は、よく晴れて、ひっからびそだった。 いくつもの、 白骨となった、仲間の傍を通り過ぎた。 大っきな砂漠さ。そこに迷い込んだんだべ。 何だか、太陽がギラギラ照って、 そのまま 落っこてくるんじゃねえかってぐらいにさ。 水っぽいものなんてないのに、 陽炎が揺らいでただ。 あっつかたなあ。 いや…あっつかった。 もう、すでにおらの涙がひっからびてただ。 だから、 死ぬ間際だってのに、泣けもしなかっただ。 きっと みんなもいつもと変わらん顔で逝ったんだよ。 へえ、おっかねえ。 それでな、おらは死場所を決めただ。 おっきな石でな、 そのそばにゃ、仲間たちがいっぱいいただ。 こりゃ、安心して眠れるわと思て、 怖かっただよ。そりゃ。 でも、なんとなく、白骨は笑ってただ。 全部で四つ。 綺麗だった。 まるで天使さまの衣の切れ端みたいに、 純白な骨だった。 そしてな、おらは近づくんだ。 んで、白骨が笑っている理由が分かっただ。 そこは、気持ちえんじゃ。 空は、真っ青で、雲ひとつなかったけど、 なんだか、そこだけ照らされてる気がしただ。 ひなたぼこするみてにさ。 ああ、あのまま死んでいたらな。 幸せだったって、言えただろな。 寿命と、儚さ。 そこに、何の関係もねえんだなて、思っただ。 でも、 神様はいじわるってもんで、 幸せなまんま、終わらせてくんなんかっただよ。」 ここで、一息いれて、また続ける。 「おらのしっぽが千切れたんだよ。 信じられるか? なんでって、そりゃ、おらにもわかんね。 そんでもって、しっぽは言うんだ。 (僕を食べて。 そうすれば君は生きられる。 ひたすら日が沈む方へ歩き続けるんだ。 僕は死んでもいいけど、 “君には、生きて欲しい”) そう言ってな、 ビーンて伸びて固まっちまったんだ。 知らぬ間に、涙の筋が光っていた。 「それから、 伸びたしっぽは永遠に動かなかった。 … おらは、歩き続けた。」

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命と夢〜ヤモリ〜

過ぎ去っていった。

君の、心を手に取る。 小さな、人間の子。 星の数ほど存在する人間のうちの、一人。 「君は、自分に価値を見出せるの?」 冷たく、重たい空気はなかなか震えない。 それでも、君は頷く。 そんな、ただの玉みたいな物で、 私を見ることはできるの? 確か、目玉と言ったかしら。 その目玉は、潤んでいて、 小さな海の中に、私が、揺らいでいる。 「これを見てよ。」 私は、彼の心を取り出す。 手のひらに乗るほどの大きさの、黒い球体。 「ぐ…。」 君はなぜか歯を食いしばり、 私からも、球体からも、 目を逸らす。 肩が上下している。 君が吐き出す息は、 白く群れて、上へ昇っていく。 「もっと頑張れば、ヤカンになれるよ。」 「ぐ…。」 君は、喉の奥の方を鳴らした。 居づらそうに、指先を弄ぶ。 奥歯が軋んでいる。 「何?どうして顔を背けるの?」 君の背後の窓から、星が見える。 たくさんの小麦色の星。 私の、指の数より多い。 君は、私が目を逸らしたのを、 盗み見て、手で目元を拭った。 赤い星が一つ。 君は、自分の心に手を伸ばす。 青い星が二つ。 「うかつに、触っちゃダメよ。」 君を、じっ…と見る。 輪郭が、背後からの夜空の光に縁取られる。 君は、私をじっと見つめる。 頬は赤くならない。 君は、私の事を好きじゃないんだね。 鼻がヒクヒク動いている。 それだけ、泣いてしまいたいんだろう。 目元は、赤く熱を持って、 その、大きく切り開かれた眼で、 私を、一心不乱に見る。 あなたは金魚じゃないのよ? 「まだ泣いちゃだめ。」 「球も触っちゃダメだし、泣いてもだめ。」 君は、二,三度首を横に振る。 イヤイヤ、なんて、君は本当に子供だね。 まだ、愛を欲してるんでしょ。 愛をもらえなかったから、こんなに… 幼く… 愛されるように、 なってしまったのね。 君の仕草は、ひとつ、ひとつ、 愛らしい。 でも、その愛らしさの中に、計略はない。 ただ本能のままに、愛される。 「ほら、あなたを抱いてあげるわ。」 玉を持ったまま、両手を広げる。 今度は、 君は、優しく笑う。 そんなもの、要らないってこと? 愛を欲しているけど、必要じゃない… 夜空は明るく、 逆光にさらされる君は、暗い。 そうなのね。 君は、流れ星。 遠くへ、遠くへ、行きたいと願うが、 そう遠くない未来、燃え尽きてしまう。 そして、 私は、君に願い事をする、 たくさんの人々のうちの一人。 願いなんて叶わないのにね。

