史
79 件の小説第8回N1 決勝 死神の革命
思い出を綴ったこの手記を、私が愛したあの方へ捧げます ━━シャルル=アンリ・サンソン 初めてあの方とお会いしたのは一七七〇年、陛下が結婚された年だった。私はムッシュ・ド・パリである父の代理として、そして 陛下の良き友人として宮殿に招かれた。 あの方はまだ十五歳のあどけない少女だったが、その容貌は驚くほど美しかった。輝くばかりの真珠のような白い肌と、眩い金髪はまるで絵画から飛び出してきたかのようだった。 しかし礼儀作法はパリのものではなく、田舎王室からやって来た少女という印象を受けた。 そして、一番は、類を見ない怖いもの知らずだと思った。 「お目にかかれて嬉しく存じます。ムッシュ・ド・パリ代理、 シャルル=アンリ・サンソンでございます」 「まあ! まるで死神みたいな方ね」 ムッシュ・ド・パリはフランス全土の死刑執行人の頂点に位置 する。死に触れる職業柄、幼い頃から“死神”と罵られてきた。 サンソンに近づいたら寿命を吸い取られる。サンソンが歩くと 人が割れ、歩いた後には何も残らない。パリでは有名な話だ。 サンソン家に生まれた以上、軽蔑されるのは避けられないことだが、こうも堂々と面と向かって言われたことはなかった。 「こら、マリー。僕の友人だよ。優しくしておくれ」 「あらごめんなさい。あなた背丈も高いのね。ねえ、おじ様とお呼びしていいかしら。あなた私の叔父にとっても似ているもの!」 「構いませんよ。殿下のお好きなように」 「お友達が増えたみたいで嬉しいわ! 私のことはミミと呼んでちょうだい。親しい方が呼ぶ愛称なの」 「いえ、恐れ多いです。マリー様とお呼びしますね」 「堅物な死神さんだこと」 私が心底驚いたのは見送りの時だ。私が席を立つとあの方もそれに合わせて席を立った。するとこちらへやって来て、ハイヒールの踵でグッと私の足を踏んだ。突然の痛みに耐えきれず、思わず顔をしかめると、あの方はこっそり私に耳打ちをした。 「ごめんあそばせ。わざとよ。ミミと呼んでくれない死神さんに悪戯してみたくて」 あの方はそう言って屈託のない笑顔で鈴を転がすように笑った。 あの方との出会いは今も忘れることができないほど鮮烈だった。 そして、私はあの方に心を奪われたのだ。 それから度々あの方の庭園に招かれるようになった。小さな宮殿を庶民が暮らす村里に作り替えた“王妃の庭園”は国王一家が 近しい者と過ごす憩いの場になっていた。私は庭園であの方の 様々な側面を知ることになる。 何も知らない者から見れば、あの方はパリのことを分かって いない田舎からやってきた破天荒な王妃に見えるだろう。しかし 近しい者ならばあの方は繊細で素朴で、慈愛に満ちた優しい方だとよく分かる。 庭園で過ごすあの方は“母”そのものであった。王子達に王族 としての心得を説き、庶民の生活を体験することで民に寄り添う。 顔も知らない何百万人ものフランス国民を想いながら日々を 過ごすあの方を見る度、私はあの方を、フランスを守らなければという使命感に駆られる。 だがあの方の優しさが国民に伝わることはなかった。あの方を 嫌う貴族が、あの方が飢えた国民を嘲り笑っただとか、国の予算を使い込んで新しいダイヤモンドの首飾りを買っただとか、ありも しない噂を流した。 あの方は“パンがなければケーキを食べればいいじゃない”なんて言わない。 あの方は国民が飢えていたら宮殿の食料庫を開放して食料を 分け与える。 あの方は何十億もの首飾りなんて買わない。 あの方はそんな大金があるならパリ中に水路を敷く。 あの方の慈悲深い心を知る由もない民衆は貴族の口車に乗せられて革命を起こした。初めは小さな集団だったが、やがて革命の炎は国中に広がり、ついにはバスティーユ牢獄まで占領される事態に 陥った。 革命はパリにも大きな影響を与えた。有力貴族の屋敷は襲撃 され、王の住まう宮殿ですら連日暴徒たちが押し寄せ、今にも門を突き破らんと暴れている。 それによりあの方の心の支えでもあった“王妃の庭園”は閉鎖 されてしまった。国王一家も革命から逃げるためにパリ郊外の 小さな屋敷へ避難することになった。 私も、宮殿への出入りを禁じられてしまった。国王一家が宮殿を去る日、あの方は目を潤ませながら震える声で私に囁いた。 「私たちを、フランスを守ってください。おじ様の剣はフランスを守る剣です。その剣は必ず正義のために……」 「貴女は必ず守りますのでご安心ください。革命はまもなく鎮圧されるでしょう。それまでしばらくご辛抱を」 私がそう言うと、あの方は安心したのか笑顔で馬車に乗り込んでいった。その後ろ姿はどこか寂しげで、なんだかもう二度と 会えないような気がした。 しかし、私はすぐにあの方と再会することになる。 断頭台の上で。 ◆ その知らせは突然だった。宮殿から去ってから約一ヶ月、 国王一家が捕らえられた。 「なんだと?! あまりにも早すぎる! なぜ捕まったんだ」 「馬車で逃げている時に民衆にバレたんだ。ルートが事前に漏れていたんだと」 「それで、あの方は、マリー様は無事なのか?」 「王妃はコンシェルジュリーの監獄に幽閉されている。国王陛下は……おそらくもうダメだろう。近日中に処刑されるそうだ」 この世界は地獄だ。あれほど高貴な方が幽閉されて罪人と同じ 扱いを受けている。民衆はフランスを良くするためにと王政打破や自由・平等・博愛だなんて掲げているが、国母であるあの方を 支えるのが一番幸せだと言うのに、なぜそれが分からないの だろうか。 あの方を解放しなければフランスに真の幸福は訪れない。 フランスを正すのが革命ならば、私も革命を起こさなければ ならない。 私と同じ思いを抱いている人々も多かった。そのうちの一人に ルージュという男がいた。彼はかつてアンドラ公━━国王陛下の弟に仕えていた。本人は騎士だったが出身は平民で人脈が広かった。貴族、商人、騎士はもちろん平民、看守にだって友人がいた。 「ルージュ、君はコンシェルジュリーにも友人がいるのか?」 「一人知り合いがいます」 「私はコンシェルジュリーに捕らえられているマリー様をお助けしたい。逃亡費用と手段はこちらで用意する。君の知り合いに協力をあおってはくれないだろうか。マリー様にもこのことをお伝えしなければ」 「分かりました。王妃を担当している看守は金で買収しましょう。王妃にはどのようにお伝えするつもりで? お会いできたとしても見張り付きで堂々と逃亡計画を伝えることはできません。手紙を渡すとしても、他の看守に気づかれてしまっては計画が破綻してしまいます」 「マリー様が気づき、看守には気づかれない方法か。……カーネーション、カーネーションに密書を仕込もう。あの方が好きだった花だ。誰も花に逃亡の手引きが書いてあるとは思わないだろう」 「ええ、ではそのように」 ルージュは看守を買収してあの方に面会し、胸に刺したカーネーションを牢の中に落とした。そして看守に見つからないように 小声で、花をよく確かめるように伝えた。十日後に再び面会する 約束だったため、その時に脱走する計画だった。 あの方はペンもインクも取り上げられていた。持つことを許されていたのは刺繍道具と定期的に与えられる本だけだった。あの方は本のページを破り、紙に刺繍針で穴を開けて返事を書いた。 その返事を例の看守に渡したそうだが、看守は土壇場で 怖気付いて上官に報告してしまった。逃亡計画は露呈し、あの方はアリ一匹すら通れないほど警備の厳しい監獄に幽閉された。 「失敗、したのか……あの方ももはや無事では済まないだろう」 「革命政府は予定を早め二日後に王妃の裁判を行うそうです。王政復古を掲げる対抗勢力が現れたため革命も危機的状況なのでしょう」 「対抗勢力に耐えてもらうしかない。王妃とご子息さえ生きていれば王政は何度でも立ち上がる」 「いいえ、それを阻止するための裁判です。恐らくこの裁判で王妃の死刑が決まります」 「なんだと?」 「国王陛下はすでに処刑されました。王妃ももうすぐでしょう。王政の象徴がいる限り革命は続きます」 「…………なあルージュ。私が逃亡計画を立てなければあの方は少しでも生き長らえていたのではないか? 教えてくれ。何が正解だったのだ」 「私の口からはなんとも……」 私は、あの方を助けるばかりか殺す手伝いをしてしまった。逃亡計画を知った革命政府は裁判を早めた。その裁判も名ばかりの もので、実際にはひたすらあの方を糾弾し罵る場でしかなかった。 そもそも裁判なんてするべきではなかったのだ。どうせ判決は 既に決まっていたのだから。 あの方は三日後処刑される。 ムッシュ・ド・パリである私の手によって。 ◆ 一七九三年十月十六日。あの方を処刑する今日、パリは憎らしいほどの快晴だった。