みかん

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みかん

人狼ゲームを書いています 伏線が大好きです

バレンタイン

 鉄の男、アンドリュー・ドーランも、怪物マイクも、新世代最高の逸材ケビンも、ゲーム開始前夜は静かに寝た。  二月十三日。ゲームが正午に始まる日の朝とは思えないくらい、穏やかな朝だった。 「ケビン・ストークス、お前は随分派手な男だと聞いているよ。前回のゲームもざっくり見た」  アンドリューが早朝まず話しかけたのはケビンだった。 「毎度あり。前回のを見られたんじゃ、俺のスタイルは大体バレちゃったかな」 「何をふざけたことを。まあその実力も光るものがありそうだが、それ以上にお前の歳であんな女としてるのが羨ましいね」  アンドリューはケビンの隣のベッドで気持ち良さそうに眠る大層色っぽい女、アルディス・スキナーを見た。 「昨日は女とは寝てないよ」  ケビンは笑いながら答えた。この三週間、連れと遊び呆けたり女を取っ替え引っ替えして遊び歩いたせいで疲れて爆睡したのだ。 「ん、なんだ?」  アンドリューはケビンのシーツの上に座り込むと、何か固いものを感じた。お尻の肉に分厚い尖ったものが食い込んでしまい、思わず立ち上がった。 「ああ、ごめん。俺が昨日読んでた本だよ」  ケビンはそういって見せた。タイトルは「人狼ゲーム戦略論入門」というものだ。 「戦略論入門読んでんのか、まだ十二だろ? すげえな」  戦略論入門、それは十八、九の、U18から大人の人狼の括りに移行する時期のハイランカーを目指す子達が読むものであって、一般に十二歳の少年が手を出せるレベルの本ではない。 「そこらのガキとは違うんだ」 「俺も実はお前らくらいの時にこういうの読んでたんだ」 「おお、ためになったか?」  ケビンが尋ねると、アンドリューは掌を表にして首を傾げて、ゆっくり立ち去った。  正午にゲームは始まった。七十六人の参加者に役職が書かれた紙が配られる。六十四人の市民、九人の人狼、三人の占い師が広場に集い、二千二十四年の二ゲーム目が始まった。 「今回は九人しか人狼がいないらしい。早く決めてしまおう」  ケビンがまず声を挙げた。   「さあ、誰なんだろう。まだ始まったばかりで分からないけど」  マイクが応じる。 「僕の考えではケビンとアドルフが怪しいよ。彼らは役職表を見たとき動揺していた様に見えた」 「セルジオ・シュミットか。情報提供ありがとう」  ケビンの額には冷や汗が僅かながら流れ、それをオリバーは見逃さなかった。 「ちょっと飯行ってくるわ、俺」  ケビンがそういうとオリバーとアンドリューは後を追うことにした。 「ロータスは行かないの?」 「僕はここで色々見とくよ。しかしもうケビンを観察するなんて、まだ分からないだろうに」 「この館では彼の動きが鍵になるからね。ここ最近は特に。だから全ては分からなくても見ておきたいんだ」  ケビンが向かったのは本格ナポリピザのレストランで、入店時にオリバーとアンドリューは初めて接触することになった。 「おい、お前もケビンが気になるか」  アンドリューはオリバーの方を見た。アンドリューは前回のゲームを視聴していたので、ほぼ一方的な認知だった。 「一応ね、僕は彼が人狼だと踏んでるよ」 「ふん、甘いな、オリバー・ハンクス。さっきのケビンの顔色で予想したんだろうが、演技ということもあり得る」 「それくらい分かっているよ。彼が冷や汗くらい駆け引きの為に流せる程の人だってことくらいはね」 「じゃあなんでそう思った?」  アンドリューが尋ねると、オリバーは困った様な顔色で答えた。 「男の勘、かな」 「笑わせる」  二人はケビンとは少し距離を置いたテーブルでピザを食べた。 「オリバー・ハンクス、お前のプレイを今冬一ヶ月ほど視聴させてもらったが……」  オリバーはピザを一口一口、噛むたびに口の中に汁が溢れ出るのを味わって食べながらアンドリューを見た。 「素晴らしかったよ、一緒に戦えて光栄だ」  アンドリューは冷酷な表情を見せたり、急に畏まって褒めたりするのでオリバーは少し彼を不気味に感じた。 「ありがとう。でも堅苦しいのはよしてよ、気軽にオリバーって呼んで」  強面で屈強な男とのぎこちない雰囲気のランチを終えたオリバー。ピザの美味しさとアンドリューの怖さに気を取られて、肝心のケビンを全く観察しないまま店を後にした。 「何か分かった、オリバー?」 「何も。アンドリューと話してたら何にもならなかったよ」 「ああ、アンドリューってあの怖い奴か」 「うん。それでケビンの様子をじっくり見るはずが、ただ四十ドルと五十セントを失うだけだった。まあピザの美味しさは流石のものだったけど」 「もしやナポリビザ?」 「そう、マジで美味かったよ。ロータスも前回の給料がまだ残ってるだろうし、あそこ行った方がいい」  ロータスはマイクやジュリアンを中心とした広場の動向を窺っていたが、なんてことなかったし、何の変化もない。 「しかし、すごいゴミの量だね。こんなに昼に食べたの、ロータス?」  ロータスはただ、アドルフに奢ってもらったマクドナルドのハンバーガーを十個程、大量に食い散らかしただけだった。 「うん、朝ごはん食べてなくてすごくお腹が空いてたんだ」  マクドナルドのハンバーガーを食いまくったロータスは、ベッドに横になると気持ち悪いので、枕元に大きなクッションを置いて、そこに背をもたれて座った。  初日にも関わらず、セルジオの考察は続いた。どうやらアドルフとエイドリアン、そしてケビンが怪しいという話でまとまった。 「こういう推理を進めるあなたが一番怪しいって考え方もありますな」  エイドリアン・グッドマンはセルジオに不満を漏らした。 「ほんとだよ、君こそ人狼だろう?」  アドルフも続く。 「さあ、それはどうだろうね」  とぼけるセルジオをケビンは黙ったままじっと見つめていた。  二日目。今日は二月十四日、バレンタインデーで、多くの男の子は好きな女の子にチョコを渡した。 「これ、僕の手作りなんだ、受け取ってよ」  青年の館にもそういう男の子の姿があった。ジュリアンはジェーンに渡した。 「え、良いの? ありがとう」   「アルディス、これ」  ケビンはアルディスに高級なチョコを渡した。これで四年前のあの日から五回目になる。 「ケビン、ありがとう」  彼女の為に目を輝かせて一日中チョコを手作りし、不恰好な手作りチョコを渡すいじらしい少年の姿は、もう遠い過去のものになってしまった。 「これ、俺がゴディバにオーダーした特注品なんだぜ」  最早今の彼は、ただ市販の高級チョコを渡すだけになってしまったが、それでも彼女は嬉しかった。 「ケビン、実はね……」  アルディスは少し恥ずかしそうに、ケビンに手作りチョコを渡した。 「え、良いの? ありがとう」  アルディスが渡すと、他の女子も続いた。 「ケビン、私も作ってきたの」 「私も私も」  プレイヤーの女の子に加え、青年の館のスタッフの女の子まで含め、四十人以上からケビンはチョコを受け取ることになってしまった。 「あいつ流石だなあ」  オリバーは呆れつつも驚いた。 「男がバレンタインにチョコを貰うなんて、聞いたことないよ」    投票の時刻がやってきた。ゲームの鍵を握る最初の処刑。誰に票が集まるだろう。 「さあ、アドルフかな、死んじまうのは」  ケビンは嬉しそうにアドルフの顔を覗き込んで、親指を地面に向けた。 「アドルフは違うと思うわ、彼は昨日疑われた時に本当に違うって訴えていたし。ああいう場面で余裕そうにする人ほど人狼で、本気で焦る人ほど人狼でなかったりするのよ」  メアリーは必死にアドルフを庇った。 「確かにそれは一理あるな、でも彼がその態度を意図的に作り出していたとしたら?」  ケビンが尋ねる。 「うーん、そこまで言われたら誰も分からないけどね、すかしてるセルジオやケビンの方が怪しいと思うの」 「ケビンの方が怪しい、か。この館で俺の名前を出すなんて随分勇気があるんだな」  この会話の中で、他の七十四人のプレイヤーの多くは自分の名前が出ないことを祈った。 「エスター! お前はどうだ? 昨夜怪しい動きをしていたという情報が入っているんだ。本当だよ?」  エスター・リリーは肩を少しびくつかせた。長身で丸顔の女は答えた。 「それは、昨日寝付けなかっただけよ! もう私は夜寝れないタイプなのよ」  エスターは恐怖を隠してケビンに反論した。 「なるほど、まあ昨日死者は出てないから、今日の処刑を決めるのはムズイよな」  ケビンは落ち着いていた。注目を最も浴びる危険な立ち位置にいながら、逆にその立場を利用しているのだ。 「だが、俺はアドルフが怪しいと思う。それだけだ。さあ話は終わり」  ケビンがそういうとアドルフは焦った。 「そういうなら怪しい根拠を言ってくれ」 「昨日の夜、お前が午後九時からぐっくり寝ていたのを覚えている。いつもは人狼が怖くて寝つけないお前が? おかしいな」 「そういう日もあるよ、俺は本当に違うんだ」   「俺はアドルフは違うと思うぜ」  そう切り出したのはジュリアンだ。彼は昨日アドルフと一緒にいたときの様子を説明した。 「お前もアドルフを庇うか。まあジュリアンは妥当だな。問題はあのメアリーとかいう……」  ケビンはメアリーの方を見た。そして彼女のベッドを見た。 「上手くやったな、アドルフ。お利口さんだ」  ケビンは含み笑いをした。  投票がそれから始まり、正午に発表があった。  七十六人による投票で、今回のゲームの最初の死者が決まる。  投票結果は張り出された。一番上に書かれていた名前。それはセルジオだった。 「何で僕なんだよ? 僕は市民だ! お前ら後悔するぞ」  セルジオは三十二票を集めた。圧倒的な数だ。  メアリーは二十票、ジュリアンは九票、アドルフは六票、ケビンは五票だ。 「ケビンのアンチも随分減ったな」  オリバーはそう言った。彼はケビンに投票した。それはこの館では最も平和的な投票の仕方だ。ケビンが死ぬということ? そんなのはあり得ないからだ。 「今回はセルジオとメアリーが狙われたからな、投票前に物議を醸した人間が多すぎた」  マイクが分析した。マイク、アンドリューの兄弟の初日の立ち上がりは落ち着いたものだ。注目を浴びるタイプかと思えば、むしろ冷静でいる。  さっきまで考察に耽っていたセルジオは、残酷なことにその首を切断されてしまった。  断面から血が飛び出し、頭は吹き飛んでオリバーの近くに落ちた。遺体をスタッフが回収するまでの間、オリバーは切り落とされた首の断面を凝視した。  そして数学が得意なオリバーはセルジオ・シュミットの首の断面積を求めようとした。  というのは勿論嘘で、優しい彼はしっとりとした雰囲気のまま、彼が天国で上手くやることを祈った。   「アドルフ、お前の勝ちだよ」  ケビンがそう言ってアドルフの背中を軽く叩くと、アドルフは誇らしげな顔をした。  メアリーの枕元には、アドルフが渡したバレンタインチョコが置かれていた。