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過ぎ去っていった。

流れるもの、ひと

ふっ…と 息を吹いた。 夏空に浮かぶ孤独な入道雲は動いた もちろん、長い目で見れば…だけど。 もちろん、長い目で見れば… この夏休み、私は暇ではない。 今日は、 ううん… 少女は被りを振った。 溜息が漏れた ずっと堪えている涙は流れなかった。 ただ、ただ、空に浮いた雲は流れた。 ただの少女は、そこにいるだけで、 その空間を特別に変えてしまうくらい、 美しかった。 「特にやることもないの。」 でも、ココロの中では、何かしたいと願う。 何もしないのは、 暇である日だけの特権であると言うのに。 何かしたいと思う。 「生き急いでいる、んだろうね。」 気づけば雲の形は、変わっていた。 ちょうど、私が幼い頃に流した、 麦わら帽子みたいだった。 そうだ…あの頃は… * こんこんと水が湧き出している、 小さな穴を見つめている。 ただ、水と、雲と、時間だけが流れている。 そこに、 小さなサワガニが、子供を連れてやってきた。 私は、私はなぜここに、いるの? 私のまだ小さかった背丈は、 祖父母の家の、生垣に空いた穴を通り抜けて、 たくさんの人の目をするりと、通り抜けて、 山の奥へと誘った。 そうして、 ひとり。 怖くはなかった。 ただ、木々の隙間から差し込む、陽光が、 揺れていた。 なんだか、たくさんの光の細い柱が建っていて、 特別な場所に見えた。 「きっと何かあるわ」 私はそう呟いた、はず。 私は楽しくなって、光の柱を避けながら進んだ。 落ち葉はさくさく鳴いて、 草は、私が起こす風と共に揺れた。 どうやら、 永らく、時間の流れが止まっていたらしい と推測した。 そう、それで、実際何もなくて、 ただ、小さな水流に、 麦わら帽子を、流したの。 * 「そうだ…あの頃は…暇なんて言葉を、  知らなかったんだわ。」 少女はしばし閉じていた瞳を開けた。 さっきの雲はどこかに流れて、 空は、青かった。 その青は、見ていると目が痛くなるほどだった。