雲は一つもなく、太陽は眩く輝き、まるで あの方がいなくなることを喜んでいるかのような天気だった。 朝十時、私はあの方をお連れするために監獄へ向かった。 久しぶりに見るあの方は酷くやつれていた。 かつての真珠のような肌と輝く金髪は失われ、肌は痩せこけた土色になっており、髪に至っては今までの苦労が祟ったのか全て白髪に変わり果てていた。 私はあの方の両手を後ろで縛り髪を切った。 ただ、謝ることしか出来なかった。 「申し訳ございません。貴女を守ると誓ったのに。守るどころか死期を早めてしまうような真似を……」 「謝らないでおじ様。私はその心だけで十分でした」 髪を切られ、拘束されたあの方は粗末な馬車に乗せられて監獄を出発した。革命広場へ向かう道には民衆が押し寄せ、無抵抗であるのをいいことにあの方に罵声を浴びせた。生ゴミを投げつける者もいた。だが、あの方はそれでも毅然としていて王妃である威厳を 崩さなかった。 革命広場には約一万人程の群衆が集まっていた。 馬車が止まると、あの方は誰の力も借りずに断頭台へ登って いった。 その姿は太陽に照らされ、神聖さすら感じるほど美しかった。 その途中、あの方は一瞬ふらつき、私の足を踏んだ。 そして、あの時と同じようなあどけない笑顔でこう言うのだ。 「ごめんあそばせ。わざとではありませんのよ」 あの方の最後の言葉だった。 あの方の白髪が紅く染まると同時に私の世界から色が喪われた。 「ああ……私の愛しいミミ。貴女はもうどこにも居ない」
第8回N1 Third
一目惚れした。運命の人だと思った。何万回も咀嚼された陳腐な表現だったが、今の気持ちを表す言葉はこれしか知らなかった。 「あの、好きです」 「急になんですか」 名前も知らない、初対面のその人は迷惑そうな顔をしてこちらをじろりと見つめてきた。大学の講義室でのことだった。大学生にしては珍しい黒い絹のような髪、白く滑らかな肌、潤った薄紅色の唇。一人で座っていたその人に目を奪われた。 「急にごめんなさい。あまりにも綺麗でつい」 「はあ、そうですか」 「迷惑じゃなければ隣いいですか?」 「……どうぞ」 彼女は怪訝な顔をしながらも椅子に乗せていたカバンを移動 させて私の座る場所を用意してくれた。講義はこれっぽちも集中 できなかった。視界の端に映る彼女の勉強している姿が私の心臓をざわつかせた。まるで左胸にエンジンを積んでいるようだった。 彼女の動き一つ一つが私を狂わせた。こんな恋は初めてだった。 気がつくと講義は終わっていて、彼女は帰りの支度をしていた。この機会を逃すともう二度と会えないような気がした。 「連絡先交換しませんか?」 「なんでですか?」 「もっと仲良くなりたいと思って。それに、授業も同じだし連絡先あった方がいいかなって」 「ああ……インスタでいいですか?」 「え? あ、はい! もちろんです!」 僥倖だと思った。自分でも初対面で「好きです」なんて言って、隣に座ってくるキモイやつという自覚はあった。ダメ元で連絡先を聞いたが、まさか交換できるなんて夢にも思わなかった。 「ありがとうございます! さくらさんでよかったですか?」 「はい。これは、“ゆう”か“ゆい”どっち?」 「結ぶって書いてゆうって読みます 」 「なるほど。じゃあ私バイトあるんで」 そう言って彼女は去ってしまった。私は彼女が去ってから しばらくの間夢見心地だった。気持ちがふわふわして、落ち着か なくて、現実とは思えなかった。 仲良くなりたい、もっと話したい、付き合いたい、ずっとそばに居たい。そんな感情が私を支配していった。 あれから彼女とは少しずつ話すようになった。同じ授業を取っているから会う機会は多い。第一印象が最悪だった分、適度な距離をとってまずは挨拶から始めた。挨拶を交わす仲になったら、次は 共通の話題を探して話かけた。 だいたい授業の話で、あとはサークルや就活の話もした。授業の時はなるべく隣に座るようにもした。基本的に私は緊張して 上手く話せなかったけど、それでも彼女はずっと待っていて くれた。すると次第に彼女の方から私に話しかけてくれるように なった。わざわざ話題を探さなくても雑談ができるようになって、くだらないことで笑え合える仲になった。花が咲いたような彼女の笑顔を見る度、私の心はざわつく。 大学構内で会えば手を振って、授業が被った時は一緒に学食に 行って、インスタでも話をして。ささやかだけど、彼女の生活に 私が登場できる幸せを噛み締めていた。でも、どうしても次の ステップに踏み出せなかった。 彼女と付き合いたいという思いは最初から変わっていない。一回それとなく恋愛の話を振ってみたが上手く逸らされた。今の関係が壊れるくらいなら、彼女に嫌われるくらいなら一生このままでいいとさえ思った。 ◆ 「結って最近経営論取ってる子と仲良いよね」 「さくら?」 「そうそう。好きなの?」 「好きだよ。初めての授業の時に一目惚れして連絡先聞いた」 「でもあの子ガード固いよね」 「そうなの?」 「関わりはないんだけど同じサークルで、新歓の時に三年の先輩から言い寄られてたよ。けどその時も無理ですって断ってて。結構告白されてるけど全員玉砕してるらしい」 「へえ……」 叶いそうにない恋なのは分かっていた。ただ、それでもこの恋を諦めたくない。 どうしようもないほど好きなんだ。笑うと細くなるあの目が、落ち着くあの声が、丁寧に言の葉を紡ぐあの口が、私に向けられるあの優しい笑顔が好きだ。こんなにも誰かに恋焦がれたことがない。日に日にこの恋心が私を灼き尽くす。もう、おかしくなりそうだ。 どうせ叶わない恋ならば、最後に想いを伝えたい。今のささやかな幸せが無くなるのは怖い。でも、奇跡が起こって付き合えるので はと夢見ない日は無い。 彼女を想ってどれほど涙を流したのだろう。大学を卒業して、 彼女が誰かと家庭を持って、このままいつか彼女の中から私が 消えるくらいなら、この恋に自分で終止符を打ちたい。 「ねえさくら今日暇?」 「経営論終わったら暇だよ」 「じゃあ大学近くのカフェ行かない? 最近オープンしたみたいで個室もあるらしい」 「いいね! 行こうか」 カフェに着くまでの間話したことはほとんど覚えていない。自分の心臓がいつもよりおかしくて、彼女がいつも通り綺麗なことだけは確かだった。 「さくら、話があるの。」 「どうしたの?」 「私さくらが好き。出会った時から好き。付き合いたいです」 「えっ……」 彼女は驚いた顔をしていた。吸い込まれるほど美しい瞳はいつもより潤んでいて、真っ白な肌は少しだけ紅潮していた。でもそれは一瞬の出来事で、彼女は私の目を見てすぐ逸らしてしまった。 「ありがとう。私も結のことは好きだよ。でも……ごめんね」 「そっか。こちらこそごめん」 しばらくの間沈黙が続いた。喉から込み上げてくる声と、目頭 から溢れそうになる涙を堪えるのに必死だった。ふと顔を上げると彼女はいつものように優しく、私を待っていた。その優しさに どうしても縋りたくて、醜い手で彼女を掴んでしまった。 「……最後にお願いがある。私のことは嫌いじゃないんだよね?」 「うん」 「一ヶ月、一ヶ月だけ時間が欲しい。どうしても諦めきれないの。一ヶ月の間に振り向いて貰えるように頑張らせてください」 「いいよ。一ヶ月よろしくね」 ◆ とりあえず恋愛対象として意識させようと思った。 だからたくさんデート(仮)をした。 巷で有名な恋愛映画を見に行った。 ショッピングセンターに行った。 彼女は食べるのが好きだから、よくご飯を食べに行った。 私の家でお泊まりもした。 新しくオープンしたスーパー銭湯に行った。 カップルがすることをSNSで調べてそれを一つずつ実行した。私を恋愛対象として好きになってもらうために。 それと、恋が実らなかったとしても、この一ヶ月の思い出と一緒に生きていけるように。 彼女はいつも子供のようにはしゃぐ私を見て笑う。そして私が 話す時はジッと見つめて微笑む。私を愛おしそうに、寂しそうに。 私はその表情を見ると無性に腹が立ってくる。彼女に寂しそうな目をさせる“何か”が憎くて、その“何か”から彼女を解放させてあげられない自分が情けなかった。 彼女の慈しみと悲しみが混ざったような顔を見る度に、もっと彼女に触れたい、近づきたいという思いが募る。 一ヶ月はあっという間に過ぎていった。最後の日はあのカフェで過ごすことにした。一か月前と同じように個室で彼女と向き合う。 「一ヶ月経ったね」 「そうだね。あっという間だった」 「私のさくらに対する思いは変わらないよ。好きです。付き合ってください」 「ありがとう。私も結のことは好きだよ。でも……」 「付き合えないってこと?」 彼女は小さく頷き、それ以上口にすることなく下を向いた。 「理由だけ聞いてもいい?」 「……結のことは好きなの。でも、私はずっと過去の恋愛に囚われている。