鼻ぺちゃ

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鼻ぺちゃ

物語と鼻のぺちゃい動物をこよなく愛しております。読んでくれたら嬉しいです。

ハンバーガー屋の矜持

 そこは某大手ハンバーガー店の開発会議室。 「なぜ、ウチの新商品は他社に売上で負けている。見た目も味も、レビューも業界トップなはずだぞ」  プロジェクターに映し出されたグラフを見て開発チーフが叫んだ。 「それがどうも、我が社の問題はセットのポテトにありそうです。これを見てください」  リサーチ担当が用意してあったデータに切り替えると、およそ感情が欠落したかのように、冷静に、順序よく、アンケート結果から分析した結果を述べて行く。  開発チーフは、そのひとつひとつに頷き、唸りを深めていった。 「つまり、だ。セットのくせして高い。ぼってる。さらに味もイマイチ。冷めたら食べられたもんじゃない、と」 「ええ。結果、セットで購入したい時間帯と層でのニーズが他社に流れています。ポテトは原価率では優秀ですから。他社はそこに力をいれ、我が社はそれを怠った、という結果でしょう」 「ふん。問題が明らかなら、解決するだけだろう。幸い美味いポテトを作れというなら開発担当である私の分野だ。任せておきたまえ。広告担当も次からの我が社は『ポテトが違う』と強調する方向で進めて欲しい。では、解散」    3ヶ月後。  開発会議室。  プロジェクターに映し出された各店舗の純利益の結果を見て、開発チーフは満足気に両腕を組んでいた。  興奮気味に状況を伝えてきた経理担当が、給水のため一息つき、そして 「このように、我が社では今月、過去に類を見ないほどの純利益を得ることが出来ました。これも価格と味を一新したポテトのおかげです」  いっきにまくしあげた。  皆の目線が開発チーフに集まる。  拍手。喝采。賛美。 「いやいや、私ばかりの手柄のように言わんでくれ。適切なリサーチで原因を究明したくれた彼も、同様にこの結果の貢献者だ。なぁ」 「そうですね。確かに。『この結果』の責任は、私にもある」  思ってもみない責任という単語に、周囲がざわめく。 「責任だと。何か問題でもあるというのか」 「おや、お気づきではない。皆さん、そうなのですか」  辺りを見回したリサーチ担当が、あからさまなため息と共に首をふった。 「いいでしょう。こちらを『改めて』見てください。過去最高とも言える数字を出したのは“純利益”です。ところが“売上”は、平均より多少まし、といった程度。これは…」 「だからどうした。実際、儲かってるんだ。どこに問題がある!」  遮った怒声に、我もと続く声。 「そうだ。大体、お前が問題ありとしたポテトを改善した結果だろう。感謝こそあっても、問題などと…」 「黙らんか! 私はまだ彼の話を最後まで聞いていない」  この場で最も発言力のある開発チーフの一喝で辺りが静まる。 「失礼。周りくどすぎましたな。つまり、問題というのは、定価が安く、原価率の優秀なポテトばかりが売れて、肝心のハンバーガーは、さほど売れていないという事実です。皆さん、自分の本分はご承知頂けてますかな」  沈黙の返答。  リサーチ担当はひとつ頷くと、相変わらず感情の欠片も感じない声で続けた。 「今回のポテトですが、いささか出来が良すぎました。儲かってるから、それでよし、とするのも良いでしょう。であるならば、店頭での売り文句も一考してはどうですかな? 例えば… 『ご一緒に、ハンバーガーもいかがですか?』と」  彼の静かな怒りが、辺りを凍らせる。誰ひとり、指ひとつ動かせない。 「何も意見が出ないようでしたら、会議の予定時間は過ぎましたので、失礼させて頂きます」  そう言ったリサーチ担当は、丁寧にメガネを折りたたみ、そっと胸のポケットにしまった。  そうして静まり返った会議室に、彼の退室する扉の音だけが、響き渡った。