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バレンタイン

兄弟

 市民の勝ち……?!  ということは、ケビンも、アーサーも、一晩でいなくなったのか?  ロータスは困惑して辺りを見渡した。あのケビンが死ぬなんて、あのアーサーが死んでしまうなんて。そんなことあってたまるか。  ロータスは広場中に目を通した。  ケビンの姿は、なかった。  ケビンがいないというのは、複雑だった。  彼のベッドを見た。そこにはケビンの姿はなかった。そしてシーツの上にアルディスが腰掛かり、ただ茫然とした表情で遠くの方を見つめていた。  ロータスはケビンのことが嫌いだった。しかし、これはあってはならないと思った。  青年の館は一晩で、今まで溢れていた全ての活気を失った。主人公のいない漫画と同じくらいつまらないものだ。  ケビン不在のまま、ゲームは決着した。ロータスは思った。彼のいない人狼ゲーム。果たしてそれは人狼ゲームと呼べるのだろうか。  と思ったらいた。ケビンは広場を少し出た所にあるトイレからあっさり帰ってきた。 「なんだ、心配かけさせやがって」  思わずロータスはそう溢した。 「ん、何がだよ」  隣のオリバーが答える。 「いや、何でもないよ」  アーサーもどうやら無事の様だ。朝から呑気にシャワーを浴びていたみたいだ。 「もしかして、あいつ?」  少し間を置いてから、オリバーがケビンの方を指差して微笑んだ。ロータスは黙って、小さく頷いた。 「実はケビンのやつ、市民だったんだよ。驚いたろ」  ロータスはゲームの序盤、ケビンが急に襲いかかってきたことを鮮明に覚えている。だからこそ、意味が分からなかった。 「じゃあ例の暴走とかは……?」 「あれは駆け引きだよ。最も普通のプレイヤーならリスクがあり過ぎてやらないけどね。ケビンしか出来ない技だよ、完全に自分のブランドを利用してる」 「悪目立ちしてもファンばかりだから処刑は免れるし、人狼だと思わせておけば本当の人狼に殺されずに済む、ってこと?」  ロータスは少し考えて、ようやくケビンのしたことの意味が分かった。 「その通り。処刑のリスクが極めて低い今の彼にとって、人狼だと周りに思わせるのはむしろ最も安全な策なんだ。人狼があいつは人狼だから殺さないでおこう、って思うからね」 「なるほど、難しいことを考えたもんだね」 「まあロータスならすぐ慣れるさ。でもここは若年層のテクニックが未熟な奴が多いから、あれは皆んな騙されただろうね」  オリバーは一呼吸置いて続けた。 「まあ僕はあいつがやるような簡単な心理戦なんか引っかかる訳ないんだけど」  オリバーがそう言うとケビンが寄ってきた。 「ふん、生意気な奴」 「ケビン、良いゲームだったね」  皮肉交じりにオリバーは投げかけた。このゲームでは結果的に、オリバーもアーサーもケビンもロータスの味方だったのだ。 「やっぱりお前は分かってたか」 「人狼側の主力は誰だったんだろうな」  オリバーは疑問に思った。いくら人数の差があるとはいえ、ケビンやアーサーなどの主力が全て市民にいたら、今回は人狼があまりに不利だったと言える。 「さあ、ウィルフォードとかかな?」  ケビンは半笑いで答える。このゲームで最初に処刑された人物であり、アーサーの親友でもあった。 「それは違うと思うぜ」  アーサーがそれには答えた。 「……まあ、そう思いたいよな」  ケビンは意地悪そうに答える。 「人狼ゲームはこの世界じゃあゲーム終了後も役職開示はされない。つまり、誰が何だったのかはゲームマスターのみ知る所だ」  ケビンは最もな説明をした。この館で死人の誰が何だったのか、それを正確に把握するのはその館のゲームマスターだけであり、あるいは占い師が一部の者のそれを知るのみ。 「皆さんお疲れ様でした。昨夜でこのゲームは終わりで、今回は市民側の勝ちです」  テックス・スミス、この館のゲームマスターが現れた。  テックスは話を続けた。 「それじゃあ給料の支払いですが、勝者の市民陣営の方々には給料を各々の銀行口座に振り込んでおきますんで」  それを聞いてロータスははっとして、テックスに聞いた。 「僕まだ銀行口座作ってないんですけど」 「そうでしたか。では館の者を呼びますので少々お待ちを」  テックスは面倒そうにそう言い、それから暫くして館のスタッフが来た。ロータスは指示された通りに銀行口座を開設した。 「ご自分のスマホで手軽に残高はチェックできますし、スマホ一つでお支払いもご自由に」  スタッフは登録と説明を全てやってくれて、館の事務室に去っていった。  ロータスの銀行口座にはなんと一万ドルもの給与額が送金されていた。ロータスは驚いた。今まで貯めてきたお小遣いを全て合わせても遥かに及ばないであろう金額を、一ヶ月足らずで稼ぎ出すことになるとは。  それから青年の館のオーナーも出てきた。オーナーは中年の丸々と太った陽気な大男で、勝者たちを祝った。 「これ、高すぎません?」  ロータスはオーナーに不思議そうに尋ねた。 「うむ、ロータス・オレンジ君だね。君の活躍は素晴らしかったし、初ゲームでの生還勝利は多くの初心者オーディエンスを勇気づけたんだ。この額はかなり高い方だけど、当然のことだね」  オーナーがそういうと、ロータスはこの三週間余りの出来事を思い出した。そのうち殆どの時間、彼は名前も思い出したくもない、ある女との夢に浸かっていた。それが恋愛ドラマとして公開されて、この金額に繋がったのだと思うと、ロータスは恥ずかしくてたまらなかった。 「なあ、オリバー。あれが皆んなに見られてたなんて最悪だよ」  オーナーは気を遣ってそのことに触れないで表面的な賞賛をした様だ。 「確かにそれは恥ずかしいよな。でも意外とそんなの皆んな覚えてないから、気にしないで」 「でもそういうことにゲーム内でなったらどうすれば良いんだろう」 「好きにやるのが良いと思うな、それも含めて僕らの人生だし、第一そんな所まで皆んな覚えてないし、多分殆ど見てすらないよ。これはあくまで人狼ゲームだ」  ロータスはそれから近くのスタッフと少し話をした。どうやら最低限のプライバシーは基本的に保護されるようだし、ケビンらの様なお色気シーンもほぼ映さないとのことだった。  オースティンは六千ドル、トレーシーは二千ドルを受け取った。  また、ジェーン、スーザン、オマールなどの実力者たちは五万ドルを超える金額を貰っていた。 「よう、ロータス。給与開示されて気付いたけど、お前一万ドルも貰ったのか。随分と高給取りなこった」  ケビンはロータスを褒め称えた。彼を煽るケビンの懐には、九十万ドルが与えられた。  ケビンはオーナーに寵愛されていて、それは六年前初めてのキッズ人狼で快勝を収めた日から変わらなかった。  オーナーは彼を抱きしめて、彼に特別の賛辞を送った。オーナーは彼に毎年の契約金、ボーナス、試合ごとの勝利金など、破格の給料を六年間に渡って与えてきた。しかしその三倍、五倍の額を払ってでも留めておきたい程、ケビンによる興行収入は絶大なのだ。  オリバーは十三万ドルの給料を受け取ることになった。アーサーは六十万ドル。彼らとケビンの三人だけが十万ドルを超える給料を今回受け取った。アルディスは九万ドルでその次だ。  十万ドルを超える給料とはクレイジーなことだ。ケビン、アーサー、オリバー。表に出ればほんの中高生くらいの未熟な男の子が平然とここでは普通の大人の一年間の給料より高額なものを一ヶ月そこらで稼ぐのだ。  特にアーサーのこれまでのキャリアを知らない青年の館の子達は、アーサーのケビンに次ぐ高給に驚いた。  アーサーは青年の館でのゲームはこれが初めてのプレイヤーだった。東の強者集う超名門・海の館出身の男だ。  海の館。それはこの洞窟という、空も山も見れない、太陽に照らされることもない自然から隔離された人狼ゲームの環境下で、唯一海がある場所だった。  故に大人気で、海の館の周辺はこの世界で唯一海を楽しめる場所として、家族連れも富裕層も強力なプレイヤーらも集まり、栄えた街になっていた。  そんな名門で力を蓄えたアーサーだったが、昨シーズンは不調により海の館を出て、青年の館でプレーすることにした。 「マリを出たプレイヤーというから、どんな猛者が来るかと思えば、お前もウィルも案外言うほどでもないよな」  ケビンはアーサーに嫌味を言った。海の館はマリーンを略してマリ、と呼ばれている。 「ここがお前の支配地とは知らなくてね。噂は聞いてたがまさかここまでの悪童とは」  悪童と言われてケビンは満更でもなかった。嬉しそうに鼻を伸ばすケビンに、アーサーは続けた。 「なんだ、嬉しいのか? まあ勝てて良かったよ、こんな場所もあるものかと、良い人生経験になった。今夜は一杯やるか」 「当然だろ、俺たちは勝者だぜ」    二十四人の、生還した勝者たちはその夜宴を開いた。一つの店を貸し切り、高級な酒や肉を少年少女たちは食いまくった。 「お前ら好きなだけ頼んでいいぞ」  会計は全てケビン持ちだった。ロータスはまさかケビンと食事をするなんて、ましてや奢られる日が来るなんて夢にも思わなかったが、そんなことよりその場を楽しむことにした。  一本数万ドルのボトルを開ける者もあったし、数万ドルの珍味を次から次へと食い漁る巨漢もあった。   「あいつらの分まで奢ってやるなんて、ケビンはなんて優しいの、もう」  アルディスはケビンに抱きついた。 「ねえ、もうケビンたらなんでそんなに可愛いの、ねえねえねえ」  アルディスは泥酔していた。熱った彼女の妖艶な顔を見て、ケビンは気が狂いそうだった。何年一緒にいても飽きることはなかったし、何か固くなるものを感じた。強引に引き剥がしてめちゃくちゃにしてやりたかったけど、彼は最低限の秩序を守ることにした。 「なんて可愛い女なんだ、本当に可愛いよ」  ケビンはそれが好きだったが、下品な言葉を口にするのを酷く嫌っていた。なるべく紳士的に、かつ溢れ出る興奮と性欲と狂気と歓喜と何もかもを一つの綺麗な単語に詰め込んだ。  アルディスの艶々の髪を撫でる度に指に極上の快感が伝わった。アルディスの筋張った手首と細い指に優しく触れて、それから手を握りしめた。一本一本の髪、一本一本の指に女のありとあらゆる良さが凝縮されていて、それはケビンの指に伝わり、脳に伝わり、全てを破壊した。  ケビンはあちこちで高価なボトルが開けられる音を耳にした。二十四人は最高の夜を迎えた。  ロータスは周囲に勧められて、はじめて酒というものを少し口にした。  ビールは思っていたより苦かった。皆んな美味い美味いと飲むがそんなことはなく、ワインは度数が高くて危なそうなのでやめておいた。  宴は夜通し行われ、店を出たのは朝の六時のことだった。  会計は百万ドルを超えたが、ケビンは黙って支払った。一つの試合の給与額を超える会計に流石に本人も驚いたが、先日のボーナスも含めれば会計は大したことはなかった。  皆んなはケビンにお礼を言って、各自の進む場所に向かった。  今回の青年の館を観戦した者も動き出していた。  ドーラン兄弟。彼らは次に観戦を続けるか、ゲームに出場するか迷っていた。 「どうする? そろそろソロモン売り切れるから、買うなら今だけど」  兄アンドリューはそういうと銀行の残高を確認した。 「んー、それよりこの青年の館で戦ってみたいかな」 「ケビンか? 俺も実はそう思ってたよ」 「ああ、あいつもだし、今の青年の館、良いプレイヤーが多いよ。人狼ゲームは人の入れ替わり激しいし、やるなら今かなって」 「そうだね。俺も最近遊び過ぎて金欠だし、丁度良いな」  老人たち。ケンドールは別の館のチケットを購入したということでアンドリューに別れを告げた。 「ケンドールさんはもうソロモン買ったの?」 「ああ、アンドリューさんはどうするんだ?」 「私はここら辺をぶらぶらして回るよ、それじゃあ」 「じゃあまた、元気でな」  アンドリュー・オリバー。ロータス・オレンジを約一ヶ月前にこの世界に連れ込んだ張本人は、彼と再会した。 「久しぶりだな、ロータス」  ロータスは夜通し騒いだ後のアンドリューとの対面だったが、その懐かしい声を聞いて目が覚めた。 「ようやりおったよ、初戦とは思えない健闘だった」 「いえいえ、周りに助けられるばかりで」  ロータスはアンドリューと話していると故郷に帰ってきたかの様な安心感に包まれた。あれがたった一ヶ月弱しか経ってないとは思えないし、十年ほど、いやそれ以上旅をしてきた様だった。 「まあこれからじゃな。それと、良い友達もできたみたいで良かった」  二人の後ろでオリバーが微笑んだ。アンドリューはオリバーの方を見ると、少し瞳を潤わせた。 「アンドリューさんはどこへ?」 「私はそこら辺を見て回ることにするよ。それじゃあ、もう会うことはないかも知れんが、また会えたらよろしく、な」  早口でそう言うと、アンドリュー・オリバーは去っていった。少しその手は震えていた。 「青年の館、続ける?」  オリバーはロータスに声をかけた。 「勿論だよ。でもキッズ人狼ってのもあるし、少し空くんでしょ?」 