結はいつも私に対してまっすぐ向き合ってくれる。それなのに私がこんな状態だと結に失礼でしょう?」 「私は気にしないよ。昔の人のことが今も好きなら諦めるけど」 「未練があるわけじゃないし、好きじゃない。復縁しようとも思わない。ただ、ずっと囚われてる」 彼女が私を寂しそうな目で見る理由が分かった気がする。彼女はずっと囚われていたのだ。私を好きだという気持ちと、過去の恋愛が忘れられない、その矛盾に囚われていたのだ。 彼女は少しぬるくなった紅茶を口に含んで、またあの寂しそうな顔で私に笑いかける。 「私の話、聞いてくれる?」 「うん」 「今まで二人付き合ったことがあるの。一人目は中学生の時、同じクラスでそこから仲良くなって付き合った。一年半くらい付き合ったんだけど、性格の不一致で別れたの。二人目は高校生の時、部活の後輩で向こうからアタックされて付き合った。だけどいつの間にか私の方が好きになっていて、最後は浮気されて誕生日に振られた。半年くらい続いたかな」 彼女は何事もなかったかのように淡々と語る。でも、言葉の節々から痛みと怒りを感じる。ふう……と一息ついてから彼女はまた話し始めた。 「一人目の人は初めて付き合った人だから、恋愛の基準が全部この人に決められたの。天真爛漫な人だったんだけど友好関係も広くて、いつも異性と一緒にいて……。それで私が不安になって束縛してた。別れた時、次は浮気性じゃない人と付き合おうって思った。二人目は一年くらい私にアタックし続けてきてた。最初は普通に可愛い後輩くらいにしか思ってなかったんだけどいつの間にか意識してて。浮気しないって思っていたのに、連絡を控えようって言われてた期間にSNSで知り合った配信者と通話してて、 私の誕生日に振られた。ずっとアタックし続けてきたくせに捨てる時はあっという間だった。このクズのせいで私は今でも恋愛するのが怖い。どんなに一途でも最後は捨てられるんじゃないかって思うの」 いつも優しく穏やかで、笑顔が絶えない朗らかな彼女からは想像もつかないほど苦痛に満ちた声が静かに個室に響く。そして彼女は顔を上げてまっすぐした瞳で私を見つめる。 「だからごめんね。結のことは好きでも付き合えないの。付き合ったらすごく幸せなんだろうなってこの一ヶ月で感じたよ。でも、私がこんな状態だし、最初から向き合ってくれてた結に申し訳ない」 話を全て聞き終わって、まず頭に浮かんだのは「幸せにしたい」という思いだった。今まで散々裏切られ続けてきたこの人を幸せにしたいと思った。愛にまっすぐなこの人は幸せになって報われないといけない。 「ねえさくら、知ってる? 人は運命の人に三人出会うらしいよ。一人目はあなたを変える人。二人目はあなたに傷を残す人。三人目が本当の幸せを教えてくれる人。私を三人目にしてください。やっぱりさくらと付き合いたいです」 「なんで? 本当にいいの?」 彼女は声を震わせながら泣きそうな顔でこちらを見た。 「うん、いいよ。三人目がいいです。私がさくらを過去の恋愛から解放させる。一緒に、幸せになろう」 私がそういうと「お願いします」と言ってくれた。私は彼女の 隣に移動して大粒の涙を流す彼女に肩を貸す。そして、絶対幸せにしようと心に誓った。
あなたとぼちぼち、【20】
「朱音、話がある」 「どうしたの? そんなに改まって」 「雄真さんから藍莉を引き取りたいという連絡があった」 「雄真って……藍莉のお父さんの?」 心臓を締められた。 夜、仕事帰りの父から告げられたのは最低最悪の話だった。 早沢雄真。藍莉の父で、母さんが亡くなってから我が家に引き取られるまで藍莉と一緒にいた男。母さんを亡くしたショックから藍莉に当たり散らかしていた男。自己中心的で幼稚な性格だと父から聞いている。 「なんで今さら……。早沢雄真が自分で子供を育てられないから藍莉はうちに来たんでしょ?」 「藍莉には酷いことをしてしまったと反省している。心を入れ替えるからもう一度藍莉と一緒に住みたいんだと」 「反省してどうにかなる話じゃないよ。ていうか、藍莉って父さんと養子縁組したんじゃないの?」 「その辺は話すとややこしくなるんだ。それで、雄真さんとは三日後の水曜日に我が家で話し合うことにした。朱音も同席して欲しい。とりあえず藍莉にも伝えてくる」 怒りが湧き上がってくる。娘に当たるような男が、娘の手を振り払うような男が、もう一度一緒に過ごしたいなんてよく言えたものだ。自分の気持ちで散々藍莉を振り回して。そんな人に子供を育てられるわけがない。 藍莉はここにいる方がいいに決まっている。母親が居ない辛さは誰よりも分かっているから、少しでも母親の代わりになれる ように、少しでも寂しさを忘れることができるように接してきた。 “自分がした苦労を妹にさせるわけにはいかない” この思いは誰にも負けないし譲れない。 それなのに、あんな男が……。 でも、法律上私はただの他人でしかない。 たかが同じ家に暮らす未成年がどうにかできる問題ではない。 実父が引き取りたいと言ったのならば十中八九、藍莉は早沢雄真に引き取られるだろう。強く思っているからと言って覆せるほどこの国の法律は甘くない。 漫画じゃないんだ。現実を見なければ。 二階から父が降りてきた。藍莉にも伝えたのだろう。 ドタバタと、転がり落ちそうなほど急いで階段を駆け下りる藍莉の足音が聞こえる。 「ねえ! おねえちゃんきいた?」 「うん。聞いたよ」 「もうばいばい? あえなくなっちゃう?」 「それはまだ分からないよ。……雄真さんは嫌?」 「ずっとおこってるからきらい」 「そっか」 予想通りの答えが帰ってきてどこか安心した自分がいる。やっぱり早沢雄真のことは嫌いで、私の事が好きなんだと都合のいい解釈をして、それに縋ろうとしている自分が気持ち悪い。 藍莉の言葉をエサに「本人が嫌がってるからここに居てもらおう」と主張しようとしている自分の下衆な心が嫌になる。そもそも主張する相手なんて誰もいないのに。 藍莉は大丈夫かと思ってそちらに目をやると小さな体を震わせながら俯いていた。しゃがんで顔を覗き込むと、目に大粒の涙を溜めていて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。 「藍莉、今日はもう早めに寝よう」 「いっしょにねてね」 「もちろん」 私の服の裾をぎゅっと掴む藍莉を見て誓った。 (藍莉にとって最善の選択をしよう) 早沢雄真より私の方が好かれているだとか、未成年だからどうとか、血の繋がりだとか、そんな下らない雑念は全部捨てて藍莉が心から笑えるような選択をしようって。 きっと私は今も、これからも、藍莉は我が家にいるのが一番いいと信じ続ける。 でも、自分の腰下くらいの身長しかない子供を、保護者に甘えたい盛りの子供を、自分のエゴで束縛するのは違う。 自分の欲のために他人の選択肢を狭めてはいけない。 もしかしたら、あんな実父でも一緒に過ごした方が藍莉のためになるかもしれない。 藍莉にとって最適になる可能性を秘めているのならば、どんな選択肢も残さないと。 きっと、そうするのが正しいんだ。
第5回N1 決勝 『輪』
私が産まれた日、恐ろしい嵐が木々を薙ぎ倒し、龍のように うねった川は村を流した。母は並外れた出産の苦しみを味わい、 私を産み落とした瞬間三日三晩眠り続けた。 そうして産まれた私は━━ 「ああ……悪魔の子だ」 時は十六世紀のフランス・ルーアン。木造建築物が美しい街 である。セーヌ川の流域に位置しており、古くから交易が盛んな 土地だ。そんなルーアンには一つの噂があった “マッシュウ家に産まれる女子は皆呪われている” ルーアン周辺を治めるマッシュウ家は二百年ほど前にイギリス との戦争で残した功績を称えられて爵位を与えられた。 いつからだろうか。マッシュウ家の女性は皆仮面をつけながら 出歩くようになり、ルーアンの民からは呪われている家と呼ばれて恐れられるようになった。 近頃ルーアンの民はある一つの話題に夢中だった。 それはマッシュウ家の長女・アンが伯爵夫人になるのではないかという噂だ。 「アン様がお見合いだってよ」 「ああ、例の悪魔の子か」 「今まで何回もお見合いをしてきたってのに、その相手が全員逃げ出しちゃあ意味ねえよな」 「ギャハハ! 違いねえや」 「なんたって悪魔の子だからな。誰が結婚したがるんだ」 当のマッシュウ家はというと、そんな民の下世話な話なんて耳 にも入らないほど慌ただしかった。高貴な伯爵家からただの男爵 であるマッシュウ家へお見合いの書状が届いたため、粗相のない ように一家総出で準備をしていたのだ。ただ一人を除いて。 広い屋敷の屋根裏に仮面で顔を隠し、真っ黒な服に身を包んだ 一人の少女がいた。アン・マッシュウ、今回のお見合いの主役だ。 