ところてん侍
2 件の小説誰が為に生き、誰が為に支えるのか
目の前が真っ暗になる。それは比喩なんかじゃない。人は本当にショックを受けたとき、呼吸がしずらくなる。その現象を用語でいえば過換気症候群という。俺は土にまみれた地面に膝をついて崩れ落ちた。立っていられないほどのショック。いや、これをショックで例えていいのだろうか。 目の前を黒煙が舞い、赤々と燃える炎がちらちらと見える。 視線を落とすと、大勢の倒れた....人。 俺は、叫んだ。行き場のない悲しみと怒りを込めて。 「.....ああああああぁぁぁぁーー.....!!!」 どれだけ必死に叫んでも、めらめらと燃え上がる炎にかき消されたしまっていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・・・・・・・・・・。 何かやわらかいものの上にいることを知覚し、目を開ける。 どうやら僕はベッドの上にいるようだ。眠いまなこをこすりながら、手をついて起き上がろうとしてみる。 しかし、体がだるくて起き上がらない。僕はついた手を放し再びベッドへ倒れこんだ。 やっと意識がはっきりしてきてようやくわかった。どうやらここは病院のようだ。白い天井に白いカーテン。窓は締まりきっているが太陽の陽が差しこんできており、非常に開放感がある。 右手を見てみれば、腕からチューブが伸びており、どうやら僕は点滴を付けているらしい。 ・・・なぜこうなっているのか、それを思い返してみる。 まず、僕の名前は國元竜一(くにもとりゅういち)。それは確かだ。どうやら記憶喪失というわけではないらしい。 住んでいる住所、電話番号に家族構成、すべて覚えている。 最後に覚えている記憶は確か・・・そうだ。 僕の通っている専門高校に用事があって、電車に乗っていたんだった。そこでからの記憶があいまいで、何があったのかはわからない。しかし、病院にいるということは、何か事故か、事件かあったのだろうか。 「.....起きたか」 急に聞こえてきた声に肩を震わせる。 視線を向けてみれば、そこには白衣を着た男性がいた。 扉をぴしゃりと閉めて、僕のほうへ歩いてくる。 しかしどこかぎこちなく、近づいてくるのを躊躇しているかのようだった。 「,,,脈も安定している。君は無事なようだ。」 男性は表示されているモニターを見て、そういった。 「あ、あの。なにがあったんですか・・・?」 僕はそう尋ねる。起きてから初めて発声したせいだろうか。自分の声は妙に違って聞こえた。 「その前に、まず名前は?自分のことは言えるか?」 医者と思われる男性はそう尋ね返してくる。 その顔はやはりどこかぎこちなく感じた。 「あ、僕は國元竜一、17歳です。」 「.......よし、意識ははっきりしているようだ。 君は...電車の脱線事故の生き残りだ。」 そういってスマホを見せられる。そこにはニュース記事があり、トピックとともに、信じられない光景が広がっていた。 脱線し寝転がっている車両と、その周りはごうごうと燃えている。黒煙が上がっており、写真ではわかりづらいがかなり凄惨な状態だと分かった。 「これが、僕の乗っていた・・・・」 「あぁ、そうだ。そして君はこの事故の、唯一の生き残りだ。事件現場では何人か息をしている者もいたが、ここに運び込まれるまでで全員息を引き取った。 きみだけは、運よく五体満足だったんだ。しかし、やけどをしていたからなんとか処置をして、今に至るわけだ。 ..........生きていてよかったな」 医者は医者が言いそうもない口調でそう言った。 「・・・あの、起きて早々なんですが、母に電話してもいいですか?多分、心配していると思うので」 「..................」 医者は黙りこくった。 少ししたのちに、ばつの悪そうな顔をして言った。 「実は、この病院は電話もなければスマホも圏外でつながらないんだ。俺のほうから連絡しておくから、君はまだ安静にしていなさい」 そう、僕でもわかる嘘をついた。 しかし、そういった訳でもあるのだろう。