しろくま
98 件の小説ここはどこ
静寂 音。 耳鳴り。 鼓膜。 キーーーーーー ン。とな鳴り続け。 音。 反響。 耳鳴り。 鼓膜。 張り裂けそうな静寂。 音。 音。 音。 吐息。 脈拍。 肌を伝う汗。 耳鳴り。 キーーーーーー ーーーーーー ーーーーーーン 静寂。 反響。 肌に食い込む爪。 耳鳴り。 音。 誰か。 誰が? 頭の中の秒数。 刻む。 刻む。 刻々と。 狂うとは、幸福なことだ。 少なくとも今の自分にとっては。 (中の箱.A)
星よりも美しい人
星を見に行こう! 部屋に飛び込んできた君は、星のように目を輝かせてそう言った。 そして、返事を待たずにそのまま私の腕を掴んで走り出した。 痛い痛い。バカかよ、ちょっと待てよ。 私の抵抗も虚しく、そのまま車に押し込められて、あれよあれよと山奥に拉致された。 まさに星を見るにはうってつけの、街の明かりなど一つもない、高速を乗り継いで遠路はるばるとやってきた山奥だ。 「バカかよーーーー!!!」 私は叫んだ。 「やめたまえよ、君。今何時だと思ってるのかね。近隣の方の迷惑になるよ」 「は? こんな山奥で一体誰の迷惑になるというの」 「クマが起きてきても知らないよ」 私は黙った。その中には、もしもの時は目の前の人間を犠牲にすることも含まれている。 「それで、星を見るんでしょう? 道具は? あのほら、あれ、筒状のおっきいの使うんでしょ?」 「天体望遠鏡だね。そんなもの必要ないよ」 彼はそう言うと、小脇に抱えていたブルーシートを引いて、その上に寝転んだ。 ははあ。なるほどね。 小洒落た青春の一ページのように、私と並んで星を見たいわけだ。 「いや、君にはそのまま棒立ちしていてもらいたいんだ」 「舐めてんのかてめえ」 「その口の悪さは誰の影響なんだい」 「アニメ」 「君のような人がいるから、創作物に対する誤解はなくならないのだよ。……なにも意地悪で言ってるわけじゃないんだ」 そうなのか。だよね、そうじゃないとおかしいよね。うんうん。 私は小刻みに足を地面に打ち付けながら言葉の続きを待った。 「だって、婚約もしてない男女が横並びになって寝転ぶなんてはしたないだろう」 「バーーーーカ」 シンプルに罵倒した。 誰と誰が男女だ。いえてボーイミーツガールだろう。 いいから黙って横を開けろ。 私は足で容赦なく蹴っ飛ばして無理くり横に寝転んだ。 「そもそもここまでの道中で車中泊してるでしょうが。そっちの方がよっぽどはしたないわ」 「まさか、盲点だったよ」 「バーーーーカ」 「君はこの短い間に何度バカと言えば気が済むんだね」 「そっちがバカなことをしなければ言わずに済むんだけどね」 そのあとは二人とも静かに星空を見上げた。 有象無象の星どもが夜空に敷き詰められていて、何だか気味が悪い。ゾッとする光景だった。 あの何億とある星の一つに地球が含まれているのだとしたら、私たちはちっぽけどころではない。何でいるのかもわからない極小のダニだ。 ダニが並んで星空を見上げているこの光景は、どう頑張っても美しくはなれない気がした。 「どうだい、美しいだろう」 「ダニィ?!」 「すまない。君の奇声には慣れたつもりだったんだが、そこまで人間離れされた反応をされると恐ろしいよ」 「私の方こそ、まさかこの星空を美しいと称する自己認識に乏しいダニがいるとは思わなかったのだもの」 「僕たちはいつダニになったんだ」 ダニがお気に召さないらしい。まさか差別主義者か? もう上なんて見てられなくなった私は、真横に体を向けて、目の前の頬を摘んで引っ張った。 うほほーモチモチだー。ほんとに餅だったらきな粉をつけてパクッと食べてしまいたい。 「ひゃめてくれ」 「やめませーん。そちらはどうぞ夜空をお楽しみください。私はこれ以上見てるとうっかり精神を病んで自己崩壊を起こしそうだわ。ドクターストップです」 「嘘だろ君、この星空を前にしてもそんなことを言うのかい」 「逆に聞くけど、私はこの星空を前にして何と言えば良かったのかしら」 さっきの彼のように、美しい、とでも言えば良かったのだろうか。 しかしそれは無理からぬ話だ。私が美しいと思えるものはこの世で一つしかない。そして、口に出して言えるものは一つもない。 「ま、君が死んで星にでもなったら…… そう思ってあげなくもないかな」 私はそう締め括って目を閉じた。 「おいまさか、君ここで寝るつもりじゃないだろうね」 「うるさい。寝てる人の横で騒ぐな常識知らないのかよ」 「君に常識を説かれたら終わりだよ」 そして私たちはそのまま一夜を明かし、普通に下山して、普通に行きと同じ道で帰った。 途中に寄ったパーキングエリアの海鮮丼は、行きで食べた時と同じくらい美味しかった。 「ところで、今更なんだけど、なんで突然星空なんて見に行こうと思ったわけ?」 「……本当に今更だね。そして今更僕にそんなことを問う君は本当に嫌な人だよ」 彼はやれやれと懐から小箱を取り出した。 「美しい景色を二人一緒に並んで見ることのできる関係になってほしい、と、プロポーズするつもりだったのだよ」 ……それを早く言えよ。