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流れるもの、ひと

記憶の断片 黒

壁に掛かった時計は時を告げる。 カチカチ カチカチ カチカチ この一瞬を、大事にしたい。 カラスが鳴いた カーテンが揺れた ラジオにノイズが走った 花が揺れた 蝋が垂れた ヤカンは叫んだ 金魚は水を掻いた 床が軋んだ 私は、椅子に座る。 視界が広がる。 水滴が垂れた 誰かが笑った 埃は舞っていた 扇風機は首を振った 風鈴がなった 拍動が聞こえた 風船が割れた 帽子が落ちた 鉛筆が転がった 静寂は、存在しないのだ。ということに気付いた。 だが、やけに静かである。 こういう時、 世界に私一人なのではないか?と 考えてしまう。 彼の世界は、今、何色なのだろうか。 彼は、「色褪せている」と、言っていた。 そうなのか… 色褪せるというのも、案外悪くないかもな。 私は、ろうそくの火を、ふっと、消した。 真の闇である。 何か、 真っ黒なものが覆い被さってきたように思う。 音は、相変わらず時を告げる。 心なしか、 彼の最後の言葉も混じってるように感じる。 この闇では、何をやっても分からないだろう。 ただ、時のみ、私を見つめる。 風を感じる。 時が動くから、風は吹くのだ。 だが、何をしても、 私の目の前の色は黒一色だ。 時が無くなったも同然だろう。 幽霊でも、出てこないだろうか? 口笛が聴こえる。 また一つ加わる。 また一つ、 また一つ。 ご近所さんは仲が良いな。 せっかく止めた時は、動き出してしまった。 口笛は、私の記憶に溶け込んで、 記憶の引き出しを叩く。 その強い音は、私の脳に響いた。 ぐわん ぐわん それはそれで良いのだ。 その音しか聞こえぬ。 それはまた、永遠を思わせる。 その永遠の中で、私は唇を噛んだ。 この永遠を、噛み締めていたかったのだ。 そうだな、どこかの香水の匂いがした。 香水とは、また儚いもので、 その人が消えると共に、 炎のように、さっと消える。 また、記憶にそっと、入り込んでくる。 記憶とは、また永遠である。 私が覚えている限り、ずっと、 繰り返されている。 口笛は止んでいた。 ソファに座る それは、すっと、沈んで、 見える世界は変わる。 これもまた、 永遠を終わらせるものの一つである。 最近、子供が産まれたのだ。 まだ小さく、歩くのもままならない。 だが、立派に、世界を見つめる。 あの小さな背丈で何が見えるのだ? そうだな、おそらく、 道は歪んで見えるだろう。 可哀想だとは思わぬ。 沈みゆく太陽や、 昇り行く月を、 私より、正面から見られるのだから。 ただ、カウンターの上が見られないのは、 同情せざるを得ない。 そして、それらを全て思い出したのだ。 沈みゆく月を正面から見たのだ。 夜は、永遠は、明けてしまったのか。 ただ、この一瞬を、大事にしたい。 と、思った瞬間であった。

