雨森
19 件の小説負けず嫌い
みなさんは“負けず嫌い”と聞くと どのようなイメージを抱きますか? 僕は、競争に勝ちたいという気持ちを持ち、ひたむきに努力するようなそんな人の姿が思い浮かびました。これは僕個人の解釈と言うよりかはある程度一般的な解釈であるように思います。 それでいうと、僕は負けず嫌いではないのでしょう。僕には競争心と言ったものが欠如していると日々感じるからです。何かとつけて競い合う周りの友人やマウント合戦を繰り広げる大人たちを横目に何の意味があるのだろうと考えたことも少なくないですし、受験という激しい闘争の中でも勉強時間を変えることはありませんでした。僕はそれが自分の競争心の欠如や怠惰な気から生じるものだと推測していたのですが、それだけではどうも腑に落ちないとも感じていました。 そこで、ある時気付きました。僕は極度の“負けず嫌い”なのだと。ここまで読んで下さった方からすれば、先ほど述べていた内容との矛盾を怪訝に思われるかもしれません。しかし、僕は一般的な負けず嫌いとは違った方向にその兆しを見せていたものですから、すぐに気付かなかったことも頷けるのです。 僕の“負けず嫌い”は僕が怠惰であることに現れていたのです。僕の怠惰の根底には他の人と同じ土俵に立ちたくない、という強い思いがありました。いわば、僕は相手と戦わないことを選択することによって、相手に負けるという結果を阻止していたのです。これを負けず嫌いと言わずになんと言いましょうか。 このようなあらましで僕は自分の極度に負けず嫌いである事実を知ることになったのです。絶対に勝ってみせると意気込む競争心を持つ人たちよりも、自分の方が幾分か卑怯で、負けず嫌いであることに気が付くと今までのことが腑に落ちるとともに、自分でさえも自分のことを真に理解するのは難しいとしみじみと感じました。みなさんにももしかしたら、自分が気が付いていない新しい一面があるかもしれませんね。
恋患
君と僕はもとより結ばれない運命だったのか 「少しだけ昔話をしてもいいかな?適当に聞き流してくれるだけでいいから。」 と、緊張した面持ちで提案する彼に少しでも安心して貰えるように快く提案を受け入れた。 「昔話くらいいくらでも聞いてあげるよ。満足いくまで話して」 「ありがとう、相変わらずお前は優しいな」 褒められはしたものの、彼の瞳に苦悩の色が見えたことを僕は見逃さなかった。 「僕には好きな人がいたんだ。特徴をあげるとするならば、優しいということくらいだろうか。それしか取り柄がないとも言える人だったが、僕はそんな彼に惹かれていた。一方で、友達として絡みに行くことはあったが、どう思われるか不安でいつも自分の想いを押し殺していた。彼に想いを伝えられればどれほど良かっただろうか。結ばれなくてもいい、せめて普通の人と同じように砕け散ることが出来たならばどれほど救われただろうか。性別なんかに縛られる世の中を厭いながら、僕自身も性別という鎖によってがんじがらめにされていたんだ。笑えるだろう?」 そう自嘲気味に語る姿は、いつもの彼からは想像出来ないくらい頼りなく見えた。 「いや、笑えないよ。君がこんなにも思い詰めてるんだから…」 複雑な感情が僕の中で渦巻いていた。 「昔の話なんだから、お前がそんな顔する必要ないのに…ほんとに優しいんだな〜」 さきほどの頼りない様子は消え、僕を心配そうに見つめる彼に申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。 僕は彼のことなんて少しも考えていない。彼の昔話を聞いて僕が感じたのは嫉妬、怒り、羨望。 彼が恋しそうに語る相手が僕だったら良かったのに。 彼が想いを伝えたいと思う相手も、優しいと褒める相手も、彼のいつもは見せない一面を引き出すのも、全部全部僕だったら良かったのに… 彼は友人で、同性で、想い人がいて。そんな彼にこんな感情を抱くのは間違ってる。理性が僕の湧き上がった感情を冷たく冷やしていく。 いいんだ。このままで、ずっと一緒にいられるのなら…
