古都綾音

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古都綾音

ライトノベル等書いてます よろしくお願いいたします 主に巫女ものがすきです 和風ファンタジー どうぞいらっしゃいませ ド天然おばさんでーす 一緒に書こうよ 幸せを💞がモットーでーす\(^o^)/ 元 蛍里 時雨です 風の標しは16年も前の小説を書き足してます なのでね出てくる携帯が ガラケーだったり 自動改札が普及し始めたりも❣️ノスタルジックな冒険をお楽しみください

蒼月のエレメント3-エピローグ

結界をぬけると 古代王ライトの像の前まで進む  そして 剣の柄にはまったアレキサンドライトの宝石に魔力を込めると 祈った  すると 宝石は 七色に光を放ち地面に大きな魔法陣を描く  一同は その魔法陣へと乗ると ライト王の間へと転移した  ライト王は 一同を迎えると その手に イチイの木で作った 赤玉のはまった杖をたくす  そしていった 「みんなきたね 覚悟は出来ているみたいだね ミソノを追うなら これをもつといい」  ライト王は ミソノのネックレスと対の 茶水晶のはまった もう1つの ネックレスをたくす  茶水晶には ミソノの黒水晶に彫られていたのと対の ルーンが彫られてある 「はい」  カイルは両手で恭しくいただいた  そして一礼  一同は頭を垂れる 「このまま 神殿へ君たちを送ろう」  ライト王が笑った 「はい」  カイルは敬礼する  ブンっ……  虹色の 魔法陣が再び滲み 一同を包み込んだ  そして 虹色の 消える瞬間に一同は 壮麗な神殿へと辿り着く 「ついに辿り着きましたね隊長!」  ライラが鼓舞するように言った 「ああ」  カイルが頷く 「ミソノ……」  シャリーは不安気に 目を泳がせる 「シャリー……きっと大丈夫!」  エンドはシャリーの髪を引くとにっこりわらった 「うん」  一同は神殿の門をくぐる  そして  あの魔法の台座の前へとついた  そして ミソノのネックレスをはめたはずの窪みに今回はそれと対のネックレスを填める  カチッ  ごっ……  台座は一同を乗せたままブブンと浮かび上がった  そして 深淵の穴へと回転しながら降りて行く……  台座は深淵の穴の底へと着地する  一同は静かに下りた  そして  ハイツは 己のイチイの杖に灯りを呼んだ 「1寸先は真っ暗ね」 テアが かなり警戒する 「はい」  ハイツが テアの語尾を拾った 「ちょっと怖い………」  ハラは かなり 不安気に眉を寄せる 「大丈夫だ!皆!」  カイルは 皆を安心させようと声を張った 「はいっ!」  テアが応じる 「ミソノ」  ハイツの不安そうな呟きがライラの耳に忍んだ 「ハイツ……」  ライラが優しくハイツの頭をポンと叩く 「きっと守るから……」 「………………ぐす」  ハイツの鼻が鳴る 「ハイツ!」  シャリーがハイツの尻を叩いた 「もう!シャキッとして!それじゃあ……ミソノに笑われる」 「う……うん」  涙目ハイツ しっかと 頷く そして 一同は 広間へと歩を進めた  「坊や達……」 「……!」  一同はぎくりと歩を止める  その広く深い闇の広間には気配を消した あの……ランドルがいた!  「ランドル!」  カイルが レイピアを抜く……そして 身構えた  ハイツも剣を鞘から払うと ぎりと握り込む  シャリーはエンドに結界を頼むと ブローチからオズルをよんだ  そして各々が左右に展開する  ランドルは 懐から 銀の笛を出すと 口に咥えた  そして 音のない 音色で 巨大な 鬼を呼ぶ……  鬼は 黒鉄の棍棒を持ち その肌は 鋼鉄のような 灰である…… 「行け!」  ランドルが 深い声で 鬼に命じた 「オズル!」  シャリーが 命じるままに オズルは 鬼の棍棒を尾で弾いた……  そして オズルは その強靭な牙を 鬼の 腕に見舞う  しかし 歯がたたない 「フローズン!」  ライラの 弾力のある声が 呪を唱えた  バジュン!  痛い程に 尖った 絶対零度の矢は 鬼の 胸板すら貫けない! 「サラマンダー!」  テアが使い魔を呼んだ  灼熱の トカゲは しゅるんと テアの 手にまつわる  そして ボゥ…… と 激しい 火焔の渦を 吐く……!  だがしかし サラマンダーの火焔ですら  ランドルの魔物である 鬼の肌を 焼く事は出来ない!  がどん!  サイの 使い魔 ドリアードは 強靭な 根をもって  鬼の足を封じた  が……鬼の足の力は 物凄く その根ですら 踏み 千切る  鬼の 凶悪な 拳が シャリー 目掛けて 打ち据える  ばうん!  その 拳は エンドの結界で 阻まれた  しかし バチっ!  エンドは その 衝撃で 弾かれる  そのままの 勢いで エンドは 床に叩かれた 「エンド!」  シャリーが 叫ぶ  エンドの 羽は 傷ついてしまい さすがに 痛々しい…… 「みー!」  エンドが か細く 泣いた 「どうしよう!」  シャリーは エンドを 抱き上げると そうっと 抱きしめた そして 心の底から祈る  かっ!  ハイツの 剣が その祈りに 答える  そしてシャリーの 手に湧いた  カイルの 腕に巻かれた ライト王の ネックレスは その 祈りに 答えるようにして 姿を変える  茶水晶が 剣の窪みに ガチリと はまった  そして シャリーの ブローチが 最後に剣の窪みに 身を納める  ガカッ!  神々しい 輝きを 放つ その 剣は 凄まじい 神聖力を もって 刃に ついっと……シャリーの 涙の 露を 宿した  その 露は 刃を 滑りおり…… 柄を滑って 茶水晶を 滑り エンドの 上に ポツンと 落ちた  パァッ……  煌めく 輝きを 放って エンドの 羽が ふわりと 癒えていく…… 「シャリー!」  エンドの 可愛いらしい 声が 愛おしい気に シャリーを呼んだ 「エンド!」  シャリーは その涙顔に エンドを 抱きしめる 「えへへ」  エンドは 嬉し気に 笑い ながら  シャリーの 涙を 浴びた  もはやもみくちゃである 「シャリー!くすぐったい!」  エンドが 笑った 「ごめん」  詫びると シャリーは 手を放す  エンドが舞いあがる  そして シャリーは グッと 剣を構えた  そして 上段に 振りかぶる そして ガウッと 空を 薙いだ  凄まじい神聖力の 真空の 刃が 空を 滑る  そして 鬼の 胸から腹に かけてを バクッと 裂いた  傷口から 血が噴き出す  カイルが ウンディーネをよんで アイススピアに変化させた  そのスピアは 鋭く 気配すらも裂くようで 空気中の 水分を 絶対零度の 嵐へと変化させる! 「来よ!氷の帝王!」  カイルの右に 姿をみただけで 凍るような 妖艶な王があらわれた  彼の呼吸は まわりを 凍りつかせ  空気の水分全てを 針の矢と化す  その 空間ですら裂くような白い手に  氷の帝王は スピアをにぎった 「アイスストーム……」  声の音が 空間を振動させる  氷の帝王の 突きが 放たれた時  はげしい 氷の礫が 鬼の 全身を打ちのめす  ぎぁあああ!  悲鳴なのか 回転するストトームの 叫びなのか   そのまま 鬼のからだは はじけとぶ  ランドルは がくと 膝をついた 「観念しなさい!」  ライラが 使い魔を武具に進化させる 「ランドル!逮捕します」 と…… シャリーが 1歩進んだとき 強大な魔力の弾丸が シャリーを 目掛けてとんだ 「……!」  ランドルが その胸に シャリーを 抱え込む 「ら……んどる!」  言う間も無く  悪意の力は ランドルの関節を 真逆に捻じる  ボギュ……ポグッ 「が……っ」  ランドルの 口から血が噴いた  そして  身体中の 関節を 真逆に 回転させた ランドルは  どざりと 床に落ちた 「ランドルさん!」  シャリーが ランドルを 助け起こす 「よぉ……おじよ……うちゃ」  話そうとして  血を噴いた 「はなさなくていい!」 「隊長!」  シャリーが目をあげる  カイルが ウンディーネの 癒しを 発動させてランドルを 癒しの繭で覆った 「つよ……くなったじゃないか」  ランドルは 更に口を開く 「神剣の 主とはね!」  少し楽になったのか ランドルが 笑った 「最初の時に学校吹っ飛ばせる魔力はギュンターから貰ってた でもさ……シャリーお前が成長するま……」  がっ! ランドルの 胸を  魔力の槍が貫いた  ごぼ…… ランドルは 血を溢れさせると 事切れる 「いやあああ!」  シャリーが叫ぶ シャリーは ランドルを抱きしめた  第7章 真実  そして 暗闇の奥を グイッとみわたす  そこは生命の活動ですら 無理なそうな 場所  サイとハイツの ドリアードがいなければ  長くはいられまい  赤玉の イチイの杖を ハラが振るった 「ライト!」  その呪を となえると 赤玉が 真空に輝やく  赤玉は まるで命あるかのようにランタンとなり  ざあっと 闇をなでた  その先に 黒い鎧の 偉丈夫 ギュンターが いた 「小賢しい!ちび共のぶんさいで」   ギュンターが ドッと地面に拳を打ち込む  すると 魔物の群れがあらわれた  よたよたた  それは歩く死体であった 「眠りすらも奪うの!」  ハイツのドリアードが 燐光を放つ ハイツの 腕に 美しい剣があらわれた 「ハイツお願い!アンデットなの!ねむらせてあげて」 テアの 腕のサラマンダーが 炎の爪へと 姿を転じる 「テア」  了解  彼女は跳んだ そして  アンデッド2体を 蹴り倒し ギュンターの 背後へと  歩をつめ……そして その喉に 爪をくいこませた  しかし  それは? いきなりランドルに 転じられて 「ランドル」  と唇をかんだ 「おろかものが……」  ギュンターは テアの みぞおちに 肘を見舞う 「ぐばっ」  テアは 胃液を まきながら 吹き飛ばされる 「テア!」  カイルが あわや石壁に激突と いうところでだきとめた 「すみませ……ん」 「詫びるなテア」  カイルがテアに ヒールをかける 「お前たちは……!だから甘いというのだよ!」  ギュンターが 鼻で笑った 「ランドルに里心を つけたのは……!おまえたちか?  滅ぼして来いと言ったはずなのにな!」 「ほらくれてやろう……ランドルの たましいだ」  キラリと光る 水晶が シャリーの前にころがった  水晶から 映像が 広がる 「どうして滅ぼさなかった?ランドル」  ギュンターが 黒い雷をよぶ 「お前なら一撃で あの学校諸共 羽虫共をほろぼせたはず 」 「闇のオーブは戻した」  ランドルの声  鍵を破壊していないな?  ランドルが ぴくりと 反応する 「あの 小娘だよ!」  八つ裂きに!  記憶に みいっていた シャリーの 眼前に ぎょろりと  ギュンターの顔がせまる  そして ギュンターの 大剣は振り下ろされた  がうっ!  シャリーの 体を 潰すのもわけない そんな剣圧  しかし  ある結界が シャリーを 守った 古代魔法!  いけない!  シャリーが 振り返った 「ミソノ!」  振り返るとそこに 青い顔で 魔法を 放つミソノが いる 「ミソノ」  シャリーが 駆け出そうとした 「駄目!出ちゃ駄目シャリー」  禍々しい 闇の魔力が 結界の まわりを 侵食し始めている 「ほう……古代語……」  ギュンターが ミソノに 顔を向けた 「中々やる……名を聴いておこう?」 「ミ……」  名乗ってはなりません!  校長!  皆が 振り返った 「古代語の詠唱の際にみだりに名乗ってはなりません!」  ランドル……  校長の 目が倒れた 息子を 捉える 「どうして」  カイルが 聴いた  これが届いたのです  校長か 懐から 白銀に輝くオーブを取り出した 「通信球」  ライラがこわばった 「馬鹿息子……!いえ……ごめんなさいねランドル」  校長が シャリーに 近寄る  しかし闇の魔力が 校長の 身を侵食していく 「……」  ミソノの詠唱に 校長の詠唱が 重なった 「ソウェイルの名によって来よ!ウルズ」  ずし……  神聖な力を もった雄牛が ギュンターを 角で突く  ガシャ  鎧が ひゃげ 「ぐぅっ!」  と……声が漏れた 「ハガラズの 剣いでよ!」  校長が 天空より 巨大な剣を呼ぶ 「イサの源よりいずる 神 氷結!」  ミソノが 詠唱した  ガキ……っ  ギュンターは反撃することも出来ず 氷の中に眠った 「イングズの名のもとにハガラズ」  唱えると途中てミソノが倒れる 「ミソノ!」  シャリーが 駆け寄った 「大丈夫!生きてますよ」  言った校長の 口から朱が散る 「吐血!」  まさか校長! カイルが 駆け寄った 「来ないで!カイル」  私は この馬鹿息子と 共に逝きます  校長が ランドルを 抱き起こす 「馬鹿な子」  涙にまみれた 頬を ランドルに 擦り寄せる 「どうか……どうか許して……愛していると言わせて」  ……母さん  通信球が 輝いている  ……こうなるのではないかと思ってたよ……  頑固者の母さん……  ランドルの 笑顔が再生される  でも! 母さんは生きるんだよ  依代 は僕だけでいい! 生きるんだ 通信球が 千々に散った 「僕でいい……」  ランドルの 体から 闇のオーブが転がり出る 「封印してしまって」  優しいランドルの 笑顔が 皆の心を打った 「ランドル……」  校長の 柔らかい唇が ランドルの額 頬 唇に落ちる  わかりましたよ……  優しい声 母の呼びかけだった 「ありがとう……ランドル」  校長は 闇のオーブを 拾うと カイルに 行きましょう……と 強く微笑んだ 「校長!」  シャリーの 呼びかけに 校長が 振り返る  通信球の 散った辺りに  魂のランドルが 横たわっていた  ……良くぞ……良くぞ……  マッハの 女神である 「見せていただきましたよ!みんな」  マッハは 校長から 闇のオーブを 受け取ると  ランドルの 背に美しい手を触れた 「さあ……目覚めなさい……待っている人がいますよ」  その声に  ランドルの 魂は 肉体へと帰る 「もう苦しまなくても良いのです」  全員の傷が癒えた  さあ!  ライトが 待っています  マッハは にっこり笑うと  闇のオーブと 共に消えた 「う……」  ランドルが 身動ぎする 「ランドル!」  校長が 支え起こす 「母さん……」  ランドルが ふふっと 笑った  泣き虫だなあ……  あら  貴方の泣き顔だって  虫歯を抜いた時から変わってないわ!  優しい後ろ姿  シャリーは くずっと 鼻をすすりあげた  と……  バキ……  ギュンターを 封じた氷が 砕け始める シャリー!  剣で ギュンターに とどめを! 「はい!」  シャリーの 念がのった攻撃が ギュンターの 心臓に 突き刺さる 「ぐああっ」  ギュンターが絶叫を 上げた そして もろもろと 崩れていく  骸骨になっても その姿自体とどめない 「怨念の塊だったのさ」  ランドルが シャリーの 頭を撫でた 「よくやった!昇格ものだな!カイル」  バチンとウインクするランドルに カイルは苦笑した 「お手柔らかにお願いしますよ教官!」  カイルの敬礼  皆も倣った  エピローグ そして 3人は?    一同が 学校へもどると 学校内は大騒ぎであった 「ライト様が……ライト様が」  きゃー  黄色い声が湧き上がっている  そして 金の髪の 長身  たくましいその人は 古代王ライト  その御方である 「お戻りに……?」  校長が 呟く 「永久の眠りにつく前にね……皆に会っておこうかと!可愛い私の子供たち!よく顔を見せておくれ……  良く!良く戦ってくれたね」  ライト王は ミソノの 寝顔を 見て 「勇気を 体現した……立派だったよ」  くすと ミソノの 鼻を擽る 「そうそう……君達 精鋭隊に 頼みがあるんだ 古代王  ライトの 騎士団に 名を記させて欲しい」 「まあ……」  なんて  なんて名誉な!  頑張った使い魔の 諸君!君たちもだよ  ライト王は ニッコリと笑う  聖都に 来る際には 神殿の壁画を眺めておくれ…… 「ライト王!あなた様は?」  どうしてお隠れあそばしたのか?  皆の聞きたいことであった 「さあ……お祝いだよ!」  そう言って ライト王は 雲間に 消えた  ゴーン……ゴーン 学校の鐘が鳴る  3人が聖なる都を 訪ねるのは別の話  今日はここまで……  ね……どうだった?  お休み可愛い子ちゃん達  いい夢みるんですよ! ママより                  

