駄菓子屋さん
12 件の小説交差点
夜も深くなり、口に入る空気が冷たく、吐いた息が、白く、漂う時。 手が、足の指が、先から冷えるのを感じながら歩いていた。 特に理由などはない。 ただ、この時間が好き。それだけで歩いている。 この時間だけ、この世界には私だけしかいない感覚に陥る。 それが、なんとも可笑しく、楽しく、とても、寂しい。 いつもは賑わう交差点ですら、人もおらず、それでも律儀に、信号機の色を変えていく。 いつもと違うものに見えた。それが神秘的にも、恐怖にも。 けれど、私はこう思ってしまった。 酷く綺麗だ。
記憶のパズル
唐突だが、私は死んだようだ。 私も、あまり、詳しい状況が分かっていない。慌てていても、分からないことは分からない。軽く状況を纏めておこう。まず、私には実態がない。声を発しても、誰1人、聞こえない。とでも言う様に通り過ぎていく。それと、物に触れはするのだが、物の中身をすり抜けることも出来る。摩訶不思議だ。 それだけで自分が死んだと、決め付けていいものか、とも思ったのだが、ふと、自分の顔に触れた時に気が付いた。 私には目が無いようだ。 目を塞がれている、とも考えたのだが、触ってみた感触、眼球が潰れて、無くなっている、と考えた方が良さそうだ。 痛みも無く、不思議な感覚だ。余程酷く抉られたのか、例えるならば、プチトマトを手で潰した、と言ったらいいのか、その様な、ヌメリとしたものが指先にまとわりつく。 私の事で分かることはこれくらい。だが、記憶や、服装。その事について触れようと思う。 触れる、と言っても、私自身、あまり実感が無い。何故ここにいるのか、私とは誰なのか。目も見えなく、頼れる手の感触でわかったのは、私がみにつけている衣類が、生地のいいワンピース。とても動きやすく、その上にエプロンのようなものをつけている。 自分の髪は、綺麗に、後ろに一纏めにお団子にされており、装飾品は一切なく、その事を考えると、おそらくだが、私はどこかの使用人。なのだろう。 と、まぁ、私のことはこれくらいしか分からない。分からないことが多すぎる。 だが、1番腑に落ちていない、分からないことが、 ''私がまだここにいる'' という事だ。私は死んでいる。死とは、無か。天国に行けるのか。色々な教会や、仏教で、考えで違うのだろうが、そこは今は問題では無い。 私の意識がはっきりし、怨みや、妬み、そのような感情もなく、だが、成仏などはしない。それが一番頭を悩ませる。 死んだ今、私に成し遂げたいことなどはない。私の目が、自分で抉ったのか、他人に抉られたのか等も、差程、重要視はしていないのだが、 気になってしまった。 そう、気になってしまったのだ。私はどう言う人物で、何をして、こうなったのか。 人の興味という物は恐ろしい。死してなお、知りたいという感情の止め方が分からないのだから。 自分のことを知りたい。だが、不便な事に、私には眼球が無い。 目が無いのなら、手足で探るしかない。まずは、骨格、肌の柔らかさ、腹の薄さ、髪の艶、そレを確認出来れば、 自分の年齢、裕福さ等が分かる。 そして足。足首、ふくらはぎの、筋肉のつき具合や、靴擦れの有無、指の向き、そのような物が分かれば、どの位動く人物かが、ある程度分かる。 今の私にとっての相棒とも呼べる、手。 手の皮の厚み、潤い、柔らかさ、爪の長さ。どういう仕事をしているのか、水回りの仕事、皮が厚くなるくらい剥けるような仕事なのか、 もしかしたら、探偵と呼ばれる人達ならば、これよりも分かる事が多いのかもしれない。 だが、生憎だが私は何も分からぬ死人。これくらい分かれば上々と言った所だろう。
