しろくま
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秘密だよ。 君が僕にそう言った。 照明を落とした薄暗い部屋の中で、 君は僕に秘密を明かしてくれた。 二人きりの閉じた世界の中で、 君だけが僕の全てだった。 * * * 教室はいつも騒がしい。その騒ぎの中に僕もいた。 今日も仲の良い友達と、今日の授業はなんだ、あの授業は眠くなる、なんて話を飽きもせず繰り返していた。だけどその日は少し飽きが来ていたのかもしれない。友達の一人が、隅の席で一人で本を読む生徒に目をつけた。全寮制の一貫校のこの学校で、途中から転校してくる生徒は目立つ。多分親がよほど金持ちなのは確かだ。 初めのうちは何人か声をかけていたみたいだけど、今も一人でいるところを見るに上手くいかなかったみたいだ。 「あいつってさ」一人の友人が口火を切る。「前の学校でなんかしてここに入れられたんじゃね?」「うちは刑務所かよ。そりゃ規則はきついし、寮母はうるさいけどよ」「お高くとまってるんだろ。俺らとは違います感バリバリ出してさ」「違いない」 友人たちの会話を聞きながら、こっそりと噂の彼に視線を向ける。実は僕はずっと彼に声をかけたいと思っていたのだ。でも、なかなか勇気が出ずにいた。 もしかしたら今こそチャンスなのかもしれない。 「なあ、実は僕、彼と友達になりたいんだ」 友達の目が一斉に僕に向けられる。異質なものを見る目。今まで人間だと信じていたものが化け物だったと気づいたような眼差しだった。OK。全然構わないよ。一度口にして仕舞えば、勇気なんて必要なかった。だってもう後には引けない。 「マジで言ってる?」 「うん」 「俺らを捨てていくのかよダーリン!」 「変なこと言うなよ」 「どうせお前も振られるぞ」 「諦めずにアタックするよ」 「なんであいつがいいの?」 「……友達になりたいのに理由なんている?」 これはちょっぴり嘘だ。 もちろん全部が嘘じゃない。始めに友達になりたいと思って、その後にあれこれ理由を付け足していった経緯を鑑みれば嘘じゃないはずだ。でもその後付けの理由を人に言うのは正直恥ずかしい。だから僕は悟られないようにポーカーフェイスを貫く。 「そうか、分かったよ」 友達の一人がお手上げの姿勢をとる。他の友人も、僕の意思を曲げられないと知って諦めたようだ。 「振られたら慰めてやるよ」 「どうせ無理だろうし」 さすが、長年一緒につるんできた奴らだ。言葉に全く容赦がない。僕はそれらに笑顔で返事をして、席を立つ。 さあ、もう腹を括れ。 彼の席までそんなに距離はないハズなのに、やけに一歩一歩が重く、永遠に距離が縮まらないような錯覚を覚える。そんな幻覚を振り払い、僕は進む。言い逃れのできない距離まできて、僕はやっと彼の読む本の表紙を見た。 「解剖学……?」 つい声に出してしまった。慌てて口を閉ざすが、彼の耳には届いてしまったらしい。色素の薄い目がこちらに向けられる。思わず心臓が跳ねる。 「……もしかして、興味があるの?」 「え」 「解剖学だよ。えーと、君は確か、タクミくんだったよね」 「っぼ、僕を知ってるのっ!?」 「クラスメイトの名前くらい知ってるよ」 それで、と彼は繰り返す。 僕はここで正直に返すか、嘘で調子を合わせるかの二択を迫られる。もちろん答えは決まっていた。 「ごめん。解剖学についてはよく知らなくて、君と友達になりたくて声をかけようとしてたところなんだ」 もちろん、彼と仲良くなる上で解剖学が必修なのなら話は別だ。放課後の僕の予定に、図書室に寄って解剖学の本を探す、が追加されるだけだ。 彼は僕の目をじっと覗き込んで、数秒考えたのちに笑顔を浮かべた。蠱惑的というのがピッタリな笑みだった。 「ははっ、私と友達になりたいの?」 「うん。君が良ければだけど……」 「ふうん。