何者
4 件の小説自殺
母は言った。「貴方が変わりなさい」 父は言った。「くだらない」 先生は言った。「貴方が悪い」 同級生が言った。「死ね」 その一言で死んだ君。 ねぇ、 誰が悪いと思う? 何が悪いと思う? 悪ってあると思う? 何が間違いだった? 何が正解だった? どうして欲しかった? みんな被害者で、みんな加害者かな? 誰が一番辛いの? 誰が一番苦しいの? 普通に生きてるから辛くなんて無いの? 死んだから辛くて苦しかったの? 〇〇だから当然で当然だから許されるの? だから〇〇を淘汰するのは正義にでもなるの? 何が正しいの? 正しさって なんだよ、 それ。 我が子の話を聞いて叱咤した。 本人の話すまでに要した月日を知らず。震える声も知らず。『貴方にだけは認めてもらいたかった』も知らず。 いつまでも自分本位に生き続け、子は子で俺は俺。弱ったらしいことを言うなんて、心底興味が無い。 あくまでも子がいるからと言って誰かにより自分を乱されることはしない。自分に正直でいるのが俺。あいつの話なんてどうでもいい。 良かれと思った。あの子の為になると思った。指導のつもりだった。 けど私の言葉全てが、あの子をただただ否定し、傷つけ、追い詰めていた。 年頃の子供達が日常で挨拶がわりに使うような暴言。 何気なく、いつも通り、発した。 それがトドメになることなんて知る由も無く。 「ねぇ、知ってる?」 「三組の先生が自殺したらしいよ」 「え、また?」 「この前も三組の生徒が亡くなったよね」 「ね。呪われてるんじゃない?」 「ヤバっ怖〜三組近づかないようにしよ」 「てかこれ見て」 「え、新作!? 今から行っちゃう?」 「早く行こ!」 「〜〜」 「〜〜ー〜」 「ー〜ー……………______________
通り雨。
教室の窓に触れる雨。 愛想笑いと退屈のハーモニーはあまりに息が詰まる。 宇宙は霧に覆われた 声に出そうとしてつっかえた言葉は、宙に浮いて雲になり、やがて雨になる。 細くて弱々しい猫を見つけた。そいつは重い瞬きを一つしてから、じっ…と静かにこちらを見つめてきた。 そんな静けさとは裏腹に眼から湧き出るオーラはゾクゾクした。 二度と会うことはなかった。 湿った土の匂いからは、なんとも言えない虫の味覚。 雨の囁き声から、窓を叩きつけるようになった雨粒は怒鳴り声となり俺を不快にさせた。 正門を出てすぐ、 ガキが水溜まりに飛び込んで跳ねた泥水が、斬るように頬に飛び込んできた。それは怒りと共にもったりと垂れてきたので、傘をなぶり続けると同時にものすごい速度で堕ちゆく怒声と共に流した。 雨で濁った川に餓鬼共がガキのランドセルを投げ入れた。 餓鬼共はひっくり返るような甲高い声を上げ、走り去っていった。それは上の橋にいる俺の耳を刺した。 ゆらゆらと流れるランドセルをガキはただただ観ている。 餓鬼共の声が聞こえなくなった頃、ランドセルはもうすぐ見えなくなる。 ガキは靴を脱ぎ、揃えて置いた。 沸々と、気持ちの悪い線香花火を炊いた香りがした。 ガキは川にそっと入り、どんどん歩く 普段の落ち着いた水面は土砂降りにより、激しく揺れ、溢れる程水深が上がり、濁った泥水は目まぐるしい速度で流れゆく。 水深腹あたりまで来た とまる様子はない 置いてけぼりの傘と息を忘れて走る俺。 むせ返るような息遣いで首まで川水に浸かったガキのフードを掴んで川から出した。 抵抗も反応も何も無い そいつをおぶって橋まで歩いた 直に当たる酷い怒声は俺を萎縮させようとするが、背中にある生ぬるい氷のような感触だけが俺を支配した。 