今はとにかくゆっくりと休息をとることに専念することにした。 一度眠って目を開けると、すでに夜になっていた。 そして、横へ目をやると、医者が座っていた。 「・・・どうされたんですか?」 僕は眠気まなこで尋ねた。 「....起きたのか。」 医者は静かにそういって僕の頭を撫でた。 17にもなって撫でられるのは少し恥ずかしかったが、不思議と嫌ではなかった。 「....ただ、お前の顔を見ていただけだ」 「どうしてですか?」 「.....少し、いいか?」 医者はそう言って僕のベッドに腰かけた。 「もしもの話だ。 君は今、2本のロープを持っている。 そしてその先の1つには自分の大切な人が、もう片方には全くしらない他人がいる。 そして、下には崖があり、ロープを君が放してしまえば死んでしまうだろう。しかし、どちらかを手放さなければ重さに耐えかねて君が落ちてしまう。 ......竜一君。君ならどちらを手放す?」 医者は俺を見つめてそう言った。 「・・・・どちらかが死ななければならない、というのであれば僕はロープをどちらも引き上げます。 そして、僕が落ちます。他人の人も僕の母も、どちらも大事な命ですから」 僕の回答に医者は驚いた顔を見せた。 「.....君が死ぬという選択肢は作っていなかったんだがな。 だが、それが答えならば、君は心優しい人なのだろうな」 そう言った後にしばらく沈黙した後、医者がまた口を開いた。 「君が思いついた自分の大切な人というのは、母なんだな。」 「はい。父はとはもう別居してて、事実上離婚しているんです。妹もいたんですけど、不慮の事故でなくなってしまって・・・。 もう過ぎた話なんですけど。だからそんな自分を育ててくれた母が、何よりも大事なんです。」 そういうと、医者は目をそらした。 「......そうか。」 「お医者さんは、どうなんですか? どちらのロープを手放すんですか?」 僕は同じ質問を聞き返した。 「俺は.....大切な人を助ける。ようするに他人を手放す。 なにより俺は....もう手放したくはないんだ。 絶対に助けられる命がそこにあるならば、俺は大切な人を助ける。」 「・・・・一度、何か手放してしまったんですか? ・・・・あ、す、すみません。聞きすぎました。」 「...いや、いい。 俺も変な質問して悪かったな。...じゃあおやすみ」 そういって医者は部屋を出て行った。 僕もおとなしくまた眠ることにした。 ざわざわと何かが聞こえてくる。その音で僕は目を覚ました。 周りを見渡してみると、ラジオがぽつんと枕元に置かれていた。そして用の時と同じ場所に医者が座っている。 僕が起きたのを確認すると、医者はラジオを止めた。 「・・・何を聞いていたんですか?」 「昨日の事故だ。何か新しい情報が回っていないかと聞いていたんだ」 「そうなんですね。・・・で、なんの用なんですか?」 「用がないと来てはいけないのか?俺は君の主治医だ。様態の確認と意識があるかの確認だ」 そういうと医者は少し黙り、考え込んだような仕草を見せたのちにまた話し始めた。 「一つまた、質問してもいいか?」 「またですか?」 「あぁ、まただ。しんどいのならば冗談と思って聞き流してくれ。 ...もし、自分が生きているのは他人の死があるからこそだと知ったら、どうする?」 「どういうことですか?」 僕は思わず聞き返した。 「いや、わかりやすく言い換える。 ...もし自分が死ねば、もう一人は生き返る。逆にそのもう一方が死ねば自分が生き返る。その選択権は君が持っているとする。 君は.....もう一方を殺して生きながらえるか?」 「・・・その質問に、なにか意味があるんですか?」 そう問いかける。しかし、その質問に返答が返ってはこなかった。 思えば最初から違和感があった。目が覚めた初日、ベッドについた腕がまるで自分のものではないように感じたり、自分が発する声も、自分のものではないように感じた。 この違和感と、何か関係があるのだろうか。 僕が考え込んでいるのを見かねて、医者はラジオをつけた。 ・・・いや、ラジオではなく、大きめの録音機なのだろうか。起き抜けで見たときはラジオかと思ったが、ボタンが2つしかついておらず、録音と再生の2つのボタンのみがあった。 「もう、いいだろう、どっちみち選択権は竜一、お前に託すつもりだった。」 そういって再生ボタンを押した。ぶつぶつと途切れて音声が聞こえ、次第にはっきりと音が聞こえ始めた。どうやらニュースのようだ。 「昨日発生した大型8両編成の電車脱線事故について、新たな情報です。 この事故は昨日起こり、車両が大きく脱線する極めて深刻な事態となりました。これまでに68人の死亡が確認されており、さらに重症で病院へ搬送された14人についても、その後死亡が確認されています。 警察と関係機関は、事故原因の特定に向けて現在も捜査を続けていますが、現時点では詳しい原因は明らかになっていません。 そして、この事故にはもう一つ大きな疑問点があります。乗客のうち1人の行方が依然として分かっていないということです。行方不明となっているのは木村肇さん。捜索活動は現在も続けられており、関係者は一刻も早い発見を願っています。」 ニュースは続けて行方不明者についての説明が行われ始めた。 年齢や身長体重。顔写真の詳細などが事細かに知らされていた。 「・・・・この行方不明の人、僕と同じ年齢で、身長体重も似てる」 僕は医者のほうを見る。 医者はこちらを向いてうなずいた。 「...あぁ、すべて話す。 結論から言えば、お前は木村肇だ。...肉体はな。 だが、精神は國元竜一だ。俺がそうなるようにした。 ...あの脱線事故に、お前が乗っていたと聞いて、俺は血の気が引く思いがした。そんなわけない。お前が......竜一が死ぬなんてことはない。 そう思っていた。....だが、現実は違った。 俺が医者としてレスキュー隊とともに現場にはいったころには、すでに大半の人間の息はなかった。 その中に.....お前がいた。冷たくなって、顔と腹部には赤黒くやけどの跡。 頭はおそらく岩に打って血を流していた。足は車両に巻き込まれて吹き飛んでいた。...みただけで死んでいる、と分かった。」 医者は震え始めた。 「.....だが、お前まで死んでしまったら、誰があいつを支えてやれるんだ。 そう思った。....だから俺は禁忌を犯したんだ。 背格好がお前と似ている人物.....木村肇を見つけた。 彼はまだ息があり、この病院、いや、この施設に連れてきて治療を独断で行った。 様態が安定してきたころに、お前の精神をこいつに宿した。 話せば難しくなるが、木村肇の意識を、國元竜一の意識だと認知させたんだ。 マインドコントロール、といえば粗末に聞こえるが、それに似た類だと思ってもらっていい。」 医者はそう言った。にわかには信じがたいが、実際今確かに起こっている。 信じるしかないようだ。 「じゃあ・・・本当の僕は死んでいて、今話している僕は、竜一だと思っているだけの木村肇ということですか?」 「.....そういうことだ。だが、俺が知る限りの竜一の記憶を認知させた。 感情としては、ほとんど完全に、お前は竜一となっている。」 「・・・・・何者なんですか?あなたは・・・」 僕は震える声でそういった。僕は、今知覚している僕は、竜一なんだ。 息が荒くなる。はぁ、はぁと途切れ途切れ息を吐いている。その様子を見て、医者は僕の肩に手を置いた。 ・・・暖かい手。どこか覚えのあるような、優しい手だ。 「ゆっくりと呼吸しろ。深呼吸するように....」 そういって同じテンポで肩を叩いた、。僕はそれに合わせて息を吸ってはいた。 「......落ち着いたか。すまない。話すのが早かったのかもしれない。もう少し、竜一の記憶が定着してからのほうが良かったかもしれない。」 医者は僕の肩から手を放して再び定位置についた。 「・・・いえ、僕は大丈夫です。 ・・・話は分かりました。じゃあ、僕がいる限り、木村さんは事実上死んでいるのですね?」 僕の問いに、医者は静かにうなずいた。 