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蒼月のエレメント3-エピローグ

蒼月のエレメント2

 第3章 祝杯の庭  学校にかえるとお祭り騒ぎだった 「……ルナ」  シャリーが 抱きつく 「あ……先輩!ご心配を……」  よかったぁ! へたり混みそうな程の引力を 地から感じ  ペチャリと シャリーは 尻を つく 「良かったよ!ルナ」  ハイツが ルナをかいぐる 「いたた」  手荒い撫で方にルナが苦笑 「両親にもこんなに喜ばれたことないですよー!部長!先輩」  にこり……と 笑って小首をちょこん  シャリーは 猛烈に愛しくなって  ぎゅーっと抱きしめた 「もう」  学校の前庭には 女神像も無事で散った薔薇すらなかった  流石は校長!見事な幻術だった  ミソノも合唱部と合流し何やら楽譜の 配布を している 「さあさ!お菓子をどうぞ」  用務員のおばさんが 銀のトレーにのった クッキーを 配る それは用務員さんの 手焼きで 信じられない程美味しい!  これで専門店ひらけますね!  そう皆が騒ぐほど  ハイツは満面の笑みで2、3枚鷲掴み  口に入れた!ミソノは いつか用務員さんを越えるぞと 誓った  だってハイツ…… その目は恋する目で はたと ルナと 視線がぶつかる ライバル発見なのである  しかも 低学年1の可愛い子ルナ 「……………………」  ミソノピンチ シャリーは ココナツののった クッキーを摘むと 幸せそうに 笑む  美味しいのよねー  ヨダレを垂らしそうな顔がそれを証明していた  クスクス  ミソノは笑う  シャリーはライバルかもしれないけど大好き!  ミソノの小さな胸に 灯りが灯った 「合唱部の 皆さん今日の賛美歌は特別ですよ!マッハの女神に捧げます」  ハイっ!らーーーー!  合唱部顧問の先生の高音!  辺りがしんとなる  綺麗だ  らーーーっ!  ミソノの 調子っぱずれな所のある高音も 高音を 維持  シャリーはワクワクして アビス像と呼ばれてきたマッハ像を眺めた!  輝いて見える 「エンド?」  エンドは 自分の 頭よりも大きいクッキーを 抱えて ふよふよ……  シャリーが 爆笑した 「だってぇ……」  エンド可愛すぎる!  なんだか幸せ  そんな時 夕方目掛ける 陽の方から  オオカミの 吠え声が 児玉した! 「シャリー」  最高学年の カイル先輩が 駆けつける  最近見かける巨大な オオカミだ手慣らしに!  先輩勝手を言ってくれる  ハイツも顔をあげた 「あれ!多分人狼だ!」  何でも吠え声に 特徴があるらしい  ミソノも かけよってきた 「行ってくれるね?3人とも」 「先輩!あれ人狼ですよ!僕らじゃ手に負えないかも」 「君等ならやれるさ!ライト様から授かった力があるよね」  最高学年の ライラさんまでもニコニコ顔  残酷な笑顔に見えてくる  仕方なし  シャリーたちは 学校の結界の 端を抜けて森へと踏み込む  そこには  ハイツ2人分合わせたくらいの 大きさの 人狼が居た 「お願い手荒い事したくないの!居場所へかえって!」  シャリーは 魔物とはいえ やたらに倒したくなかった  ……グルル…… 「シャリー」  ハイツが咎める 「そいつ今は意思が無い破壊衝動しかないんだよ」 「なんだか可愛いそう」  ミソノは言った  人狼って呪いでなったり 襲われてなったりするんでしょ? 「うんでも この時間帯に人狼おかしいよ!呪いで戻れないのかも!満月昨日だよ!」  ハイツが 剣を抜いた  どうしたら?  3人は思いあぐねた  ……シャリー……オズルの声  シャリーがブローチからオズルを呼んだ 「魔物使いが居る!それも強敵だ」  このオオカミを 維持し操るやつ!  君たちでは無理だ 「ううん!」  そんな奴許せない! 「哀れな人狼を我欲のままに操るなんて!」  オズル!何とかできない? 「倒すしかないよシャリー!ここまで定着してしまうともう……」 「飛べ!」  男の声がする!  オオカミは、がぅと 唸ると地を蹴った  スタリとオオカミは片足で着地し シャリーに その牙を剥く 「シャリー」  オズルを呼ぶとシャリーはエンドに 結界を頼む 「了解」  オズルが攻撃 エンドが防御!  鉄壁の筈  しかしオオカミは その油断をついた  エンドの結界が完成する前にシャリーの 目の前に躍り込む 「やばい!」  ハイツがオオカミの牙を剣で受ける  しかし流せず  オオカミは ハイツの肩を牙で掠めた 「ハイツ!」  血が舞う 「はやい!」  きっと魔物使いとの 連携が桁違いなのだ  ミソノは 黒水晶を握ると  癒しにかかる  しかし  オズルの尾も早かった  ばぢり  オオカミをはねる  オオカミはきりもんで 地面に 叩かれた  しかしすぐに体勢を戻し  食らいつきにかかる  しかしオズルの 鱗は やすやすと 牙がたたない  オオカミは食らいついたまま  オズルの 首の1振りにとばされた  しかし木々の1本に後ろ足で着地  空からダイブしてくる 「いけない!」  ハイツは ミソノを 背に庇うと 剣をオオカミの 腹目掛け突いた  しかし毛皮を軽く掠めるだけ  シャリーは深淵の王の試練の時を思い 祈った  ミソノの黒水晶と ハイツの剣が一体となり  シャリーの手に湧く!  シャリーのブローチが1層輝いて  剣の窪みに身を落とす  ガッ!  オオカミの一撃を軽くいなすと シャリーは 胸元の 白い毛皮に剣を突いた 「ぎゃんっ」  オオカミは心臓を 貫かれ動かなくなる!  シャリーが 剣を伝う血を見てカタカタと震える  ハイツが その剣を 受けると  オオカミからぬきあげた  がっ! オオカミは 発光すると 身を縮めていく  現れた姿は子供  シャリーが崩れ落ちた 「何てこと!」  自分がしたことが許せない しかしこうしなければ……呪いは!  でも!  首をぶんとふる  どうしたらよかったの!  涙が止まらない 「どうだい人殺しをした気分?」  魔物使いは 姿を湧かせた  ハイツは涙を 浮かべて  魔物使いを睨みつけた! 「お前を逮捕する!」 「出来ないね」  ひよっこ諸君?  今日はご挨拶!  お辞儀すると 中空へと消えた 「待て」  ハイツの怒りが爆発する!  しかし追えない  シャリーの手がハイツの服を掴んでいた 「お願いハイツ……私を殺して」  悲しみが場をみたす 「ハイツ……」  ハイツはシャリーの頭を抱きしめると ただ立つだけでやっと  ミソノは 剣から黒水晶をとると  最後に傷だけでも癒してあげようとした  その途端  黒水晶が 強く発光し  子供を包んだ 「ミソノ?」  待って!シャリー助かるかも!  ミソノの声に歓喜が滲む  少年の身体は浮き上がると  立ち姿として大地に降りた 「……!」  シャリーの目が輝く 「僕……」  少年が 口をきいた! 「やったぁ!」  3人は抱きしめあう 「奇跡だ」  泣き笑いハイツ  ミソノに抱きついた! 「ミソノーーーっ」  シャリーがわんわんと泣いた 「こわかったよね」  エンドは シャリーの髪をかいぐる 「本当に……」  オズルは 頷いた 「ありがとうぅ」  声の限りでシャリーは泣く  少年はオロオロするのみ  ハイツはしゃがむと その頭に手を置いた  パパ ママの場所わかるかい?  少年が頷く 「帰れる?」  ハイツが笑った 「うん……」  何に知らない少年は大きく頷き 駆け去る 「ミソノ……」  シャリーはミソノの腕の中で泣いた 「よかったよー」  それしか言えないシャリー  ミソノは 静かに シャリーの髪を 撫でた  ハイツの肩もウンディーネの魔法が治し 一行は来た道を学校へと戻る 「シャリー」  ドリアードの手が果実を 差し出す 「食べて」  シャリーはその気持ちに感謝すると  あむぅと 歯を立てた  甘酸っぱい!  不思議と 心が落ち着いた 「みんなありがとう!」  シャリーはペコンと頭を下げる 「いいんだよ」  ハイツが シャリーの手を握ってくれた  ミソノが 反対の 手を握る 「帰ろ」  第4章 精鋭隊  シャリー達が学校につくと カイルが持っていた  胸には守護隊のバッジ  シャリー達にも授与するため  ビロード貼りのプレートに3つ並んでいる 「ライラ」  カイルが呼ぶと副隊長のライラが 敬礼し進み出た  そして  3人の制服につけて カイルに敬礼する  3人はそれに倣うが 不格好  ライラが頭を撫でてくれた 「おめでとう諸君!」  校長は拍手すると 「精鋭隊のメンバーにあなた達の学年が加わるのは初です!名誉ですよ!」  と笑う  3人は こんな戦いが日常になる恐怖の方が強かった 「隊長 人狼は子供!魔物使いは逃亡」  ハイツが報告 「 つらかったろ?」  隊長が頷く 「はい」 「魔物使いの手段だ!我々の躊躇を狙う」 「はい」 「シャリー」  特に君に!  カイルは階級のバッジを付与しようとした 「いいえ!いりません!」  シャリーは断固断った 「みんながいなければ……何もなし得ませんでした!」  名誉と言うなら全員に!  カイルは華やかにわらった! 「最高の新入りだ」  よし!  全員の胸に階級が付与され  カイルが握手してくれる 「最速の階級もちの諸君」  ライラが敬礼! 「隊員用の居室が与えられる」 そこは隊員用の寮だった 「夜中の出動も有り得る」 そのため他の生徒と分けられるらしい  進むと隊員達が並び敬礼で迎えてくれた 「ようこそ!」  寮監が敬礼する 「荷物は運ばせた」  進みたまえ! 「シャリー!」  ミソノが不安気 「君らは同室だよ!」  配慮が嬉しい! 「ありがとうございます!」  シャリーが寮監の手をブンブンと握る  彼は戸惑うが 2人の頭を撫でると鍵をくれた 「ハイツ」 「はい!」  君は僕と同室  寮監がハイツの背を押す 「ありがとうございます!」  名誉とばかりに ハイツ 「甘くは無いから!覚悟したまえ!」 「も……申し訳ありません」  何を謝るハイツくん?  シャリーとミソノは部屋のドア越しに吹き出した 「ハイツってば……」  和んだこの時  これが続くのを願わすにいられない…… 「シャリー!」  エンドは目を擦り擦り  ポテッとベットに着地 「眠い……」  エンドには無理をさせた  生まれて瞬間から戦闘  この激務  精霊とて堪える筈 「おやすみ……」  シャリーはエンドの頬っぺ擽った  むにゃむにゃ……  寝言を聴きながら  ミソノとウンディーネのふれあいを眺める 「かなり育ってるね……」  シャリーが言うとウンディーネはくるんと回って  お辞儀 「ありがとうシャリー!」  嬉しそう! 「ミソノの育てが上手いのね」  ミソノは笑うとエンドをみつめる 「いきなりエンドを召喚したシャリーに言われる程ではありませーん」  おどけてウンディーネとポーズ 「ありがとう」  2人は 吹き出すと  ぶあーっとあくび  ベットに足を投げ出して  眠りに落ちていったのだった  かんかん…… かんかん  「うーん」 シャリーが身動ぎした  ベッドの端から ポテッと エンドが落ちる 「ん……もう朝?」 起き上がるシャリー 彼女は目をこすると  黒い細縁のメガネをかけた 「みゃーーー?」  ミソノさん 子猫のようにまるまる 「ねぇ……今 朝4時よ?」  ウンディーネがベットテーブルの時計を睨む 「シャリー!ミソノ!」  どんどんと扉を叩かれて 「はぁい」  と返事をする 「朝練!サボる気?」  ちょっと やんちゃな感じのテアが 扉をたたきあける 「即日 速攻 フルスピードが精鋭隊のモットーです」  テアさんの後ろにくっついてハラがいう  こちらは少しナイーブそう 「おきなさーーーい」  テアの声に  2人はもぞもぞと 隊服に着替え  シャリー は金の髪をツインテールに ミソノはペールプルーの髪をすいた 「はい!たったとする!たったと!」  テアに急かされるまま  シャリーたちは 部屋をでる 「ぷーー」  エンドがむくれている  ウンディーネが笑いかけた 「大丈夫ですよ!やれますよエンド」 「むきーーー」  はやすぎる  もう少しで あのクッキー食べられたのに  ふよふよと羽をはためかせて  シャリーの胸ポケットにおさまる 「こら!寝逃げはだめよ!」  テア 目ざとい 「今日は 対応力と 速攻についてまなびます」  ハラは そっとエンドをつかみ出すと ピンとエンドのお鼻を弾く 「エンドの主だからと言って甘やかしませんよ」  テアに引き立てられるようにして  庭に出ると魔法のマネキンが三体 まっていた 「おやおや!その顔ではやられたねお二人さん」 カイルが からからとわらう 「やられたじゃないです」  だって!朝ごはんぬかれたくないですから  たったと 魔法マネキンの前に立つと 「まずは速攻!フレア」  きゅきゅと 空気を縮めるとテアの呪文は見事 魔法マネキンに直撃したマネキンの首からバネがのび ぴよよんと頭が伸びた 「隊長 もっとまともなのにしてくださいよ!」 「これじゃカカシとバトルしても変わらないですよ」  テアの声に 隊長は 先ずはこの子達の養育だ  校長のイチオシみたいだし!  カイルが「フローズン」と唱ると カイルの手から  詠唱すらないままに  氷の矢がとぶ 「そうだね?まずはミソノやってごらん」 「凍てつく氷の皇帝よ……」  はい失格!  ライラが ミソノにいった 「詠唱無しまだ教わってないかな?」  そっか 「じゃ……シャリー」  エンドは力いっぱい激励した 「放ちたまえフローズン」  マネキンの足から腰を凍らせる 「OK ま……及第点かな……じゃハイツ」  ハイツは欠伸をしていたが  グッと唇をかみしめた  そして「フローズン」ハイツの杖をルーンか纏わり  バシッとマネキンを倒した 「わお!」  テアが笑う 「すごいすごいよ!ハイツ」  やるね  カイルも頭を撫でる  シャリーとミソノは少し唇をとがらせた  だってねー!あれなんである  得手魔法と不得手はたしかにある  でも  ハイツの魔力急に成長した  フローズンの練習をおえたら 宿舎のまわりを10周  そして体幹トレーニング  腕立て腹筋 「えーっ」いいたくもたるのである 「これでも初級むけなのよ」  テアがシャリーの背を叩く 「やれるわよ シャリー ミソノ」  ハラに励まされ 頑張ろって3人は誓った  3人が顎が上がる頃  ライラが告げた 「今日はねお祝いですって三人とも あの伝説のカレーピラフが食べられるわよー」  士気がおちつつあった三人がフルスロットルになる  流石は副隊長といったところか  第5章 カタチある物は……  シャリーが一番乗りで 食堂の 入口をくぐる  テアがハラが続いて ミソノとハイツが 最後だった 嗚呼!  我が校の伝説とまで言われたカレーピラフ この日はみんな オカワリ必至 美味しいのだ!  カレーのいい匂いが漂うと 皆のお腹が グゥとなった  特に 朝練組は グゥグゥだ 「お腹へったぁ」  シャリーは 椅子を引く  目の前には名札と カレーピラフ もはやよだれダラダラである 「聖なる糧に感謝して……いただきます」  一同唱和して  銀のスプーンでピラフをひと救い  スプーンに映り込む ピラフの黄金が キラキラと輝いて見えた  そして人参やらコーンやら グリーンピースなどなど  タンパク質は ツナ一択  ハグっと 食らいついたのは まずシャリーである  エンドは ハグハグと 使い魔用のお皿で ピラフを食べた  この時全員が 同じものを食べる 快感であった 「おかあり……」  もぐもぐと口に入っているのにシャリーさん  一番乗り!  ミソノも 負けじと食らうが シャリーの速度には及ぶべきもない 「うーん……幸せー……」  シャリーさんを 見つめて皆 ニッコリする そして続けとばかりに カイルとハイツ ミソノは 尚もあたふた…… ウンディーネが くすくすわらった 「争わない争わない」  しかし ミソノさん必死である  負けるもんかと おかわりした  ゴックン  飲み込みすら出来てないのに お皿に よそってもらう なんだか障害競走のようである  シャリー三杯でリタイヤ  ハイツ終盤で巻き上げて 三杯半  その上をいくのがカイルとライラ おおっ……と周りがどよめいた 「はいはい!おしまいね」 空になった トレーを見て 皆お腹を撫でさすり くったどー!な皆さんである  各々食器を下げて  給食のおばさん達に一言 「ありがとうございます!」  そう言って帰っていく  ドアを開けようとした時  ゾクッと背中を何かが駆け抜けた 「シャリー!感じた?」  ハイツもミソノも 少し青ざめている 「この気配!」  昨日の魔物使いだ 「ここに?何で」  ここは結界内のはず  三人はカイルを振り返る 「うん」  カイルが頷いた 「また……変な所に来たね」  気配の出処は マッハ像の近く 「近すぎる!」  一同は 廊下を駆け抜け 「皆!外にでるな!」  と 声をかけた 「シャリー!ミソノ!ハイツ!行けるか?」 「はい!」  一同の顔は強ばっているが 力強い! 「よし……」  カイルが 玄関のドアを開けた 「いた……」  魔物使いは 薄ら笑をうかべてマッハ像を眺めている 「こんなので結界?笑わせる」  手に 暗黒の魔法を宿らせる 「笑止」  カイルが レイピアを抜いたが 暗黒の魔法の方が早かった  暗黒魔法は マッハ像を直撃!  像は 無惨にも砕け散った  そしてそこから 現れたのは 本物の 闇のオーブ 「まさか……」  シャリーが 固唾をのむ  カイルが 1歩踏み込みざまに 魔物使いの 腕を レイピアでさすが  魔物使いの方が早かった  魔物使いが オーブに触れるや がんっ!と 重力波が溢れ出る  カイルが 片膝を つくが 魔法結界に 阻まれる  カイルのウンディーネである 「ご主人?」  ウンディーネが のぞく 「大丈夫だ!」  彼は にやりと笑うと 手に 魔法をよぶ 「フローズン」  しかし!  闇のオーブの放つ波動の方が強く  弾かれる 「く……」  カイルが 脇腹を庇った 「シャリー!みなを出すな!いいね?」 「は……はい!」  ミソノのウンディーネが とんでいき  カイルを癒そうとする  カイルのウンディーネは結界で精一杯だった 「すまないね」  カイルが 笑む 「詫びないでください」  らしくないです……  テアが 魔法の炎で 魔物使いを 薙ぎ払う  しかし 闇のオーブの 結界が強く  重力波が テアの体を弾いた 「エンド!」  シャリーが 呼ぶとエンドは 魔法でテアを 抱きとめる 「大丈夫?テア?」  エンドが耳打つ 「大丈夫よ!エンド」  テアが ゆらりと立ち上がった  ハラは 玄関から出ないように注意する シャリーを手伝っている  誰か!校長を  叫ぶ ハラの脇を抜けて雷撃の魔法が走った  校長である 「来ましたね!」  久しぶりね!  そんな校長に怪訝なシャリー 「彼は私の息子です!ドラ息子ですがね」  校長の言葉に皆が息を呑む 「息子さん?」 ミソノが とう 「その通りなんだよミソノ」  カイルは どうやら面識があるようである  僕が 精鋭隊に抜擢された頃 あの人は精鋭隊のエースだった 「それが……それが一体なんで……」  カイルが 睨みすえる 「運命だよ……皮肉だねカイル 」  魔物使いは ランドルと呼ばれ にやりと笑った   「今の俺の役目はね 闇のオーブを持ち帰り 孵化させる事さ 深淵の王知っているだろう?アビスの真の姿!そしてあの方の願いを叶えるために」 「 させません!」  校長は スタッフにルーンをくべると 雷撃を放った 「甘いんだよ母さんは!こんな学校意味もない!アビスにかなうもんか!孵化すれば 一撃さ」  紫電が 空をかけ校長の足元をさらった 「は!衰えたね母さん!やっぱり甘い!ガキども庇って自分は死ぬの?そーゆーのが我慢ならないんだよ!」  ばぢっ……  ランドルの紫電と 校長の雷撃が ぶつかり合う!  互角か?  いや?  校長の方が庇う者が多いぶん不利  がどん!  紫電に念を集中していた校長の腹に 重力波が命中する  ボギっ  不吉な音 「校長!」  倒れ込む校長に シャリーと ミソノがかけよった 「いけま……せん!シャリー!みながでないように とどめてください!エンドと頼みます!」  はたり…… 校長の 手が落ちた 「校長!」  シャリーが叫ぶ  カイルがミソノのウンディーネとミソノに目配せした 「はい!」  2人は校長を癒そうとする  しかし!  蘇らない! 「そんな!なんで!」 「ふん!闇のオーブの傷は癒えないさ!」  カイルが唇をかみしめた 「さぁて!皇帝にこれを献上しよう!」  ランドルは言いおくとシュルリと去った 「ランドル!お前は!」  カイルが絶叫する! 「もう少し時間をやるよ!嬢ちゃん達!もっとつよくならないとなぁ!」  ランドルの声だけが そう聞こえた 「くっ!」  シャリーが 呻く 「校長!校長先生!」  ライラがドリアードの 葉の露で 癒そうと試みるが 校長の体は徐々に冷たくなって行く 「なんで!」  校長のスタッフが ミソノの 絶叫に反応した! 「これは!」  テアが スタッフを ミソノに渡す 「はい!」  ミソノは 受け取ると  古文書で読んだ 古魔法を 唱えて見る  がっ!  スタッフは 上から裂け弾けたが  校長の体には生気が戻る 「ああ……」 校長の 唇から 息がもれた 「ランドル!ランドル!もはや手にかけるしかないと言うの?」  校長の涙がハラハラ落ちる 「校長!」  シャリーが 校長の 上げた右腕を 抱きしめた 「校長!」 「ごめんなさいね!皆んな怖い思いをさせましたね」  校長が ミソノの 頬を撫でる  ありがとう ミソノ! 「こうして精鋭隊を集めていたのは!他ならぬ!あの息子を 止めねばならなかったから!」  校長が 身を起こした 「カイル」 「はい!」 「止めてくれますか?」 「はい!校長!命にかけて」  カイルが 己の手で胸を叩いた 「ありがとう」 「ごめんなさいね!」  まだふらついているが 校長は 医務室へ去った 「皆 大丈夫だね!」  カイルが振り返る 「はい!」  互いが互いを庇いあい  シャリーは何かを思った様だった 「隊長!ライト王の像に行けば……!」 「何か分かるかも!」 「いや!先ずは君らを 強化せねばなるまい!今はまだライト様にお会いできないよ」  カイルが穏やかに 三人をみつめた! 「みっちり 仕込むから!そのつもりで!」 「は…… はい!」  固まる三人だったが 返事は同じ 「ランドルを逮捕する!」 「いや!手にかける気でいかないと……ランドルは 甘くないんだよ!母である校長ですら殺そうとする奴だ」  カイルは そっとライラに 耳打ちすると まずは 学校の 1階にある 古代図書館へと むかった! 「ミソノ!君なら判読できるね!」 「はい」  古代図書の 封印の 棚に 長く封印された古書を  見つける 「皇帝!」 「そうだランドルが……仕えてる奴だよ」  魔物使いの王だ!  飾り物だと思っていたが 実在するらしい! 「ここを……」 カイルの 長い人差し指が 古書のページを とんと叩く  紙のにおいがした 「皇帝ギュンター」 「そう……」  カイルは その本をミソノにたくす  判読してくれ!  なるだけ……詳しく  そう言ってカイルは 図書館の床に膝を落とした 「隊長?」  テアが駆け寄る 「大丈夫ですか?」 「すまない」  少し 休ませてもらうよ!  その顔は 青白い ミソノが カイルの脇腹をさぐって青ざめた 「肋骨が 」 「みたいだ……」  カイルの 頤が落ちた  皆で カイルを 医務室へ運び 看護師に たくす 「ミソノ!」  古書を抱え込むミソノに ハイツが言う 「ごめん!こればかりは力になれなくて」 「大丈夫よ!ハイツ!得意分野だもの!」  シャリーは ライラのいる庭に そしてハイツも 続いた 「ライラさん!」  シャリーが駆け寄る  早速ですが 訓練お願いします!  ぴょこんと頭を下げる 「待って!待って!待ちなさい」  ライラさんが 両手で制する 「今ね先生方と 結界の 綻びを 縫ってるの!そしてねシャリー!いいよく聞いて!休養も鍛錬!わかる?」 「でも!」  縋るハイツに ライラさんが笑う 「いい目ね!2人とも!」  その目はとても優しい…… 「ならねハイツ!貴方の得意な結界魔法で綻びを閉じるの手伝って……ちょーっと 結界魔法 私 苦手でね」  パチンと 片目をつむるライラさん 「は!行ってきます」  なんだかカッチンコッチンな歩き方で 去るハイツを 見送るライラさんの目は寂しそうだった 「シャリー!あのね!もしかしたら……ランドルが 本気になれば 私達を壊滅されるのは容易いの……なのに!後一歩で攻撃を止める!これって 変でしょ?きっとね裏があるわ!シャリーこの後誰かが死ぬかもしれない……」  ライラさんの唇が締まる 「戦える?もし攻撃してきたのが味方だったとして……本気で?」 「味方……」  エンドがプルルと 首を振った 「はい!戦います」  ライラさんは悲しげだ  戦いはね……シャリー そんなに甘くないわ!  誰かが死に!  味方も死ぬ!  出来る? 「……………………」  シャリーが目をふせた…… 「いきます!」 「ふふっ……じゃあね……テア!」 「はい!」  呼ばわられてテアがかけてくる  オートマタ出してあげて! 「でもあれはまだ……シャリーには……」  ライラさんはコクとうなづいた 「わかってる……でも出して……ね?」 「は……はい……」  テアが 魔具倉庫へと駈けていく 「シャリー?今の貴女では大怪我するかも……でもやれるわね?」 「はい……!」  強くシャリーは笑った 「いい笑顔……!いっていらっしゃい」  シャリーは テアの後を 早足で追う  テアは 魔具倉庫の 封印を 解除すると 奥から 魔法金属で 覆われた 鎧型の 人形を ガチャリと取り出す 「これと1時間戦えたら次のステップいい?シャリー これには最高学年ですら手こずるの!今更 撤回はなしよ?OK?」 「はい!」  シャリーが エンドと 身構えた  テアは 鎧の 胸に描かれた 魔法陣に 魔力を注ぐ  ぎぃ……いいい  魔法金属は 擦れ合いながら 腕を上げた 「来るわ!エンド」 「うん!シャリー」  だっと 左右に展開した2人は エンドが光魔法  シャリーが フローズンで 同時攻撃  しかし……! 渾身の 一撃も 弾かれる  ガシャン……  オートマタは シャリーを 腕で はらった 「きゃ!」  シャリーが 後方に 飛ばされる 「何してるのシャリー!脇甘い!」 「はい!フローズン」 「まだまだ!甘い!」  今度はオートマタの 蹴りが来た  シャリーの 身体が 校庭を 擦る 「何やってるの!」  エンドはテアに 叱咤されまくるシャリーを 見てオロオロと 涙で目を潤ませた 「エンド!何してるの!使い魔なら ここは結界でしょ!」 「テアさん!これはいくら何でも」  ハイツが かけて来る 「なぁに?ハイツ!」 「シャリー!」  エンドの 悲鳴!  シャリーの 唇が切れ 出血していた 「エンド!癒し魔法!まさかつかえないなんてないわよね」 「は……はい」  パタパタと シャリー目掛ける  と……そこへオートマタの 薙ぎ払い!  シャリーは エンドを 両手で包んで守った  だが シャリーが オートマタの 薙ぎ払いを まともに食らう!  ががん!  シャリーの 背が 校庭に叩かれた 「なぁに?随分な余裕ねシャリー!」  と!テアの 髪が1束落ちた  エンド!  エンドの 周りに 光の真空魔法が 取り巻いている 「許さない!もうシャリー罵倒しないで!」  エンドが かっと!光った  オートマタの 魔法陣目掛け 真空魔法が 命中する  ギャン!  魔法金属に 傷が深く入った! 「ふ……!」  テアが笑んだ 「いいじゃない!エンド!その呼吸!忘れない」  きょん……  エンドが 目を瞬いた 「テアさん!」 「こんなに早く一撃見舞うなんて!さっすが!」  パチパチ……ライラさんが 歩み寄る 「大丈夫かな?ちょっときつかったでしょ!」  でもすごいわ!  最高学年ですら傷つけるのに1ヶ月かかるのに!  テアが 両手を 握ってブンブンと 振った 「いえ…あの…」  シャリーが 唇を 拭う 「た……」  かなり切れていた 「シャリー……」  ふよふよと シャリーへ寄ってエンドが 唇を 撫でる   「ごめんね」 「ううん!大丈夫よ!ありがとうエンド!」 「もう少し覚醒遅かったら割って入るつもりだったけどね!」  テアが ウインクした 「癒し魔法より攻撃魔法の方ねエンド」 「うん……」  ポテン!  エンドは シャリーの 両手に 降りると 目を閉じた 「エンド?」 「寝かしたげて!疲れたのよ!覚醒いきなりだったしね!」  ライラさんは にっこり笑うと シャリーの 頬を 包んだ 「ほら……たてる?」 「はい」  唇の 傷は癒えていた 「隊長に後は頼むと いわれたけどね……正直心配だったのよ!だってシャリー可愛い女の子だもんね!」  ライラさん泣いている 「テアありがとうね!」 「はい!」  テアが 敬礼した  さすがスパルタの テアと言ったとこね!  うふふ  優しい副隊長の ライラさんは シャリーの 頭を かいぐりながらテアを 見て 敬礼で答えた 「いい隊員を もったわ!」 「そんな……もったいない!」  テアまで泣き出してしまい……  シャリーは オロオロと 2人を 見比べた 「凄いやシャリー!」  ハイツが たっと 駆けつける 「ハイツやってみる?」  テアに じっと見られて あたふたと ハイツは 首を振った 「ふふ!」 「よかった!」  テアと ライラさんが 校舎へと向かう 「疲れたでしょシャリー!休みなさい」 「はい」  ライラさんの 愛の深さを噛み締めながら シャリーは 宿舎へ入った  シャリー!  ミソノが土まみれの シャリーを 見つけて 涙目で駆け寄る 「やだ!アザになってる!来て!」  部屋へ 引っ張って行かれながら シャリーは 敬礼をした 「お疲れ様!」  カイル隊長が 3人を 労う  頑張ったね! 「あのオートマタ相手に30分で一撃!最速だよ!ご立派」  時に鋭いアイスブルーの 瞳を細めて カイル隊長が 微笑んだ 「うーん近くで見たかったな!」  隊長の 隊服の 胸元から 包帯が のぞける 「大丈夫ですか!肋!」 不安気な シャリーに カイルが頷く 「闇のオーブの傷を癒すには ちょっと時間かかるみたいだ」 「あの!」  ミソノが 古代語で魔法陣を発動させる 「多分 この魔法なら……」 「ミソノ……」  カイル隊長は その手を留めた  古代魔法はね  依代となる何かがないと術者の 命を削るんだ  ふぁっと 手を ミソノの 頭に置く 「むやみに使ってはいけないよ!いいね!」 「でも!」 「大丈夫だから」  優しい声音の 隊長に ミソノが こくりと うなづいた   第6章 彼女   ふんふん……  ミソノは シャリーに 癒し魔法を かけながら 子守り歌を歌ってくれた 「おやすみ……シャリー」  それは あまりにも耳に心地いい メロディで 今まで聴いた どの歌よりも 心に染みる 「うん……」  シャリーの 背のアザが 次々と ほんわりと 包まれ  癒されていく…… 「いい子ね……」  脇に 放り出された隊服は さっきミソノが 魔法で 綺麗にしてくれている 「ミソノ……お母さんみたい……」  うみー……  シャリーの 目は閉じ 眠る 「うん……」  しかし……ミソノの目は この時 異常に 悲しげだった……  シャリー は 夢を見た  深淵の王の 繭の前 倒れる 精鋭隊!  残るは ミソノ……  そして彼女は!  「ごめんねシャリー……」  ミソノは 部屋を出た  手に 古代書を持ったまま…… 「ミソノ!!」  シャリーが 跳ね起きた! 「みゃっ!」  エンドが 転がり落ちる 「駄目……!」  シャリーが 身震いする 「ミソノ……」  涙が頬を伝った  ミソノは古代魔法を……発動する気だ!  命を!全てをかけて……!  駄目!  シャリーは 精鋭隊全ての扉を叩いて招集をかける 「どうした?」  カイルが 驚いたが シャリーの 涙をみて 悟った様であった 「言う……べきでは……なかったね」 「止めなきゃ!ミソノが!」  ガタガタと 震える シャリーをライラさんが ギュッと抱いた 「行きましょう!隊長!」  ハイツが カイルの 目線を すくう 「でもね……今の君では」 「死んでもいい!」  ミソノだけを行かせる訳には! 「うん!」  ライラさんが うなづいた 「隊長」 「了解……みんな決意は同じって顔してるね!いいよ!いこう!ただし……勝手には動くな!誰か1人かけても全滅だ!」  エンドが シャリーの 涙を 抱くようにして シャリーの 頬にキスした 「エンドはシャリーと……ずぅっといる!」 「うん」  シャリーがようやく クスと 笑った  隊員全員7名 隊を組んで校長室の前に立つ 「校長……失礼します」  カイルが ノックする 「どうぞ……」  声は気丈だが 泣いていたらしかった 「校長 行きます!」 全員が敬礼する 「そう……ですか……もう……」 「はい!ミソノが 飛び出しまして……全員の 大切な 仲間!守りに行きます」  カイルが 告げた 「わかりました!行ってらっしゃい……誰1人……誰1人欠けないてもどるのですよ!」  校長は しゃきっと 背をのばすと 誇らしげに 一同を 見た 「ミソノ!戻ったら叱りとばします!」  頷く校長は 涙を 目に溜めたまま……一同を見送くる 「ライト様にお会いなさい!」 「はい!」  シャリーは そうっと 校長を視線で抱きしめた 「ありがとうございます!」  旅立ちの時はあまりにも はやかったが 一同は 古代王ライトの 像を 目指す 「ありがとうございます……」  ハイツは何度も 一同の 背に言う 「何を言う!もちろん救いに行く!」  寮監は 力こぶをつくった 「ミソノちゃん可愛いじゃないか!」 「……!」  おや……ハイツ!思わぬ所に伏兵が!  そんな事を言っている寮監の 足をテアが 蹴りつけた 「ほら!前見る!」  こけっ!  寮監サイは 派手にずっこけた      