「うん、次の開催日は二月十三日らしいよ」 「だいぶ空くね、それまでどうしようか」 「まあ娯楽施設は色々あるし、ダラダラするのも観戦するのもありだね」  それから彼らは三週間ちょっとの間、観戦場を見て回ったり、ボーリングをしたり、カラオケをしたり、サッカーをしたりして、とてもリラックスしていた。  三週間もの間、溜まった宿題のことも、勉強のことも、学校のことも気にせず、ただ解放されて、大金を手に遊ぶだけというのはロータスにとって初めての経験だった。  オリバーとオースティンと三人で行動していた。やっぱりロータスにとっては最初に仲良くなったこの二人だ。そこそこのホテルを予約したから住み心地は良いし、夜は毎晩ホラー映画を観た。人狼ゲームほど怖くはなかった。 「もう二月十一日、か……」 「あっという間だったね。本当にただこの三人で遊んでるだけだったし」  ロータスは時の流れの速さに驚いた。確かに外の世界にいた頃よりは新しい経験が多く、長い時間を過ごせたが、実際にゲームをしていた時の百倍速で針は時を刻んだ。 「やばいね、もう明後日ゲーム開始だってよ。明日の午後には現地に着いていたいから……明日の朝にはチェックアウトしなくては」  三人は優雅な休暇の最後の夜を、トランプをしたり、カタンをしたり、自作のボードゲームで遊んだりして過ごした。大富豪のルールをよく分かってないオースティンが笑いを集めた夜だった。  こんな最高な生活が出来るなんて、自分はなんて幸せ者なんだろうと、その三週間が終わろうとしている夜にロータスは思った。そして明日からまた、冒険は続く。  もうあの女のことなんて忘れられるくらい楽しくてたまらなかったけど、それでもそれを思い出すと物凄い速さで針がチクチク心臓を刺すから、なるべくそのとき何があったのかは思い出さない様にした。  物凄い速さ。それはまるで、この三週間、オリバーやオースティンと他の館のゲームを観る時に針が時計を刻んだ速さの様だ。 「勇士の館、面白かったね」  ロータスは電気を消して、三人ともベッドに横になった夜、ふと呟いた。明日が来るのがなんとなく嫌で、寝たら損した気分で、枕元の電気をつけたままスマホをいじっていた。 「あれは面白かった」  オリバーやオースティンも同じだった。  勇士の館は低レベルな館だったが、それゆえ初心者に優しく、独裁政権の様なものもなくて観やすかった。 「うん、推しの可愛い女の子が処刑された日のポップコーンの味は忘れることができない」  オースティンは少し悲しそうに言い、そしてまた目の前のポテチをまとめて口に入れた。 「僕もだよ、プレイヤーらの涙は観戦しているだけでもぐっと来たし……、観戦するのも悪くないね」    観戦している時、観客は安全な場所でそれを観るので、しばしば目の前で行われているゲームが現実か創作か分からなくなることがある。それはメリットでもあり、デメリットでもあった。  そんなことを考えながら、ロータスはイヤホンをして、エドシーランを聴いた。寝さえしなければ、明日は来ない。永遠に続く。そんな深夜テンションに苛まれながら、もう日付を跨いでいたし、そう思っていてもいつかは目を閉じてしまうのだ。  両隣にはオースティンとオリバーが寝転んでいた。二ヶ月前の自分が、たった二ヶ月でこうなるなんてどうして思えただろうか。きっと想像することもとてもできなかっただろう。  まるで二人は兄弟の様だ。兄弟のいないロータスはそう思った。 「オリバー、この本面白かったよ、ありがとう。返すね」  オースティンは「初心者の為の人狼ゲーム入門」という本をこの夜読破した。 「どうも。そこに置いといて」  オリバーが何度も読んだことで、その本はボロボロになっていた。  オリバーはこの夜、これから始まる青年の館でのゲームのことを考えた。彼の人狼ゲームへの情熱は、ロータスが加入した辺りから徐々に燃え上がってきていた。  オースティンはボーリング場で出会った女の子のことを考えた。この街を出る前に連絡先を交換しておくべきだったと後悔し、そのことで本の内容も半分しか頭に入らなかった。  ロータスは時間感覚の狂い様を考えた。二ヶ月前まで、何年も何年も、来る年も変わり映えのない、同じ校舎と家を行き来する生活をしていた。それが今は全く知らなかった洞窟の中で色んな人に出会い、多くを経験し、知り合ったばかりの友達二人と寝ている。こんなことがあって良いのだろうか。  エドシーランのシェイプオブユーがサビに入ると、ロータスは昨冬の失恋を思い出した。あの頃から随分と自分は変わった。長い一年だった。一年前の自分はなんて愚かだったのか、シェイプオブユーが一定のリズムを刻むと共に、ロータスの自己嫌悪も一定のリズムを刻んだ。  午前六時。三人とも夜更かししたせいで、この時間にいつも通り起きるのは非常に辛かった。しかし三人とも何とか起きて、早々とチェックアウトをして青年の館に向かった。 「海の館行きの電車が発車しますーー」 「ふう、何とか間に合った」  三人が遊んでいた街は豪傑の館や士魂の館などの中堅からそれ以上の館の集うビッグシティだ。 「これに乗れば十時には着くね」  そこは青年の館からは少し遠かったので、三時間ほど電車に乗る必要があった。その為もあって三人とも夜更かしにも関わらず早起きし、電車の中で眠ることにした。  三人とも気持ち良さそうに眠った。早朝の電車は空いていて、それから段々人が増えてきた。ギラギラのプレイヤーばかりかと思えば、この世界の人口の大半を占めるのは平和な親子連れとか普通の老人とか、所謂一般客だ。  ロータスら三人はそれから青年の館に到着した。ロータスが青年の館のゲームが始まる前に館の付近を少し歩いてると、なんとあの女の姿があった。  エマだ。彼は大いに未練を抱えていたし、エマに話しかけようとした。 「エマ、こんにちは」 「ロータス、久しぶりね」  エマとまた普通に会話が出来るなんて信じられなかった。今度はもっと大切にしようと思ったし、このチャンスを逃したくなかった。 「最近何やってるの?」 「うーん、バスケかな」 「今やりにいく?」  二人は数言交わして、スポーツセンターの様な所に向かった。そこでエマは身を寄せてきて、ロータスはこれはチャンスだと思った。  ロッカールームで彼女は上目遣いでこっちを見てきた。本当に可愛くて、寄ってくるので、彼女の体を触ってもっといちゃいちゃしたいと思ったけど、それをして引かれたら困るし勇気が出なくて、念の為やめておいた。  バスケは彼女とロータスと、その場にいた数人で行われた。少しゲームをして、どっちが勝ったのかは曖昧なまま次の場所に行くことにした。汗ばんだ彼女が可愛くて、綺麗で美人で堪らなかったけど、一応まだそういうことをするのも提案するのも控えたし、キスもまだしない。これから出来るはずだ。抱きしめたくて堪らない。  それからロータスはディズニーランドの様なテーマパークに向かった。ハッピーアイランド、という名前のものだ。  そこで幾つかアトラクションに乗った。大きな船に乗って揺れるヤツは本当に落ちそうになったし、ジェットコースターは本当にひっくり返りそうだ。  それからそこの宿泊施設に向かった。遂に彼女を独り占めに出来ると思った。生まれてはじめてのセックスが出来ると思うと興奮したし、そうでなくとも彼女と寝れるというだけで、彼女の体を同じシーツの下で触って自分だけのものに出来ると思うだけでおかしくなりそうだった。  ホテルのチェックインをして、部屋に向かった。するとそこにはケビンがいた。  何という巡り合わせ。ケビンはエマを取ろうとした。エマは嫌そうにしていたし、ケビンはヘラヘラしていて、ゆっくりジョギングしながらエマの体を抱きかかえていった。  エマはもしかしてケビンのことが好きなのか?  あんなヤツに取られるなんてたまったもんじゃない。でもきっとエマは自分に気を寄せてくれているはず。そう思ってロータスはそっちに走ろうとした。  部屋を出て廊下を走り出すと、いつの間にかケビンは消えていた。もう彼はどこかに言ってしまい、他の女と寝ていて、エマは独りぼっちになったらしい。ロータスは数十m先にいるエマの方に走って向かった。  エマはその場に居続けたままだった。こんな距離、五秒もあれば、十秒もあれば着くはずなのに、なぜか脚が重い。  走っても走っても何故か前に少しずつしか進まない。焦ったくてもどかしくてロータスはイライラしてきた。  エマはそのうち待ちくたびれて、向こうの方に歩き出してしまった。  まずい、ケビンに取られる、誰かに取られちゃう。  ロータスはそう思って勢いよく加速しようとしたが、脚が全然動かないし、その場でバタついているだけだった。  その瞬間、ふとロータスは全てを理解する瞬間がやってきた。  これは夢だ。しまった、こんなに脚が動かないということは夢だ。  夢と気付いてから、彼が再び現実に戻るまでの間、それは三秒もなかったと思う。  その僅かな時間、ロータスは激しい後悔に襲われた。なんだ、どうせ夢だったらもっと彼女の体を触っておくべきだったし、セックスももっと積極的にいけば出来たのに。キスくらいなら出来るはずだ。  そう思って、明晰夢を発動しようとするが、少し夢の景色がぐちゃついただけで、明晰夢を発動するにも、タイミングは遅いわ明晰の精度は悪いわで散々なまま、視界がボヤけ、ただの瞼の裏になった。 「次は熱血の館ーー」  ロータスは目を開けたくなかった。しかし確かに電車に体が揺られているのを感じた。  また寝たら戻れるかな……  いや、戻れなかった。いつもの様に彼は惜しい所まで行き、美味しい所を逃すというもどかしい、最後に走ろうとして脚が動かなくなるパターンの夢を見ただけだった。  このパターンの夢は間違いなく千回は人生の中で見てきた。またか。  それからロータスはまた眠った。まだ時刻は八時半だ。少し窓からの景色を見るとそこは見慣れない光景だったが、特にその街に興味は湧かなかった。  それから手元のアラームが鳴るまでに見た夢は、起きた瞬間忘れてしまう程度の大したことないものだった。  ピピピピピ……  ロータスのアラームが鳴った。ロータスは他の二人を起こした。 「そろそろ起きて、もうすぐ着くから」 「ん、おおもうこんな時間か」 「よく寝たー」 「次は青年の館ーー」  それから三人は青年の館まで歩いて行った。ロータスはまだ少しあの夢を覚えていた。つくづくエマに異常な未練のある自分を呪った。 「この、人狼の世界の入り口付近の雰囲気懐かしいね」 「うん、三週間大都市に行っただけだけどさ、青年の館ってこんな田舎だったけ、ってね」  青年の館は住宅街の立ち並ぶ落ち着いた場所で、確かに遊ぶ所は少ない。  三人は青年の館の門をくぐった。 「こんにちは、人狼ゲームをプレーされますか?」  受付には以前と同じ男の子が、同じ笑顔で立っていた。 「はい、三人ともプレイヤーで」 「分かりました。前回に引き続き、オースティン・ブラウン君、ロータス・オレンジ君、オリバー・ハンクス君、で宜しいですね」 「ええ、そうです」 「前回のゲーム、面白かったですよ。今回も頑張って」  受付の子に励まされて進んだ先には、既に顔馴染みのある面々が並んでいた。  当然の様にケビンとアーサーはいたし、ジュリアンなどの懐かしい面々もいる。その周辺の若い奴らもいて、ガキのノリが広場をいっぱいにしていた。 「前回とあんまり、主要キャラは変わらなそうだね」  オースティンは広場を見渡した。 「あんま前回は主力が死ななかったしね」  オリバーも答える。 「でもあのケビンの隣にいる人、見覚えなくない?」  ケビンの横には長身の男が座り、何やら挨拶を交わしている様だ。 「お前がマイクか、悪い噂は幾つか聞いているよ」 「こちらこそ、ケビン。クレイジーなゲームを見せてもらった」  文字通りクレイジーだ。ケビンの横暴ぶりを思い出して、マイクは笑うしかなかった。 「あれがマイクか……」  オースティンはスターの登場に驚いた。 「知ってるの?」 「知ってるも何も、あれは若手最強のうちの一人だよ。昨シーズンは少しゲーム出場のペースを緩めて、U18も七位に終わったけど、まあ普通にやれば一位か二位は取るだろうね」 「兄のアンドリュー・ドーランと一緒にいるって聞いてたけど……」  オリバーはそういってマイクの兄がどこにいるかを追った。すると広場の端の方に、壁にもたれかかって偉そうに立ったまま皆んなを傍観してる男の姿があった。 「あれがアンドリューっぽいね。噂通り、メッチャ怖そう」  弟のマイクもそうだが、異常な殺気を放っていた。兄弟共に背が高く、細身だが筋肉質で、爽やかな顔立ちとは裏腹に目つきは鋭かった。DV彼氏とクラスのいじめっ子を足して2で割った様な雰囲気に周囲は圧倒された。 「特に兄の方、とんでもないな」  オースティンは言葉を詰まらせた。 「まあ人狼ゲームって厳しい戦いだし、あれが本来の姿なのかも」  オリバーは冷静に分析したが、その手すら心なしか震えていた。  明日の正午、ゲーム開始まで丸一日残されていたが、三人ともドーラン兄弟に話しかける勇気はなかった。  アンドリュー・ドーランは鉄の表情でただ弟を見守り、手をポケットに突っ込んだままだった。