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ハンバーガー屋の矜持

きみはお歳暮

「じゃ、先生のお題は『犬』と『着物』と『世界滅亡』ね」  と彼女は、そう僕に告げた。  実に晴れやかに。そして窓の外で過剰に降り注ぐ、夏の日差しのように。 「意義あり」 「却下」  にべもない。その薄情さは部屋に流れるクーラーよりもはるかに冷たい。 「いい? これは文芸部の活動課題などではなくて、出版社から作家への依頼よ。月刊誌の持ち回りお題短編。あたしはビジネスのお話をしているの。先生」  ドヤ顔で頬にかかった長い黒髪をはらう。もっともらしく言ってはいるが、間違いなく彼女の趣味だ。  特に2番目。色濃く出ているあの人の趣味。エロ本を参考書で隠してレジに持って行く男子高校生か、っつうの。  かつての文芸部先輩。  今は作家となった僕の編集担当。  そして出会ったときから、憧れの人。 「ちなみに。先月のお題を聞いても?」 「『夏』だったわよ」  おお! まさに今その季節。さぞ筆も進んだことでしょう。 「もう一度、僕のお題を聞いても?」 「ふふん。『犬』と“着物”と『世界滅亡』よ」  うん。聞き間違いじゃない。しかも2つめの情熱が露骨だった。そしてなぜ、得意げに言う。 「イケメンの着物男子、よろしく」  うわ、もう隠す気もねぇ。  だが、こんなんでも惚れた弱み。観念するしかない。ただ…… 「ならその依頼。出来が良かったら一杯奢ってください」  どうせやるなら、前向きに。何事も。 「もちろん。お安い御用よ」  よし。そんときは言ってやる。絶対。  青白く冴えた月が、ふたつ。  夜が覆う空の両眼とばかりに、青年を睥睨していた。  彼の辺り中には敵。そして敵。  骨や腐肉が剣を携え鎧を着る魔物の類ばかりだ。 「シリウス王子。もう抵抗はやめなさい。そうすれば、苦しまずお父上の元に送って差し上げましょう」  甲高くも重苦しく、耳障りだけは共通に響く声がそう発する。 「黙れ、売国奴。貴様にくれてやる安い命などない」 「往生際の悪いこと。王は死に、軍も敗れ、国の唯一の希望であったあなたも、今はただひとり。それで何ができますかねぇ」  下卑た笑いに歪んだ頬の肉が、ぼとりと落ちる。魔物達も継いでわらった。カタガタと骨なのか鎧なのかもわからない音を震わせて。 「ひとりではない!」  青年は自らの足元に眼差しを向けた。  そこには先程、泡と血を吐いて倒れた馬が一頭。  否、足元にもう一匹。  膝にも満たない背と短かく太い脚。絶壁の鼻。ずんぐりとした出立ち。月光に冴えた金色の毛並みがなければ、太った狸にも見えるその生き物は、この状況下の中、王子の期待に、気の抜けたあくびで応えた。 「人ではなくなったその身でも、記憶くらいまだあるだろう。建国王、暁(あかつき)とその後の伝説について」 「まさかその面妖な犬が、あの建国王が国を見守り続けるために、その身を変えたという“金色の獣”だと…」 「そうだ!そして私が民の元を離れてまで、この地を訪れたのも、この“鍵”を手に入れるため」  力強く掲げられたシリウスの右手には、その足元で鎮座する金色の犬にあつらえたようなサイズの羽織が握られていた。  そして膝をつき、足元の犬に恭しく首を垂れる。 「貴方が救ったこの地は、再び魔物に侵されようとしています。どうか、非力なこの身にお力添えを」  バウっ!  足元の犬が応じ、辛うじて差し出したとわかる短い脚をあげた。青年も意図を汲み、そっと羽織の袖を通す。  刹那。夜が、晴れた。  眩いばかりの光が収まったとき、辺りの魔物は消え、羽織袴姿の青年が立っていた。  威風堂々。金色の髪をなびかせて。 「よう、あんなナリのおれに、よく気づいたな。感謝するぜ」  シリウスの膝下にも届かなかった希望は、今や見上げるほどに高い位置で、輝いていた。   「きみのお題短編。実に良かった」  先輩が気分良さそうに語った。江戸切子の施されたグラスを傾けるペースも早い。『幕末』称する居酒屋だけあって、スタッフが全員、着物やら羽織袴姿なこともあるだろう。否、それが全てか。 「まず二人の関係性がいいな。暁だけでは封印を解けない。最後には力使った結果また犬に戻るから、この先に繋がって行くこともわかる。短編で終わらない」  そこで区切った先輩は、僕をみて 「おめでとう。殻をひとつ、破ったね」  感慨深げに表情を崩したのち、祝杯を掲げた。 「今までのきみの作品は、例えるならまぁ、アレだ。お歳暮のギフトセットだ。綺麗に箱に収まってはいるが、無難で個性に欠けるところがあった」  我が子の成長でも噛み締めるように、うんうんとひとり頷き、グラスをあおる。  そうだね。うん。自分の趣味で出した無茶難題を、勝手に感動話に昇華したあげく酒の肴にしないでほしい。  でも…おかげで自信がついたのも確か。 「先輩。僕、進めたい話があるんです」 「ああ、あの短編の続きなら、即許可が降りるぞ。評判もいいからな」 「いえ。恋愛物です。学生の頃、文芸部の先輩後輩だったふたりが、編集者と作家になって、再会するんですよ」  彼女が慌ててグラスをあおった。  残念。そのグラスはすでに空ですよ。 「で、そのあとは、どう、なる?」  諦めたように、グラスを置いた彼女は、細い声で、辿々しく、呟く。両手で祈るように、グラスに触れ、乱反射する光をつつく。  あ、思いの外、動揺してる! なんだろう、この可愛い生き物っ。 「そこは、未定です。その先輩かつ編集者の彼女次第じゃないですかね。ああ、でも…ラストは決まってますよ」  そこで彼女は、勢いよく僕に向き直し、目を見開いた。  「そこは、是非、聞いておきたいな。きみの編集者として」  先輩。気づいてます?  貴方が僕を『きみ』と呼ぶときは、いつだって、あの頃のまま、文芸部の後輩見てるときなんだ。  編集者として、じゃない。 「ラストはですね…」  そこで区切った僕は、たっぷりと貯めたあとに、彼女のグラスに自らのグラスを合わせた。  小気味良い音がする。 「もちろん、和装のゴールインですよ」    その時の彼女の顔を、僕は、生涯忘れない。