慌ただしい屋敷とは打って変わって、屋根裏は呼吸の音が 聞こえるほど静かである。 「はあ……」 窓の外を眺めながらため息をつく。伯爵夫人になれるかもしれ ないというのに随分と憂鬱そうだ。するとアンは部屋の隅にある 三面鏡の前に立ち、そっと仮面を外した。 仮面の下からはまるで焼け爛れたかのような痣が現れた。 痣は右頬から服の中まで続くほど大きい。アンの着ている服はレースで作られているため、服の外からも体中に痣が広がっていることが分かる。黒い服を着ているのは少しでも痣が見えにくくするためだろう。 「こんなモノがあるから私は……なんて醜い痣なの」 恨めしそうな目で鏡の中の自分を見ながらそっと右頬のなぞる。外見から十六・七歳ほどの少女ということが分かる。年頃の女の子にとって、顔の半分を埋め尽くすほどの痣はあまりにも酷だ。 「痣が無くなれば、私も結婚できるのかしら」 「そんなことは望んでも無駄よ」 「お母様!」 驚いたアンが振り返ると、そこにはアンと同じように仮面を 着けた女性が立っていた。アンの母だった。よく見ると仮面の下 から赤黒い皮膚が顔を覗かせている。 マッシュウ家の女性が皆仮面を着けている理由は女性にのみ 現れる痣を隠すためだ。どういうわけか百年ほど前のある日、突然痣を持った女の子供が産まれた。国中から名医や妙薬を集めて その子にあげても治る気配がしない、最終手段として黒魔術師を 呼び寄せても治せない。 そして不思議なことに、その子が産んだ子供も、さらにその子供も皆同じような痣を持って生まれてきた。それからマッシュウ家の女性は醜い痣を隠すために煌びやかな仮面を着けて出歩くように なったのだ。 十六年前に産まれたアンは一族の中でもとりわけ大きな痣を 持っていた。さらにアンが産まれた日、突然嵐がやって来て マッシュウ家の領地に大きな打撃を与えた。川で村は流され、 大雨で山崩れが起き、多くの命が失われた。極めつけは、アンが 産まれてから屋敷で度々火災が起こるようになったこと。火種と なるようなものがない場所から何度も火災が発生し、その火は 決まって大きく燃え上がる。 火傷のように爛れた痣を持つ少女と度重なる火災。この二つを 結びつけてしまうのは仕方のないことだった。嵐を呼び、屋敷を焼き付くさんとするアンの力を人々は恐れ、やがて“悪魔の子”と呼ぶようになった。 「その痣は百年間続く呪いなのです。……伯爵様がいらっしゃったわ。粗相をしないように切り替えてちょうだい」 「分かりました」 アンは仮面と手袋をつけ直して母と共に伯爵が待ち構える部屋 へと向かった。アンの足取りは重かった。男爵家の長女である アンは今まで何度もお見合いをしてきたが、 痣と噂のせいでことごとく失敗した。どんな相手もアンの仮面の下を見ると逃げ出した。ルーアンの民からはもう年頃の女性なのに 結婚できない不良品だと後ろ指を指され、家族からは誰よりも 大きく醜い痣のせいで疎まれていた。今回も失敗したらいっその事どこか遠くへ逃げ出そうか。アンはそう考え始めていた。 「アン様が到着されました」 使用人の声と共に客間の扉が開かれた。 客間には白銀の髪と黄金色の瞳を持った長身の男がいた。紺色のタキシードに輝く銀髪がよく映える。 「これはこれは初めまして。リチャード・オベールと申します。 アン様、本日は良き日にしましょう」 「アン・マッシュウでございます。リチャード様、よろしくお願いいたします」 「早速ですが……アン様と二人きりにして頂けないでしょうか?」 「構いません」 「ありがとうございます」 使用人が客間の外へ出ると、リチャードは爽やかな笑顔でアンに微笑みかけた。 「アン様、単刀直入に言います。本日こちらへ訪れたのはアン様の呪いを解くためです」 「ええ?!」 「我がオベール家はかつて魔術を用いて王族に仕えた一族でした。当時の知識は現在も受け継がれています。マッシュウ家の女性は皆呪われていると風の噂で聞きました。年頃の女性に呪いは酷でしょう。私はあなたを助けたい。どうか私を信じていただけませんか?」 「本当に呪いを解けるのでしょうか?」 「ええ、やれることはやってみます。ただ私と結婚することが条件です。両親が何かとうるさくて……」 アンの返事は聞くまでもなかった。 * * * 「すごい……!」 半年後、オベール家にアンの姿があった。アンはマッシュウ家 とはまるで違うオベール家の華やかさに圧倒されている。薔薇の 芳しい香りが漂う庭園を抜けると屋敷の玄関が見えた。 わずかな荷物を持って王都にある屋敷にやってきたアンを リチャードは優しく迎え入れた。 「疲れていませんか?」 「馬車がすごく快適なおかげで疲れは感じません」 「それは何よりです。到着して早々申し訳ありませんが、早速マッシュウ家の呪いについてお話したい。書斎へ行きましょう」 書斎に着くとリチャードは本棚から古そうな書物を取り出して アンの前に並べた。 「これらは全部私がマッシュウ家の歴史と呪いについて調べた資料です。当事者の方に正しいかどうか確認していただきたい」 「━━母から聞いた話と大差ありません」 「調べていくうちに一つの仮説を思いついたのです。マッシュウ家はジャンヌ・ダルクに呪われているのではないでしょうか?」 「あのジャンヌ・ダルクに?!」 「ええ。マッシュウ家の系譜を辿るとある人物が現れました。それがジャンヌ・ダルク処刑裁判の裁判官を務めたジャン・マッシュウです。誰もが知っている通り、ジャンヌ・ダルクは不当な処刑裁判の末に命を落としました。もし彼女の魂が今もこの世に留まっているのならば、必ずジャン・マッシュウの一族を呪うでしょう。 ━━ああ、アン様を責めているわけではありません。ご先祖さまは職務を全うされただけですので」 「そんな……あの聖女ジャンヌ・ダルクに、私が?」 「可能性は高いです。アン様はご家族の中でもとりわけ強い呪いを受けたとお聞きしました。産まれた時からたびたび不審な火災が発生すると。ジャンヌ・ダルクは燃やされて死亡しました。マッシュウ家とジャンヌ・ダルクには切っても切れない縁があるのでしょう」 アンは用意されていた紅茶を一口飲んだ。喉は乾いていないが、紅茶と一緒に溢れ出てくる思いを飲み込まないとやって いけなかった。 救国の聖女ジャンヌ・ダルクを殺したのが自分の先祖で、 自分を苦しめている呪いはそのジャンヌ・ダルクによるもの。 こんなこと、一体誰が飲み込めようか。 「私はこれからどうしたらいいのでしょうか?」 「アン様は呪いを解きたいですか?」 「ええ、もちろん。小さい頃からずっとこの痣に苦しめられてきました。私だけでなく家族も。もう解放されたいです」 「分かりました。ジャンヌ・ダルクの呪いを解きましょう。私の友人に大聖堂で司教を務めている男がいます。その男に手伝うように伝えますね」 後日、アンとリチャードは王都の中心部にある大聖堂を訪れた。普段賑わっているはずの大聖堂はなぜか恐ろしく静かだ。 「やけに静かじゃないか。どうしたんだ?」 「解呪のために封鎖したのだよリチャード。ジャンヌ・ダルクの呪いは強大だ。ご婦人にはこれから約一ヶ月地下牢で過ごしていただく。その間、ジャンヌ・ダルクに対する懺悔の言葉を述べ続けなければならない。我々神父も交代で地下牢に入り、神へ祈りの言葉を捧げる。呪いを解くために必要なのは心からの懺悔と ジャンヌ・ダルクが置かれた境遇を体験すること。それを簡易的に再現したのがこの解呪方法だ。一ヶ月経てば呪いと同時に痣も消えるだろう」 「そんなに過酷なのか。アン様、大丈夫ですか?」 「必ず耐えてみせます。呪いに私の人生を邪魔されたくない」 「分かりました。ご案内します」 アンは司教に連れられて大聖堂の深部へと降りていった。階段を一段下がるごとに冷たい空気がヒヤリと肌にまとわりつく。 最下層にある地下牢は立っているだけでも震えが止まらなくなるほど寒かった。長年日光が当たっていないためか、牢の中はカビのような匂いがする。 「アン様、お達者で」 アンは迷うことなく牢の中へ足を踏み入れた。 * * * あれから何年か経った頃、王都はもうすぐオベール伯爵夫人が出産するというニュースで賑わっていた。銀髪と黄金色の瞳が 美しい伯爵と、まるで絹のような黒髪と陶器のように輝く肌を持つ伯爵夫人は王都でも有名な夫婦だった。 かつて自身の運命を恨んでいた仮面の少女はもういなかった。 アンは自分のため、家族のため、まだ見ぬ子供のために戦った 強い女性へと変貌していた。 「ねえリチャード、私怖くなってきたわ。本当に子供を産めるのかしら」 「大丈夫さ。僕がいる。ジャンヌ・ダルクの呪いはとっくの昔に解けた。心配することは何もない」 だがしかしアンの出産の日、王都に激しい嵐がやってきた。風は吹き荒れ今にでも家に押し入ってきそうなほど強い力で窓を叩いている。大雨は容赦なく降り続け、芳しい香りを放つ薔薇を次々に 泥まみれの地面へ落とした。 「ゔぅ……うわあぁ」 並外れた激痛がアンを襲った。 まるで火あぶりにされているかのような、得体の知れぬ何かが 腹の中を突き破ってきそうな痛みだ。 数分後、アンのうめき声は止んだ。 その変わりに産声が屋敷中に響いた。 産まれてきたその子を見たリチャードは━━ 「これが、悪魔の子か……」 * * * ねえ愛しいアン。 もしかして私から逃げられると思った? 自分もほかの女の子のような人生を送れるって? そんなことをしてはダメよ。あなたは一生私のモノ。 可愛いアン。 あなたは本当にジャンにそっくりねえ。 気弱で、優しくて、でもどこか強さを秘めている。 あの男は私に判決を下した時も泣いていたわ。 無罪の私を殺した時の絶望に満ちた表情。 私その時の顔が忘れられないの。 もう一度あの顔を見たいの。 でも、ジャンはなかなか現れなくて…… だからね、アン。 私の気が済むまで、あなたたちは苦しみ続けるの。 これから永遠に、ずうっと。 呪いはね、術者の気が済むまで繰り返されるのよ