下ろすとそいつは、静かに、もうランドセルは見えない川をじっ…と見つめた。 俺も川に目線を移してからまたそいつに戻した時にはこちらを見ていた。 怒声がよく聞こえるな そいつはどこから持ってきたか分からない傘を俺に差し出した。 逃されないそいつの眼に溜息をひとつ。 受け取った 怒声が通り過ぎて 急に晴れが顔を覗かせた。真っ白な強い日差しで宇宙が覆われた 「お兄さん、晴れましたよ。」 そいつはその一言残してどこかへいった 「あの眼に似てたな」
春爛漫
春爛漫を見逃して今年の一番舞台の春に会えなかった。 気づけば燦々と太陽が唸っていて、僕はそれに当てられて耳を塞ぐような夏。 「聞こえたくないことばっか聞こえてきて耳が腐りそうだよ」 美術室に僕と二人きり。真っ白な絵の具で描いた入道雲が夏の主張をしてくる。あまりの猛暑に皮膚がジリジリと泣き喚く。蝉すら婚活なんてできずに、生殖よりも生命維持が働きかけている。だからかやけに静かな昼下がり。 君が腰掛ける出窓に下がる風鈴は柄無しだ。この一角は校舎の影が触れていて、涼しげに野良猫が腹を出して眠っている。その腹をふわりと撫でるその細い手は、泣きたくなるほどに優しいことを知っている。 冷房の効かない美術室の茹だるような暑さ。 ぽそり話しかけてくる君の横顔。頬に汗が伝って涙のように見えたのか、そうじゃなくてもっとも別の意味でなのか、自分の感覚を分析する気にもなれない。ただただ、泣いてないのに泣いてるみたいだ。 でも君はもしかしたらいつも、出会った時から、そうだったかもしれない。 僕はきっと達観したような顔で何かを見つめているように見えるだろうけど、その先にはただただ白くて大きい雲しか無い。 君の言葉に返す言葉はもうどこをまさぐっても掴み取れないな。 「…暑いね」 僕らの名前を呼ぶ大声が近づいて、焦るべきだろうけどぼーっと滲む汗に染みる黒眼を揺らすだけだ。やがて遠ざかっていって、何事もなく風鈴が涼しげな音で語りかけてくる。 授業中の廊下はやけに静かで、この大嫌いな学校も憂いで僕らのざわめきを宥めてくる。 「俺のさ…二番目だったか三番目のオカアサンが言ってたんだよ…あれ、実母の方だったかな…まぁどうでもいいけど、“少数の人が生きづらいんじゃなくて気にするから生きづらいんだよ”って言われたんだ」 「本当に腹が立ったよ」 君は言葉を零して床に落とす。それはひんやりと浸透して木目を伝い僕の足先を冷えさせる。 忙しい時に限って嫌なこと思い出して沈められてる。 いつだったかどうしてだったかは思い出せないのに、嫌だけ縁取ってしっかり思い出す、どうでもいいようなことが刃渡り何センチかも分からないナイフで突き刺さって引っ張っても取れない。 「…今日はいい天気だね」 大きな窓枠に縁取られる青は広大な空だって知ってる。青空が映る僕の黒眼を横目で見据えた君は哀しそうに、笑った。 何だかどうでもいいなんて言葉も浮かばないほどに、重すぎる現実と裏腹にどこか軽い。 現実逃避に逃げていて、現状はもうとっくに見ていないのかもしれない。 君も僕もそうなんだろう。 随分と低く飛ぶ飛行機の轟音が上から響く。 ポタポタと床に落ちて染みる汗の音。 絵の具の匂いが鼻腔に漂う。 汗でベタつく肌は日焼け止めの臭いがする。 僕なんてどうせどんな強い感情も持てない。 ぼんやりと浮かぶ何かを掴まえて、足りない語彙と思い浮かばない社会価値に未熟な表現方法で台無しにして他人に伝える。