信じてくれて、ありがとう
私が泣くと、犬がそっと体を起こして傍で丸まった 君は私の涙の理由を知らない だけどそれを理由に私を一人にしない 私は本から、そして君から、信じることは何かを教えられた だからこの涙は、いい涙だ 流していい、涙だ
I see you
優しさから生まれて 修羅の産湯につけられた それは人として掲げられ、地に落とされた ゆえにあなたは天ではないが だからといって粗末なものでもない あなたの一瞥を頂戴するためにこの場所は在るのです
夢
夢を、見ていた。 自分はそれを自覚していた。 もう会えない人と、向かい合って食事をする。 多分、最後に一緒に食べたものが食卓に並んでいた。 その人はこちらを見ずに、黙々と咀嚼し続けていた。 覚えているよりずっと寡黙だった。 できれば以前のような様子を見たかったけれど、 それでも生きて動く姿には、やはり胸を打たれた。 そぅっと手を伸ばして、髪に触れると、懐かしい香りがした。 広い草原を走る。 後ろは見ない。 ただ前だけを見て、大地を踏み締める。 風を裂くように進む。 進む。 進む。 進む。 四本の足で駆けていく、どこまでも ……コロニーは今日も賑やかで、活気に満ちていた。 ナナツトシゴの襲来から早くも復興の兆しを見せている。 瓦礫で遊ぶ子供達の甲高い声に黙って耳を傾けていると、 誰かが自分の肩を荒々しく叩いた。 「どいすん」 軽快な挨拶とともに頬を殴られた。 「どいすん」 自分も殴り返した。 無我夢中で殴り合いをする。 こんな平和な日常が帰ってきたことが、ただ嬉しかった。 気づけば、無重力の中を仲間たちと泳いでいた。 ぷわわわわーーーーん と耳元で鳴る音に身を委ねて ただ揺蕩う群れの一つになって泳いでいく。 涙が溢れた。 とても美しいものの一部になれた気がした。 夢は転がり落ちていく。 おむすびのように ころころと坂を下る。 夢は四方に自分を引き裂いていく。 だけれどそれに逆らったりはしない。 あるがままに夢を見た。 あるがままこそが夢だからだ。 自分は人で、 人ではなくて、 宇宙で、 けれどなにものでもなかった。 極彩色のサイケデリックな渦に飲み込まれて排泄された後、 自分はただもう一度あの食卓を目指して歩き出した。 「いただきます」 その人は手を合わせていた。 食卓の上には茶碗蒸しが置かれている。 「今日のは自信作」 その人は得意げに笑っていた。 「たまに無性に食べたくなるんだよね」 思わず、自分の分の茶碗蒸しに手を伸ばす。 温かい器の感覚に押されて思わず声が出る。 「……ごめん」 「んー?」 「帰りに卵を買ってくるって、約束したのに」 その人は笑った。記憶よりも鮮明に。 「ほんとにね。次は忘れないでよ」 自分はその笑顔に笑い返そうとして、 ただ子供のように泣いていた。
無
神様はいない 神様なんていない そんなことを思う、夜 正しくは 私に都合のいい神様なんていないだけど そんなご都合の良い神様なんていてほしくないとすら思う 夜の闇の中で、部屋の明かりを落として スピーカーから流れる曲を脳に流し込む 一人机に突っ伏して涙を流す そんな行動に、理由なんてない 神様がいないのと同じように 私が泣いている理由も存在しない 誰にも観測されない現象に過ぎない 知覚できないものは ないのと同じ だから、私は大丈夫 神様がいなくても 涙が溢れても うずくまって立てなくても そんなものはないのだから 誰も見ることはできないのだから ねえ神様さ いないんでしょ? いなくてもいいからさ 助けてくれなくてもいいからさ ただ呼ばせてよ 無意味に オーマイゴッド ってさ
詩的なことを考えている