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兄弟

はじめての推理

 一月十七日。すなわち二十二日目。  二十一回目の報酬が支払われた。また、ケビンには巨額のボーナスが支払われることになった。  彼は史上最も青年の館に長く居る人間であった。なんと今日で六年になるというのだ。  二年前から始めて五戦全勝の肩書きを持つ彼がなぜ六年前から?  青年の館の昔を知らないプレイヤー達は、誰よりも古くからケビンがそこに居ることに驚いた。 「ケビン・ストークス、あなたの青年の館への忠誠に感謝します」  テックス・スミスは形式的な感謝の意を述べ、五百万ドルもの大金をケビンは受け取った。 「俺がここに来たのは二年前だ。そのときケビンも初めてだと言ってたからてっきり同じくらいかと」  古参の一人であるジュリアンが言った。すると賞状の紙を丸めた少年が話を始めた。 「俺はガキの頃からここに居るんだ。公式戦に出始めたのは十歳の頃から。それまでの四年間は非公式、というかガキ共でやるお遊び人狼をやってたよ」 「ん? キッズ人狼って奴か? 聞いたことあるな」  ジュリアンはそれを少し知っていた。九歳以下の幼い子供達だけに許された、ゲーム内で殺されても死なない、ノーリスクの人狼ゲームである。 「大人の人狼ゲームと交互にやってるんじゃなかったけ、ここ。たまに入れない期間があると思ったら大体子供が使ってるよな」 「そうそう、キッズ人狼で腕を磨き上げ、ここで英才教育を受け、子供の頃から努力し続けてきたことで今の俺があるんだ」  彼は誇らしげに語った。そして唯一、キッズ人狼時代のかつてのケビンを知る女が一人いた。 「ここに残ってる人じゃ、キッズ人狼時代の最古参は私とケビンだけね」  アルディスは四年間、青年の館に忠誠を誓っていた。初めて出会った時の弱冠八歳のケビンは既にセクシーだったと頬を赤らめた。 「キッズ人狼の頃からケビンは強かったよ。誰よりも可愛くて、カッコ良くてその頃から才能に溢れてたの」 「まあな。リスクを取らないガキがやってるキッズ人狼は、あまり観ても面白くないから興行は雀の涙。あくまで若いプレイヤーの育成の為に作られたシステムらしいが……」 「その常識を変えたのがケビンなのよねー」 「ああ、六歳の時の俺は既に大人のゲームと大差ない動員を集めるスターだったと記憶しているよ」  ケビンはどうやら青年の館と契約を若かりし日から結んでいたようで、当初の二年契約から更に四度の延長があった様だ。 「そもそも、キッズ人狼なんて文字通り子供のお小遣いみたいな給料しか出ないのに、俺だけは大半の大人より貰ってた」  実際に、ケビンが出たキッズ人狼の興行収入の平均は、全体のキッズ人狼の平均の十倍を優に超えていた。 「今回のボーナスは俺のこの館への忠誠を誓う姿勢に対して払われたものらしいぜ」  ケビンを引き留める為に異常な金を積んだ青年の館だが、ケビンはそれを抜きにしてもここを気に入っていた。 「まあこの小さな館に世界一のジュニアプレイヤーが残ってくれるというのは最高なことなんじゃない?」  アルディスも誇らしげだった。 「しかし、俺らの世代でキッズの年齢の頃から大人のゲームに参戦してた奴がいるのは知ってるか?」  ケビンはアルディスに尋ねる。 「知らないわ、そんな人いるの?」 「ああ、いるも何も、伝説も伝説よ。俺らの世代で奴を知らない奴はいない。まあ俺かそいつかってポジションかな」 「えー、誰だろ、、。ケビンとタメを張るうちらくらいの世代って……アーサーとか?」 「アーサーは違うよ。それにあいつ、ちょっと上じゃん」 「まあね、だとしたらマイクとか?」 「正解! マイクはヤバいよ、何しろ八歳の時から命賭けて大人のゲームやってたって言うんだもん、狂人だ」 「えー、マイクなのね! 確かにあいつ小さい時から怖かった覚えがあるわ」 「巷じゃ俺と同じくらい恐れられてるらしいぜ? あいつの兄貴もあれ程じゃないがかなり恐ろしい男だと話を聞いているよ」 「ああ、アンドリューね。少し話したことあるけど、覇気が凄かったわ。本当に十代なのか怪しいくらいのオーラよ、あれは」 「俺が予想するにだな、多分あの兄弟はこのゲームを観戦してるぜ。それもS席辺りで優雅にくつろいで。ストロベリー味のポップコーンとコーラを片手に、だ」  そういうとケビンは体の向きを変えてカメラ目線になった。 「そうだろ? なぁ、おい」 「そうさ、ズバリ的中だな」  アンドリュー・ドーランはそれにモニター越しに応じた。 「ほう、この観戦場にも大スターがおったとは」  アンドリュー・オリバー、老人の方のアンドリューがそれに反応した。 「アンドリュー君とマイク君でドーラン兄弟が仲良く観とるようだ」  ケンドールも嬉しそうに反応した。  観戦場はアンドリューが答える瞬間に静まり、アンドリューがそれを答えるとどっと沸いた。  マイクは黙ってストロベリー味のポップコーンを口に放り込んだ。 「ポップコーンの味まで当てるとは」 「流石だな」    一方のオリバーは昨日のロータスのことがあってから、彼に何も聞かなかった。何かを話すより、ただ黙ってそばにいるだけで十分だった。  十七日の処刑で女が死んだ。アルディスが権力を持つこの館において、彼女側の女が死ぬことは珍しく、それはゲームが終盤に差し掛かっていることを意味した。  その女が死亡した正午過ぎ、残ったプレイヤーは二十六人だ。人狼ゲームのプレーがとうとう本格化してきた。 「さて、もう二十六人だ。人狼サイドが勝つならあと少し。市民サイドが勝つならもうそろそろ決着がついてもおかしくない」  アーサーが切り出した。 「さて、お前の役職はなんだ? アーサー」  ケビンが直球を投げた。 「……さあ」 「まだ心理戦を続けたいか、アーサー」 「続けたくないね」  アーサーは顔色ひとつ変えずに、そのままベッドに横になった。 「ふう、疲れたよ」 「あれが答えだ」  オリバーはノートの隅にそう書いて、ロータスに見せた。ロータスは了解した。  二十三日目。朝から観戦場は今までにない観客数を記録した。  徐々にゲームの核を握る人物の命が脅かされ、それは現実味を帯び始めた。ケビンは冷静で、全く焦ることはなかった。 「さて、昨日また死んで二十四人か。そろそろ終わりが近づいてきたな」  ケビンはご機嫌だ。 「イキってやがる、ケビンのやつ。俺は今日の処刑が怖いよ」  ジュリアンは投票を恐れていて、またそれを露わにした。  ケビンが人狼であるのは火を見るより明らかなことだった。ロータスは彼が死なないことも同時に確信した。  そうなると、市民側の勝利条件である、人狼側全員死亡、はほぼ不可能だ。  つまりロータスは自分が生き残り、負ける、すなわち人狼側と市民側の人数が同じになるまで耐えるべきだと考えた。  現在二十四人。人狼が十人全員生きてたとして、あと四人市民側が死ねば、無事ゲームは終わる……  ロータスは初めて人狼ゲームについて深く考えた。そしてそんな自分に驚いた。二十三日目にして、彼は四人の同志の死を願う。それを可哀想だと思いながらも、その中に自分さえ、欲を言えば自分とオリバーさえ入らなければ、と思うのだ。  あと数日の辛抱に思えた。恐らくケビン率いる人狼側に死者は出てない。  人狼は誰だろう。  ロータスは考えた。  オリバーだろうか? 多分彼もそうだ。  アーサーだろうか? ロータスはその話を了解していた。彼は人狼だ。  ロータスの推理が当たっているとするならば、アーサーの言葉はこういう意味だ。  心理戦を続けたくない。それはそれに意味がないということで、すなわちケビンと自分が同じであることを暗示しているのだ。  ケビンと同じ側、つまりアーサーは人狼だったんだ。  ジュリアンはどうだろう? 彼はみんなの中心人物のようで、案外その口からヒントを発することがなかった。  アドルフは? それも分からない。  トレーシー、スーザン、……彼らは市民の様な気がする。しかし、それは直感で、ロータスは彼らの全てが人狼であるべきだと思った。  もし人狼であるなら、きっと彼らのうち誰も死なないだろう。  ケビンに守られる。ケビンはゲームを早々と決めてやろうという覚悟を持っているから。  ロータスは少し心配だったが、オリバーらに守られている安心感があった。今度はいつか彼の為になりたいと思うのだ。なるべく早く。さもなければ彼には守られてばかりだ。    アルディスとかジェーンはどうだろう。意外と市民だったりして。ロータスはアルディスの美貌を認めつつも、彼女の性格を好かなかったから、彼女がその四人になるべきだと思った。ジェーンとかオマールも同様のこと。    自分の命が危機に晒されれば晒される程、自分がいかに恵まれている男なのかをロータスは認識することになった。  隣で静かに眠る華奢な少年は、この世の誰よりも頼り甲斐のある逞しい男だ。  二十四日目。その朝は早かった。ロータスが目を覚ました時、それはまだ早朝の四時にもならぬ偉い早い時間だったが、既に大半のプレイヤーが目を覚ましていた。  午前四時、テックス・スミスが広場に現れた。ロータスはこの時、何故殆どのプレイヤーが起きているかを知ることになった。 「えー、おはようございます。ゲームマスターのテックス・スミスです。本ゲームは昨晩いっぱいを持って終了となります。皆さんお疲れ様でした」  ゲームは終わった。観戦場には満員の客が一晩中詰めかけていたようで、テックスが終わりを告げると、拍手が観戦場をいっぱいにした。    ロータスは驚いた。少なくとも市民四人がこの晩に死んだのだ。急展開だ。  ロータスはそれから興奮したまま周囲の生存確認に移った。  隣を見る。やはりオリバーは当然の様に生きていた。良かった。  辺りを見渡す。  トレーシーだ、あいつも生きてた!  ジュリアンもいる!  あれ、アドルフは……    いたいた! それとスーザンも!  よし、皆んな仲間は生きてた!  心の中で叫び、ロータスはオリバーの上に飛び乗った。 「良かった! 皆んな生きてた! オリバーありがとう」 「もう、大袈裟だなあ」 「僕は市民だったからさ、ゲームには勝てなかったけど、とりあえず生きてこのゲームを終えられただけで良かったよ。本当に楽しかった」 「え……? ん?」  オリバーは首を傾げた。そして不思議そうにロータスの顔を覗き込んだ。 「勝ったのは、市民側だよ?」

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はじめての推理

幸運のパフェ

 もうあれから一週間だ。  ロータスがエマに会ってから一週間だ。  もうすぐ一週間だ。  クラブには人がいた。恐らくここの人なんだろう。一般客は入れないだろうし、プレイヤーは本分のゲームに夢中だ。  エマはいない。  やっぱり、か。  やっぱり、もうすぐ一週間となるのに彼女はもういないのか。  きっとこの世界のどこかには絶対いるけど、彼女はどこかで、別の人と落ち合って、僕のことなんかどうでも良くなってるんだ。  ロータスはそう思って、クラブを引き返した。  広場ではオリバーがケビンと論争を繰り広げている。眩しかった。カッコいい男め。  広場のスポットライトがケビンを照らす。オリバーを照らす。アーサーを照らす。    そんなライトどこにもないのに、確かに床には光が反射して、周りには影が。  もう時刻は午後十一時を回っていた。今は人狼ゲームのゴールデンタイム。  また今夜はケビンのやつ、女と二回戦だの三回戦だのやるんだろう。  それを特別な日としてでなく、ただの日常として行うんだろ。  ロータスは自分が十二歳の時、自分が何をしていたかを思い出した。そして十三歳、十四歳、十五歳の自分を思い出す。  そしてこの広場にいる、ケビンを筆頭とした年少者に目をやる。十三歳のオマール、十四歳のジェーン、十五歳のアルディス。 「ねえねえ、オマール?」 「ジェーン、何すんだよくすぐったいなあ。え? ああ、いいよ、別に。ふふふ」 「あんたら何してんのよ〜」  自然と怒りがこみあげてきて、全てを投げ出してその全てを殴り殺したくなってきた。その衝動がロータスを襲ったのも束の間、目の前のやつらを殺した所でまだ何億もそんなやつはいて、それが意味ないことに気付くとロータスの拳は緩んだ。  気付けば逃げる様にロータスは広場を後にして、クラブに入って小柄なお爺ちゃん店員に勧められたメニューを口にしていた。  最後にデカいパフェが来た。優しい目をしたお爺ちゃんは幸運を引き寄せるフルーツだとロータスに微笑んだ。  その瞬間、奇跡は起こった。 「ごめんね、エマだよー。働くとこ変えたの」  この世の何よりも、どんな他の物よりも欲していた声が鼓膜に響いた。  手にした幸運を指の隙間からこぼしてしまいそうなくらい、それは溢れんばかりのものだった。 「エマ?」 「うん」  相変わらず可愛い顔をしていて、声が綺麗とか、スタイルが良いとか、美人だとか、そんな呼称すら陳腐なものにする有り様が隣にはあった。そしてそれを恋と呼ぶのだろうと思った。  ロータスは暫くの間、恋という深い海底に溺れていた。それは長い様で短いものだった。  ロータスはこの夜、彼女と出会ったことをきっかけにそれから少しの間、恋を枕に添えて眠るんだ。  おやすみなさい。  目が覚めた。夢が覚めた。さあ、朝だ。頑張ろう。  日付は変わっていた。それも二週間ほど変わっていた。  一月十六日、か。まだ二千二十四年は始まったばかりかと思ってて、最初の一日二日は三百分の一か、百分の一か、とか余裕を持っていたのに、もう二十五分の一すら過ぎてしまった。  いや、それしか過ぎていないと言うべきだろう。  夢。普通はもうこんなに過ぎたの? と思うのがそれだが、まだこれだけ、?という感覚が彼を襲う。  不思議な夢だったなあ。たった二週間とは思えなかったし、それは一年にも二年にも、十年にも思えた。  それほど彼はこの二週間で人間として変わってしまった。いや、というより変化を強いられた。その一方で何も変わってないとも言える。ただ同じ人間に一つの記憶に焼きつく夢がくっついただけだと。  しかしその経験が一人の人間を丸ごと変えてしまうとも言えた。  一体何が起こったのか?   分からない。それは夢だ。現実にしてはあまりに時空が歪み過ぎている。ロータスはその夢を誰かに話したい衝動に駆られた。  しかしそんな仲の相手はいない。あのオリバーですら無理だった。  誰に話すにも耐え難く、誰に話さぬにも耐え難く、それは夢だと理解すべきことだった。  そして一年と数ヶ月の間はしまっておくのが賢明だった。  またいつか、その時が来たときにそれを夢というフォルダから解除して、それに現実として向き合うべきことだった。  十六日の朝、オリバーとロータスは世界一美味いカレーライスを食った。 「朝からカレーは贅沢だな」 「実はまだ行きたい所があるんだけど、いい?」  ロータスは無意識のうちにオリバーにそう尋ねていた。 「ん? いいけど」  優しいオリバーの腕を引っ張って、優しいお爺ちゃんの元に気付いたら座っていた。  ロータスはパフェを注文した。 「ロータス君、このパフェはだな……」  お爺ちゃんの説明があの日の様に始まる。  ロータスはオリバーの分と一緒にそれを頼んで、一緒に食べた。  食べ終わってクラブを出た。ロータスはゆっくり、ゆっくりとクラブを出るまでの道を歩いたが、その肩を叩く綺麗な手はどこにもなかった。 「確かに美味かったけどさ、別にあれだけの為に来るのも不思議だよ」  オリバーは突然の奇行に苦言を呈し、続けた。 「あんなのどこの店でもあるし、あれがどうしたって言うんだ?」 「……美味いか?」  ロータスは尋ねる。 「いや、まあ美味いよ?」 「いや」 「え?」 「不味いよ」  ロータスはこの世のあらゆる何もかもを、人生をも屑箱に捨てる様に吐き捨てた。 「……」  オリバーは黙ったままロータスの肩に手を回した。   その手が温かくて、惨めで冷たい体に染み込んで、自然と涙が溢れた。