ねり飴
飛行機雲ひとつ浮かぶ,青々とした空。暖かい風が吹く,そんな日の午後3時。 世間で言うところの′′おやつの時間′′。 私はとても,晴れやかな気持ちで,鼻歌を歌い,歩いていた。 気分も最高潮に良く,空を見上げ,ぁあ。空と私は同じ気持ちなんだな。と浮かれていた。 そんな私の前を黒い猫が通り過ぎた。 黒猫を目で追っかけていくと,1つの看板が目に入った。 『駄菓子』 _ぁあ。懐かしい。まだこんな所にもあったのか。 気づけば,扉を開け,店の中へ足を踏み入れていた。 色とりどりのお菓子に囲まれ,昔懐かしい空気に胸を高鳴らせ,店を見回した。 『ねり飴』 その文字が目に入り、昔、よく買ってもらっていたな。と感傷に浸り、買っていく事にした。 味が四種類あり,迷ったが,今日は何時もより空が綺麗だった。という事でソーダ味にした。 考えが安直で,自分でも少し,笑ってしまった。 家に着き,袋から取り出す。練る前の水飴は,透き通っていて,本当に空のように美しかった。 最初は,付属の棒に絡めても,ゆっくりと落下していく。とろっと,と言う表現が正しいのだろうか。 練っていけばいく程,柔らかさが固くなり、色も透明では無い,光沢のあるものに変わり,飴越しではもう,向こうの景色が見えなくなる程だ。 1口食べた。ソーダの風味がほんのりして,とっても甘い。 _ねぇ。君と私みたいだと思わないかい? 床に転がっている′′モノ′′に呼びかけた。 _空。私の想いに答えてくれて嬉しいよ。 本当に,君はいつも綺麗だ。 そう,返事の返ってこない部屋で呟くと,部屋に響くような笑い声を上げ,もう,動かない′′モノ′′に口付けをした。
フエラムネ
_ぴゅ〜ぴぃ〜 放課後の,部活の声が聞こえてくる教室。 空はまだ明るく,座っているだけでも汗ばむ気温の中,目の前に座る君から鳴る,気が抜ける様な,口笛とも少し違う笛の音。 何?その音。と,首を傾げる私に,ん。と,ぶっきらぼうに机の上に置かれたそれは。 『フエラムネ』 また随分懐かしいお菓子だな。と笑う私を横目に,おまけ目当てで買ってんの。当たらなすぎる。と苦悶の表情を浮かべ,また,気の抜けるあの音を鳴らした。 勉強に飽きたのだろう,ペンをクルクルと回し初め,上手くいかず床に落とすと,はぁ。とため息一つつき、窓の外に目を向けた。 憂いを帯びたその表情が気になり、何かあったのか。と声を掛けた。 ゆらりと揺れた瞳がこちらへ向いた。 _昔さー。流行らなかった?指笛とか,あー,何だっけ?小さい棒の笛とか。 ぁあ。そう言えば,持っている人が多かったイメージだ。今,持っている人はキャンプとかに行く人くらいだろうか。 それがどうしたというのだろうか。 _ごっこ遊びでやらなかった?今思えば厨二臭いけど,笛を吹いて,何かを召喚するやつ。 なんだそれ。と笑ってしまった。確かに,指笛で鳥類を呼んでいるものは見た事がある。そこから来たのだろうか。 随分と厨二臭いな。と笑っていたが,君の方を見ると,やはり,悲しそうな。もどかしいような。心ここに在らず。といった表現が正しいだろうか。そんな顔をしていた、 どうせなら。そのごっこ遊び。私らもしようか。と言ってみた。 そうだな。私が君の相棒で,そのフエラムネを吹けば召喚される。なんてのはどうだろう。 それを聞いた君は,少し驚いたような表情で,数秒固まった後,教室に響き渡るような声で笑った。 先程の揺れた瞳はもう無かった。 私は,今でもこの時のことを後悔している。 _あの後。すごい馬鹿にされていたっけ。 今でも忘れてないぞ。お昼休み,クラスメイトが居る前でやった時は,顔を赤くしながら,召喚されに行ってやったんだからな。と,写真を撫で。 なぁ。何で呼ばなかったんだ?言ったじゃないか。それを吹けば行ってやる。召喚されてやる。って。 _それとも,私はもう,君の相棒じゃ無かったから,召喚されなかったのか。
