御先稲荷

5 件の小説
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御先稲荷

自己満で執筆します。

人類はとっくに滅亡した。

いつか交わした君との会話を、今でも時々思い出す。 「人類なんて滅亡しちゃえばいいのに」 「なんでそんな怖いこと言うのさ」 「だってそうしたら、二人だけの世界で生きられるんだよ」 「…僕たちだって人類じゃん」 「細かいことは気にしないの!」なんて笑っていた意味が、今ではよくわかる。 君はいつ、その『カミサマのチカラ』を手に入れたんだい? 人類はとっくに滅亡した。当時二十歳の僕たちは、二十歳の身体のまま、もう八十年は生きている。 「私たち、今日で百歳だよ!せっかくだから、ケーキが食べたいなぁ」 「急だな。材料を集めないとだよ」 「じゃあ、集めにいこ!」 無邪気な笑顔が愛おしい。 僕たちは、食事すら必要ない体になってしまったというのに。 いまだに君は、”ヒト”だった頃のような生活を送りたがるから、僕だって君の望むように振舞うんだ。 「カミサマは、さ」 君がうつむいたまま呟いた。 「カミサマは、本当にこうなることを望んでいたのかな」 沈んでしまったエドガワ、木々が絡みつくスカイツリー、シブヤ109は、学生時代に教科書で見たピサの斜塔のように傾いていた。 二人だけの世界を望んだはずの君は、荒廃した世界を見て一体何を思う? 「君は」 「?」 「君は今幸せなの?」 少し間が空いて、君は答えた。 「幸せすぎて、どうにかなっちゃいそう」 「なら、カミサマもそう思ってるでしょ」 「…そうだね」 「ちなみに僕も、すごく幸せ」 カミサマになる前の君の望みが叶ったこと。 カミサマになった君が、今、幸せだと言ってくれたこと。 カミサマになっても君が、僕の隣で笑っていてくれること。 「終わらせたくなった?」 僕の言葉に君が顔を上げた。 そんなに目を見開いてさ、図星だって言いたいの? 「終わらせたくなったの?…ねぇ、カミサマ」 追い打ちをかけるつもりで僕は言った。 ”カミサマ”と呼ばれるのを嫌がる君は、どんな顔をする? 心の中で期待を込めたのに、君は一切動じないまま、僕の目をまっすぐ見つめる。 「ごめん。僕が悪かった」 耐えられなくなって、先に僕が目を逸らした。 すかさず君は僕の頬を両手で掴んで、再び君の大きな目と僕の目が合う。 「終わらせないよ。一生、いや、永遠に」 「わかってる。約束したもんね」 「八十年も前のこと、よく覚えてるね」 「八十年も、じゃない。まだたったの八十年でしょ。僕たちは、”ずっと一緒”なんだから」 「カミサマになった君が血迷ってもさ、交わした約束を、僕がいつだって思い出させてあげるから」

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死ななければいいのにね

 死にたいって言わないで。  前までの私は、そう言われる側の人間だった。  嫌なことがあったら死にたい。恥ずかしいことがあったら死にたい。嬉しいことがあっても、このまま死んでしまいたい。  だけど、君と出会ってからは違う。  死にたいなんて言わないし、思うことももうない。  ただ1秒でも長く、君と一緒にいたいから。  空腹を忘れるほどに、眠ることさえも要らないくらいに、ただ君の隣にいたいと思うから。    本当は、ずっと一緒がいいよ。  でもそれは、無理だから。  辛い思いをすることになるのはわかっている。  だけど、辛い思いをすることになるとわかっていても、君じゃなきゃ嫌なんだ。  大好きだよ。

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死ななければいいのにね

煙草

「煙草吸ってる男、嫌い?」 嫌いに決まってるわ。 だけど知ってるの。 「嫌い」と答えても、 あなたは煙草をやめたりなんてしないこと。 だって私は、 あなたが煙草をやめる理由になれるほど、 価値のある女じゃないから。 それでも、私はあなたを手放さない。 あなたとのキスが煙草の味でも、 ハグをした時に煙草臭くても、 そんなことどうでもよくなるくらい、 あなたは私にとって価値のある男だから。 「ううん。 あなただったら、なんでもいい」