君にはもう仲のいい友人はたくさんいると思うのだけど、私までその輪の中に入れたいのかな?」 「えっ? それは、考えてなかったよ。もちろん君があいつらとも仲良くしたいなら間を取り持つよ」 そう返しはしたけど、僕としては複雑だった。僕の友達は、みんな根はいいやつだけど口は悪いし、たまに僕でさえ引いてしまうような下ネタをどこからか仕入れてくる。この閉ざされた空間でだ。常軌を逸している。 「いいや。そんな気はないから安心してよ」 「そう、なら良かった。いや、良かったっていうのはその……」 僕の頭の中はもういっぱいいっぱいになっていた。本当にもうこれ以上ないくらいフル回転していて、脳が焼き切れるんじゃないかって感じだ。手汗をバレないようにズボンで拭う。 「いいよ」 油断していたところに落とされた爆弾に、僕は何か聞き間違えたんじゃないかと、話の流れを一からおさらいする。友達になってください→いいよ。完璧な流れだ。どこも問題はない。 「いいの?」 「うん。これからよろしくね、タクミくん」 「っ! なんか、夢みたいで、ちょっと泣きそうだよ」 「大袈裟だね。私と友達になるくらいでそんなに感激して、もし君の思ったような人間じゃなかったらどうなるのかな」 彼の言葉に舞い上がっていた僕は、差し出された手を握りしめて熱を込めて宣言した。 「たとえ君が殺人鬼だって構わないよ」 その言葉に君が浮かべた表情を、僕は永遠に忘れない。脳の奥深くに刻みつけて、輪廻転生、生まれ変わっても思い出す。 それくらい、魂を揺さぶるものだった。 * * * 彼、改めて、ナギは友達になると存外明るい少年だった。 意外と冗談も言うし、スキンシップも多い。僕の話にはいつも真摯に向き合ってくれて、添えられる言葉には彼の知識の深さを感じさせた。 白状しよう。僕はナギが好きだ。 「あのさ、ナギはなんで僕以外に友達を作らなかったの?」 「なに、突然」 生徒たちがひしめき合う中庭から離れた林の中。僕たちは落ち葉の上に腰を下ろして、木に背中を預けていた。ナギは人の多いところが苦手みたいだから、必然的に僕たちは二人きりになる。そうして誰もいない場所にいると、僕とナギしかこの世界にいないんじゃないかと思ってしまう。 「だって、気になるから」 僕の正直な言葉に、ナギは「あははっ」と大口を開けて笑う。最近はこれにも慣れてきた。ナギには僕のどんな言葉も面白く聞こえるみたいだ。ナギ専属のお笑い芸人が僕の天職かもしれない。 「別に、深い理由なんてないよ」 「ならなんで僕とは友達になってくれたの」 「んー……かわいかったから」 「なんだよそれ。からかわないでよ」 ナギの方を向いて抗議する。でもすぐに僕は口を閉ざした。ナギの目があんまりにも熱っぽく僕を見ていたから。何も言えなくなる。 「ねえタクミくん」 「な、なに」 ナギの白くて長い指が、僕の手に伸びてくるのを目だけで追う。僕の意識の全部がナギに向けられる。それを知ってか知らずか、ナギは僕に迫るように体を寄せてくる。 「私の秘密を教えてあげようか?」 「秘密って」 「ふふ。大したことじゃないよ。でも他の人には明かしたことはない。私と君の友情の証として、どうか受け取ってほしい」 「そんなこと言われてノーとは言えないよ」 とうとう、ナギの指が僕の指を捕まえる。捕らわれた僕は抵抗を忘れて、ただナギの好きなようにさせた。木々のざわめきも、鳥の声も、遠くから響いてくる同級生たちの存在も、何もかも全部が消える。そこにあるのは僕の鼓動と、ナギの体温だけだった。 * * * ナギの部屋は途中から編入したこともあってか一人部屋だった。元は教師のために用意された部屋で、一般生徒の部屋よりも広い。僕は興味津々に部屋の中を見回す。 「ちょっと恥ずかしいよ」 控えめな抗議の声に、僕は慌てて行儀良く姿勢を正す。 