「・・・・・僕は、他人の命を助けます」 「.....なんだって?」 医者は静かに、とてっも悲しそうな顔をしてこちらを向いた。 「さっきの問いの答えです。 もし自分が死ねば、もう一人は生き返る。逆にそのもう一方が死ねば自分が生き返る・・・ 僕はそうなった場合、自分が死んで、他人を助けます。 実際、この体と感情は本来木村さんのものなので、お返しする、といったほうが正しいかもしれません。 ・・・・言ってましたよね?選択権は僕に託すと。 あなたはいつか、この話をするつもりだった。それで、僕に選ばせるつもりだった。 体を返すか・・・このまま生きるか。」 医者はゆっくりとうなづく。 「であれば、僕は木村さんに返します。」 「だが、ならだれがあいつを支えてやれるんだ!娘を亡くし、息子までいなくなったあいつを、誰が支えてやれるんだっ.....。 .....お前にも、もっと生きていてほしいんだ.....。 俺は、お前たちに何もしてやれなかった....仕事に忙殺されて家にもあまり帰らない。 遊びに行ったことも数えるくらいだ。....俺が後できることは、これくらいしか.....」 医者はその場に膝から崩れ落ちた。 「・・・やっぱり、お父さん・・・なんだよね? 初めからわかってたよ。お父さんは医者をしていたし、しゃべり方も、覚えている昔のお父さんとそっくりだった。・・・・・・・」 僕は息が詰まった。別に死ぬことが怖いからじゃない。 ましてや考えが変わったわけでもない。 ただ、久しぶりのお父さんの前で、なんと声をかければいいかわからなくなったからだ。 「・・・確かに、お母さんが心配なのはわかるよ。 ・・・・だから僕がいなくなったら、お父さんが支えてあげてほしい。 昔みたいに話したり、家事を手伝ってあげたり・・・・ 僕がしてあげてたように、お父さんがしてあげてほしい。」 そういうと、お父さんは立ち上がって僕の顔を見た。その顔は今にも泣きそうだったが、 どこか決意めいたものを感じた。 「.......お前がそう決めたなら、俺は何も言わない。 .....目をつむれ。次に起きた時には、お前は....木村肇に戻っている。何不自由なく社会に復帰するだろう。」 父はそう言いながらも、声の奥がわずかに震えていた。 先ほどのようなぶっきらぼうな口調を保とうとしているのに、うまく保てていないのが分かる。僕は小さくうなずき、ゆっくりと目を閉じた。 ・・・まぶたの裏が暗くなる。 その暗闇の向こうへ行けば、もう僕は僕ではなくなる。 怖くない、と言えば嘘になる。 けれどそれ以上に、胸の奥を締めつけていたのは、ようやく会えたお父さんとまた別れるのだという実感だった。あとは、母をおいて去ってしまうことの・・・・後悔。 ふいに、額へ何かが落ちた。 それは妙に温かく、それが父の涙だということがすぐに分かった。 目を開けることはしなかった。 開けてしまえば、お父さんが泣いていることに感化され、迷ってしまうと思ったからだ。 「・・・お母さんは、一緒にご飯を作るのが好きなんだ。 あと、ホラー映画を部屋を暗くしてみるのも好きなんだよ」 なるべくいつも通りの声で言おうとしたが、うまくいかなかった。 喉に言葉がつかえて、言葉が細く震えた。 しばらく返事はなかった。 衣擦れの音だけが部屋に響いた。 「.......あぁ」 かすれた声が聞こえてくる。 「あと、誕生日にはチョコのホールケーキを買って、2人で祝ってね。 お母さんの誕生日、覚えてる?」 今度の沈黙は長かった。 その沈黙の中に、父が失ってきた時間が詰まっている気がした。 「……あぁ。もちろんだ」 僕は少しだけ笑った。 よかった。 まだ間に合うかもしれない、と思えた。 指先から感覚が薄れていく。 意識がゆっくりとほどけていく。 「……最後に……お父さん」 呼ぶだけで胸が熱くなった。 ずっと言えなかった呼び名だった。 「……久しぶりに会えて……よかった……よ……」 言い終えるころには、自分の声さえ遠くなっていた。 誰かの手が、そっと僕の頭を撫でる。 