月姫⟡.·*.
29 件の小説恋の終わり
ただの友達だった君の笑顔にドキッとした、あの日から君のことが頭から離れない。 朝起きてまず考えるのが、今日は君に会えるだろうか? 小、中、高と恋愛の「れ」の字すら興味なく気になる子さえ居なかった。 なのに、あの日何気なく言ったことに君がキョトンとした後に魅せた大輪の華のような笑顔に心を奪われて、あの瞬間、恋に落ちた。 だけど君は友達の彼女なんだ。 恋をした瞬間、失恋も決まっていたんだ。 始まった瞬間、失恋も決まっていたんだ。 目を閉じると君の笑顔が焼き付いている。 目を閉じると君の声が聞こえてくるようだ。 恋をすると世界が色鮮やかに見えるって言うけど 始めから報われない恋をすると世界がセピア色に見える それなのに君の顔が見たくて それなのに君の声が聞きたくて それなのに君の笑顔が恋しくて 僕はピエロになるんだ 君に恋した日 僕の失恋記念日になったよ。
きみへ
君に初めて会った日 何もかもが優しく美しいかった。 君が初めて笑ってくれた日 何もかもが輝いて見えた。 君と初めて言い合いをした日 何もかもが暗く陰っていた。 君との月日が成長の連続で この先どんなに苦しくて辛くても 君が心の深く深い場所から大丈夫だよ。 と元気づけてくれるから 前に進む勇気が湧いてくるんだ。 君の笑顔を思い出すたび 心が温かくなる。 君の笑顔を思い出すたび 心から嬉しくなる。 君の笑顔を思い出すたび 心が喜びに溢れる。 出逢ってくれてありがとう。 ありったけの愛を込めて 幸せをありがとう。
雪が降る
雪が降る。 色々な結晶の形が美しい。 雪が降る。 白くてふわふわしている。 雪が降る。 子供たちが喜びはしゃぐ。 雪が降る。 シンシン降り積もり、真っ白な絨毯が敷き詰められる。 公園の遊具も、工事現場の砂利も、道端に投げ捨てられたゴミも、花壇に植えられた綺麗な花も全てが真っ白になり隠される。 私の心に抱えた秘密も雪で覆い隠してくれたなら、私は楽になれるのだろうか? そんな思いを抱えて雪の降る中を歩いた。
言葉の暴力
何気なく言ったことで人を傷つけしまったことってあるよね。 えっ?そんなことで? って言った側は思うけど、言われた側は深く傷ついていることがある。 美容院に行って髪を染めようとしたら 美容師に 「は?本当に染めるの?」 って言われてなんで?ってイラッとした。 美容師はせっかくの黒髪で1度も染めたことなく健康な髪の毛が勿体ないと思っていたらしいが言われた側はなんでそんなこと言われなきゃいけないの?である。 このように世の中はちょっとした言葉の誤解でギクシャクしてしまうことが多々ある。 反抗期中も言ってしまって後悔することがあったりするしね。 でも、でもね… 不潔な人、臭いがキツい人は言いたくなる 言ったら傷つけるかもって思うけど、本人気付いてないことあるよね? 面倒くさがらず風呂に入れ! 洗濯しろ! 人前に出るなら清潔感、身嗜みは大事。 言葉の暴力は良くないけど 言わなきゃ気づかない、言わなきゃわかってくれない、言わなきゃ改善されない。 ジレンマが凄すぎる… Love&Peace 世の中そんなに甘くない現状 平和が一番だけど、事件ばかりのNEWS 優しい言葉だけじゃ生きていけない悲しき現実 矛盾だらけの日常がいつもの日常 人と人が本気でぶつかり合ったら摩擦がおき、本音を言いすぎると諍いがおきる。 あぁ…世の中は言葉に溢れていて 言葉の濁流に飲み込まれる。 言葉の暴力 貴方にとっては大丈夫でも貴女にはOUTかもしれない言葉。 何が正しくて、何が間違っているのか その答えはキミ次第 簡単で難しいね。
レールから外れた自由
精神的支配され、たまに叩かれていた。 今ならあれは虐待だったと思う。 父曰く、母は更年期障害だから刺激しないようにって言っていたが、それで傷つけられる私の怒りはどこにやればよかったのだろうか? 追い詰められた私は家出し、携帯を川に捨て両親との連絡手段を一切なくし何も告げずに消えた。 両親は私を探し、私の交友関係者を訪問し半ば脅すように私の居場所を探していたようだ。 家出して3年後に連絡した友達から聞いた話しでは殴り込みのように来て命令口調で話され凄く嫌な態度だったらしい。 あんな親なら家出したくなるのわかるよ、よく我慢したね。と友達に言われ 私は間違ってなかった、と思えた。 