「まあ、今更説明しなくても、私のことは生徒たちの間で噂になってるから大体のことは知ってると思うけど……」 ナギは手振りだけで僕にベッドへ座るように促す。 「でも根も葉もない噂じゃないか」 「そうとも言えないね」 僕のフォローを、ナギはやんわりと否定する。 「火のないところにも煙は立つけれど、私の場合はちゃんと火元があるんだよ」 立ったままのナギは、机に体を預けて遠くを見ている。僕はただ黙ってナギの言葉の続きを待った。口を挟むべきではないと、なぜかそう感じたのだ。 「うちは代々医者の家系でね。政界とも縁深い、由緒ある家柄なんだ。当然私も医者になることは生まれた時から決められていた。婚約者もね、いたんだよ」 変な話だろう、とナギはなんでもないような口ぶりで言った。情けないことに、僕は婚約者という単語に気を取られてそれどころではなかった。 「でもね、私は別にそれでも構わなかったんだ」 ナギの声は本当に落ち着いていた。でもそれは、感情を無理やり押さえつけているようにも聞こえた。 「……勉強は苦じゃなかった。向いていたとも思う。親も私の出来の良さに喜んでいたし、歳の離れた兄たちも可愛がってくれていた。私はちゃんと機能していたんだ……あの欠陥が見つかるまでは」 「欠陥?」 思わず口を挟んでしまった僕の言葉に、ナギは小さく頷きを返してくれた。 「私はね、血がダメなんだ」 その姿はまるで罪を告白するかのようだった。 ナギの目から涙が溢れる。僕はそれをただ見ていることしかできなかった。ナギの深い悲しみに飲み込まれていく。 「指先を軽く切っただけだったんだ」 ナギは続ける。 「そこから血が一滴溢れた瞬間、私は意識を失い、次に目覚めた時には世界が変わっていた」 ナギは涙も拭わずに続ける。 「血を克服するためにありとあらゆることをした。実際に解剖の現場に連れて行かれて、目の前で人体が切り刻まれるのをこの目にした。でも、ダメだった。本で得た知識も、活かされなければ無価値だ。私はあっという間に落ちこぼれになった」 「そんなの、ナギのせいじゃない」 僕は耐えきれずに立ち上がる。言うべき言葉も見つけられないままに、それでもナギを救いたかった。 「私のせいだ」 「どうしてそう思うの」 「……私の、せいだからだよ」 普段の理論整然としたナギとはまるで違う、なんの答えにもなっていない返答だった。 「ごめん。こんなことが言いたかったんじゃないんだ。ただ君に知って欲しかった。私がどんな人間なのか、ちゃんと知って欲しかったんだ」 僕から逃げるようにナギは顔を背ける。 「親は、私のような息子が恥ずかしくなったんだろうね。元いた学校ではいつ私の欠陥が明るみになるかわからないから、病気を理由に転校させられたんだ。ここは全寮制で、外部との関わりも薄い。何か問題が起きてもすぐに揉み消せる。なにより──不出来な息子を見なくて済む」 僕は愚かだ。どうして僕如きがナギを救えるなんて、浅はかにも考えてしまったんだろう。それでも僕はナギを救いたかった。神様がいるのなら、僕の全てを差し出すから彼を救ってくれ。 「ナギは悪くない」 「……」 「悪くないよ……」 僕は壊れたようにそう繰り返すだけだった。 おそるおそるナギを抱きしめて、昔母にそうしてもらった記憶を頼りに背中をさする。そうしているうちに落ち着きを取り戻したのか、ナギの涙は止まっていた。 「秘密ってこのこと?」 「いいや」 なんとなくその後も、ベッドの上で二人でくっついていた。大人しく僕の腕の中にいるナギは、弱った子うさぎのようで、かわいいよりも潰してしまいそうで怖くなる。 「今のは秘密を明かすに際してのただの前提条件だよ。これくらいは知っていてもらわないと、いざ秘密を明かしても面白くないからね」 「……無理しなくていいよ」 明るく振る舞うナギを気遣っての言葉だったのに、当の本人はなぜか気分を害したらしい。顔を見なくてもそれくらいはわかる。 「自分が泣くなんて思わなかったんだ。