当たり付きのアイスキャンデー
昼時には蝉が鳴き,夜になれば鈴虫が鳴く。 秋もすぐそばまで迫っている,夏の終わり。 この時期はいつも、君を思い出す。 _暑いと言い,少しでも涼みたいという君の我儘に,2人で入った駄菓子屋。 何で駄菓子屋何だろう?と首を傾げた私の隣で,口角を少し上げ,私の奥を指さした。 『アイスキャンデー』 ぁあ。これか。君は本当に目敏いな。と2人で笑い。アイスが入っている,冷凍庫を開けた。 ひんやりとした冷たい空気が,手から伝わってくる。 _私はねぇ,これにしようかなぁ,これもいいな。 楽しそうに選んでいるかと思えば,眉間に皺を寄せ,悩んだり。 そんな君を見ていると,こちらまで笑顔になってしまう。 君がアイスを手に取り、お会計をしようとすると。 _其方、当たり付きとなっております。 と,その言葉に目を輝かせ,私の方を向き,当たったらもう一個貰えるんだって。と,嬉しそうに笑いながら言った。 _結局。当たりは引けなくて,君はムキになって,ずっとアイス食べてたんだっけ。 昔のことを思い出し,小さく笑った。 まだ,夕方でも蝉が泣いているんだな。と,ぼんやり考えていると,少し先の方に張り紙がしてあった。 『アイスキャンデー』 ぁあ。何故だろう。今,無性に食べたい。 _其方,当たり付きとなっております。 まだ,当たり付きのなんてあるんだな。と,少し驚きながら,頷いた。 蝉の鳴く夏の終わり。日も落ちかけ,明るい空と暗い空が交わる。 久しぶりに食べた。あの頃と変わらないままの味。 君はソーダが好きだったっけ。急いで食べるから,頭が痛い痛いと,隣で五月蝿かったなぁ。 _あ、当たった。 君が聞いたら,怒るだろうか。 私は当たらなかったと拗ねるだろうか。 _私は2本も食べられないよ。 その言葉は,生暖かい夏の風に乗って,君のいる所まで届いてくれるだろうか。
思い出のあの子は
_お前はいいなぁ。 6畳の部屋の片隅にある,水槽の中に居る金魚に言った。 ゆらゆらと、気持ち良さそうに水の中を泳ぐその姿に,私は昔の夢を思い出した。 _人魚姫 誰もが1度は見た事のある,あの童話。私はそれに憧れたのだ。 人魚になりたかった。例え、泡となり,消えていってしまう存在でも。 ふと、人魚の見ていた景色が気になった。 そう思った時には、車を走らせていた。 目的地はもちろん。海だ。 時刻は夜中の2時。夏とはいえ、日が落ちたこの時間帯は,幾分か過ごしやすい。 歩くと、ギュッギュッと砂浜が鳴いていた。サンダルに砂が入る。どうせ濡れるのだ。脱いでしまおう。 海水に触れると,とても気持ちよかった。風が吹き、塩の匂いがする。 膝まで浸かると、先程感じていた暑さも無くなった。 肩まで浸かった。ここまで来れば。膝を曲げるだけで顔まで沈める。 _沈める。のに。 怖気付いたのだ。何故か分からない恐怖が襲ってきたのだ。 _息が吸えなくなった。当たり前だ。暗かった。当たり前だ。広いと思っていた海が。狭く。それでいて,沼の様に深く見えていた。 ぁあ。うちの金魚はこんな気持ちだったのか。あの童話の人魚姫はこんな気持ちだったのか。 自由なところから、檻に閉じ込められた子達は。どんな思いで泡になるのか。