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記憶の断片 黒

ほたる

君は、あったかいね。 君は、やさしいね。 君は、みんなより、泣き虫だね。 私はずっと“一緒”だから 他の誰よりも、君のことは分かってる。 「最初に会ったのは、いつだっけ?」 雨の日だったかな… 君は、お気に入りの空色の傘を持って、 お母さんに手を引かれて、やってきたね。 あの時は、今とは全然違う、 無邪気な笑顔をほろほろさせて、 笑っていたね。 そうして、君はお母さんの手を引いて、 言ってくれた。 「ぼくこれがほしい」 でも、お母さんは、笑ったまんま 「ダメだよ」って、 目の前のガラスに、貼り付けて、 行っちゃった。君といっしょに。 私は哀しかったの、 君は、私の目の前のガラスに、 涙の跡を貼り付けて、 「バイバイ」をした。 私は、生まれてきてよかったなって思った。 でもね、君の誕生日は、近かったでしょ? だから、君達がお家に帰った後、 君によく似た、男の人が来て、 私を、アームで掴んで、ポトって落としたの。 嬉しかったわ。 あたたかい腕に抱き抱えられて、 男の人の幸せに抱き抱えられて、 私は、幸せでたまらなかったわ。 雨の中、車に乗せられて、 君のお家に向かったの。 窓の景色は、今でも覚えてるわ。 だって、初めて、“あたたかさ”を知ったもの。 窓の外は、雨の雫に濡れて、滲んでた。 だから、薄い藍色の空と、 たくさんの、信号機、ヘッドライト…が、だけが てんてん、と浮かんでた。 おっきな蛍がたくさん並んでるみたいだったわ。 そういえば、 私に“ほたる”を教えてくれたのは、 君だったよね。 私は、泣きたかった。嬉しくて、嬉しくて。 でも、 この、プラスチックの目じゃ泣けないの。 君は、私が入っている箱を開けた瞬間、 ちょっと涙目になったよね。 私は知っているのよ?私だけ。 それで、まだ小さかった君は、 私のことなんてお構いなしに、 私をギュッと抱きしめた。 「大好きだよ。ずっと、ずうっと、  一緒にいようね。」 それから、君は、いつも怪獣ごっこをしたの。 一人で、「ガオー」なんて言いながら。 私はいつだって、さらわれていたわ。 で、君は優しいから、 私の代わりに悲鳴を上げたのよね。 「きゃーっ」って。 そんな君を、 私も、だいすきだったわ。 私は分かっていたわ。 いつかは飽きられるということを。 君は、怪獣ごっこをやめて、 お外で、友達と遊びに行くことが多くなった。 ずっと、ずうっと、覚えているわ。 最後に遊んでもらったことを。 君は、いつもとおんなじように、 私をさらわせて、お気に入りの人形と、 怪獣を、ごっつんこさせて、 怪獣さんを倒した。 それが最後だった。 「めでたしめでたし」なーんて言って、 私を箱の中に直したの。 でも、私はお気に入りだったんだなって思う。 だって、他のお人形さんは、みんな一緒に、 段ボール箱に入れられてた。 見たの、私は。 あの後、ゴミ袋に、 あの段ボール箱が入れられるところを。 哀しくなんてなかったわ。 あのお人形さん達には、感情が無いから。 私だけ、特別なの。 でもね、私は、 クローゼットの奥に入れられちゃった。 暗かったな… 哀しかったな… でも、少し、楽しかったかな… “君の人生”みたいね。 ある日、私が暗闇と睨めっこしてた時、 君は、私の箱を取り出して、 私を見つめたの。 君はほんとに泣き虫さんなのねって あきれたわ。 君は、鼻水垂らして、ぐすん、ぐすんって 言いながら、私の手を握った。 私が人間だったらなって思った。 君はほんとに、弱虫だから、 友達と喧嘩した時、 先生とか、お母さんに怒られた時、 最近では、哀しい時、 なんかに、私を取り出して… そうしたら、私はヨシヨシってなぐさめるの。 ココロの中でだけどね。 でも、君は、 「ありがとう」って言ってくれる。 「いつまでも、私に頼ってちゃダメよ?」 だから、君の事は今でも大好き。 今までずっと、私の事を忘れなかった。 今までずっと、泣き虫だった。 今までずっと、優しかった。 君はすごい。 今までずっと、子供の頃の、 優しいココロを 忘れないでいるなんて。 きっと、君はみんなが大好きなんだろうな。 きっと、苦しいんだろうな。 全部、自分で背負い込んで。 だから、こんな事をしたのね。 その日は、いつもより、哀しそうだった。 いつもより、私をギュッと抱きしめた。 そうして、「○にたい」だなんて、言った。 私はついに泣いちゃったわ。 片方の目を落としちゃったの。 ポロンって… まるで、本物の涙みたいに、キラキラしてた。 そして、私を抱いたまんま、どこか、 遠いところへ、出かけたの。 空は、濃い藍色だったわ。 あの日とは違った。 着いたところは、蛍が飛んでいた。 小さな川が流れていたわ。 君は、縄なんて持って、 私に、「さようなら」 いやっ! 絶対に別れたくない。 君は、私を哀しませたくないのか、 私を、小さな船に乗せて、 川に浮かべたわ。 いやだった。 だから、私は君みたいに、泣いたわ。 なぜか、涙がいっぱい出た。 綺麗な涙が。 君は、そんな私を見て、 膝をついて、泣き出した。 ほんと、泣き虫。 「ごめん、ごめん…」 そう言った。 だから私は言った。 「生きて!生きてよぉ…」 この時初めて気づいたの。 君は、可哀想な子なんだって。 今の時代には溢れかえっている、 可哀想な子なんだって。 私は、ついに川に流されて行った。 ちょろちょろって、 私の想いにそぐわない、 小さな音で、 何気ない日常の一部みたいに。 そうだよね。 いつだって、何気ない日常よね。 どれだけ哀しくても、 どれだけ苦しくても、 どんなに、○にたくても。 “何気ない日常”なんだな。 残酷だね。 でも、君は私を迎えに来た。 「家に帰ろう」って、 結局出来なかったんだね。 弱虫。 「君のそんなところが、大好きだよ。」 蛍は飛んでいた。 たとえ明日この世を去るとしても、 私達にとっての、“何気ない日常”を 必死に、生きていた。