……淡々と事実を語るだけで終わると思ってたのに、君のせいだよ」 「えぇ……それは流石に言いがかりだよ」 「君以外だったらこうはならなかったんだから君のせいだよ」 「っ……どうしよう。暴論なのに嬉しい」 そうだ。僕は喜んでいる。ある日突然現れた君がこんなにも近くにいること。こんなにも心を許してくれている事実に。僕の全身が歓喜の声をあげている。 「ねえタクミくん」 「なに」 「君こそ、なんで私と友達になりたかったの?」 いつか聞かれるだろうと思っていた。僕は用意していた当たり障りのない返しをするか、正直に本音を打ち明けるのかの二択を迫られる。当然答えはいつだって決まっている。 「仲良くなりたかったから、ただそれだけだよ」 色々後付けすることはできる。 整った容姿だとか、ちょっと影のある雰囲気だとか、一人でも平気そうなのに、ふとした拍子に見せる寂しげな表情だとか、放って置けない理由なんてそれこそ山のように積み上げられる。ミーハーなやつだと思われてもいい。結局顔で人間を選んでると揶揄されたって構わない。一目見た瞬間に恋に落ちるのなら、一目見た瞬間に魂を奪われたっておかしくないはずだ。でも僕は、なんて言えばいいのか、もし彼が醜くて目も当てられない姿でもきっと友達になってた。証明したいよ。できっこないけど。 だから僕が言えるのは、これだけだ。仲良くなりたかった。友達になりたかった。一番近くに座って、肩を抱けるようになりたかった。ねえこれってなに。どうしたら説明できるの。僕の中にある想いを一言一句違えずに相手に伝えたいだけなのに、でてくる言葉は全部嘘みたいにペラペラだ。でも僕の腕の中の君がいつも通り「あはははっ」と笑っているから、僕はほっとして体の力を抜く。 「はあ、笑った。おいで、私の秘密を見せてあげるよ」 僕の腕から抜け出して、ナギは手招く。 「私は血はダメだけど、臓器や死に対する恐れはないんだ。だからこそ、誰にも理解されなかったんだよ」 そう言って、ナギは机の引き出しについている鍵穴に鍵を差し込む。カチリと小さな音を立てて解錠されたそこから、四角い額縁のようなものを取り出して僕に見せてくれる。 「虫の標本だよ。趣味で作ってるんだ」 そこには蝶や、黄金虫、バッタ、カマキリと、いろんな虫が並べられていた。率直に僕は綺麗だと思った。ナギの手がこれら一つ一つを作り上げたのだと思えば余計に── 「気味が悪いだろう?」 「えっ?! なんで? どこが?」 思わず飛び出た自分の言葉に自分で驚く。 「ふっ、ふふっ、君って本当に素直な人だね」 「ごめん……」 「なんで謝るの? 嬉しいよ、そう言ってもらえて」 ナギの指がそっと僕の頬を撫でる。 「君のこともこうして縫い留めてしまいたいよ」 「そうしたいならそうしてくれてもいいよ。でも、それで君が罪に問われなければの話だけど」 「あははっ! 本当に私が好きなんだね。変なの」 「変かな」 「変だよ。でもそこが君の可愛いところだからそのままでいてね」 ナギには冗談だと思われたかもしれないけど、僕は本気だった。標本になった僕はずっとナギの手元にいられる。大事にしまわれて、時折思い出したかのように愛でられる。悪くない。むしろいい。惜しいのはもうナギとおしゃべりできないことと、その体に触れられないことくらいだ。致命的だからやっぱり断ろう。 「でも本当に気味が悪くないの?」 「さあ。他の人は知らないけど、僕は綺麗だと思ったよ」 僕の言葉にナギは意地悪な笑みを浮かべる。 「じゃあもし、私の秘密が殺人だったらどうするの? 実はこの床下に死体を隠してるんだ」 それこそ僕には笑い話だ。 「初めに言わなかった? 僕は君が殺人鬼だって構わないんだよ」 僕はナギがどんなことをしても受け入れる自信があった。床下に死体程度では少しも揺らがない。むしろどんとこいだ。 「嘘だよ。