虚愛
「おはようございます」 「おはよう」 「あら?体調がよろしくない様に見えますが…」 「それは…いや、大丈夫だ。君が気にすることじゃない」 彼は私に必要最低限の関わりしか求めていません 親に決められた結婚相手なんて心底嫌でしょう 私も同じ気持ちのはずだったのですが…
クロネコ
事件から半年も経たないうちに、各地で黒猫の死体が見つかる事件がおこった。彼女には猫を殺す動機などないはずだ。黒猫だけを狙ったのも不可解な話であった。 僕が2つの事件について問うと、 彼女は微笑みながら答える 「子どもは罪を償うすべを知りません。私はその手助けをしてさしあげたの」 「猫はどうして」 それを聞いた彼女はやや得意げに答えた 「まあ、ご存知ないのね。天国は広い、広いけど何もないのですのよ、なにも。」 僕はそれを聞いても彼女の意図が分からなかった。 「だから、ころしたの。あの子が寂しくないように。私、あの子のことが心底大切なのよ。あいしてるの」 あぁ、だめだ。この人には常識なんて通じない。そう感じた。 彼女からは一切の悪意が感じられない 彼女にとってそれは常識で、優しさだった それが世間一般から忌避されるものだと彼女が気づくのはいつになるだろう いっそのこと気付かなければいいのに、とすら願った それは、彼女の笑顔があまりにも美しく見えたからかもしれない。
ネコ
彼女は、昔猫を飼っていたらしい。 懐っこくて可愛らしい黒猫だ。 しかし、幼い子どもは容赦がない。黒猫のことを不吉だといって石を投げつけた。 彼女は相手が子どもであるため、注意程度に留めておく必要があった。その辺りから彼女は少しずつ蝕まれていったのかもしれない。 あの子供さえいなければ、私の子が傷付けられることもないのに… そんな考えが日々頭をよぎる中、悲劇は起きてしまった。 いつものように子どもたちが石を投げていた。その先には負傷してしまったのか動けずにいる黒猫がいた。彼女はすぐさま駆け寄ったが、弱々しい息遣いに察したくもないことを察してしまう。 彼女はひたすらに泣いた。家族ともいえる存在が失われてしまったのだ。 彼女は壊れてしまった。 子どもだからと考えていた自分が甘かった、二度と出来ないように痛めつけるべきだったのに… 数日後、多くの子どもたちが毒によって亡くなる事件が起こった。中でも数名は、離れた場所で見つかり、死亡後も石を投げつけられた痕跡があったという。
犯罪シコウ
「私がやりました」 そういって彼女は、慈愛に満ちた表情の中に狂気を忍ばせた。
別れ
僕はしばらくの間そこにいた。降りそそぐ雨が、この現実さえも洗い流してくれればいいのに、と思った。 「好きだった…」 そう呟いた僕の声は、雨の中にとけて消えていった。 彼女は、記憶をなくしていた僕のことを恨めしく思っているだろう。 どれ程の時間がたったのだろうか。いつの間にか僕を打ちつけていた雨粒は止まっていた。 ずっと俯き気味だった顔を上げる。僕は驚きで目を見開いた。 目の前に彼女が立っていたからだ。 「いつから…」 動揺している僕を見て彼女はいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。その表情から、彼女は僕を恨んでいないということが読み取れた。 僕は少し安心した。それと同時に彼女に伝えたいことが沢山頭の中に浮かんだ。 感謝、謝罪、後悔、喜び。 自分の中の全てを彼女に打ち明けたいと思った。 さっきの笑みに、少し悲しみを含ませた彼女が口を開く。 「私も…」 そこまでいうと彼女の姿が消えた。 突然すぎる別れだった。 僕は、無駄だと分かりながらも彼女を探し回ったが、結局見つけることはできなかった。僕は自分の中に渦巻く感情を、ついに打ち明けることができなかったのだ。 彼女の最後の言葉は何に対してだったのか。 今ではもう分からない。 ただ、僕が好きだと告げたことに対する言葉だったなら… 僕には、希望を持つことしか出来ない。 それが自惚れでないことを願って。 彼女は今度こそ、戻ってくることはないのだから。
