千莵

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千莵

第一話 弔花の蜜

 モノクロームの空間に響くお経と木魚が信じ切れない現実を僕に突きつけてくる。 (叔母さんが亡くなった…夢じゃない…これは現実……) どんなに自分に言い聞かせようともやはり現実味がないのか全く涙が出てこない。たくさん可愛がってもらった思い出はあるのに。 (こんな僕は薄情なのかな) 「ほら涼太、叔母さんにお別れして来なさい。」 少し震えた母親の声がした。 ゆっくりと前に進んで、遺影と目を合わせる。 (いつ撮ったんだろう…) どうでもいいことを考えながらお焼香をつまんで大人たちの真似をする。ここからの記憶は曖昧で気づいたら葬儀が終わって周りの大人たちはまばらになっていた。ふと部屋の隅を見るとセーラー服を着た女の子が立っていた。 (見ない制服だなぁ…誰だろう?) 呆然としていたとはいえ本当に初めから居たのかと疑うほど異様な雰囲気を纏っていた。暇だったというのもあったが、話しかけてみたいという気持ちもあり、僕は彼女に歩み寄る。 「初めましてだよね?叔母さんの知り合い?」 ゆっくりとこちらに合わせた眼は吸い込まれそうなほど黒く、大きいと感じた。 「…叔母さん? …私はただ悲しみを知りたいの。」 そう言う彼女はとても無表情で人形のように綺麗に見えるが、少しの恐怖のようなものも一緒に感じ取った。 「涼ちゃん、ちょっとこっち手伝ってちょうだい」 声のした方に体を向けて「今行く〜」と返事を返した。そのたった一瞬で彼女の姿は無くなっていた。怖くなって立ち尽くしていると、顔の横を飛び過ぎる1匹の蝶が見えた。 (えっ、蝶々?) 「涼ちゃ〜ん、まだ〜?」 (…紛れ込んだだけだよね?) 蝶々は誰かが逃がしてくれるだろうと思い、僕は手伝いに向かった。 手伝いを終えて、少し落ち着いたころ。 なんとなく気になって、もう一度あの部屋を覗いてみる。 誰もいないのかと部屋の中心へ移動していると、さっきまで感じなかった気配を部屋の隅に感じた。振り返ると一輪の花を口につけたままこちらを見つめる彼女の姿があった。 「この花、蜜がドロっとしてて…今までにないほど甘ったるい…。」 僕にはとても理解ができなかった。聞きたいことはたくさんあるのに言えないまま、彼女は続けた。 「とても美味しかった、ありがとう」 そう言って微笑む彼女はやはり奇妙だったけど綺麗だった。 呆然としているうちにいつの間にか彼女は消えていた。全て夢なのではと思いながら休憩室に戻ろうとすると閉じた扉の先から話し声が聞こえた。 「葬式疲れたぁ〜 まぁでも、邪魔者が居なくなってとてもいい気分」 聞き耳を立てると、母親の嬉しそうな声がした後に叔父の声が続いた。 「確かにそうだけど、誰かに聞かれてたらどうするんだよ」 「大丈夫よ、みんな仮眠とってるか買い物してるかのどっちかでしょ。あとはあいつの子供達を押し付けるだけね」 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。 (叔母さんはみんなに優しかった、だからみんな叔母さんのことが好きだと思っていたのに…) 気づけば足が勝手に動いてその場から逃げていた。本能的に居たくないと感じたような気がした。 勢いよくドアを開けて外に飛び出ると、そこに彼女はいた。  不気味に思えるほどの恍惚とした表情で。 「本当においしい蜜だった…。苦味と甘味がどろどろに混ざり合っていて…」 先ほどまでとは違った恐怖が僕を襲う。僕は彼女が居る方向に背を向け走り出す。 「…ふふっ、ご馳走様。」

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第一話 弔花の蜜

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「先生、今日もお見舞いありがとう。」 そう言って病室で微笑む彼女は本来なら同じ教室にいるはずだった僕の教え子だ。 「先生、今日は何を教えてくれるの?」 「今日はね…」 最近はいつもちょっとした授業をしていた。というのも数ヶ月前、彼女から「いつでも学校に戻ってみんなと授業を受けられるように少しずつでいいから勉強を教えて」と頼まれて、それを承諾した結果だ。 「……今日はこの辺で終わりにしておこう。続きはまた今度ね。」 彼女にそう告げると、 「はい、先生さようなら。」 とにっこりしながら軽くお辞儀をした。その様子を確認して僕は病室を後にする。この流れだっていつも通りのことだ。 でも、僕が次に会話をしたのは1ヶ月以上も後のことになった。 「先生、こんにちは。今日は授業じゃなくてお話をしたいな。」 僕は椅子に座って彼女が話し出すのを待った。 「最近よく考えるんだよね、もしもみんなと一緒に授業受けたり、遊んだり…そうゆう日常が私にまた戻ってきたらみたいなことを」  …君は、何をしたいと思ったの? 「そしたら友達と色々お話ししたいし、部活にだって入ってみたかったけどね。何より、教室でみんなと先生の授業を受けたかった。」 そう話す彼女の声は震えていた。 「私の残りの時間が少ないかもって思ったら、もしかしたら私の想像は想像でしかなくなるのかなって考えたら、悔しくて……でも、だからこそ今のうちにやりたいことをしなきゃって。」  そっか、…僕にも手伝えるかな? 「私がやりたいことはね、お世話になった人たちにありがとうって伝えるの。だから、今、先生にも言うね。」  うん。 「先生、私を1人の生徒として接し続けていただき本当にありがとうございました。私はとても嬉しかったです。残りわずかの時間ですが、もう少しだけ私に授業をしてください。」  こちらこそありがとう。 「本当は直接言えたら良かったんだけれど、恥ずかしくて録音しちゃった……これでも伝わるのかなぁ?」 ここで彼女の話は終わってしまった。 カチッとラジカセは音を立てて、開いたところからカセットテープが見えた。 それを手に取り眺めていると、ラジカセが涙で濡れていた。

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