EzOz
2 件の小説淡い自殺
いつの間にか夕陽が沈んでいて、月明かりだけが僕らを照らしていた。 周りには誰もいなくて、砂を踏む音と波の音だけがあった。 この旅を言い出したのは僕だった。 夏休みの全てをクーラーの効いた部屋で消化するのは嫌だったし、匠とも遊びたかった。 匠が一緒に行ってくれるかは怪しかったけど、二つ返事で来てくれた。 充希はよくわからない。偶々駅で会って、そのまま付いてきた。 どこに行くかも決めずに電車に乗って、たまに降りてスイーツとか名物とかを食べて、また電車に乗った。 窓を眺めていたら海が見えて、衝動的に降りた。 そこは港町で、古い建物ばかりだった。 宿を取って、風呂に浸かって、飯を食べた。 魚介類の盛り合わせみたいな物が出てきて、匠と充希は笑顔で食べていた。 僕も刺し身は好きで、よく夕方にスーパーで割引されているのを買って食べていた。 僕はわさびを多めにつけて食べる派の人間で、なんというか、こうしないと生臭くて食べられないのだ。 僕がわさびを多めにつけたのを知らずに匠が僕のを奪って、口に入れて噛んだ瞬間、目を潤ませて辛いと言ったのはとても可愛かった。 それから僕達は浜辺を歩くことにした。 夏だからか、飯を食べた後なのに辺りは明るかった。 適当な事を話しながら三人並んで歩く。 僕達は中学を卒業したあとバラバラになってしまい、それ以降あまり関わっていなかった。 匠は底辺校に進んで、美術をすることに決めたらしい。相変わらず孤独を貫いていた。 充希は、浮浪者だった。 中学卒業と同時に家を出て、野宿したり人の金を盗んだり、アウトローに片足突っ込んだ奴らとつるんだりして生きていたらしい。 そんな奴と一緒にいたらこっちまで飛び火するんじゃないかと思ったが、なんか、どうでもよくなった。 話は無限にあった。 中学の頃のこと。 高校に入ってからのこと。 彼女ができたのかとか、人生観とか。 「まあ、死ぬならこういう海で死にたいな」 僕はそう言った。 「それもいいね」 「じゃあ、ここて死ぬかー?」 僕の中にあった、淡い自殺願望を、充希が代弁してくれた。 匠はなにも言わない。ただ僕の目をじっと見ていた。 「やっちゃう?」 僕は笑って返した。 海水はぬるかった。 地球温暖化のせいだろうか。ずっと入っていても凍えなさそうだった。 匠は砂浜で絵を描いていて、充希は胸まで海に浸かっていた。 僕はスマホのライトをつけて、透明なビニール袋の中に入れ、口を固く結んだ。 それを海の中に入れたら、無秩序に屈折して綺麗だった。 匠は絵を描き終えて、隣に『僕らの記憶を掠わないで』と書き、それから自分のサインを残した。 「なにそれ」 「僕の好きな曲」 そんな曲あるんだな。 匠がスマホで流し始めた。 それはなんというか、今だった。 とても綺麗な曲だった。 「僕の絵も、言葉も、掠われないといいな」 そんなことを言う匠は、悲惨な運命の末に退行して無垢な少年になったようだった。 こうなってしまったのは僕が悪いのだが、純粋無垢な匠はとても愛おしかった。 三人で首まで浸かるところまで進んだ。 波は穏やかで、僕達も無言だった。 「俺、最後がお前たちでよかったよ」 充希が柄にもないことを言った。 「僕も願望が叶って嬉しいよ」 匠はなにも言わない。 ただじっと僕達の目を見ていた。 「今まで色々あった」 充希の声につられて、思い出が蘇る。 初めて匠と会った日。 様々な瞬間の匠の笑顔。 全部全部、思い出した。 思い出が止まらない。 匠の少しゆっくりとした喋り方。 匠の無邪気な目。 それから、 匠とのキス。 交わり。 途端に罪悪感が込み上げてきて、申し訳なくなった。 僕が匠に手を出していなければ、匠はもっと違う人生を歩んでたんだと思う。 