4時22分
9 件の小説影とまっしろ
こんなに好きだった世界は、僕を残して君を写した。 どう見たって一つのずれも無いはずの輪郭を見るけれど、それは確かな別物で。 生きているような振りをして、本当はまだ息しているだけだった。そんな事実が踵を掴んでいたせいで、結びつかないままの今日に虚をつかれた。 ただ君の影だけは本物で、そこに嘘偽りは無い。それを知るための僕だったとするならば、この空白も大切にすべきなのだろうか。 | | | | | | | | | | きっと君なら答えを知っている。 忘れたい全てと調和する術も、君なら持っている。 知りたいことが増えて知らないことばかりを飾る僕の影は、そんな君にとってどう見えていたのだろう。 どうせ君のことだ。影などには目もやらず、体で感じる今だけを信じていたのだろう。 君が一番嫌いなのは多分、前世とか来世とか、そういう思想だったのかもしれない。 | | | | | | | | | | こんなに好きだった世界も、温かかった地面も、君だったらもう捨てていただろう。 僕は君になれない。君の影を見つめることは出来ても、君の本当の輪郭を知ることは出来ないのだ。 忘れたいことの全てと引き換えに明日を売るなら、そこに未来は無かった。 あるのは今だけ。 空白を埋めたのは僕だけ。 写された別物だって、僕にはそれが全てなのだ。 | | | | | | | | | | 今日も手足は僕を隠す。 そうして影は、君になる。
ハッカ
物語に描かれる『夏』は、まさに青春そのもの。 淡く儚い底無しの美。 何年経っても人は『夏』を歌にしたがる。 何年経ってもラブソングは、『夏』を我が物顔で語りたがる。 「俺、夏って結構好きなんだよね」 ある夏の日の午後、教室でアコースティックギターの弦を張り替えながら彼は呟いた。 「なんかこう…夏ってだけでエモくね?ほら、よくひと夏の恋とか言うじゃんね」 同意を求めるようにこちらに向けられたその瞳は、まるで子犬のように丸く澄んでいた。 「いいよなー、俺もそんな恋してみてぇ」 彼の声は『夏』に取り憑かれたかのように、柔らかな熱を帯びていた。 誰と?などと聞いてみようかとも思ったが、その言葉は喉の奥へ押し戻した。 「いいよね『夏』って。私も恋したいわぁ」 適当に笑って適当に流した。 本当のことを言えば、私は夏が嫌いだ。 物語の『夏』がひどく美しくて、どうにも悔しくなってしまうから。 「なぁ、ところでさ…ちょっと相談したいんだけど。俺実は前から…」 美しい『夏』を叶えるには、犠牲はつきものなのだ。 だからこれは、仕方ない。 仕方のない、ことなのだ。 物語に描かれる『夏』は、まさに青春そのもの。 淡く儚い底無しの美。 その『夏』は、美に見合った代償を見極め、きちんと攫って沈んでいく。 私は手の平に残った空気を握り潰し、ポケットの中のハッカ飴を口に放った。
空っぽかな
プロット空っぽ瓶の中 覗いてみたけど夜はまだ 一人でふわふわ泥の中 温かくて気持ちよかった 旅に行きたいねとか言って 気がつけば六畳何年目 二人でどろどろ雲の中 ひんやりした足で泳いでいた 私は欲張りだから 見えないものまで見ようとした 私は幸せだから 見えるものを見ないようにした 晴れた日に傘差して歩く背中に やさしい雨をあげる 乾いたなら君の涙で 全部濡らしてあげる 空っぽかな 満たんかな 瓶の中で笑う魚は 私のもの
片重い
ゆらゆら震える僕の目に きらきら輝く影ひとつ さらさら流れるその髪に くらくら頭を悩ませる ちらちら目をやるその背中 ひらひら踊れるあなたの手 そわそわ視線に気付かれて ちかちか目が合い赤らめる ざわざわうるさい脳の中 むかむかしている腹の中 もやもや消したい夢の中 はらはら詰まった恋の中 ふわふわ心を抑えつけ つらつら呪文を転がした へらへら笑って誤魔化した まだまだ僕だけ片重い
ロマンチスト