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蒼月のエレメント2

蒼月のエレメント 1

プロローグ  蒼い月が 煌々と 魔法学校の 煉瓦を 染めていた  ライトの 魔法使い シャリーは 蒼い月の雫を 草花から 集めていく  魔法月9 「蒼」の 雫は 魔法力が とても強く  特に ライト エレメントの 魔法の源として 重宝された  シャリーは 右の手の甲に よんだ 魔法陣を 発動させると 試験管に あつめた 蒼の 雫に きゅきゅっと 蓋をした  蓋はゴムのようである  シャリーは 嬉しそうな顔で スキップをして  学校の 寄宿舎の 扉を開けた 魔法月9は 肌寒いぐらいであるが シャリーは この 空気が 好きなのである  ミソノが シャリーとの 相部屋なのだが もう 夢の中にいるようだ 寄宿舎の 床はワックスで 黒く滲む  トンコ トンコと ステップを ふむと  シャリーが 部屋の扉をあけた  部屋の中の 魔法陣には エレメント召喚の 魔法陣が こめてある  使い魔召喚  ライトの 魔法の 使い魔は 妖精である  よくみられるのが 緑の巻き髪の 手乗り 妖精  今日はシャリーの 使い魔を 召喚する 大事な日である  第一章ファースト コンタクト  ――遠かりし 月の下僕   フェアリーテイル ここに ――  使い魔のコアになる イチイの実に 蒼い月の雫を 二、三ふりかけた  ポムっ  イチイの実は はじけると 僅かに 光の粒を撒く 「いでよ フェアリー」  シャリーは 小さな釣鐘ベルを ちりりと鳴らす  パァ……  イチイの 実から発芽した 「おいで……おいで」  シャリーは そこ ここで ベルを打ちふる 「はーい」  かわいく 小さな声が 光る緑の 玉と共に現れた  そして  玉は ほぐれていく  ほぐれて まずは 羽が広がり  ほぐれて緑の 飾り石のドレスが 花開いた  そこから そった上半身がみえて 細い手足が  伸びる  そして 愛らしい顔に大きな瞳のフェアリーは  ニッコリ わらった 「こんばんは……ご主人!私エンド」  フェアリーがくるくると バレエの ようにまわって しゃなり……と ポーズ 「エンド……って!ええっ!」  これにはシャリーも おどろいた  いきなり  最高クラスの フェアリーである  階級が上位中の 上位  エンドクラスである 「あのね……ご主人!月の妖精の樹が 果実で鈴なりなの」  エンドは ちっちゃな手で 指折り数える  その数三十個!  エンドはくいっと 小首を傾げた 「だからね……最高上位クラスの イチイが 落ちたの」 フェアリーテイルでは 伝説の通り……果実が実る夜にだけ最高上位が 誕生するという  その日に 幸運にも シャリーは 当たったのである 「らららん……らららん……」  エンドは歌いながら 背中の羽をひろげて踊る 「ご主人 お名前は?」  ピタリ……とまって エンド 「シャリーよ……エンド」  シャリーは ちょいちょいと エンドの 頬をつつく 「シャリー」  エンドは嬉しそうだ 「よろしくエンド」  シャリーが 細い黒縁の メガネを 指であげる 「シャリー……」  エンドは 慕わしい者をよぶように 反芻して  シャラランと ドレスの 裾をつまんで 貴族の 礼をした 「よろしくシャリー」  なかよくなれそうな そんな予感!  シャリーは 満面の笑顔でエンドを 肩にのせたのだった  そうして2人は出会う 明日は精霊祭!間に合った 精霊祭とは 精霊の女神を 崇めるお祭りで 使い魔に 感謝する日でもある  使い魔 それすなわち 精霊とする考え方で まず 女神像参拝をし それから精霊と共に 踊る日でもある 使い魔にも色々あり ウンディーネ ドリアード サラマンダー などなど 魔法使いの 個性などにもよる  ファイヤーには サラマンダー 定義は あるものの  術者の 能力にもより  フェアリーの 最高ランクを 召喚できた ライトの 術者は 今までの 歴史で 2.3人と伝わる つまりシャリーはすごいんである 自慢できるぞー  シャリーは エンドの 子守り歌を聴きながら 眠りについた 朝 その朝は 朝から花火の空砲が上がり  学校中が 盛り上がりを 見せていた  もう寄宿舎内では 大盛り上がり  精霊と共に談笑する術者 踊るようにスキップする術者 賛美歌を歌う術者で 大騒ぎ  ドタバタである ミソノはウォーターの魔法使いで ウンディーネの 手乗り精霊を 連れて歌っていた 「ミソノ」  シャリーは 眠い目をこすりこすり 相棒を呼んだ  らりらー!  ミソノのソプラノは 頭に 響く  キーンと来た 「随分早いのね」  多少 シャリーは 苦情をこめたが ミソノは  ららら……が止まらない 「あらシャリー……うーんこの音が定まらないわ!らーっ!」  と……来た うーん…… シャリーは 目眩を覚えた  ミソノさんは 鈍感なのである  そんなこんなで  朝ごはんも 満足に すすまず でも エンドとは 共に歩き 寄宿舎内を 案内した  この 地方は 平和で安定した土地だが  他の地方では 魔物が でる  使い魔を 召喚する儀式で 不正を すると 魔物を 召喚してしまう  その場合 魔物使いとなり  魔法界の お尋ね者となる  追われる身の 魔物使いだが 聖なる術者の 使い魔使いを攻撃するものも現れている  シャリーの両親は 共に 魔法使いであって 聖なる使い魔使い だけど父は 能力を 捨て 普通の民として 農作物を 育てている  まあ 周りからすれば変わり者?  シャリーは そんな父が好きである  母も そんな父を愛して 魔物ハンターとして  国に奉仕している  シャリーは 楽しそうに鼻歌を歌うエンドを 見守りながら 階段を降りた 「ここが玄関よ エンド」  大理石貼りの 豪華な 玄関 そこを シャリーは くぐって 中庭に出た  蒼月には 秋の 気配  薔薇が 咲いている  野薔薇が 綺麗だ 「うぁぁ!綺麗ねシャリー」  エンドは 嬉しそうに 羽をはためかせる  シャリーは ちょっと得意になった 「ここのお庭はね!園芸部が 管理してるの!」  シャリーの 部活動であって  得意になるのも無理はない  この前肥料を まいたのは 何をかくそう シャリーである 「素敵ねシャリー!」  エンドの 声が耳に気持ち良い 「ありがとう!エンド」  シャリーが ニッコリすると エンドも 嬉しそうだ  今日は 精霊祭の 大祭 なので 皆 浮かれ気味  歌いながら歩く  ある少年も 浮かれていた  隣にドリアードを 連れている 「ハイツ おはよー」  シャリーが ブンブンと 手を振ると ハイツが 「やぁ」  と返した 少年は 園芸部の 部長ハイツ  へんてこな 髪型で 天然だが 下手な 辞書より 園芸に詳しい 「おはようシャリー!あらあなたの 使い魔エンドじゃない!」  ドリアードが 気づいてくれた 「すごいなー」  ハスキーな声でハイツ シャリーの 背を追ってトコトコと かけてきたミソノに 少し頬を染めた  そう ハイツ君は ミソノが 好きなのである  らーーーっ  その当人ミソノさん 嬉しそうに 歌っている 「うーん絶好調だね」  ハイツ君ミソノがやることなすこと 肯定的  歌う ミソノを 眩しそうに 見守った 「はーっ」  シャリーは 少しため息  肩を落とす 「あのね!ハイツ」  ミソノは 尻尾を 振る子猫のように ハイツに 駆け寄った 「合唱部で ソプラノ1位なのー」  なのーで 歌う シャリーは クラっと来た  ミソノは 嫌いではないが 空気読めな子ちゃんだ  今日はどうなる?  精霊大祭?  エンドは 何を見ても楽しそう  シャリーは まとめ役のような気分になって  先が思いやられた  やれやれ やれやれ 精霊大祭 ポムン ポムンと 空砲が 弾ける 「らんらんら!」  ますますソプラノ ミソノさん  シャリーは 目眩を覚えてこめかみをもんだ 「あ……行っちゃう」  ハイツ君情けない 臀を叩いて シャリーが 目で合図 「ミソノは 合唱室」  と コソッと言った 「うん」  ハイツとドリアードは タタと駆ける  シャリーはガックリと肩をおとした 今日の 主役の部活動は 演奏部と 合唱部 そして園芸部  我等園芸部は深淵の女神アビスの 花冠を作成する  手先が器用な 魔法使いが 必死に編んで  魔法を かける 遠き民の 魔力より生まれ出る  イチイの木のワンドで  浮遊を かけて アビス像の 頭に運ぶ  そして  演奏部の オーケストラと  合唱部の 賛美歌  トドメが 魔法軽音の 部活動の ダンスの 時間  これが  皆のたのしみで  皆総出で おどるのだ  女神アビスの あたたかい庇護の元  魔法学校はお祭りだ  シャリーはエンドと 手頃な 薔薇を 見繕い  園芸部へと  テテと 向かう  長めの スカートに 花を詰んで  エンドが何とか 白薔薇抱え ひらりんと つづいた 「いい匂いね」  芳香を放つ 薔薇の庭を抜けて  2人は 園芸部の ドアをすり開けた 「おはよー」  シャリーの 明るい挨拶に  後輩が おはようございますぅと 返してきた  もう手元にかなりの花が揃っている 「先輩ハイツ部長みません?」 「あ!しばらく帰んないと思う……パパッと編んじゃおう」  シャリーは小さい子等を指示しながら  編み込みに かかる 「先輩の使い魔エンド様ぁ」  小さい子が  エンドに 手をのべる 「はーい」  エンドはサービス満点  光をふり撒いて  くるると 回って たのしませた 「いいなあ」 「エリリも15歳になったら 召喚出来るよ」  シャリーは 笑ってやる 「うん!」  エリリは フェアリーを 憧れの存在のように 目を潤ませて  手をパタパタと ふった 「あなたならミドルもいけそう」  エンドが チョンとエリリの 頭に 手をのっける 「本当ですかぁ――」  嬉しさしきりのエリリさん  踊るように黄色い野薔薇を 抱いてかけてきた 「これアビス様に!」 「あらエリリ これあなたが丹精込めて育てたのに」 「差し上げたいのです」  シャリーの 手にのっける 「ん!わかった アビス様のお額をお飾りしようね」  シャリーは 編み込む  他の子も 我よ我よと 手に花を掲げる  シャリーと エンド は それが微笑ましく  愛おしい  そうこうして花冠は出来上がり  皆で抱えて  正面へまわる  噴水のある  庭園の真ん中に 女神アビスは佇み 皆を守るように微笑んでいた  オーケストラと賛美歌が 静かに流れる中  ハイツが真っ赤でかけてきた 「ごめん」  園芸部の 皆にペコペコしながら 磨かれたイチイのワンドで 浮遊を かける  花冠はしずやかに空を 進み  そうっと アビス様の 頭上に降りた  ダァンダァン!  華やかな空砲 4連発と共に  魔法軽音のダンスが 始まった  エンドは クルリと 踊りながら  可愛い子等に 光をまく 「幸あれ」  教師の一声に 一同 「幸あれ」と 唱える 感極まって泣く子まで現れ  庭園 は 歓喜につつまれた  その時  空を駆け抜けた 紫の雷撃  ズンっと 重力が おちたのだ  それは アビス様の御手から落ちたかに見えた  園芸部のルナが重力に巻き込まれ 地に伏す  そして悲鳴が 巻き起こった  そして 女神アビスの 像が ビジリと 不気味な 音をたてた 「シャリー!」  ミソノが かけてくる  シャリーは ルナを 助け起こした  しかし  ルナは 既に 呼吸をしておらず  女神の 足元からドレスにかけて  ひびが はしった 「アビス様」  シャリーが 見上げると  アビスが 弾けるが 同時であった 「そんな」  そして その 内部から 黒い球体が 現われ砕けていく  うねる 重力波  ミソノの 制服が 巻き上がる 「きゃ……」  ハイツが 魔力の 結界をはって ミソノと シャリーを守った 「あれ!まさか深淵の王じゃ」  教師が 震える 「まさかアビス像に 深淵の王のオーブ」  校長が スタッフを 向けて 取り残さた シャリー達をまもった 「アビス様のお名前が絶望とされた意味」  校長のスタッフが ギリリと 軋む 「いけません」 「古代王が 封じた深淵の王が 体内にお在りになったから……」  校長の 肌を 重力波で 砕けた砂礫がかく……  エンドが 精霊魔法を 唱え  一同を学校内へと 転移させた 「嗚呼」  校長が 膝をつく 「なんでこと!」  学校内は 強力な魔法結界の 元  守られていたが  重力波の ズドンと いう音が 樫の木の 扉を打ち叩いた 「きゃあああっ」  小さな子等が 寄り固まって悲鳴を 上げる  エンドが 舞っていって  そっと 光をまいた  ミソノは ガタガタ震えて シャリーに 縋り  シャリーは ハイツに 縋っていた  ハイツは 果敢に キッと扉を 見据え  イチイの 杖で 防御魔法の 強化を 唱える  がかっ  魔法陣が 浮かんで  扉は鳴りやんだ 「どうしましょう」  こんな大切な日に  教師がオロオロするのを 校長が バシっと 叱った 「おだまり」  かなりの気合いで 教師は ペシャリと 座り込んだ 「このままでは 深淵の王が復活します!何としても」 「何としても」  ハイツが 校長の 言葉を拾う 「封じましょう!」  そして シャリーを 見ると 「あなたのエンド 真の女神の お引き合わせかも!」 「共に戦います!」  シャリーは、キッと 立ち上がった 「僕も!」  立つハイツに ドリアードが 習う 「怖いわ!」  ミソノが 半泣きで ウンディーネを 抱き寄せた 「ミソノ!あなたの ハイの ウンディーネの 加護が 必要です 立って」  校長が 励ました 「え……は……はい」  ミソノが 泣きながら スックと たつ 「エンド!転移を」  校長が 毅然と 目をあげ フェアリーを 呼ぶ 「はい!」  エンドが 転移を唱えると 一同は  散り散りになった 庭園の 花々の 中央に いた  そこには 女神像の 足元に 残る 白い杖が あった  シャリーが それを拾うと 杖先がまるで道しるべを 記すように光をはなっていく  つ――――ぅ  光は庭園中央を抜け  深淵の王を 追う様に 走り抜けて行った  シャリー達は 杖の光の先を追いながら 魔法学校の門をでる 深淵の王を封じた 英雄王は 最後に ある神殿を奉納されたと聞く 「………………」  シャリーが 杖の光の終点を探した  光を追う 巨大な英雄王の像の 剣の柄の 宝石に 杖の光は消えていた  その石はアレキサンドライトであり  美しい輝きを 放つ その石は 杖の光に キラリと 輝き  像の足元に 巨大な魔法陣があらわれていた  魔法学校の 生徒は 入学の 祝いに ピアスを 開けるのが 習わしであるが  そのスタッドピアスの 石はアレキサンドライトの石である  チカリ  シャリーのピアスの石と 英雄王の剣の宝石が 呼び合うように 輝きを 明滅させた 「シャリー」  エンドが シャリーの ピアスに 触れた  突如  魔法陣が 七色の 輝きを 放ち  一帯を 輝きが 薙ぐ 「シャリー」  深い男性の 声が シャリーを 呼んだ そして 光がある姿を 形づくる 「英雄王」  その姿は 正しく その王そのものであった 「ライト様」  校長が 膝をつく 「皆来たね」  ライトは柔らかく諭すように 呟くと  泣きそうな ミソノの 頭をなでた 「大丈夫」  王がいう 「深淵の王は マッハ女神に 託してあったのだが」  ふわりと王が笑った  魔法学校の祭りはね  その日に結界を 強める為の祭りであったのだよ  王が 目を上げる  いつの間にかマッハ像を アビスと 呼ばわるようになり  祭りは 学校の 娯楽になった  女神アビスが本来の名を持つと 知るものは居なくなった  ドルイドの 秘法も 消えてしまったね  校長が うなずく 「申し訳ありません」 「そして 深淵の王の 復活ははじまってしまった」  悲しげにライト王は目を伏せた  魔法学校の期限はね シャリー  王はシャリーの 瞳を そっとのぞく  来る 深淵の王アビスの 復活を阻止する  魔法の系譜を 残すためであったんだよ 「時と共に魔物ハンターの 学び舎となったけどね」  ライトが 空を見上げる  ……君達に 願いがある  ライトは 目をもどした 「アビスを倒して欲しい」 ハイツがこくんと唾をのむ 「私は君達を選んだ」  そして太古の 神の 神託でもある 「出来るでしょうか」  シャリーが少し不安げだ 「君達に私のドラゴンを 託そう」  ライトが 指笛をふくと ざあ……と 風がないで 大きな影が現れる  その鱗は 宝石の ように 輝いていた 「綺麗」  シャリーが 舞い降りた ドラゴンに そっと手をのばす 「アレキサンドライトの精霊王だ 」  ライトが 従順に 頭を垂れる ドラゴンの 頭を撫でる  ドラゴンは シャリー達に 目を向けると 瞬きをする  ……君がエンドの主だね  ドラゴンが 優しく思念をとばす 「まだ 未開だが 巨大な 魔法力を 感じる」  エンドは嬉しそうに キラキラと 飛びながら  ドラゴンに言った 「シャリー大好きなの」 「そうかね」  ドラゴンが 鼻から息を吐く 「私も嫌な物は感じないよエンド」  輝く 鱗に光を呼びながら ドラゴンが シャリーの 頭に キスをした 「喜んで力をかそう」  ライト王は ハイツを 見ると 腰の剣をはずした 「ハイツ」 「はい」  天然なハイツ 純粋なハイツは 英雄王から剣をさずかる  それは まるで 羽のように軽かった 「持っておくといい……好戦の証ではなく守りのために」  ライト王は 静かにミソノに ルーンのネックレスを 渡す 「ミソノのウンディーネの力を最大限に 引き出す癒しのルーンだ」  その ネックレスの 先には 黒水晶が 輝いている  校長  王は最後に 校長に スタッフを さずける 「最後のドルイド サリーのスタッフだ」  君の力を最大限に ひきだせるだろう 「頼むよ」  ライト王は精霊にも 笑顔を向ける  フェアリーのエンド  ウンディーネのハイ  ドリアードのハイ  一人ずつに聖別を 与えると  王はシャリーを 見た 「神殿から 深淵の穴に転移できる」  君たちを 神殿へ送ろう  ライト王の魔法陣が ゆらりきらめく 「頼むよ 小さな英雄諸君」  王の声は 七色の 光と消えた  第2章 深淵の穴  シャリーの腕に ミソノが カタカタと抱きついている  一行は 消えゆく魔法陣の 虹の輝きの中で 実体を取り戻しつつあった  ハイツは剣を構えながら 油断なく 辺りを見回す  校長がカツンと 地面である岩肌を スタッフで 小突いた  ミソノが シャリーから離れると チャラリと ネックレスを かける  シャリーはドラゴンの宿る紋章とルーンの刻まれた  ブローチを 胸につけると  たしり……と 砂礫をにじる 「ここが」  目前に 大理石の柱を もつ 美しい 白き神殿が 建っていた 「いきましょう」 校長が 明り取りの魔法を スタッフに呼ぶ  1歩づつ 神殿に入っていった  ミソノは ウンディーネの 小さい手を握りながら  ちょこちょこと ついてく  ハイツも 不安気な 様子で 歩いた  シャリーだけ顔を上げて キッと前を向き  大股でいく  なんだか 強くなったきがしていた  多分 ドラゴンのルーンの加護のおかげだろう しばらく行くと行き止まり 目の前にルーンの 刻まれた 壁があった  ミソノは 手で撫でながら つらつらと読む  彼女は こう見えて 古文に 長けた 校長の 一番弟子である 「先生ここです」  ちょい……女の子らしい手指で 壁を押すと ゴゴ……と どこかで音がして 壁が割れた 「凄いやミソノ!」  