刹那のサブだじぇ

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刹那のサブだじぇ

サブ垢です!本垢は刹那という名前でやらしてもらってます☺

『朝が来るたび、君を失う』

毎朝、午前七時に目が覚めると、私の世界はいつも真っ白な状態から始まる。 ベッドの右側は冷え切っていて、誰もいない。枕元には、決まって一冊の厚いノートが置かれている。表紙には、見覚えのある、でも今の私の記憶にはない、優しくて少し癖のある文字でこう書かれていた。 『起きたら、まずこのページを読んで。拓海より』 私はそのノートを開く。それが、私の毎日の始まりだった。 ノートの最初のページには、私の名前、年齢、そして数年前に遭った交通事故の後遺症で「一晩眠ると、前日の一日分の記憶がすべて消えてしまう」という残酷な事実が書かれている。 そして、その下には太い文字で、こう書き添えられていた。 『僕の名前は拓海。君の恋人です。君が忘れても、僕は毎日、君に恋をします』 ページをめくると、昨日、一昨日、何ヶ月も前からの、私と拓海の「毎日」が、彼の文字と私の文字でびっしりと綴られていた。 写真も貼られている。ひまわり畑で笑う二人、雪の中でマフラーを分け合う二人。写真の中の私はとても幸せそうに笑っている。けれど、私にはそのどれもが、見知らぬ誰かの物語のように思えてならなかった。 八時になると、インターホンが鳴る。 ドアを開けると、そこには決まって、少し緊張したような、でも世界で一番優しい笑顔を浮かべた青年が立っている。 「おはよう、秋穂。……初めまして、だね。僕の名前は拓海。君の恋人だよ」 彼はそう言って、私が好きだというカフェラテを差し出してくれる。 私は最初、いつも戸惑う。けれど、彼がノートに書かれた通りの笑顔を見せ、私の好きなものや、私の癖をすべて知っていることに驚き、次第に心を許していく。 拓海は本当に、毎日私に恋をしてくれた。 同じ映画を何度も一緒に観て、同じ冗談で私を笑わせ、夕暮れの街を歩きながら「秋穂のこういうところが好きだよ」と、初めて伝えるかのように愛を囁いてくれる。 夜になる頃には、私は確かに拓海を愛している。彼の手の温もりを心地よく感じ、この時間が永遠に続けばいいと、心の底から願うようになる。 「明日も、また僕を見つけてね」 帰り際、拓海は少し寂しそうに微笑みながら、私の額にキスをする。私は「忘れたくない」と泣きながら彼にしがみつく。彼は私の背中を優しく叩きながら、「大丈夫、僕が何度でも君を迎えに行くから」と言ってくれる。 そして私はベッドに入り、涙を流しながら眠りにつく。 拓海を愛した記憶を、ぎゅっと抱きしめながら。 ――けれど、朝が来れば、私はまたすべてを忘れる。 拓海の顔も、声も、その手の温もりも。 そんな日々が、もう三年も続いていた。 拓海がどれほどの絶望と戦いながら、毎朝「初めまして」と言い続けているのか、その時の私には想像するしかなかった。毎日、新しく恋に落ちる私は、彼のすり減っていく心に気づくことができなかった。 ある朝、いつも通りに目が覚めた。 午前七時。ベッドの右側は冷たい。 枕元のノートを開く。私は自分が記憶を失う病気であることを知り、拓海という恋人がいることを知る。 でも、その日のノートの最後のページには、いつもとは違う、乱れた文字で短いメッセージだけが残されていた。 『秋穂、ごめんね。もう、君に新しい「初めまして」を届ける元気がなくなってしまいました。毎日、君の目が覚めるたびに、僕との思い出が消えていくのを見るのが、どうしても耐えられなくなってしまった。君を愛しているけれど、僕はこれ以上、君の知らない人になり続けることができない。さようなら。どうか、幸せになってね』 時計は八時を回った。 九時になっても、十時になっても、インターホンは鳴らなかった。 私は一人、静まり返った部屋で、ノートに貼られた写真を眺めていた。 写真の中の拓海は、泣き出しそうなほど愛おしそうな目で、私を見つめている。 私の心は、張り裂けそうなほど痛かった。涙がボロボロと溢れて、止まらなかった。彼がどれほど苦しみ、どれほど孤独だったか、その痛みが、記憶のない私の胸にダイレクトに突き刺さってきた。 私は、彼のことを何一つ覚えていない。 どんな声で笑うのかも、どんな風に私の名前を呼ぶのかも、思い出せない。 それなのに、こんなにも胸が苦しくて、涙が止まらないのはなぜだろう。私の身体は、私の魂は、確かに彼を深く愛していたのだ。 私はその日、一日中泣き続けた。 会いたい、と。名前も思い出せない恋人に、一目会って謝りたい、と。 やがて夜が更け、激しい疲労感と共に、眠気が私を襲ってきた。 私は必死で目を見開こうとした。眠ってはいけない。眠れば、この激しい悲しみも、拓海が残した最後の言葉も、すべて消えてしまう。彼を失った痛みを忘れてしまうなんて、そんな残酷なことはない。 「忘れたくない……拓海、忘れたくないよ……」 祈るような叫びは、夜の闇に吸い込まれていった。 抗えない眠りの波が、私の意識をゆっくりと塗りつぶしていく。 翌朝、午前七時に目が覚めた。 私の世界は、いつも通り真っ白だった。 ベッドの右側には誰もいない。枕元には厚いノートがある。 私は不思議に思いながら、そのノートを手に取り、最初のページを開いた。 そこには、自分が記憶を失う病気であることが書かれていた。 「へえ、私、記憶がなくなっちゃうんだ……」 私は他人事のように呟きながら、ページをめくっていく。 そこには、見知らぬ青年と私が幸せそうに笑う写真が何枚も貼られていた。 最後のページには、掠れた文字で『さようなら』とだけ書かれていた。 「……誰だろう、この人」 私は首を傾げた。 胸の奥が、ほんの少し、ちくりと痛んだ気がした。 けれど、なぜ痛むのかは分からなかった。 時計は八時を回る。部屋には静寂だけが満ちている。 私はノートを閉じ、引き出しの奥へとしまい込んだ。そして、何事もなかったかのように、新しい一日を始めるためにベッドから立ち上がった。 窓の外では、眩しいほどの青空が広がっていた。 私が、その空の下のどこかにいるはずの、大切な人を完全に失ってしまったことにも気づかないまま。

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