第5回N1 尺魔の帝国 解説
・秋瑞《しゅうずい》…今作の舞台となった国 海産物も農産物も採れる豊かな国 大陸の東側一帯を支配している ・李継《りけい》…今作の主人公で秋瑞の宰相 烈帝は法律バカのため、その他の政務を全て担っている ・烈帝《れってい》…秋瑞の二十五代皇帝 本名・李烈《りれつ》 趣味は罪人を罰すること 自然と犯罪率が下がるので民からは 評判が良かった 人の心がない ・李秋《りしゅう》…李継の長男 城内で迷子になっていたところ 父親の話す声が聞こえたためよく分からない隙間から中に入ると裁判中の憲清宮だった あらまあ ・憲清宮《けんせいきゅう》…法に関わる政務を行う宮殿 法律の制定についての話し合いや裁判を主に行う 情報漏洩を防ぐため許可がないと皇族でも入れない ・鞭打ち…お尻ペンペンなんて比べ物にならないくらい痛い刑罰 皮膚なんか余裕で裂ける 回復に約一ヶ月必要 ・玉璽《ぎょくじ》…王様の使うハンコ 王様直々の書類である ことを示す 玉璽を叩き割る=皇帝に喧嘩を売る ・尺魔《しゃくま》…悪いことは沢山あるが良いことは一つもないということ いくら大義名分があって、いくら賛同を得ても従兄弟とその子を殺した李継は結局悪人です。子供が殺されたから仇を討つために 従兄弟を殺して、反乱を防ぐために幼い皇太子も殺して。 手に染み付いた血は消えません
第5回N1 尺魔の帝国
大陸の東に秋瑞《しゅうずい》という国があった。国土が海と 接しているため多種多様な海産物が採れ、また、国の内陸部には 大規模な水田が広がる豊かな国である。秋瑞は烈帝という皇帝が 治めていた。烈帝は法に通じており自ら罪人に裁きを下し、 世に知られずにいた悪を次々と暴いた。人として欠けてる部分は多々あったがそれでも民から見れば名君だった。 烈帝には有能な部下がいた。名を李継《りけい》と言い、五代前の皇帝の子孫で烈帝の従兄弟であった。李継は烈帝ほど法に通じているわけではなかったが、持ち前の明るさと気持ちの良い性格が 外交で力を発揮していた。烈帝の御世で戦争が起こらなかったにも関わらず領土が拡大されたのは李継の力が大きい。二人は国政の 要として民から支持を得ていた。 烈帝六年の冬、事件は起こる。 その日も烈帝と李継がいつものように裁判を行なっていた。 すると、どこから入って来たのか一人の男児が現れた。年齢には見合わない、紫に染められた生地に銀糸で煌びやかな刺繍が 施された衣を着ていた。着ている衣からも位の高さが伺える。 「ちちうえ!」 「なんだその童は」 「失礼しました。我が子の李秋《りしゅう》でございます」 「裁判中の憲清宮《けんせいきゅう》に入るのは重罪だぞ」 「お許しください。きっと間違えて入ってしまったのでしょう。 厳しく言い聞かせますので」 「ならぬ。法は絶対だ。例外など存在しない」 烈帝と李継が衝突し、憲清宮の空気は凍りついた。息をすることも許されないような緊張感が流れる。 玉座からは皇帝の怒りを買ってしまった幼子が震えていることが分かる。 「李秋は私の子で、あなたの従兄弟でもありますよ。陛下は幼い従兄弟をも処すのですか?」 「朕も心苦しい。しかし王族こそ法を遵守しなければならない。致し方ないことだ」 「陛下! どうか私の願いを聞き入れてください」 「くどいぞ李継! おい、誰か近衛兵を呼べ」 烈帝がそう言うと宮殿の扉が開き、甲冑を着て槍を手に持ったガタイのいい男たちが入ってきた。 「李秋が裁判中の憲清宮に侵入した。捕らえよ」 「まってください! ちちうえ!」 「李秋!」 憲清宮は混沌と化した。皇族を捕らえても良いのかと困惑する近衛兵、それに檄を飛ばす烈帝。父に助けを求めながら近衛兵に抵抗するも無力に連れて行かれる李秋、子を助けるため傍に駆け寄ろうとして取り押さえられる李継。正しく地獄だった。 「おいふざけるな李烈《りれつ》! 息子を返せ!」 「控えよ李継。そなたまで捕らえたくない。誰か李継を屋敷まで連れて行け。半年の謹慎を命じる」 「…………分かった」 聡明な李継はこれ以上抵抗しても何にもならないとよく理解していた。ここで下手に騒ぎ立てれば自分も牢獄に入ることになり、 李秋を救える者が居なくなってしまう。李継は近衛兵に連れられて屋敷へ戻った。 屋敷へ戻ったあと李継は考えた。あの法律バカには何を言っても聞く耳を持たない。ならばこちらも法で対抗しよう、と。 秋瑞の憲法では『裁判中の憲清宮への侵入は重罪』と定められている。侵入者への刑罰は良くて鞭打ち三十回、悪くて死刑だ。 どちらも幼子の李秋に耐えられるものではない。 しかし皇族には罪人に恩赦を与えることが出来る権利がある。 李継は烈帝の元へ使者を遣わし恩赦によって李秋を解放するよう求めた。 「陛下。李継殿下から『恩赦を使い李秋の解放を求む』との要求がありました。手続きに必要な書類はこちらに」 「分かった。善処しよう。一週間後、李秋の処遇を知らせると伝えよ」 烈帝の言葉を聞いて李継は安心した。いくら法に忠実な烈帝でもまさか従兄弟の子を鞭で打つようなことはしないだろう。ましてや死刑なんてもってのほか。刑罰があれば、せめて謹慎か剃髪くらいだろうと考えていた。しかしそれは甘い願いだった。 一週間後、烈帝の使者が李継の屋敷へやって来た。冷たくなった李秋と共に。 「おい、なんだ……これは。なぜ、なぜ李秋は息をしていない? なぜ動かないのだ」 「皇帝陛下のお言葉です。『裁判中の憲清宮に許可なく入ることは重罪であり、通常ならば刑罰は鞭打ち三十回とする。しかし、恩赦と李秋の年齢を考慮し鞭打ち十回への減刑とする』以上が李秋様の処遇でございます」 「待て説明になっておらん。なぜ李秋は動かない? 一体何があったのだ」 「我が国の法では罪人に治療を施すことは出来ないため、刑罰で受けた傷が悪化し亡くなられました」 「ふざけるな! 李秋はまだ齢六歳だぞ。そんな幼子に鞭打ちなぞ耐えられるわけがない。恩赦はどうなった? 元より皇族は減刑されるのではなかったのか! あの畜生め……よくも李秋にこのような仕打ちを! 許さん!」 李継は子を亡くした悲しみと烈帝に対する怒りで正気を失った。鬼のような形相で使者の持っていた烈帝の玉璽を叩き割り、腰に付けていた刀を抜き取って使者の首をはねた。 「兵を集めろ! 憲清宮に向かう。秋瑞に仕える皇族として人情すら持ちえない暗君を討ちに行かねばならん。あのような愚か者が皇帝として君臨すれば我が国はいずれ滅んでしまう」 「殿下お気を確かに! 早まってはいけません。あなたが朝敵となれば奥様や他のご子息、さらには領民まで被害が及んでしまいます!」 家臣に咎められた李継は振り上げていた刀を静かに下ろし、刀はそのまま李継の手から滑り落ちた。そして辺りの惨状になんて目もくれず一目散に李秋の元へ駆け寄り、冷たくなり始めた李秋の亡骸を抱き寄せた。 李秋の顔はすっかり痩せこけており、かつて皇族だった面影はこれっぽちもない。銀糸の刺繍が施された衣の代わりにボロ雑巾のような囚人服が着せられている。まともに治療をして貰えなかったためだろう。傷口から出た膿が布に染み込んで悪臭を放っている。 「李秋、ああ……李秋! どうか目を覚ましてくれ」 李継の泣き声は辺り一帯に響き渡った。その悲痛な叫びに釣られ家臣たちも思わず涙を流す。 先程から降り始めた雪は痛々しい体を隠すように李秋の上にポツポツと落ちていった。李秋が雪の衣を纏うほどの時間が流れても 李継は我が子の元から離れようとしなかった。 * * * 李秋の死から約三年の時間が経とうとしていた。李継は皇帝に 無礼を働いた罪で役職を剥奪され隠居していた。