「僕は、これで良かったと思うよ」 匠がぽつんと言った。 「僕はずっと好きだよ」 思考がオーバーヒートし、停止した。 「今までありがとう」 気づいたら涙が出ていた。 「なんでないてるの」 匠は不思議そうな顔で僕を見ていた。 グシャグシャになって上手く声が出ない。 「ありがとう」 それだけを振り絞って言った。 それから僕らは充希に誘われるように、足のつかない、より深いところに行った。 「じゃあ、死ぬか」 充希はそう言って、僕達二人をハグした。 僕達もハグを返して、三角形になった。 そのまま充希が沈み始めた。僕らの手を引くように、どんどん沈んでいく。 酸素がなくなって、息苦しくなってくると同時に淡い自殺願望が崩れていった。 息苦しい。 体が本能で、生きようとしだした。 それ以上の力で、充希は僕達を掴んだ。 詰んだことを理解しても、苦しさはあった。 どんなに暴れようとしても、全て充希に封じられた。 そのうち、意識が薄れてきた。 最後に見えたのは匠の無邪気な笑顔と、水中から見える星や月、屈折したスマホライトの光だった。
鰻
太陽が肌を焼くように照っていて、そのくせ湿度の高い日に、母さんが鰻を買ってきた。 別に、今日は土用の丑の日ではないし、鰻を食べたいと頼んだわけでもない。 エアコンの効いた部屋で1日中ダラダラしていた僕と対照的に、母さんは買ったものを冷蔵庫に入れるように言ってソファーに寝転んだ。 食材やアイスを冷蔵庫に入れながら、鰻のパックを見た。 三重にラップされ、発泡スチロールの様なパックに詰められたそれは、なんだか人間の人工物のような、変に鮮度が良いようにされているような、とにかく気味悪く感じた。 フライパンで皮を焼きながら考える。 さっきの違和感は、多分、ふとした瞬間に起る、現実の僕達は平民で、位が低くて、しかし、世の中には食べ物がない人達や猛暑の中汗を垂らして働く人、愛されない親に、愛されない子供。世の中は所詮そんなもので、自分も漏れなくその中に入っているという感覚。 人工物の、庶民のための、安く、更に割引された鰻を見て、それを引き起こさせたんだ。 こんなことを考えていたら、冷蔵庫の中身も、着ている服も、ソファーでぐったりしている母親も、全部色褪せて見えて、不自由に感じて、そして、不自由から抜け出せない絶望を理解した。 鰻の味は薄かった。タレをかけて、どうにかご飯に合うように感じる。 「鰻美味しい?」 横になったまま母さんが聞いてきた。 「美味しいよ」 それ以外言えなかった。 別に、母さんとは仲は良くない。 例に漏れず、彼女もまた愛されない親ではあった。 稼ぎ頭の父親の悪口ばかり言い、体が弱いくせに女王のように僕達を使い、反抗すれば自分の貧弱さを盾にする。 僕がこんな人間になってしまったのも彼女の影響が大きい。 しかし、彼女は自分の事を正しいと思い込んでいる。故に、間違いを絶対に認めないし、少し追求したら忘れたか泣き落とし。 親同士の喧嘩の絶えない家庭特有の、子供の感性の豊かさが、僕が彼女を完全に拒絶できない理由の一つだった。 別の理由はというと、こうやって鰻を買ってきてくれたり、偶に優しかったりするからだ。 完全な毒親ならばまだマシだったのかもしれない。 いや、どうせ、隣の芝生が青く見えているだけだ。 というか、社会自体そんなものなのではないのか。 誰にだって、何をしたって絶対的な幸せはなくて、ただただ醜く争うか、傷を舐め合うか。 そんな、何に成ったところで満たされない世界なんか、ゴミだ。 気分が悪い。 そういうときは冷水を浴びるに限る。 風呂の代わりに冷水シャワーで全て済ました。 浴室から出て、下着だけ着て、更衣室から出た。 母さんは鰻を食べていた。 その顔は、、、、