幼いころ、熱を出して寝込んだ夜にも、同じように撫でられた気がした。 そのぬくもりを最後に感じながら、僕は静かに意識を手放した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「ーーーー続いてのニュースです」 街頭に置かれた巨大モニターからニュースが流れている。 俺はそのニュースを聞きながら町を歩いていた。 「3日前から行方不明となっていた木村肇さんが、本日発見されました。警察によりますと、とある森から出てきたところを地元住民が発見し、通報したということです。 木村肇さんは、「なぜこの場所にいたのかわからない」と話しているとのことです。一方で意識ははっきりしており、現在は病院で健康状態の確認を受けながら、警察が事情を聴いています。 また、木村肇さんは過去の脱線事故の生存者でもあることから、警察は当時の状況との関連についても確認を進めているということです。」 ニュースを聞く限り、木村肇はしっかりと保護されたようだ。 .....この世から竜一は完全にいなくなった。いろいろな人が集まって葬儀をし、火葬した後は親族である母親のもとへ帰った。 俺も参列したが、あいつと、竜一の母多喜子に会うのははばかられた。 誰かが止めたわけじゃない。ただ.....まだ俺が会うには気持ちが追い付いていないのだ。 いつかは、会いに行けるのだろうか。支えてやれるだろうか。 竜一の遺言が頭に響く。 「僕がいなくなったら、お父さんが支えてあげてほしい。」 その遺言を果たせる日は、いつか来るだろう。 俺が多喜子との時間を取り戻すには、時間がかかるだろう。 それでも.......いつかは......... ........いつかは、あの頃のように.......
僕たちを見降ろす月の下で
「ねぇじゃんけんしようよ」 翡翠先輩はにこっと笑いそう言う。 放課後の教室で2人。なぜじゃんけんなどしなければならないのだ。そう思った。 だが、先輩がそういった突拍子もない行動をする人だということは、この2年間で嫌というほど知っている。とくに断る理由もないのですることにした。僕が手を出すと、先輩も手を出した。 「...一応聞きますけど、これなんかの奢りじゃんけんとかないですよね。僕今金ないんですけど...」 「うーん、別になにも考えてないなぁ」 先輩はわざとらしく顎に手を当てた。どうせなにも考えてないのだろう、と思った。 しかし、そういうわざとらしい動作をするところも、かわいらしくて、なんというか好きだ。 この高校に入るまで、僕は恋心なんて持ったことはなかった。誰もかれもに裏があり、いつでも他人のことを裏切れる。友達であっても、恋人であっても、いつかは人は裏切る。 それでも人は生きていかなければならず、そんな裏切りに満ちた世界で生きることが人間に生まれたことの宿命なのだと感じていた。 ...しかし、先輩に会ってからはその考えは一変した。少しのことで一喜一憂する先輩。 動作の動きもなんだかわざとらしいほど大きく、感情表現もとても豊かだ。 人はそういう先輩を、「大げさな奴」だとか、「かわいこぶっている」というのだろう。 しかし僕からしてみればそんな先輩が、裏表のない、実直な人に思えたのだ。 今になれば、こんなに先輩と仲良くなれたのは奇跡だといってもいい。 先輩が入っていた部活に偶然入り、偶然帰り道が同じで、偶然話が合って、 ここ2年一緒に帰り道を歩いていたからだ。 今日もその部活帰りで、皆が帰った後の教室でだべっていた。 「あ、じゃあこうしよう」 そういって先輩はポンと左手に拳を作り右手を叩いた。 開いた窓から夏風が吹き込んで先輩の長い髪をなでる。 赤く燃えるような夕日が髪にあたりきらきらと輝いて見えた。 「じゃあじゃんけんで負けたほうが死ぬ、なんてどう?」 そういって首をかしげて僕の顔を覗き込む。 「負けたら死ぬ、ですか。...重すぎません?」 僕は先輩の顔からを目を背けていった。もちろん、先輩は冗談を言ったのだろう。 ただ、覗き込まれた先輩の顔が夕日に照らされて、いつもよりきれいに見えた。 