大喜びのハイツ君  ミソノは ちょんとスカートを つまんで 貴族礼をした 「よく出来ましたミソノ!」  校長も 晴れ晴れ 笑顔である  シャリーと エンド は エンドの光る粉を 壁に印にして にこにことつづいた  幸先良い!  上手くすすめそうだ しばらくいくと 大きな広間に出た  天井は高く 上の方に階段の無い踊り場だけが 付いているのが見える そこから上は 階段が伸びていた 「ここはシャリー……ドラゴンの 出番です」  校長が 振り返る 「はい!」  シャリーは 手で ブローチを 覆うと 魔法を唱えた  白銀の ルーン文字が そこから楕円に 広がり 散っていく 「きてドラゴン!」  ルーンで 唱えると  輝く鱗の ドラゴンが あらわれた 「やっぱり綺麗ね!」  ミソノの 感嘆 「よんだか」  ドラゴンは 静かに頭を垂れた 「ドラゴン!背に乗せて」 「オズルでいい」  ドラゴン オズルは そう言うと 静かに 皆を載せる足場として 尾を垂れた 「ありがとう オズル!」  シャリー初め一行は オズルの 背を 経由して 首を伝い 踊り場に 降り立つ 「戻ってオズル」  シャリーの 祈りのルーンと 共に オズルは ブローチへと 消えた  校長は スタッフを 掲げて 辺りを照らす  階段は 白く 階上へと続き 手前には 縦長の穴のある 台座があった 「ハイツ!剣を そこに差して!」  手すりの ルーンを 熟読していた ミソノが 髪を揺らして 振り返る 「わかった!」  ハイツは 縦の穴に剣を差す  かっ!  台座が割れて行き レバーが 現れた 「ビンゴ!」  嬉しそうなハイツ君  見ていてミソノも 嬉しそうだ  ミソノの 頭上で ウンディーネが クルクルまわった 「大正解!」  校長は パチパチと 手を打つと レバーを ぐっと 引き上げた  どん……  階上で 何がが落ちる音がする 「仕掛けが 作動した見たいですね」  校長が また 先頭を 行く  ミソノは 自信が ついたのか ちょっと 小走り ハイツ は 剣を抜くと 後につづいた  シャリーは エンドと 顔を見合わせると クスっと笑う 「いい感じ」 「だねシャリー」  エンドが 可愛く頷いた 「行こ」  シャリーは大股で とことこと いく  なんだか 新年の すごろくゲームのようで ワクワクしていた 「あれ!」  階上に つくと 大きな台座が落ちている 「あれに乗れということでしょうか?」  ハイツが 呟いた 「そうですね」  校長が 台座の 周りを見て回る  見て!  エンドが 台座の  隅の端に 紋様を見つけた 「これ!癒しのルーン!」  ミソノが ネックレスを はずした  そして 黒水晶の ルーンの 部分を パチと はめる  ごご……  台座が 浮き上がって行く  魔法力の お陰だろう  そして 空中で制止すると 奥へ進んだ 「やるね」  エンドが きらりんと 1回転する 「えへへ」  ミソノ嬉しそう  奥へすすむと 巨大な穴が穿たれた 大地が拡がっていた 「いこう!」  ハイツが 力強くいう 「OK!」  シャリーが うなづいた  そのまま 台座は 穴に入り 降下を開始する  校長の スタッフの 清らかな 光だけが 頼りだ  どんどんと 降下していく 台座の上で 一行は 武者震いをひとつした  台座が 最低部に降りきるとシャリーの足が地を踏みしめる  ハイツ……ミソノと続き校長も おりたつ そこは 広い空間になっているようだった  ミソノが ぶるり……と身震いする 「寒い」  そこはまるで真冬のようで  ピチョン……ピチョンと 水滴の音がしていた 「大丈夫かい?」  ハイツが校服の 藍のブレザーをかけてやる 「ありがとうハイツ!」  ミソノは ちょっと頬をあからめながら ハイツの横顔を見つめた  ハイツ君は 恥ずかしかったのか 真っ赤になっている 本当に微笑ましい 1幕であったのだが 校長の スタッフが かつ……と地をうつと 反響が 伝播して わあん……とひろがった 「広そうですね」  ドリアードが珍しく口を開く  ハイツの ドリアードは物静かで柔らかい  萌え出た若葉のように 緑の 髪をしている  目も同じグリーンだ 「そうね」  返すのはウンディーネ  エンドが不安げな使い魔たちを宥めるように  くるくるとまわった 「大丈夫!」  エンドの 鈴を転がすような声に 使い魔の緊張はほぐれて行く  1本踏み出す事に 現在《いま》が過去になる  一行は深淵の王の 行方を探しつつ進んだ  ピチャン……  ハイツの首に天井から水滴が落ちた 「ひゃ!」  さしものハイツも飛び上がる  クスクス シャリーは 笑った 「もう!シャリーってば!」  シャリーの背を叩くハイツ 「まあまあ……行きましょう」  校長が 明かりとりの 魔法を強めた  周りは 1寸先は 闇である  ミソノが おっかなびっくりで シャリーをみた 「いこう!ミソノ」  激励を とばすとミソノは 頷く 「ハイツがいるもん」  ………………!  真っ赤になるハイツ君  2人は脈なしという訳ではなさそうだ  シャリーは 2人にガッツポーズを送った 「………………」  ますます真っ赤な ハイツ君  ミソノも モジモジしている 「はい!いきますよ」  校長に遮られなかったら ずうっと2人はモジモジしていただろう  エンドが使い魔達と こちらを楽しそうに見ている 「さ!いこう!」  シャリーは はっぱをかけるとあるきだした 「あ……まって」  ミソノが 慌ててかけてくる  ハイツも頭をカキカキついてきた 「可愛らしいね」  エンドが  ウンディーネとドリアードの同意をもとめる  ドリアードは 少し思うところがある様子  ウンディーネは ふよふよと 舞いながら こくこくとうなづいた  校長は ため息をつきながら  シャリーの采配に 期待してくれている 校長のスタッフの 照らす先に 仄青い 鱗が ちかりと  輝いた 「なにか居ます!」  校長の 喚起の声  シャリーは ブローチに念をこめた  オズルを呼ぼうとする  しかし  鱗の主は 一足 早く 攻撃に転じていた  ざぁっ……  地を這う音と共に 伸び上がる その者は  大蛇である 「きゃ……」  シャリーが尻もちをつく エンドが守りの結界を張った  使い魔各々の 結界のお陰で シャリー達は無傷である  しかし 蛇の 牙 が校長の 肩を掠めていた  出血はさほどしていないが 赤黒く 皮膚が変色していく 「ミソノお願い」  シャリーが 校長を ミソノに託すと オズルを よんだ  しゅ……  ブローチから古代ルーンが放射に広がり  オズルは その美しい姿をあらわす 「オズル」  エンドが 安堵の表情をうかべた  校長が 蛇の毒で動けない今  一行の命運は つきようとしていたのである  しかし  オズルがいる今!逆転のチャンスが出来た  ぼうっ……  オズルの 口から 光球がはなたれる 大蛇は 躱すが ひとつが その横っ腹に命中する! 「ハイツ」  ハイツの剣が 大蛇の鱗をそいだ 「オズル 火炎放射」  シャリーが 念を飛ばす 「承知!」  オズルの口から爆炎が 放たれた  ビィィ……  焼かれた蛇の断末魔か 嫌な音が鳴り響く 「シャリーお見事」  校長の 毒を浄化した  ミソノと校長が微笑む 「ありがとうオズル」  シャリーが戻れと 願うと  オズルは 静かにブローチへと消えた  ほう……  ため息をつく一行……シャリーが胸を撫で下ろす  ミソノも肩から緊張を抜いた 「ライト様のネックレスがないとやばかったの……」  涙目のミソノさん  シャリーはミソノの頭にポンと手を乗せて 息をつく  こうゆう時は腹式呼吸だ  すーっはーっ  校長は 誇らしげに 3人を見守ると スタッフを掲げる  またあんなのに出くわしては心臓に悪い  守りのルーンで一行に加護をあたえた  しゃり……しゃり 足元に 鍾乳石の柱  そして天井からも伸びる鍾乳石が 水を滴らせている  ハイツは 怖いのか剣をおさめられないでいた 「ハイツ大丈夫だってば」  シャリーが 背を撫でてやる 「う……うん」  カチリ  綺麗な装飾の鞘に 剣をおさめた 「ねぇ私変かなゾクゾクするの!こわいのじゃないのよ」と……シャリー ミソノが こちらを見て目を瞬かせる 「怖くないの?」 「うん ドキドキするの楽しいの 不謹慎かな」  ハイツが首を振った 「シャリーはシャリーさ」  柔らかに笑ったハイツ君  シャリーの心は少しおさまった  ここで 少し不満気なミソノがいるのだが  皆気づかなかった  ミソノさんもハイツを 好きなのだ  だけどシャリーとハイツが親密に見えて仕方ない  ミソノは ぶぶん……と 首を振った 「行こう」  ハイツが 珍しく先頭をきる  校長はニコと笑った 「行きましょう」  今この瞬間に 深淵の王が 蘇るかもしれないのだ  シャリーは く……と唇を噛んだ 「シャリー」  エンドが 少し怯えた風で シャリーの ツインテールを引っ張った 「ん……?」 「なんかね嫌な予感がするの!間に合わないかもしれない……」  エンドがオロオロと シャリーの 懐に入った 「しばらくこうしてていい?」  エンドは涙目であった  あれだけ頑ななまでに元気で明るかったエンドが 怯えている  使い魔達は一様に怯えて  主に密着したがった 「エンド怖いよね 召喚して早々これだもん 明るくしてくれてありがとうね……」  一行は 深淵の大穴の 最深部についた  そこには巨大な繭  辺りを筋肉のように脈打つ 糸が巡っている 「危うい所でした 復活されてはたいへん オズルに 焼いて貰いましょう  シャリーはオズルを呼ぶと 「オズル火炎放射お願い」  と呼びかけた  ごぉぉうぅ……  オズルの炎でも 繭は 傷1つもつかない  シャリーが慌てた 「まってシャリー!」  ハイツがオズルの眼前に 王の剣をさしだした  オズル! 「剣に灼熱の魔法をかけてくれ」  ハイツは言った  オズルは灼熱のルーンを施した 「いくよ!」  ハイツが繭の周りの糸に切りつける  ドサッ!  糸は事も無げに切れ 床に 繭が落ちる  ウンディーネ 大放水!  ミソノの 命により ウンディーネが 水流を 宙からよぶ  ざあ……  ウンディーネの聖なる水は繭を 洗って弱体化させた 「シャリー」 ハイツと ミソノが呼ぶ  シャリーは オズルに 火炎放射を願った  ごおお……  逆巻く炎に 繭が溶け始める  オズル!  シャリーの願いに オズルは繭に 牙をたてた  ガオン……  牙は立つのだが噛み締められないようだ 「まさか」 校長が背を粟立たせた  復活してしまったのか?  オズルは見えない力に繭をもぎ去られ  背後へと弾かれる 「オズル!」  シャリーが駆け寄った 「大丈夫だよシャリー」  オズルは 首をもたげると  背中に落ちた砂礫を落としながら起き上がる 「すまないね」  シャリーは オズルを庇うように前に立つと繭を睨みすえた  シャリーにもわかる  闇の気配!  エンドが シャリーの懐で ぶるりと 震えた 「起きちゃったの!王が」  不安げな どうしようも無い怯えがエンドたち使い魔を ふるえさせている 「人間に加担する愚かな精霊が…………」  どこからか声が降ってくる 「シャリーこわいよ!」  エンドが泣き始める 「エンド大丈夫!みなのところにいて!やれるとこまでやってみる」  シャリーは地を踏みしめる 「シャリー」  ミソノが 不安そうだ 「大丈夫!いこうハイツいける?」 「行けるよシャリー」  ハイツは剣をにぎりしめると  じりりと 声の主の 出方を待った 「全て滅ぼしてやる」  深淵の王らしき重々しい声は シャリーを突き飛ばしそうな程に叩いてくる 「頑張って」  校長の 口がそう動いた気がするのだが  シャリーは理解していなかった 「いくよ!」  こうして 深淵の王との戦いは始まる  ザア……  オズルが 真空波を 浴びせるが ビクともしない  繭の中から 小さな爬虫類のような 少年が現れる 「深淵の王」と校長  これが!  シャリーが 光魔法で攻撃するが 跳ねられ 壁に激突する直前を エンドの精霊魔法に救われる 「やぁ!」  ハイツが 灼熱のルーンそのままの 剣で切りつけた!  ざっ!  しかし  かすり傷を負わせただけで ハイツも飛ばされる  ミソノは 怯えながらも古代魔法の 水霊を呼び出す  しかし  水霊 数体が一気に跳ねられてしまう 「校長」  深淵の王が 校長を 跳ねた 「いけない!」  頭から落下する  シャリーがエアの 魔法を唱えた  衝撃はやわらげたものの  校長はどさりと 落下した  シャリー!  ハイツとミソノの 叫びが同時に上がった  目を戻すと  深淵の王が 目前に迫っていた 「きゃ」  シャリーが叫んだとき  ハイツの剣の柄とミソノのネックレスの黒水晶が 呼応した  そして  ふたつは一体となって  シャリーの手に湧いた  そして ブローチも 柄にはまり強大な 神聖力が湧いてきた!  シャリーは 全身のバネを もって  深淵の王を 切り捨てる 「……………… 」  しかし  神聖力が 通じない 「ふふ……」  深淵の王が 笑った 「合格!」  はい? 「諸君!合格だ!」  校長が 拍手している 「良くやりました」  ??????  よく分からない 「テストだったのですよ」  魔物が強力になって行く今 学校の守護を 精鋭隊に任せたく それでね  心底嬉しそうな 校長に  シャリーの 腰が抜けた 「3人を精鋭隊に加えるべきかと テストしたのです!ルナは仮死の 魔法を使っただけ」  ハイツも ヘナヘナと座り込む ミソノに至っては わんわんと泣き 使い魔達になぐさめられている 「みんな知ってたの?」 「使い魔達も知りません」  最後の賢者に 依頼して テストを しましたごめんなさいね……  なんというか ハチャメチャである  シャリーは ポカンとしてしまう  オズルは クスクスとシャリーの 頭をかいぐった 「素晴らしかったよ 皆」 「オズル!知ってたのね」  シャリーは ぷっくり膨れて ドラゴンを睨む 「まあまあそう言わない 帰って お祝いですよ」  校長が とっとと戻ろうとする  3人は ため息をつくと ごちた 「忘れてた!校長は 派手好きだった」  そうこうして 一行は 台座へと戻り 神殿を目指した 「あの 女神像が 砕けたのは幻術かなにかですか?」  ハイツが 校長をみる 「びっくりしたでしょう!あれくらいしないとね」  あっけらかんと 返されて 3人と 使い魔は 項垂れた 「もう……どうでもいいです」  シャリーが 小石を蹴る 「みんなの勇気見させて頂きましたよ!見事です!よく剣の眠りをさますことが出来ました」  校長が  3人の頭に順々に手を置いて行く 深淵の王 もどきの 老賢者も 一緒である 「すまんかったね」  賢者は ふふと笑った  しかし いいチームワークをみせてもらった  上機嫌だ  シャリーは かっくりと 項垂れる 「校長先生今度はもう少しお手柔らかに」 「いいえ!あなた達は 最上級生達と共に 魔物と戦うのですよ?鼻っ垂れたことを言ってはいけません」  ………はぁ…………  ミソノが ため息を落とした  さあ!  校長が 神殿を抜けた先の魔法陣に乗り  皆を導く 「祝杯です!」  喜んでいいのか?わるいのか?  3人はため息しか無かった  