家財道具も没収 され皇族とは思えない生活を送っていたが、李秋の喪にふくすには ちょうどいい慎ましさだった。 李継が居なくなったあとの朝廷はというと、烈帝に進言できる 唯一の者が居なくなり独裁が始まっていた。李秋の事件で烈帝が 見せた鬼畜の片鱗は今や国中に広がっており、役人も民もいつ烈帝の怒りを買って殺されるかという恐怖に支配されていた。 かつて李継と双璧を成して国の犯罪撲滅に尽力した名君は居なくなっていた。 人々は李継が居た頃の朝廷を懐かしく思っていた。人当たりが 良く身分問わず親身に話を聞いてくれる李継は役人の間でも人気が高かった。李継が隠居した際に後を追って辞めた者も少なくない。烈帝による独裁で国中が疲弊している今一番必要なのは李継の存在だと、李継を朝廷に呼び戻し烈帝を討伐して貰おうとする動きが 広まっていた。 「数年戦える準備は整っています。兵も、武器も、殿下に使われることを望んでいます。どうか皇帝を倒しかつての豊かな秋瑞を取り戻してください」 「そなたらの願いは痛いほど分かる。だが……もうあの男と争いたくないのだ。あの男と争えば大事な者を亡くしてしまう。もうそんな思いはしたくない。他に適任者は居ないだろうか? 私以外の皇族でもいいのではないか?」 「……他の皇族の皆様も殿下と同様に追放されました。烈帝は反乱を危惧して何かと理由を付けては皇族を追放していきました。今朝廷に居る皇族は烈帝とその皇子だけです」 「そんな事態に……。そうか。あの男にも子が出来たのか」 「こんなことを言うのは卑怯だと思いますが……殿下は李秋様の仇を討たなくていいのですか?」 「!」 「私は三年経った今でも不当な理由で殺された李秋様が不憫に思います。……申し訳ございません。出過ぎた真似を」 「……よい。前向きに考えよう。ご苦労だった」 「朝廷で殿下をお待ちしております」 李継は自分が烈帝を討つことで民が救われることも、逆に国内が混乱することも分かっていた。三年間、烈帝が居なくなればと願わなかった日は無かった。しかし私情で皇帝を討てば国内が混乱すれば新たな反乱の種になる。そうすれば民はまた苦しむことになる。皇族ならば国益を最優先に考えるべきだと、想いを押し殺して過ごしてきた。 だが今最も国を乱しているのは烈帝に他ならない。 国賊を討つのも皇族の役目ではないのか。 それに、もし李秋の仇を打てるなら……。 * * * 決断した李継の行動は目を疑うほど迅速だった。宰相時代の人脈を駆使して賛同する者の協力を仰いで、わずか一ヶ月で十万もの 軍を作り上げた。首都へ向かう途中、各地で烈帝に対する不満を 持つ者も受け入れて軍はさらに拡大。 到着する頃には十万だった軍は五十万にまで膨れ上がった。対する烈帝の軍は緊急で集めた兵士二十万人。 どちらが勝つかは火を見るよりも明らかだった。 挙兵から三ヶ月、李継はついに憲清宮へ足を踏み入れた。 憲清宮は一足先に入った兵たちによって制圧されており、玉座に座っている烈帝以外は誰も居なかった。 「たかが皇族が皇帝に刃を向けるとは。やはり三年前に殺しておけばよかった」 「口を閉じよ李烈。自分の快楽のために国民を苦しめる外道が皇帝を名乗るな」 李継は玉座に続く階段を一歩一歩踏みしめながら登った。かつてここで捕らえられた李秋の姿が目に浮かぶ。やがて玉座に座る烈帝の前に立ち、腰に付けていた刀を抜いて烈帝に向けた。 烈帝は濁った目で恨めしそうに李継を見つめる。 「李秋の仇だ。あの世で詫びろ」 李継が振り下ろした刀は烈帝の首を通って真っ赤に染った。烈帝の首は鈍い音を立てながら階段を転がり落ち、龍袍を纏った胴体は玉座からずり落ちた。九年間皇帝として君臨した男の人生はあっけなく終わった。 「うえええええん」 玉座の裏から子供の泣く声が聞こえた。 目をやるとそこには禁色ーー皇帝のみが使うことを許される色で染められた衣を着た、かつての李秋を彷彿とさせる男児が居た。 「……李烈の子か?」 「このぎゃくぞくめ! ちちうえをかえせ!」 「そなたに罪は無いが李烈の子として産まれた自分を恨め。誰か皇太子をお連れせよ!」 「いやだ! はなしてよ」 「皇太子様こちらへ」 「まだ幼い。苦しませるな。……許せ、名も知らぬ従兄弟よ」 男児は抵抗も虚しく兵士によって憲清宮の外へ連れていかれた。 しばらくすると泣き声が止んだ。 李継はそれを見届けてから玉座に腰を掛けた。 憲清宮は三年前に子を喪った時と変わらない冷たさだった。 外ではまだ皇帝派の残党と反乱軍の戦いが続いるためか怒号が 飛び交っている。 憲清宮の中だけがまるで別世界のように静かだった。 国のため、我が子のため、従兄弟を殺した男は何を思うのか。 李継はただ自分の手を見つめていた。手は烈帝の首を跳ねた時に飛んだ血で汚れたままだった。 張り付く血液の感覚が気持ち悪くて、李継は何度も衣で血を 拭おうとした。 だがいくら拭っても衣が赤に染るばかりで血は取れなかった。 「喜べ李烈。私も貴様と同じだ」
感想:子宮に沈める
⚠️ネタバレあり ショッキングな映画です この一言に限る。ただただ辛い。 【雰囲気】 BGMもナレーションもなく、生活音以外の音が一切ないのが 気持ち悪い。 全てがとにかくリアルだった。日本のどこかにある家庭を 見ているよう。こんな家庭あって欲しくないが。 一番気味悪いのが、出演者が演技をしているように見えない ところである。子役の二人は本当に姉弟らしいからそれが上手く 作用したのかな? 色々ひっくるめるていい意味で気持ち悪い。 【感想】 始めにも言った通り辛いとしか言えない。 母親はとんでもない野郎だが果たして最初から悪かったか? 全てが悪人か? と問われたら素直に「うん」と言えない。 個人的に一番の元凶は別れた夫だと思う。 夫に捨てられ、一人で子供を養わないといけない。女一人で そんなお金を稼げる職業は、と問われたらやはり夜のお仕事が 手っ取り早い。 そこで優しくされたら、いい男に出会ったら、遊びたくなるのも仕方がないのかもしれない。 でも自分には子供が二人いる。「臭いものには蓋をする」という言葉の通り、母親は我が子に蓋をしてしまったわけで……。 じゃあ何が悪かったのか? やはり妻と子を捨てた夫ではないだろうか。 (私の目にはそう見えただけで、実際は違うかもしれない) 決して庇う訳では無いが、この母親は余裕がなかったのだ。 最初は今まで通りに我が子に愛を注ごうと、立派な母親になろうとしていたのがこれまた辛い。 全部が全部悪人ではないから責めきれない。 色々思うことはあるが、私は“母親”ではないので、これ以上この母親に対して語るのはよしておこう。 Noveleeにいる母親の皆さんの中にこの映画を見た方が居たら親目線の感想をお聞きしたい。 さて、この辺りで子供たちにも目を向けたい。 とにかくお姉ちゃんがいい子すぎる。 まだ何も出来ない年齢なのに弟の面倒も見て、お母さんの帰りを大人しく待つ。健気だ。 まだ何も分からない。分からないからこその行動がなんとも心に刺さる。 個人的にこの映画で一番辛かったシーン。 それはお姉ちゃんが言ったこの言葉。 「昨日ね、海行ったんだよ」 幸せだった頃の写真を絵に貼り付けて……。 遊びたい盛りなのに文句一つ言わないずに我慢する。 最期までお母さんのために、と行動した印象を受ける。溺れる時なんて大の大人でも悲鳴をあげるだろうに。 きっと薄々何か悪いことが起こっていると気づいていたのではないだろうか? お母さんが出ていく時も、帰ってきた時も。 お母さんも子供ならではの鋭い言葉にドキッとさせられたことだろう。 【まとめ】 評判を見ると胸糞映画だと罵る人が多い。 その人たちに、この映画の母親と同じように蓋をしてどうするんだと問いたい。 確かにこの映画は見るに堪えないシーンがほとんどだ。特に最後なんて目を瞑りたくなる。 でもどの家庭にも起こりうる話だ。明日も今日みたいに幸せ なんて誰が保証できるだろうか。 この映画は決して褒められた映画やいい映画とは言えないかもしれない。 でも私はこの映画を出会えてよかった。 勉強になるし二回、三回と見ると伏線も分かるためより考えさせられる。 余談だが、この映画に登場したお姉ちゃん役の人はどうやら クックルンになったみたいだ。 内容が内容だから子役は大丈夫かと不安になったがちゃんと成長しているみたいで安心した。 子宮に沈める【★★★★】 ・母親が畜生のため星四。 残酷な描写が多すぎたかもしれない。 だがそれがリアル。
Non Fiction あとがき
