いに 水曜
13 件の小説聖羊
ボコボコと奇妙な音が私に朝を伝える。 「おはよう、クルベット。朝食にしましょう」 「ありがとう、おばさん」 おばさんは、沸かしたお湯をカップに注ぐ。即席のスープだが、私はこの味を気に入っている。 幼い頃に母を亡くした私は、出身地であるアナカル区の民によって養われた。父は仕事が忙しいらしく、私に顔を合わせるのは数年に一度だ。これじゃあ、顔を見るのが人生で数えられるほどしかなさそうだ。それに、成長期の人間は、顔の骨格の変化にともなって顔つきが変わることもあるそうだから、父が私に会う度に顔を覚えているのかすら疑問ではある。 「クルベット、一人暮らしをするんだって?」 「もう私も子供じゃない年齢だ。いつまでも皆に面倒を見させるわけにはいかないし、両親にも安心させてやらないと」 「あら、立派になったもんだね」 私は得意げな顔をしてスープを口に運んだが、うっかり冷ますことを忘れて、結局顔にシワを作ってしまった。 既に隣町のクリフト区に新居を決めている。隣町といっても、徒歩では体に堪える距離ではあるから、おばさんには一生のお願いだと言って、馬車を出してもらうことになっている。さほど荷物は積むことはできないが、生活に必要なもののほとんどはクリフト区で調達しようと思っているから、問題ないだろう。 「次に顔を見せる時は、美女の一人や二人連れてくるんだよ」 「うるさいなあ。てか、二人以上だと話が複雑になるだろうが」 おばさんは満足そうに微笑んだ。 私がアナカル区を離れる日には、大勢が見送ってくれた。私は馬を走らせる。寂しがる者はおらず「頑張れよ」と言われている、ような気がした。 一人暮らしを始めて季節が一回りした。この家は、部屋が区切られていない俗に言うワンルームなのだが、これまで何一つ不便はない。 そろそろ洗濯物が乾きにくくなり始める頃だろうから、今のうちに布団も一気に干してしまおう。その後は、オリーブオイルや魚を買いに行って、夕食の時間まで昼寝でもしようかな。生活には随分と慣れ、一日の完璧な計画を立てては、得意気な顔をしていた。 昼寝から目が覚め、夕食の準備でもしようと思ったその時、玄関の扉を優しくノックする音が聞こえた。クリフト区には仲良くしている者はあまりおらず、来客はこれが初めてだった。 「はーい、どちら様でしょう」 変に声帯が強ばって、声が軽く裏返る。 ゆっくりと扉を開けると、そこには深くフードを被った女が立っていた。 「夜分に失礼します。今晩、ここに泊めていただけないでしょうか」 話を聞くには、彼女はアナカル区方面からこちらに向かってきた旅人らしい。ちょうど宿を探していたそうで、私はこの暮らしに慣れて、飽きてきた頃だったので入れてやった。 「遠かったでしょう。あ、荷物や上着は適当なところに」 「すみません、ありがとうございます」 彼女は、必要以上に私に謙っているが、口元は嬉しそうにしている。 「今お茶を入れますね」 私はキッチンへと向かう。 「私はクルベット。貴方は?」 「ヘイラといいます」 「実は、私は元々アナカル区に居てね、ここに来たのは最近のことなんだよ。貴方も私にとっては初めての来客でね、」 お茶を運ぼうと、振り向きながらそこまで言ったところで言葉を失った。 上着を脱いだ彼女の頭には、羊のような角を生やしていたのだ。 「驚かしてしまいましたかしら」 「え、ああ、いや、コスプレでもしながら旅をしているのかい?」 冗談を言って平然を装うが、声は分かりやすく震えている。これでは、残念な演技としか彼女の目には映らないだろう。彼女は、角は本当に生えているものだが、怪しい者ではないと言う。まあ、角が生えていることを除けば、人間と変わりない容姿をしているし、私を襲うつもりもないようだから、何も恐れる必要はなさそうだ。 夕食を振る舞って、浴室も貸してやった。久しぶりにおもしろい一日になったのかもしれない。 「あの、今晩だけでなく、しばらくここに住まわせていただくことはできますか?」 「問題ないよ」 半分くらい適当に返事をしたが、悪くない判断だと思っている。