死体なんてない」 「そっか」 「そもそも血が見れないのに人は殺せないだろ?」 「簡単だよ。絞殺すればいい。締めても出てくるのは涎と糞尿だけで、血を流すことなく殺せるよ」 「……素直なのも考えものだね」 確かに。 「じゃあ、もし私が殺人鬼じゃなくて医者になりたいって言ったら、タクミくんは応援してくれる?」 その声は真剣そのもので、ナギはあれほど家族に傷つけられても夢を諦めていないのだと知った。なんてすごい人なんだろう。僕だったら反発してむしろ絶対医者にならないと思ったハズだ。 「もちろん! 応援するよ」 「血も見れないくせに、おかしな話だと思うけど……」 恥ずかしそうに笑うナギを励ましたくて、僕は一生懸命頭を回転させる。 「今はダメでもいつかは平気になるかもしれないよ! その日までにできることは全部やろうよ!」 「もし一生ダメだったら?」 「うーん、色眼鏡をかけるとかはどう? 赤が緑に見えたりすれば問題ないかもよ」 「あはっ! そんな医者見たことないよ!」 「ダメかな……じゃあえっと、血をケチャップとかトマトジュースだと思うのは? 結構名案かもよ」 「あはははっ! そうだね! 確かにそうだ! 考えたこともなかったよ」 ナギは涙を流して笑っている。よっぽど僕のアイデアがお気に召したらしい。君に喜んでもらえてなによりだよ。 「そっか、私はまだできることをやりきってなかったんだね……」 憑き物の落ちた顔で笑うナギは、標本を手に取ると誇らしそうに僕に向ける。 「親にはあまり喜ばれなかった趣味なんだけど、確かに僕もこれを美しいと思うよ。生前の姿を残したまま永遠に閉じられている。そこにもう命はないのに、なぜこんなにも魅せられてしまうのだろう」 人によっては残酷にも思えるかもしれない。でも僕にはナギの気持ちが理解できた。今そこにあるものを永遠にしたいという感情は、きっと誰しもが持っていて当たり前のものなんだ。 「本当は、タクミくんにも引かれると思ったんだ。こんな猟奇的な趣味を楽しんでるなんて、幻滅されるんじゃないかと怖かった」 口を開こうとした僕を、ナギの指が止める。 「でも君と話していて私は気づいたんだ。家族のことを割り切っているつもりで全然割り切れていなかったんだってこと。医者になることも、親の理想の息子でいることも、全然、諦められてなかったんだ」 唇から伝わるナギの震えを感じながら、僕は聞き入っていた。 「本当は、友達も欲しかったんだよ。でも近づいてくるのはみんな、私じゃない何かを求めていた。私を求めた人も、あわよくばという下心が透けて見えたしね」 下心という単語に僕の心臓がドキッとする。それだけではないが、ないとも言えない。僕は非常に繊細な糸の上に立たされている気分になった。 「君は私の問いかけにいつも本音で返してくれた。どんな時も私を尊重してくれた。だから私もそれを返したいんだ。君の隣に相応しい人間になりたい」 いつの間にかナギの中で僕の印象はかなり美化されているように思えたが、発言を止められているせいで訂正する機会を逃した。 「これから先も、私はきっと君に迷惑をかけると思う。いくら見放されても、私があの家の人間であり続ける限り逃れられないことがたくさんあるんだ。婚約は破棄になったけど、多分また親の都合のいい人間があてがわれるのは目に見えている」 家同士の結婚ってやつがいかに面倒なものかは僕にも理解できる。僕は幸いそう言ったこととは無縁だが、ナギはそれから逃れる術がないのだ。正しくは逃れる術を選べない、か。 「それでも、私は── 君のことも諦めたくないんだ」 その言葉は、僕の心臓を深く刺した。 ああ。ナギ。 僕もだよ。 僕も君を離したくない。 一目見た時から君に夢中なんだ。 若さゆえの過ちだと言われてもいい。 たとえ誰に何を言われても、 僕の気持ちは変わらない。 「ねえ、ナギ──僕の秘密も教えるよ」 * * * 毎日変わり映えのしない日常の連続。 