雨
今まですっかり忘れていた過去。 僕は無意識に、つらい記憶の中心となる彼女を遠ざけ、目を背けていたのかもしれない。 外に出ると、僕の悲しみを代弁するかのように雨が降ってきた。 「冷たい…」 僕は自分が孤独な人間だと思っていた。唯一寄り添ってくれた彼女のことを忘れていたのだ。 僕を孤独にしていたのは自分自身だった。 彼女がどうして会いに来てくれたのかは分からない。でも、この先もずっと彼女から目を背け続けることが過去にも勝る愚かな行為だということは分かりきっていた。 どうするべきなのかは決まっていた。 “彼女に会いに行こう” 傘もささず、あてもなく走った。 僕の味方でいてくれた彼女がもうすでにこの世にいないという現実と、彼女に今すぐ会わなければならないという焦燥にかられて走った。 自然と足が止まる。 「ここは…」 彼女との思い出の場所だった。住宅街の中にひっそりとある公園。今も昔も、誰も遊ばないような小さくて、何もない公園。 それでも、僕たちにとっては大切な場所だった。誰にも邪魔されずに穏やかな時が流れていたことを思い出す。 僕を打ちつける雨粒が一段と勢いを増した。 もう、彼女はいない…
記憶2
僕の記憶の中の彼女は幼かった。 彼女は、気が弱くていじめられがちな僕をいつも守ってくれた。 「どうして言い返さないの!」 「ちょっと我慢すれば済むから…」 僕がそう答えると彼女は不服そうな態度を前面に出してくる。 そんな日常がある日を境に変わってしまった。僕への嫌がらせを邪魔してくるのが気に入らなかったのだろう、ターゲットが僕から彼女に変わったのだ。 彼女は平気そうだった。 僕はそれを見て安心した。僕はいじめられないし、彼女は平気そうだと。僕は、全てが解決したと本気で思っていたのだ。 後になって自分の愚かさに気付かされた。 彼女が1人で泣いているところに出くわしたのだ。 それは、彼女がいじめられるようになってから随分経った頃だった。血の気が一気にひいて、青ざめた。彼女を見つめ、ただ立ち尽くす僕に彼女が気付いた。 彼女は焦ったように涙を拭いて「ごめんね」とだけ言い、僕の前から足早に立ち去った。 その後はずっと彼女から避けられる日々が続いた。僕にとってそれは耐えられない程の苦痛だった。 僕は彼女が好きだったからだ。 好きな人を不幸にしてしまったのは自分だ。 その事実が重く、胸にのしかかった。 しばらくして彼女は引っ越すことになった。僕は別れの言葉を言う機会すら与えてもらえず、彼女と離れ離れになった。
記憶
家に帰ってからも彼女の悲しい笑みが脳裏をよぎる。僕の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。 次の日も病院を訪れたが彼女はいなかった。僕は彼女について思い出さなくてはいけないという焦燥に駆られていた。 彼女と同じ病室にいた人などに聞いてまわり、彼女の名前を知ることができた。また、彼女は僕があった日よりも前に亡くなっているという。 僕が触れることのできた彼女は幻影だったとでもいうのだろうか。または神様のいたずらで、生前の彼女と接することができたのだろうか。 そんな疑問だらけの頭の中でひとつだけ断言できることがあった。 “僕は彼女を知っている” 彼女の名前には聞き覚えがあった。とはいえ随分昔のことだ。