明日からの毎日もおもしろくなるのかもしれないのだから。 不快な臭いが私の鼻の奥を突き抜け、朝を伝える。 「クルベットさん、おはようございます。申し訳ないのですが、料理を焦がしてしまいました」 私は飛び起きた。そこにもう眠気などなかった。 「あちゃあ、派手にやりましたね」 「お邪魔させていただいているので、少しでも恩返しをと思ったのですが」 「お構いなく」 私は、分かりやすく苦笑しながらも彼女を宥めた。 一部がもう炭になってしまった料理は元には戻らないので、仕方なく食べられそうな僅かな部分だけを取って即席のスープの具材として使い、二人で味わった。私は、彼女も張り切りすぎてしまったのかもしれないと思い、柔らかくもう一度笑った。 「ただいま、ヘイラ」 「おかえりなさい、クルベットさん」 買ったばかりの食材を抱えて帰ってきた私を出迎えてくれた彼女は、満足そうな顔をしていた。私の顔を見られて嬉しいのだろうか。 「お買い物お疲れ様です。私はその間に洗濯物を畳んでおきましたよ」 私は礼を言おうとしたが、彼女の指さす方向には布の山が築かれていた。どうやらそれが畳んでくれたと言う洗濯物らしい。 「ヘイラ、さては家事が苦手だな」 「はい。ほとんどやったことがありません」 「そんなに気を張って頑張らなくてもいいんだよ。私は世話嫌いではないので、ヘイラにはくつろいでいてほしいな」 彼女は肩の荷が下りたのか、一息ついてから私に笑って見せた。その時、珍しい頭の角に惹かれたわけではないが、大切にしてやりたいという想いが私の心を擽った。 明日になっても、その次の日になっても、ヘイラは飽きることなく家事を手伝ってくれた。時々失敗するも、照れながら頭を下げる。その度に頭の角をどこかにぶつけてしまうことは、何度見ても私を笑わせてくれた。 そんな日々が幸せだった。ヘイラは、私の判で押したような平凡な日々に刺激を与えてくれ、なんと言うか、生きる喜びのようなものを見つけさせてくれた気がしていた。 いつからだろう。私が可哀想になっていたのは。 「またあんたかい。今日はこれだけしか売らないからね」 クリフト区は人口も少なかったため、食品は店頭にあるもので在庫が全てであるところのほうが多かった。その日に仕入れたものをその日の内に売ってしまったほうが、損失を限りなく小さくできるのだろう。そんな状況で、最近になってから私が食品を継続的に多く買うようになったものだから、買いたいものを買えない者が出てきていたらしい。私は、食品を早い時間に買い占める邪魔者だと思われていた。 「ただいま、ヘイラ。遅くなってすまないね」 私は、少量の買い物を済ませてから一度家に置きに戻り、また外に出て、まだその日に顔を出していない店に買い物に行っていた。荷物を抱えていると買わせてもらえないのだ。アナカル区に買い出しに行くことも距離が現実的ではない。馬車を出すことも、彼女と共に引っ越すこともまた経済的に難しかった。 私は、街の人から見ても婚約者がいるようには振舞っていなかった。彼女は、人目につかないようにひっそりと暮らしていたいらしい。たしかに、頭に角を生やした人の存在が周知されると、彼女がどのような扱いを受けるかは想像が付かない。彼女を守るためにも、食品を多く買う正当な理由を商人に話すことはできなかった。 商人らとの関係は好ましくないまま、また時を経た。ついに限界を迎えたクリフト区の民は、私たちを放逐しようと家にまで迫ってきた。私は彼女にフードを深く被らせ、街の外を目指して駆けた。民は、私が皆に事情を説明できないような悪い奴と共に隠れて生活していたのだと誤解し、私たちを追うことを決して止めなかった。 しばらく走ると川が見えてきた。この街ではどこへ逃げようが彼らは追ってくるだろう。この川を渡ることができれば、もしかすると逃げ切れるかもしれない。ヘイラにそう言い聞かせて飛び込んだ。 ところが、渡る途中で彼女は溺れそうになってしまった。 「ヘイラ!」 その時、私は思い出した。母の死に際を。知らなかったのではない。