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幸運のパフェ

窒息

 二千二十四年が始まった。新シーズンがスタートし、ロータスの気持ちは大きく揺れ動いた。今までのどの年越しよりも、年を越したという重みを圧倒的に感じる年越しが、二千二十四年の一月一日というものであった。  ケビンのシーツにはまだ微かに口紅の香りが残っていて、アルディスの頬は桜色に熱っている。  新年の抱負を意気込む者も多くあった。今年こそはTBA(最優秀選手賞)にノミネートされる、とか〇〇に勝つ、とか何億稼ぐとか童貞を捨てるとか沢山友達を作るとか〇〇の館と契約を結ぶ、とか。  一方のオースティンは泥酔していた。昨夜ロータスが寝た後に飲み過ぎた様で、吐きそうになりながら二日酔いに苦しむ彼をロータスは新年の目覚めと共に目撃することになった。  オリバーもまだ酔いが醒め切らずにベッドでぼーっとしていた。 「おはよう、オリバー。飲んでたの?」 「うん、ワインを少し」 「酒はよく飲むの?」 「いや、たまにだね。それに健康の為に少量。ロータスは?」  健康の為と言いながらちゃっかり十七歳でお酒を飲むオリバーであった。 「飲んだことないよ。だって表の世界じゃお酒は二十一歳からじゃんか。殆どどの州でもそうだったはず」 「はは、確かにね。でもここはお酒に関しては取り締まりがないから」 「それで皆んな飲んでるの?」 「うん、僕は特別な日しか飲まないんだけど、昨日は少し飲み過ぎたね。オースティンとかに釣られて」  ケビンのお目覚めはかなり遅く、午前十時頃のことだった。  彼は相当飲んだ様で、グロテスクなまでに酷い有り様だった。彼は起きると何度もトイレに駆け込み、昨夜とは一転してか弱い足取りに同情の視線が寄せられた。 「ありゃ飲み過ぎだな」  アーサーは昨日のことをよく覚えていた。  酒豪のオースティンとケビンが張り切って対決をし、二人共潰れて意識がなくなるまで飲んだ。 「大丈夫か、ケビン」  やっと元気を取り戻したオースティンが、トイレから戻ったケビンに声をかけるが返答はなかった。 「結局どっちが勝ったんだっけ?」  トレーシーがスーザンに尋ねる。 「覚えてないよ〜。皆んな途中で寝ちゃったし、本人らは酔って潰れて記憶ないし」  ケビンは大量の女と寝て、その上にオースティンとの対決に挑み、一夜にして一年分位の体力を消耗してしまった。 「きちい、きちい」  か細い声を出してうずくまるケビンは、今なら少し押したら死んでしまいそうだ。 「あんだけ立派な図体と態度でも、中身はほんの十二歳の幼い男の子だ。過剰飲酒の体へのダメージは計り知れない」  オリバーは心配そうにそういうが、既にその目線は手元の新聞に向いていた。一面は勿論TBA。 「今年の最優秀選手は最近出てきた人が多くて面白いよ」  オリバーは興味深そうに一面を熟読している。  一月一日午後二時時点で青年の館に生き残ったプレイヤーは六十四人。その中でケビンは最も若く、最も強く、最も二日酔いに苦しむ男だ。  大晦日に処刑されるまではリアムという十歳の男の子が青年の館最年少で、ケビンはその次に若いプレイヤーだった。  しかしリアムはアルディスに欲情して毎晩ケビンと彼女がやる所をチラチラみていて、端っこの方でそれをおかずに抜いていたきめぇクソガキエロ猿ということで公開処刑された。  その件を知らない者も、このガキに投票しとけば救われるというノリで投票し、リアムは異常な得票率を叩き出してしまった。  また、昼間の投票ではジマーという誰も知らんモブキャラが死んでしまった。女子集団の一軍キャラジェーンとの揉めごとが凶と出た様だ。 「ケビン、私が止めなかったのがいけないよね。ごめんね、こんな苦しい思いさせちゃって」  ケビンのいつも以上に華奢になってしまった腰をさすりながら、アルディスは号泣した。 「……。謝るなよ、全部俺が悪いんだ」  こういう台詞は普通そうでもない時に言うのに、今回は本当にケビンが全部悪かった。 「水持ってきたよ、ケビン。水飲んだら酔いが楽になるって言うから、こまめに飲んで」  ジェーンも救護にあたる。ケビンのことが大好きな女の子たちは勿論、ケビンのことが大嫌いな男の子たちも救護に参加した。 「アーサー、何お前が助けにきてんだよ」  ゲロゲロ状態のケビンは無理して張りのある声を絞り出した。 「あんま無理して話そうとするなよ」 「ふっ……お前も俺がいないと嫌か」 「馬鹿いえ、こんな下らないことで死なれたらつまらないからな。マジで死にそうな顔してたよ」 「俺がいた方が楽しいもんな」 「ああ、最優秀選手賞さんはまだ必要だよ」  アーサーの的確な指示と、アルディスらの献身的な対応により、死にかけケビンは夕方の六時頃にようやく息を吹き返した。 「やっと本調子だ、アーサーありがとう。でも容赦はしねえぞ」 「当たり前だ。その為に看病してた訳よ」  夜になるとケビンは完全に活力を取り戻した。そして多くのプレイヤーは、ケビンが元気になったことでようやく二千二十四年というものがスタートした様に思えた。 「ケビン、元気になって良かったよお……」  アルディスはケビンを抱き締めた。ケビンの背中を涙が濡らし、その胸にはアルディスの豊満な体が密着した。ケビンは最高の気分だった。 「さあ、今夜も盛大に飲むか!」  ケビンが高級ワインを勢いよく開けると皆んなが止めた。 「馬鹿! やめとけよ、またさっきみたいになるぞ」 「あの野郎、喉元過ぎたら熱さ忘れ過ぎだろ」  その場にいた男も女もそれを止めて、ケビンの口からボトルを力づくで引き離した。 「おい、飲みかけなのに」 「ん……、確かにこいつ上等な酒飲んでやがる。飲みかけだが捨てるのも勿体ないし、俺が飲んでやるよ」  アーサーがそう言うと、他の面々も群がった。 「私も飲むわ、ケビンはお酒は控えて休んでなくちゃ」 「私も飲む」 「俺にも分けてくれ」 「俺も俺も」 「僕も飲もうかな」 「おいおい、お前ら……。アーサーにアルディス、オリバーまで! ちゃっかりしやがって」  そういう訳で結局多くの館内のプレイヤーがケビンが口をつけたワインを一口ずつ飲むこととなった。 「しかしこの館は……相変わらずだな」  オリバーは一口飲んだ後にふと溢した。 「何が相変わらずさ?」  オースティンが聞き返す。 「ケビンのガキがいるせいで、あいつらにいかに嫌われないかが重要になり過ぎてる」 「言えてるよ。もう少しレベルの高い館なら、例え自分の推しや仲良しだろうが関係なくゲームをするはず」 「ただまだ僕らにそのステージは早過ぎるんだ」  オリバーがそんな話をしていると、ケビンが登場した。 「よお、俺の話で盛り上がってんのか?」  ケビンは本当にどこにでも現れる男だ。 「そうだよ。まあなんだかんだこの館には愛着あるし良いんだけどね」  オリバーがふわふわとした返答をする。 「オリバー、次はお前が処刑されてもいいんだ。どうする?」 「殺れるものなら殺ってみなよ」  そういうとケビンは唇を噛みながら退散した。 「でも、どういうこと? オリバーは彼とは仲が悪いし、彼だってモブよりオリバーを殺したいと思うはず」  ロータスが多くのオーディエンスが抱える疑問をついた。 「重要人物はギリギリまで殺さないのが鉄則なんだ。まさに僕みたいな、ね」  オリバーは照れながら言う。 「何だよ、その小説のメタ発言みたいな。これはフィクションじゃなく、現実なんだぜ?」  オースティンが口を挟む。 「それとも興行的な……?」  ロータスも首を傾げる。 「それは何も興行的な理由じゃないよ。奴らがそんな所まで考えてる訳がない」 「じゃあどういうこと?」 「ある程度その館の中で実力を持ったプレイヤーを殺すのはリスクを伴うんだ。もし同じ陣営だった場合に一気に不利になるからね」 「そうそう、勿論強い奴を殺す手も稀にあるけど、多くは最後まで残らせるんだ」  スーザンが補足した。彼は人狼ゲームについて多くを理解していた。 「なるほど……、上手い奴ほど自分の陣営を隠すのも上手いし、序盤で殺すのは危険なのか」  道理でモブキャラから殺されているという訳がロータスにも分かった。だから序盤は思っていたより落ち着いた立ち上がりなのだ。 「だから自分を強く見せようとする奴は多いけど、ケビンには全て見透かされてるだろうね」  初日から大量に死亡者が出た騒動は、最早ケビンの香水の匂いに掻き消されていた。 「ケビンって馬鹿だけどモテるから何とかなってるただのクソガキだと思ってたけど、意外と技術もあるんだな」  トレーシーが呟いた。 「流石にU18とはいえ技術なしで一位は取れないよ。初日のロータスへの攻撃も、今思うと駆け引きのうちだったのかも」  スーザンはそう分析したが、その場でロータスを助けたオリバーは最初からそれを知っていた様だった。  一日の夜は穏やかなものだった。大晦日に飲み過ぎたから、誰も酒は飲まなかった。クリスマスの夜にはもっと酒を飲むのだろう。ゲームの直前にケビンが急逝しなかったのは幸運なことだ。  七日目。すなわち一月二日。それは二千二十四年の到来を噛み締める間もなく、容赦なくやってきた。  最優秀選手賞の発表も、ケビンの二日酔いも、ケビンに殺されかけた夜でさえ、全てはロータスにとって物語の脇役に過ぎなかった。  最優秀選手賞よりも、アルディスとのセックスよりも、このゲームの勝利よりも、ただエマ・ガルシアのハートだけが欲しかった。    他に何も要らない。何も。ただ彼女を探し、そしてどこにもいないことに落胆する日々はもうすぐ一週間となる。とても辛く、それを諦める必要すら頭の中に過った。  ただあの声がまた聞きたかった。ただ幾つか言葉を交わしたかった。ただ彼女だけと恋に落ちて、二人だけの深海に身を沈めて息を詰まらせていたかった。  ケビンのアーサーの二度目の激突に広場が盛り上がる夜、ロータスは一人例のクラブに足を運んだ。  これで一応この人狼ゲームのお話の一章が終わりです。ここまで全て読んでくれた方、感想とかアドバイス頂けたら本当に嬉しいです。コメント待ってます。    