だから、恥ずかしくて見ていられず、少し目を背けたのだ。 「じゃ、じゃあさっさとやりましょう」 僕はごまかすように急かしてそういい、また手を出す。 最初はグー。じゃんけんぽん。よく聞くフレーズを先輩が言い、それに合わせて僕はパーを出した。 ...少しの沈黙が続いた。僕は無言に耐えられず背けていた目線を先輩に向けなおした。 先輩はをグーを出していた。 そして、グーを出したまま静止していた。 「僕の勝ちですね。...先輩?」 僕は静止する先輩に疑問を持って顔を近づける。 そうすると、先輩ははっとしたかのように顔を驚かせた。 「ぐ、ぐわぁ~。やられたぁ~」 先輩はわざとらしく首を押さえて倒れる演技をした。 「...っぷ、ははは。先輩ほどの大根役者はそうそういないですね」 僕は吹き出して笑った。面白かった、というより、かわいらしいその演技に笑ってしまったのだ。どうやら僕はそうとう先輩に惚れ込んでいるらしい。 「えー、そんなことないよぉ。私、演技派だから」 「先輩がですか?演技派だなんて思ったことないですけど」 「えぇ、嘘ぉ.... 」 そういってお互いに笑いあった。そのあともいくつか世間話をしたのちに帰路へと向かった。 帰路につく頃には日は落ちかけていて、先ほどより一層赤く僕らを照らしていた。反対の空はうす暗くなってきていて、頭上にはうっすらと月が見え始めている。 ほどなくして学校、僕の家、先輩の家に分かれるY字路が見えてきた。 「...ねぇ」 別れの挨拶をしようとしたとき先輩が遮る。 「どうしました?」僕は不思議がって訪ねた。いつも大げさな先輩が、こう言い淀んでいると少し心配になる。 「...いや、やっぱりなんでもない!大丈夫。...じゃあばいばい!」 そういって足早に去って行ってしまった。 普段ならば、ついてきて欲しいとか、寄り道しようとか言って駄々をこねてくるのだが、どうにもおかしいと感じた。夕日は赤々と燃え、それに照らされた先輩の表情も暗々としたものに見えた。 しかし、そういう日もあるだろう。先輩ももちろん人間だ。悩みの1つや2つあるものだ。 僕は半ば言い聞かせるようにそう考え、帰り道を歩くことにした。 家に帰ると、すでに夕日は落ちきっていて薄く見えていた月がはっきりと見えていた。 「...今日は満月ねぇ」 夜ご飯の準備をしていた母が手を止めて窓を眺めていた。 「そんな珍しいことでもないだろ」 僕は制服のボタンを外しながら母の背中に語り掛けた。 「あら、おかえり」 「ただいま。今日も長い長い部活のせいでこんな時間になっちゃったよ」 そういってため息をついて見せた。 水筒に残った水を飲み干して台所へ置く。母はその様子を見ながらにやにやとしていた。 「...なんだよ」 「えぇ?ため息をついている割には楽しそうな顔してるじゃない。 それに、前まではもっと早く帰ってきてたわよね? もしかして、誰かさんと遅くまで残って話でもしてたんじゃないの?」 そうからかうように言ってくる。 僕は図星をつかれて少ししかめっ面になった。しかし、そう悟られてはいけないと思い顔をふせる。僕が先輩と、ましてや好きな人と放課後話しているなんて知られたくはない。 「そんなことないよ」 そういう濁した言い方をしたが、母はにやにやした顔を崩さない。こういったところの勘はさすが40代といったところか。 「ご、ご飯はまだ?」 さらに話を変えて気をそらした。実際に腹は減っていたので好都合だ。 「もうできてるわよ。机、準備して」 母はそう言って台所へと戻った。 卓につくと、母はテレビをつけた。 うちの家庭ではいつも食事時にテレビをつけている。母がいうには、テレビをみてゆっくりできる時間が食事時しかないからだという。しかし専業主婦なのだから時間はいくらでもあるだろう、といつも思う。 しかも決まってこの時間流すのはニュース番組なのだ。まったく楽しくない。 「...最近若者の自殺が多いわねぇ」 母はテレビを見ながらそうこぼした。 「...