逢坂晴月

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逢坂晴月

儚くて切なくて不穏な話が好きです。 誰かに届きますように。

ただ、あなたを想う。

──砂時計に映る『それ』は小さな祈りであり、願いだ。 「……伝え、なきゃ」 空を見下ろし吐露した。在るのは、満点の星たちのみ。他には無い。さらさらと砂が落ちてゆく。その様を見ながら、身体を宙へと擲った。砂がすべて落ちきる前に。逢いたいと。砂がおちる、その前に。会いたいとただ希う。希って。落ちた先は、右を見ても左を見ても、真っ白な霧の中に居るようで。冷たい汗が滴った気がする。誰もいない。その事に心底安心してしまう。誰か居れば、きっと身体を擲った事が意味を為さなくなってしまうから。都合がよかったと思う事にした。 「……確か、この辺りに──」 コツン、と靴音を響かせながら歩いてゆく。きっとこの辺りに〝居る〟と確信があった。そうして見つけたのである。蒼く光る球体──ビー玉と青年を。青年は静かに瞳を閉じているようだった。ぎゅっと拳を握りしめ、青年の頬に触れる。──温かい。生きて、いる。『生』を少女は噛みしめながら。青年の頬から手を離すと呟いた。 「……ごめんね。遅くなって」 少女の言葉に青年の瞳が緩やかに開かれてゆく。その瞬間、少女の手にしていたビー玉が青白い光を放った。咄嗟の事に驚きを隠せない少女。加えて青年の姿が湾曲してゆく。──嫌だ。いや、だ……!少女は必死になって手を青年の方へと伸ばす。青年は凪いだ視線を携えながら、泡を口の中で溶かすかのように呟いた。 ──戻って来て、くれてありがとう。……これでやっと。やっと、眠る事が出来る。 それは呪い。解けることの無い、呪い。少女にとっては煩わしさの象徴とも呼べる、そんな呪いである。青年の言葉に少女が詰まらせながら、答えた。 「──や、──で」 少女の言葉にフッ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべる青年は何を思っているかなど知る由もないだろう。青年は笑みを浮かべたまま言う。 ──君は、生きなきゃ駄目だ。 「嫌……、嫌だ……!行か、ないで──っ!」 少女の瞳から幾重にも雫が滴る。青年はそんな少女の瞳に呪いをひとつ、落とすと答えた。それは小さな祈りであると同時に『願い』でもあった。 ──大丈夫。君なら。もう大丈夫だよ。俺が居なくても。 青年は少女の涙を拭い続けながら、耳元であやすかのように、囁く。 ──愛してる、愛しているよ。俺の大切な人。君に出逢えて幸せでした。 青年の言葉に少女は頭を振り、〝行かないで〟と強く願う。青年の姿が揺らぎ始めた。少女の涙が止まることはなく、空を否応なしに舞ってゆく。もう何も残されてはいなかった。最後の砂が、落ちた。 「──っ」 落ちてゆく砂を泣き腫らした瞳で少女が捕らえた。──かのように思われた。青年の冷たい指先が少女の手を取る。少女が息を詰まらせた。青年はそんな少女を愛おしげに見つめると砂時計を手繰り寄せ、少女の身体を引き寄せ。そうして──。【声】を零したのであった。 「生きて。俺の分まで。生きて、生きて生き抜いて。そうして君が俺の所に来た、その時に」 少女の瞳から溢れ落ちる涙は美しく、儚い。それでこそ、と青年が微かに微笑んだような気がした。砂が、もうすぐ落ち切ってしまう。そう解っているのに。離れるのが恐くて。辛くて。目を背けてしまいたくなるけど、逃げない。逃げたくないというふうに少女は青年の最期の言葉を聴くのだった。 「また逢おう。……ここで待ってるって誓う。だから、生きて下さい。」

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徒花

どうだって良かった。どうだって良かった筈なのに。紅い花の中で佇んでいるんだ。可笑しいだろう。嗤って。否、嘲笑ってくれ。頼む。紅が咲いているから。何も考えられない。ごめん。そう一言、言えればよかった。けれど。 「……なぁ」 言えないでいる。 「──起きてんだろ?」 紅い花を掬い取りながら、零す。だが、返事が来ることはない。分かっていた。分かっていたんだ。言うには遅すぎた。枯れ果てた花に水をあげても育たないって。唯、理解したくなかった。理解してしまえば、否が応でも現実を見なければならなくなるから。それでも。 『告ろ』。 確かに聞こえたその声に。大きく息を吸い、吐いた。風が凪いでゆく。どこかで光が爆ぜ、消えてゆくのを聞きながら。 「言いたい事があんだ」