家出してから10年 私にも守るべき可愛い子供ができた。 旦那は居ないが私には自分より大事にしたい宝物の子供が居る。 自分が親になって思ったことは、母は私を愛していなかったのだと思う。 自分がお腹を痛めて産んだ宝物は何もにも替え難い大事で大切で愛しい存在だから 自分が辛くて苦しくても子供が笑ってくれたら全てが愛しくなるくらい私にとってかけがえのないものだから。 母は自分が一番じゃなきゃ嫌な人だったんだと今ならわかる。 永遠に分かり合えない人だったのだと… 私は親のレールから外れ自由に羽ばたき宝物と共に生きている。 ここまでの道のりは決して平坦ではなく険しく辛く、苦しい日々だった。 雪の降る日に水を掛けられ母から家を追い出された日、膝を抱えて軒下で震えていた私を抱きしめてくれる人は居なかったけど 熱を出し倒れた私を心配してくれた知人は泣きながら親を捨てなよと苦しげにつぶやきながら私が前に進めるように背中を押してくれた。 この先、子供が成長して反抗する日もくると思うけど 私を幸せにしてくれる笑顔と小さな手の温もりが私の心にあるから私は母のようにはならない。 誰の頭上にも青く晴れ渡る空があるように 誰にでも幸せはあるはず。 小さな小さな幸せでも…
レールから外れた自由
家出して初めて自分で考え行動することを知った。 着るものから習い事、進路まで全部親が決めていて親が安全確認したレールの上を、親に守られてるだけの生活から抜けるのは怖い反面、こんなに自由なんだと驚いた。 何の不自由のない安全な生活だね、と周りの人たちは幸せなことと私に言うけど、私は私なりにストレスを溜めていた。 もっぱら母に関することだけど… 母は自分が20歳で結婚したからなのか、早く結婚しろ、早く孫を抱かせろと煩く デキ婚でいいから孫、孫、孫と毎日言われた。 私が高校を卒業した日から毎日言われた。 言われすぎて反対に結婚したくないとまで思っていたくらいだ。 10歳年の差がある従姉妹が35歳で結婚して子供を産んだら更に煩く言われるようになった。 私は私なりに働いているのに遊んでるように言われ腹が立った。 しかも家に住まわせてやっているのだからと洗濯、掃除、料理は私がやるのが当たり前と言われた。 ある冬の日、酷い風邪をひいてしまい熱が39℃以上あって寝ていたら 「いつまで寝てるんだ!洗濯しろ!」 とベットから落とされ引きずられ洗濯させられた。 熱があると告げると、 「はぁ?バイ菌撒き散らすな!一人で病院に行け!」 と家から追い出されフラフラと歩きながら、いつもなら10分で着く病院まで行くのに30分かかって行き病院で看護婦さんに抱えられながら簡易ベッドに横になり診察をしてもらったら肺炎になっていた。 入院と言われたが家に電話したら恥ずかしから帰って来いと言われ先生に帰ると伝えたら 「死にたいのか?」 と言われたが、母が許してくれないから帰ると告げると毎日点滴2時間受けに来なさいと妥協案を出された。 点滴をしてもらい帰宅して先生が書いてくれた手紙を母に見せ、毎日点滴に行けることになったが 「あんたが勝手に体調を崩したんだから一人で行け!」 と言われ熱の下がらない体で病院に通った。 病院に通い始めて3日目の帰り道に熱と頭痛、寒気で歩けなくなり道の途中で倒れてしまった。 たまたま父の知り合いが通りかかり家まで運んでくれた。 そのときの私の体重は39kgしかなかった。 父は私がそんな状態なのを知らず、私が我儘を言って家事を放棄していると思い母の肩を持っていたが、私が肺炎で病院通いしていて道で倒れていたと聞き、母を罵倒していた。 「それでもお前は母親か!自分で産んだ子供が可愛くないのか!」 とかなり怒ったらしいが、母は 「可愛くないわ!何処が可愛いのよ、あんな気持ち悪い子。顔も見たくない!」 と言っていたそうだ。 じゃあ私は家を出るよ。と言う話しになり荷物を纏めていたら、母が部屋に入ってきて荷物を全部ぶち撒けて 「あんたが勝手に家から居なくなったら私がお父さんに叱られるでしょ!」 と勝手なことを言い出した。 もう付き合いきれない!と私は両親が居ない隙に鞄一つと内緒で貯めた微々たる現金を持って家を出た。 家を出て、深く息を吸って泣いた。 これから先は私だけの人生だ。 私が自分で考えて、顔色を伺わず好きに行動出来る。 両親と居るときに私は鬱状態になっていた。 