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ほたる

秋の陽差し

たった八十億は、空を見上げた。 たった八十億は、思い出を見た。 たった八十億は、微笑んだ。 たくさんの独りは、足元を見た。 たくさんの独りは、ココロを見た。 たくさんの独りは、作り笑いをした。 君は、どっちなんだい? “人”という括りで、くくられる、八十億。 でも、“人”は、疲れてしまったみたいだ。 だから、みんな、 今まで通り、元気な訳じゃない。 だからだから、“八十億”って言ったって、 少人数しかいないんだ。 僕は、元気な“八十億”のうちの一人でありたい。 それとも、君は、 たくさんの“独り”かい? 僕には、君の苦しみはわからない。 でも、苦しんでるってことは、 分かるよ。きっと。 「誰だって苦しんでいるんだ。」 “八十億”は、そう言う。 どうとも言い返せない。 だって、 自分のココロを引っ張り出すこともできない。 言葉で、伝えることだって難しい。 そもそも、おんなじ、“独り”ではない。 さて、 と言っても、 僕には何もできやしない。 … … … ここに、一輪の花がある。 花占いをしよう。 明日、“生きる” 明日、“○ぬ” どっちか決めよう。 生きる、○ぬ、生きる、○ぬ 花びらがサラサラ落ちる。 生きる、○ぬ、生きる。 最後の花びらは落ちた。 僕は“生きる”んだってさ。 ふふふ。 こんなの、運じゃないか。 もし、今まで、十六年間、 花占いで、生死を決めていたら… どうなってただろう? 五千八百四十回 “生きる”の時に、 最後の花びらは落ちるだろうか。 全然ありえるさ。 もし、全人類で、これをやったら、 誰かは、生きてるさ。 そんなもんだよ。 でも、もう、その頃には、 ほとんど誰もいないけどね。 要するに、 結局、寂しいってことだよ。 まあいいさ。 もがいてるうちに、 みんな、“独り”になるよ。 そうしたら、みんなで、花占いをしよう。 お花が足りれば、だけどね。

