雲丹丸 音夜
6 件の小説深海に行けたらなぁ
深海に行けたらなぁ 深海に行けたら、ゆっくりと沈みたい。 最初は色んな雑音が聞こえていたけど、深く、深くまで潜るとそれも聞こえなくなって。 そして暗くなって。 光はどこにもないけれど、むしろ今はそれが良い。 光はもう、見たくない。 ただ、水の中でゆっくりと時間が過ぎるのを待つ。 なんて心地のいい時間だろう。 魚は私の周りを泳ぐけど、決して相手にはしない。 私に振り向きもしない。 でもそれでいい。 いつか深海に行けたら、笑って潜る。 その時まで、雑音だらけの人生を生き抜いてやろう。
終電
『まもなく常闇です。こちらは終点となっております。暗黒線はお乗り換えです。今宵もDRニホンをご利用くださいましてありがとうございました』 車内アナウンスがもうすぐ終点に着くことを知らせた。 車内には僕と、女の人が一人。 僕が乗った時のあの圧迫感はいつの間にか無くなっていた。 車内の壁にもたれかかって、窓から外の景色を眺める。 終点近くは本当に何も無い。しかも夜だから、車内の光が周りの景色に上手く馴染めてない。 ふと、少し遠くの席に座っている女の人を見る。 グレーのパーカーに黒のズボンを履いていて、パーカーにはデザインなのか、赤黒いシミみたいな模様がアーティスティックに散りばめられていた。 髪は横で緩くまとめられているけど、所々、ちりちりした毛が飛び出ていて、正直言うと少しだけ不潔に見える。 でも、この女の人、どこかで見たことある。 どこだったかは、忘れた。 まあ、別に深く気にするほどの内容でもない。 思い出すのも面倒臭いし、考えるのはやめよう。 終点まで、あとちょっと。こんな重たいカバンともおサラバだ。 僕はガチャガチャと金属同士が音を立てる少し重いカバンを、強く握った。 『まもなく常闇です。こちらは終点となっております。暗黒線はお乗り換えです。今宵もDRニホンをご利用くださいましてありがとうございました』 車内アナウンスがもうすぐ終点に着くことを知らせた。 私は少し深めに息を吐いてから、車内を見渡した。 少し奥の方に、男の人が一人、壁にもたれかかっている。 私が乗った時には、人が多くて、自分の匂いは臭くないだろうかと不安だったが、人が少なくなった今は、そんなことを気にしなくても良かった。 椅子に座りながら、目の前の窓に流れてくる景色をじっと眺める。 終点近くということもあって、周りは何も無い。 窓に車内が反射して外はよく見えないが、多分周りの暗さにこの明るさは馴染めていないのだろうなと思った。 ふと、壁にもたれかかっている男の人が気になって、横目で見る。 全身黒ずくめの服装で、前のつばが広めな赤いシミが芸術的に描かれている変わったデザインのキャップを被っている。身の丈にまるで合っていない大きなカバンを重そうにぎゅっと握りしめていて、時々、金属同士が「がちゃ、がちゃ」と、擦れ合う音が聞こえる。 この人、なんかどこかで見たことがある。 そんな気がする。 どこだったかは、思い出せないけど。 まあ、そんな小さな事、気にしなくてもいいか。 終点まであとちょっと。 鉄臭いこの匂いとも、もうすぐお別れだ。 『昨日、無差別連続殺人犯の後藤涼被告と、同じく殺人犯の鈴木愛被告がA県X市のY川の河原周辺で、遺体となって発見されました。警察は首に手で絞められた痕があり、被疑者の手型と絞められた痕が一致していたことから、自殺と判断しています』
釣りのマニュアルブック
※釣りは二人以上で行くことをお勧めします。 ① 竿の先に小切手を数枚ほど引っ掛け、思いっきり釣り竿を振り投げます。 ② 竿に反応があるまで辛抱強く待ちます。 (通常時、所要時間約1分未満) ③ 獲物がかかり、竿に反応がある場合、力強く竿を握り、リールのハンドルを回します。 (途中釣り糸が切れてしまった場合は、最後のページに載せられている対処法をお試しください) ④ 表面近くになり、獲物が見えてきたらタモ網で掬いあげます。 これで、“金の亡者”を釣り上げることが出来ます。 釣り糸が切れた時の対処法 ⒈ 糸の端を結び直す 結び方は、ブラッドノットや固結びなどが挙げられます。 ⒉ 切れた糸を交換する 結び直しが難しい場合、新しい糸に交換する事を推奨します。
六月 君とバニラアイスクリーム
