卯月

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卯月

かみさま

 この神社には神様が居るんですよ。  お父さまにもお母さまにも見えない、わたしだけに見える神様。何だか不思議ですよね。 「椿さま!」  真っ白なお肌に、真っ白な髪、真っ白なお着物。  髪はとっても長くて、足元まであるんですよ。汚れないのかな、なんて思ったりもしますけど、神様だからそこは平気なのかも?  でも、一番目立つのはやはり瞳です! 真っ赤な色がとても綺麗で。見つめられると頭がふわふわしちゃうんですよ。  椿のような赤だから“椿さま”と呼んでいます。  椿さまは逢魔時と呼ばれる時間になると、いつも神社に来てくださいます。とても優しい方で、わたしの悩みや困りごとを聞いてくださるんです。  しかも何故だか、椿さまに言うと大抵の事が解決しますし! やっぱり神様のご加護なのでしょうか?すごいなあ。 ◇ ◇ ◇ 「椿さま、こんにちは!」 「やあ梨子。今日も元気だね」  今日の椿さまタイムです!  学校と神社の仕事にへとへとなわたしの安息の時間。椿さまと話していると心が軽くなりますものね。 「今日はお話したいことがたくさんあるんですよ! 千尋ちゃんがですね…!」 「ふふ。梨子、その前にいいかな?」 「……あっ! す、すみません……っ!」  椿さまは笑ってくださったけど、流石に恥ずかしい!   いつもやっている“おまじない”のことをすっかり忘れて話し出そうとしちゃうなんて。 「目を閉じて。ゆっくり息を吸って」  ___椿さまとの秘密。それがこの“おまじない”です。  わたしはされている間は目をつぶっているのでよくわからないんですが……大きく息を吸って、吐いて。少し暖かくなって。……首筋に口付けして頂いて、終了です。  おまじないをすると小さな蛇? のような紋章が浮かび上がっているのが可愛いんですよ! 「終わったよ。梨子は良い子だね。」 「そ、そうですか……?」  最初は恥ずかしかったけれど、椿さまが『梨子を“悪いもの”から守るため』と言っていたので、断る理由はありませんよね。 「これでしっかり、君を“連れて帰る”ことが出来るからね。」 「椿さま、連れて帰る……とはどこに?」 「ああ、気にしないで。まだまだ先のことだから。でもとっても良いことだよ。」 「良いこと……」  椿さまはたまに、ここではない、どこか遠いところを見ているような気がします。  ……神様だから、人間にはわからないこともあるのでしょうけど……でも。わたしも助けになれたらなあ、なんて思ったり。 「椿さまと一緒なら、どこへでも!」 「……君は本当に可愛らしいね。“悪い妖怪”にたぶらかされないようにね」 「んふふ」  日はどんどん落ちていき、あたりを暗闇に染める。影が落ちた椿さまの瞳がやけに明るく見えたような気がした。 「お話聞いてください、椿さま!」