「ちょっと寄り道してこうか」 星降る満月の夜。 彼は近くの駐車場に車を止め、私を降ろした。 「どこ行くつもりなの」 と聞いても、 「着いてからのお楽しみ」 としか答えないまま、すたすたと私の前を歩いていく。 仕方なく彼について行くと、何処からかさざ波のような音が聞こえてきた。 歩けば歩くほど、その音はくっきりと鮮やかになっていく。 小道を抜けた先、目の前に広がった果てしない眺めに息を呑んだ。 月明かりのもとでちらちらと光る水面。 寝静まった世界の沈黙を包み込むような波音。 海だ。 「夜の海ってなんかロマンチックだよね」 そんな彼の声も、夜の海に溶けていく。 乙女かよ、なんて突っ込みたくなる気持ちを堪え返事をした。 「確かにね」 私の声も海が飲みこんでいく。 「今日は満月か」 水面でゆらゆらと揺れる月明かり。 「ほんとだ、めっちゃまんまる」 海風が心を満たしていく。 「小学生の感想みたい」 彼は笑った。 「えっひどい〜」 私も笑った。 「ねぇ」 彼が急に改まった声で言う。 「なぁに」 私は彼の方を向いた。 「月が綺麗ですね」 彼の瞳はただまっすぐに、水面で揺れる月明かりを映している。 私は目を丸くした。 本当に言う人いるんだ、やっぱり彼はまるで乙女だ、なんて思ったりもした。 でもそういう所、嫌いじゃない。 「月はずっと綺麗でしたよ」 私はそっと彼の手をとった。 この世界には今、私と彼しかいない。 そんな夜だった。
夏に触れた
窓を開ければ蝉の声。 まっすぐ伸びる陽の光。 夏の青さに背を押され、 僕は近所のスーパーへ向かう。 いつものチョコミントアイスを一パック。 それからポテチを二袋。 ついでにメロンソーダのでっかいボトルを一本。 「え、またチョコミント?」 たまには別の味が食べたいかも、とかぼやきながら、君はパックの中のチョコミントアイスを一本取り出した。 せっかく暑い中買ってきてあげたというのにこの態度。せめてありがとうくらいは言ってほしいものだ。でも、 「ん〜!やっぱ美味し〜!暑い夏は冷たいアイスに限るね!」 その笑顔が見れただけで、僕は十分だ。 冷凍庫にパックを、冷蔵庫にメロンソーダを入れる。 扇風機のスイッチを中にセットし、君の隣に腰を下ろした。 「あんたもアイス食べないの?」 食べかけのチョコミントアイスを片手に、きょとんとした顔でこちらを見る君。 僕はポテチでいいよ、と言うと、えーアイス美味しいのに、と残念そうな顔をした。 そして一口、また一口と、アイスを無我夢中で頬張る。 時々「うわっ一気に口に詰め込みすぎたっ」とか言って、頭を抑えて「キーンってする〜」なんて苦しそうにしている。 でもその数秒後には、けろっとして大きな口でアイスを頬張っている。 君の表情も動きも、僕のすぐ隣でころころと移り変わってゆく。 僕の心を一瞬で追い抜いて、ぱっと消えてしまうかのように。 その儚さが秘める、えもいわれぬ美しさに、僕は見惚れていた。 君のすぐ隣で、その何よりも綺麗な君の横顔に、僕は心を奪われていた。 「メロンソーダいい感じに冷えてるじゃん!一緒に飲も!」 冷蔵庫からキンキンに冷えたメロンソーダを取り出し、紙コップに注いでいく。 吸い込まれそうなほど鮮やかな緑色に目が釘付けになった。 はい、とメロンソーダの入った紙コップを僕に差し出す君。 「かんぱーい!」 互いに肩を寄せ合う紙コップ。 僕の頭で、からん、という音が響いた。 夏に触れた音がした。 窓の向こうで蝉の声。 まっすぐ差し込む陽の光。 恋の青さに手を伸ばし、 僕はゆっくり目を閉じた。
いちごミルク
「あ、また今日も買ってる」 ここ最近ずっと、結衣はいちごミルクを買っている。 いつからかは覚えていないが、急に飲むようになった。 「そんな毎日甘ったるいの飲んで飽きないの?」 そう聞くと結衣はきまって、 「いやぁそんな事ないよ」 「結構甘いけど美味しいよ」 と言う。 私には、あんな甘ったるそうな飲み物を毎日飲める感覚がいまいちよく分からなかった。 「実はね、最近好きな人が出来たの」 ある日の放課後、結衣にそう打ち明けられた。 「その人、すっごい優しくて。んでしかも背ぇ高くて、めっちゃイケメンなの。