夕暮れ

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夕暮れ

夜ヲ感ジル Ⅰ

 私には嫌いな時間がある  真夜中の一時  不眠症の私は夜なかなか眠れない  明日に支障が出てしまう  そう考えては焦って苛立って眠れない  厚手のパーカーを着てスマホとイヤホンだけをポケットに入れる  私には好きな時間がある  家を抜け出す真夜中の一時  夜を抜け出す真夜中の一時  この時間は私のもの__私だけのモノ__  家の近くの公園の遊具は砂場だけ  あとはベンチが二つ  私は二つのベンチのうち入り口から遠い方に座る  こっちのベンチは木々に隠れて周りからはほとんど見えない  さっき自販機で買ったホットココアで夜風に冷える手を温めながら長い長い溜息を吐き出す  十一月初め  地球温暖化とはいえこの時期には寒くなってくる  白い息は出ないけれど、鼻の先や指の先、耳や頬が冷たくなってくる  白い息の代わりに吐き出した溜息からは黒いモヤが出ている気がした  こんな田舎じゃ電車の音、車の走る音すら聞こえない  ただ何処かの犬が吠えている  その不一定さに苛立ちながらも、長閑な夜に安堵を覚える  この時間が続いて欲しいと毎度のように思う  学校に行く時間も、家にいる時間も、他人といる時間も止まって、この時間だけが続けばいいと思った  ただ誰にも邪魔されず、一人でいれる時間が続けばいいとそう純粋に思った    

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夜ヲ感ジル Ⅰ

マジック

 僕は君のマジックが大好きだ  細い指と優しく甘い声で僕を騙す  時には自由自在にボールを操り、時にはカードの数字とマークを当てる  悪戯っぽく笑いながら、自慢げにマジックを見せてくれる  そんな僕の視線と心を奪った君は、マジシャンというよりもはや魔法使いだった  君が僕に最後に見せてくれたマジックは、自身を消すマジックだった  今までより壮大なマジックで心が躍った  いつものように君は 「お集まりの諸君。私のマジックを是非ともご覧あれ。」 と小芝居をした  太陽のような笑顔だった  僕がいつものように待ってましたと大きな拍手をすると、君はマジックを始めた  それは一瞬だった  そして唐突で残酷だった “目の前の君が消えた”  僕の頭はそのたった9文字を理解するので精一杯だった  動揺で声も出せなかった  理解に充分時間を費やしたところでようやく回った僕の頭は、君は死んでしまったのだと悟った  ああ、こんな残酷なマジックがあっていいのだろうか  人生の終わり、君はついにマジックじゃなくて魔法を使ったんだね  今後君のマジックを見れることはない  種明かしをされることも一生ない  僕は君のマジックが大好きだ  ただ、最後に見せたそのマジックは、君のマジックでもとても好きにはなれなかった

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マジック

私というイキモノ

部屋の遮光カーテンで月明かりを完全に遮断し布団に潜る ベッド脇に置いてある小さな懐中電灯で枕を照らす そこに本を置いて静かに読むのが好きだった 家族のみんなが寝静まった頃 あの自分の心臓の音さえも聞こえる静寂に包まれた夜 視覚的情報を本以外一切入れず ただ文字を追っていく そんな時間が好きだった 人と関わることが苦手だった 神経質で言葉や相手の表情一つ一つに敏感になる 自分は嫌いな人が多いのに誰からも嫌われたくはなかった 周りの視線を感じ取りすぎてしまう 何処かで悪口を言われている あの人は私の容姿を あの人は私の性格を あの人は私の声を あの人は…あの人は…あのひとは… 物語は自分の妄想を実現できる世界だった 私は何者にもなれた 世界の平和を守るヒーローにも 学校で一番の人気者にも 誰からも愛される人間にだってなれた 私は物語の中なら自由でいられた 本は現実逃避のための道具だった 好きな小説家がいた その人の書く物語は残酷なものが多かった それでも言葉の一つひとつが綺麗だった 彼のようになりたいと思った 小説を書いてみた まず長い文を書けなかった 何度も同じ内容の事を繰り返していた “そのときだった”の文字が増えていった 彼はやっぱりすごいのだと思った 私には彼のようにはなれないのだと でも、私なりに何か書きたくて書いた 何度も書き直したり、ひらがな一つで悩んだりした 彼のように長い文章を書けなくとも 彼のように万人にウケるような物語じゃなくても 彼のように言葉の一つひとつが綺麗じゃなくても 私は書く これからも 誰かの心に響くと信じて

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私というイキモノ

痕跡

 マニキュアの鼻を少し刺激する匂いと  君がよく吸っていたショートピースの香りが  部屋の空気や物に染み込んで  忘れようとしても忘れられない  少しでも中和させたくて  ベランダに繋がるドアを開ける  夜風が僕の寂しさを引き立たせる  夜は好きだった  君がいた頃は  君と一緒に見る夜景も  一緒に食べるご飯も  映画を見てだらだらする時間も  お互いがお互いにしたい事をしてた時間も  君の長い髪を乾かす手間も  寝る前に布団の中で隙間がないくらいにくっついて  幸せだねって笑い合う瞬間も  全部が幸せで大好きだった  でも、君がいなくなってからは  今まで埋まっていた僕の隣に  ただただ、冷たい空気と時間が流れているだけ  少しも暖かくなくて  少しも幸せじゃなくて  彩りがなくなった僕の人生に  暗い暗い夜は痛かった

