夜月
6 件の小説世界の終わりに、君と
もしも明日、世界が終わるとしたら何をしようか。 僕は、君と過ごしたいな。 前の日からお泊まりして、朝一緒に目を覚ます。 一緒にキッチンに立って、朝ごはんを作って、 リビングで二人、 今日は何をしようかって話しながら食べるんだ。 片付けも一緒。 僕が洗って、君はどんどん拭いていくのが仕事。 お互いに準備が終わったら、買い物にでも行こうか。 服や靴を見たり、お揃いで何か見つけるのも良いね。 映画とかも見ちゃおうか。 今流行りの恋愛映画? ドキドキハラハラが止まらないアクション映画? 背筋がゾッとするようなホラー映画とかもたまにはどうかな? ホロリと泣けるような、ファンタジー映画も良いね。 どんなジャンルも、君と見るなら楽しめそうだ。 その後は、ちょっとオシャレなレストランでディナーとかどう? 夜景が綺麗な所とか。きっと素敵だよね。 良い思い出になるだろうね。 お腹も心も満たした後は、手を繋いで我が家に帰る。 今日は楽しかったねって話しながら。 二人で同じベッドに入って、少しお喋りしてさ。 月明かりに優しく包まれる夜に、 色々な事を語り合って、笑い合おうよ。 寝る前に、互いの頬にキスをして、 「おやすみなさい」って言い合って眠りにつく。 そうやって一日が終わって、世界も終わる。 幸せな気持ちに包まれて、永遠を生きる。 僕はこんな最後を迎えられたらって思うよ。 …急になんで、って? なんとなく。 想像の中でなら、君と外の世界で、共に生きる時間を 想像しても許されると思ったから。 この白色とアルコールの微香に包まれた世界じゃなくて、 鮮やかな色と優しい香りに満ちた世界を、 二人で生きる、なんて想像を。 ねぇ。 君なら、どんな終わりを迎えたい?
ベール越しの言葉
しとしとと、静かに雨が降る夜。 キーボードを叩く音、紙を捲る音、 そして二人分の呼吸音が部屋を静かに満たす。 時折混ざる、 コップに入った氷の「コロン」という軽やかな音と布の擦れる音。 そして、少しくぐもった雨の音。 雨の向こうにある世界がひどく遠い。 でも、そこに嫌な気持ちは一つもない。 僕は言葉を紡ぎ、彼女はページを捲る。 ソファに座って、物語に浸る彼女は随分と集中しているようだ。 時折、ゆっくりになる音。 指で言葉をなぞりながら、 少し考えこむように文字を追う彼女の姿に、口元が緩んでしまう。 声を発しているわけではない。 表情が語るのだ。 今は、少し嬉しそう。 好みな表現でも見つかったのだろうか。 傍らに置いていたノートに筆を走らせている。 読んで、見つけて、書き留める。 まるで、言葉の中を泳ぐみたいに。 少しの間、彼女を見つめて、自分も作業に戻る。 キーボードに指を落として、一つ一つ、想いを込めて言葉を紡ぐ。 胸の奥に沈んだものを、一つずつ言葉に変えていく。 昔から、言葉に声を乗せることが得意じゃなかった。 喉元まで込み上げた感情は、 口にした瞬間、少しだけ違うものになる気がしていた。 だから書いた。 書いて、消して、書き直して、削って。 そうして残った言葉は、本音に近いものばかりだった。 けれど、そのまま差し出すには少し気恥ずかしくて。 だから、また書き換える。 感情をぼかして、輪郭を曖昧にして、幾つもの言葉を重ねて、 本音の上に薄いベールを何枚も落としていく。 それでも隠し切れなかったものだけが、 文字として残るのだ。 頭の中に映像を浮かべ、 文字として画面の中に落としていく。 書いて、消して、また書いて。 僕の心に生まれた気持ちを、僕じゃない誰かに託して描いていく。 不規則に鳴るタイプ音が、紙を捲る音の隙間に静かに溶けていく。 ――パタン、コトン。 そんな音が聞こえた。 そして、深く息を吸う音。 どこか世界に浸っているような、そんな呼吸。 ―……好きだなぁ、やっぱり。 そんな声が聞こえた。 指を止めて、顔を上げる。 彼女が、こちらを見ていた。 少し潤んだ瞳で、僕を見つめている。 ―今回のも良かった。好きな表現、沢山。 そう言って笑う彼女に目を奪われる。 その一言に、書きかけの文章が滲む。 たぶん僕は、あなたの「好き」に何度も救われてきたんだ。 ―ここの言い回し、好きだった。 ―この表現、すごく綺麗。 そう言って見せられたページには、 沢山の言葉が書き留められていた。 そこに自分なりの解釈が書いてあるのが、 じっくり読んでくれたのがよく分かる。 隠したつもりだった。 ぼかして、 遠ざけて、 別の誰かに託した感情。 見つからないように、 言葉の隅に潜ませた本音。 誰にも分からないようにって書いても、 あなたはちゃんと見つけてしまう。 僕の紡ぐ物語に恋する君は、 どこか眩しい。 僕は、そんな君を愛している。 再びキーボードに指を落とす。 部屋に響く打鍵音は、さっきより少しだけ軽い。 彼女は別の本を手に、再び物語の世界に浸る。 傍らには言葉のノート。 ――ペラリ、さらさら。 文字を泳ぎ、書き留める音。 そして、二つ分の生きている音。 柔らかな音が、静かに重なる。 窓の外では、まだ静かに雨が降っている。 優しい雨音に包まれて、 僕は今日も、 想いを言葉に変えて、紡いでいく。