死にたい、死にたい、死にたい、死にたい… 毎日毎日毎日毎日毎日そんなことを考え 母を殺して自分も死にたい。と考えてた。 親の支配から逃れることは死ぬことだけだと思っていた。 このままここにいたら私は殺人者になるか、自殺するしかないと思い込んでいた。 親を捨てた酷い娘かもしれないけど、私は生きたかった。 生きて行くのは辛いこともあるけど今は親の支配、親のレールから外れて自由だ。 自由なんだ。 全ての責任は自分で取らなければいけないけれど私は自由だ。 怯えて小さくなって存在を消しながら行動しなくていいんだ。 体中の水分がなくなるくらい沢山泣いた。 安堵の涙、喜びの涙、寂しさの涙… 何故、私は両親に理解してもらえなかったのだろうか… 少しでもレールから外れると叱責された。 一回目の家出の後… 母から 「お前は親を捨てた、家を捨てた、自分勝手で酷い人間だ!お前の居場所は家にはないのに置いてやってるんだから感謝しろ!」 と言われ続けた。 私は生きていてはいけない。 私は必要のない人間。 私は迷惑。 心が擦り切れるほど言われ続けた…
レールから外れた自由
片田舎にある家族経営の土建業の一人娘として私は産まれた。 父も母も若く、父は私を溺愛していて何処に行くにも連れて歩く人だった。 母はそれが気に入らないらしく、小さな私に意地悪したり嫌味を言ってくる人だった。 我が家には、よく客人が来る家で毎週末は麻雀をする人が集まる場所になっていた。 幼い頃から大人に囲まれて育ったせいか、頑固で生意気、自分の意見をハッキリ言う少しキツめの性格になっていた。 父の教育方針なのか、好き嫌いははっきりしなさいと言われていた。 曖昧な態度は良くないから嫌いや嫌だと思ったらはっきり言えばいいと言われ育ち 竹を割ったような性格とよく言われてた。 私は母方の祖母の影響が強いのか、普通の人には見えないモノが見えたり、感じたりすることがあり母に 「気持ち悪い子、変な子、気味が悪い」 と言われて育った。 母は父の前では私に優しく接するけど、父が居ないと話もしてくれない人だった。 ある年のお盆最終日の夜中にふと人の気配がして目が覚めた。 亡くなってから何年も経っていて安らかに成仏できているはずの祖父と祖母が怖い顔で私を見ていた。 怖くて電気を付け朝まで過ごした。 祖父は私を凄く可愛がってくれて亡くなった後、私を守護するように守ってくれていたのに何故だろう…と悩んだ。 朝になり父と母が起きたので祖父と祖母が会いに来たとだけ告げると、叔父の家の仏壇に手を合わせに行こうということになった。 叔父の家に行くと、また新築のはずなのに空気が澱んでいた。 叔母は最近体調が良くないらしく肩が痛くて頭が重いと言っていた。 さもらあん、叔母の肩には知らない男の人が乗っていたのだから。 その場では何も言わず家に帰ったら、母が叔母の体調について私に話してきたので、叔母にお祓いに行くよう伝えてもらった。 叔母は宗教に入っているので、そこで相談することにしたと連絡がきた。 私に言われた通り、お祓いしたら肩の痛みも頭の重さもなくなったらしく、お礼を言われた。 その時にも母は私のことを気持ち悪くて変な子と叔母に言っていた。 父方の親族がお世話になっている寺があり、そこの大和尚は私の事をよく気にかけてくれていて、修行しなさい、平常心でいなさい、心を乱すとよくないから気をつけなさい、常に感謝の気持ちを持ち笑顔で過ごしなさい。とよく言われ、会う度に寺に遊びにおいでと言ってくれていた。 私の心配を凄くしてくれる大きくて温かい人だった。 大和尚が亡くなってから怖い夢を見ると大和尚が現れ私を優しく抱きしめてくれて安心させてくれ守ってくれていた。 母には恵まれなかったが、色々な人に守られながら育った。 母は女の部分が強すぎて母性が少なく子供が好きではないせいか冷たい人だった。 私は一人娘だったので父の仕事を継いで親の面倒を見るようにと育てられた。 そんな窮屈で親が敷いたレールの上を走る日々に疲れてしまい家出をした。 遅い反抗期と言われたが初めて親に反抗して家出をした。 家出から3ヶ月後、親にバレて連れ戻された。 「お前は父さんのこと嫌いなのか?」 と聞かれた。 父さんは好きだけど母さんは好きじゃない。と伝えたところ、少し離れたほうがいいと判断され私の一人暮らしが決まった。
雨の日
