影野
19 件の小説手紙
ふと、ガラスペンを手に取った。 “ 親愛なるあなたへ 俺が今読んでいる小説と、大好きな歌にこの言葉があったんです。 『親愛なるあなたへ』 この言葉は、今の俺があなたに贈れる最高の言葉だと思っています。 私事ですが、最近は度重なるストレスで眠れない日が続いています。これを書いているのも、もう夜中の3時43分です。 何となく今まで色々な人から貰ってきた手紙やハガキを見返していました。あなたからは、3通もの手紙が来ていました。その中には、 「夜更かしのしすぎはやめるように。規則正しい生活を送るように。」 という叱りの言葉がありました。涙が出そうになりました。申し訳が無いです。俺みたいなのがあなたの姉・・・で。俺は果たして姉なのだろうか。 3通の手紙は、全て字が汚くて、文がおかしくて、上から目線でした。でも、きっとこのたじたじな手紙は、今のあなたを表しているんだと思っています。部活にひたむきになって頑張っているあなたと俺を比べるなとよく母さんに怒られます。その通りだと思いました。スプーン1匙も無い程の努力しかしていない俺なんかが、あなたと対等だなんて考えは本当にカスだと思いました。どうか許してください。 眠れない。逃げたい。小説を書きたい。歌を上手く歌いたい。本を読みたい。一人になりたい。泣きたい。男になりたい。 俺は欲張りなニンゲンです。なんの才能も無いのに。でも決めました。今年は努力して、自分らしく生きて、あなたを守り、死なないようにすると。 俺はできているでしょうか。 あの夏の日、あなたを守ると決めたんです。あなたが傷つく事になるなら、俺が代わりになります。あなたが死にそうになったら、俺が代わりに死ぬので。なのでどうかあなたは、あなただけは、俺なんかよりも幸せに生きてください。 応援しています。あなたの人生そのものを。 俺が想いを素直に伝えられる方法はこんなものしか無いんです。白い便箋に、ガラスペンに夜桜と書かれたインクをつけて文字を綴る。文を書くのは得意なんです。 そして、夜桜は俺の大好きな色なんです。性別にも、何にも縛られない綺麗な淡い紫。 長くなりました。ここまで読んでくれてありがとう。御返事、待っています。 “ 最後に、インク瓶に人差し指を突っ込んで夜桜を染み込ませ、指紋印鑑・・・のような物を押す。 指についたインクが1時間くらい取れなくて、少し焦ったのは誰にも内緒。 丁寧に封をして、妹が眠る部屋に手紙を置き自分も眠りについた。 親愛なるあなたへ。 誕生日おめでとう。
ヘルスケアドラッグストア
部活の試合中、真面目に練習をしてくれなかった部員たちのミスの多さに失望する。 その度に怒って、怒鳴って、無視されて。 スタミナはまだあるのに。 まだ走れるのに。 走らなければいけないのに。 過呼吸が起きて足が止まる。 試合が終わった後は、観戦に来てくれる母に愚痴をこぼす。 母はこのスポーツの経験者のため、共感してくれる。 「俺やっぱり使えない部員しかいない中しっかりやれてるよね。」 「他のみんながサボって走ってくれなくても俺だけは行動に移せてるよね。」 その度に。 「うん。お前はよく頑張ってると思う。」 「過呼吸もある中よくやり抜いたね。」 嬉しい。嬉しい嬉しい。 親に褒められて。顧問に期待されて。 でも、キャプテンの俺に一生懸命ついてきてくれる部員は極端に少なくて。 もっと褒めて。俺は部員の中で誰よりもやってる。 そう、思う度に。 嗚呼。自分は承認欲求の塊なんだ。 と、自分を恥じた。 褒められるのを心待ちにしている自分に心底腹が立った。 病にかかったかのように自分への賞賛の言葉を待っている自分に嫌気がした。 でも止められなかった。自分が原型をとどめているかも怪しい薬のような何かを求めるのは。 もっと頑張ってよ。 疲れてるのは俺だって同じなんだよ。 指示してるんだから、返事くらいしてよ。 頼むから、ヘラヘラしないで真面目にやってよ。 今でも俺は、そうして言葉にできない悩みの硬貨を抱えて、あの薬を求めている。
天に召された力
