古井論理
4 件の小説大会前夜の朝
今にも降り出しそうな曇り空が頭上に低く垂れ込め、渡ってきたであろう燕が一階の軒よりも低く飛ぶ朝だった。私は四時半に床を起ち、六時の朝窮まるホームに立った。私の立っている朝はここに在り、私にとって最後になるであろう劇の開演は近づいている。私の中に、実感はなかった。 目の前を、JR東海の亀山に向かう列車がわずかばかりの人を乗せて走り抜ける。背後の二番プラットフォームで、名古屋行きの列車が発車した。 ――明日で最後か。 私の脳裡に、ふっとそんな思いが過ぎては戻る。自分らしくない。私は演劇同好会の冷ややかな副部長であり、我儘で残酷な裏方担当。それなのに何故こんなにも明日が待ち遠しくて、どこか寂しいのだろう。私には、皆目見当もつかなかった。
狭い世界で
私は小学生の頃から小説を書いていた。それをネットに投稿したいと言うと、親はこう言った。 「ネットは小学生には早い」 中学生の頃、私は小説の読者を欲していた。学校のクラスメイトたちは私のことを非常に嫌っている者、或いは全く関心を持たない者が大半で、とても読んでもらえる状態ではなかった。私は小説をネットに投稿したいと言った。親は言った。 「読まれないほうが、狭い世界で満足している方がお前は幸せだ」 ちなみにこれ、実話である。
トランペット吹きの平日
吹奏楽部をやめて2ヶ月。相も変わらず模試の結果はD判定、進学先には程遠い。 考え込んでいると突如として机の上のスマホがLINEの着信音を鳴らした。開けてみると吹奏楽部の同期だった瑞香からのメッセージ。 「『トランペット吹きの休日』ってどう見ても休日じゃないよね」 「いきなり何」 「受験勉強してる学生の休日みたいだなって思ったから」 瑞香の感覚は独特だな、と思っているとさらにLINEが来た。 「受験勉強、頑張ってね。卒業してからでいいから、また一緒にトランペット吹きたいな」 「いいよ」 そう返して、私は譜面を手に取った。最後のページには応援メッセージ。 「合格してね」 頑張るか、と息をついて、私は問題集の100ページを開いた。
天と地の青
「いい空だ、本当にな。だがな、こんな夜だったよ。祖母が死んだのは」 私はクサい独り言をこぼし、空を見上げた。コバルトの世界が、私を包んでいた。そういえば祖母の服は青色が多かったな。そんなことを思うと、世界は淡い青に変わっていた。 地平線が見える。天と地の分かれ目。青い山、青い空。しかし、その狭間には、何か決定的に違うものがある。それを人は地平線と呼ぶ。そんな下らない思考をしながら私は山の麓の光を眺めた。あの光一つ一つも誰かの人性の灯火だと思うと、無性に感慨深い。 「さあ、もう夕飯の時間だ。帰ろう」 浩は私を呼びながら自転車に乗り込み、家に向けて自転車のペダルを漕いだ。私は追いかけるように自転車にまたがった。 「待ってくれよ」 「ああ、追いつけたらな」