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窒息

大晦日の夜

「この若さでこれだけの心理戦が出来るのは大したものだよ」  アンドリュー・オリバーは隣の老人と喋っていた。 「そうだね。どうしても若いと戦い方は力任せになりがちで技術が育たん者が多い」  ケンドール・ヨークという老人。彼もかつては人狼ゲームを長年に渡ってプレイした実力者だが、今は一線を退いた。 「特にアーサーとケビンには注目だね。あれは大きくなるよ」 「それとオリバーも何か持ってるよ。第一俺がこの子らの時は何も考えずにプレイしてた」  三日目になると、ロータスもここでの生活に慣れてきた。昨夜何事もなかったかのように時が流れる。 「よお、ロータス。仲良くしようぜ」  ケビンが揶揄うのも変わらなかった。  クリスマスの盛り上がりが落ち着いた今、今度は年末年始の足音が聞こえてきた。 「今年の最優秀選手の発表か……」  オリバーはワクワクしながら新聞をめくる、めくる。 「何読んでるの?」  「大晦日に今年の最優秀選手が発表されるんだ。大手メディアとか観客の投票、そのシーズンの成績で決まるんだ」 「面白そうだね、でもまさか青年の館の人はいないよね?」  何せ若手向けの易しめの館だから。 「いや、それが分からんよ。これには若手部門もあるからね。U18とU25があるんだ」 「ここではU18は18は含むの?」 「含むよ。三十一日時点で十八歳以下の人ってこと」 「おー、オリバーも入ってるかな」 「いやー、厳しいんじゃないかな。この館で入りそうなのはアーサーとケビンだけだよ」  昼の投票で殺されたのはゲロードという男であった。またもケビンに歯向かった罪で一人の男が例によって公開処刑された。 「モブキャラ死亡ってとこか」  ケビンはゲロードのことを知らなかったし、それをモブキャラ、と表現した。 「酷いな」 「お決まりパターンか」  人々はケビンを罵りながらも、処刑の流れを掴み始め、黙っておけば処刑されぬことに気付き始めた。 「U18の今年の最優秀選手、誰だと思う?」  ケビンがアルディスに尋ねる。 「それは勿論貴方よ、ケビン」 「だよな。それは決まってるとして、この中で誰が他に入るかな?」 「さあ、貴方だけじゃない? ここの人、他は下らない男ばかり。それと女も」      ロータスは段々とパターン化されていくここでの新生活が、スピードを増していると感じてきた。最初は永遠に続くかと思った一日一日も、三日目ともなれば、朝がきたかと思えばもう夜だ。  結局夜も、案の定何もなかった。ただ時間だけが流れる一日。変わり映えのない充実しない一日は体感時間を短くした。  ただエマのことだけが気になっていた。どこを探してもエマはいない。ただその愛らしい声だけがずっと頭から離れなかった。  四日目。オリバーは賢い男だ。既に今回のゲームのコツを把握し、新聞を読み漁るなり数学をやるなりして余暇を持て余していた。  昼には例によってモブキャラが処刑され、それをしっとりとした雰囲気の中、皆んなで眺める。  オースティンやジュリアンは今日もナイスガイだし、トレーシーとスーザンは今日もチェスをプレイしていた。  何も変化はなかった。何もない。何も。  ケビンは嫌な奴だけど人気があって、その顔には最早安心感すらあった。アドルフは陽気な男。ケビンとの接触を試みる。  ロータスの頭の中はただ、一人の女性の可愛い声だけが、綺麗な顔だけが支配していて、人狼ゲームのことなんかそっちのけにさせた。  もうここに自分が何をやりにきてるのか。そんなのはどうでも良くなって、ただ女の子の為だけに生きていた。それをやることこそがここにきた理由だと強く感じた。初めて会った場所に行っても、広場を探してもどこにもいない。  五日目、すなわち最優秀選手が発表される大晦日。この日の熱気は異常だ。U18ではトップ30まで、そして無制限ではトップ100まで公開される。  大人の方のランキングは青年の館の皆んなには関係ないので、その発表は盛り上がらなかったが、U18は盛り上がった。 「おい、やってるぞ」    青年の館にもランキングが発表されている会場を写したモニターがあった。その時既に午後九時で、誰かが処刑されたのだろうが、そんなのは最早皆んな気にしていなかった。 「まず、 U18の発表から行きましょう! 第三十位は……」  その夜は驚くべき熱狂に包まれ、青年の館でも殆どのプレイヤーの目線はそのモニターに集中していた。 「やってるな、誰なんだろう」 「映えある称号だぜ」 「オリバーは見ないの?」  ロータスが尋ねる。 「僕は明日の新聞で見るからいいや」  オリバーは然程興味を示さず、相変わらず数学をやっていた。  一方のケビンはそんなの興味ないと言わんばかりに一人バスケのシュート練習を広場の端っこでしていた。 「おい、ケビン! 見なくていいのか? お前入ってるんじゃないのか?」  アーサーが声をかける。 「まだ二十番台だろ? 俺が出てくる所まだずっと後だから良いよ」 「ふん、ダメだあいつ」  アーサーは思わず笑った。 「まあ見ようぜ、アーサー。すげえ奴らの今年のハイライトが凝縮されてて面白いよ」  オースティンは楽しそうに見ていた。  どんどん二十番台が公開され、遂に十番台に突入した。 「それでは第十九位! アーサー・ホワイト! 若手最強と名高いその実力! 巧みな駆け引きと反射神経を兼ね備え……」 「十九位か〜、微妙だな」  アーサーは満足いかない表情だった。 「まあ敗戦も多かったし、お前の力を出し切れなかったゲームも今シーズンは多かった。妥当なんじゃねえの?」  いつの間にかバスケをしていたケビンはアーサーの横にいた。 「観ないんじゃないのか?」 「お前が出たから観てやるよ」  アーサーの一年間のファインプレイ集が流れた。発表会場の観客もアーサーのファンは多いようで、一際大きな歓声が響いた。  それからどんどん上位の名前が挙げられ、遂に二位の発表に。 「それでは第二位! なんとなんと昨年までにノミネート経験はなく、今シーズンの下旬から急加速を見せたダークホース! ジョエル・ベーコン!!」  ジョエルの名があがると、青年の館の皆んなは一位が誰であるかを理解した。二位までが全て明かされ、そこまでにケビンの名はない。つまりそういうことだ。  ジョエルのプレイ集は流石二位なだけあって長かったが、青年の館は既にケビンの最優秀選手賞を確信してザワついていたし、観戦場からは既に大歓声が。 「なるほど、この俺様がついに最優秀選手賞を受賞する運びになる訳か……いやあ、長い道のりだったぜ。去年八位に終わった悔しさから俺は努力をひたむきに重ね……」  ケビンは既に講釈垂れて、女の子達がキャーキャー言ってるのを鼻の下を伸ばしながら眺めていた。 「十二歳のついこないだ生まれたばかりの赤ん坊の何が長い道のり……」  観戦場のアンドリューは呆れた。 「ふん、まあこの小僧はそういう所が面白いんじゃよ。努力がどうこう言っておるがスター性全振り男じゃ」  ケンドールも呆れつつ、愉快そうに画面を眺めた。 「集中してみとけよ、まだお前の一位が決まった訳じゃないんだし」  アーサーが警告する。 「何を十九位が偉そうに。まあ見とけよ、もうすぐ出るぜ」 「さあ、さてさて、お待ちかねの第一位の発表に参りましょう。この年、十八歳以下の若きプレイヤー達の中の頂点に君臨した人物……。それは誰なんでしょうか……!!」  ジョエルの紹介が終わると、司会者も興奮気味に第一位の発表に移った。  さあ、来るぞ……  全世界のケビンファンが心の中でその瞬間、そう呟いた。恐らく何千万、いやひょっとすると何億もの視線が今ここに集中している。 「それでは発表します、第一位、すなわち……」  この瞬間、誰もがケビンの名を確信した。こういうのに興味のないオリバーですら一位の発表の前にはモニターの前に来て、そしてそれを手にするのはケビンだと思った。  誰もが、文字通り全てのケビンを知る者は、ケビンが受賞するものだと思った。 「今年の最優秀選手に輝いたのは……」  アルディスの鼓動が鳴る。その音が聞こえてくる。ジェーンの鼓動が鳴る。その音が聞こえてくる。ファンの鼓動、オーディエンスの鼓動、それらの音が聞こえてくる。  ケビンの鼓動。その強い心臓は、受賞者の発表を前にして誰よりも静かに脈を打った。   「ケビン・ストークス!!!」  勿論ケビンだった。そこには何の驚きも、意外性もなく、ただケビンの周りを鼓膜がはち切れんばかりの大歓声が覆った。  受賞者発表の会場でもケビンファンが圧倒的に多く、喜びのあまり上裸になって走り回る者とか、酒を頭から被ってアルコールと涙で顔がぐちゃぐちゃになる者とかが大量発生した。 「ケビン、おめでとう!!」  ケビンの大きな背中に何人もの女の子が乗り掛かった。それでも大柄なケビンはびくともせず、ただ満足げな表情を浮かべて仁王立ちするだけだった。 「良かったああ、ケビン。やった!」  最初にその広い背中に飛び込んだのはアルディスだった。彼女は子犬の様にケビンに勢いよく抱きつき、子猫の様な上目遣いでケビンを見上げた。 「あいつすかしやがって」  アーサーはそう言ってため息をついた。 「よお、もっと喜べよケビン! お前は嫌いだが、確かにお前の活躍はクレイジーだった」  ジュリアンもケビンに声をかけ、ケビンの肩をどついた。 「なんとこのスーパースターはまだ十二歳!! 十二歳という恐ろしい若さで U18の覇者となってみせた!」  モニターの中も大歓声に包まれ、ひたすら司会者とその横に出てきた解説者がケビンを絶賛していた。 「はい、このケビン・ストークスは去年十一歳の若さで八位にランクインしてますからね〜、去年の史上最年少ノミネートに続き、史上最年少受賞ですか……」 「全く恐ろしいスピードで伝説を作りますねこの男は」 「はい、行く末恐ろしい大化け物ですね。ケビン君、おめでとう!」 「当然のことさ」  モニターに向かって、そして青年の館の全プレイヤー、オーディエンスに向かってケビンはそう呟いた。  ケビンは女の子の大群が落ち着くと、二回自分の胸を叩き、人差し指を挙げた。   「また物凄い数のファンを作ったな……」  その一部始終を見ていたケンドールはあまりの凄さに自然とそう漏らした。 「十二歳でこれか。どこまで行くんじゃろうな、この男……」  隣のアンドリュー・オリバーも呟いた。  その夜ケビンのベッドに転がり込んだ女の数は、夜空を照らす星の数より多かった。  

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大晦日の夜

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 今夜の青年の館のオーディエンスは大盛況だ。通常多くても百人程度で穏やかな雰囲気が売りの中堅館である青年の館の観戦場に千人近くの観客が詰めかけていた。  ケビンとオリバーの活躍やアーサーらスター達の共演を聞きつけた人々は今夜に注目した。 「面白そうだな、アンドリュー」  アンドリュー・ドーランという男。彼もそのオーディエンスの一人で、それに声をかけたのは隣に座る弟のマイク・ドーランだ。 「ケビンにアルディス、それにジェーンも。大層なガキ共が集まりやがって」  アンドリュー・ドーラン。長身痩躯な体型と癖っ毛が特徴的な十七歳は不気味な笑顔を見せた。 「マイク、なぜお前はこれに出なかったんだ?」 「え、なんでって?」  マイク・ドーラン、十五歳。アンドリューと同じく長身痩躯で癖っ毛の少年は、兄アンドリュー以上の逸材とされていた。 「お前はケビンを超えるんだろ?」  アンドリューはそう言ってマイクの肩を叩いた。 「まぁね、でも見てみたかったんだ。こいつらの動きを」  マイクはそう言って、不敵な笑みでスクリーンを眺めた。二人とも少し料金の高い特等席に座っていた。 「そりゃ良い」    オリバーは数十分ほどどこかを彷徨いて、それから皆んなのベッドに帰ってきた。 「どこ行ってたの?」  ジュリアンが尋ねる。 「普通に散歩してただけだよ」    一方のオースティンはバスケをやってる子達がいるのを見て、それに加わり、試合をしたりして楽しんだ。青年の館の広場には沢山のリングが設置されている。 「上手いな、アーサー」  オースティンはアーサー・ホワイトの3ポイントに感心した。   「ああ、高校時代はクラブのスターだったからな」  アーサーは歯を見せて笑った。親友を数時間前亡くしたばかりの十八歳の青年は、傷が刺し込んだ心を大好きなバスケットボールで癒そうとしていた。 「ウィルが死んだってのに、元気にプレイしてんな、アーサー!」  敵チームに加わったケビンがおちょくった。 「ああ、そうでもないとやってられねえな!」  そういうとアーサーは勢いよくダンクを叩き込んだ。  オリバーは十一時まで見張りをして、それからロータスを起こして眠ることにした。 「もう寝るよ」 「分かった、見張るね」  バスケットボールの試合は夜中の十二時過ぎまで続いた。それから流石に疲れたのか、徐々に皆んな床につき始め、遂にアーサーとケビンだけになった。 「まだやるのか、ケビン」  アーサーは疲れてきていた。 「二時まで続けるよ、そうすればアリバイが出来て俺は疑われねえんだ」 「昨日の時点でお前は疑われてたぜ?」 「俺の信者の数を知ってるか? 今生きてる奴のうち……そうだな、半分くらいは俺を崇拝してやがる」  ケビンは自分のファン全員を特定の誰かに入れる様に仕向ければ死なないと豪語した。 「卑怯なガキだ、全く。でもその理屈が通るならヘイターズが残ればこっちのもんよ」 「そうはさせねえよ」  ケビンが笑うと、アーサーはそれを察した。アーサーの守備が緩んだその瞬間、ケビンは見事なダンクを叩いた。 「冗談じゃねえ、身内ごっこかよ」  昨日死んだ七人は全てヘイターズだ。 「勝手に俺を愛する女どもが懐いてきただけよ」 「男もだろ」 「ああ、そうだよ。まあそれを言ったら女でも俺のヘイターズはただ一人いた」 「エドワナのことか。あいつが唯一の救いだった。くそ、何で俺は昨日それに気付けなかったんだ」  アーサーは歯ぎしりをした。エドワナを除けばこの館の今回の女性プレイヤーは全員ケビンの息がかかった信奉者とされている。 「俺は真面目に人狼ゲームをやりたいんだ。ここまで酷いとは思わなかったよ、付き合ってられるか」 「今更ゲームの途中に抜けることは出来ないが……?」 「ああ、お前が処刑されるまでの辛抱さ」  アーサーはそう言って、その場を後にしようとした。 「バスケ、もう辞めるのか」 「うん。お前のアリバイ作りに付き合うつもりもないし」 「おいおい、付き合ってくれよ。じゃなきゃ今殺したって良いんだ」 「また敵を増やすだけだぞ」 「忘れたか? ここは俺の息のかかった俺の王国だ。この館で俺には誰も勝てない。命が惜しいなら言うこと聞けよ」  ケビンは早口で捲し立てた。普段は冷静なケビンが珍しく小刻みに震えていた。 「こいつらのやり取り面白えな」 「ああ、あの若手最強の実力者アーサーを前に小僧が震えてやがる」  オーディエンスは二人のやり取りが進むにつれざわつき始めた。それは広場でその夜寝たふりをして二人を密かに観察するプレイヤー達も同様だった。 「俺は惜しくないよ、ケビン。お前をここから追い出せるなら、命の一つくらい安いもんだ」 「……面白い。俺をここで殺すのか?」  ケビンは唾をごくりと飲んだ。 「どうだと思う?」  アーサーは首を傾げ、はっきりとは答えなかった。 「人狼ゲームをプレイしたいみたいだな」  ケビンは皮肉った言い方をした。 「人狼ゲームが出来ない奴は消えた方が良いぜ」  アーサーはそう言うと地べたに腰を下ろし、仰向けになった。 「俺を殺れるか、ケビン?」  アーサーのこの一言でオーディエンスのボルテージは更に上がった。寝たふりプレイヤー達は息を呑んだ。    広場は急に静かになった。ざわめきは収まり、ケビンはアーサーの問いに答えなかった。  ロータスも黙ったまま、その様子をずっと見ていた。スター同士の衝突に興奮し、今夜は寝付ける気がしなかった。 「……」 「……」  オーディエンスにまで静寂がうつり、緊張感が漂う。全てが一瞬に起こったことだった。  館の静寂を破ったのはケビンの足音だった。彼はアーサーに背を向けて、自分のベッドに戻った。  アーサーも何も言わないまま立ち上がり、ベッドに戻った。  