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風の標し 番外編 慎君の憂鬱

風の標し 番外編 慎君の憂鬱  令と アラバギが 結婚して 1年後 二人に 愛らしい女の子が産まれた  名は 松末がつけた  咲《さき》アラバギの 目を受け継ぐ 可愛らしい 赤ちゃん  ラキとマニは 眠りにつき その二人の 為に 小さな社を 建立した  その社は 大社の結界の中にあり  二人の夫婦神が寂しくないようにと みんなで 連れ立ち お菓子の供え物や 花を供えにいっている  アラバギは 小説家としての道を見出し 古事記をテーマに本を三冊だしている  女性ファンや 学術系に興味のある 研究生の必須書籍とまで言われ 大学の研究室からも依頼が来た  令は 幸せ太りしそうだと よくわらう  咲は慎がお気に入りなようで 慎が良く遊びに行く  悟と綾子は慎が訪ねるのをよろこんでくれていた  プーちゃんには奥さんが出来た  桃ちゃんという 可愛らしいトイプードルの女の子で 子犬が三匹うまれた  キャンキャン ワンワン大騒ぎである  慎は 嬉しかったが 寂しかった  自分はどうしようと……  静かな幸せを 求めたいと フルートに没頭した  ある程度の評価は得たものの音楽大学に行った訳では無い慎は それ以上の道がとじてしまっていた 「音大行けばよかったかな」  寂しげにごちてみる  しかし 彼に救世主が現れたのである   第2章 飛鳥ちゃんとの出会い    慎はカフェによくいく  そして素人にしてはうまいからと 演奏を許可されている 「グリーンスリーブス吹いて」  マスク姿の少年が ハスキーな声で依頼してくる 「わかりました」 「……………………」  出だしから少年は目を閉じてくるくるまわる  まるで実体のない貴婦人と舞っているようだ 「やっぱいいね?君に頼みがあるの!」  僕の でる 映画でフルートを吹く役がいなくてさ 「?」  でてみない?  小首を軽くかしげて慎をみあげた 「映画?え?君が?」 「そ……主演」  そんなニュース聞かないしなー  慎が席を立とうとした 「あ!まってよ!」  彼は野球帽を脱ぐとマスクをはずした  さわやかなライムの香り  なんと彼は女の子であった  それも慎の良く見知った 「飛鳥ちゃん」 「あっ……たりー!」  宜しくね  可愛くウィンク 「えっ」  戸惑う慎 「君が来る度にね このお店にきてたのよね」  マスターの妹さんと同じクラスだから 君いけてるし  このまま埋もれるなんてもったいないよ!  はっきりと 目をみられた慎は 「うん」  とうなづいた 「ありがとー」 「私の本名は河野 飛鳥!よろしくね」  ネイルアートをした綺麗な指がのばされる 「君……慎君でしょ?」  よく マスターからきいてるよー  イケメンだしフルートうまいし人当たりもいいって  ファンなんかもいるんだって?  飛鳥は慎の 肩をつかんだ! 「やってみよー君ならうれるさ」  エンド                                                      