なんで自殺なんてするんだろうな。まだ人生始まったばかりなのに。結局のところそういう奴らは目先の絶望だけを見て、先走って死ぬバカばかりだと思うよ」 僕は味噌汁を飲み干した後に息をつかずそういった。 「そんな簡単な話じゃないと思うわよ。 多かれ少なかれ人には限界があるもの。その限界を超えてしまう瞬間はわからない。その限界を超えてしまったとき、死ねる理由がそろってしまっていたら、案外自殺をえらんでしまうものなのかもねぇ」 「だとしても、目先の不幸ばかりに目を向けていたら駄目だと僕は思うよ。その先に、幸せなことが待っているかもしれないのに」 「そうかもねぇ。でも、人によって持っている悩みは人それぞれだよ。周りからしたらどうでもいいことが、実は本人にとっては大きなことかもしれない。 そういう人の心が分かるようになったら、あんたも一人前だね」 そういって母は食べ終わった皿を積み上げ始めた。 その様子を見て、僕も黙々とご飯を食べ始めた。 夜10時。僕は部屋を暗くしてベッドの中にはいって考え事をしていた。 母が言っていたことだ。 「「死ねる理由がそろってしまっていたら、案外自殺をえらんでしまうものなのかもねぇ」」 死ねる理由...そんなものは存在しない。いや、あってはならないとさえ思う。僕たち人間は死ぬために生きているのではなく、生きるために生きているのだ。...当たり前のことだが。 僕は右手を布団から出して手をパーにした。月明かりによって青白く照らされている。 ...もし。もしも死ぬ理由というものがあったとして、それがどんなに小さなものであっても理由になってしまうものだとして.... あのじゃんけんは死ぬ理由になってしまったのだろうか? ...余計なお世話かもしれないし、勘違いだったら僕は恥ずかしいやつだ。 だが、少なくとも今日の先輩は元気がないように思えた。いつものにへらと笑う顔も、どこか崩れてしまいそうな...そう予感させる顔だった。 あの時、なんで先輩はあんなじゃんけんをしたんだ。 あの時の別れ際、なぜ先輩の表情は暗かったんだ。 あの時、僕に何を言おうとして、やめたんだ。 僕はパーにした手が震えているのを感じる。 予想の範疇を超えないが、一つの答えを思い浮かばずにはいられない。 先輩は...自殺なんて考えていないよな...? ---------------------------------------------------------------------- 私は、生きるのが下手だ。 いつもいつも、知らないところで他人を傷つけている。それに気づいたのはつい1年前のことだ。いつも通りに友達と話していた時に、突然とその友達に怒鳴られた。いつも飄々としていて、へらへらと笑っているのが不愉快だ、と。 確かに自覚はある。まじめな話をしていても、悩みの相談を聞いていてもどこか楽観的に考えていた。しかし、私はふざけているわけでもなく、馬鹿にしていたわけでもない。ただ私は暗い雰囲気が苦手で、反射的にそういう態度をとってしまうのだ。 それがその友達が言うには鼻について仕方なかったらしい。それ以来、話すことはなくなった。 そのころから、私は自分が知らず知らずのうちに人を傷つけていたのだと知った。 思い返せば小学生のころもへらへらしていて気持ちが悪いと言われたことがあった。 それだけじゃない。親に怒られた時にも、それが理由でさらに怒られたこともあった。 さかのぼればさかのぼるほど、自分が振りまいてきたことを思い知らされる。 夜の11時。私はベッドに寝転がって今日の学校のことを思い返していた。 今日、後輩君になんであんなジャンケンしたんだろう。もちろん、死ぬなんてのは冗談だ。 だが実際に後輩君に負けた時、固まってしまった。おそらく自分の中で内心死ぬという 選択肢があったのだろう。だからこそ死ぬことに、より現実味を帯びて考えてしまったのだ。 ...だけど、本当にそれだけが理由? 今日の帰り道、私は後輩君に何を言おうとしたんだろう。 何かが言いたかった。それは確かだ。