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愛としておく

 ただの幼馴染のはずだった。 「桜子ったら、まあた夜更かししたんでしょー?」  春田桃音。隣の家の一人娘で、私の幼馴染。  めんどくさがりやな私を見かねて、よく世話を焼いてくれる。  将来ダメな男に捕まりそう、なんて思っていたんだけど。 「今日は卵焼き、綺麗に焼けたんだよー♪」 「まあまあだね。」 「そんな上から目線な……」  「桜子はほっといたら食べなさそう」と毎日毎日作ってくれる、やけに凝ったお弁当。  「桜子はすぐ迷子になるんだから」と繋がれた手。  私の前では、ほんのり赤らむ頬。 「(桃音は私のことが好きなんだろうなあ)」  気付かないはずもなくて。  私も好きだと言ったら、きっと彼女は喜ぶであろう。  でも残念ながら、私達はただの幼馴染だ。  でも残念ながら、私達は女同士だ。  世間一般的には許されない恋…………  “幼馴染にかける情”という理由だけでは、いささか足りない。  なにより私は、桃音を性的に見たことがないし。 「(謎の罪悪感はあるけど、知らんぷりを決め込もう)」  そう決めていたのに。 ◇ ◇ ◇  夕暮れを帯びた、放課後の教室。  委員会が終わったので、「終わるまで待ってる!」と言って聞かなかった桃音を迎えに来たのだけど。 「(桃音の他に、誰かいるのか)」  親の声並みに聞き慣れた桃音の声と、男性と思わしき低い声。  特に何も考えずに扉を開けた途端……息を呑んだ。 「春田さん、好きです!僕と付き合ってください!」  ああ、これはタイミングをまずった。  そう思って、去ろうとしているのに。  視線はまっすぐ、桃音に向いてしまう。 「えっ⁉︎ あ、そのー……」  二人とも私には気づいていない。今ならいなかったことに出来る。こんな気まずい状況から逃げ出せる。  のに。  困ったように下げられた眉。  耳まで赤らんだ頬。  照れると手いじりする癖も。 「(全部全部、私の……私にだけ向けるべき表情だ。)」  私は、何を考えて? 「……桃音。」 「えっあ!さ、桜子……あの、これはね?」  私は本当に、何をしているんだろう?  止まらなきゃ、誤魔化さなきゃ、いけないのに。  考えと反して、足はどんどん動いてしまう。 「桃音は私のものでしょう?」  唇に触れさせる柔らかい感触。  甘い吐息と呆気に取られた二人の表情が私に突き刺さって……なんだかとても、心地良い。 「さ、桜子……?な、なにして」 「愛してるよ、桃音。」  私は随分性格が悪いんだなあ。  純粋な好意に知らんぷりを決め込んでおきながら、いざ誰かに取られそうになると自分のものにしておきたくなってしまう。 「……わ、わたしも……!」  正直言って、愛かどうかは分からない。 「ふふ、嬉しいな。」  でもきっと、愛にとても似たものだから。  そうしておこう。  私の所有物にしておけるなら、それでいい。

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アスファルトが奏でる陽炎。日光を溢れるほど浴びた、向日葵の群れ。果てしなく続く青を、入道雲が隠していた。 「もう帰ろうよ、茹で人間になっちゃう。」 「もうちょっと!」 彼女はシフォンのマキシワンピースに身を包み、麦わら帽子のつばを抑えた。風に揺れる黒髪がよく映える。『夏』を擬人化したかのような少女。……本当にこいつは、季節というものを最大限に楽しむよなあ。嫌いじゃないし、良いとさえ思う。だけど…… 「私を巻き込むのだけはやめてくれない?」 額から絶え間なく汗が流れる。 申し訳ないが、こちらとしては別に楽しむ気はないのである。夏は暑いから外に出たくないし、冬も寒いから外に出たくない。 典型的なめんどくさがりや。大抵の人間がそうだろう。 「いーじゃんいーじゃん!今年の夏は今年しか来ないんだから!」 「それは当たり前だし。」 まあ、そんなことを言ったって、結局_____ 「わたしは君と楽しみたいの!」 太陽より眩いその笑顔には、今年も背けないのだろうけど。

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サイダー

しゅわっ。 開けた瞬間に広がる、炭酸特有の鼻に抜ける香りと、心地の良い炭酸の音色。夏によく映える爽やかさを持っている。 「ぷっはーーー‼︎」 「…美味しそうだね。」 「美味しいんですもの。」 隣の彼女があんまりにも美味しそうに飲むものだから、こちらまで飲みたくなってしまうじゃないか。 「ね、一口頂戴?」 「…えっ⁈」 彼女はいつもいつもオーバーリアクションだ。たまにうざいけど、まあ大抵は見てて面白いから好きかな。 「嫌?私のジュースもあげるから。交換!シェアハピだよ。ね?」 「えー、何、超必死。そんな飲みたいの?最初からサイダーにすれば良かったのに。…まあ、良いけどさ」 「そーいうんじゃないの!でもありがと」 受け取ったサイダーをぐいっと流し込む。炭酸で少し喉が痛んだけど、そんなことを気にしてられる場合ではなかった。 同じペットボトルに口をつける。 「…え、何見てんの?飲みづらいんですけど」 「…見てないし」 「はあ?そこ意地張る⁉︎」 お互いに顔が赤くなっているのは多分、ひとえに夏のせいだろう。