今年、雪の積もった神社で引いたおみくじは人生初の大吉であった。 「勝利の女神はどちらに微笑むのか。」 「努力は何処かで必ず報われる。」 そう綴られたおみくじを画鋲で壁に刺し布団に入った。 おみくじに書かれた内容を鵜呑みにするのは嫌いだった。 ついでに神社で祀られてる知らん神に祈った内容が叶うと過信するのも。 実際、部活では試合に負けるし。 その度やる気のない他の部員達に怒って。怒鳴って。無視されて。 試合中にストレスで過呼吸になったり手が震えだした時は焦った。 俺しか上手くプレーできる人がいないから。 今年も期待はしない。 勝利の女神なんてどうせいない。 いたらきっと、帰り道で一人涙を流すことなんてしないと思うから。 どこからか励ましてくれると思うから。 だから一人、人の力も神の力も頼らずに進むから。 俺は、そう、決めたから。 だから、傍から見守っていてよ。
仮妄想癖
いつからだろう。常にマイナスな考えを持って自分を負の連鎖に埋め込むようになったのは。 男の友達の一人に “女が俺らと仲良くしてくんなよ。前から思ってたけどお前キモイから。” 広い広い公園のど真ん中でそう言われる自分を想像する。その後自分は “ごめん。俺帰るわ。” 制止する他の友達の声を振り切って冬の道を自転車で進む。 その時の俺の顔は、溢れる涙で惨めに濡れていた。 こんな作り話、自分にとって苦痛でしかないのに。 どうして想像してしまうの。 どうして思いついてしまうの。 どうして考えてしまうの。 どうして、妄想してしまうの。 人と話せばその人に罵倒される自分が頭に浮かぶ。 人を助ければありがた迷惑だと言われる自分が頭に浮かぶ。 人と遊べばつまらなかったと思われる自分が頭に浮かぶ。 こんな無意識に人を傷つけるような妄想をしてしまう自分が心底嫌いだ。 治せる薬でも、注射でも、魔法でも何でもいいから欲しい。 一刻も早く、この病気とも言えない妄想癖を消し去りたい。 そうしないと、大好きな皆んなを嫌いになりそうで怖いから。
人生の異臭
「お前クマやべぇよな。」 「クマ大丈夫?しっかり寝なよ。」 最近、そう、友達に言われるようになった。 そんなん言われなくても分かってるわ。 毎日鏡で見たくもない自分の顔とアザみたいに青白いクマが視界に入るから目に焼き付いてんだわ。 ホントだよ。 こんな濃いクマある人、同年代で見た事ねぇもん。 自分にクマが出来たのは寝不足だけが原因じゃない。 度重なるストレス 消えないどころか一方に増え続ける悩み 身体。部活。成績。友達。家族。お金。人生。 こんなゴミを消し去るために沢山試した。 絵に描いて可視化した。 短い話にして可視化した。 それをもう味方なのかも分からなくなったSNSに投げつけた。 消えなかった。 見えるようにしたから何だ。 読めるようにしたから何だ。 人に見せたから何だ。 何も変わらなかった。 身近な人に相談するのはもう滅多にしなくなった。 涙を流して日頃の悩みを打ち明けるのはもう諦めた。 言ったところで学校はただの偽善者のまま変わらなかったし、親はへぇそうだったんだで終わった。 何も、する気になれなかった。 今は異臭を出す大量のゴミ袋を部屋の隅に寄せ、 床やベッドに散乱した服、水筒、鞄、小銭やプリントを毎日色々な所に押しのけて寝床を作り、 テスト期間にも関わらず勉強道具どころか廃れたシャープペンシルにも触れず、 真っ暗な自室で母の怒号を聞きながら何も無い窓の外をただ見つめる日々である。 いつになったら抜け出せるのかな
こわい。こわい。
小さな悩みだって少しばかり大きな悩みだってたくさんの大人や友達に相談した。 クラスの事。 部活の事。 最近あった事。 たくさん話してちょっとでも楽になりたかった。 たくさん溜めてたら、押しつぶされて死にそうだから。 でも、どんな人にも、どんなときでも、どうしても話せないことがある。 それを言い出す勇気がない自分に心底腹が立ってしまう。 言った後、どんな反応をされるか分からなくて。 弱い人間だと思われるのが怖くて。 親が毎晩喧嘩をしているのを聞くのが辛いと。 その喧嘩は自分のせいで起こっているのかもしれなくて怖いと。 言えない。 こわい。 こわい。 虐待だとか最低な親だとか、肉親を傷つけられそうで。 言えない。 体は女だけど、心は男に近い性的マイノリティだと。 だから女性は苦手だと。男子のほうに行きたいと。 言えない。 こわい。 こわい。 気持ち悪いって、おかしいって、馬鹿にされるのが嫌で。 言えない。言いにくい。 限界で、辛くて、仲のいい男友達に相談したことがあった。 理解されなかった。 普通に、一緒に過ごしたいのに。 仲はいいけど、お金がないと仲良くしてくれなくなった。 お金がなくても、仲良くして欲しいと。 体は女でも、男として接して欲しいと。 言えない。 言えない。 怖い。