お面
いつからだろう。愛想笑いが上手くなったのは。 泣けなくなってしまったのは。 大丈夫が口癖になり、他人を過剰に誉め、自分を下げ。 祭りのお面は,付けていたら誰かも分からない。 自分も例外じゃなく。ね。 そこの物を食べてはいけないよ。戻れなくなってしまうから。 食べてしまったなら、理解しないようにね。喉に詰まって,息が出来なくなってしまうから。
飴玉
__綺麗だ。 店頭に並んでいる物を見て思った。 大きい瓶の中には,色とりどりの飴が並んでいる。店の電球に照らされ,反射して,キラキラと光るそれは,さながら宝石のようにも見える。 _おひとつ如何ですか? 熱心に見すぎていたんだろう。店の方が声をかけてくれた。 一つ、買っていこう。 小さい瓶を買い,家に着き、飴玉を入れた。 _綺麗 瓶を持ち、色んな角度にし,見てみる。瓶の中の飴が動き,カラカラと音を立てる。 一つ、口に入れてみた。甘ったるい味が口に広がった。 この味は,ブルーハワイか。 ふと、口に入っている飴玉は綺麗なのか気になった。 鏡を見て,飴玉を見た。透明度が増していて綺麗だった。 小さくなり、無くなった。もう一度鏡を見た。 舌を出し,見ると,飴玉の着色剤なのだろう。青い色に染っていた。 私には,あの飴玉は甘ったるすぎたようだ。
ラムネ
外に出ると,夏本番と言える気温,遠くの景色がゆらゆらと揺れ,アスファルトの地面の暑さが,靴の中にまで伝わってくる。 生ぬるい風が吹いた。遠くで風鈴の音が響く。 代わり映えのしない、つまらない日々だ。 汗を拭い、一つ,息を大きく吐き出し,ふと、道の横にある,古く、小さい店に目をやった。 『ラムネ。冷えてます。』 ラムネ。久々だ。学生以来かもしれない。 昔のことを少し、思い出した。 ぁあ。ビー玉が取れなくって,我儘を言っていたっけ。 1本買っていこう。 家に着き,冷房をつけ,台所の流し台に行き、ラムネの飲み口に,ラムネ開けをセットし、力を入れ,押した。 カラン、と音がした後,しゅわしゅわと冷たい物が溢れ,流し台の上でやっていて良かったな。と,ぼんやり考えた。 そのまま,1口飲んだ。夏に合うような,透明でいて、甘く、強すぎない炭酸。 正直。こんなものだったのか。と,思っている自分に驚いた。 あの頃飲んでいた物の方が美味しかった。と思ったのだ。 ぁあ。昔は暑い暑いと言い,はしゃぎ疲れ、喉が乾き。友人と笑い合いながら飲んだっけ。 開けた時、手にかかり、服にかかり、ベタベタになりながら,笑ったんだっけ。 ビー玉,宝箱に入れていたな。 今思えば,こんなの,そこら辺でまとめ売りされているじゃないか。 飲み終わり、ベタついた手を洗い,ビー玉を取りだした。 ビー玉の向こうの景色は青かった。
タバコ
『なんでタバコなんか吸っているの?』 さぁ。何でだろうな。わかってるよ。身体が悪くなるのに、って。 嫌な事も,一緒に吐けてしまえる。様に感じちゃうのかな。 悪い煙、あの白い煙みたいに、ふわふわ漂って、その内,消えて。 そう,思ってしまうんだよ。多分ね。 それでも,皮肉な事に,身体には確実に,少しづつ溜まっていくんだ。 吐ききったと思っていたものが,残っている。 それでいて、僕の体を蝕んでく。 そのうち壊れてしまう。 なんて,少し,大きい話にしてしまったかな。 そうだね。一種の′′娯楽′′とか′′遊び′′だからね。 そんなに深くは考えていないよ。 分かっているよ。大丈夫。辞めるよ。多分ね。 君もタバコ。気を付けるんだよ。