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貴女には、星の方が綺麗かもしれない。

「“月が綺麗ですね”。」 かの夏目漱石がI love youを婉曲的に訳した、 日本らしい奥ゆかしさを表す、愛の告白。 それでも、伝わらなかったら全て意味はなくて。 「本当だ、綺麗な満月!写真撮る?一緒に!いぇーいピース〜!」 君のその無知な返事にも、もう慣れたものだ。 まあ、どれだけ想いを踏み躙られても、何をされても。この気持ちが捨てられない、私も私なのだろうか。 「あー、“このまま時が止まればいいのに”。」 「……えっ、」 ふとつぶやかれた言葉一つに、鼓動がうるさいほど高鳴っていくのが分かる。…いや、分かっているのだ、この人がおしゃれな言い回しとかできないのは本当に誰よりも分かってる。身をもって。 ……なのに。 「だって私、雪ちゃんと一緒にいる時間が好きだから……って、 雪ちゃん⁉︎超顔真っ赤だけど、大丈夫?ど、どうしたの……?」   あなたのせいだ。 「うぅ〜……っ…」 「えっ、ちょっ、本当に大丈夫⁉︎熱?どっか痛い?暑い⁈」 「黙っててください……」 「ええっ、辛辣…」 あんな言葉一つで、どうしようもないほど胸が高鳴ってしまうのは。 「(こんなん、馬鹿みたいじゃん…)」 仕方がない、仕方がないのだ。 貴女はいつだって最高に馬鹿野郎で、私はいつだって素直になれないのだから。