本作を手に取って頂きありがとうございます。 Non Fictionはとてもデリケートな題材ですので補足が必要だと思いあとがきを書いています。 こだわった部分が多々ありますので、ぜひあとがきも読んで 頂けると幸いです。 まず、本作の主人公である“中国人”の女性。 特定の国籍の人を殺人鬼として書くなんて何事だと思った心優しい方もいらっしゃるでしょう。 なぜ国を指定したかと言いますと、私が中国人だからです。 ただ中国人の女性=私という訳ではないのでそこは把握して頂けると嬉しいです。別に病んで殺人の願望がある訳でもないです。 書きやすく、感情移入もしやすいので中国人と書いただけです。 本作の主人公、名前は特に決めていませんのでAとしましょう。 Aの人生は人種差別との戦いでした。 Aの人生で起こった差別は全て本当にあった出来事です。 まず、「中国人だからコロナにかかってる」と言われた小学生時代。 あれは私の体験をそっくりそのまま書いています。 コロナが流行りだした小学六年生の時、実際に言われたことを書きました。 ですが幸いなことに、私は友人に恵まれたので無視をされることはありませんでしたし、教室で騒いでいた男子はこっぴどく叱られました。 そして外国人という理由で就職が出来ないと言われた高校三年生。 あれは外国人労働者に対する差別で最も多いものです。 今はそんな露骨にダメと言われることはありませんが、やはり場所によっては外国人という理由で働かせて貰えないことがあるそうです。 飲食店で働き始めてから起こった副店長の件。 あれは両親の体験を元に書きました。 小説ですので副店長という人物や暴力沙汰、ホールを一人で回せとか言う無茶振りはフィクションです。 しかし、シフトでの嫌がらせや口論で異動になりかけたのは本当です。店長が庇ってくれて異動が無くなったのも本当です。 母から聞いた話によると、仕事が他の人と比べて上手くできない上司が居たそうです。そうなると店長からの指導も入るわけで。 そこで鬱憤が溜まった上司は両親に八つ当たりをする訳です。 「中国人の癖になんで何も言われないんだ」と。 これは被害妄想でもなく上司が両親の同僚に愚痴って発覚したので現実に起こったことです。 嫌がらせもされたそうですし口論も日常茶飯事だったそうです。 ある日口論がヒートアップして大騒ぎになったので、本部から調査が入って上司は異動になりました。 調査の時に店長が「×さんはちゃんと仕事をしている。持ち家もあるのに異動は可哀想だ」と庇ってくれました。 どうですか? 嘘っぽいですか? 作り話っぽいですか? 全部本当なんですよ。 無茶苦茶でしょ、「中国人だから」っていう理由。 人権学習で散々言われる「偏見を無くしましょう」という言葉。 あんなの幻じゃないかと小学生ながらに思いましたね。 まだノンフィクションはありますよ。 人権学習の時に他校からやってきた女の子が自己紹介の時に、私を見て「え? 中国人?」と呟いていまして。 まあそういう目で見られたりするのはよくあることなので無視していました。 でも成果発表の時に「差別は偏見が原因です!」「なので偏見をなくすのが大事です!」って言うんですよ。その女の子が。 一体全体どういう笑い話を見せられているんでしょうか私は。 中国人だと分かった瞬間嫌な目でスキャンしてくる人間は たくさんいます。 その人間が「偏見をなくしましょう」なんて。 何が人権学習だよと思いました。 これら全部全部在日外国人が体験したことです。 きっとこれを在日外国人の人に見せたら、大半は 「あー、あるわ」という反応をするでしょう。 ずっと抱えていたモヤモヤを晴らすために、 人権学習では触れられない本当を知ってもらうために本作を書きました。 Aを平凡な女性と強調したのは「誰もが犯罪を犯す可能性がある」ということを伝えたかったからです。 今は優しい時代になったので人種差別も減っていきますが昔は違います。 だって十六歳の私が、Z世代と言われる私がこういう差別を経験したので。 二十年前、三十年前の人種差別は想像を絶するでしょう。 人種差別は犯罪を起こしても不思議ではないほど人に影響を与える。 それを伝えたかったです。 私たちがされたのは“そういうこと”です。 ここからは小話です。 Aの出身地P県のDというところは「差別」を英語で書いた時の頭文字を取りました。 PrejudiceのP Prejudiceは「思想による差別」という意味が あります。これが受けた差別で一番多い。 discriminationのD discriminationは「行動による差別」という意味があります。 そして被害者数である六。 racismの文字数から取りました。 racismは「人種差別」という意味があります。 こういうのも挟みたくなったので作中に取り入れました。 以上、Non Fictionのあとがきでした。 長い文章を読んで頂きありがとうございました。
Non Fiction
⚠️本作の題材は外国人差別です ⚠️本作には犯罪に関わる描写があります 以上のことが苦手な方は自衛をお願いします 「速報です。日本中を震撼させたP県連続殺人事件の容疑者が逮捕されました。一ヶ月以上に渡って犯行が行われ、被害者数が六人に及ぶこの事件。驚くべきことに容疑者は、外国籍の女性です。現在警察は犯行の動機について取り調べを行っています」 R県警の取調室。椅子と机、録音機器が設置されているだけの 無機質な部屋には、二名の刑事と一人の女性が座っていた。 地味なトレーナーを着ている女性は、連続殺人事件の犯人その人である。 「容疑者にも黙秘権はあるんで。黙っていてもいいですけど、後の裁判で不利になりますよ。では、取り調べを始めます」 「刑事さん、ご心配なく。話しますよ。全部」 そう言って女性は淡々と話し始めた。 * * * もうご存知でしょうけど、私はP県のD町で生まれました。狭い町です。町というか、村と言った方がいいかも知れませんね。 生まれも育ちもD町です。とにかく、みーんな頭が硬いんです。ですから、何かと差別されることが多くて。 小学生の頃でしょうか。ほら、二十年前だと、例の感染症が 流行った時期でしょう? ある日、教室に入るとみんなこっちを見るんです。「どうしたの?」と尋ねても誰も答えてくれないんです。無視されたんです。ずっと。卒業まで。 おかしいですよね。昨日まで鬼ごっこをして遊んでいたのに。 すると突然男子が教室の前に行ってこちらを見てきて、 「お前さ、中国人なんだろ? 中国人だったらアレにかかってるんじゃねえの?」と騒ぎ出しまして。私を庇ってくれる人は誰一人 いませんでした。生活が制限されていたのでストレスが溜まって いたんでしょうね。 ずっと感じていたんです。やっぱり自分は異質で下に見られる 存在なのだと。それを突きつけられた気がしましたね。 自己紹介をする場面があるじゃないですか。あの時、みんな 嫌な目で見てくるんです。頭のてっぺんからつま先まで、舐め回すような目で見てきて評価するんです。 「へえ、こいつ中国人なんだ」って。 口には出さなくても下に見てくる空気感はひしひしと伝わって 来ます。何となく感じていたことですけど。 こうも堂々と突きつけられるとさすがに堪えますね。 あの時の私、まだ小学生ですよ。 ……今思うと、あの時の一言が元凶かもしれません。 * * * 静かな部屋だ。二人の刑事は何も言わない。時々パソコンを打つ音がするだけである。 女性は喉を潤すために用意されたペットボトルへ手を伸ばした。口に水を含む。それから、「はあ」とため息をつく。 こうすると、六人も殺害した凶悪犯には見えない。 きっと多くの人は、この殺人鬼に対して、どこにでも居そうな 三十路の女性だという印象を抱くだろう。町ですれ違ったとしても記憶にすら残らない。外見だけなら至って普通だ。 女性は椅子に座り直して再び話し始める。 * * * 中学、高校は少し開けたところに建てられた学校に行ったので“そういうこと”はされませんでした。平和な時代になったと油断していました。学校でも毎年のように人権学習が行われて、それで差別は無くなったと思い込んでいたんです。 けれど、社会は違いました。何も、変わっていませんでした。 田舎のちっぽけな町と同じです。 高校三年生の時、進路は就職を選びました。親に楽をさせた かったから。自分でいくつか資格を取ったので採用も、働くのも 楽だと思っていました。でも、現実は違っていたんですね。 働かせて貰えないんです。理由は明確でしょう? 外国人だからですよ。 おかしいですよね。私は少しでも有利になるようにって資格を 取ったのに、内定を貰った同級生を横目で見ることしか出来ないんです。その同級生は一つも資格を持っていないんですよ? とんだ笑い話だ。 それで結局飲食店の社員になりました。R県でよく見るX亭の 社員です。あそこ、県内でチェーン店を展開してるでしょう? おかげさまであちこちに飛ばされましたよ。 最初は県内で南の方にある店舗に居ましたが、一年足らずで次は北の方に。