ハム太郎

2 件の小説

ハム太郎

小生、向日葵の種が好きである。 自分がおいしいとおもって食べているものを、皆にも食べさせたい、それが人情というもの。

限界集落〜童貞の2人〜

「なぁ進、おめえさんキスはしたことはあるのかい」 トツトツという耕運機の単調な音。 畑を耕しながら勇は言った。 「あぁ?なんだって?音が五月蝿くて聞こえねえよ」 勇はチッと舌打ちをして機械のエンジン止めて、また同じ質問を進に投げかける。 「おめぇキスはしたことあんのかよ」 「キスってお前、突然なにを言い出すのかと思えば」 馬鹿馬鹿しい質問だと進は思った。 80年間1度も性の悦びを知らないまま生きてきたからだ。 勇がこういった突拍子もない質問をしてくるのは、進が千葉の高校を出てすぐに働き始め、社会が自分を拒むと、傷心し山村の集落に移住してきた50年前からずっと変わらない。 「そういうお前こそ、したことはあるのかよ」 勇は煙草に火を付けて、何処か遠くを見るような目で言った。 「俺もネェ。接吻どころか手を繋いだ事すらネェ」 勇もまた山村で産まれ、女を知らぬまま山村で死んでいく。 そんな事を考え始めたのは齢40を過ぎたあたりからだった。 長い付き合いの進はどうなのだろうと、ふと疑問に思い聞いてみたのだった。 「それだったら今度の豊年祭の時に和子さんを誘ってみたらいいじゃないか」 和子は集落に住む看護師だ。 やはり進と似た境遇で社会が嫌になり山村に移住してきたのだが、若い頃はちんと澄まして控えると上品で美しい女だった。 和子はインターネットの出会い系で知り合った50も40も歳下の男を取っ替え引っ替え、行為に及んでいるという噂があり、勇は性感染症に罹るのではないかと躊躇していた。 「和子さんか…もしヤれたら昇天しそうだな」 続く

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限界集落〜童貞の2人〜

電車にて

日は西の地平に傾き、宵闇がすぐそこに迫りつつあった。 電車に揺られながらゆっくりと思考を巡らせる。 今日も一日疲れたな。帰ったら風呂に入ってゆっくりしたい。 私は揺れの音とリズムの中で静かに目を閉じようとして、ある異変に気が付いた。 乗客の中に、ひときわ目つきをギラギラさせた中年の男がいた。 髪はジェルでベトベトで、ブランド物のセカンドバッグを手にしている。 顳顬(こめかみ)のあたりに神経質ないらだちをみせて、人を殴りたくて仕方がないという目である。 足を組んで座るものだから隣に座っていたおばちゃんも迷惑そうな表情をしていた。 エー次は、深名町駅、深名町駅に停まりマァス。 間もなくして、電車はブレーキの余韻を残して停車し、大きなため息をついたかと思うと扉を開いた。 学生と思わしき二人組が乗車してきた。 テンションが高いのか、大きな声で笑いながら話すものだから、車両中に声が響き渡り、私もうるさく感じていた所だったが、先程の男の表情はより険しくなっていた。 喧嘩になりそうだな。 空気はどことなくピリピリしていて、ちょっと力を入れて蹴とばしさえすれば大抵のものはあっけなく崩れ去りそうに思えた。 案の定男が怒鳴りだした。 お前らうっせえんじゃ!ガキじゃねえんだから静かにしろや! 瞬時に電車内の雰囲気が張り詰め、隣に座っていたおばちゃんも焦燥感が高まり、どうしようどうしようといった顔をしていた。 学生も腑に落ちなかったのが男を睨みつけるものだから、男は更にヒートアップした。 ああ!?なんだその目は! 一触即発。いつ殴り合いが起きてもおかしくはない。 緊張感漂うその瞬間に男の携帯電話の着信音が鳴り出す。 そうだ、うれしいんだ♪ 生きる喜び♪たとえ胸の傷が傷んでも♪ アンパ○マンの着信音である。 男を睨みつけていた学生が言った。 自分子供やん。 張り詰めていた糸がブツッと切れ、耐えようにも耐え切れず、開けっ放しの笑い声が車内に響き渡る。 隣に座っていたおばちゃんは声を出して笑いそうになるのを腰を曲げることで懸命にこらえていた。 ――間もなく下椿松駅に到着致しマァス。 男は体が石になってしまいそうなほど恥じ入り、電車が停車すると、そそくさと逃げるように去っていった。 ダァシェリイェス。 列車が滑るように動き出す。 今日も一日疲れたな。帰ったら風呂に入ってゆっくりしたい。

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電車にて