夜月

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夜月

やさしい雨、残る色

視界には、淡い桃色が広がっている。 しとしとと音を立てて雨が降る。 傘越しの道は、柔らかな桜色で彩られている。 辺りに響くのは、こつこつとビニールを叩く雫と 遠くで走る自動車の音。 やさしい雨は、私をそっと包む。 その心地よさに、私は溶け込む。 昨日まで、見事だと息を飲む程に咲き誇っていた桜たち。 夜更けから降り始めた雨で、その多くが落ちていた。 そして、道を飾った。 いつもと同じ道、そのはずなのにどこか違って映っている。 一歩一歩、踏みしめるたびに、 別世界に迷い込んだような心地になる。 地に足がつかないような、ふわふわと漂うような、不思議な心地。 でも、嫌な感じはしない。 むしろ穏やかで、――“良い夢”を見ているようだ。 ふと、足を止める。 ――この道を、誰かと歩いたことがあった気がする。 傘越しに見上げた桜。 雨の日は花びらがよく落ちるのだと、あの人が教えてくれた。 ―ほら、もったいないね。 そんな声が、今も耳の奥に残っている気がした。 もう一歩、踏み出す。 濡れたアスファルト。 響く靴音は、ひとつ。 手に触れる空気は、わずかに冷たかった。 先程までの、あのふわりとした感覚が少しずつ解けていく。 雨音が、やけに近くなる。 車の走る音が、はっきりと耳に届く。 夢がゆっくりと、覚めていくみたいだった。 それでも、足元に広がる淡い色は消えない。 しゃがみ込み、落ちた花びらに手を伸ばす。 一瞬だけ、その指が空を掠めた。 それから、一枚、そっと拾い上げる。 手のひらに乗せた、濡れたうすい花びらは、 今にも溶けてしまいそうだった。 「…もったいない、か。」 小さく呟く言葉に、返ってくるものはない。 けれど、寂しさは不思議となかった。 手のひらの上の桜を、そっと元の場所へ返す。 傘を持ち直し、顔を上げた。 やさしい雨は、変わらず降り続き、私を包み込む。 その中を、ゆっくりと歩き出す。 さっきまで夢見心地は、ほとんど薄れていた。 それでも、確かに残っているものはある気がする。 視界を彩る淡い桃色と、耳の奥に残るあの時の声。 そして、ほんの少しのあたたかさ。

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朝日の温もり

窓辺から射す光で目を覚ます。 温められた空気に包まれ、 新たな眠気が私を微睡みへと誘い込む。 もう一度布団に潜り込んで夢の世界へ旅立ちたいところだが、 腕の中の重みがそうさせてはくれない。 すぅすぅ、と穏やかな寝息をたてて夢を揺蕩うこの子に、 私の胸はやさしく高鳴る。 愛おしさが溢れて止まらない。 このまま、私の腕の中に閉じ込めてしまいたい。 けれど、外の世界へ飛び出して、 瞳にキラキラな星を宿して笑うこの子も見ていたい。 この子に出会ってから、私は変わってしまった。 真冬のように冷たい風が吹き荒れていた心に、 陽だまりのような春の風が舞い込んできた。 この子が、私の心に春を連れてきてくれた。 こんな朝が迎えられるなんて。 私は、幸せだ。 溢れ出る愛おしさを唇に乗せ、丸く柔らかな頬にそっと届けた。

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落下

#落下 身体が宙に浮く。 落ちていく。 水の流れに身を任せるように、自由落下をなしていく。 景色がとてつもないスピードで落ちていく。 身体から力が抜けていく。 空気に溶けてしまうように、ただ、流れていく。 間もなく、地面との対面を迎える。 その瞬間、目が覚めた。 心臓はバクバクと脈打ち、身体には上手く力が入らない。 まるで輪郭が溶けだしたように、自分の身体が自分のものだと認識できない。 呼吸が乱れる。 酸素を取り込んでいるはずなのに、小さな穴から抜け出したように満たされていかない。 朝日が滲む部屋の中。 落下の感覚が残る身体を抱き締めて、 呼吸をゆっくり整えていく。

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光の置き場

梅雨らしい、しとしとと降る雨に濡れた紫陽花。 隙間に訪れた晴れ。 小さな花に、小さな水玉が落ちた姿は、 太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。 スマホを取り出し、カメラを開いて構えてみる。 角度を調整する。 光に反射した水の玉が一等輝いて見えるように。 画面をタップして、ピントを合わせる。 ーカシャッ 軽やかなシャッター音が辺りに響く。 なかなかに良い写真が撮れた。 自然と口角が上がる。 忘れない内に、写真をフォルダーに移動させる。 フォルダー名はー 「君と見てみたい景色」

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