毒蛇の命乞い
音楽。歌のテスト。 みんなみたいな綺麗なテノールが出ない声を 裏声なんかしか出せないこの喉を 涙を飲んで我慢していた。 かっこいい喉仏も出ないような喉なんか、カッターで滅多刺しにしてしまおうかと思った。 それを、自分の身体が拒んだ。 「辞めてください。声が出なくなったら、元も子も無いです。」 って。 日常。学校生活。 どんどん大きくなっていくこの気持ち悪い胸を 潰しても潰しても平たくなることは無かったこの胸を 吐き気を抑えて我慢していた。 かっこいい胸筋もつかないような胸なんか、ナイフで削ぎ落としてしまおうかと思った。 それを、自分の心が拒んだ。 「辞めてください。この胸が無くなったら、最悪死んでしまいます。」 って。 なんでだよ。 なんで俺の中の毒が、勝手に俺に命乞いしてんだよ。 いらないのに、こんなのいらないのに! そんな命乞いなんかするせいで、 刃先を身体に向けた手が動かないじゃねーかよ。
俺の最初の夏
工事の人達がみんな帰った夕方。 俺は家に設置されている鉄骨を渡って屋根に登る。 そこにいれば、俺が1番強くなれた気がした。 空は澄んでるし、色んな人が俺を見上げては驚くし、クラスの男達が通ると手を振ってくれる。 2時間近く座り続けジンジンしてきたケツをズラしながら落ちないようにと曲が鳴っているスマホを握りしめて遠くにあるバッティングセンターを見つめる。 俺が空を飛んで、俺を大切にしてくれる人を助けられたらなー。 持つべき友はお前だよ!って肩を組んでもらえたらなー。 そんな事を考えながら少しだけ近くなった初夏の夕焼けをシャッターに収める。
king and villain
あんなに大好きだったバスケットボールの道から挫折して1週間。 前が見えるかどうかも怪しいほど長く伸びた前髪で目元を隠して歩いていると、所々白くなった羽が混ざる綺麗な烏に出会った。 そいつは、俺の目の前の汚い砂利道から動かなかった。 羽が歪な方向に曲がっていた。羽が、折れていた。 可哀想だと思った。美しいと思った。醜いなんて思わなかった。 だから、その烏に手は出さなかった。手は貸さなかった。 烏は、もがいてもがいて、近くの茂みに隠れて行った。 それからどのくらい経っただろうか。 またその汚い砂利道を歩いて家に帰っていた。 その道の片隅で異臭を出すゴミステーション。 そのゴミステーションに立てられているボロボロの掲示板。 そこに、アイツは立っていた。 体のあちこちに白く染まった羽の混ざる、あの美しい烏。 烏の身体に反射した日光が眩しい。 だが、そうやって陽の光を浴びて輝く烏は、異国の王、または、敗北を知らないヴィランに見えた。 羽は、折れていた羽は、治っていた。 まるで完全復活した身体を見せつけるように烏はその羽を広げて見せた。 そして、俺にガァガァと鳴いたんだ。 まるで、本当に道を諦めた俺を連れ戻すかのように。 そうだ。思い出した。 まだこの道から逃げる訳には行かない。 この道には、俺をからかい、蔑み、虐めたクズ共がうじゃうじゃと残っている。 俺は、コイツらと戦わなければ。勝たなければ。 俺も、俺も、 この輝く王のように、何度でも、致命傷を負っても立ち上がり続けたヴィランのように。 こうして俺は、今もあの漆黒のヒーローを思い浮かべながら戦っているんだ。
時効の無き問いとは。
ふと、思う。 俺の歳で、性別を変える方法が知りたいと。 ふと、考える。 明日から、学ランを着て学校まで歩けたらどんなに良いかと。 ふと、自分に問いかける。 生理を止める方法は無いのか。胸を無くす方法は無いのか。 実際、無いことはない。 ただ、時間と、金と、親の理解が無い。 世間からの理解が、無い。 学校からの理解が、無い。 だから嫌いなんだよな。 無限の回答時間に苦しむのは。