羽美

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羽美

学生です。 主に創作BLを書いています。 いいね、コメントお待ちしております。 フォロバもさせて頂きます!

透明な席

「なぁ、もし明日で全部終わりだったら、何したい?」 放課後の教室。窓に映るオレンジの光が、遥の横顔を柔らかく染めていた。肩越しに見える彼の髪は、とても綺麗で触れたくなる。 「お前と一緒にいられたらそれでいい」 冗談半分で言ったつもりだった。遥はふっと笑って、でもどこか目が泳いでいた。 俺たちは中学の頃からの相棒だった。 不良って呼ばれる遥は、喧嘩も強くて口も悪い。でも、俺だけには優しくて。俺、紘一、は勉強もそこそこ、真面目で、そんな遥をいつのまにか“誰よりも大事”だって思ってた。 気づけば好きになってた。気づけば手をつなぎ、気づけばキスをしてた。普通の日々が愛しくて、ただそれだけで満たされてた。 遥が笑うと、世界が軽くなるようだった。だけど時々、彼は突然黙った。遠くを見るその目を、俺は追った。問いただすと、「なんでもねぇよ」と言うだけで、肩をすくめて笑う。 クリスマスの夜。イルミネーションの下で、俺は緊張して言った。 「俺……お前のこと、本当に好きだ」 遥は一瞬照れて、拳で俺の胸をぽんと叩いた。 「遅いよ、馬鹿。俺もだ」 それからの日々は濃かった。授業の合間に頬を寄せ、帰り道に腕を絡め、放課後には小さなカフェで一緒に時間を溶かした。二人で見る未来が、なんて当たり前に思えたか。 でも、その“当たり前”は、遥の胸の奥に棘のように刺さった秘密に触れられていた。 ある朝、授業中に彼が咳き込んだ。手を当てると体が熱い。休み時間にトイレに行ったまま戻ってこない。携帯に既読無視が続く――そんな日が数回あった。 「病院行けよ」って言うと、遥は笑って首を振った。 「大丈夫だって。」 俺は分からなかった。 彼はいつもと変わらないように振る舞って、でも夜になると腕枕で寝ているはずの彼が、ぎゅっと俺の手を握りしめることが増えた。彼の手に少しだけ冷たさを感じたこともあった。 ずっと遥は何も言わずに、ただ笑っていた。俺はそれで満足だった。笑ってさえくれればいいと、そう思っていた。 ある日、二人で帰る途中、遥が急に立ち止まった。胸に手を当てて、顔をゆがめた。 「なんだよ」って聞いたら、彼はふっと笑って「疲れただけ」と言った。俺はそれで安心した。 その夜、俺は家で彼に送るメッセージを書いてすぐに寝た。返信は来なかった。翌朝、学校の廊下で噂が走った。 「黒野遥が死んだ――」 信じられなかった。 は?いつ?なんで? そう問い詰めても、情報は断片だけで、俺の胸は冷たく沈んでいった。 病院で彼を見たとき、世界が終わったわけじゃないのに、終わったように感じた。白いシーツの上、遥は眠っているみたいに穏やかで、でも眠りの中にいる人ではなくなっていた。顔色は青く、手は俺の手よりもずっと軽かった。 「どうして……なんで言ってくれなかったんだ」 震える声で問いかけると、彼の唇がわずかに動いたように見えた。返事はなかった。医師が言うには、外傷はなく、内部の何かが急に止まったらしい。検査でわかったのは、以前から兆候はあったが、見た目には分かりづらい先天的な心臓の異常――いつ、どうなるか予測できない“脆さ”が体の中にあった、ということだった。 遥は“隠していた”。けれど、なぜ隠していたのかは分からない。迷惑をかけたくなかったのか、それともただ、俺との時間を普通のままにしたかったのか。 俺は取り乱した。友情も恋も全部ごちゃまぜになって、ひたすら「一緒にいたかった」という気持ちだけが残った。誰かを責めたい気持ちと、自分を責める気持ちが交互に襲ってきた。 葬式の日、彼の親が小さく笑いながら言った。 「遥は、誰にも心配かけたくなかったんです。紘一くんのことが本当に好きで、最後まで笑っててほしかったって」 その言葉を聞いて、俺はわんわん泣いた。愛してるって言った夜のこと、初めて手をつないだ帰り道、些細な喧嘩、全部が胸の中で燃え上がっては灰になった。 卒業式。制服のボタンが重たかった。友達は未来の話をするけど、俺の耳には遥の笑い声だけが残っていた。教室に戻ると、彼の机の中に封筒が入っていた。震える手で開くと、そこには字が小さく並んでいた。 『紘一へ。卒業おめでとう。最後に言わせて。ありがとう。ごめんね、黙ってて。俺、紘一の隣が一番落ち着いた。泣かないで。未来で笑ってて。じゃあ、またね。』 一行一行、読み進めるたびに胸が締めつけられた。最後の「またね」は、決して未来の再会を約束する軽い言葉ではない気がした。けれど、光に透かすと、紙の裏側にもう一行、薄く書かれているのが見えた。 『声だけは──聞こえるよ。』 その瞬間、背後の席から空気が震えた気がした。誰かが囁いたわけじゃない。だけど、確かに、あの声が教室の隅で ふわりと鳴った。