価値があるかなんて以前に、せっかく生まれた可能性を自分で潰しちゃう。そんな、残念なこと。 あぁ、これからどう生きればいいんだろう こんな静寂の中ふと脳裏をよぎって通り過ぎる。 僕らきっと色々考えすぎたんだ。 考えなくていいことばっか考えて、キャパオーバーを迎えたんだ。 これまでもこれからも黒い血を浴びずとも、僕ら常に雨に打たれてる。 全ての卑しい葛藤を手放すきっかけを模索して成長していくはずだった。 けどやっぱり、咲く咲かない以前に、芽を出せば摘まれるようなことばっかで。不満は募る。理由すら呆れる程どうでもいい「みんな足並み揃えて」「違いは間違いだ」「例外は許さず異質とみなす」だとかの一言で。 そんなにも重要なことなのか、分からなくて、考えて、分からなくて、考えて、ずっと、考え続けた。 それは理不尽を飲み込めなくて発狂しそうな感情を抑えるために理論や理性で押さえ付けていて、冷静な平静な、そんな人間を装った。にこにこした表情の裏には殺意すらある。 酷使した理性はほんの小さなカケラになるまでになって、ふと小さなヒビが入っただけで一瞬で崩れてチリになって、風に吹かれて消えた。それは君の理性なのか僕の理性なのか、そんなの言わずともお互い気付けばそうだった。 気付けば足がもつれて顔から転げて、隣の君の顔を見れば何故か笑みを浮かべていて、君の眼には困惑の色がゆらゆらと蠢いていて、そこに映るのは彼と同じく笑顔を浮かべる僕だった。それだけ。 だから今ここにいて、大人に怒られるとかそういうの適当に思い浮かぶけど、そもそも全てがもう要らない。 ただ今はこうしているだけで精一杯だ。 道なんてなくて一歩も踏み出せないから。 リスキーな冒険や旅なんてするほどアドレナリンに慣れていないから。 鮮やかで甘酸っぱな、青い春なんてものなんかじゃないけど、 僕らずっと前から夏に恋してる。 口になんて言葉になんてこそしないけど、僕はそう思ってるよ。 春が過ぎ去って、甘さやキツさの花の香りも名残惜しいなだなんて呟く余裕もない程で。空気に溶け込み、合わせ言葉として使えば、薄れていく残り香すら嗅いでなかったくせになんて思った。 暑さに思考も感情も全てを朦朧とさせて欲しさに水を飲まずにただ唸り声の下で泣いている。
目が覚めると。
早朝にいつもの土手に行き、寝そべる。 気づけば眠りの世界へ迷い込んでいた。 目が覚めると、そこは宇宙だった_____ 僕の視界に一目散に飛び込んできた立派な木の枝枝に、柿色の紅葉が満開で空が見えない。 葉が涼しげな風に緩やかに乗って、ひらひらと瞼の上に舞い落ちてくる。 紅葉を乗せてすーっと時折通り過ぎてゆく風は、涼やかな温度で僕を暖かく包み込むように、ふんわり肌に触れてくる。 その心地よさに自然と瞼を瞑らされる。 肺にたっぷり空気を吸い込む。 風の、空気の澄んだ匂いだけがする。 葉と葉が触れ合う音がサァーっと過ぎ去るように聴こえてくる。 寝そべっているふわふわとした地面を見てみると、辺り一面が紅葉の葉で重なり埋め尽くされていた。山吹色の葉も混じり混じり、視界を艶やかに彩る。ふかふかの自然布団だ。 そっと立ち上がると、 鳥居が目の前に立ちすくんでいる。笠木と貫と楔と柱、それだけで作られた至ってシンプルな鳥居だ。だが、お地蔵さんと同じ肌質に肌色をしている。苔が所々にしがみ付いていて、時の止まった鳥居。そんな表現が相応しい。少しばかり静寂を感じさせる鳥居だと思った。 