タフィー_1006
2 件の小説筆先に咲く
桜の木漏れ日に煌めく艶やかな髪が、肩まで優美に流れ落ち、まるで絹のように輝いている。黒を基調とした袴には桜色の花弁模様が施されて、その品格が際立っていた。満開の桜木の下で静かに腰を下ろす姿は、もはや一幅の絵画。僕は息を呑みながら、言葉をかけた。 「好きだ…!」 とても美しかったんだ。口が裂けようが自身の妻子に言えたもんじゃない。筆を握ってキャンバスに収めきる前に、僕の視界が絢爛な色彩に描かれた。 「知ってる。」 彼は見透かすように顔を陽に向けて笑みを浮かべた。その鋭利な横顔も、なんと妖艶なことか。僕はどうにかなりそうだ。 「どうだい?数年ぶりに筆を持つ気分は。」 「悔しいくらいに、晴れやかでいいよ。」 微笑むと、桜の花びらが舞う風に髪が揺れた。 「実睦、君は昔から変わらないな。筆を握ると、目の前のものしか見えなくなる。集中している君は、いつもどこか儚げで、なんだか目が離せなくなるよ。」 昔、何度も彼にそう言われたことがある。だが僕が見入ってしまうのは大抵 「…壱楼君を描いている時だけさ。」 彼は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに柔らかい微笑みに変わった。桜の花びらが彼の肩に落ち、それを軽く払う仕草がなんとも自然で、彼らしかった。 「それは光栄だ。気が済むまで見てくれ。」 彼は冗談っぽく笑った。そして僕はその言葉に頷いた。 歳月が流れても、僕たちの関係は不思議と変わらない。言葉にしなくても、互いに感じ取れる何かがある。恋愛とも違う、もっと深いところで繋がっている情。 それが、今の僕たちの間には確かにあった。
甘酒ゼリー
私の目は軈て涙に霞む。 杯を手にとり酒の匂いが雨の湿気を伝って鼻に触れると、それは陶酔を施すような甘美な香りで、妻の輪郭が徐々に溶けてゆく。 私の口角はあがる。目じりにシワがつく。 鎖が片足ずつ外れ、空を舞う自由な鳥になると脳は言う。 しかしまたもや私は堕ちた。 それは、私をあちらの世界へと運んではくれないのだ。心の盃はひび割れて、幸福が漏れていく。そして再び悲しみに打ちひしがれた。 私の足は軈て泥中に竦む。 ゼラチンを匙で掬い取って口に運ばせると、それは脳を刺激するような酸味が続いて、唾液にジワリと溶けてゆく。 目が覚める。心臓が鳴く。 五臓が魂を置いて、私が居るべき彼女の住処へと向かっている。 しかしまたもや私は沈んだ。 それは、私の記憶と感情とやらを拾ってはくれないのだ。心の虚無感は蔓延って、不幸が充満する。そして再び絶望に浸れた。 不公平だ。死は私を避ける。彼に好かれなかったが故に生かされているのだ。終わりの幕よ、下りよ。 私をどうか彼女の元へ。 連れて行ってくれ