忘れてしまっていたのだ。おそらくその時の私はあまりに幼く、理解できることの方が少なかったのだろう。母は、今の私たちと同じように何かから逃げている途中で、川で溺死してしまったのだ。踠きながら沈んでいく母の様子だけが、私の脳裏を過ぎる。そんな惨たらしい記憶を二度も刻み込むことなど死んでも嫌だ。私は必死にヘイラを救い、川を渡り切った。 「ありがとうございます」 「いいんだ。手を肩に回せ。もう少し遠くへ行こう」 私はヘイラを抱え、さらに走った。 かなり逃げてきた。 「ヘイラ、歩けるか」 「うん」 気づけば、あと三、四時間も歩けばアナカル区だ。きっとアナカル区の民なら私たちを受け入れてくれるはずだ。クリフト区の民は、川を渡ることを恐れて追うことを諦めたようだった。 アナカル区に辿り着こうと、私が懐かしさを感じていたとき、ヘイラが口を開く。 「私ね、安心した。クルベットがちゃんと愛を受けて育って、一人でも立派に生きていたんだもの」 どういう意味だろう。 「貴方があの時もう少し大きかったら、私はまだ生きていたのかしらね」 「いったい何を言って─────」 振り向いた時には、既に彼女の姿はなかった。 アナカル区の門の向こうから聞こえる人々の世間話を背に、私は一人で静かに泣いた。
望み
ねぇ 私が今 君を殺したいと言ったら 君はどうする? 君がなんと言おうが 私は君の全ての気持ちを無視して自由を奪うよ でもね ああ また 思い出してしまったよ 私はなんて臆病な怪物なのだろう …… ねぇ 私が今 この場で死にたいと言ったら 君はどうする? 私が合図を出すから 君は私の全ての気持ちを無視して自由に切り裂いて だからね つまりね ……
無垢
あーあ だから言ったのに 君のその愚かな思考が不幸を生んだ あーあ あれほど言ったのに 君のそのちょっとした油断が不幸を重ねた 君が悪いんだ だから震えた黒目の汁を拭って 気味が悪いんだ さっさと私の前から姿を消して 君のハンカチが乾いたとき 私はやっと 潤った
歪像と乖離
お前は誰なんだ 私の後を追いかける 不敵な笑みを浮かべる邪悪な仮面よ 私を擽ったり 私を刺したり お前は私のことをいつも面白がる 私がお前の仮面を剥がすには いつ手を伸ばせばいいのかな 私がお前を飼い慣らすには 何から信じたらいいのかな ああ、憎悪に軋轢陰湿 私の心をなぞる奇怪な影に 破滅と祝杯を ああ、本当に愛すべき真実 私の心を癒す意外な晴れに この先も欲望を
交錯
辞めるだなんて、人は怠惰 何を聞いたって全てが全部が 溺れるなんて、私は愚か 何を言ったって駆ける砕ける 新鮮な空気に触れて純粋に生を感じていたのに いつかはみんな酸化して零れていく、死んでゆく 枯れ果てた心に寂しさなんてものも何も無く そこに何を着させても納得できないんだ 叫びたいほどの感情も喉を通らずに沈んでしまって 頭を打ち付けて無理やり出すしかないんだ 死んだ、殺された、だから殺した 次からは、上手くいくように もう血は拭えたとしても掬えないのに 救えたとしても進めないのに
終焉に花を
車のタイヤは回り疲れてる 木の幹たちも立ち疲れてる 僕らもまた生き疲れていたり 君と どうやって出会ったかな 愛を伝えたかな 陰で身体を震わせているうちに 大切が遠くへと 誰もいないメモリー 通用しないセオリー この世界に生まれた僕はもっと あの空のように生きていたい まだ潤っていたいから 白い雲に顔をうずめて境界を越えるんだ この臆病や葛藤を捨てたい もう背中が壊れそうでも 翼はいつまでも空気を揺らし続ける 僕の一部がまた一部が失われていく前に 僕は君と愛を語り合いたい 羽化した蝉は白く輝く 向日葵の葉は美しく広がる 僕はそれを妬んでいたり 君の 涙は水晶のようで 何かを望んでいるようで 僕がそれに応えられないうちに 凍えるは近くへと 挟まない栞 鳴り響かないシンフォニー この世界を忘れた僕はもっと あの星のように輝いていたい 君を照らしたいから 広い宇宙で熱く愛を解き放つんだ 僕の醜い器を昇華したい もう身体が砕けそうでも エネルギーを使い切るまで空気をぼかす 僕のすべてが何もかもが失われた頃には エピローグに花を飾れるかな