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陽だまりのあなたへ。

陽だまりの中で。 唯、ひたむきに。 貴方を想う。 穏やかな陽気に包まれる。 (……綺麗) 映る景色がやけに煌めいて見え、目を瞑った。風が心地好い。一陣の風、葉がささめき合う音、すべてが混じりあった空気でさえも愛しい。その空気を肌で感じたくて、息を吸い込んだ。吸い込んだと同時に合う。 「……遅いよ」 私の言葉に貴方は眉を下げながら言う。ごめんと。その姿が余りにも可愛いらしいと思った。私は笑いながら「良いよ」と答え、招く。隣に貴方が居る。何て素晴らしい日なのだろう。そう。こんな日が永久に続けば良いと願ってしまう程。素晴らしくて。貴方を見据えている筈なのに、輪郭が朧気になっている事がどうしても解せなくて。逸らした。……筈だったのに。ふわりと花弁が舞う。祝福してくれているかのように。辺り一面に薄桃の絨毯が敷かれ、風が悪戯に揺蕩いた。 「私が泣いているように見えた?」 嗚呼、貴方には嘘が吐けない。私が泣いているように見えただなんて。どうして分かるの。揺蕩いた花弁を貴方と同じように追いながら呟いた。貴方は言う。 『……見えたから、心配してるんだ』 凛とした声で。 『本当、僕は笑わすのが下手だな。…泣かせたい訳じゃないんだ』 貴方の言葉に胸が疼き、昂る。貴方は優しすぎると。沈黙が場を満たしてゆく。そんな沈黙……清涼なる雰囲気の中で口を開いた。 「知ってる」 『僕は、』 次いで出た私の言葉に応えるように貴方も口を開く。聞きたくない。なんて言えない。言わないから。受け止めるって決めたから。 「……うん」 『君に笑って居て欲しい。桜が似合う、君に』 「……私もね、笑って居て欲しいよ。だって貴方は」 だから笑顔で居ないと。貴方に心配されてしまう。それだけは、絶対。なんてこれは私のエゴで、取り繕いたいだけなのだろう。きゅっと唇を噛み締め、毅然と言い放つ。 「春を司る神様なんだから」 貴方は再び困ったように眉を下げ、髪を弄り呟く。 『敵わないな。君には』 その言葉は小さく聞き取れないようにも思えた。途端、視界が薄桃色のちいさな花弁で埋め尽くされてゆく。そんな中、貴方は泣きそうな表情で私を見据えていた。 『……今年こそは、喜んで欲しかったのに』 そんな貴方を見るのが辛くてつい、反射的に掴んでしまう。温かい筈なのに生気をともわない、その腕を。 「……よ、喜んでるよ…!」 貴方は掴まれた腕を吟味しながら訊ねる。それもそうだろうなと思いながら、思い倦ねる。 『本当に…?』 「本当…!」 声を荒らげそうになり、押し留まる。が、想いは止まらないと知るのである。 「あな……神様が笑うと桜が咲いて、皆笑顔になるの…!」 『そうか』 私の叫びを聞いた貴方……神様は掴まれた腕を見据えたまま、口の中で溶かした。刹那。 「っ……!」 さっきとは比べ物にならない程の花弁が空を舞い、月を染めた。 『なら笑おう。君が、皆が笑顔になれるのならば』 “おいで”と言わんばかりに手を差し出してくれる神様の手を私は震える手で取り。 「神様って、踊れるのね…」 『踊りは神楽の一種みたいな物だからね』 その身を委ねた。ふと空を見上げる。月は変わらずに微笑んでいるばかりだが、見守ってくれているのではないかと思う。 「温かい……」 『ああ、今日は満月だったね。丁度いい』 くるりと神様の瞳が私を、花弁と共に捉えた。その瞳は意味ありげに煌めきを孕んでいる。 「わ…!」 『僕を起こし、共に居てくれた乙女に春を』 神様が言葉を発する度に呼応する花弁は異質に近かった。その反動で瞼を閉じてしまった。閉じなければ良かったと後悔が襲ったのはその後の事。次に目を開けた時、■■は居なかった。そう居なくて。思った瞬間、傷んだ。割れるように痛い。頭を押さえながら、見上げた。そこにあったのは月光を背に凛と佇む満開の桜。唯、それだけだった。 「神様って誰…?」 口から出たのは頼りない、己の声。そのものだった。ぽっかりと浮かぶ月と桜を交互に見やる。何か、大切なことを忘れているような。そんな気がした。だけど不思議と悲しくはなかった。どうしてなのかは分からない。今年の桜も綺麗だと思い、私はその場を後にした。しかし。最後にもう一度だけと煮え切らない思いがあったらしく。その様を目に焼け付けたくて振り返る。風に紛れて、聴こえた誰かの声と桜が美しいと思った。その声は春を告げるに相応しい、陽だまりのような声だと思いながら。 『……又、会おう。小さき乙女よ』

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