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煙草

夏、終わらないで

「透華は夏が似合うね」 縁側に腰掛けてアイスを食べる横顔に向かって呟くと、「そうかな?」と首を傾げる君。 「私、夏は嫌いだなぁ」 「なんで?」 「終わりを考えると、悲しくなるの」 「……それ、好きだからじゃないの?」 「ふふ、確かにそうかも」 僕は君の笑顔が好きだ。だから、普段クラスで滅多に笑顔を見せない君が、僕の前で沢山笑ってくれるのが嬉しかった。 小学4年生の時、転校先の学校で君に出会った。 窓際の席で、僕の自己紹介に全く興味を示さない。自分の世界を持っていそうな、不思議な女の子。雪のように白い肌。黒くて艶のある長い髪。吸い込まれそうな漆黒の瞳。整った顔立ちの、美の具現化のような、でもどこか闇のある君に、僕は一目見て恋に落ちた。 だけど、君はいつも独りぼっちだったから、僕には君が孤独で苦しんでいるように見えたんだ。そんな所を、いつしかクラスメイトからいじめを受けるようになった僕と勝手に重ねては、安心していた。 でも、本当は違った。君は孤独なんて一切感じていなかったんだ。本当の君なんて微塵も知らない癖に、僕は同情したつもりでいた。僕が君を気にかけていたのは、余計だったんだ。 逆に気にかけられていたのは、僕だ。 君が体育倉庫で閉じ込められていた僕を見つけてくれた。「あいつらは?」と聞けば、「心配ないよ」とだけ言い放ち、僕に手を差し伸べてくれた。 「悠のことは、私が守るって決めたの」 好きな人に突然そう宣言されたら、気持ちを抑えることは出来なくなった。 「僕も、尾崎さんを守れるようになりたい……!」 「ありがとう」。初めて僕に向けられたその瞳に、その笑顔に、胸が締め付けられたのを覚えている。7月18日のことだった。 夏休みには毎日のように遊んだ。扇風機の音を聞きながら宿題をしたり、駄菓子屋のベンチでひたすら駄菓子を食べながら駄弁るだけの日もあった。時に近所の神社に行けば、“来年も一緒に遊びたい”なんてことを神に願ったりした。 だけど、願いは簡単には叶わなかった。 夏休みが明けると、昨日まで一緒に笑っていた君が教室にいない。君の使っていた机までもがなくなっている。 担任から淡々と告げられた君の“転校”に、僕は涙した。 なんで言ってくれなかったんだろう。 僕は君の友達じゃなかったっけ。 待てど暮らせど、君は帰って来なかった。 君との夏を過去にしよう。 そう何度も心に誓った。 だけど、あんな終わり方をした初恋を過去にするなんて、そう簡単にできっこないよ。 君を忘れられるかもしれないと思って付き合った彼女たちの中に、君以上に夢中になれる子なんて見つからなかった。 ハグも、キスも、君以外の人とするなんて僕にとっては屈辱的で。 夏の匂いを嗅げば僕は今でも君のいる夏を思い出す。夏じゃなくても、君と過ごしたかった季節を、君と過ごす妄想をする。 君が頭に住み着いたまま、僕は高校2年生になった。 そしたら、7月18日。 君から手紙が届いたんだ。 『会いに来て』って書かれてた。 出発は夏休み初日に決め、僕はその日を心待ちにして過ごした。

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夏、終わらないで

僕は夏の囚人

木造の無人駅を出ると、一直線にあぜ道が延びていた。 周りには何もない。田んぼが広がるだけだ。 照り付ける太陽を脳天で浴びながら、そのあぜ道をひたすら進んでいく。 拭う気にもなれないほどしつこく、全身から汗が吹き出る。Tシャツが背中に張り付いて気持ち悪い。せめて空気に触れさせたくて、背負っていたリュックを手で持つことにした。 昨日の夜、荷物を減らした甲斐があった。あの重さだったら、僕は多分、このだだっ広い田んぼのど真ん中に投げ捨てていただろう。 あぜ道の突き当たりは山だった。 赤い鳥居が、広がる木々を背にしてそびえ立っている。鳥居から先は、しばらく石の階段が延びている。 僕は一礼をしてから、その鳥居をくぐった。そして、階段を上った。 幸い、頭上を木々が覆うので、太陽の光を受けることはない。何もない田んぼの中を歩くよりマシかと思ったが、蝉の声が頭に響いてストレスに感じる。 ほとんど意識はない。ひたすらに進む。 ふらついた足が限界を迎えた頃、階段の終わりに辿り着いた。 階段は石畳に変わり、本殿への道を作っている。 そういえば、朦朧としていた意識があっという間に戻るのは、どうしてだろうか。さっきまでの猛暑がまるで嘘のように、ひんやりとした空気が全身に触れた。 蝉の声すらも聴こえない。鳴り止んだというより、僕の聴覚が不思議な力に奪われたような感覚だった。 狛犬が僕を見ている。まるで、僕をずっと待っていたかのような眼差しで。 「待ってたよ」 不意に声を掛けられた。女の子の声だった。 反射的に振り向く。しかし、そこには誰もいない。 「違う違う。こっち、こっち」 視線を前に戻すと、石畳の道の先、本殿の、賽銭箱の隣に彼女は膝を抱えて座っていた。 「待ってたよ、少年」 “少年”なんて、他人みたいな呼び方しないでよ。 自分からいなくなったくせに、待ってた、なんて言わないでよ。 久しぶりに見る彼女は、相変わらず美しかった。セーラー服から生える手足は雪のように白い。しかし、変わってしまった所と言えば、髪と瞳の色。 僕が知っている彼女は、長い黒髪をなびかせて、漆黒の瞳で僕を見据える、どこかに闇の宿る彼女だけだ。 それなのに、今は闇なんて感じさせない。 見たことないけれど、今の彼女を例えるのならば、まるで“神様”だ。 「髪……綺麗だね。瞳も」 「ありがとう。気に入ってるの」 本音だった。だけど、僕は以前の彼女しか知らない。今の彼女は、僕の知ってる彼女じゃない。 「……気に入ってるならいいんだ」 「前の方が好き?」 「……どっちも好きだよ」 「ふふ、照れるなぁ」 白い頬がみるみるうちに赤く染まった。 照れると耳まで赤くなる所、変わってないな。 「そうだ。疲れてるでしょ?帰って休もうよ」 突然立ち上がったかと思えば、僕の方へ駆け寄って来た。 久しぶりに間近で見る彼女に、僕は胸の高鳴りを抑えられない。 彼女の声が、香りが、オーラが、だんだん僕を支配する。懐かしい感覚に陥った。 その感覚は、僕が彼女に恋をしていたことを、身をもって思い出させた。 そしてその恋は、今もまだ続いているということを、この再会が教えてくれた。 「どう?」 顔を覗かれて、返事を忘れていたことに気が付いた。 「うん。そうする」 「なら、行こう」 彼女の左手が僕の右手を捕らえた。 彼女は一度僕に微笑みかけてから、僕が上ってきた階段を一気に駆け下りた。僕は彼女の後ろを、ただひたすらについて行った。 ――止まっていたはずの僕と君との時間が、今、再び動き出した。

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僕は夏の囚人