舞う花びらは指をすり抜ける
叶うはずなのに届かない。それは、まるで無知な私に、地図だけが渡されたようなもの。浮かれた心に踊らされていた。気づけば、空は淡い桃色から緑、緑から赤に染まりゆくのに、私だけが歩いているつもりになっていた。私は焦っている。いつも通りの生活が、所々騒がしくなってきているのを感じる。不快だ。気分が悪い。無自覚なカクテルパーティ効果の地獄耳が、脳を蝕んで適切な応答を諦めさせる。 じゃあ、それは本当は叶わないのではないのか。地図を手に入れたと思っていたそれは、数百年前のものだったりして。使い物にならない、丸めて投げるか、破いて尻を拭うことくらいしかできない。 そして、いよいよ私がなぜ此処にいるのか、そもそも私は何処にいるのかさえ分からなくなってしまいそうだ。虚像な仮面に笑われて、私は再び踊らされる。今度は不格好に、されるがままのラットへと姿を変えられてしまうのだ。 ああ、素晴らしい世界。淀んだ空気を渦巻く汚らわしい低気圧の中心には、一点、此方を誘おうと、そこだけを明るく感じさせている。辛うじて、杖がなくとも歩くことのできる力が残された私は、足りない血を求めるようにそれに引き摺りこまれる。この生命の本能が正直に働いている感覚は、私にとっては幸せに他ならない。 この世界に感謝した私は、その先で首を吊る。貴方からは見えない、この渦の中で。全てを知った気になって、独りで満足した者から此処に辿り着き、何の悔いも残さずに昇天していく。決して循環はしないのだが、ある一人の視点からは循環しているように思えてしまう。エントロピーは増大する一方だが、それは果たして此処で気づくことはできるのだろうか。もし、ようやく役割を担ったこの翼をしまっていた何かが在ったのだとしたら、その素朴さをも失ってしまうのかもしれない。この世界は、ずっと複雑で、乱れていればいい。私たちは、何も望まなくていい。
からっぽ
君は言う、笑って、と。 僕は見せる、目を細めて。 僕は言う、笑って、と。 君は見せてる、大きな口を。 どこから来たのか分からない小石を蹴飛ばして、 帰したつもりになっている。 救世主妄想の快感に浸って、 笑ってた人に笑われる。 誰も知りえないこの憎しみも虚しさも、 僕が愛せたら君は笑っていられるのかな。
大人になるということ
「こーんなに大きな魚を捕ったんだ!」 腕をめいっぱい伸ばして、私に知らせる。 見にいくと、そこそこ小さいじゃないか。 「立派なもんだねぇ」 笑って見せると、あなたは満足気な顔をして去っていった。 「このくらいの魚が捕れたんだ。焼いて食べるかい」 両の手のひらの間に、肩幅より少し小さいくらいの空を私に見せる。 見に行くと、期待通りの魚だ。 「立派になったもんだねぇ」 笑って見せると、あなたは不思議そうな顔をして去っていった。 ◾︎ 大人になるということは、ものをその通りに、ありのままに伝えるということ。そのものを、自分の中で大きくも小さくもせず。 しかし、自分の内にあるもの、すなわち自分には見えず他人には見えるものは、ほとんどの人が大きく、あるいは小さくしてしまう。「俺の言ってること間違ってる?」だとか「私なんて、すごくもなんともない」だとか。私たちは、その凝り固まった我儘をほざいて、それを無自覚にしたまま滑稽に生きている。 ただ、皮肉なことに、そこにも幸せは用意されている。私たちは「このくらいの魚」のままでいていいのだ。
怨み