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秋の陽差し

お月見を、少し。

私、お月見をいたしました。 お恥ずかしながら… その日は月は、見えませんでした。 でも、でも… 真っ暗な雲の中に、 ほのかな、ほのかな、 月の光を、宿した雲が、ありました。 ヒュー。 ほのかな、ほのかな、 命の灯火を、宿した少年は、 ベランダの柵に寄りかかって、 ふっ。と ため息を吐きました。 ちょうど良い夜でした。 夜は、サーっと、降りてきて、 少年が宿す、灯火を、 ほのかに、ほのかに、 揺らしたのでした。 「月は、見えないなあ」 *** 「伏せろ!」 とっさにうつ伏せになる。 背中にしょった食料が重い。 背中に受ける日光が熱い。 「はぁっはぁっ」 伏せると同時に、 「バババババ、ドカーン!」 頭上を、弾が通り過ぎていく。 爆風と、衝撃波が通り過ぎていく。 その、すぐ後、 こっちでも銃声が、うるさく薬莢を飛ばす。 「うっ」 一つの遺言。 「ドサ」 もう一つ、増えた。 私は、何をしているんだ…? 一体何を…? ただの○人じゃないか。 彼にも、 家族がいた…だろうに 好きな人もいた…だろうに 苦しい人生があった…だろうに なぜこんなことができる? 彼だった…残骸に近づく。 おそらく、即○だっただろう。 彼の荷物の中に、 ドックタグ(名札のようなもの)があった。 どうやら、日本人だったみたい… 「ぐぅ…ぐっ…ぐっ…」 どうしようもなく、なって、 今が、 人生が、 この先が。 絶望しかない。 そんな、涙で顔をぐしゃぐしゃにした、 軍人の元に、一つの、月見団子が、 転がってきた。 「そうか、そうなのか…  今日はお月見か…」 月は、青空に隠れて、見えなかった。 「月は、見えないなあ」 *** 今日は、新しい、命が生まれました。 だから、たくさんの笑顔も、咲きました。 それはそれは、真っ赤な、紅葉のようでした。 とてもとても、「生きてる」って感じがしました。 赤ちゃんはとっても小さくて、 お母さんの香りがしました。 懐かしいな… 「おぎゃー」 新しい命は、“自分”と言うものを、 この世界に、お知らせをしました。 「ぼくは生きてるよ」って。 それは、少し大きな音だったので、 私は、安心しました。 きっと、きっと… たくさん生きて、笑っているだろうって。 秋の風が、窓から、通り過ぎてって、 サッと、紅葉の葉を、一枚、運んできました。 だから、 赤ちゃんが産まれて初めて見たものは、 “紅葉”だったんだろうな。 時は、少し流れて、今日の夜。 少し遅れた、お月見をしました。 赤ちゃんは食べられないけど、 月見団子を食べました。 とっても食べたそうに、月見団子を見つめる 赤ちゃんは、かわいかったな。 だから、 私は赤ちゃんに阻まれて、月が見えなかった。 「月は、見えないなあ」 *** 「昔々の事でした。  月は落っこちてしまったのです。」 絵本の“絵”の部分は、 汚れてしまっていて見えない。 この薄汚い少年は、本を閉じるのだろうか? いや、月を見上げた。 「見えるわけがないのに」 「月は、見えないなあ」 彼の頭上には、無数の洗濯物。 彼の周囲には、無数のゴミ。 彼の友達には、一匹のネズミ。 一体、何を考えているのだろうか? この少年は。 明日、起きられるか分からない。 今日、何も食べてない。 昨日、希望もない。 それでも、それでも、そこにいる。 何も変わりはしない。 *** 「全員、当たり前が、当たり前な訳じゃない」 彼は、当たり前のことを言う。 「そ…」 私は、月をながめる。彼なんか眺めずに。 縁側に吊るしてある、風鈴は、 「チリン」と 私達のギクシャクした関係を笑った。 「ごめん…」 彼は謝ってくる。 私はなんて言えばいいか分からない。 っていうか、喋れない。 「なんか言えよぉ。」 彼はいじわるだ。 月見団子を飲み込んでから応える。 「いじわる」 相変わらず彼は見ない。 でも、笑ったのは分かった。 「きっと、当たり前は、あり続ける。」 彼は言う。私を見て。 「なんで?」 私はすこし涙ぐむ。 「知らないよ…」 確かに、そう思う。 “当たり前”って残酷なんだ。 なーんて。 「月がきれいだね。」 「そうだね」 きっと、月は、みんなのココロに、 あり続けるだろうなって。 あって欲しいなって。 願った。 来年も、よろしくね。

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お月見を、少し。