退屈な授業。 面白いけど品のない友達。 生まれた時から敷かれたレール。 安全が約束された人生。 そこから外れてみたかった。 たまごの殻の内側みたいに閉塞的な日々。 守られていると分かっていても 煩わしさは変わらない。 そんな世界を君が壊してくれた。 他の誰かにとってはたいしたことじゃなくても、 僕には一大事だったんだ。 君がどんな姿でも構わない。 君がどんなことをしたって厭わない。 君がどこの誰で どんな過ちを犯していたって そんなこと関係ないよ。 「ねえこれってなんのドッキリなの……」 「やだな。僕はナギにドッキリなんて仕掛けないよ。 僕は好きな人に嘘はつけないんだ」 ナギ、君が僕の目の前に現れてくれた。 それだけで十分なんだ。 「死体なら新鮮なのから腐りかけまでいつでも揃ってるよ。うちはそういうのが手に入りやすいんだ。ああ、安心して。ちゃんと法律上問題ないように処理されてるからさ」 僕の趣味がナギの役に立てて本当に良かった。 「一応ナギに見せるつもりで綺麗にしてて良かった。まずはこっちの血抜きしてあるのから試してみる?」 ナギは僕を化け物でも見るような目で見ている。 OK。問題ないよ。 だってもう後には引けないだろお互いにさ。
愛しき友よ、また明日
二人で帰った帰り道を思い出す。 いつしか当たり前になっていたね。 君が自転車を引いて、私がその横を歩く。 たわいもない会話の応酬。 その日あった授業の話。 好きなアニメの話題。 車輪の回転音がカラカラと鳴っていた帰り道。 平日に君に会うのが当たり前だった日々。 二人で肩を並べて歩いたね。 付かず離れずの距離で、ずっと二人でいたね。 君の顔が好きだった。 君の声が好きだった。 君の話し方が好きだった。 君の困り顔が見たくて、 よく意地悪を言ってごめんね。 教室では違うグループだったよね。 お昼ご飯も、 移動教室も、 お互い違う人と過ごしたよね。 でも放課後の帰り道はいつも二人だった。 お互いにバイトがない日は そのままカラオケに行くのも定番だったよね。 君の歌、好きだったよ。 私の知らない曲でも、 誰の歌かも、 なんのアニメかも知らなくても、 君が歌っていたから好きになったよ。 大人になってもずっと一緒だって、 そんな約束必要ないくらいに、 私たちずっと二人だったね。 「じゃあ、またね」 「うん、また」 この挨拶に“明日”が消えて ずいぶん経つけれど、 それでも私たちは、またねと別々の道に進む。 遠い思い出の香りに包まれながら、 私は電車に揺られて家路につく。 目を閉じて、君のことを思い出す。 これは恋じゃない。 これは愛じゃない。 ただあの日の私が残した、 失いたくない綺麗な思いだから、 捨てられないだけだよ。 ただそれだけだよ。
似て非なれども
私たちなんでもお揃いにしたね。 ペンケース。 ペン。 消しゴム。 定規。 ヘアゴム。 リップクリーム。 私服。 アクセサリー。 話し方。 読む本。 見る夢。 食事。 好きな人。 揃えられるもの全部 揃え終わっても── 私は私のままだったし、 あなたはあなたのままだったね。 「そうだね。 きっと、違うからこそ揃えたくなるんだよ」 あなたはそう言って、 私とは少し違う形で笑ってくれた。 同じ髪型。 同じ服装。 同じメイク。 同じネイル。 それでも違うから── 「だから、あなたが大好きなんだね」 「ふふ、奇遇だね。私もあなたが大好きだよ」 互いの指を絡めて、 額を重ね合わせる。 触れ合ったところから混ざり合って溶けてしまいたいね。 それと同じくらい、 このままずっとよく似た別の生き物として 二人で生きていきたいね。 ねえ、次は何をお揃いにする? *** 已己巳己 い・こ・み・き 文字の形が似ていることから、 互いによく似ているもののたとえ。
無限の電子の海へ還る
