ざわひ

3 件の小説

ざわひ

よろ

根無し草の畢生

僕はずっと、優しい人間になりたかった。 誰かを傷つけないことが、優しさだと思っていた。 誰かを責めないことが、正しさだと思っていた。 誰かに嫌われても、その人を嫌い返さないことが、人間としての強さだと思っていた。 けれど気がつけば、僕は自分の輪郭さえ失っていた。 誰かに合わせるたびに、自分の形が少しずつ削れていった。 「大丈夫」と言うたびに、本当の気持ちを一つずつ埋葬していった。 段々と自分の呼吸全てが蜃気楼になっていく気がした。 そうして出来上がった僕は、優しい人間なんかではなかった。 ただの、宙に浮いた根無し草だった。 風が吹けば流される。 雨が降れば濡れる。 それでも僕は、自分の意思で歩いているつもりだった。 今思えば、随分と滑稽な話だ。 僕には行きたい場所なんてなかった。 ただ、誰かに嫌われない場所を探していただけだった。 それを僕は、優しさと呼んだ。 本当は、弱さだった。 誰かを傷つける勇気がなかった。 自分が悪者になる覚悟がなかった。 だから、自分だけを悪者にした。 「全部僕が悪い」と言ってしまえば、誰も責めなくて済む。 けれど、それは優しさではない。 ただの自責という名の避難所に閉じこもっていただけだった。 そうして長い時間を過ごすうちに、胸の奥には言葉にならない感情が澱のように沈んでいった。 悲しみも、怒りも、羨望も、愛情も、全部捨てられなかった。 僕は何度も逡巡した。 言うべきか。 黙るべきか。 許すべきか。 憎むべきか。 その逡巡の果てに残ったのは、いつも沈黙だった。 沈黙は、何かを失わずに済む代わりに、何も手に入れられない。 僕は、人生というものを少しずつ浪費していた。 まだ何十年も残っているはずの時間を、「いつか」という名前の墓場へ埋めていた。 畢生。 一生という意味らしい。 その二文字を知ったとき、僕は少し怖くなった。 僕たちは、この一生という途方もない時間を、いったい何に使うのだろう。 誰かに好かれるためだろうか。 誰かに認められるためだろうか。 傷つかないためだろうか。 それとも、たった一つでも「これだけは失いたくない」と思えるもののためだろうか。 僕にはまだ分からない。 正しさだって分からない。 人を愛することが正しいのか、自分を守ることが正しいのか、それすら僕には分からない。 きっと、最初から正解なんて用意されていない。 僕たちは暗闇の中で選んで、間違えて、誰かを傷つけて、自分も傷ついて、その蹉跌の一つ一つに意味を与えながら生きていくしかない。 だから僕は、もう優しい人間になろうとは思わない。 優しくあろうとして、自分まで嘘になるくらいなら、嫌われても自分の言葉で話したい。 間違っても、自分で選んだことから逃げたくない。 誰かにとっての悪人になったとしても、僕自身だけは僕を見捨てないでいたい。 夏の終わり、蝉の声が遠ざかっていく。 夕暮れの空は、何も知らない顔で赤く染まっていた。 風が吹いている。 根無し草だった僕は、相変わらずどこにも根を張れていない。 それでも今日は、流されることをやめてみようと思った。 人生なんてものは失笑の連続だ。 夕焼けの色や匂いなんてそれぞれのように、人と人が分かり合えるなんて滑稽な話だ。 明日にはまた逃げるかもしれない。 また自分を嫌いになるかもしれない。 この思考も言葉も、熱帯夜みたいな邪魔くさい棘なのかもしれない。 それでもいい。 僕の畢生は、まだ終わっていない。 そう思えたことだけで、今日という一日には少しだけ意味があった。

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根無し草の畢生

自由

自由になりたかった 子供の頃は親の許可なしじゃ遠くになんていけなかったし 何をやるにも他の誰かからの承認が必要だった だから自由になりたかった 自由に生きて、自由に過ごして そんな生活を望んでいた きっと自由になれば 自分のこの世界がもっと晴れて見えると思ったから 大人になった時、両親にこう言われた 「これからはあなたの思うように、やりたいように、”自由”に生きなさい」 僕はそれが嬉しかった だけど腹の底には怒りが芽生えていた 今まで散々自分を檻の中に閉じ込めていた癖に 突然これからは自由に生きなさいと バカにしている様にしか思えなかった でもバカにはしてなかった きっともうなんでも出来るって そう思ってたんだろう だから僕は自由に生きることにした やっと自分の世界が晴れて見えるようになったと そう思っていた でも現実は違った 何を選ぶのかどう生きるのか それら全てを自分自身で決めなければならなくなった 「自由だから楽」 なんてことはなく、むしろ迷いや苦しみが増えてしまった 自由なんてのは単なる表面に過ぎなかった 実際には既存の価値観や環境に縛られている 何も考えずにのうのうと過ごすだけで 周りから褒められるような生活はもうなかった 誰かに評価されたり 周りに合わせて生きる日々が 子供の頃は嫌だったのに 大人になった今はそれが羨ましくて堪らない そう思う度にもう後戻りはできないんだと諭される あの時、あの瞬間 自由になった最初の日が 自分が子供でいられる最後の日だったんだ 自分はこれからも 逃れられない自由という大海の上で 遊ばれ虐げられながら生きていかなきゃいけない 時が巡ってもこの先は 綺麗事で騙さなきゃ生きていけない もう戻れない、引き返せない それでも僕は自分の言葉で語りたい 自由の最後で笑えるように

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自由

旅路の途中

いつもの何気ない帰り道 代わり映えないこの景色が なんだか今は心地よく思えた 思い返せば憂鬱だった 塵芥のようなこの風景も 荘厳さの欠片もないこの風景も 実は必死にどこか望んでいたんだと思う 過ぎていく春夏秋冬 ひたすらに繰り返す朝と夜 そんな代わり映えしない生活から 慣れ親しんだこの街から 僕はバイバイしたかった 子供の頃の様に戻って また1人健気に旅をしたい また新たな自分に出会うために 僕は心に決めたんだ 別れは後悔じゃない 新しい旅路への第1歩だ 皆がそれぞれ別々に息を食べる様に 僕らも別々に生きていくことができる 言い訳みたいに名残惜しくても この歩みはもう止まらない 僕ら人間は哀れな生き物なんだ でもそれを分かって始めたんだ どこに行っても、どこに着いても また正解を求めてしまう 正解なんて自分が決めるのに それでも求めてしまうのは まるで地獄みたいなものだ でもそれが心地良くて その心地良さに身を委ねたくて 僕はこの街にバイバイしたんだ だから君にも変わってほしいんだ 同じ道には行けないけど 歩き続けてほしいんだ それが人生ってもんだ 見様見真似のライムも 空っぽの生命も くだらないフレーズも 全部バカになってやったもん勝ち 僕らは決して去るんじゃない 自分の旅路に帰るんだ

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旅路の途中