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風の標し 番外編 慎君の憂鬱

風の標し 外伝 イケイケ探検隊まとめ

番外編  イケイケ 探検隊  晴天!  そしてみんなの笑顔  令は 今日を楽しみにしていた  ジーンズに 桜色のカッターシャツをあわせて  イヤリングなんかをつけてみた  ラピスラズリのそれは マニのおすすめである  マニは令に一から女らしさを叩き込んでくれて  口紅の選び方から  シャドウの塗り方  アイラインなんかも施してくれる 「おはよう」  華が咲くような笑顔 マニである  ううーん  相変わらず綺麗だ!  男性の目をひくことまちがいない  彼女は シャツブラウスに メンズジーンズという  いで立ちだが  シャツの胸が窮屈そうだ  ボタンが飛びそう 何故か令がヒヤヒヤした  ラキは慎の所に泊まっていたが  白いカッターシャツにジーンズ  ナ○キの靴とあわせている  小脇には  慎のプレゼントなのか  セカンドバックを持っていた フワフワのウェーブの髪は 肩口で 束ねて右側に  垂らしてある  イトは 慎が参加している  細いストライプのシャツに白いスラックス 革の靴である  松末のみが いつもと同じ黒1色だが シャツがサテンになっていて  黒のスラックスであった  靴は革靴  それもまた黒  こだわりらしい  アラバギは黒髪で 薄いグリーンのシャツに ジーンズだ 靴は悟のプレゼントで ナ○キのくつである  松末が BMWの ステーションワゴンのドアを開けた 「わあ!」  令が歓声をあげる  オプションで7人乗りにしたワゴンは  とても快適だった 「かっこいい」  令が 見回す 「こいつ買うのに禁煙しろって 妻にいわれてね」  松末が頭をワシワシとかく 「たかそうだもんなー」 「ああ 腹パン一発 妻からもらったよ」  さあていくか?  一同を見回して  松末は  車に乗り込んだ 「はい」  令はにっこりと笑った 「いい笑顔だ騎士くんもね」  松末が令とアラバギをみつめる 「あんときゃ どーなるかと思ったもんな」 「あ……う……すみません」  真っ赤になる令達に 松末が 茶々をいれる 「ガキ出来たら名付け親にならせてな」  ふっ  笑って見せた松末に  アラバギと令が真っ赤になった 「…………………………」  さあて乗った乗った 全員がのると 流石に迫力だが  スタートはスムーズだった 「ラキ?」  松末がとう 「え……」 「そいつも連れてく気か?」  脇をみると  ちょこんと しっぽふりふり  プーちゃんがいた 「え……?」 きゃわん  プーちゃん!自分も行く気満々の顔をしてちょこまかと後部座席を駆け回っている  ちいちゃな しっぽが嬉しそうに揺れた 「いつの間に?」  令がひょいと抱き上げると松末は 「ま……いいさ!」  にっこり笑ってくれる 「はい」  令はそうっと下ろしてあげた  後部座席の 足元でプーちゃんは得意気だ 「エッヘン オイラ 偉いんだそ」と  胸をはっている 「ね?令ちゃん美味しいお菓子しいれたの!みんなでたべない?」  じゃーんと スーパーのビニールに山盛りのお菓子を突き出す 「あ……ポテロング!」  そう叫んだのは愼  令もそのお菓子は大好きで  でも歯に詰まるのが悩みであった 「まぁ 呑気に始めといてくれや」  松末が  手をひらりと振った 「これどうです?」  アラバギが  コーヒーの無糖を 手で渡す 「おー!サンキュ 気が利くね」  アラバギは松末の指示のままに  ドリンクホルダーに缶を入れた  松末の車の中は どんちゃん騒ぎ 「おーいカーブでウィンカー出すの忘れるから少しだけ声をダウンしてくれい」  からかい半分  本気が 半分  松末は髪をかきあげた 「はいどうぞ」  アルフォートの紅茶味をむいて松末に渡す令 「まったくまあ!どうなるんだろーな」  苦笑いの松末であった  右に曲がると高速入口だ  結構な坂になっていて  らららら……と壁に響いている 「松末さん ETCもってます?」 「勿論な!」  と ポンとカードリーダーを叩いた  何だか皆盛り上がりまくっていて  ジャズでもないか……と 松末は  ラジオを つけた ――シャンパリーズどこ行こう!――  かわいいタイトルコールと共に  元気なジングル 令が身を乗り出した  ――このゴールデンウィークは どこもこんでますね――  ――ねーっ――  軽快なトークと共に  ヒット曲が流れる  ――なんかね……最近 サービスエリアに水族館つけちゃうとこがあるみたいでぇ―― 「ふーむ」  松末が唸った 「近くだ寄ってみるか?」 「え?いいの?」  とマニがうれしいわ と笑う 「まー今日くらい遊んだっていいだろうよ」  ラキはじゃがりこをカリカリとリスのように齧りながら破顔する 「魚が陸で見れるなんて やっぱりいいねー」  とても楽しそうである  プーちゃんが ラキの膝に飛び乗った  プーちゃんどうしよう 「ドッグランで遊ばせてやろう」  松末が ふっと笑った 「え……わんちゃんもいるの?」  ラキが それこそ全力で身をのりだす 「あー……飼い犬を遊ばせるスペースがあるんだよ」  まあエチケットとして  トイレ用の袋は持ってかにゃあならんけどな  松末の説明にラキのメーターはうなぎのぼり 「僕はプーちゃんといる」  にこにこ顔だ令はポテロングを  かりかりかじると  本当にラキは動物好きね  と微笑んだ 「僕も1本もらうよ」  愼がポテロングを摘む 「じゃそこで決定でいいな?」 「そろそろ飯の時間なんだから……菓子はひかえるように!」  年の功の威厳で松末に言われると何にもいえない 「はーい」  そそくさとかたしはじめて  令は ちらとミラー越しにみつけた  松末が 指輪をしている? 「松末さん?それって?」 「何かなあの戦いの後から大事な物を失いたく無くなったんだ……だからさ」 「わー!」  ダブルおめでたじゃない!  マニが歓声をあげる 「いや……その言葉はちがうとおもうぞ」  松末があかくなった  ま……籍入れんのはめでたいけどね  耳まで赤くなってる  かわい……  令はおもった 「さて……サービスエリアだ!入るぞ」  ステーションワゴンはサービスエリアの  カーブを曲がりながら入っていく 「確かここ……」 「ん……?」  令の 声に松末が聞き返した 「アップルパイも美味しんだって」 「お前らな!もう時期昼飯だってのに まだたべるのかよ」  あきれた声の松末に 「てへへ」とラキがわらった 「ここには美味い海鮮丼屋があるんだよ!」 「はーい」  令が そそくさと片付け始める  燃えるゴミ 缶ゴミ ペットボトルとわけていく  よっし!  ガッツポーズをきめてみて  アラバギに笑われた  そんなわけで  駐車場に停めて トイレ休憩を済ませたあと  水族館希望者は中  ドッグラン希望者は外とわかれた  令はプーちゃんが心配だったため外にいることにする  ラキは勿論ドッグラン組  プーちゃんが  とてとてと 他のワンちゃんに寄っていくのを眺めていた 「きゅーん」  ちょっと寂しげに鼻をならすので  ラキが  柵のすぐ側でひかえてくれている  令はみんなとの写真をたくさん携帯におさめた  全員の笑顔  そして  人間として生き人間として有限な命をえらんだアラバギ  彼のためにも沢山残してあげたい 「と」  ラキが立っている柵の傍にワンちゃん全員集合している  クンカクンカと ラキの指の匂いを嗅いで しっぽをフルスイングさせている 大型犬も小型犬も関係なしモテるのだ 「あらら……」  マニが素っ頓狂な声を上げる 「ラキってば 浮気はだめよ!」  マニの拳骨が降ってくる  そうラキとマニは 晴れて夫婦になったのである  なんだか水と火の性質上 不安なのだが  うまくやっているようである  全員が揃うと海鮮丼屋さんへ 各自好きな魚を取ってのせてたべるお店だが  勝手のわからない  尊組は  すわっていて令が代わりにとりわけに行ってきた  ……マグロ サーモン イクラ いか エビ 鯛数々あって  まあ  オーソドックスなものをチョイスする  プーちゃんにはお外でつないで 待ってもらって6人は美味しい海鮮丼をいただいたのだった  そこで出た話題  次どこ行こう?  ワンコ同伴OKなカフェがある 2つ先のサービスエリアを目指すことに決まった 「ワンコ同伴!めちゃ楽しみ!」  ラキがわくわくしている  そして令もだ  6人はお会計すませると  サービスエリア内で売っていたという  ワンコ専用クッキーをプーちゃんにあげる お手 おかわり おまわり  キョトン?  お手 おかわりまではクリア しかーし  犬生は そんなにあまくはなさそうだった 「プーちゃんおまわり!」 ちょいん 可愛いおしりを地べたにおしつけて 小首をかしげる 「ありゃ」 かっくり  まあ これがプーちゃんなのである! よしなに よしなに! 小首がちょこんと傾げられる度に6人は メロメロビームを食らっている 「もうしょうがないわね」  マニに抱き上げられて  プーちゃん甘えまくる  嗚呼かわりたい  そう思った殿方はラキだけではあるまい 「マニさんいい匂い」  令がくんくんする 「あ……これよ?」  ポケットから  香水の小瓶を取り出す 「令ちゃんには大人っぽすぎるかな?バラの香水よ」  令にはアクアノートが似合うと思う!  マニが微笑む 「おいこら!ご婦人諸君おいてくぞ?」  松末がステーションワゴンから呼ばわる 「はーい」  2人はきゃっきゃと乗り込んだ この2人もなんである初対面最悪だったが  ものすごーくなかがよくなった  うーん?  松末が苦笑した  そうして サービスエリアをでると 次の翁サービスエリアを目指す 「楽しみねわんちゃん同伴OKなんでしょ?」 マニが肘でラキを小突く 「もちろん」  うーん  あの夫婦 この夫婦である  令がクスクス笑った 「松末さん」  アラバギが改まって声をかけた 「ん?」 「指輪ってどこにうってますか?」 「あ……ああ 宝石屋やらなんやら銀製品でいいなら色んな店で売ってるけど?ほしいのか?」  松末が視線を流してアラバギをみた 「はい!令とお揃いにしたくて」  赤くもならず はっきりいいきったアラバギに 令の方が赤面した  おー!  やすいみせならアジアン雑貨とかかな?  松末がわらった  よってみるか?  願ってもないとアラバギ  翁デパートにアジアン雑貨あったっけかな? 令も思い巡らせてみる 「あります1階に」  跳ねる令に マニがクスクスとわらった 「よかったじゃない?」 「はい」  令がうきうきを隠せない 愼はそっと顔をそむけた  恋とはそんなに直ぐに忘れられるはずも無い  ラキはプーちゃんの前足をつかんで  プニプニと 肉球で遊んでいる  マニは横目で……ちょーっとすねてるようだった  翁サービスエリアに入ると  犬同伴カフェをめざして  ラキが駆け出した 「あーあ……あいついくつだかね」 「まだまだ子供でしょ」  マニが髪を撫で付ける  後の5人はラキの陣取ったテーブルにすわるとメニューをながめた 「ドックミルクと 犬用パンケーキかな ね?プーちゃん?」  ラキが覗き込む  きゃわん プーちゃんが なんでもカモンな 顔をしている 「そうねーって私らも注文しなきゃ」  マニが 目を皿のようにしている  そうねーティーソーダおいしそうよね 「はい」  と令  愼は 紅茶とチョコケーキにしたらしい 「私はアイスココアにティラミスかな」  これは令 「俺はブラックコーヒー ホットで濃いめで頼む」  松末の横顔に見とれていた店員さんは はっと オーダー表にかきこむ  ハーブティーをミントで アラバギチョイスだ  ラキはシナモンティーとバタートーストにしたらしい 「お前らな……まるくなるぞ?確実に」  松末にからかわれて  マニがペロッと舌をだした 「かしこまりました」  美形ばっかりの このテーブル  周囲の女性陣の視線が集中  令が首を竦めた 「あれ?」 え? この声? 「あの翁公園でお会いしましたよね」  コーギーのギンちゃんと  黒柴のふうちゃん そして ピカピカ笑顔のお姉さん達 「あら偶然」 「きょうはどちらに?」  お姉さんが聴いた 「この後は 翁のデパートに行くんですけど」  令がギンちゃんのあたまを ポンポンした 「そうなんですか私たちは温泉です ペット同伴のホテルとれたので」  すごーくたのしそうだ  ラキが鼻の下を伸ばしていて  マニから拳骨をもらう  お互い気をつけましょうね  歩み去る2人と2匹の後ろにココアがしたがっている  大丈夫そうね  令は胸を撫で下ろした マニはティーソーダを こくんと飲むと ストローをカランと回した  そして 令に耳打ちする  ラキのバカ  なんで私をみてくれないのかな  それが 恋をしている女性らしくて  令は嬉しかった 「だって結婚したじゃない」 「うん」  マニのブラウンメイクの 瞳がティーソーダの炭酸を見つめる 「マニさんは 最高よ!ねぇラキ」  突然声をかけるとラキは 目を泳がせた 「え……そりゃあさ……まあ……」 何とも歯切れが悪い 「ラキのばか!」  マニはパシャンとコップの水をラキに浴びせた 「だいっきらい」  松末さん 車にもどっていい?  勢いのままに  マニは立ち上がり 肩をいからせる 「いい!わかれてあげる!」  スタスタと車を目指す 「お前ね」  松末が ラキの頬に拳骨を押し付けた 「ああいう時はフォローだろ」 「だってマニはマニだもん」 「答えになってないだろう」  アラバギが ハーブティーのカップを 唇に つける  1口のんで  ため息をついた 「お前は どうして本気になると 何もいえなくなるんだよ」 とアラバギ 「だってさ」  ラキは真っ赤である 「好きな気持ちはさ」  もじもじ  フェミニスト ラキ一大事であった 「謝った方がいいよ」  愼が 立ち上がる 「よんでこようか?」  愼の 動きにラキの思いが挫けていく 「いいよ」  だって  だって  信じちゃくれないもん 「ラキはね なんともおもわないと フェミニスト ラキでいられるけどね……好きになるとからきしだし」  令にまで弄られて ラキはますます ちいちゃくなった 「好きだよ!大好きだ」 「私に言い切っても 仕方ないだろう」  アラバギが ピンッとラキの おでこをはじく 「バギだってさ……最近は令に 積極的だけど最初は……」  まきこむなよ  松末が コーヒーをぐっと飲み干して  立ち上がった 「姫さん待ってるから 車開けにいくな」  600円を置いて大股で ステーションワゴンを目指す  ラキは ますます もじもじする 「あやまろ?」  令が 席をたってお会計に行ってしまい  ラキは 涙目であった 「なあ バギ」 「なんだ」 「俺マニ幸せに出来るかな?」  アラバギは くすと 笑う 「それをマニに聞けばいい!」  ポンと 肩を叩く  ポン  プーちゃんが ラキの 靴に 前足をのせた 「バギあのさ 初夜ってさ」  爆走で ラキの 質問が アラバギの 耳に寄せられ  アラバギが 咳払いした 「へ?」  もどった 令が 意味深な男性二人を見つめる 「ね……やっぱり あの……」  ごっつん!  アラバギの 拳骨が ラキの 脳天に落ちた 「まだだったのか?」  結婚するのー!  マニの 可愛らしい 発表から 軽く10日は たつんである 「だってさ」 「そりゃ……不安だったろうなマニ……」  アラバギが 立ち上がり ラキを引っ立てた 「今夜!だ」  あの 純真なアラバギですら すごした 夜なのに  それすら なかったとなれば   マニだって……不安すぎて いても立ってもいられないはず 「だからどうしたの?バギ」  慌てて後を追う令に バギは 「男としてラキのバカは マニを 抱きしめてやれてないらしい」 「え……ちょっと!」  愼が 先に車でまっていたが マニの隣に 座っていて  ラキが 目を見開いた 「愼……そこは」  令が 声を発した途端 「いいの!わたしがそうしてもらったの!」  涙目の マニが 悲鳴を あげた 「ど……ど……どけよ」  ラキは真っ赤になって  苦情を言う 「や……!私が嫌なのよ!バカ」 気が強いはずのマニが 叫んだ 「もう……わたしが きらいならほっといて!」 松末が 肩を竦める  そして盛大に ため息をついた 「まァ!いい!とりあえず乗ってくれ」  令とラキが並び アラバギが 助手席だった  アラバギは 薄荷飴を 松末に 渡した 「禁煙にいいかなと……」  ふふ……松末は 笑う 「アラバギ……良い旦那だよアンタは!」  ラキが目線を下げて  ぐっと 両の手を握った 「あのさ……」  振り返ってマニを見つめるとラキが言う 「だがらさ……マニ!あのね!おれね」  子供のように視線で縋る 「す……好きだよ!でね俺!お金ないけど指輪あげたい!」  言い切った!  マニは 目をパチクリと 瞬くと 泣き笑いに なった! それが あまりにもキュートで 華のようで 令が ほろりと 涙ぐむ 「言えたな!」  アラバギが ラキの頭をパシリと 叩く 「だからさ……泣かないでよ」  真っ赤っかな ラキくんは マニに手を伸ばした  頬を 指でなでると 「マニはなんでも 綺麗だから……」  もはや 日本語すら危ういが  ラキはまくし立てた 「愼……ごめん」  マニが 愼を みて 頭を下げる 「OK!よかったね」  優しい笑顔の 愼が 車をおりた! 「行けよ!王子くん」  松末に 鼓舞されて ラキは マニの隣に座る 「わたしも!ごめんねラキ」  プーちゃんが ラキとマニの間を陣取ったが  令に 抱き上げられた 「すき?」  ラキが不安げにマニを覗き込む 「バカね大好きよ!」  マニが姉さん女房全開で ラキの 頬をつまんでいる 「あのさ……いいかい?」  松末が 伺う 「え?」 「車出してもいいかね!」 「はい!」  ラキとマニの返事が揃う マニは きゅぅっと ラキの腕に手を回した  そして ラキに寄りかかる  ラキは 真っ赤に なりながら みんなに詫びた 「騒いでごめん!俺」 「いい!」  令が 笑った 良かったねマニさん!  パッチンと ウインクすると プーちゃんの頭を撫でる 「マニ?」  ラキが 呼ぶ  なぁに?  俺ねがんばるから!  エンジンがかかってきた ラキである  しあわせにする!!  言い切って マニの髪に キスをした 「おーおー」  松末が からかいたくなったのか 「ラキくんよ!唇にしてやれよ!」  そう ひやかした  ゆでダコ ラキ……マニのほっぺたに チューをした  ステーションワゴンは 静かに高速出口に降りる  そして翁の デパートに入るまで マニはラキに ベッタリだった 「はい……あーん」  マニが ラキの口に 飴を入れてやると ぺったりと 頬を ラキの 腕につける 「ラキ!あのね!」  令ですら声をかけるのを躊躇う程……  2人はべったりだった 「おーいついたぞ!」  松末に ミラー越しに 言われるまで 2人は 仲睦まじく  声かけないで オーラ全開だったのだ 「着いたって」  ラキは ニコニコしながらマニに 声をかけ  開いたドアから マニをエスコートする 「あのな!」 「あてられっぱなしなんだけど!」  愼ですら目を覆うくらい ラキとマニは ベタベタだった 「ねー どんな指輪あるのかな?」  マニが 最早 マニでは有り得ないほどでれでれで プーちゃんが 不思議そうに 小首を傾げている 「おまえらな!」  松末が べりっと 引き剥がす  とにかく!  夜まで大人しくしてろ! いって松末は 頭をかいた  あー!  それであっても  べったりくっつくので 令は羨ましそうに眺めてしまう  アラバギは それに気づいてか 令の 背を抱いた 「たいがいにしとけ!」 「あてんなよ!」  松末と 愼が がっくりと うなだれた 「1階よねー令ちゃん?」  チークで赤いのか それともデレすぎて赤いのか?  マニは ラキの 腕にぶらさがっている 「そうでーす」 令も 上機嫌  松末は 頭をかかえる 「これだから……」  愼が ぽむぽむと 松末の 背を叩いた 「わかります……」  もはや 涙目 男衆  ペアになれない  お二人さん  愼の 腕には プーちゃんが ぶらさがっている  きゃん!  不満と プーちゃんが同意した  一行は イベントホールを 横目に アジアン雑貨を 目指す  プーちゃんは 同じ階に ペット用品と トリミングがあるので 同伴可能だった  ちまちまと しっぽを振りながら 愼の腕に抱かれている  カップル組は 着ぐるみさんが 配るチラシを 受け取りつつ イッチャイチャである  はあ 男衆は ため息を ついた  ひょっとして……この後ずっとこうか?  流石の松末でも ボヤいた  みたいですねー  愼が プーちゃんの 頭をなでなで 苦笑する  緊張感の 欠片もねーな!  2人と1匹……孤独であった  アジアン雑貨につくなり マニが 駆け込み ウィンドウにかじりつく  そこには 羽の形からつくった ターコイズの はまった  リングやら 太めの シルバーリングが 多数あった 「わあ!」  女性組 目がハート  男性組 お財布と睨めっこなのである  「ねーラキ!」  マニが店員さんに 飾りのない 銀の輪を取り出してもらっている 「私これがいいの!だからね!お揃いにしたい」  縋る マニの目に ラキが頭をかいた 「だってさマニにはさ……こっちのが」  ラキはターコイズの リングを みつめている 「あのね!今はね!夫婦でお揃いの指輪するんだって」  耳まで真っ赤になって 力説している  令が 微笑んで二人をみまもった  アラバギは 蒲鉾型の シルバーリングに目をとめ  令の手をひく  サイズ  たしか夫婦は 左手の薬指だ  アラバギは さっき松末に耳打ちされていた 「奥様は13号ですね」 アジアンな洋服の 店員さん お香の 匂いを纏いながら  しらべてくれる 「わ!奥様だって」  マニが ラキの シャツをひいて 令の腕をバシバシと 叩いた  祝福って痛いのね  令が 泣き笑いした  ペアなら お安く出来ます  店員さんナイススマイル  アラバギも お揃いのシルバーリングを 買って 令に そっとはめた  そして指輪にそっと 口付ける…  令は涙ぐむと アラバギの 指にもはめて そっと 口付けた 「おめでとうございます!ご新婚ですか?」  満面の笑顔で祝福され 2人は 「はい」と……うなづいた  でしたら 当店よりお祝いにアロマキャンドルを差しあげます  店員さんが 綺麗な蓮の形のキャンドルをくれた  運命の花「蓮」  令は 胸に抱く  ラキは 令の頭をポンとたたくと 「先越されて悔しいけどさ……バギと幸せにね」  マニとラキも お揃いのリングをはめていた 「赤ちゃん出来たら報告にきてね!」  マニが ウインクする  令とアラバギは 4人に  ぺこりと頭を下げた  きゃわん  プーちゃんもオイラも祝福すると 声高にないた  END                      