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エマ・ガルシア

 まだゲームの序盤、それも処刑の時間とも夜の四時間とも遠い夕方の六時だと言うのに、青年の館の観戦エリアは賑わいを見せていた。 「あの子ったら……」  アーマー・チェイスという、息子を心配そうに手汗をかきながら見つめる貧相な中年女性の姿もそこにはあった。 「しかしケビンとアーサーが観れるなんて今回の青年の館はすげー豪華だな」  最前列の若い男は目を光らせながら呟く。 「そうそう、あとオリバーってのも注目だぜ。昨日のプレーは痺れたね」 「そう、オリバー! あいつ地味だけど頭脳派で自分のプレイ持ってる感じが好きなんだ」 「分かる! それでいて熱い男なのが最高だよ」 「だよな! このゲーム終わったら俺絶対サイン貰いに行くわ」 「お前それ前も言ってなかった?」 「いや実は忘れちゃってさ〜」 「これ終わったらどこ行くよー」 「ソロモン」 「やっぱ一択だよな」  観戦エリア内の多くの観客は好きなプレイヤーについて話をしたり、ゲームの展開を振り返ったり予想したりしてお喋りを楽しんでいた。  そんな中、観戦エリアの後ろの方でどっしりと構え、腕組みをしてゲームを見守る一人の男の姿があった。 「懐かしいなあ……そうだ、こんな感じだったな……」  アンドリュー・オリバーという初老の男。彼はロータスにこの世界を案内し、別れてからずっとこのゲームを観戦していた。 「私はエマ、なんて呼べばいい?」  女はそう言ってロータスに微笑みかけた。 「ロータスって呼んで」 「何歳?」 「十七歳、そっちは?」 「うちは十八」 「じゃあ一個上か」 「うん。この世界にきてどのくらいになるの?」  エマ・ガルシアはロータスに尋ねた。 「実はこのゲームが初めてなんだ」 「え、来てからすぐここ参加したの?」 「うん」 「そうなんだ〜」  エマの声は親しみ易く、優しそうだった。 「兄弟はいるの?」  ロータスはもっと会話を続けたくて質問してみた。 「いるよ、姉と弟がいるの」 「歳はいくつくらい?」 「二十二歳と、今生きてたら……中一かな?」 「え、生きてたらって?」  ロータスは突然の展開に思わず聞き返した。 「弟は小五の時、死んじゃったの」 「まじ? それはこの人狼ゲームで?」 「いや、ここに来る前。お姉ちゃんに殺されちゃったの」  ロータスはとうとう理解が追いつかなかった。 「殺されたってのは暴力で?」 「うん、普段からエマとか弟にあいつ暴力振るっててさ、怖かったんだけど、やり過ぎて弟死んじゃったの」  あまりに壮絶な話だった。エマは開き直って少し笑っていた。 「笑いごとじゃないでしょ」 「もー笑わないとやってらんないよ」 「弟死んだとき泣いた?」  ロータスはお話の急展開に対し、野暮な質問をした。 「そりゃ泣いたよー」 「弟好きだった?」 「うん、生意気なやつだったけどね」  エマは優しくて、明るくべらべらお喋りしてくれて、可愛くて人懐っこかった。 「何でここに来たの?」 「弟が死んでからお姉ちゃんが逮捕されたんだけど、一年であいつ刑務所出てきちゃって、怖いからここに逃げてきたの」 「やっぱお姉ちゃん怖いんだ」 「うん、お父さんも違うしね」 「前のってこと?」 「前の前のお父さん、私と弟は前のお父さんで今は別れて別のお父さんがいる」  エマの家庭環境は複雑だった。しかしエマはびっくりするほど自ら沢山のことを喋ってくれた。 「今のお母さんね、今のお父さんとまた新しい子供作ろうとしてるの。体悪くて入院してる癖にあのババアマジできもい」 「そうなんだ」  ロータスは軽く笑った。 「なんで声かけてくれたの?」  ロータスは尋ねた。こんな経験滅多にない。 「うーん、察してよ」  エマは甘えた声で言って、目をくりくりさせた。   「彼氏いたことある?」 「あるよ、半年前までいた」 「なんで別れちゃったの?」 「彼氏うちにめっちゃ来て遊んだりするのに、彼氏の家に行くの無理っていつも言われて、それでムカついてなんか冷めた」  先程の重い話に比べたら、ムカついた内容は些細なことに見えた。 「そうなんだ」 「うん」 「今度広場の僕がいる所来ない?」  エマの積極的な態度を見てロータスは大胆に誘った。 「え、来て良いの?」 思いの外、エマの反応はめちゃくちゃ良かった。 「うん」 「え、え、良いの? 友達とかで集まってるんじゃないの?」 「集まってるよ、男友達と」 「そこ言って良いの?」 「うん、いいよ」 「じゃあ行こうかなー、どうしよ」  ロータスは時計を見た。約束の夕食の時間が近づいていた。まだ話していたかったし、あとから振り返ればそうすべきだったが、このときのロータスは夕食の約束を優先した。 「あ、今から予定あるんだ。行かないと」 「えー、まだ話そうよー」  エマは自分のことが好きなんだと思った。エマは自分に甘えて、露骨に好意を見せてきてくれる。 「いや、行かないとだから。またあとで話そう」  ロータスはそう思って油断して、他の予定を優先して自分がそんなエマのことを好きになってないふりをしてカッコつけた。 「ロータス遅いぞー」 「ごめんごめん」  夜は七人で美味いステーキを食った。 「俺クラブで女の子三人と連絡先交換しちゃった。うち一人とは良い感じなんだ」  オースティンが自慢する。彼は七人の中で最もハンサムな男だ。 「俺もだよ! はじめてクラブ行ったけどめっちゃ楽しかった」  アドルフも初めての様だ。 「ロータスはどうだ?」  オースティンが振る。 「僕も初めてクラブ行ったんだ、楽しかったよ」  ロータスは女の子の話はしなかった。しない方が良いと思った。 「オリバーは何してた?」  ロータスが隣に座るオリバーに尋ねた。 「僕は数学やってただけだよ」 「何の問題?」 「コラッツ予想」  それはロータスが最も興味を持つ未解決問題でもあった。 「僕もそれ、解いてるよ」  二十世紀最高の数学者ポール・エルデシュが、現代数学はこれを解く準備が出来てないと言いしめた、次世代の数学からやってきた難問である。 「ほんとに?」 「うん、相当難しいけどね。数学を沢山勉強して、いつかそれを解くのが夢なんだ」 「僕もだよ」  二人は忽ち二人の世界に入り、そのまま気付いたらベッドに転がっていた。 「今の僕らにはこれは厳しいよね」 「だよね、そもそも先に知識を一通りつけないとこれを解く準備の準備すら出来ないし」  二人は解けそうな問題を考えたり、物理の話に移ったりした。 「第二速度がどの方向からボールを投げても変わらないってのは……」  ロータスは真剣に話すオリバーの顔に時折目をやり、熟こんな最高な友達が出来た幸せを噛み締めるのだった。  しかし、ロータスにはそれ以上に幸せなことがあった。  エマ・ガルシアという女。なんて可愛い女の子が自分に話しかけて、あんな好意を持ってくれたんだろう。 「ねえ、聞いてる?」 「あ、ごめん。今の所もう一回言って」  シーツに潜り込んでオリバーと物理を語り合っても、まだ心はクラブのカウンターに置き去りになっていた。  彼女は間違いなく自分のことを好きなのが伝わってきた。恐らく自分が彼女のことを好きなこと以上に。ロータスは彼女とまた喋る楽しみを明日に残して、夜に備えることにした。 「僕はそろそろ寝るよ」  オリバーにそう伝えた。 「え、もう? まだ九時だよ?」 「一旦ね、今夜は僕が見張りをするんだ。オリバーが寝るときに起こしてよ」 「分かった」  オリバーは頷き、どこかへふらふら歩いて行った。  

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エマ・ガルシア

チャンス

 ケビンは左頬を痛そうに押さえながら、女達の群がる自分のベッドに戻った。  口からも少し出血していたが、沢山の女が彼の治療をしてくれた。 「分かる? ケビンはあんたらとは格が違うのよ、人間としても、プレイヤーとしても」  アルディスがそのスーパースターとやらを持ち上げた。 「それはどうかな」  ケビンを殴り飛ばした拳。それは昨夜ケビンのナイフからロータスを守った拳でもあった。 「大人しくしてるものかと思えば、面白い男ね。オリバー」  ケビンを殴ったことでオリバーの掌の傷口はまた破け、血が物凄い勢いで飛び散った。 「急に目立ちたくなっちゃったの? 普段の貴方の姿じゃないわ」 「僕は最初からこうだよ」  オリバーはそう言うと皆んなのベッドを片付けた。 「さあ、七人でご飯食べようよ。どこにする?」 「さっきロータスと和食が良いねって話してたんだ」  スーザンが答える。 「おお、和食か! 僕日本好きなんだよね。家族旅行で行ったことあるけど、マジで最高だったよ」  オリバーは食い気味に答えた。 「オリバーもあるの? 僕もだよ」 「俺もだ、俺も」    そんな訳で皆んなで寿司を食べに行くことになった。七人で広場を歩いていると、トレーシーがあることに気付いた。 「ねえ、見て。今日の票数だけど、まさかのロータスに一票入ってるぜ」 「まじ?」  皆んな上三人に注目してその他数人を見てなかったが、確かにそこにロータスの名前があった。 「どういう訳だ? あいつは怪しまれることなんてしてないし、今回が初参加でしかも昨夜は最初の夜。敵もいない筈なのに」 「不思議な奴もいるもんだな」 「まぁこの世界に来る時点でやべえ奴が多いんだ、七十数人のガキが集まったら一人くらいそんなのがいてもおかしくない」 「俺だよ、ロータスに入れたのは」  沢山の女に囲まれ、治療を受ける某スーパースターが皆んなの疑問に答えてくれた。その瞬間、七人は一斉にケビンを睨んだ。 「まぁそう怖い顔すんなよ。俺からロータスへのラブレターだ」  ケビンは戯けて、投げキスをロータスにしてみせた。 「……。処刑が終わっても投票内容は言わないのがマナーだぜ、ケビン」  ジュリアンはケビンのおふざけを無視して釘を刺した。 「しかし、なんでケビンはロータスに入れたのか……」  高級寿司屋に到着し、口の中に美味い寿司を運んでも、オリバーはそれを不思議がっていた。 「ギリギリウィルフォードの票数が上回ったから良いものの、雰囲気は完全にあの二人だったよな」 「だとしたら自分の身を守る為に本人はウィルフォードに入れる筈」 「ロータスに入れる意味が分からないな、まぁ最もあいつのことだから本当に入れたのかも信用ならないけど」  そんな会話から始まった昼食だったが、最終的にはそれぞれの好きな食べ物の話とか女のタイプの話とかに移り変わり、柔和なムードになっていった。 「皆んなの好きな女の子のタイプ聞きたいな。俺は顔が可愛い子!」  最年少のアドルフが話を振った。 「俺は沢山食べる子が好きかな。グルメだと話が合うし。あ、あと俺がちっちゃいから小さい子が好きかも」  小柄なスーザンは笑顔で答えた。 「俺はバスケやってるから、スポーツやってる子がいいな」  オースティンも答える。背が高くて細身のオースティンは素晴らしいバスケ選手でもあった。 「僕は数学が好きだから、そういうのが合う子がいいな」  オリバーが答える。 「僕も」  ロータスは適当にそう答えた。  寿司は全てオースティンの奢りということになった。それが分かった途端、皆んなは物凄い勢いで高級な皿を注文し出した。  ロータス、オリバーそしてアドルフは三人とも小柄で痩せ型だが、見た目に反して最も大食いで、この三人が最もオースティンの財布を苦しめることになった。 「「「「「「ご馳走様〜」」」」」」  六人はオースティンに会計を任せた。 「マジかよ、会計九百二十ドルだと? お前ら食い過ぎだろ」  オースティンは会計がやばいやばいと大騒ぎだ。 「前回勝った時の一万ドル殆ど貯金してるって聞いちゃったぞ〜」  アドルフが突っ込む。 「いやでもさー、まさかこれにこんな出費するとは思わなかったからさー……っていうかアドルフも結構前の給料の貯金あっただろ!」 「ふふ、バレたか。俺は今度払うよ」  そんなやり取りから始まって、皆んなのこれまでの戦歴の話になった。 「僕は初めてだからお金も戦歴もないんだけど、皆んなはどんな感じなの?」  広場の端の方で何となく丸く七人が座って、ロータスが尋ねた。 「俺は前も言った通り、これが二戦目だよ。前回は別の館でプレーしてたんだ。でもこの館に興味があって、今回のゲームが始まるまでこの館の奴らと話してたりしてたから、知ってる人は結構多いよ」  オースティンがまず答えた。 「知ってる人ってここの常連ってこと? それなら僕はここでもう五回くらいやってるベテランプレイヤーよ」  オリバーがそれに答える。 「そうだね、ここの常連さんが基本かな。オリバーは知らなかったけど、ケビンとかジュリアンとは数日前に少し絡んだから知り合いになったよ。最もケビンはゲーム前から胸糞悪いガキだったけど」  それにはオリバーもジュリアンも深く頷いた。 「俺はここでずっとやっててこれが四戦目になるよ。だから青年の館で直近の四ゲームに参加したって意味ではケビンの奴と一緒なんだ」  ジュリアンが喋り始めた。 「それで最初は奴と仲良くやってたし、共闘もしてたけど、段々過激な所が多くてついてけなくなったっていうか……」  ジュリアンは悲しそうな顔をした。 「分かるよ、俺も最初は面白い奴だと思ったし、確かにあいつは凄い。でも友達って感じじゃないんだよな」  トレーシーも口を挟んだ。彼もこの青年の館一筋で、これが三ゲーム目の様だ。仲良しのスーザンも同様だった。 「俺はジュリアンと大体同じキャリアを歩んできたんだ。トレーシーとかスーザンとも仲良かったし、他にも仲良しはいたけど、後の子達は皆んな死んじゃったよ」  アドルフが次に答えた。アドルフが涙を堪える様子は見ていて心に来るものがあった。 「やっぱり勝負の世界だから、友達に裏切られる時も勿論あるし、裏切らないといけない時もあるかも知れない。でも結局僕らは人狼ゲームのプレイヤーである前に友達で、そっちの方が役職より重要だと思うんだ」  最後にスーザンが口を開き、まとめた。 「例えばケビンとかと味方になったのが分かったとして、敵にトレーシーとかジュリアンがいたとしたら、僕は敵の二人を優先してしまうよ」  スーザンがそう言うと、これには他の皆んなも納得した様だった。  一方、観戦エリアではスーザンの母アーマーが様子を観察していた。丁度観戦エリアの画面のうちの一つに、彼らが談笑する様子が映し出された。 「……スーザンたら友達を作るのは良いけど、何変なこと言ってるのかしら」  アーマーはまだゲームは二日目だと言うのにピリピリしていた。 「勝ちこそが全てよ、この世界は。富、名声、力……」  アーマーは独り言をべらべら喋り、勝手に一人でどんどん熱くなっていった。 「貴方はそれを得るのよ、お父さんも他の子も弱かったからそれが叶わなかった。使い物にならない敗者だったのよ、だから死んだ」  アーマーは背が高く、頬がこけ、マッチ棒の様に痩せ細っていた。息子の小太りスーザンとは対照的だ。 「貴方がそれを得て、私を安心させて頂戴……!!」   「皆んなはお金はどのくらい持ってるの?」  ロータスは今度は金の話が気になった。 「アドルフとオースティンはそこそこ持ってるんじゃない? まだ二人とも一万ドルくらい貯金があるみたいだ」  オリバーがニヤニヤして答える。彼自身もその二人に次いでお金を少し貯めているようだ。 「最も俺とかスーザン、トレーシーは給料も安いし、使い切っちゃうから殆どないよ」  ジュリアンは答えた。 「ケビンはレベチだけどな。あいつは計百万ドルくらい稼いだみたいだし、散財してるけど、それでも五十万ドルは手元に残ってそうだ」  オースティンは遠くのケビンを眺めながら言った。昼間から女と高い酒を飲んでいる。  それから夜の店を予約して、七人はそれまで別れて行動することにした。  オースティン、ジュリアン、トレーシー、アドルフはクラブに向かった。スーザンは一人でバーに向かい、オリバーは広場の端で横になって数学の問題を考えていた。 「どっか行かないの?」  ロータスはオリバーと散策するつもりだったので尋ねた。 「今未解決問題に着手してるんだ、僕はここに残るよ」  オリバーは真剣な顔でノートの方を見たまま答えた。 「相変わらずだな」  ロータスは色々な場所を回ってみることにした。思ったより館内は広く、迷路の様に色んな道が繋がっていて、広場からだいぶ離れた場所まで色んな施設があった。  ロータスはバーやらクラブの立ち並ぶ少し大人なエリアを彷徨いた。 「兄ちゃん、ちょっとオススメしたいとこがあるんだけど」  キャッチが声をかけてきた。サングラスをかけたチャラそうな大柄の男だ。 「どこですか?」 「あそこのクラブだよ、よし行ってみよっか」 「いや急すぎますよちょっと……」 「何? お前俺のこと無視する訳?」 「んー、じゃあ行きます」  ロータスは結局図体のデカい男の強引な誘いを断れずにクラブに入った。 「うわぁ、すご」  店の中は広く、照明がキラキラ輝いていて、活気もあり、ロータスは思わず声を出してしまった。こんな規模の店が人狼ゲームが行われてる一つの館の一つの通りの中にあるということに感心してしまった。それに優秀なキャッチまでつけてやがる。  ロータスは適当に飲み物を頼んでカウンター席に座った。クラブというものがはじめてでよく分からなかったので、皆んなが盛り上がってるのを遠目から見ることにした。 「キャー、まじさいこー」 「朝まで飲もうぜー」  ステージの方を見ていたら何となくナンパしたくなった。酒を飲んでいる訳でもないが、ロータスはすぐに気分がそっちに持っていかれる男でもあった。 「あのさー、一緒に飲まない?」 「次僕とあそこで踊らない?」 「ちょっと話さない?」  何度かロータスは人生初のナンパというものをしてみるが、それはぎこちなく、殆どは無視されるし、ある程度良い所まで会話が言ってもどこかでネタ切れして終わってしまう。 「何の用?」 「私と話してて楽しい?」 「もういいや」  大体女の態度はこんな感じだった。ロータスは諦めて最初に座っていたカウンターの席に戻り、開き直って女の方からナンパしてくるのを待った。  暫くジュースをごくごく飲みながら待ってみるが、当然誰も来なかった。  少し遠くの方を眺めていると、オースティンらの姿があった。可愛い女の子達と楽しそうに飲んでいて、もう肘とか腰をくっつけたりして距離が近そうだ。  僕にはそう簡単に来ないよな〜、と思いながらロータスは飲み干したジュースの氷を食っていた。丁度その時だった。 「ねえ、良かったら話さない?」  ロータスの隣に垢抜けた綺麗な女の子が座った。 「え、うん」  ロータスは軽く赤面し、内心凄く興奮しているのを抑えながら首を縦に振った。