やさしい雨、残る色
視界には、淡い桃色が広がっている。 しとしとと音を立てて雨が降る。 傘越しの道は、柔らかな桜色で彩られている。 辺りに響くのは、こつこつとビニールを叩く雫と 遠くで走る自動車の音。 やさしい雨は、私をそっと包む。 その心地よさに、私は溶け込む。 昨日まで、見事だと息を飲む程に咲き誇っていた桜たち。 夜更けから降り始めた雨で、その多くが落ちていた。 そして、道を飾った。 いつもと同じ道、そのはずなのにどこか違って映っている。 一歩一歩、踏みしめるたびに、 別世界に迷い込んだような心地になる。 地に足がつかないような、ふわふわと漂うような、不思議な心地。 でも、嫌な感じはしない。 むしろ穏やかで、――“良い夢”を見ているようだ。 ふと、足を止める。 ――この道を、誰かと歩いたことがあった気がする。 傘越しに見上げた桜。 雨の日は花びらがよく落ちるのだと、あの人が教えてくれた。 ―ほら、もったいないね。 そんな声が、今も耳の奥に残っている気がした。 もう一歩、踏み出す。 濡れたアスファルト。 響く靴音は、ひとつ。 手に触れる空気は、わずかに冷たかった。 先程までの、あのふわりとした感覚が少しずつ解けていく。 雨音が、やけに近くなる。 車の走る音が、はっきりと耳に届く。 夢がゆっくりと、覚めていくみたいだった。 それでも、足元に広がる淡い色は消えない。 しゃがみ込み、落ちた花びらに手を伸ばす。 一瞬だけ、その指が空を掠めた。 それから、一枚、そっと拾い上げる。 手のひらに乗せた、濡れたうすい花びらは、 今にも溶けてしまいそうだった。 「…もったいない、か。」 小さく呟く言葉に、返ってくるものはない。 けれど、寂しさは不思議となかった。 手のひらの上の桜を、そっと元の場所へ返す。 傘を持ち直し、顔を上げた。 やさしい雨は、変わらず降り続き、私を包み込む。 その中を、ゆっくりと歩き出す。 さっきまで夢見心地は、ほとんど薄れていた。 それでも、確かに残っているものはある気がする。 視界を彩る淡い桃色と、耳の奥に残るあの時の声。 そして、ほんの少しのあたたかさ。
朝日の温もり
窓辺から射す光で目を覚ます。 温められた空気に包まれ、 新たな眠気が私を微睡みへと誘い込む。 もう一度布団に潜り込んで夢の世界へ旅立ちたいところだが、 腕の中の重みがそうさせてはくれない。 すぅすぅ、と穏やかな寝息をたてて夢を揺蕩うこの子に、 私の胸はやさしく高鳴る。 愛おしさが溢れて止まらない。 このまま、私の腕の中に閉じ込めてしまいたい。 けれど、外の世界へ飛び出して、 瞳にキラキラな星を宿して笑うこの子も見ていたい。 この子に出会ってから、私は変わってしまった。 真冬のように冷たい風が吹き荒れていた心に、 陽だまりのような春の風が舞い込んできた。 この子が、私の心に春を連れてきてくれた。 こんな朝が迎えられるなんて。 私は、幸せだ。 溢れ出る愛おしさを唇に乗せ、丸く柔らかな頬にそっと届けた。
落下
#落下 身体が宙に浮く。 落ちていく。 水の流れに身を任せるように、自由落下をなしていく。 景色がとてつもないスピードで落ちていく。 身体から力が抜けていく。 空気に溶けてしまうように、ただ、流れていく。 間もなく、地面との対面を迎える。 その瞬間、目が覚めた。 心臓はバクバクと脈打ち、身体には上手く力が入らない。 まるで輪郭が溶けだしたように、自分の身体が自分のものだと認識できない。 呼吸が乱れる。 酸素を取り込んでいるはずなのに、小さな穴から抜け出したように満たされていかない。 朝日が滲む部屋の中。 落下の感覚が残る身体を抱き締めて、 呼吸をゆっくり整えていく。
光の置き場
梅雨らしい、しとしとと降る雨に濡れた紫陽花。 隙間に訪れた晴れ。 小さな花に、小さな水玉が落ちた姿は、 太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。 スマホを取り出し、カメラを開いて構えてみる。 角度を調整する。 光に反射した水の玉が一等輝いて見えるように。 画面をタップして、ピントを合わせる。 ーカシャッ 軽やかなシャッター音が辺りに響く。 なかなかに良い写真が撮れた。 自然と口角が上がる。 忘れない内に、写真をフォルダーに移動させる。 フォルダー名はー 「君と見てみたい景色」