こんな白昼夢のような光景に一人呆けて紅葉の地面に腰を下ろしていると、腰あたりに柔らかく暖かい、何かが打ちつけられた。 僕はこの感覚を知っている____ 「ねこ?」 「にゃーん。」 そう言って振り向くと、目を細めて口角を綺麗に上げながら、小さく響くあどけない返事が返ってきた。 さっきの感覚は、猫が頭を擦り付けてきた感覚。 僕はその猫を見た瞬間、つい目を見開いて、息を呑んだ。 とても、綺麗だ。 真っ白な短毛が艶めく。華やかで麗しい顔立ち。仕草の一つ一つが気高く嫋やかだ。鋭く輝くのは黄金のような眼。深く透明で、繊細な猫の眼。 そんな眼は真っ直ぐに僕の眼を捉えている。 華奢な尻尾は緩やかに上がっている。 どこか不思議で、得体の知れない何かがある。 何なんだ、この方は……あ、猫だった…でも、“この猫”だなんて言えない。人間のような、それをも超越したような_____ 「にゃぉ〜」 僕の眼を見つめながら体に頬をくっつけてくる。 あぁ、透き通る桜色に染まる鼻や耳が愛らしい。 大分人慣れしているな。野良猫には感じない余裕や穏やかさを感じる。誰かに世話をされているのだろう。きっとその誰かは、この方を愛してやまないんだろうな。 整った毛並みに質の良い毛。その純白は微々たる汚れすらつかず清潔だ。ここまでに美しい猫を目の当たりにしたのはこれまでもこれからもただ今だけだろう。これ程までの丁寧なケアに、この方の穏やかな表情を見るに幸を悟る。 首に首飾りを見つけた。 どうやらちゃんと飼い猫のようだ。 小ぶりで和柄が繊細に織り込まれている首飾り。小さな鈴が付いていて、静かに揺れ”チリ、チリン”と囀りのような音が聴こえてくる。 華奢な手と長い脚で歩く度、その淑やかさに惹き込まれるように見惚れる。僕の周りを囲って歩き、目を細めて頬をふんわり擦り付ける度、ちらっとまたその眼で真っ直ぐと僕の眼を捉える。 そんなことを繰り返ししている間にも、僕は全くこの方に触れる気なんておきなかった。僕が触れていい方じゃない。僕から触れるなんてのは、不敬にあたる。無意識にそう思っていた。 どれくらいの時間が経ったんだろう。 時間を忘れてこの方に見惚れていると、僕の周りを囲う歩みを止め、僕と顔合わせに正面を向いて座った。淑やかに尻尾を身体に沿わせ、ゆっくり顔を上げ、力強く僕の眼を見つめた。僕は自然と正座になり背筋は真っ直ぐなった。こちらも静かに息を吐いて、この方の眼を見つめた。するとどこかいたずらに眼を細めたかと思えば、すっと立ち上がり上がった尻尾を満足気にゆらりと揺らして、真っ直ぐと向かった鳥居を潜った。歩みながらこちらをちらりとも見ずに、 「にゃ〜ん」 と、一言残し、何処かへと行ってしまった。 名残惜しさが胸を掠めながらも、自然と鳥居を潜る気は微塵もなかった。 「あぁ、そろそろだな…」 目が覚める。 手をついて上体を起こす。触れる感覚はみずみずしい草たち。そこはいつもの土手だった。 何だかとても不思議で、長いような短いような…そんな夢を見ていた気がする…… 寝起きで開ききらない瞼。 これまでに感じたことのない心地良さが身体に残っている。 「……」 「にゃーん」 「!?」 強く振り向いた背後には、何もいない。 青い原っぱが広がる壮大な土手。 サァー… 相も変わらず今日も、草は風に撫でられるようにして一方向に靡いている。 いつもと違うものと言ったら、意思がどこかふわふわと浮いていて、はっきりしていない。 不思議な夢からの感情の揺れだ。 「……気のせいか」 ザッザッザッザッザッ……………__________ チリ、チリン