りりこ

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りりこ

第1章-はじまり-

もう何回同じ軽快な音楽を聞き続けているんだろう。冷えきったベンチから視界に広がるパステルの玩具のお城は、最初こそ胸が踊ったが今となっては目が痛い。太陽が沈み照明がついてからはもっとだ。 こんなはずじゃなかった。 ようやく付き合うことが出来た人生初彼女と夢の国に行ける。そう思って楽しみにしていた割には寒すぎるし、並ぶし、現にこうして今も目的なく寒空の下、左腕に寄り添いしがみつく彼女の相手をしている。 俺も幸せのはずだ。そう思い込みたくとも、目の前をとめどなく歩き去ってゆくカップルのあの幸せそうな姿を見てしまっては、なんとも言えない感情に苛まれた。 「寒いよ」 「私がいれば暖かいはずでしょ」 腕を引くと彼女は再度力を込めて抱きしめてきて、それからはもう逃げ出すことが困難になった。彼女は俺の肩にもたれかかる。 「帰りたくない」 「俺もだよ。···でももう行かないと、皆帰ってるし。」 「帰っちゃったらまた受験勉強の日々だよ?はー··もう無理、疲れた」 「こんなとこで言っても何にも変わらないって」 冷たい風に身が震えてたまらず立ち上がる。彼女の意味のないしぶりにこれ以上付き合い続けるのは限界だ。 夢の国もこれじゃただの極寒の拷問だし、早いうち退散しないと俺のイメージはほんとに極寒ただ一色になってしまう。 「泊まろうよ」 一瞬その言葉に心の何処かしらで気持ちが高ぶる瞬間があったが、すぐに我に返って紳士な笑みを見せる。 「そういうのはなし、でしょ?」 「つまんな」 彼女の手を取ると俺以上に冷たくなってて、単純にそこまでしてここに居たい理由が分からなかった。それかツンデレのどっちかだろう。 立つことを促すとすんなり立って、手を引く方へゆっくりと歩みを進めた。そんな姿を尻目にやっぱり僕は彼女のことが好きなんだと実感する。決して素直じゃない所も、自己中心的な所も引っ括めて可愛いとは言い難いけど···彼女は俺を愛してくれていて、俺にはその愛情が伝わっている。 ···いやいや本当は俺がもっと彼女に対して愛情とか伝えるのが普通なんだよな?! こう見えて半年付き合っているとはいえ初めての彼女に変わりはないわけだし、それでキスの一つも出来ていない。比べてそっちは可愛くて引く手あまただろうし、きっと俺の積極性を求めてるだろうなと感じる。 キス···しちゃってもいいかな。普通のデートより今日は豪華だし?彼女の方も帰りたくないとか良い感じだし? このタイミングしかないよね?! その刹那、素直に引かれていた腕が突然俺の行き先に反して抵抗した。 「あれ乗ろ」 「え···えっ···?」 おちゃらけた調子だった俺とは裏腹に妙に落ち着いた声色だった。未だ夢心地に居た俺の目を覚ますかのように、今度はその細長い指でしっかりと指し示す。 「最後にあれ乗っちゃおうよ」 視線の先を追うと、俺が今日一番長く見続け聞き続けたであろう軽快な音楽にパステルの城がそこにあった。 目に入れるだけでもう眩しいのに、今からそこに入るだなんて有り得ない。そもそもアトラクションは閉園時間が過ぎ既に営業時間外の看板が入口にぽつりと置かれていた。 「何言ってんだよほんと···もう帰ろうってば。やばいよ、誰もいないし」 「誰もいないからこそ、バレないって」 「そういう問題じゃ···」 どうすれば良いか分からなくなって乾いた笑いが込み上げる。キスとかさっきまで現を抜かしていた俺がまるで馬鹿みたいじゃないか。 「お願い!これで最後!ほんとに最後にするから!」 「いやー···」 「私今日のデートほんとに楽しかったの。終わらせたくないの···だから、あともう少しだけ···。」 そんな悲しそうな顔をされては無理やり手を引っ張って連れ帰るなんてことは俺には出来なかった。 閉園時間過ぎても混んでいればまだ中に人は居るかもしれないし、俺が真面目すぎるだけで案外こんなことやってるカップルは居そうだし···そうやって最終的に自分を納得させて彼女に向き直った。 「分かったよ。でもキャストさんに止められたら素直に帰るんだよ、分かったね」 「ありがとっ」 そうしてこれまでの俺だったら絶対に有り得ないことを彼女と共にしてしまった。 立てかけられた看板を無視して横切り中に入ると、室内は予想通り人一人居ずがらんとしていた。 「綾人!見て見て凄いよこの空間!私達しかいないんだよ、こんなことって有り得る?!」 いつもだったらロープの道標に沿って整列している人混みも、俺達は跨ぎ抜けてその快感を実感する。 