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きみはお歳暮

陽だまりの縁側

ボクは犬だ。 名前は『ぽこ太』 …ん? 飼い犬なんだから、名前くらいあるさ。 少しばかりお年の召した淑女が、ボクのご主人なんだ。 なんでもご主人のご主人?が亡くなって、寂しくないように、というのが、ボクがここにいる理由だ。 不満はない。 ただ所詮、言葉の通じない間柄。 意志の疎通にズレがあるのは否めない。 でん! ボクは出されたコロコロを完食し、ちょこんと揃えた前脚と顔を彼女に向け、ドヤってやった。 「あら、まぁ。もう食べたの。おかわりね、今すぐもってくるわ」 否。ボクのこのキュートな前脚では、短くて顔に届かない。だからご主人に、口元のカスを拭いて欲しいのだ。 「あら、またそんな所にいるの? こっち来なさい。涼しいわよ」 そんな所とは! わかってない。 この板張りのフローリングがいいんだよ。 例えクーラーが効いていたって、絨毯が敷き詰められたその部屋で転がるのは、熱がこもるんだ。 長毛で密度も濃いボク達の種は、暑さが天敵なんだよ。 大体、ヤツら猫達はどうしてああも、熱のこもる所が好きなのか。 縁側の日向ぼっことか、車のボンネットとか。 信じられない。 「あなたほんと、ずんぐりね」 失礼な。 そこはチャームポイントでしょ! かくもすれ違いの日々。 でも…… 「あら、まあ」 「お腹上にして、だらしない格好でころがって……」 彼女が朝日を溶かしたような、表情で目元を綻ばせる。 「幸せそうね、あなた」 ん。その通り。 ご主人がいつもその顔をくれるから。 暖かく、陽だまりのような。 そして今日もまどろみに身を委ねる。