201908072126 どうも。梶谷竜太っていいます。ああ、あのことっすよね。いいっすよ、話しても。えっとー、あれは、奏多と美来と咲月と俺の四人で肝試しに行ったんすよ。元々は、昼間に遊んでて、天気もいいし肝試し行かね? てノリで決まったんです。言い出したのは誰だったか忘れましたけど。でもまあ、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったですし、言い出しっぺが誰かとかもう考えないほうがいいと思うんすよね。 まあ、それで、一旦解散して、二十二時にあの噂の墓地の近くにある公園に集合し直したんす。噂になってるんすよ。知らないんすか? 夜になると、白い服に長い黒髪の女性が現れて、その女性に願い事を言うと叶うっていう。でも、誰も信じてなかったっすよ、さすがにそんなこと。みんなも、そんなバカな話あるわけないって、ゲラゲラ笑ってましたし。 一旦いいっすか? ちょっとトイレ行きたいっす。 201908072141 あ、ああ、こんばんは。藤越奏多です。あのこと、ですか。もう思い出すだけで恐怖で震えますし、本当は思い出したくないですけど、まあ、話しますよ。もう竜太から聞いてることもあるかもしれませんけど、四人で肝試しに行ったんです。僕が近くの山の上に墓地あるらしいよ、的なことを軽く呟いたら、何故かみんなノリノリで。そんな流れで肝試しが決まったんです。僕が言い出したと言えば言い出したんですけど、みんなで決まったみたいなもんですよ。雨の中で墓地とか最悪なんで、天気予報も確認して二十二時に集合になりました。その時もみんな嘘みたいに笑ってました。霊が出るって情報もあるのに。僕は合わせて笑ってましたね。笑ってると、本当に面白く感じてくるものなんで。でも、こんなことになるなら、もっと危機感とかあったほうが良かったのかもしれないなあ。 それで、墓地の真ん前まで来たんです。あんまり人が来ない墓地だったんで、入口の前に草が生い茂ってたんです。のれんみたいな感じで。それで、一人ずつ墓地を一周して、公園で再度集合しようって話になりました。なので、墓地に入ってから、次にみんなと顔を合わせるのは公園ってことになりますね。で、最初は竜太、だった気がします。 あ、すみません。話しすぎましたかね。一旦失礼します。 201908072203 こ、こんばんは。奥野咲月です。例のこと、ですよね。お話しします。もう竜太くんたちから聞いてますよね、肝試しのこと。そうなんです。大変なことになっちゃって。はい、美来ちゃんが死んじゃって。はい、そうなんです。首に手か何かで絞められたような跡があったみたいで……。もういいですか? 私、こんな話したくないんです! 演劇部で内気な私に、いつも声をかけてくれてた大好きな美咲ちゃんの死を語りたくはないんです! 201908072225 咲月、泣いてましたけど、美来が死んだこと言ったんすね。そうなんすよ。ほんっと、最悪です。俺、美来のこと好きだったんすよ。それなのに……! すみません。取り乱しました。 肝試しっすよね。はい、俺から行きました。墓地は思ったより広かったっす。で、ただ通り抜けるだけじゃ面白くないって話になって、それぞれ何かしら爪痕残して、その実績で勝負しようぜ、てことになったんすよ。公園で報告し合う、みたいな。 でも、思ったより墓地は何もなかったっすよ。噂の霊も出ませんでしたし、余裕だったんで、俺は土の地面に、木の枝で道案内書いてやりました。矢印とか。トイレありますとか、顔みたいなのとか。ほぼ落書きっすね。それだけっすよ、俺がやったのは。 201908072241 さっきは美来みゃんのことで感情的になってしまってごめんなさい。もう少し話しますね。 あの、墓地に肝試しに行って、四人だったんですけど、一人ずつ通り抜けようって。私は最後でした。三人目は美来ちゃんだったんですけど、美来ちゃんが通り抜けられるだろう時間まで一人で待たなきゃいけなくて、それが怖かったです。でも私、爪痕とか残す勇気も何も無いんで。そのまま走り抜けたんです。なんか、矢印とか書かれてたんで。途中からその矢印がなくなってたので少し不安だったんですけど、なんとか公園までたどり着いたんです。そしたら、美来ちゃんがいなくて。みんなに聞かれました。でも私は見かけてなくて。みんな一気に不安になって探しに行きましたけど、その時は見つかりませんでした。 美来ちゃん……。すみません、もういいですか? 201908072302 咲月、また泣いてましたね。