ふぉわな
2 件の小説月の夜の追跡劇
あと少しで追いつけるはずだ。 荒い息を整える。 走って走って、路地裏に回って走って。 あと少し、もう少しで。 やっとの思いで捕まえたと思ったら、残像だった。 「嘘だろ…」 俺は落胆する。 先週から追っかけてんのに、全然捕まらない。 あいつ何者なんだろう。 「くっ、行かなきゃ」 また足を踏み出して走ってみる。 今度は全く姿が見えない。 どこに行ったか分からない。 俺が追ってるのは、得体の知れない【ヒトのようなもの】。 俺はなんでそいつを追っかけてんのか自分でもわかんねぇ。 ただ、見つけた瞬間、なんか無視しちゃダメな気がした。 陸上部の俺のプライドに懸けて、こいつは絶対捕まえてやる、と直感で思った。 それが先週の金曜日だ。今は水曜日。5日も追ってんのに指一本触れられていない。 さて、そろそろ走り疲れてきた。 夜空が遠い。 ジーンズ生地のパンツを掻くようにして自分を奮い立たせた。 「まだまだ…!」 すばしっこいあいつは、多分遠くまで行っちゃってる。 それなら、所々近道しながらあそこへ向かおう。 木々を抜けて、湖畔を抜けて、あそこなる所へついた。 「久しぶりに来たなぁ…」 親戚のやってるバイク屋だ。 置いてあるバイクを少し拝借してこう。 盗みの罪になるだろうが、大丈夫。 あいつに命かすめられるよりか断然マシ。 バイクに跨り、エンジン音轟かして夜の街を爆走した。 あいつの行きそうな場所なんか見当もつかねえけど、なんとなく流れに身を任せてりゃつける気がした。 爆走し始めて2時間くらいして、港に出た。 コンテナが積んである。 その影に、黒いもんを見つけた。 あれは…あいつだな? 手をぐるんぐるんさせながら地面を蹴った。 バイクは降りた。 頼れる自分の脚で【ヒトのようなもの】を追う。 今思うと、ヒトにしてはかなり小さい気がする。小5くらいの背丈だ。 そんなガキに遊ばれてるとしたら、なんか悔しい。 どうでもいいやと吐き捨て、追うことに専念した。 走り続けて35分。コンテナの間に入り込んだあいつを行き止まりまで追い込んだ。 暗くてシルエットすら見えない。 俺はわっと飛び掛かってやった。 俺の手が柔らかい羽毛のような手触りを認識する。 よく見ると、それは黒猫だった。 なんとも馬鹿らしい。 自分の今までの必死さに、盗みまでやった愚かさに、呆れて笑いが出た。 黒猫は俺の腕の中で不思議そうにこちらを見上げている。 その仕草もまたなんともいえないもので、月を見上げながら一人、ひたすら笑っていた。 月の夜の、誰も知らない追跡劇は勝手に幕を閉じた。
手
凍りつくようなその手。 誰かに差し伸べられた手。 冷たくてきめ細やかな手。 私には絶対触れられない手。 あなたの手に触れたい。 私のこの温もりで触れてやりたい。 でもあなたは拒む。私の温もりがあなたの凍てつく手を溶かすのを拒む。 私には二度と触れられないものだとわかっているの。あの時実感したの。 でもやっぱり、触れたくなってしまう。 どうかあの娘よりも私に傾いてくだされば。 白い指、赤い関節、長い腕。 結晶のように規則正しく紡がれる指先は、何を示すのか分かるようでわからない。 儚げなあなたの手に、触れたい。 そっとキスをしたい。 そんな願いも叶わず、手を眺めている。