しかし喉の奥でつっかえてしまって言葉が出てこなかった。何を言いたかったんだ、私は..... 少しの間ぼーっとしていると、コツン、と窓が何かに叩かれた。自分の部屋は2階なので、誰かが石を投げてきたのだろうか。 時計を見てみれば、11時半を指している。こんな時間にいたずら?と思ったが、それ以上なにかしてくる様子はなかった。 10分ほど経っただろうか。またもや窓辺からコツン、と音が聞こえた。私は外からは見えないよう窓をちらりと覗き込む。 そこには、はぁはぁと息を切らした後輩君がいた。 私はとっさに窓を開ける。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「え、えぇ後輩君?!ど、どうしたのこんな時間に!」 先輩は口に手を当てて驚いている。その様子はおおげさなようにも見えるが、実際かなり驚いているのだろう。 僕は息を整えるために一度視線をおとした。それと同時に安堵で目元が滲んだ。 よかった、死んでない。僕の見当違いでよかったと、そう思った。 「せ、先輩。よかったです」 僕はそう言いながら先輩へ視線を向ける。 夕方ぶりの先輩の顔は....どこかさみしげだった。 夕暮れの時とは違って.....泣いていたのだろうか。 「.......先輩」 僕は先輩の目を見て話し始める。 「先輩って、生きるのがつらいって思ったことありますか?」 「え?どうしたの急に」 「僕はあります。僕は人のことがとても嫌いなんです。 人間はいつも裏があって、それを隠して生きている。人間はなんて醜いんだ、と思ってました。 .....そう思うことしかできない自分が、とても嫌いだったんです。 自分のそういう考え方が自分を苦しめているってことを知ってました。だからこそ つらかったんです」 先輩は黙ったままだ。僕はあふれ出す思いをぶつける。 月はギラギラと輝いていて、僕たちを静かに照らす。 「本当に、本当につらかったんです。 ....でも、あなたに会って、僕は救われたんです。 先輩の隠さない性格、大きなしぐさも全て、僕の考えを破壊してくれたんです。 それ以来、人を好きになることができるようになりました。」 息継ぎをしてまた話す。 「人は、先輩のことをおおげさなやつだと言います。 かわいこぶっている、なんていう人もいます。 でもそいつらは何もわかってない。先輩の、そういうところが良さなんだって!」 先輩はそれを聞いて少し視線をそらした。意図は分からないが、今になって引き返すこともできない。 「正直、ぶん殴ってやりたいって思いましたよ!その噂を聞いたときは! ......すみません。話がずれました。要するに僕が言いたいのは.... 先輩は、先輩のままに生きてほしいんです」 「......え?」 先輩は視線を僕へと戻した。 今にも泣きそうな顔をして。 「先輩は先輩なんですよ。それ以外のなんでもない。 自分を偽っちゃだめなんです。それは、死ぬことと同じだと思います。 それでも先輩が、自分を肯定できないなら......僕が肯定します。 僕が、先輩が先輩でいられるように支えます! 人間は死ぬために生まれたんじゃない!生きるために、自分らしく生きるために生きるんです!」 僕は時間なんて気にせず大声でそういった。 そういったところで、急に立ち眩みがして座り込んでしまった。 そんな僕を見ていた先輩は心配そうに眺めた後、吹き出して笑った。 「あっははは、倒れるほど必死なんだ」 先輩は涙ぐんだ目元を隠しながら笑った。 「....私もね、いきるのがつらいって思ったこと、あるよ。 でも、つらいって気持ちをいつもなくしてくれてたのは、後輩君だった。 いつも一緒に帰ったり、話したり、君といるときは何も気を使わなくていい。 .....君といるときは、自分らしくいれた。 もうすでに、支えられてたよ。」 先輩は目元を隠すのをやめてこちらを見る。目元は涙の跡さえあるものの、もう泣いてはなかった。 月明かりが先輩と僕を照らす。その光は、青白く、しかし優しく照らしていた。