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透明な席

青空に広がる虹のように

僕のこの想いは、きっと届かない。 ここ数年、幼馴染の晴人に片想いをしている。 ただの恋ですら叶えるのは難しいのに、相手が同性ならなおさらだ。 ――どうして僕は、叶わない恋なんかしてしまったんだろう。 そんな気持ちを知るはずもない晴人は、毎日、無邪気に話しかけてくる。 僕はその度に、ちょっとした仕草にドキッとしてしまう。叶わないのに、期待してしまう。 ある日、友達がからかうように言った。 「お前、晴人と付き合ってるの? 仲良すぎだろ」 あまりに突然で、僕は動揺した。 「は? 何言ってんの。晴人が勝手に一方的に話しかけてくるだけだよ。僕は晴人となんか付き合ってない」 その瞬間、廊下の方からガタッと音がした。 顔を向けると、そこには、涙目で立ち尽くす晴人がいた。 目が合った途端、彼は走り去ってしまった。 血の気が引いた。 やばい、傷つけた。泣かせてしまった。 追いかけたいのに、足が震えて、腰が抜けて、一歩も動けなかった。 それから、晴人は僕に話しかけなくなった。 当然だ。仕方がない。……そう思おうとしたけど、無理だった。 夜になると涙が止まらず、外の空も僕に同情するかのように毎日雨が降った。 ――そして、一ヶ月が経った頃。 下駄箱で偶然、晴人と鉢合わせた。 けれど彼は、やっぱり無視。胸が痛む。 ……今日も一人で帰るんだろう。そう諦めかけた時、晴人が焦ったように呟いた。 「やば……傘、忘れた」 僕は運良く、傘を二本持っていたが、 「……一本しかないけど……一緒に帰る?」 ああ、なんでこんな上から目線な言い方しかできないんだろう。後悔した瞬間、晴人は小さくうなずいた。 「……うん。一緒に帰る」 その返事に、胸がいっぱいになった。泣きそうだった。 傘に雨が跳ねる音だけが響く帰り道。 距離は近いのに、会話はなくて気まずい ――けれど、不思議と嬉しかった。 そんな沈黙を晴人は破った。 「……優希、ごめん。俺、ずっと無視してて。わざと傷つけてたの分かってた」 胸がぎゅっと締め付けられる。やっぱり晴人は優しい。優しすぎる。 その優しさが、好きで、苦しくて――どうしようもなく大好きだった。 「違うよ。なんで晴人が謝るの?悪いのは僕の方なのに。あの日、酷いこと言った。本心なんかじゃなかった。むしろ、あの時言えなかった本当の気持ちは……」 もう言ってしまえ。全部、全部。 後悔する前に。 「……僕は、晴人が好きだ」 言葉にした瞬間、なぜか涙が止まらなかった。悲しくもないのに、嬉しくもないのに。 でも視界が歪んでも分かった。晴人も泣いていた。 「……俺も。優希が好きだ」 その一言で、涙が、今度は確かに嬉しさで止まらなくなった。 「えへへ……」 「あはは……」 二人の笑い声が、雨上がりの空に響いた。 顔を上げると、空に大きな虹が広がっていた。 まるで僕らの初恋を祝福するように。 青空に広がる虹は、七色に輝いていた。

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青空に広がる虹のように

手のひらの雪片

「好き」ってなんだろう。 夏樹は、気弱でひとりぼっちな僕を救ってくれた。中学一年の冬、僕をいじめていた男の子達を殴って、校長先生沙汰になった時、夏樹は僕にこう言った。 「俺は、お前のヒーローだ!!…だから、何でも俺に言えよ…? 約束な!!」 僕は、ただ頷くことしかできなかった。 ごめん。夏樹。僕は約束を守れなかった。 あの出来事以来、僕は夏樹の些細な仕草に胸が跳ねるようになった。 これは憧れの「好き」なのか。支えてくれる友への「好き」なのか。それとも── 恋愛の「好き」なのか。 考えるほど、答えは遠ざかっていった。 雪が降る中一緒に下校していたある日、夏樹に「好きな人が出来た。めっちゃ可愛くて優しい子なんだ」と言われた瞬間、時間が止まった気がした。 耳に届くのは雪を踏むような音だけ。心臓は、胸の奥で不器用に暴れていた。 「へ、へぇ!応援してる!!頑張れ!!」 精一杯笑った。そこから、僕は夏樹とその子をくっつけさせるようにした。だが、上手くいってほしくなかった。でも、祈れば祈るほど、二人の距離は近づいていった。 そして、夏樹はその女の子と付き合った。 その時、やっとわかった。 僕は夏樹が好きだった。いや── 大好きだったんだ。 僕の初恋は、あの日の雪片みたいに、そっと手のひらで溶けてしまった。

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手のひらの雪片