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風の標し 外伝 イケイケ探検隊まとめ

聖泉の巫女 愛の辻 その行方

はじめに 湖のほとりに過去の鏡を祀る神殿と村がひろがっていた 沙羅はその神殿の巫女として 大晦日と元旦との瞬間に生まれた 沙羅の家系は 代々巫女となる者の多い 由緒ある家系であった そして 神殿には石造りの皿とそれを支える装飾のない台座が すえられ ある聖なる日の日の変わる頃 湖の水を皿に満たし祈ることで占われる 早春の祭の巫女である 神殿に眠るという鏡を幾度か盗人がはいったが 鏡が その特定の日の夜にくんだ水では盗みようがなく 皆 長老の一喝に逃げて行った 聞きしに勝る雷親父であった 1 沙羅は早朝の日の出を待ちながら 長い髪を指で弄んでいた 成人の儀式の時には髪を切らねばならず 儀式の後はのばしつづける そして 水鏡の聖なる日とは 大晦日と元日の境目 その瞬間である その日 16年前のその日に 沙羅は巫女の家系の長子としてうまれた 巫女は任の尽きるまで独身をとおし 恋をすることも無く 子を授かるよしもなかった つまり 年老いて朽ちるまで 生命が尽きる引退の時まで 聖なる乙女のままである しかし 沙羅はそれを大したこととはおもってなかった 男の人は野蛮 沙羅は父を知らない 物心が着いた時にはもういなかった あるのは大国の戦に出向く前に描かせた肖像だけ 父は戦争で果てたのだと 母 鈴音から聞いた 沙羅はそんな野蛮な戦争を始める 男がきらいであった 接吻すら想像もしたくはない そう思っていた 子を宿す行為など尚更いやである 沙羅の頬を一束の風が撫でた 「水神様 今日より巫女を拝命致します」 沙羅はそう 桃色の唇からこぼして 朝日に背を向けた さあ 朝からいそがしくなる! 沙羅 大活躍の朝の始まりである 「ほら多田羅おきなさい」 沙羅は妹を叩き起した 多田羅はもう輿入れ先がきまった15歳なのだが 如何せん子供である 巫女としての世継ぎは沙羅にきまっているので 多田羅は甘え放題 沙羅と母 鈴音からしてみれば 頭の痛い問題である 「あ!お姉ちゃん おはよ」 多田羅の髪は雀の巣のようだ くせ毛 毎朝のばしてやるのは沙羅の役で いっそ五分刈りにでもしてもらおうか? 本気で思ったりもする 沙羅が盛大にため息をついているのを見て 多田羅は少しまずいと悟ったらしく ぴんと背中をのばした 「姉上様おはようございます」 「今更遅い!」  沙羅はデコピンをくらわせてやった 「ねえ 桂は起きた?」  桂はオスの柴犬である 「分かりません おきたのでしょうか?」  少し鯱ばって カタコトで言っている多田羅にもう一度椅子に腰掛けるようにうながして 沙羅は 髪をといてやった 「あなたもね お輿入れが決まってるんだから髪ぐらい自分でやりなさい」 「だってお姉ちゃんのがうまいんだもん」 ちょっと間の抜けた多田羅の返事だ 沙羅はまた 盛大にため息をついた 今日は誕生日なのに 鈴音は作年亡くなって任期をおえられた 叔母巫女 八重の墓参りか留守だった その後任が沙羅なのだ わんっ 桂らしき声がする 鈴音かな? 沙羅はちょこっと顔を出して挨拶した 「おかえり」 「ああ沙羅いい所に  今日は巫女姫が誕生するって大騒ぎよ」 巫女姫? 巫女じゃなくて姫? 特に聖別された巫女だけが成るとされた巫女姫? まさかね 「長老様の星見によるとね 太陽と月がかさなった皆既日食がくるらしいの」 「皆既日食」 「 今日の正午らしいわ つまりねこの日に巫女を継ぐものは巫女王となる姫なんですって」 あまり信じてないけれど 聖なる湧き水の宿る 泉を探して鏡として星の後先を占うことがゆるされているのが 巫女王だ沙羅は巫女にはなりたいけど 聖なる泉なんてどうでもよかった この日までは そうこの日までは 2 「沙羅 巫女としての装束は確認した?  袴の飾りは八重様の玉の玉飾りをつけなさい」  鈴音はテキパキと指示をする 白い糊の聞いた巫女服に着替えると 沙羅は断髪用の鋼の短刀を懐に差し入れた おねーちゃん ばたばたと多々良がかけてくる  これ持ってって どこで買い求めたのか水晶の小瓶である 沙羅双樹と言われる花の香油とされていて 目玉が飛び出る程の価格のはずだ 「多田羅これ」 「おねーちゃん沙羅でしょだから相応しいと思って  奮発しちゃった」  これは泣くしかない  沙羅は涙がこぼれるままに 多田羅の頭をだきしめる 「ありがとう多田羅」  沙羅は玉飾りをひきしぼると  挨拶をかわした  同じ村には住むのだが  巫女として  屋敷があたえられている そう気安くは戻れない  親の今際にすら立ち会えない覚悟をもって水神につかえる  俗に言う水神の妻  悪く言えば生贄だ  優しい水神様と伝え聞くが  大嵐の日  大水を出したことから  恐れの対象になりつつあった  沙羅は祭壇へ望む前に1度だけわがままを言った 「父様の墓参りに行かせて」  顔すら肖像画でみるだけの父だが  鈴音と父が結ばれなくては沙羅も多田羅も生まれてない父である 男は大嫌い でも長老さまと父は別格である 「言ってはダメよ 穢れを持ち込んでしまう 巫女就任の暁には俗世をふりかえることすらできないわ」 冷たい鈴音の物言いに  沙羅は水神様を恨みこそした  沙羅は唇を強く噛むと  痛みとともに涙を飲み込んだ 「さあ行きなさい」  鈴音に背を押されるままに  沙羅は家を出た 「巫女姫万歳」  近所のおばさんであった人が白い花びらを散らしかける 「巫女姫万歳」  いたずらっ子の悪ガキであった  太郎が花をくれた  俗世を離れる  それがこんな重荷になろうとは  沙羅はたまらず祭壇へと駆けた 「巫女姫様」 「巫女姫様」  皆は過去の鏡の巫女が欲しい訳ではない  大水をおこした水神の生贄にしたいのだ  沙羅はそう信じた  信じてしまった  草履と足袋が汚れるのも構わず  祭壇にのぼった 「沙羅」 「顔を拭きなさい」  白に藍の絞りの手ぬぐいを  長老は差し出した  きづくと涙まみれであった 「水神様が御怒りになる」  しずかに  水鏡に映る自分を見つけて沙羅は撃沈した  まさに涙まみれ  化粧は落ちお化けのようだった 「巫女姫よ」  空を映した水面の底から深い声が聞こえてきた 「お前は余の巫女になるのは嫌か?」  声の主に沙羅はうなずいた  うなずいてしまった  そのとたんだ  村の端から奇声が上がった 「魔物だ!化け物だ」  村人たちが逃げていく  絵巻でしか見た事のない魔物が近所のおばさんの背を裂いた  鮮血 鮮血  沙羅は身動ぎすら出来なかった  そんな馬鹿な  魔物はとうに封じられたはず 「逆らうものには 死を」  声は言った 「やめて!やめて」  太郎の首を魔物が食いちぎった 「ありえない」  沙羅は膝からくずおれた 「巫女よ」  もう返事をする気力は無い  周りは魔物が虐殺を繰り返す阿鼻叫喚の広場とかしてしまっていた 「沙羅」  鈴音の声 「ダメ!来ないで」  声が出ない  バシュ  魔物の爪の一閃に鈴音の喉は裂かれた いやあっ  沙羅は髪をかきむしった 「お前の村を滅ぼしてやろう聖なる泉を探せ  そして鏡の皿に注いだ時お前の罪をゆるしてやろう」  声はそう言ってきえていった 「沙羅」 「長老様」  沙羅は立てないでいた 「これは水神様のおいかりじゃ  そなたの身で贖うしかあるまいよ」 「人殺し」  聞きなれたはずの あの声が  沙羅の耳を裂いた 「人殺し」  沙羅は首だけを動かす  そこには冷たくなった鈴音と桂の体を抱え血まみれになった多田羅がいた! 「出ていけ!人殺し」  今度は花の代わりに石が投げられた  でてけ  村人が唱和する 魔物の群れは声の消滅とともに消えていた 沙羅はがくがくと震える足でたちあがると  投石に当たりながら村を出た でるしかなかった     3  村をふらりと出て その背に「人殺し」の言葉はなおもつきささる 沙羅は駆け出した あてがあるでない林に逃れ 断髪の短刀で喉を裂こうとした 背後に足音があることすら気づかなかった  ざっー  短刀の切っ先が まさにその首を裂かんとするとき  古布でまかれた手が沙羅の手を止めた 「まちない」 この声この匂いおぼえてる たしか たしか 盗賊の親玉 「甲斐よーどーすんの べっぴんさんじゃないの」  ずけずけと脇によってくる男  男からは酒のにおいがした 「死ぬにゃおしいや俺の女になんな」  甲斐と呼ばれたか その親玉は  沙羅の肩を抱き寄せた  はぁ すえた匂いがする 甲斐の口臭だろうか 「さわるな!」  沙羅は立ちあがると  短刀をかまえなおした 「おーおっかねー」  甲斐は間延びしながらいった 「私は巫女だ」 「巫女さまだとよ」  右手にいつの間に盗みとったのか玉の玉飾りがゆれていた 「かえせ!」 「おーおー」 甲斐は面白そうだ  顔はすすに汚れ 服は 最早ボロきれだ 「おじょーちゃん  頭あ 冷えたかね? 俺らは 物は盗るけど 殺し はしねえ それが 女が 血まみれで 駆けてます 死にますってんじゃ どーぞとは いくめぇ  俺らの筋とおさせてもらうぜ」  物騒なもん くすくす笑いながら  いつの間にか 沙羅から短刀まで盗みとっていた 「こうするんだね」  がぎり  刀身をおられてしまった  「あ」沙羅は尻もちをついた  人殺しだの  ぎゃーぎゃーいってんな  総みてきな  総と 呼ばれた少年は 太郎とそう歳が 変わらない  思い出したら泣けてきた 沙羅は わんわん泣いた 甲斐は 不思議とちょっかいかけるでも無く 見守ってくれた 「泣きたきゃ泣きな  そしたら明日がくっからよ  おー俺かっこいいこといったねー」  甲斐はひとり満足してふんぞり返った 「そしたらよ 俺の褥に来いよ」  沙羅のほっぺたを撫でる その手は何故か暖かった  沙羅は その手を取ってしまった  たよってしまった  いけないとしりつつ  両手で 甲斐の手を 抱きしめてわんわん泣いた 「何を泣かせてんの甲斐兄ぃ」  総が たったかもどってくる 「どうだった?」甲斐は振り返らず  背中で総に聞いた 「血まみれ死体だらけ  壁は1面かまいたちにやられたみたいだったね」  総が言った 「魔物か」  甲斐の目の底がぎらりと光ったように見えた 「おじょーちゃん そりゃ本物の巫女服だあね」  甲斐が乱暴に沙羅の肩を抱いた 「話してもらおうか魔物にゃぁ俺ら酷い目にあわされてんでね」 甲斐が沙羅をひょいとたちあがらせた 「いいね?」  諭すような命令するような甲斐の口調に  沙羅はうなずいた  不思議だった砕けた短刀でも死ねたのに  沙羅は甲斐を信じた  なぜだろうか  甲斐はニヤリと笑うと 沙羅の姿をジロジロ見た 「まあ そのなりじゃな物騒だから」  これを着ない!  手に持っていたのは町娘の好みそうな縮緬の着物だった  色は橙  沙羅はため息をついた  目立つよな ぼそっといってしまう  甲斐がいると頭の芯が冷えていく  冷静になれる  沙羅は松の木陰で着替えはじめた 「おっほー」 「覗くない!」  甲斐に襟首引っ立てられた 総少年が奇声をあけた 「しょうがねーな」  甲斐は鼻の上を掻きながら手ぬぐいを沙羅にほおった  「それで化粧も落としない  べっぴんさんが台無しだ」  沙羅は有難くその手ぬぐいで顔を拭いた  そして「ありがとう」と投げ返した 「なげっかねーふつー」  総少年がぼやいた 「いいじゃん!いいんじゃないの名無しちゃん 」 甲斐は豪快に笑った  第2 出逢い 沙羅は盗賊のアジトとは名ばかりの洞窟へと案内された すきま風が入りまくりの 寒い日だった  沙羅は洞窟がかげっていくのを感じた 「日食か」  甲斐が空を見上げる  ぐぅ  ということは 正午である  沙羅の お腹は 不覚にも 大きな音をたてた 「ほら嬢さん 鹿肉の干したのだけど くいねぇ」  盗賊の中の 年配者のようにみえる  歳かさの男が 鹿肉を2つばかりほってよこした 「体は 死にたくないってさ お嬢ちゃん」  甲斐が 沙羅の髪を 乱暴になでる 「……ら」 沙羅は ボソリと言葉を返した 「あ?」甲斐が聞き直す 「私は沙羅よ!沙羅双樹の沙羅」 「なんかめでたい名前だね」  総少年が甲斐に耳打ちする 「ありがたい名前なのよ」  男嫌いの沙羅にしては 珍しくキリッと視線を上げて  男たちをみた 「沙羅」甲斐が名を噛むようにして唱える 「日食中は動けねえ  さっきの巫女の儀式の話  うそはねぇな?」  うん 沙羅が頷く  視線が心許なく泳いだ 「聖なる泉ねぇ」  なんだい? 総少年が甲斐を見た 西の山の川っペリにいい水の湧く 泉があるって言ったけどあれかね?  歳かさの男はにかっとわらった  歯が所々欠けている  こんな硬い干し肉食べるからよ  沙羅は心の中で思った  鹿肉は香辛料をまぶして干してあったが  たいそう硬い 「んーん」  沙羅は噛みちぎろうとして 大層参った 「こうするんだ 」甲斐は焚き火で鹿肉を炙った  脂肪のいいにおいがする 「かじって見ない?」  甲斐はニヤリとわらった  まだ硬いが熱で脂肪がとけだして  齧っても切れるようになった 「おいしい」 「だろ」 意外だった  沙羅は西の泉のことを総少年に問うた 「ねえその泉って?」  明泉峡の近くの霊泉さ  甲斐が返した  美味い水がとれるってんで有名だよ沙羅ちゃん 「茂爺 先こすない」  甲斐が罰の悪い顔をする 「俺らさ流れもんだからな 地理には詳しいわけよ」  酒臭い男は三郎といったか  沙羅は 甲斐の優しさに触れ  まわりの皆の暖かに触れているうちに うとうとしはじめた  皆既日食だあな  甲斐の声が心地よく  遠く霞んで聞こえた  パサ  茂爺だろう男性が上着をかけてくれる 「寝ない!こわかったろ」  甲斐がポンポンと背を叩いてくれる  沙羅は遠くに父の面影を  甲斐に見ていた 「おとうさん」  沙羅がポツリそういった 「甲斐兄ぃ おやじさんだってよ」 「随分若ぇおやっさんだねぇ」 茂爺がしししとわらった 「聖なる泉が本当なら水神とやらも魔の類いかもしれん」  甲斐が言う声が遠くに聞こえた 「聖なる鏡が 本当なら 皐月を 殺したあいつの正体も暴けるかと思ったんだが」  あたりが息を飲んだ  沙羅の寝息だけがくぅくぅきこえた 「魔物だろうさ」  茂爺の声  パタリ沙羅は寝返りをうった  甲斐は「しっ」と人差し指をたてると  再び上着をかけなおしてやった 「敵討ちかい」  茂爺が甲斐をみる  甲斐はしずかにうなずいた  そして底光りがするその目を盃に映しながら  盃に満ちた酒をグイッとあおった 「そうさな もう5年も追ってる  追いつく頃さ  きっとな」  沙羅の寝顔を 見つめると 甲斐は 立ち上がった  あれは  あれは五年前  しずかに目を閉じた  当たりは真っ暗だった 2  沙羅が目を覚ますと 洞窟の壁によりかって酒を飲む 甲斐と目があった 「目ェ覚めたかい?」  この人は優しい目をする  沙羅は思った 「明泉峡いってみるかい?」  何故そこまで優しい目が出来るのだろう 沙羅は一瞬飲み込まれそうになった 優しすぎる 最初は裏に何かあるのかもと勘ぐりもした  でも  洞窟の外はもう明るかった  日食は終わったのだろう 茂爺は酒瓶を抱えて寝ているし  総少年は  丸くなって焚き火の傍で寝息をたてていた  三郎は?  あれ? 「三郎さんは?」  「兎狩りに行ってらあ」 盃をあおると甲斐は言った 「寒いしな体をあっためるもん作らねえとな」 実はこれは野ぐらしに慣れてない沙羅への気遣いだったりする 沙羅はにっこり笑った 「私なら気を使わなくても」  少しだけ甲斐の気持ちが理解出来た 「んにゃ明泉峡目指すにゃ体力つけねぇとな」  甲斐は嬉しかったのか歯を見せて笑った 「ねぇ」  沙羅は甲斐の語尾を拾う 「甲斐さんは寒くないの?」  甲斐の纏っている着物は最早ボロボロだった  総少年や茂爺 三郎に比べて年季が入っているものと見える  きょとんとした甲斐だったが 甲斐は声を立てて笑った 「わけぇのと年寄りにゃ良いのきせてやらんとな」  ケラケラ笑っている  沙羅は少しだけ甲斐という人間が分かったような気がした  「甲斐兄ぃ」  のっそりと三郎が現れた 「今日の成果はこんだけかね」  と兎を3羽ほどほおって寄こした 「沙羅ちゃん」  甲斐が言った 「今夜はご馳走だあね」 「さばくから待っといてな」  三郎がいそいそと兎をさばきにかかった 「おっと」甲斐が沙羅の目を覆った見ない方がいい  きっと残酷な 死を 見た沙羅を 気遣ってのこと 「血抜きせにゃならんでね」  沙羅はその配慮が嬉しかった 「三郎よ!血抜きは他でやんない」 甲斐は優しく言ってくれる 「あいよ」三郎はのそのそと行く  甲斐が沙羅の目の覆いを退けた 「いろいろあったろーが 少し休んでから明泉峡へ向かうかい?」  そう気づかってくれる  沙羅は首を振った  すぐにでも向かう!  その覚悟だった  甲斐はちょっと驚いたようだったが  目を細め笑った 「いいねいいね!沙羅」  その時沙羅ちゃんから  沙羅に昇格したのを沙羅は知らなかった  でも耳の裏がこそばゆいような感覚だった   3 「おいしっ」  沙羅は兎肉を頬張ると飛び上がった 「そうかい?」  茂爺の料理の 腕前は 料理人並だと沙羅は 思う 「ニラが生えとったから ニラとな兎さんを味噌で煮込んだだけだよ」 本当はちがうのではないか?  そう痛感させるほど茂爺の兎鍋はおいしかった 「出汁は兎さんの骨さね」  しししとわらいながら 茂爺  沙羅は嬉しそうに目を細めた 「美味しい美味しい」  嬉々として食べる沙羅をみていた甲斐は ヒョイっと顔を出した 「どおれ」  親玉なら 真っ先に食べるであろうに あとから来る  そんな甲斐に 沙羅は 好感を覚えた 「お!こりゃあ旨い」 「でしょ」  と沙羅  総少年は 腹が膨れたのか寝息をたてはじめている 「寝る子は育つってな」  甲斐がわらった  三郎は 鹿肉の干したので 晩酌を決め込んでいる 「沙羅ちゃんのんでみるかい?」  と茂爺 「安酒だがな身体をあっためるにはちょうどいいよ」  盃にいっぱいついでくれる  沙羅はぺろと舐めてみた  強い!体がそれだけで かっと熱くなる 「おいおい茂爺 沙羅にはきつかろうよ」  甲斐がすっと 盃を取り上げて飲み干した  でも顔色すら変えない  沙羅は目をぱちぱちと瞬いた 「強いのね甲斐さん」 「おおよ」と三郎  もう完全に出来上がっている 「甲斐兄ぃには誰もかなわんもん」  ヘラヘラとしている  沙羅は 少しだけ 甲斐と周りの3人の 絆の深さを知った気がした 「さぁて明日は早い寝るかね」 「おいおい 甲斐よ あんまり食うてなかろ食べないと山越えはキツいて」  茂爺が諌める  少し急いている?  沙羅は甲斐の目をのぞいた 「ん…まあな」  甲斐が箸を進めた 「ちょいと事情があってな」  沙羅の視線から逃れるように甲斐は食べ始める 「もういいんじゃないかい?甲斐」  茂爺は何を咎めたのか沙羅は知る由もなかった     朝  沙羅は総少年がくすねてきたと思しき つげの櫛をつかって髪をすき結い上げてしまった  本来なら今頃は断髪の儀式を終え  短髪のはずだった  でも沙羅にも未練はあった  自分の髪は好きであったし  男嫌いにしても 自由に生きてもみたかった  その未練が村人を そして最愛の母を殺した  沙羅の目から涙があふれた 「どうしたの沙羅姉?」  総少年はそう呼ぶ 「いいから」  甲斐が総少年を諌めると  沙羅の手を引いた  そしてだきしめてくれる 「泣きない 思う存分な そして流しちまったら戻ってきない」  せっかくといた髪をかいぐると  甲斐は離れていった 「待ってよ甲斐兄ぃ」  総少年がかけていった 沙羅はぐしぐしと目を擦る  やさしいなぁ  と思う  男なのに?  不思議と甲斐には嫌悪はわかない 「甲斐…甲斐さん」  沙羅は口に出してみる  きっと あの顔に付いた すすをぬぐったら? 「?」  甲斐は 不思議と身綺麗に していた  沙羅は 小首を傾げると たったと甲斐に近づいた 「甲斐さん着物?」  甲斐は豪快に頭をかいた 「あーなんせな心配してくれる べっぴんさんが出来たからな」  にかっとわらった 「おー!そりゃ女房ってもんだ!」  三郎がからかった  沙羅が一気に真っ赤になる 「おいこら!」  甲斐は 諌めようものなのに 共に真っ赤になっている 沙羅は クスッと笑って肩を竦めた 「まぁいいか」  甲斐は鼻を擦ると荷を背負った 「荷物」  総少年ですら荷物を持っているのに 沙羅には小ぶりな巾着しかなかった  中には化粧の紅やらおしろい くしのみ  それは流石に申し訳ないと沙羅が進み出た 「あ…そうさな後で洗濯でもしてもらうかね」  甲斐がわらった   第3 山越え  沙羅の息は もう上がっていた 山の入口に入っただけなのに  沙羅は後悔した  甘かった 野ぐらし 山暮らしになれた男の脚にかなうわけはない 「はぁ」このままでは確実に足でまといになる  沙羅が汗を拭うと 不意に背負い上げられた 「ひゃ」  思わず悲鳴が漏れる  甲斐だった 「少し黙ってない舌噛むぞ」  諌めるように言って  甲斐はひょいひょいと山道を越えていく  沙羅という大荷物があるのにだ  沙羅は目を白黒させたが甲斐に従う事にした  すごい  沙羅は甲斐の着物の下に息づく筋肉が 無駄なく動くのを感じた  これが男性なのか  沙羅は野蛮だなんだと決めてかかっていた自分を悔いた 「降ろして甲斐さん」  やっと口を開いた時  山の中程まで一行は来ていた  沙羅はようやく地面に降りる 「甲斐さん洗濯物ください汗かいたでしょ」  言うだけ言って振り返ると  目を丸くした  甲斐が上半身半裸で体を拭いている  その筋肉質な体を見て沙羅は耳まで赤くなった 「なんだいうぶいね」  三郎にからかわれ  沙羅は更に赤くなる  もはや怒って赤いのか照れて赤いのか はたまた  甲斐の見事な半裸に上気させられたのかわからなかった 「すげーだろー甲斐の兄ぃは」  三郎がなぜだか自慢げだ 「あっあの…えっと  せっ……洗濯物」もごもご言ってさらに赤くなる 「おいおい 揶揄うない 沙羅気にすんな」  だってだって  もはや沙羅の脳はフル回転だった  初めて好意を持った男の肌  沙羅がまた目を伏せた  あの体に今まで背負われていたなんて  意識しすぎなのは理解できるが これは反則だった 「もういいよ」  甲斐の優しい声音に沙羅は目を上げた  甲斐は着物を着こみ手ぬぐいを沙羅に渡す 「洗ってくんない」  否 これもまた反則だ 今まで男の肌を 拭っていたものだし 沙羅は慌てて落としそうになったが はっしと手ぬぐいをつかまえた 「沙羅姉だらしねぇぞ!