羽美
2 件の小説青空に広がる虹のように
僕のこの想いは、きっと届かない。 ここ数年、幼馴染の晴人に片想いをしている。 ただの恋ですら叶えるのは難しいのに、相手が同性ならなおさらだ。 ――どうして僕は、叶わない恋なんかしてしまったんだろう。 そんな気持ちを知るはずもない晴人は、毎日、無邪気に話しかけてくる。 僕はその度に、ちょっとした仕草にドキッとしてしまう。叶わないのに、期待してしまう。 ある日、友達がからかうように言った。 「お前、晴人と付き合ってるの? 仲良すぎだろ」 あまりに突然で、僕は動揺した。 「は? 何言ってんの。晴人が勝手に一方的に話しかけてくるだけだよ。僕は晴人となんか付き合ってない」 その瞬間、廊下の方からガタッと音がした。 顔を向けると、そこには、涙目で立ち尽くす晴人がいた。 目が合った途端、彼は走り去ってしまった。 血の気が引いた。 やばい、傷つけた。泣かせてしまった。 追いかけたいのに、足が震えて、腰が抜けて、一歩も動けなかった。 それから、晴人は僕に話しかけなくなった。 当然だ。仕方がない。……そう思おうとしたけど、無理だった。 夜になると涙が止まらず、外の空も僕に同情するかのように毎日雨が降った。 ――そして、一ヶ月が経った頃。 下駄箱で偶然、晴人と鉢合わせた。 けれど彼は、やっぱり無視。胸が痛む。 ……今日も一人で帰るんだろう。そう諦めかけた時、晴人が焦ったように呟いた。 「やば……傘、忘れた」 僕は運良く、傘を二本持っていたが、 「……一本しかないけど……一緒に帰る?」 ああ、なんでこんな上から目線な言い方しかできないんだろう。後悔した瞬間、晴人は小さくうなずいた。 「……うん。一緒に帰る」 その返事に、胸がいっぱいになった。泣きそうだった。 傘に雨が跳ねる音だけが響く帰り道。 距離は近いのに、会話はなくて気まずい ――けれど、不思議と嬉しかった。 そんな沈黙を晴人は破った。 「……優希、ごめん。俺、ずっと無視してて。わざと傷つけてたの分かってた」 胸がぎゅっと締め付けられる。やっぱり晴人は優しい。優しすぎる。 その優しさが、好きで、苦しくて――どうしようもなく大好きだった。 「違うよ。なんで晴人が謝るの?悪いのは僕の方なのに。あの日、酷いこと言った。本心なんかじゃなかった。むしろ、あの時言えなかった本当の気持ちは……」 もう言ってしまえ。全部、全部。 後悔する前に。 「……僕は、晴人が好きだ」 言葉にした瞬間、なぜか涙が止まらなかった。悲しくもないのに、嬉しくもないのに。 でも視界が歪んでも分かった。晴人も泣いていた。 「……俺も。優希が好きだ」 その一言で、涙が、今度は確かに嬉しさで止まらなくなった。 「えへへ……」 「あはは……」 二人の笑い声が、雨上がりの空に響いた。 顔を上げると、空に大きな虹が広がっていた。 まるで僕らの初恋を祝福するように。 青空に広がる虹は、七色に輝いていた。
手のひらの雪片
「好き」ってなんだろう。 夏樹は、気弱でひとりぼっちな僕を救ってくれた。中学一年の冬、僕をいじめていた男の子達を殴って、校長先生沙汰になった時、夏樹は僕にこう言った。 「俺は、お前のヒーローだ!!…だから、何でも俺に言えよ…? 約束な!!」 僕は、ただ頷くことしかできなかった。 ごめん。夏樹。僕は約束を守れなかった。 あの出来事以来、僕は夏樹の些細な仕草に胸が跳ねるようになった。 これは憧れの「好き」なのか。支えてくれる友への「好き」なのか。それとも── 恋愛の「好き」なのか。 考えるほど、答えは遠ざかっていった。 雪が降る中一緒に下校していたある日、夏樹に「好きな人が出来た。めっちゃ可愛くて優しい子なんだ」と言われた瞬間、時間が止まった気がした。 耳に届くのは雪を踏むような音だけ。心臓は、胸の奥で不器用に暴れていた。 「へ、へぇ!応援してる!!頑張れ!!」 精一杯笑った。そこから、僕は夏樹とその子をくっつけさせるようにした。だが、上手くいってほしくなかった。でも、祈れば祈るほど、二人の距離は近づいていった。 そして、夏樹はその女の子と付き合った。 その時、やっとわかった。 僕は夏樹が好きだった。いや── 大好きだったんだ。 僕の初恋は、あの日の雪片みたいに、そっと手のひらで溶けてしまった。