雨の日が好き。 太陽の光に反射して雨粒がキラキラ輝いているから。 雨の日が嫌い。 どんより空から灰色のしずくが世界を染めるから。 雨の日が好きで嫌い。 わがままばかり言う子供のように空が泣くから。 私は私が嫌い。 誰にも必要とされず、ただ日々を無駄に生きているから。 人は誰しも愛する喜び愛される喜びを知っている。 だけど私は誰にも愛されず誰も愛せない。
いきばのない想い
この世から蓮さんが旅立って2ヶ月が経った頃、手紙が届いた。 瑠璃へ この手紙が瑠璃の手元に届くころには僕はこの世に居ないかもしれない。 沢山傷つけてごめん。 誰よりも僕を理解して愛してくれたのは瑠璃だったよ。 瑠璃に出逢えて本当によかった。 どんなに悲しくても、苦しくても諦めないで前を向いて生きていってほしい。 もし来世があるのなら来世ではずっと一緒に居よう。 何処にいても必ず探し出すから。 瑠璃、僕と出逢ってくれてありがとう。 またな……… 手紙を読みながら涙がとまらなかった。 悲しくて辛くて苦しくて… 蓮さん、蓮さん、蓮さん、蓮さん……… あまりにも早い永遠の別れに心がついていけず今日まで泣けなかった。 泣いたら認めてしまなくてはいけないから泣けなかった、このいきばのない想いをどこにぶつければいいのかわからなかったから。 もう蓮さんは居ない現実を認めたくなかった。 蓮さん、私と出逢ってくれてありがとう。 時々、思い出して泣いしまうかもしれないけど、想い出を抱きしめて生きていくね。 あれから10年の月日がすぎ 周りの人は子を育み幸せな笑顔が溢れている。 私は蓮さんへの想いを胸に生きてきた。 いきばのない想いを抱えたまま想い出の中の蓮さんを愛し続けてきた。 蓮さんと出逢えたことが私の一番の幸せだった。 私と蓮さんが、来世で出逢って恋をして幸せになることを夢見て私は永遠の眠りについた…
いきばのない想い
流されるように仲直りしたけどモヤモヤした気持ちは消えないままだった。 あまり心を許さないように過ごしていたら 「お前はズルい、いつも一段高い場所から見下ろして線引してる。僕は本気で惚れる価値ないのか?本気になれない?」 「まだ完全に信用しきれてないから…」 「僕は瑠璃のこと本気で愛してる、僕に落ちてよ」 と言われてしまった。 私は今まで本気で好きになった人が居ないことに気付いた。 傷つくのがいや嫌だから一歩引いていて、どこか冷めた感情を持ったまま、なんとなく付き合ってるだけだったのかもしれない。 蓮さんに指摘されるまで考えたこともなかった自分の恋愛感に気づき焦燥感に包まれた。 嘘をつかれたのは悲しかったけど本気で向き合ってなかった私に責める資格ないと思い、傷ついてもいいから本気で惚れてみようと気持ちを切り替えた。 付き合って一年たち立場が逆転していた。 私は嫌われたくなくて何も言えなくなっていた。 忙しいから連絡してくるな。 時間ないから会いたいって言うな。 僕が呼び出したら必ず来い。 寂しいって言うな。 泣き言を言うな。 って言われ、月イチ連絡が来て会ってすぐホテルに行き抱かれるだけの逢瀬が6年続いた。 6年目に好きな人出来たから別れてくれと言われた。 私には何一つプレゼントくれたことないのに新しい彼女には付き合って2週間でシャネルの腕時計をプレゼントしていた。 一体私の6年間はなんだったんだろう。 辛すぎて色んな男の人と遊びまくった。 別れた1ヶ月後に蓮さんから連絡がきて、 新しい彼女は全然抱かせてくれないから相手してくれと言われた… 好きな気持ちがあり馬鹿な私はセフレになっていた。 連絡来て、会ってホテルに行ってベッドに入って行為が終われば即解散 帰り道はいつも疲れて泣いていた。 そんな日々が2年続いて、このままじゃダメだと、きっぱり別れ話をしたら新しい彼女とは半年前に別れていて、お前が泣いて縋ればまた彼女にしてやったのにと言われた。 私を侮辱しすぎ、もう会わないから連絡しないでと告げて離れた。 それから半年後に蓮さんから連絡がきて、胃癌になった余命半年と言われた。 最後に会いたいと言われ最後だからと会うことにした。 元々痩せてたのに更に痩せていた。 最後に抱かせてほしいと言われホテルに行った。 やっぱり僕にはお前が一番だった、例え僕が死んでも、お前が結婚しても、子供産んだとしても、お前は一生僕のものだから僕だけの女だから。 私を縛りつける言葉を言って蓮さんはこの世を去った…