「ねぇねぇ、結婚式いつにする?」 「うーん、そうだなぁ。 舞はどう?」 「ん〜。冬のウエディングドレスとか、雪の国のプリンセスぽくてなんかいいかもなぁ」 「あ〜確かに、いいね。 でも寒くない?」 「そっか〜。だよね〜。 あ、じゃあ、春とかは?なんか季節的にもいい感じじゃん」 「ねぇ、それさ、自分が花粉症持ちって分かってて言ってるよね?」 「…ちゃんと分かってる」 「それ、分かってないやつじゃん」 「え〜、でも夏は暑いから嫌だし、秋はなんか個人的に微妙だし」 「ねえ今さ、結婚 おすすめ 時期 って調べたらさ、これ」 「何?ジューンブライド?」 「六月に結婚する花嫁は幸せになれる、だって」 「何それ。 女神とか書いてるけど、信じる人いるの?」 「分かんない。でもいるんじゃない?」 「え〜。って言うかこれ、よく考えたら花嫁しか幸せになれないじゃん。花婿も一緒に幸せにして欲しいよね」 「優しいね、舞は。 でも俺は、舞が一番に幸せになって欲しいかな」 「そんなこと言っても何も出ないよ??」 「ふふっ。 なんも出なくても舞がいるだけで十分」 「……恥ずかしいからやめて……」 「…あははっ。 舞の照れた顔、可愛いね」 「もう、うるさい!!」 「ほら、バニラアイスが口元についてるよ」 「うそっ」 「俺、取るよ」 「取れた?」 「うん、取れた」 「ありがとう!」 ねえ、舞。 今日は結婚式の日だね。 俺さ、今でも思い出すよ。 結婚式をいつあげるか。 沢山話したよね。 あれは楽しかったなぁ。 舞は沢山沢山悩んでたよね。 一生に一度の大切な事だからって。 正直俺はさ、いつでも良かった。 それくらい早く舞と結婚して、正式に夫婦になりたかった。 なりたかったよ、俺は。 でも、もういない。 君はもうこの世界のどこを探しても、いない。 結婚式をあげる六月のある日。 君は居なくなった。 いとも簡単に、この世界から居なくなった。 舞。 俺、寂しい。 寂しいよ。 そいえば、これ。 今日は舞が好きだったバニラアイス持ってきたよ。 よく二人でこれ食べたよね。 懐かしいな。 じゃあ、舞。 俺、これから仕事だから、もう行くな。 アイス、また持ってくるよ。 その時まで、待ってて。
休憩でもいかが?
少し休憩でもいかがですか? 今日もお仕事、お疲れ様です。 今日は、疲れに効くアールグレイを入れて、あなたが前に好きだと言っていたケーキやクッキーを買ってきました。 ぜひ召し上がってください。 今日は、お仕事どうでしたか? 小さなミスを繰り返して、少し落ち込んでますか? それとも、段々と仕事を覚えてきて少し嬉しくなった一日でしたか? どんな1日であったとしても、このイスに座ったら全てを忘れてください。 しなければいけない事や、したい事も、一旦忘れて、今だけはこの紅茶やデザートを味わってください。 どんな本だったか。 前にこんな言葉を読みました。 「両手いっぱいに仕事を持つのは風を追うようなことだ。それよりも,片手は休息で満たす方がよい」 良いですよね。 この言葉。 日々生活は苦しくなって、お金が無いとどうしようも出来なくなりそうなこんな世界で、仕事をつい優先してしまって自分を休める大切さを忘れてしまいがちです。 でも、もちろん仕事も大切だけど自分をゆっくり休ませてあげることも実は同じくらい大事なんですよ。 どうですか? ちゃんと休めてますか? あぁ、でも勘違いしないでくださいね。 無理してまで休ませる必要も無いんですよ。 少し休みたいなって思った時に、一旦手を止めて目を閉じ休んでみる。 それだけで十分です。 あら、そろそろ眠くなってきましたか? 今日も一日お疲れ様でした。 今日は何も考えずに、ゆっくり眠ってくださいね。
違うのも、いいかもね
⒈お母さんと私 私のお母さんは行動力がある。 でも、歩くのがちょっと遅い。 私はお母さんみたいに行動力がない。 でも、歩くのはお母さんよりちょっと速い。 お母さんは高いものが好き。 物も服も食べ物も、買うのは基本ちょっといい値段のものが多い。 だから大事に物を扱うことをよく知っている。 私は高いものに興味が無い。 買うのは100円ショップやフリマサイト、古着屋ばかり。 だから大事に物を扱うことをよく知らない。 私のお母さんは、家の中でゆっくり過ごすことが苦手。 でも畑仕事やガーデニングの知識はいっぱい持っている。 私は、家の中でゆっくり過ごすのが得意。 でも畑仕事やガーデニングの知識はこれっぽちもない。 私のお母さんは、料理がとても上手。 お母さんの作るグリルチキンは絶品で、おにぎりなんかは塩加減がすごく丁度いい。肉じゃがも、とても美味しくて、人参の柔らかさだって最高。 私は、料理が下手。 グリルチキンはもちろん、塩加減が丁度いいおにぎりなんか作れない。 それでいて、料理を作っても人参を茹でるのを忘れてしまうため、人参は硬いことが多い。 どれも正反対な親子。 それもいい。 お母さんはどんなことにも効率を重視する。 私も効率を重視する。多分お互い頭の中で色々考えてる。 お母さんはファミレスが好き。 たまにだけどお母さんと行くファミレスは、兄姉だけで行くのとは違う楽しさがある。 私もファミレスが好き。 お互いファミレスの新作には意外と目がない。 お母さんは掃除が好き。 私も掃除が好き。 お互い気になったら取り敢えず掃除を始めてる。 お母さんはお菓子作りが好き。 私もお菓子作りが好き。 お互いクッキーやパウンドケーキをよく作る。 似てる親子。 それもいい。 好きな物とか、価値観とか、全然違う親子。 でもたまに似てたりする親子。 多分、きっと、どちらもいい。 どちらもいいんだろうな。