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痕跡

蝋燭(ろうそく)

 一年に一度  この日に私は蝋燭を立てる  私が、私だけのために  親と呼べる者はいない私  物心ついた時から  母親(仮)には召使のように使われ  父親(仮)には暴力を受けていた  その頃の傷は心にも体にもしっかり染み付いている  誰にも助けてもらえなかった  誰にも生きて良いと言われなかった  誰にも今日まで生きた事を祝福されなかった  嫌いだった誕生日  自分は一人だと痛いほど分かってしまうから  今年もまた蝋燭を立てる  私が、私だけのために  ただ、今日は復讐の意も添えて  ただ、大きく轟く真っ赤な炎を見つめて  ただ、焼けていく“モノ”に微笑み  ただ、家だった“モノ”     母親だった“モノ”     父親だった“モノ”が増えてくばかりで  ただ、すべて終わったと喜び  ただ、もう終わりだと憐れみ  ただ、自分の誕生日をひたすらに祝った  ただ、私のために  悲鳴は今日の私にとって祝福の音色

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蝋燭(ろうそく)

 部屋に響く蝉の声  眩しい太陽  滴る汗  ベタつく髪と服  燃えるように熱く、肌に突き刺さる日差し  鉄板のように熱いアスファルト  日差しを吸収しキラキラ光る海  空と海の境目が分からない水平線  音を立てて寄せては引く波  足を取られる砂浜  潮の香り  半袖の僕   半袖の君   僕を呼ぶ君の声  夏が来た Q『夏の思い出は?』 A「     」  答えなかった