日常的に思うことは 昔よりもずっと平凡だ 平和と読んでもいい 仕事 家族 友達 将来 老後 目先の欲 理想の自分 お金 投資 セール 本 ゲーム アニメ 漫画 創作 たくさんあるけれど そこに『後悔』はない なんて、格好つけてみたり 実際は後悔だってあるけれど、ずっとじゃない 概ね満足している だって今はかなり楽しいし 離れていた創作ともよりを戻したしね だから最終的には やっぱり後悔はないんだよ 生きることは シテキ だね
眠い
眠い 眠い 眠いね ざぶーん ざぶーん 音がする ゆら ゆら ゆら 体が揺られる 眠い 眠い 眠いね ほら、みて あの空 おおきな空 あのまんまるのお月様 みて、みて、あんなところに うさぎが手を振ってるよ 手をつなごう 歌をうたおう 君とならきっと 夢の中でも幸せになれる あはは ははは 眠い 眠い 眠いね おやすみ、良い夢を また明日
綺羅星を見よ
綺羅星という言葉をこの世に生み出した人の目には、いったいどれだけの美しい光景が広がっていたのだろう。 私は一欠片の嫉妬心を握りつぶして、目の前の光景にただ目を焼かれていた。 「ははっ! ご覧よ、フランメ。我が苛烈なる乙女よ」 美しいと、強制的に、いっそ脅迫的なほどに思わされる圧倒的な美貌だった。 月の光をそのまま紡いだかのような、混じりっけのない白銀の髪。それが夜風に弄ばれるたび、周囲の闇さえも眩さにひれ伏すようだった。その奥で爛々と輝くのは、溶けた黄金を流し込んだかのような、あるいは凶兆を告げる彗星のような、鮮烈な金色の瞳だ。 その暴力的な美貌がのぞかせる表情は、世界そのものを噛み砕き、蹂躙しようとするかのような、剥き出しの凶暴さを隠さず見せつけていた。 だが、そのあまりにも強烈な『悪意』さえも、男の造形美の前では、ただの彩りに過ぎなかった。歪めば歪むほど、猛れば猛るほど、その美しさは凶器としての鋭さを増し、見る者の心を破滅的に屈服させる。 それは、善悪や好悪を超越した場所にある、超常的な美の化身であった。 「ご覧よと申されましたが、私の目にはなにも映りません」 この世界で私の目が見通せるのは、目の前の男だけだ。いや、男かどうかも実のところ定かではない。私がただそう認識しているだけで、この存在に性別という概念があるのかも分からない。 生まれつき光を知らないこの目に、色も形も、本来ならなにひとつ映るはずがない。それなのに、この男だけが『視える』——この世のどこにも存在しないはずの正体が、私の目だけに映し出される。 ゆえに、私がこの男について語った比喩は全て想像に過ぎず、物語や人の感想から拝借した借り物でしかない。 「うん。今更いうべきほどのことじゃないね。君が見るべきものはいつだって僕だけだ」 つまり、僕がご覧よというときは、僕をご覧よということだ、と男は悍ましいほどの美貌で私を見た。 それは綺羅星というにはあまりにも禍々しく、いっそ凶星とでも呼ぶべきものではあったが、しかし自身の感情を抜きにすれば、やはりそれは綺羅星としか形容できない華やかで絢爛豪華な美だった。 光を受け付けないこの瞳にのみ、その存在を焼き付ける摂理を捻じ曲げる存在——男の名は 永劫不滅のトルルタタン。 私が滅ぼす 敵の名だ。 そして、そんな彼の前に広がる光景は、その美貌に相応しいほどの悪辣極まる地獄に違いない。 それを見ることができなくて良かったなどと言えるはずがない。なぜならそれは私が見るべき惨劇であり、この胸に燃え盛る憎悪にくべるべき薪であり、己の目に焼き付けるべき現実なのだから。 「ああ、それだよフランメ。君のその目こそが僕の生きる意味だ」 「それは暁光ですね。この目二つであなたを殺せるのなら安いものです」 「ははっ! 好きにしたらいいよ。でもその前にまず僕の鼓動を止めないとね」 男は自身の胸を抉り、赤く滴る心臓を私に差し出す。それは不快に脈打ち、私に見せつけてくる。 世界から存在を否定されてなお、これは『生きて』いるのだと。 「フランメ、僕の愛しき乙女。君がいつか僕の命を終わらせる日を 楽しみにしているよ」 そして男は巻き戻すように心臓を己の胸に戻した。何事もなかったかのように、そして実際何でもないことではあった。 男自身の手でも男を殺すことはできない。心臓だろうと脳だろうと心だろうと関係はない。 私は眼前の男を睨みつける。 これは私が不可視の厄災を滅ぼす話であり、真の綺羅星を見つける──ただそれだけの物語だ。
無題
友よ あなたは進みなさい だけど 時折振り返ってください 私のほうを 心配そうに見つめてください 途方もない道の先に 恐れをなした時に そっと私を振り返って ほっと息をついてください 私はここにいます