千莵
3 件の小説神々の鳥籠
遠い昔、祖父はずっと私に言い聞かせていた。 「空にはな、神様が住んでいるんだ。そこはわしらが行って邪魔をしちゃぁならんよ。」と。 この国で育った子は皆、同じように教えられている。 それがこの国が信仰する宗教における唯一の禁忌だから。 破ったものは、国の中で最も高い白塔から飛び降りることになっていた。 そして私は今、その塔の最上階に立っていた。 何度目の死になるのかすら分からない。 私の人生は一体どこで狂ってしまったのか、気づけばこの時をずっと繰り返している。 一歩踏み出せば見飽きた景色が広がっている。 後ろには自らを教皇と名乗る者の気色悪い笑顔があった。 「さっさと前に出ろ」 監視人が冷たく言い放つ。 「早く飛び降りろ」と言っているも同義だ。 小さくため息をついてからまた一歩、前に出る。 神なんかの赦しを得ずとも、いっそ悪魔にでも願えばこの地獄を終わらせてくれるだろうか。 「…もう、終わらせて…」 そうして最後の一歩を踏み出した時、 『その望み、叶えてあげようか?』 と頭に直接響くような声がした。 「えっ、」 空中に投げ出した体がぴたりと止まる。 「誰…?」と聞いてみても答えはなかった。 「…私の願いを叶えてくれるの?」 『望むなら。ただし相応の対価は頂く。』 「……それなら、翼が欲しい。この世界から逃げ出したいの。」 くぐもった笑いがどこかで鳴った。 声が止んだと思えば、背中が重くなって振り向くと視界の隅に黒い羽が見えた。 今度はふわりと体が浮く。 _____飛べる。ついに、ようやく、 でも何かが違う。 大事なことを忘れているかのような喪失感が少し残った。 あぁ、そっか。 「これは私の望むものじゃなかった」 その瞬間、黒く大きな翼は無数の小さな羽へと崩れた。 「…きれい」 雲が晴れた青い空に舞う黒い羽。 この景色に包まれながら、私の体はまた堕ちていく。
水籠り
打ち寄せる波のリズムが心地いい。 海が、海が僕を誘っている 僕の周りの人たちは何も悪くない 温かい食卓も、くだらない話で笑う声も… でも違った。 その全てが、僕の心を沈めていくみたいで …何もかもがどうでもいい。 そうやって全てを手放すことができたなら、僕の心はどんなに軽くなるのだろうか 気づけば、身体は真っ直ぐに海へと進んでいた。 ひんやりとした海水が足を濡らしていく。 これでいいんだ。 そのまま、体はさらに海に浸っていく。 水中の見えざる手が僕の耳を塞いでくれている気がした。 あぁ、なんて静かな世界なんだ 海面には微かに月明かりが浮かんでいるが それもだんだんと小さくなっていく 意識もぼんやりとしてきた頃、誰かがこっちに手を差し伸べていた 頼むから、こっちに手を…向けないで… 僕は、その手を___________
10min
「先生、今日もお見舞いありがとう。」 そう言って病室で微笑む彼女は本来なら同じ教室にいるはずだった僕の教え子だ。 「先生、今日は何を教えてくれるの?」 「今日はね…」 最近はいつもちょっとした授業をしていた。というのも数ヶ月前、彼女から「いつでも学校に戻ってみんなと授業を受けられるように少しずつでいいから勉強を教えて」と頼まれて、それを承諾した結果だ。 「……今日はこの辺で終わりにしておこう。続きはまた今度ね。」 彼女にそう告げると、 「はい、先生さようなら。」 とにっこりしながら軽くお辞儀をした。その様子を確認して僕は病室を後にする。この流れだっていつも通りのことだ。 でも、僕が次に会話をしたのは1ヶ月以上も後のことになった。 「先生、こんにちは。今日は授業じゃなくてお話をしたいな。」 僕は椅子に座って彼女が話し出すのを待った。 「最近よく考えるんだよね、もしもみんなと一緒に授業受けたり、遊んだり…そうゆう日常が私にまた戻ってきたらみたいなことを」 …君は、何をしたいと思ったの? 「そしたら友達と色々お話ししたいし、部活にだって入ってみたかったけどね。何より、教室でみんなと先生の授業を受けたかった。」 そう話す彼女の声は震えていた。 「私の残りの時間が少ないかもって思ったら、もしかしたら私の想像は想像でしかなくなるのかなって考えたら、悔しくて……でも、だからこそ今のうちにやりたいことをしなきゃって。」 そっか、…僕にも手伝えるかな? 「私がやりたいことはね、お世話になった人たちにありがとうって伝えるの。だから、今、先生にも言うね。」 うん。 「先生、私を1人の生徒として接し続けていただき本当にありがとうございました。私はとても嬉しかったです。残りわずかの時間ですが、もう少しだけ私に授業をしてください。」 こちらこそありがとう。 「本当は直接言えたら良かったんだけれど、恥ずかしくて録音しちゃった……これでも伝わるのかなぁ?」 ここで彼女の話は終わってしまった。 カチッとラジカセは音を立てて、開いたところからカセットテープが見えた。 それを手に取り眺めていると、ラジカセが涙で濡れていた。