のこ

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のこ

 田舎は嫌いだと思う。  東京は人が多くて、いつだって煌めいていた。人は流れ続け、ネオンがぱちぱちと瞬き、誰も私を気に留めなかった。学校でだってそうだ。芸能人の子供から訳アリの子供まで、ごちゃまぜに校庭で遊んでいた。社長の息子がボールを投げ、犯罪者の娘がそれをキャッチする。そんなことだって多分あった。みんなが泳いでいるようだった。私たちは都会の魚だったから。  五年生になって、親の都合で引っ越すことになった。行き先は微妙な田舎で、しばらくしてからその気持ち悪さに気付いた。  全員にラベルが綺麗に貼られているのだ。  もちろんこれは比喩である。しかし、頭の良い子は「優等生」をきっちり演じ、バカで幼稚な子は「問題児」をしっかりこなしているのだ。また、変な噂は消え続けることなく、それどころか町中に広まっていく。距離感も妙に近くて、プライバシーとやらは何処に行ったのかわからなかった。  転校してすぐの漢字テストで満点を取り、無事に私は「優等生」の枠に割り振られた。先生の信頼もすぐに勝ち取り、友達からも一目置かれるようになった。私は都会の酸素がなくなり、もう瀕死の魚だった。いつも愛想を安売りして、にこにこにこにこと笑っている。そんな面白みのない奴に成り下がってしまった。  クラスにはもう一人優等生枠の奴がいた。彼は勉強と運動が相当秀でていた。比較的大人しく、ひょろっとして眼鏡をかけている姿から、いかにもな雰囲気を私は感じ取っていた。  そして今。彼とペア活動で同じになり、酷く気まずい沈黙に置かれている。どうしようもなくなって、二人で俯き、汗で手が湿り始めているのを感じた。 「……ごめん」  いたたまれない状況を打ち破るように、努めて明るく私は言った。 「他の子とがよかったよね、申し訳ないわー」 「なんで」  彼は急に呟いた。いつも人と喋ったりしない彼が、急に声を出したものだから驚き、続きの言葉が思いつかなくなった。 「そうやって謝るわけ。不快なんだけど」 「は」  不機嫌そうに彼は言う。彼が自己主張するのを見たのは初めてだったから、しばらく吃驚していた。それから、失礼なことを言われたことへの怒り、そして。妙な喜びが込み上げてきた。  初めて、ラベルじゃない中身を見てくれたのだ。彼が。胸が高鳴る。肺に酸素が送り込まれて、心が軽くなって飛んでいきそうな気がするくらいだった。色鮮やかな中身を、彼は見つけてくれたのだ。 「随分失礼じゃん」 「別に。思っただけ」  ふうん、と呟き、私は嬉しい気持ちをこっそり噛み締めた。 「じゃあ、もうしない」  そう言うと、彼は少し表情を緩め、安心したように力を抜いた。あ、ちょっとかっこいいかもこの人……なんて考えたあたり、私はかなり恋愛脳である。 「ところでおまえ、都会好き?」 「わかんない。ここから出たことないから」  私が驚いて目を見張ると、彼は困ったように笑った。 「じゃあさ、田舎好き?」  私は嫌い、と言うと、彼はだろうねと言い、鉛筆を削り始めた。しばらく訪れた沈黙の後、ぼきっ、と嫌な音がする。 「俺も田舎、大っ嫌い」  一瞬の後、二人で顔を見合わせ、くすくすと笑った。  友達ができた瞬間であり、また、初恋の瞬間でもあった。

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友達以上恋人以上

 彼女はあまりにも綺麗だった。 「聞いてる? ケイコ。ケイコー」 「ああ、ごめん」 「んもう」  不満そうな顔をしながら、高橋カレンはスマホを操作し始めた。塾のプリントには汚い犬らしきもの、そしてその下に相合傘を描いていた。カレンの美術の成績が二だったことを思い出し、永井ケイコは苦笑する。 「ねえ、拗ねないでよ」 「だって。ケイコ勉強ばっか集中してさあ」  長い髪の毛を指でくるくると巻き、カレンの爪は午後の光を反射していた。自分のささくれだった指、短くてずんぐりした爪を思い出してそっと机の下に手を仕舞う。ちくちくと胸が痛むのをケイコは感じた。  ケイコとカレンは幼馴染同士で、幼稚園から中学生に至るまでずっと一緒だった。ケイコは有名私立に進学し、カレンは地元の高校に通うようになった。それでも月に一度はどちらかの家で会い、近況を報告し合っている。 「ケイコさ、好きな人とかできた?」  ぐいっと身を乗り出し、カレンはにやにやと鬱陶しい笑みを浮かべている。それでも美人だから絵になるな、とケイコはぼんやり思う。 「カレンは?」 「んー。ケイコが一番すき」  へえ、と適当に流しながら、ケイコはひどく安堵しているのを感じた。そして、自分の心の奥で、独占欲と嫉妬、得体の知れない不安が渦巻いていることを再確認する。  カレンの言う「好き」は、友達以上恋人未満くらいのものである。それをケイコは初めからわかっていた。そもそも彼女は執着心というものがあまりないようだ。金にも友達にも美しさにも、そして愛にも。  ほんとうらやましい。  一緒にいていつも思っていた。全てを持ち合わせているくせに、それらを失う恐怖を知らない。正直苛々してどうしようもなかった。けれど、その百倍くらいはカレンに恋してしまっていた。もはやそれが盲信の域に達していることを、ケイコは知らない。 「ケイコも、カレンのことすきでしょ」 「まあ」  冬の昼下がり、外の眩しい青空は、カーテンに優しく遮られている。少し薄暗いケイコの部屋の中、スタンドライトだけが淡く自身を主張していた。 「好きならさ、えっちなこと、できる?」 「揶揄わないで」  カレンはくすくすと笑った。髪がさらさらと踊り、またいつものように頬杖をついた。そして色気のある流し目なんかをして、ケイコを弄んでいる。ほの明るい部屋の中、ケイコは少し頭が悪くなってしまうような気がしていた。 「うっそー。ケイコ怒んないで」  カレンはケイコの肩に頭を乗せた。二人の間の空気が揺れる。脳の軸がブレて、理性がどろどろと流れていくような気がした。 「カレン」 「なあに」 「キスだけしようか」 「やった」  手と手をゆるく絡ませた。残りでカレンの頬にそっと触れる。  カーテンに映る二つの影が、一瞬だけ溶け合った。

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