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夜の果てまで

「せんぱ〜い!わたし忙し死しちゃいますよ〜っ⁉︎ど〜にかしてください〜‼︎休みたい疲れたおうち帰りたい〜っ‼︎」 「やかましいわ!喋る暇があるなら手を動かして!」 「先輩の鬼畜!鬼!悪魔〜っ!」 後輩である少女の嘆きに苛立ちを覚えながら、私は必死に資料に向き直った。全くの同意見ではあるが、やらないと終わらない。ならば早くやって一秒でも早く帰りたい。そんな気持ちで、私はペンを握る。 …この多忙地獄の始まりは、早一週間前。 「せんぱ〜い、今日も暇ですね〜。どうします?じゃんけんでもします???」 「うるさい火並。またリーダーに怒られるよ。」 「うぇ〜〜っ。だって暇じゃないですか〜っ!」 相変わらず調子の良い後輩の火並を小突きながら、私は暇を持て余していた。 【占いの館】というものを聞いた事があるだろうか。その名の通り多くの占い師を集めて、幅広い種類の占いサービスを行っている店のことである。 主に来るのは金銭的に余裕がある貴族で、今日のような貴族も働いている平日はとても暇なのだ。 「制服が可愛くて暇そうだから入ったんですけど、ここまで暇だと逆に退屈ですよ〜。」 「まあ、それは理解できるけど…」 火並はカウンターに腕を乗せて、どこからともなく取り出してきたペットボトルを一口飲んだ。リーダーが見たら発狂されそうだが、めちゃくちゃにめんどくさいので私は何も言わない。バレなきゃ犯罪じゃない、とはよく言ったものだと思う。 「というか火並、あんたコーヒーなんて飲めるようになったの?」 火並は前一緒にランチに行った時に、私の食べているコーヒープリンを見て「よくそんな苦いもの食べれますね」とかなんとか言っていたのに。 私がそう声を掛けると、火並は自慢のツインテールを揺らして、ペットボトルを咥えたままこちらを向く。下品だとか言われそうだが、我々庶民はこんなものである。あと火並は顔が良いので、絵になるから無問題。なんかむかつく。 「え、飲めませんよ?」 「はあ?」 当然という風に首を傾げてくる。殴っていいかな。 「じゃあなんで飲んでんの…」 私が困惑と動揺を隠せずにそう問いかけると、火並は絵に描いたようなドヤ顔でこちらを見つめる。 「カッコいいから……!」 …… 「はあ……」 「えっ、なんですかその反応⁉︎」 まさしく呆れである。 火並はどうしようもなく馬鹿野郎だ。それを私は重々承知していたはずなのに…… 真面目に考えてしまった私にもため息が出る。 「バカじゃないの?大人しくオレンジジュースでも飲んでなよ」 「ひど〜い!先輩ってなんかわたしに冷たくないですか?かわいい後輩に素直になれないツンデレ体質ですか???」 「冗談は休み休み言ってくれる?」 火並は拗ねたようにぷすーっと頬を膨らませる。それを無視して手元の資料をいじっていると、火並が「あっ」と思い出したかのように声をあげた。私は少し驚いて肩を跳ねさせてから、再度火並の方を見る。 「…何……?」 「聞きましたか?新しい占い師が来るって話〜!」 初耳だ。火並は私にそう言うと、奥の棚を弄って、一枚の資料を取り出した。それを私に差し出して読ませる。 「"星読みの巫女"って……… 厨二病かよ」 「先輩失礼すぎますよ!」 確かに占い業界は9割怪しさで出来ているが。これはあまりにキラキラすぎないか?乗っている顔写真は小綺麗なお姉様。20代半ばに見える。 「えーっと、ホロスコープを読み解いて個人の性質や人生の傾向を……って、なんですかホロ…スコップ?って???」 火並は私の持っている資料を横から覗いて、そんなことを聞いてきた。知らねえよ。 … 「ま、そんなことはどうでもいーんですよ。大事なのは“お客さんがたくさん来そう”って事!」 火並はこちらを向いてガッツポーズを作った。 「…嬉しいの?」 「嬉しいですよ。貴族連中は新しいもの好きですからね!絶対来ますよ〜」 るんるん♪という気持ちを隠しきれない火並の背中を見て、私は思わずため息を溢した。 ……こいつ、絶対よく考えてないでしょ。“暇そうだから入った”って、言ってたくせに。 * * * 「もう帰りたい〜っ‼︎なんでこんな人来んの⁉︎ミーハー共がっ‼︎」 そして今の状況である。 人というのはないものねだりをしてしまう生き物なのだ。忙しい時は暇が欲しいし、暇な時は仕事が欲しいと感じてしまう。バカなもんだぜ。 「良かったじゃん火並〜♡たっくさん人来て♡」 私がそうニヤリと笑うと、火並は拗ねたように頬を膨らませた。それが面白くて、私は笑いが収まらない。馬鹿野郎が! 「先輩の意地悪!確かにそう言いましたけど、ここまでは望んでない!0:100過ぎるでしょ!!」 まあ、分からなくはないけど。 「コーヒーあげようか。かっこいいし、カフェインたっぷりだよ。」 私が自分のコーヒーを差し出すと、火並は明らかに疲れて力のなくなった声で「ありがとーございます」と呟いた。 いつも生意気で元気な後輩の弱った姿はなかなかに面白い。 ごくり、とコーヒーが火並の喉を通っていく。 「……あ〜……こんなにカッコよくないコーヒーもないですよう……」 火並はキャップを付け直すのも忘れて、書類の山の上に伏せた。 「…ね、火並。この前私と火並の相性診断してみたんだけど」 「なんですかそれ。いつの間に?気になりますけど」 火並は私の急な話に驚きつつ、ノリを合わせてくれる。そういうところ、嫌いじゃない。 「『相性最悪』だって。」 …… 「えっ、まじで何なんですか???誰も幸せにならない話じゃないですか‼︎」 火並は驚いて机の上から飛び起きる。 少し不満そうにしてから、私の肩を抱いた。 「ま、占いなんて所詮占いですよ。わたしたち、こんなに仲良しなんですから。ねー?」 「え?」 「…えッ」 いや、そう来るとは思わなかった。 「先輩ひどいですよおっ!いつも仲良くランチとか行ってるじゃないですかっ⁉︎」 火並は怒ったように私の肩を揺らす。 「占いを提供する私達こそ、占いを信用しないと。」 「……やっぱり最悪かもしれません」 火並は頬を膨らませて、拗ねたように仕事に戻る。 「ふふ、ごめん火並。」 これでいい。これがいいんだ。 いつも通りの、変わらない関係。 それを崩すことなんて、私は出来ないよ。 『程よい交友関係を築けますが、貴女はそれ以上の感情を抱いてしまうでしょう。しかし、後輩さんはそうではないみたいですね。』 まあ、間違いじゃないけどさ。 この広大な宇宙の中で、一人間の小さな願いなんて、あまりにもちっぽけなものだ。 くだらない、なんて言われたら終わり。 でも、 それでも。 君は今日も、大嫌いなコーヒーを笑って飲み干すのだろうから。

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