「はは···こりゃすげーや···」 自分達をはばかる者は誰1人存在せず、世界観は変わらず夢の国のままで、耳につくあの軽快な音楽はいつの間にか俺を高揚させていた。 「ほーら私の言った通りでしょ!何も心配なんて要らないの、ただ時間にちょっと遅れて入っちゃっただけ!そうでしょ?」 「ああっ!凄いよこれ、ほんとに俺たちだけじゃん!」 彼女に導かれて船着場まで行くと豪快にボートに飛び乗る。 自動運転なのか、ボートは人が乗ってようと乗ってなかろうと止まることなくゆっくりと動き続けていて、乗ってしまえばもう一度夢の国へと誘われた。 彼女はボート上を渡り歩き先頭まで進むと両手をいっぱいに広げた。 「信じられない!私達なんかの主人公になった気分だよ!」 乗り場を背にトンネルをくぐり抜けると大量の小さな人形達が俺達を迎え入れた。観覧車に乗る者、宙を一輪車で渡る者、左右上空とも楽しそうな歌声でクルクル回っている。 そんな人形達を指さして、満面な笑みを浮かべる彼女の姿はここにいるどの人形達よりも可愛らしくて無邪気だった。 なんだかんだ寒くて最後の方は無気力だった俺も、ほんとの最後に喜んでもらえることが出来て良かった。ちょっと悪いことをして得られた収穫だけれど···今後きっといい思い出になる。 ボートの真ん中で腰を下ろし彼女の微笑む横顔を見ていると決心がついた。 「玲奈、伝えたいことがあるんだ」 「えー、なにー?」 目が合うと俺は静かに笑みを浮かべて向き合いに座るよう手で諭す。彼女もこのいい雰囲気を瞬時に感じ取っただろう、普段は面倒くさがりでわがままだけどこの時は違った。両手を背後で組み、照れくさそうに俺の正面のボートの椅子に腰掛ける。 「どうしたの?」 その赤らんだ頬にそっと手を添える。外はこんなに寒いのに、君に手を伸ばすとその周りは春の訪れかのように温かく、僅かに脆くも感じた。 「君は俺の新しい夢だ」 「あはっ どっかで聞いたことあるよ、そのセリフ」 「···俺は玲奈の幸せを一番に願ってる。これからもずっと、大切にしていきたい。」 「···うん。」 その唇に視線を落とし頬を引き寄せた。 そんな時だった。 突如として俺らの雰囲気を最高潮まで上昇させていた人形達が一斉に歌うのを辞めた。 「え、なに?!」 せっかくのキスが視覚的でなく聴覚にくる異変のせいで台無しだ。あまりにも突然すぎる静かな環境に、瞬時に彼女は仰け反り辺りを見渡した。 続けて俺もがっかりした感情状態のまま渋々目を開けて周りを見る。 そうして一気に俺の焦燥感は飛んでいった。 「なんだこれ」 第一に出た言葉はそれだった。 いくら楽しそうな顔をした人形であっても、笑顔のまま停止した大量の人形がそこにあれば流石に恐怖を感じる。 不気味に感じたのはそれだけじゃない。停止したのは人形達の歌と動きだけであって、ボートだけは変わらず動き続けていた。 「れ、玲奈ー?こ、このアトラクションってこういう仕様あったっけー?」 ホラー展開を少しでも何かしらのバグであることに希望を込めて無理やり滅茶苦茶なことを言ってみたが、肝心な彼女の反応は恐怖に怯えきっていて効果が全くもってない。 「れ、玲奈っ···」 せめて俺の冗談に笑ってくれるだけで良かった、目の前のこの先の見えない闇があるってことを信じたくない、ただ彼女も見えてるからこそ物凄い形相で俺を掴んで叫んだんだ。 「馬鹿言ってないでどうにかしなさいよ!!あるわけないでしょ!このアトラクションに落ちるのなんか!!」 そしてその時はきた。まるであの海賊のアトラクションみたいに、前方からボートが傾くとそのまま勢いで真っ逆さまにスライダーを滑走した。 落ちながらさっさと飛び降りれば良かったと後悔した、なんならこんな所来なければと考えた。いつにも増してひどく冷静で、そう考えられるほど落ちていく時間が長く感じた。 一生落ち続けていくのではと悟ったスライダーも、やがて巨大な水柱を上げて地面へ降り立った。 あれだけ静まり返っていた場がやけにうるさい。ボートの中に頭を突っ込む勢いで屈んでいた上半身を、やっとの思いで上げてようやく気がついたんだ。 なんだ、ここは。 暗闇の中、最初に現れた景色は闘技場のような、サーカスのような、とにかく人の歓声と熱すぎるスポットが降り立った瞬間の俺達を迎えた。 意味が分からない、現実味を帯びないその瞬間のなか、確かに理解出来たのは、どうやら俺達は非常にまずい裏世界に迷い込んでしまったことだ。 「レディース&ジェントルメン!ようこそ、永遠の愛を賭けたカップルゲームへ!今夜は皆様を甘い国へとお連れ致しましょう。」