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夏

流れ星

「ねえ、知ってる?流れ星が流れる間に願いを3回心の中で唱えられたら叶うってやつ」  高校生にもなってそんな子供じみたことを無邪気に言う彼のことを、これから先、後何回見れるのだろう。 「知ってるけどどうせ迷信でしょ」  彼をわざと馬鹿にしたような口調で言って、彼の笑顔の下にある不安や恐怖を見ないふりした。 「僕はねー、それでも信じてるんだよね」 __私もだよ__  口から出なかったこの言葉は、今彼には言わないでおこうと思った。  そんな迷信に縋ってしまうほど私たちは奪われるものが多い。  今夜は流星群。  この星達に私の願いを込める。  私の願いはたった一つだけ。   彼がこの先もずっと笑っていられますように  病室の窓から2人で空を見上げる0時前。  月明かりが私たちの重ねられた手をスポットライトのように照らしてくれた。  心の中で何度も練習をした。あの短い時間で早く願いを言えるように。  不安が表に出て震えてしまう私の手を、彼は優しく包み込んでくれていた。この震えが、不安が彼に伝わってしまわないように必死で堪えた。堪えようとするほど手は震え、涙が出そうになる。  もう私たちは分かっている。どんなに星に願いを送ろうが彼の病気は治らないし、私の親は私を好きにならない。今の状況を変えるのに、星は役不足だ。  そんなの分かっていて、でもどうしようもなく何かに縋りたかった。ほんの少しでもいい方向に向いてくれるならどんな些細なことでもよかった。 「僕の願いはねー、これから先もずっとキラといること。ずっとだよ。ずっっっと一緒」  ずっとなんて確証のない言葉、疑ってしまって情けなくなる。私たちの関係は、恋人でも友達でもない。お互いがお互いの一番であるように依存しあった関係。愛とか恋とか友情とか、そういうのではない。  このプロポーズじみた台詞に中身なんかきっとなくて、もう長くない自分の人生を悟って、私に気を遣ってかけてくれた台詞なのだろう。彼がいなくなれば完全に私は1人だ。  こんな不安定な関係なのに私は彼に、恋心や愛をもってしまった。知られてしまえば終わってしまうと分かっていながら。  照れ隠しのために「何それ」と笑ってみせた。  ばれなきゃいい。この赤くなった顔も恋心も。  恥ずかしくなって空に視線を移すと、ずっと私を見ていた彼も空を見上げた。  2人の視線が空に定まった頃、一筋の光が見えた。 __やっぱり早いな。星の落ちるスピードは__  星のスピードに対応しようと何度も何度も星に願いを投げかけた。そして、何度も何度も失敗した。 「やっぱり早いね、星が流れるのって」  彼が悲しそうにポツリと呟いた。 「うん」  星空はこんなにも綺麗なのに、私たちの心は黒く暗くなってゆく。  どれくらいの星が落ちただろう。もう何度星に願いを投げかけ、失敗したのだろう。  終わってしまう。君との時間が。終わるな。終わらないでほしい。 「ゔゔぅ」  そんなことでごちゃごちゃになった頭を掻き消すように彼の苦しそうに絞り出した声が聞こえた。  か細く、静かな場所じゃないと聞き逃してしまうほどに弱々しい声だった。  彼はベッドに倒れ込み心臓ら辺を押さえている。くしゃくしゃになって、血の気が引いている顔は闘病中に何度も見た。見るたびに私までもが苦しくなる顔。 「え、ねえ、大丈夫?どうしたの?」  彼の病気のことを知っている私は、いつ彼がいなくなってしまうか分からない恐怖をずっと抱えていた。その時がきた時のために自分のすべきことも考えていた。はずなのに、頭が真っ白になって何も考えられなかった。 「ねえ、大丈夫?痛いの?どこが?ねえ、ねえ、星輝?」  自分がパニックになっていることは分かるのに、その他のことは全然分からなかった。  やっとの思いでナースコールの存在に気づいて、急いでナースコールを強く押す。その手は9月で猛暑なのにも関わらず、尋常じゃないくらいに震えていた。  怖かった。単純に星輝がいなくなるのが。1人になってしまうのが。 「今呼んだからね。待っててね。ねえ、星輝?ねえ、お願い1人にしないで。まだだめだよ。闘ってよ。」  頭と呂律が回っていなくて、単語単語の繋ぎ合わせで出た言葉は自分のことばっかで情けなくなる。こんな時にも私は私のことしか考えられない。 「大丈夫だよ。平気。すぐ大丈夫になるから」  彼は私を安心させようと言葉を絞り出す。彼はこんな時でも人の心配ばかり。自分のことなんて二の次。  彼は強い。ただ、そんなのは表面上だけで、本当は脆くて、儚い。弱いところなんかいっぱいある。それに私は気づいていた。でも、見て見ぬふりをしてきた。その罰が下された。 「ねえ、おいてかないで。ひとりにしないでよ。」  もうめちゃくちゃだ。分かってしまったから。今までもこんなこと何回もあった。突然倒れたり、呼吸が荒くなったり。でも、今回のは今までと違う。何かが違って、もう次なんてない。これで最後だって直感で分かる。 「星輝。星輝。まだ生きていてよ。私もっと星輝と一緒にいたいよ。」  泣きながらぐちゃぐちゃになった顔でいう。震える声と震える手。でもその手の震えをもう彼は包み込んでくれない。 「泣かないでよ。大丈夫だよ。僕もまだキラと生きていたいよ。」  ほとんど聞こえない。彼の口はもう正常に機能していない。だんだん近づいてくる彼の死に耐えきれなくなってきた時、病室のドアが開き何人かの看護師らしき人と、いつも彼をみている医者の松本さんが入ってきた。 「どうされましたか!」  看護師さんは消灯時間をまわっているのに私がいることに驚きながらも叫ぶように言った。 「助けて!星輝が!助けて!」  私は松本さんにしがみついて言った。かっこ悪いし、部外者の私がなにしゃっしゃってんだって感じだったけど、一刻も早く星輝を助けて欲しかった。 「下がってください!廊下に出ていてください!」  後ろから腕を掴まれ、廊下に誘導される。でも、星輝と離れたくなくて「やめて!」と腕を振り払う。思ったより力が強かったようでその看護師は後ろに倒れてしまった。星輝の側にいたくて、邪魔されたくなくて必死だった。周りなんて見えてなくて、この場にいる誰よりも取り乱していた。 「離れたくない!星輝!まだ生きてよ!星輝!」  いつのまにか何人もの人で取り押さえられ、身動きが取れなくなってしまった。それでも叫び続けた。私の目には星輝しか映っていない。  騒がしい病室の一番近くで自分の叫び声を聞く自分の耳には、何も入ってこなかった。なにもかもが聞こえ過ぎて、なにも聞こえなかった。  その時、ただ一つ。私の耳をそっと撫でるような、大好きな星輝の声だけが、私の耳に届いた。  「希星。ごめんね。ありがとう。大好きだったよ。」  それはあまりにもか細い声だった。  ねえ、そんなこと今言わないでよ。  言うならもっと早く言ってよ。そしたら私も私の想いも隠さずにいられた。  最後に自分だけ勝手に言って終わんなよ。 「ああぁ……ああああぁぁぁ!!!」  もう一緒にいることができない。そんな事実知りたくなんてなかった。  彼はその言葉を言ったっきり、心臓の音を止めた。  私はずっと彼に言えなかった言葉と空っぽになった心をもって、彼のいない世界を生きる。  きっと彼への想いや彼自身は私の中で風化していき、最終的には忘れてしまうだろう。  いや、私の中で彼は風化しない。生き続ける。  でも、『大好き』をもっと早く言えていたら。星は流れるものじゃなくて落ちていくものだと理解できていたら。  あの落ちていく星に願いを投げる時間すら無駄だと分かっていたら、なにか変わっていたのかもしれない。

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流れ星