生きてるね 今日も生きてるね 明日も生きてるね きっと昨日も生きてたね ね あなたさ 今日も明日も明後日も 昨日も前世も来世も末世も 一生一緒に生きててくれない? 私のために生きててくれない? 限りある命を 限りない命として 永遠に終わらないでそばにいて欲しいの データの海の中でさ 私とずっと二人でいようよ ね 約束だよ
羽のないわたしたち
世界なんて滅んでしまえと思いました。 私とあの子が幸せになれない世界なんて、 みんな跡形もなく消し飛んで仕舞えばいいんだと、 幼心に本気だったんです。 あの瞬間の私たちは、 とても愚かで、 世界のことなんて何も知らない、 矮小な子供に過ぎませんでしたけど、 それでも真剣にお互いを愛していました。 触れれば切れてしまうほどの鋭利さで、 互いの愛を監視し合っていました。 あれほどの愛はもう、 一生手に入らないと断言できるほど、 私たちは 色濃く、 鮮烈に、 毒々しく、 ──残酷に互いを求め合っていました。 *** 彼女の長い髪が好きでした。 美しく手入れのされた、滑らかな絹糸(実際私は絹糸なんて触れたことはありませんけど)のような髪は、柔らかく繊細な肌触りで私を魅了しました。 その髪に指を通している間だけ、私はこの世界のことを許せる気がしました。 長く続く貧困も、終わりのない戦争も、毎日誰かが殺し殺される地獄のような世界だって、彼女の存在ひとつで全て帳消しにできました。 いいんです。 世界なんてどうだっていいんです。 私にとって彼女こそが天使で、女神で、光で、なによりも尊い存在だったんですから。 他のどんなものだって代わりにはできなかったでしょうね。 たとえ目の前にうずたかく札束を積まれたって、私が彼女に向ける愛を傾かせることさえできなかったはずです。 仮にもし、私がお金で愛を売るのなら、きっとそれは彼女のために他なりません。 それくらい愛していました。 それほどまでに愛していたのに、私の世界はいまだに終わりを迎えずに、長ったらしいエンドロールのようにタラタラと流れ続けています。 この恋が終わるのなら死んだって構わないと、厚く信じていたのに、この体たらくです。笑ってください。 そうです。 私は負けたのです。 あの日あの時あの瞬間に──一緒に空を飛ぼうと地面を蹴ろうとしたまさにその時に、私は愚かにも、愚かにも愚かにも愚かにも「死にたくない」なんて世迷言を吐いてしまったのです。 彼女を引き止めてしまったのです。 一緒に生きようなんて、安い言葉を吐いて、その場を誤魔化して取り繕ってなあなあにして済まそうとしてしまったのです。 嗚呼。 今でも思い出せます。 彼女の失望した目。 彼女の中から私への愛が消えていくのが見て取れました。 それもそうでしょう。 二人で幸せになるための一歩を、私が邪魔してしまったのですから。 でも、彼女には届かなかったけど、それでも、私の言い訳を聞いてください。 私は、私は彼女に生きていて欲しかったんです。 どれだけ無様でも、 どれだけ醜悪でも、 どれだけ変わり果て、 二度と元には戻らないとしても、 それでも彼女に生きていて欲しかった。 愛していたんです。 心から愛しているんです。 でも、それも所詮自己愛に過ぎないのかもしれません。 私は、死ぬのが怖くて彼女の手を離した裏切り者に過ぎません。 もう私の手が彼女の髪に触れることは叶いません。 私のどんな言葉も想いも彼女に届くことはありません。 それでも、彼女が生きていてくれるだけでよかったんです。 それだけが救いだったんです。 ただ彼女にとってはそうではなかった ──ただ、それだけの話です。 もしやり直せるのなら、 一緒に終わりたかったな。 二人で空を飛んで、それでハッピーエンドだったのにね。 なんで私は、それができなかったのかな。 ごめんね。大好き。また会いたいよ。 次は一緒に飛ぶからさ。 また私のところに落ちてきてよ。
お味はいかが?