相当ショックだったんだろうと思います。僕もショックです。なんなら僕のほうがショックですよ。恋人でしたから。それがこんな形で終わってしまうだなんて。すみません。こっちの話しちゃって。 僕は二番目でした。竜太の後です。なんかあいつ、ご丁寧に矢印とか書いてましたよ。最後には「ゴール! おめでとう!」とか。ふざけてますよね。まぁ、霊も出ませんでしたし、何もしないのもアレだったんで、通路沿いの墓石に、そこら辺に生えてた花を乗せながら進んでました。僕がしたことなんてそんなもんですよ。亡くなった方からしたら大ふざけかもしれませんけど。 美来は、警察が動いてやっと見つかりました。山から転がり落ちたところで死んでたそうです。首に後があったって聞きました。本当に最悪です。 201908072340 私、思い出したことがあるんです。美来ちゃんが墓地を通り抜けるのを待ってた時、美来ちゃんの声が聞こえてきたんです。 「私を殺してください! 私は悪魔! 人が残酷に死にゆくのが私の快楽の源! 醜いでしょう? 汚らわしいでしょう? ならば私を殺してみてはいかがでしょうか!」 そのようなことを言っているように聞こえました。演劇部なだけあって、それはそれは、迫力がありました。でも、所々言い直していたので、原稿? みたいなものがあったのでしょうか。それにしても、そんなことを言っていたら、本当に死んでしまうだなんて、酷いです。美来ちゃんなりの爪痕がそれだったとしても。 ◾︎ 「そういえば俺も聞こえたよ、その美来の気が狂ったようなセリフ」 「小さかったけど僕も聞こえたよ。てか竜太、美来のこと好きだったのかよ」 「ああ、そうだよ」 「一応、僕の彼女なんだからな」 「分かってるよ。でもさ、お前が帰ってきたのって、その後だったよな。俺と合流したの、やけに遅くないか」 「ああ、トイレ行ってて」 「二人とも! 美来ちゃんが死んじゃってるんだから、空気悪くしないでよね」 「ああ、すまん」 「でもさ、竜太くんが地面に矢印書いてくれてたんだよね?」 「そうだけど」 「ありがとう! あれ無かったら私帰ってこれてなかったかも」 「どういたしまして!」 「でも途中で止めるのは酷いよ! 最後まで書いておいてくれないと困るよ」 「え? 俺は最後まで書いたはずなんだけどな」 「ええ、本当?」 「奏多、お前が通った時はあった?」 「うーん、あった気がするけどなあ」 「なんだその微妙な反応。なんかこあつ怪しいんだけどー」 「やめなよ。竜太くん」 「奏多、お前が殺したのー? 恋人同士なのにー?」 「竜太、やめろ」 「否定しろよー。え? 本当にやっちゃった? ねえ」 「やめろ」 「あ、犯人こいつだー!」 「ふざけるなよ! そんなノリで聞いて良いことじゃないだろ!」 「ご、ごめん」 「だいたい美来、あいつが悪いんだよ! 僕と付き合ってるのに、竜太に構ってばかりで! 僕とのデートを忘れたこともあった! その日何してたか探ったら竜太と遊びに行ったらしいな! 最近知ったよ。竜太、お前のことは親友だと思ってたけどよ! 僕の彼女を奪いにきてたんだよな!」 「奏多! 違う! そんなつもりはなかった! てかお前がやったってことでいいのか」 「……僕がやったよ、あの夜に。僕の次が美来だった。美来は演劇が大好きだったから、原稿を置いとけば、確実に読むと思った。何かしらの爪痕を残すって約束だったし余計ね。あいつは言ったよ。私を殺してくれって。僕はそう言われたんだ。だから、僕は殺した。あいつの首を絞めて、引きずって、山から投げてやった。最低な女だったよ。まさか竜太と関わってたなんてな。そもそも噂なんて嘘なんだよ。そんな噂なんてないよ。調べても出てこないし、僕が適当にネタで言ってみただけなんだよ。みんなノリノリだったし、後に引けなくなって。丁度いい機会だったから、ついでに殺した」 ◾︎ とある山の上にある墓地が心霊スポットとして話題になった。深夜に行くと、女の霊が出て、殺してくれと頼むとその通りにしてくれるそう。 被害者リスト:藤越奏多、……(二十八名)