北の方に行ったかと思えば人手不足という理由で次は山間部の店舗へ。 飲食店ですから異動は珍しいものではないですが、普通は何かと配慮をされるんです。研修との兼ね合いもありますから、普通は 一年目で異動しません。普通は。まあ、私は異質ですから。 働き始めてから九年、ようやく一つの店舗に落ち着きました。 犯行を起こす前まで働いていた店舗です。ですが、そこでも上手くいかなくて。 副店長が最悪でした。口を開けば「これだから中国人は」と。 シフトを決めるのは副店長の仕事だったのですが、シフトでも 嫌がらせを受けました。休日のピーク時に一人で接客をしろと 言われることはざらにありました。 それで、クレームが来たら「ホールの担当はお前だからお前の責任だ」と。 それに耐えかねて一度副店長と口論に発展したことが ありました。お互い歯止めが効かなくなって、副店長に胸ぐらを 掴まれて、顔を……。他の従業員が止めに入ってこの件は終わったかと思いきや、私はまた異動を命じられました。 理由は風紀を乱し、暴力沙汰に発展させたから。本当は全部 副店長がしたことなのに、濡れ衣を着せられたんです。原因も、 先に手を出したのも相手。そんなの調査したら分かることです。 でも、まともな調査は行われませんでした。私が外国人だから ですよ。もう聞き飽きたでしょう。多くの人にとって中国人は粗暴みたいです。だからこの件もきっとお前の仕業だろうと。全く、 どの口が言っているのやら。 唯一の救いは店長です。本部に掛け合ってくれて、私の異動は 取り消しになりまして。私の代わりに副店長が異動になりました。 まあ、異動先で店長に昇進したのですが。なんで加害者が得を するんでしょうね。 店を燃やしてやろうか考えましたが、店長には恩があったので 止めました。 * * * 「……休憩を挟みます。そろそろ動機を話して頂かないと。我々は外に出ますが監視は付いているのでくれぐれも変な気は起こさないように」 「起こしませんよ。今更何をするんです」 女性は諦めたような顔で、ふっと笑った。 刑事たちは女性に目線をやり、取調室を出た。 刑事たちは女性を理解出来なかった。 女性の人生は同情に値するものだった。しかし言い方を悪くすると、女性が語った身の上話は全部よくある話なのだ。刑事たちは職業柄、悲惨な人生を送ってきた人間をごまんと見てきた。 もちろん、女性以上に壮絶な人生を送ってきた人間だっている。刑事たちにとって、女性の人生はストーリー性に欠けているの だろう。 女性の人生は、在日外国人ならば一度は経験するであろう事柄がお手本のように並べられている。だからこそ話を聞けば聞くほど 刑事たちの頭には「なぜこんなことで六人も」という疑問が 浮き上がってくる。 はっきり言って、女性は平凡だ。どこにでもいる三十路の外国人女性だ。平凡な女性と被害者数六人の殺人事件。刑事たちから 見えるこの対比は酷く歪で不気味だった。 五分ほど経過しただろうか。一服した刑事たちは再び取調室に 戻ってきた。 「では取り調べを再開しますね。動機を話してください」 * * * 動機……ですか。決定的なものはありませんね。幼い頃から 溜まって来た黒いものが放たれただけです。ふざけた動機だと思うでしょうね。 ……この現状を変えようと思っていました。選挙権すらない、 能力で判断されない、馬鹿馬鹿しい偏見に人生を狂わせられる在日外国人の現状を変えたかった。正攻法で訴えても社会は聞いてくれないでしょう? 毒を以て毒を制す。あの人たちは我々にとって 毒だ。だからこちらも毒を使うしかない。 中国人だから病気に感染してると騒いだ元同級生、日本人 じゃないからという理由で求人票すら受け付けてくれなかった 企業の人事担当者四人、ふざけた偏見で私を異動させようとした 副店長。 以上六人を人種差別者だからという理由で殺害しました。 これでいい方に動くなんて考えてませんよ。固定概念を覆さない限り無理でしょう。きっかけさえあればよかったんです。この国 には考えることのきっかけが必要です。もっと、外国人の人権に ついて考えてもらわないと、私の犯行に触発されて似たようなことが起こる可能性だってある。 同じ外国人の人たちには悪いことをしましたね。また肩身が狭くなる。私みたいな人生を送らないといいけど。 狂ってますか? 下らないですか? 遅かれ早かれこういう事件は起こっていたでしょう。今も昔も我々を虐げているのは、私が殺害した悪魔たちです。 * * * 「被害者のご遺族に悪いと思わないのか?」 「……そうですね、別れくらいさせてあげればよかった。遺された人たちの中に子供が居ないといいですけど」 「どうして、こんなことで!」 「こんなこと、だって? …………どうせ、あなた方には一生分かりませんよ」 取り調べの後、女性は留置所へと連れて行かれた。 最後まで歪な女だった。 だが、やはり狂人は狂人だ。 何を思ったのか、女性は突然口を開いた。 「悪いのは、私だけですか?」
ギャル古事記【オオクニヌシ、結婚します】
八十神……つまりオオクニヌシのお姉ちゃんたちは合コンで玉砕しました。 「結婚したい人がいるから」と断られた八十神たちは激おこです。 そんな険悪ムードの合コン会場にオオクニヌシが現れました。 「ちょ、お姉ちゃんたちガチでボロボロぢゃん! まじウケる」 「は、ダルすぎんだろ。てかお前何しに来たの? 合コンはもう終わりました〜」 「うちも合コンやりたいんだけどぉ……」 「うちらが玉砕したのにあんたがカップル成立できるわけない ぢゃん」 「は? そんなことないしぃ!」 やはり八十神とオオクニヌシは喧嘩を始めました。そこにみんな大好きヤカミさんが近づいてきました。 「うち……この人と結婚します!」 合コン会場は悲鳴に包まれました。 「いやぁぁぁぁぁぁ」 「なんでうちらと結婚してくれないの!」 「オオクニとか可愛くないしぃ〜、うちらの方がいいって」 「マヂで大事にするからぁ」 オオクニヌシもこんなことを急に言われてフリーズしました。 まるでギガが無くなったスマホのようです。 「え、え、え? うちぃ?」 「はい、そうどす。うちはあなた様と結婚したいどす」 「気持ちは嬉しいけどぉ、うち合コン目当てで来たしぃ。ぶっちゃけ今結婚とか考えてないんだよね〜。てかぁ、なんでお姉ちゃんたちと結婚しないの?」 オオクニヌシが切り込みました。 プロポーズを断った時、ヤカミさんはまるで最初から八十神たちが悪い人だと分かっていたみたいです。八十神たちは猫を被っていたのに……なぜでしょう? 「うちがヤカミ姉さんに言うたんや」 おっと、チクリが現れました。 声の主はあの元サメ肌白兎です。 「あんたらがヤカミ姉さんのところに行く道でうちに会うたよな? うち、実はヤカミ姉さんのお手伝いさんやったん」 「は……?」 八十神たちの表情は面白いくらいに固まりました。 「あんたらはボロボロになったうちを見てもなんも助けてくれへんだ。助けてくれへんどころか、酷い目に合わせてきた」 「いや、うちらそんなことした覚えないしぃ」 「でもオオクニさんは助けてくれたんや。おかげさまでサメ肌やったうちの肌がとぅるんとぅるんのタマゴ肌に進化したんや」 「じゃあ! うちらがバイトちょ〜頑張ってデパコス買うからぁ、何とかヤカミさんと結婚させて欲し〜な〜」 誤魔化しが効かないと判断した八十神たちはデパコスをエサに白兎を釣り始めました。 デパコスは女の子の憧れです。デパコスさえあれば一生とぅるんとぅるんのタマゴ肌をキープできるのです。私は使ったことありませんがやっぱりお肌にいいらしいです。 八十神たちはデパコスをエサにヤカミさんを釣ろうとするもそうは行きません。 「はあ、なんべん言うたら分かるんどすか? うちはオオクニヌシさんと結婚するんどす。もう邪魔せんといて下さい」 「………………ガチ萎える」 ヤカミさんの粘り勝ちです。 八十神たちはブツブツ文句を言いながら帰っていきました。 多分この後サイゼで悪口大会でも開くのでしょう。 さて、オオクニヌシとヤカミさんは二人っきりになったのですが……。 (白兎は空気を読んで退散しました。) 「あのぉ……やっぱうちら結婚する感じぃ?」 「うちはそれがええどす」 ヤカミさんはほっぺを赤くしながら恥ずかしそうに言いました。 かわい子ちゃんに思わずオオクニヌシもときめきます。 「マ?」 「うちは本気どす」 「……よっしゃ! うちも覚悟決めるわ! おけおけ、ヤカミさん結婚しよ」 「オオクニヌシさん……!」 「これから何があってもうちが責任取るから任しとき!」 さすがはギャル界随一の優しさを持つオオクニヌシ。 これでめでたしめでたし……? しかしそうは行きません。女の恨みは怖いですよ? 案の定、八十神たちはサイゼで暴れ狂っていました。