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第1章-はじまり-

キャラクター紹介

堀 綾人(ほり あやと) 18歳高校3年生。身長168cm 高校生からの付き合いで、ずっと一途に思いを寄せていた玲奈と付き合い始めて半年になろうとしている。彼女愛が強く、時に彼女のわがままで振り回されることあり 七瀬 玲奈(ななせ れいな) 18歳高校3年生。身長153cm 歴代彼氏で1番付き合いの長い綾人にぞっこん。無邪気で初々しさが残るが、エゴが強い部分も ローランド 本名・年齢不明の男。身長191cm 夢の国の地下深くで秘密裏に行われるカップルの絆を試すゲームでホストを担う 白髪でピエロのフェイスペイントが特徴的な謎の人物

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キャラクター紹介

デスランド-プロローグ-

この世界では、鮮血が飛び交い人間とは到底思えない化け物のような声を上げた時ほど、オーディエンスも共に鳴き、腕高らかに拳を突き上げる。 それが完璧なる理想的な見世物のカタチだ。 「あー!あー!あーーー!」 だが戦時の過去と違い、この現代社会では“人の為に自らが傷つく“ことは大分減った。助かりたいがために他人を蹴落とす。 例えばそれが家族やパートナーだった場合どれだけの偽善者が他人の命を選択するのだろう。本当の答えはその時になってみないと勿論分からない。 ブーイングの嵐の中男はただただ理解不能な大声を上げて座り込んでいた。だらしなく股間から広がる淡性の尿に鼻から滴る血液が波紋を広げて侵入することで、男の存在は視覚的にもオーディエンスを刺激した。 「うるさいねぇ」 白髪にピエロを連想させるフェイスペイントを施した長身の男はそう一息つくと、ぽっかりと空いた床穴に目を落としたまま立ち上がる。 今まさに生に取り憑かれた男が最愛の人を捨てた。突き放すあの瞬間は一瞬だった。床穴の底で天井を凝視し、唖然した表情を浮かべたまま意識を手放した女は見るに堪えない姿で変わり果てている。 「こんなつもりじゃなかった!彼女がやろうってうるさかったから付き合っただけだろ、永遠の愛ってのはどうなったんだよ···ほんとに死んでるわけないんだよなぁ?!」 ブーイングのうえに相方が脱落してしまっては、こんな出来損ないなショー続ける意味もない。白髪の男は掌を軽くあしらうように翻すと、スーツ姿の男達は抵抗する男の脇を抱えて有無を言わさず裏へ引きずり込んで行った。 「待て、待ってくれ!まだ何も終わってない!やり直させてくれー!」 「ふむ、このところ盛り上がりに欠けるショーがずっと続いているね。まぁ所詮、参加者はこんな時間まで船に乗った悪い子ちゃん達だから特に同情の余地もないけど。」 床穴はゆっくり閉じ始め、未だ横になり動かぬ女に別れを告げると軽やかな足取りで舞台中央へ歩き出した。 スポットライトは何重にも重なって彼の動きを追いかける。帽子を深く被りステップを披露すればオーディエンス達は元の活気を取り戻す。そんな会場を色とりどりのライトがぐるりと照らし、決めポーズと共に全ての線が彼に集中した。 「なんだっていいのさ、そうでしょ?最高なショーならさ」 その刹那、地上から豪快な水しぶきを上げて一艘の船が地下へと下り降りてきた。 おそらく船の中に人が2人ほど乗っている。甲高い女の悲鳴と想定外の展開に焦りを隠せていない男の声だ。 「来たね」 今夜こそ誰も知らない夢の国の世界で、完璧で素晴らしいショーを完成させよう。 今宵はいい日になる。 「レディース&ジェントルメン!ようこそ、永遠の愛を賭けたカップルゲームへ!今夜は皆様を甘い国へとお連れ致しましょう。」 「貴方はどこまで愛する人に自身の身を捧げられますか?」

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デスランド-プロローグ-