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チャンス

スーパースター

 食事を終えるとオリバーとアドルフが会計をした。 「給料が多かった俺らの奢りだよ」  アドルフはそう言って会計し、ジュリアンの朝食も忘れず買った。  夜とは打って変わって平和な午前中だ。進んで議論するというより、自然な生活の中での会話から他人の役職を見抜くという雰囲気だった。  何しろここの人狼ゲームは一日が文字通り二十四時間あるのだから。各自は好きな事をして十一時まで過ごした。  トレーシー、オリバー、オースティン、アドルフの四人はカタンの航海者たちを十一時になるまでプレイした。その間ジュリアンが目を覚ますことはなかった。  スーザンとロータスはカタンをする気にならず、二人でお喋りしていた。 「昼ご飯もおすすめの良い所があるんだ。イタリアンと和食が最高なんだよ。またあの二人に奢ってもらおうぜ」  スーザンは本当にグルメな男だった。ぽっちゃりしていて笑顔が可愛くて優しい所にロータスは惹かれた。 「良いね、僕和食好きだよ。寿司とかおにぎりとか天ぷらとかでしょ?」 「そうそう、寿司屋がここにあるんだ。寿司って言うと高いイメージだけど、青年の館は安くてさ〜」  二人は昼ご飯の話をしたり、そこから派生してイタリアや日本などの外国の話をしたり、二人の過去についても話したりした。 「スーザンはどうしてここに来たの?」 「実は俺、この人狼ゲームの世界で生まれたんだ」 「え、どういうこと?」  ロータスは理解が追いつかなかった。 「お父さんとお母さんがここに来て、ここで出会って、ここで結婚して、それで俺が生まれたって訳」 「ああ、そういうことか」  スーザンは生粋の人狼っ子、という奴だ。このプラットフォームで生まれ育ち、それ以外の世界なんて、人狼がない世界なんて見たことがない。 「うん。だから外の世界を生で見たことがないんだよ。ほんとは出てみたいけどね」 「え、ここって一度入ったら出れないの?」 「いや、出れるよ。でもお母さんがそれをさせないんだ。教育ママ、の人狼バージョンみたいな? 人狼ママって感じ」  スーザンは笑った。 「この世界はそういう人がいるんだね……」 「うん、俺が偉大なプレイヤーになれば金になるから、お母さんはそれをさせたいらしいんだ」 「お父さんもそんな感じなの?」 「いや、お父さんは死んじゃったよ。この人狼ゲームで戦死した」  ロータスは悪いことをしたと思い、すぐ謝罪した。 「ごめん、軽率だったよ」 「良いんだ、きっとお父さんは天国にいるからさ」  スーザンは満足げに天井を見て、微笑んだ。  時刻は十時四十七分。丁度二人の会話に区切りがつき、カタンのゲームも終わる頃、投票の時間が近づいてザワザワしてきた。 「よお、ケビン。お前が新入りの男を殺しかけたって噂だがどうなんだ?」  大柄な男がケビンに大声でこう言った。広場でやった事もあり、目撃者は多かった様だ。 「ふん、知るか。それよりお前の方が怪しいんじゃねえの、ウィルフォード」 「は? 俺は何もやってねえよ。それよりエルドンから聞いた話じゃお前は一人殺す寸前だったらしいな。こりゃ人狼確定だ」 「俺も見たよ、ケビンの殺人未遂」 「あれをこのガキは広場でやるなんて、バカにも程があんだろ」 「オリバーに止められて退散してたけどな。あれはダサかった」  他の男も次々と続いた。どうやらケビンの目撃者、そしてヘイターズは皆んな彼を人狼だと確信した様だ。 「ウィルフォード、あんたあのエドワナって女と喧嘩してて、あの女死んだけど、あれってあんたが殺ったんじゃないの?」  そこに一人の女が口を挟んだ。若くて派手で長身モデル体型で気の強そうな女だ。 「アルディス! 俺はやってねぇよ。そもそも連れに聞けば分かるが昨日の夜はエドワナと会ってすらいねえ」 「そうだよ! こいつは確かに夜俺らとポーカーやって、そのまま寝てた」 「さあ? その連れも嘘ついてたりして」 「お前こそあの女と昨夜二人きりでどっか行ってただろ。怪しいのはお前だろ?」 「私がやる訳ないじゃなーい。潔白の女の子になすりつけて生き延びようとするなんて、情けない男」 「ふん、兎に角お前とケビンが怪し過ぎる。そのどっちかで決まりだな」  ケビンの名を出した瞬間、女の顔は険しくなり、爆発した。 「ケビン? あの人がそんなことする訳ないじゃない! こいつこわ〜。そうよね、ジェーン?」 「そうよ、そうよ。ケビン君はあんたと違うの! ケビン君を疑うとか最低っ」 「ふん、女は話にならねぇな。でもお前らはケビンに入れるだろ?」 「勿論だ」 「無論」 「他に誰がいる」  女達の大半はケビンを信奉していたが、男はそうではなかった。男でもケビン信者はいるものの、多くは冷静だった。 「なあ、ケビン。広場の雰囲気からしてどうやらあの世に行くのはお前で決まりの様だ」  ウィルフォードの親友のアーサーはケビンの肩に手を置いてそう言い、プレッシャーをかけた。 「地獄に落ちな、ケビン」  一方のケビンは冷や汗一つかいておらず、投票数分前にこれだけのヘイターズの野次が飛び交っても、異常に肝が据わっていた。 「悪いが俺は勝つぜ、ウィルフォード」  ケビンは不敵な笑みを浮かべた。 「それはこっちの台詞だ、ケビン」 「広場でお前が暴れた事は何人も見てるんだ。ウィルフォードはその時ベッドで寝ていた。これも事実」 「まぁ皆んなが見るであろう広場で犯行に出たのがお前の敗因だ。人殺しは人気のない場所で。人狼の鉄則だろ?」 「……」  ケビンは何も言い返さず、その笑顔も崩さなかった。 「ゲームの基礎のお勉強も出来てなくて、次世代のスターとは笑わせるぜ、お坊ちゃん」  各自が言いたい放題言う中、時計の短針は十一を指した。 「投票の時間です。各自、人狼だと思う人の中を紙に書いてください」  ゲームマスターのテックス・スミス氏が広場に登場した。テックスは痩せた小柄の中年男性で、何の威厳も風格もなかった。  スタッフがプレイヤーに紙切れを渡し、プレイヤーは各自がそうだと思う人の名前をすぐに書き、紙を丸めて投票箱に入れた。 「それじゃあ、原則誰に投票したかは正午の処刑まで話さないことがルールになってますんで、宜しく」  そう言うとテックスは立ち去った。 「なあ、トレーシー。テックスさんまた痩せたよね?」  寝起きのジュリアンは投票を済ませると、テックスのやつれた姿を心配した。 「うん、ありゃ過労のせいだろうな。ゲームマスターってかなり労働環境ブラックらしいぜ」  そういうトレーシーも最もな話、小柄で痩せ型だったが。一方のジュリアンは高身長でがっちりしていた。 「だろうな。ありゃ年収二十万ドルとはいえやりたくねえよ。割に合わねぇ」  それから十二時の投票まで、皆んなは自分が誰に投票したかを話してはいけないので、昼寝をしたり、誰が処刑されそうかだけ予想したりして過ごした。 「ケビンだろうな」  オリバーは呟いた。包帯で治療中の掌はまだ少し痛い。 「俺もそう思うよ。ロータスとの一件はヤバかったし、ヘイターズの数も馬鹿にならねえ。最も俺も奴が嫌いだがな」  ジュリアンもそれに賛同した。 「まだこの傷が疼くよ。あいつも本当に馬鹿だよな、人狼ゲームの基礎も知らないで女に煽てられて」  オリバーがそこまで言いかけた所にオースティンが付け加えた。 「それであんな中身空っぽのクソガキスターの出来上がりよ。まあここで処刑されて地獄に落ちて、反省するといいぜ」  オースティンは特にケビンを嫌っていた。昨夜の一件を目撃はしていなかったが、ケビンが人狼だと確信していた。  十二時まであと五分となると、テックスがまたまた登場した。 「そろそろ処刑の時間ですので、票数の発表と行きましょうか」  テックスは二人の大きな剣を持った屈強な男を連れていた。恐らくその二人が処刑人だ。 「じゃあここに張り出しますんで、各自で確認してください」  テックスは壁に各プレイヤーの票数が書かれた紙を張り出した。人命がかかった作業だが、これが日常のテックスは面倒くさそうに機械的に業務をこなした。  それは票数順に並んでいて、上に行くほど票数が多い。従って一番上の名前に全プレイヤーの目線が集中した。 ウィルフォード・クライン 三十票 「嘘、だろ……」  ウィルフォードは驚きと動揺を露わにし、絶句した。 「え、、えー、まじで」 「まじかよ」 「……」  オリバーやオースティン、その他多くの男達は言葉を失った。 「良かった、ケビンは二位よ!」 「やった! やったわ!」  女達の多くはケビンが無事であることに安堵した。 「ふん、まあこんなもんだろ」  終始落ち着きを見せたケビンの票数は二番目に多かった。三番目はアルディスだ。 ケビン・ストークス 二十八票 アルディス・スキナー 九票  結果はウィルフォードとケビンが圧倒的で、残りの票の殆どは怪しい動きを見せたアルディスに集中した。 「私に九票? 嫌になっちゃう」  アルディスはその美貌と意地悪な性格から、同性からのヘイトを買うことも多かった。  開始時から七人が死亡した今、プレイヤーは七十四人。実にその九割以上が以上の三人に集中したことになる。   「だから言ったろ? 俺が勝つってな」  ケビンは誇らしげにウィルフォードに対して言った。 「……クソが」 「地獄に落ちなよ、ウィル」  他の女も口々にウィルフォードを煽り、罵った。 「それでは公開処刑の時間です」  テックスがウィルフォードを呼びかけ、ウィルフォードは運ばれてきた処刑台の上に二人の処刑人と共に登った。  その姿はワンピースのロジャー処刑のシーンを彷彿とさせた。 「ふ、おもしれえ」  ケビンはニコニコしていた。ウィルフォードが処刑台の上に立つと、遂にその瞬間が訪れた。 「何か言い残すことは?」 「……ケビン、お前は必ず地獄に落ちるぞ。クソガキが」  ケビンは鼻で笑った。 「それだけでいいのか?」  処刑人の一人が確認する。 「ああ、いいよ。特に言いたいこともねえ」  そうウィルフォードが発した次の瞬間、処刑人は無情にも両側から彼の首を切り落とした。  彼の首から上は綺麗に切り落とされ、処刑台から落下した。  それをキャッチしたのはケビンだった。 「ざまあねえな」  ケビンはウィルフォードの首を壁に投げつけた。スタッフはそれの後処理をした。  ウィルフォードの友達をはじめとした多くの男の憤りは頂点に達した。 「クソみたいなルールさえなければ、俺はあいつを今殺すってのに」  オースティンは拳を強く握りしめた。依然としてケビンは飄々としている。 「殺す? 笑わせてくれる」  ケビンは嘲笑いながら答えた。 「現にお前らがよってたかって俺に入れても、生き残ったのは俺」  その瞬間、ケビンの頬を突き刺す拳があった。ケビンは大きく吹き飛ばされ、尻餅をついた。 「オリバー、なんだお前」  オリバーの拳だった。 「……」 「兎に角、俺は死なねぇ」  ケビンはそう言って、殴られた左頬を押さえながら立ち上がった。 「スーパースターなんでね」  オリバーは五つも歳上なのに、ケビンの隣に立ち並ぶと随分小さく華奢に見えた。

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スーパースター