どタイプって感じ」 結衣の口からイケメン、タイプ、のような言葉が飛び出ている事に違和感を感じた。 好きな人がどうだとか、そういった恋愛話に興味は無いと思っていた。 「で、その人が毎日いちごミルク飲んでて。だから私も最近飲んでるんだ〜」 なるほど、と納得した。 いちごミルクは彼女にとって、彼との僅かな繋がりだったのだ。 それは見えない赤い糸のようなもの。 たとえ直接的な接点が無くても、私たちには繋がりがある。そう思わせてくれるお守り。 「頑張ってね、応援してる」 そう言うと、結衣は「ありがとう」と微笑んだ。 しかし次の週には、結衣はもういちごミルクを買わなくなっていた。 もしかして飽きた?と聞くと、 まぁそんなとこかな、と笑った。 もう飲まないの?と聞くと、 もう飲まないことにしたの、と微笑んだ。 “もう飲まないことにしたの” その弱々しい声とやさしい笑顔が、頭にこびり付いて離れなかった。 その日私は初めていちごミルクを買った。 しつこい甘さが気持ち悪くて、最後まで飲み切れなかった。
明日も会えるといいね
「あの俳優さん死んだんだって」 「えー、だれ?」 「ほら、あの…月9の主演やってた人」 「あー…あの人ね」 「そそ」 「あれ、ついこの前まで出てなかったっけ。何かの番組で」 「うん。出てた出てた。あの時は死にそうな感じじゃなかったんだけどなぁ」 「え何それ、もしかして自殺で死んだとか?」 「いや、そこまでは知らないけどさ。その可能性もあるかなって」 「あーまぁね、有り得るよね」 「ね。最近さ、普段すっごい明るい人でも急に死んだりするから怖いよね」 「あー、外ではめっちゃ明るくしてるから、人からは何も分かんないんだよね。悩み事とか抱えてたとしても」 「ね。それにさ、悩み事聞いたところでうちらに解決出来るわけでもないじゃん。大抵が。聞いてあげる事しか出来ないっていうか」 「えー、でも聞いてもらえるだけでも十分楽になるんじゃないの?」 「あー…まぁ確かに」 「私だったらせめて聞いてほしいって思うなぁ。まぁ、隠してたら何も伝わんないだろうけどね」 「じゃあそういう時って、無理にでも聞き出した方がいいのかな?」 「やーわかんないね、それは。人によるし」 「そっか。まぁそりゃそうだよね」 「てかそもそも、隠されてたら悩みがあるかどうかすら分かんないじゃん」 「さっき言ってた 普段すっごい明るい人 みたいに?」 「そ。暗い素振り一切見せないから、知りようが無いっていうか。変にさ、何か悩みとかないのー?って聞くのも何だかなぁって」 「まぁね…それもそうだよね」 「ねー、難しいよね」 「…ね」 「それで誰にも悩みを打ち明けられないまま、苦しい思いしながら死んでいっちゃうのかな」 「…」 「一人で全部抱え込んだまま」 「…それってさ」 「ん」 「なんか、寂しいよね」 「まぁ、ね」 「…あの子も、」 「え?」 「あの子もそんな気持ちだったのかな」 「ごめん、よく聞き取れなくって。もっかい言ってくんない?」 「いやいいよ、そんな大事な話じゃないし」 「そっか」 「うん」 「じゃあ私こっちだから。また明日」 「うん…また明日」 「明日も会えるといいね」
自己紹介
初めまして。 4時22分と申します。 簡単に自己紹介させていただきます。 国内在住の高校生です。 趣味は邦ロックを聞くこと、 それから曲作りです。 別名義で動画投稿サイトにて曲を投稿しています。 好きな作家さんは湊かなえさんです。 名前の理由は、昨日寝た時刻が4時22分だったからです。 今回Noveleeを始めた理由は主に二つあります。 一つは、小説を書くことにより、文章力・創造力を高め、楽曲制作に活かす為です。 もう一つは、純粋に小説を読む事・書く事が好きだからです。 基本的には日常生活を軸にしたお話を書きます。 恋愛系だったり、ちょっと暗め系だったりと、ジャンルは色々です。 いつかファンタジー系にも挑戦してみたいと考えています。 小説経験は浅いですが、誰かの心に刺さるようなお話が書けるよう、精一杯頑張ります。 応援よろしくお願いします。