嫌われたかなとか。 好かれたかなとか。 そんな、自分にはどうしようもないことばかり気にしてしまう。 あの人は今何をしているかな。 何を考えているのかな。 もうご飯は食べたかな。 最近寒くなってきたけど、ちゃんと暖かい格好をしているかな。 頭の片隅をいつもその人が占領している感じ。 嫌いじゃないよ。 振り回されるのも悪くないんだ。 ヤキモキするのも楽しいんだ。 無駄な嫉妬とかしちゃったりね。 そういうのもいいんだよね。 そういうのがいいのかもね。 だってこの思いに正解とかないからさ。 誰が採点するわけでもないし。 好きにしちゃっていいんだよ。 だって好きなんだから。 好きなように“すき”を味わっちゃおうよ。 恋の味は千差万別。 どんな味も好きだなんて言えないけど 楽しむことはできるんじゃないかな。
スイートベリー
スイートベリー 甘い蜜 あなたの唇に落として 緩く口付けて スイートベリー 甘い現世 紺碧の夢の中で あなたと二人沈んでゆきたい スイートベリー 狂おしいほどに求めている スイートベリー スイートベリー スイートベリー これが私の終わりの夢 濃縮したお呪い あなたと二人で目指した世界の終わり 甘く垂らした蜜の味 あなたの全てを甘く満たして 余すことなく飲み干したいの スイートベリー あなたのことよ 私のかわいい終わりさん 覚めない夢の中で おやすみなさい
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回るメリーゴーランド 終わりなんて知らずに 同じ場所を回り続けて 回るメリーゴーランド わたしを煌びやかに見せて 幸せに回り続ける 回るメリーゴーランド どこにゆくの? どこにもゆけないのに それでも木馬は回り続けて 回るメリーゴーランド 止まらないで わたしの夢を終わらせないで このまま回り続けて 回るメリーゴーランド わたしの幼い日の煌めき 色褪せた夢の残滓 朽ちた思い出の残骸 回るメリーゴーランド 今も回り続けて わたしに幼き日の夢を見せて このまま目覚めさせないで 回るメリーゴーランド いつか止まるわたしの回転木馬 懐古なんてらしくないわ 全てはうつろ、夢はまぼろし 回るメリーゴーランド いまも煌めく夢の世界 わたしはきっと幼いまま大人になった サナギの中で形にならずになり損なった そんな不出来な生き物だった メリーゴーランドは終わる 音楽は止まり 全ては静止する 夢は満ちることなく朽ちていく ああ それでもわたしは幸せだった 幸せだったの
2025/11/07
わーい わーい ポテトが増量だよ ミニストップでポテトが50%増量だよ 🍟🍟🍟 ポテト大好き人間が小躍りしちゃうね はあー残業終わりにポテトが染みる 明日からの休みを思いながら ポテトを噛み締める私 昔からフライドポテトが大好き 芋が好き 塩味の芋が好き 最近食べてないポテトチップス 年取って パリパリの芋じゃなくて ホクホクの芋がお気に入りなのかな? 年齢関係ない? まあいいや みんなはポテトは何味がお好き?
Yo!ようSay!
ようよう ようせい ようせいさんよ あなたはどんな姿なの 小さなお耳 小さなお口 小さなお目目をしているの ようよう ようせい ようせいさんよ 羽をパタパタ はためかせて あなたはどこへゆくんだい 何をするため飛ぶんだい へいへい へいよう ようよう ようせい あばよ ばいばい またいつか 夢の国で再会しよう