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陽だまりの縁側

ブラック企業の経営者

おれの職場は、世に言うブラック企業だ。 労働時間は寝てる時以外、全部。 おっと。誇張じゃないぜ。 しかもそれがこの業界じゃ、当たり前ときたもんだ。 とくにこの職場はひどい。 やたら光の強いパソコンと始終にらめっこ。 ノルマ、徹夜。締め切り、徹夜。 栄養ドリンク? ありゃ、身体は動いてもおれには意味ないんだよね。 おまけに、たまの休みまでスマホやらゲームばっかときたもんだ。 ストレス解消? 知ったこっちゃない。結局こっちは働きっぱなしだっての。 周りじゃ、端から徐々に機能が奪われていったり、全身血だらけになって死ぬやつも多いって話だ。 おれもそこら中、ヒリヒリと刺すような痛みと乾きが、当たり前のようになっている。 そういやひとり同僚がいるんだが、どうしてるかね。利き手側だし、おれ以上に負荷が多いから、な。 ほら、やっぱ返事がねぇ。 ふと、足元を掴まれた。 そこから徐々に。何かが迫り上がるのがわかる。 指一本分の間隔で、 ヒタリ、 ヒタリと。 おれが、死んでいく…… そうして、彼は視力を失った。 それはあなたのことかも、知れない……

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ブラック企業の経営者

その声は届かなくても

ピロン。 スマホから心地良く鳴る音。自然と気持ちが弾む。 彼女からだ。 ピロン。ピロン。ピロン。 『今、帰り道。もうすぐ家』 『買うたで。ひろくんのど真ん中、ストレート』 『白のワンピ』 『こんなん、買うのも着んのも恥ずかしかったわ』 ピロン。 続いて送られてきた彼女の写真に、僕はかぶりついた。 ピッチ、さらにピッチ。そして万歳。心の叫び。 そりゃもう、三球三振ですわ。これ。 恥ずかしそうに、目を伏せてる姿がさらに、いい。 自撮りじゃない辺り、妹さんが撮ったか。グッジョブ、だ♪ 『我が生涯にいっぺんの悔いなし!』 とりあえず、お気に入りのスタンプで代弁する。 『こらこら、もう満足すんな。本番は明日のデートやで』 なんだ、どうした?  越してきたご近所さんから、家族ぐるみで親交を持ち、念願の僕の彼女となった今でも、こんなにデレたのを見たことはない。 ん? 救急車。止まった。近い。 そういえばさっき、急ブレーキのような音がしてたか。 でもそんなの関係ねぇ。今の僕は、かつてない程の可愛らしい彼女への返しに、脳内をシナプスが全開で駆け巡っている。 いつもはもっと、ずっと、そっけない。デートをデートとすら思っていない節があるし、帰り際も「ほなな」なんてつれない別れ。僕ひとりが熱を上げてるだけじゃないかと、不安を積んできた。 ピロン。 『なぁ、今から会いに行ってええ?』 ほんとに、どうした? 『というか、もう着くねん』 気のせいか。外の喧騒が夏の生ぬるい夜風に乗ってきたのか、やたらと耳に響く。あたかも警告のように。 ええい。こっちはそれどころじゃない。 この汚部屋を片付けねばならぬ、使命がある。今、すぐに。 着信音。電話だ。妹さん?  不安から背筋に悪寒が走る。 急ブレーキ。救急車。近い。喧騒。彼女じゃなく、妹さんからの電話。点と点が望まない形で線になる。 「ひろくん、ひろくん。おねぇが、突っ込んできた車に。今、救急車…………」 妹さんの泣きじゃくる声は、もはや後半、耳に届いてはいなかった。 ピロン 『着いたで。開けてぇな』 僕は、この現実と向き合わなくてはいけない。 ピロン。 ピロン。 ピロン。 ピロン。 待て。待て。急かすな。きみに閉ざす扉は、僕にない。 カチャリ。扉を開けた向こうに 真っ赤なワンピース姿の彼女が、いた。 紅く濡れた唇が、動き、言葉を形どる。ひとつ、ひとつ、宝物を歌うように。 “あ、い、た、かっ、た” 笑顔。そして倒れるように、抱きついてくる。ゆっくり。崩れるように。ゆっくり。 だけど僕が彼女を抱き返すことはできなかった。 支えようとした僕の、腕も、手も、指先も、何ひとつ、彼女に触れることはなく、ただただ、重たくぬるい玄関先の空気を掻き分けただけだった。 ピロン。 呼ばれた。彼女だ。 薄闇に浮かび上がる彼女の言葉。そっと触れる。 『好き』 『大好き』 『もっと、ずっと一緒にいたかった』 『ごめんなぁ』 『ほなな』 それは紛れもない彼女。 二度と会う事のない、別れの言葉。

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その声は届かなくても