甲斐兄ぃの嫁になるんだろ?」  もはや何を言われてるのか理解出来ず  沙羅は川へ走った 「おいよー飛び込んだりしないだろーね」  茂爺の呑気な声が追ってくる  わっはっは  甲斐が笑った  もう!もう!  男の人ってば!!  沙羅は 川に手ぬぐいをつけた 石鹸はさっき三郎から 貰っている  なんでも南蛮渡来のものらしい  沙羅は冷たい水に手をつけて 頭を冷やした  冷静にならなきゃ!  沙羅はゴシゴシと手ぬぐいを擦りはじめた  手が擦りむける程に擦って 沙羅はようやく納得がいった  ぱんっ  手ぬぐいをはたいてのばし  来た道を戻る  そう戻りかけて  ジャリ…と玉石をふむ音に振り返った  グルル  黒い獣!  熊だ  沙羅は背を向けようとした 「向けるな沙羅!そのまま」  甲斐の声  沙羅は腰を抜かした  おっと!  甲斐が割って入る 「大丈夫だ」 「大丈夫!そのまま下がれ  静かに静かに」  「山の獣にしちゃ俺らがよそもんだ」 「はい」  甲斐の声を追いかけて沙羅はさがった 「すまねぇな熊さんよ」 「帰るからさ許してくんな」  しかし熊は甲斐に牙を剥いた  があっと大きな口を開ける  爪が甲斐に振りおろされる瞬間  甲斐の懐から短刀が飛んだ  いや 正しくは甲斐が放ったのだ  それは見事に熊の眉間を捉え熊は絶命した  どぅ…… 熊が倒れる 「荒事にはしたかあなかったんだが」  甲斐は短刀を抜くと懐紙で拭った  その動きが何故だか侍めいていて沙羅はおもった  甲斐はもしかして  つぶやいて沙羅は駆け寄った 「甲斐さん怪我は?」 「ねぇよ」  優しい笑顔を向けられると どうでも良くなってしまう  沙羅は思った  と…川の対岸に小熊が1匹 「冬眠出来なくて食いもんに困ってたんだろ」 「あ」  沙羅はハラハラと涙をこぼした 「救ってはやれねえな  やっちまったら責任はとれねぇ」  甲斐は沙羅の肩を抱いた  そして川べりを上がる 「兄ぃ?」  泣く沙羅を見て三郎がとう 「熊だ眠れなかったんだろ」 「小熊が」 「自然の摂理だしょうがねぇ」  甲斐が沙羅の肩を抱く手に力を込めた  小熊は親熊を食って生き延びる  甲斐は告げた  沙羅が息を飲む  それしか道は無い  沙羅は大きくうなだれた   2  山の掟の残酷さを思い知った沙羅は  覇気もなくとぼとぼと歩いた  それを見かねたのか甲斐は 「ここらで野宿するかい」  と号令を飛ばした  三郎が良さそうな場所を探しに行く  総少年は沙羅を気遣ってかそばに居た 「沙羅」甲斐が諭した 「つらいか?」  沙羅は頷いてから頭を振った 「ううん 大丈夫です」 言語が紡げない程に沙羅はよわっていた 「良し!じゃあほら」甲斐は木の上を指さした  きょときょととこちらをうかがう リスと目が合う 「あ……」かわいい  沙羅の口元がゆるんだ 「あんなのもいる」  リスは甲斐の手からクルミをもぎとると  たったと木を登る 「かわいいだろ?」  普段は警戒して降りてこないリス  それなのに甲斐の元には降りてくる  不思議  沙羅は思った  この人は?呪い師なのだろうか  そうおもってクスッと笑った  ……ガキの頃は山歩きの甲斐坊とよばれててな!  胸を張る 「山歩き」沙羅が想像する  きっと可愛かったんだろう  と雀が沙羅の傍の枝にとまった 「美味そうじゃん」  と総少年  げいん!と甲斐からゲンコツをもらう 「アホか」  沙羅はくすくすとわらった 「いてーな甲斐兄ぃ」  総少年が口を尖らせた 「容赦ないねぇ」  茂爺が薪を拾って戻ってきた  沙羅は声を立てて笑うと  ほぉっと息をついた 「ありがとう甲斐さん」 「甲斐でいい」  甲斐はふっと口許を緩める  ああ この人は  どこまでも優しいのだ  沙羅は思った 「甲斐」  呼んでみる  ん?甲斐がふりかえった 「なんでもない」 「あ……?」  茂爺と総少年が顔を見比べる  なんだい?  三郎が戻ってきた 「いい雰囲気じゃねーの」  ぷっくり頬を膨らます 「なんだい三郎!嫉妬かい?」  茂爺が肘で小突いた  沙羅は更に笑った  甲斐はそれを見て目を細める  少し眩しそうだ  そして少し寂しげに目をそらす  沙羅はふと甲斐の視線を拾った 「甲斐?」 「ちょっと思い出してな」  甲斐は昔の想い人を沙羅にみてしまった  皐月  甲斐が呻いた  苦しげな苦鳴に満ちた その声しかし  気づいたのは きっと風ぐらいなものだろう  沙羅は少し心に棘を感じた  甲斐に秘密がある  それは見ていてわかる  ただの盗賊にしては人ができている  礼儀も知ってる  親玉と言っても威張らない  帝王学を学んだ  きっと良い家の出なのだ  だのに何故?  盗賊になったのか?  沙羅は 聞こうか迷った  しかし聞かないことにする  きっと聞いてもおしえてはくれない  時が来れば話してくれよう  そう思って沙羅は手を握りしめた  それが甲斐に出来るせめてもの恩返しだった   3  一行は屏風岩を風避けにして薪を組んだ 火打石で火をつける  沙羅は洗濯物を干した  茂爺がいつもの料理番だ  沙羅の胸が期待に踊る  今日はなんだろう  あんな思いをしたのに  不安は不思議と感じなかった 「沙羅」  甲斐が軟膏を取り出した  そして沙羅の手にすり込む  沙羅ふと甲斐の目をのぞいた  身長差はあるものの こうして甲斐と触れ合っていると 心の闇が晴れていく 「どうした?」  甲斐がわらった 「なんでも」  沙羅は首を振る 「ま……いいさ」  甲斐は優しい  あくまでも優しいのだ 沙羅の胸の奥がきゅ……となった 「これであれねーだろ」  そこまで力いっぱい  ぽむと沙羅の頭を叩いた 「洗うこたあねーからな」  ばれていた  沙羅が耳まで真っ赤になる 「ふ……」  甲斐がわらった 「本当に似てるな」  口走って甲斐が目を見開いた  しまったとでもいう風に 「え……」 「いやすまねえな」 「沙羅の仕草がある人に似ててな」  甲斐があからさまに誤魔化そうとしている  沙羅は ここで追及するのはやめた  甲斐には甲斐の理由がある  きっとその方が良いはず  甲斐は沙羅が追及しないのを知ってほっとしたような  それとも少し悲しいような顔をした  そこまで似なくても……そうおもったのだ  皐月  甲斐の苦鳴がまたひとつ風に消えた    第4章 亀裂  一行は山と山の峡谷へと入った 「ここを下ったとこだ」  総少年が身軽に岩場をおりていく 「明泉峡」 目的地はすぐそこなのに 沙羅はさみしかった 着いたら離れ離れになってしまうの?  そしてあの村へ? がら……  上の空で歩いていた沙羅の草鞋が岩を蹴り落とした 「気をつけろ沙羅落ちたら怪我じゃすまない」  甲斐が沙羅の腰を抱いた ドクン  沙羅の心臓が脈打つ  もっと抱かれたい!  抱きしめられたい  女として見て欲しい  沙羅は1歩おり  2歩降りて  息をついた 「どしたい?」 甲斐が覗き込む 「いき……ない?」 「ん?」 「行きたくない」 「沙羅?」 「何言ってんだい今更」 三郎が声を荒らげる 「待っとくれよ沙羅姉ぇ」 沙羅姉 沙羅はかぶりをふった 「いや!」 「もういや!」 甲斐が抱きしめてくれた 「わかった」  兄ぃ!  三郎が叫ぶ 「皐月さんがうかばれねぇ」 そこまでいって三郎は1m後方へとばされた  甲斐だ  甲斐が憤怒の表情でそこに立っている 「皐月さん?」  三郎は土ぼこりを叩きながら 沙羅を見上げた 「もういいだろ兄ぃ話してやった方がいい」  唇を切ったのか三郎は口元から出血している 「沙羅ちゃん甲斐はな」 「茂爺」  甲斐の背中が怒気でふるえている 「いうない!」 沙羅はぶるりと寒気がした こんな甲斐は初めてだ 「甲斐?」 「沙羅聞くな」 甲斐の背から怒気が立ち上ってみえた 「でも」 「沙羅頼む」  甲斐の背中は怒りでか悲しみなのか震えている 「今は聞かねぇでくれ降りきったら話す」  甲斐は沙羅を振り返った  微かに涙が溜まっている   「甲斐……」沙羅はおもった  甲斐はひどく悲しい思いをしたのだ  それをいえないでいる  沙羅は降りることを決断する  甲斐が甲斐自身が なぜだか明泉峡を そして聖泉を求めている  ならばいくまで!  きりっと唇を噛むと 再び降りはじめた   2  崖下に降りると甲斐は沙羅に頭を垂れた 「ゆるしてくれ」 「沙羅」  心をこめての甲斐の謝罪  沙羅は甲斐を抱きしめた 「沙羅」  甲斐が抱きしめ返す 「お前はきっと俺を許せない」  沙羅は甲斐の腕の中で激しく首をふった 「いいの!教えて!ねぇ甲斐」  何をそんなに?  嗚呼  甲斐は息をもらしながら  沙羅の髪をなでる 「お前はいつも安心をくれる」 「そしてその仕草がまるであいつなんだ」 「あいつ?」 甲斐がうなづいた  俺がいた里でもな魔物の群れが溢れ出したんだ  そして俺を庇って  皐月は死んだ  血を吐くような言葉  だがな  魔が何者に呼び出されたのかが分からない  俺は手がかりを探して5年彷徨ってる 「敵討ち?」  沙羅がとうた 「嗚呼」  そして沙羅の髪を撫でる手をとめた  ……とっても明るくて純粋で真っ直ぐな奴だったんだ  甲斐がごちる  沙羅は目を上げようとした  しかし甲斐に頭を抑えられてしまう 「見ないでくれ今の俺は最悪だ」  甲斐つづけた  ……好きだったんだ 夫婦の誓いも目前だった 「…………………………」  沙羅は胸に鋭い痛みをかんじた 「そしてわからぬ犯人を追うために聖なる鏡をもとめた」 「そこへ沙羅お前だ」  …………聖なる巫女 「すまない利用した」  甲斐は沙羅を放すと土下座した 「許せ沙羅」 「ううん何かあるのだろうなと思ってたし  いずれ言ってくれると思ってたから」  沙羅は甲斐の頭をポンポンと軽くはたいた 「私のことも許してくれた  甲斐を許さないなんてないよ」  ……明泉峡についたら泉の守護神を呼び出す  そして水をいただく  目的の聖泉であればだ  そして村へとかえり神殿の皿に  水を満たしそれから  私は巫女して死ぬまで祈りを捧げる  そして甲斐とはふれあうことすらできない  でも  沙羅は決然と視線をあげた 「いこう!」  沙羅は告げる  聖泉へ  甲斐はそんな沙羅をみつめて眩しそうに目をほそめた  そして涙が一雫甲斐の頬をつたった  甲斐と沙羅  2人の歯車は今回り始めた  第5章 愛そして血  沙羅神聖な気がみちているのをかんじた  そしてコポリコポリと水が湧く音  沙羅は駆け出した これだこれに違いない  聖泉だこの先に!  ひらけた先に  清らかな水を湛えた美しい泉があった 「沙羅」  少し緊張気味な甲斐 「大丈夫」  祈って 手をかざすと水面が 波紋のように揺れ1人の美しい人があらわれた 「誰じゃ 」美しい人が冷たく言い放つ 「巫女です鏡の」 「ほぅ……ほほほほ」  出来損なった巫女がいると水神にきいたが  そなたかえ?  ざんねんだねぇ巫女とやら 聖なる姫が求めるはここではないわ  もうそなたのなかにある 「心の臓さね」 びくり…… 甲斐が片眉を上げた 「聖なる泉とはの姫巫女の心の臓のことなのだえ」  心臓をえぐりだして水神の皿に捧げる その血が聖なる泉なのだえ  主にそれができようか?  そこの男子  知りたいのでは無いのかね  恋人を手にかけた 魔物の主を 聖なる巫女の 心の臓 その血を通してみるがいい  ざ! 甲斐の一閃が 女神を引き裂いた 「ほーっほっほっほ」  女神は消えてゆく 「残念よの 添いたいと 思いあった相手が 2人も!  そなたのためにふふ」  甲斐は動揺のあまりガタガタ震えている 「大丈夫!大丈夫甲斐!」  戻ろう!  沙羅はまるで嬉々としているように見える  甲斐気づいていた  沙羅はやる気なのだ  自分の心の臓をえぐりだし捧げる気だ  そんなことはさせない!  甲斐は 沙羅を抱き寄せ 口付けた 「……!」 「させねぇ 沙羅 お前まで死んだら俺はどうすればいい」 「やっと……やっと会えた皐月を超える想い人なのに」  甲斐は何度も狂ったように口付けた  沙羅の吐息が漏れる 「甲斐やらせて」  だめだ!  甲斐がきつく沙羅を抱いた 「頼む置いていかないでくれ」  懇願にも似た接吻が沙羅の首筋におりてくる  巫女の鉄則は乙女だったな今ここで!  甲斐が押し倒そうとした時沙羅の平手が飛んだ  落ち着いて落ち着いて甲斐  強く諭す瞳  逃げようとする甲斐の瞳を真っ向から絡めとる 「落ち着いて」  ね……と沙羅は笑った  私には使命がある  戻ろう 「甲斐よお前の負けだ だがな儂らが巫女には ついてる」  無駄死になんてさせんよ  甲斐兄ぃ総少年が優しく甲斐をよぶ 「行きやしょう兄ぃ」  三郎は一振の刀を甲斐に投げた 「儂らがまもろう」 「なんてったって甲斐兄ぃのよめさんだからな」  ばしっと背中を叩いてやって  総少年は沙羅の手をとり甲斐と結ばせた  戦いましょう  5人は 再び崖を這う木の根を足場に 上がり始めた  沙羅が いちばん危なっかしいので最初である んっしょ!  沙羅は登りきり下から来る4人に手を貸した  最後は甲斐であった  甲斐は無言で悲しげな眼差しをなげてよこしたが  沙羅の手はとらなかった  自力であがりきって 沙羅を一瞥する  勝手に死ぬな  それだけいうのがやっとであった  第6 愛と血と  一行はようようにして村の近くにもどってきた  ところが魔物が蔓延る巣窟となっていた 「しゃーねーやいっちょあばれますかい」  三郎が刀を抜いた 「ああ」  甲斐は沙羅を逃すまいと沙羅をみつめている 「大丈夫 今はしなないから」 「だめだはなさねぇっ」  沙羅を片腕て抱き寄せると  魔物と対峙した 「甲斐ってば!」 「いやだ」 はあ 沙羅はため息をついた  男の人って子供っぽくもなるのね  甲斐の鍛えられた体に身をおしつけられながら  沙羅はふと 父が歌っていた歌をおもいだした  ふとうたってみる 「沙羅歌ってる場合か」  甲斐の頬を鎌鼬の鎌が裂く 「ちっ」  甲斐が身構えた時沙羅の体が発光した  ぎいっ  鎌鼬が一瞬にして灰になる  そう赤ちゃんの時に  顔しか肖像で知っただけの  あの父の残した歌だ ―――――――― 沙羅は声音を上げると歌い続けた  ぎいっぎいと言いながら鎌鼬は砂にかわってゆく  そして甲斐の頬も 三郎の腕の傷すらも消えていた 「沙羅?」  甲斐がようやく沙羅を解放した  たたかえるかもしれない!  甲斐の目付きがかわった!  神だろうがなんだろうが  倒してやる  甲斐が刀を鞘におさめると  みんなに詫びた  わるかったな暴走して 「兄ぃ」三郎が甲斐にだきついた  甲斐兄ぃ  総少年も飛んでくる  茂爺だけがちかくで笑っていた  とその背後から魔物が爪を振り下ろした  茂爺の体がつらぬかれる  茂爺!!  甲斐がかけよった  そして一気に魔物の首を切り落とす 「茂爺」 沙羅はどくどくと脈打つ茂爺の傷を手で覆うと  歌をうたった  しかし出血が酷い  このままではまにあわない! 「若 若君」  甲斐が茂爺を膝枕してやる 「その呼び方をするな茂爺」  沙羅が祈りを込めて歌う  出血はすくなくなってきているが  茂爺の体力がもつだろうか ――――――――  沙羅の声音が最高潮に達したとき  茂爺は息をひきとった  間に合わなかった  沙羅は茂爺を抱きしめるとわんわん泣いた 「茂爺」  皆ともにうなだれ英雄の死を悼んだ  そのとき沙羅の懐から多田羅からもらった  沙羅双樹の香油が落ちた  水晶が砕けて消える  香油のにおいが辺りを包んだ時  茂爺の体が発光し始めた 「茂爺」  沙羅はまたあの歌をうたった  たすかる!  茂爺はたすかる  甲斐が沙羅を止めようとした  その時  茂爺が「ぷはぁ」と息をすった 「まさか」  三郎である 「まさか茂爺!」 まさかだろ? 「あーいい匂いだけど こうキツいとあたまがいたくなるね」  茂爺が憎まれ口を叩いてのそり おきあがった  甲斐が沙羅を抱きしめる 「ありがとう」  茂爺の死をいたんでた涙顔が 今度は喜びの涙顔に変わっている 「鼻水」  沙羅が手ぬぐいで甲斐の顔をごしごしとふく 「なにが出来損ないなもんかい」  三郎が沙羅に抱きつこうとして甲斐ににらまれた 「あーおっかねー」  一気に3歩ほど下がって舌をだす三郎 「大丈夫!兄ぃの嫁さんには傷1つつけませんよ」  三郎が刀を抜くと  振り向きざまに魔物の首をとった 「当たりだな水神は魔物だ」  ぴくり  沙羅の体が震えた   2  一行は 魔物を倒しながら 神殿へと向かった!  そして湖を見た時  沙羅は 身震いした 湖が 血の色に満ちていた  そしてそこに居たのは龍  本来なら青い龍と聞くが  血にぬめったその体は真紅に染っていた 「おそかったな巫女姫」  龍が声をはっした  あの声だ 「村人は全員はらのなかだ のこるは沙羅お前の心の臓だけなのだよ」  湖をみると  着物の人間の背がいくつも浮かんでいる 「さあ!心の臓を早く」 「わかったのであろ」 「させるかよ」  甲斐が沙羅をかばった  絶対に  のこる3人も沙羅を囲う  沙羅歌え  甲斐はいった  こうして聖戦ははじまった  第7 聖戦  甲斐が跳んだ  跳んで龍の腹に1太刀あびせる  しかし硬い鱗にはばまれて  傷すらつかない  沙羅は祈った  水神にではなくアマテラスにだ  かっ!天空が煌めいた  光の矢が降ってくる  やっぱりだ  ここは神界に1番近いところ  水神を名乗っていた龍はここを根城として天空の神々を圧してきたのだ  沙羅の手に光の矢の錫杖がおちた! 滅びよ錫杖をガシャンと鳴らすと  水神 いや もはや龍はぴくりと目を沙羅に向けた  食らってくれようか!  長いからだを伸ばして沙羅の首を狙う  がきーん 錫杖が龍の牙を受け止める  普通の鋼や飾りの錫杖では一発で碎ける しかし沙羅はもちこたえた  そして舞うように  龍の眉間に一撃みまった  思った通り龍は後じさり  錫杖から離れようとした  甲斐が刀の切っ先を龍の額に向け振り下ろした  ばしっ  龍の前足が甲斐をたたき落とす 「――――――」沙羅は歌いながら今度はスサノオにいのった  甲斐の目の前に装飾も美しい一振の刀かあらわれた 「草薙剣」  沙羅は「どうかお力を」  願って手印を切った  体が自在に動く こんなこといままでなかった 「やーーっ!」  錫杖よ砕けよとばかりに龍の額に突き立てる  ぐぅおおおおおお! 龍が体を反らせ呻き声をあげた  甲斐は草薙剣をとると  龍の首を薙ぎ払った  ざっ  血しぶきと共に龍の首が湖に落ちる 「兄ぃ」 「若君」 「茂爺その呼び方はやめろって」 右手で豪快にあたまをかきつつ  甲斐は笑った とその背をのたうつ龍の尾がうった 「ぐっ」  あの音では骨もいったかもしれない  沙羅はかけよった「甲斐」 「くんじゃねぇ」  激しく怒鳴られて沙羅は足を止めた  やってやる!皐月を殺した魔をよんだのもこいつだ  この匂いかぎおぼえがある  それじゃあ 「仇だ」甲斐はだんっと地をけると  龍の体を真っ二つに裂いた 「あの娘は美味かったぞ」  甲斐を逆撫でする声は水底を出てさらに向かう 「この娘がよいのだろう」 食らうてくれ様  湖から首だけが沙羅にむかってすべってくる 「今ならまだ お前の心の臓でもよいのだよ」  異様に優しく言って龍がにじり寄る  さあ?さあ?どうすんだい? 龍が笑ったような気がした  沙羅は祈った一か八か  龍が返事に焦れて口を開けた時沙羅は錫杖を龍の体内に投げつけた  かっ  炸裂音とともに龍の頭が弾けた  きゃ  沙羅が尻もちをつくそこへ5人が揃った  5人とも肩で息をしているが無事である 「そろそろ逝ってくんねーかな」  三郎が刀を握り直す   2  もはや龍は滅びた 沙羅は安心したのか一気に全身の力が抜けた  そこへ光り輝く1人の美しい女神が舞い降りた 「ありがとう巫女  あなたはよくやってくれました」皆もそろそろ起きる時間ですよ」 村の惨状が拭われて綺麗に輝いている 「おねーちゃーん」  多田羅である  ばう……桂もいる  お母さん  みんな  沙羅は顔を覆ってなきはじめた  はたと沙羅はきづいた 「ねぇ甲斐皐月さんは?いきかえってないの」  聞いては見るものの甲斐は降りた女神を見つめてうなづいた 「私は天上に参ります沙羅 甲斐をよろしくね」  女神は花のように笑って  空へのぼっていった  甲斐に匂い袋を残して 「沙羅お前にってさ」  それは伽羅の匂い袋だった 「ん……でな」 「え?」 「祝言にはよべってさ」  沙羅が耳まであかくなった  甲斐が旦那さん?  そんな それはうれしいけれども 「旦那さん」 「だから甲斐でいいってば!」 2人がのろけていると  桂がよってきて甲斐に片足をあげて粗相した 「きゃあ!こら桂」多々良に追い回されて桂は楽しそうである  ふふ  甲斐がわらった  また洗いもん増えたな嫁さん!  沙羅の髪をわしゃわしゃと撫でる  これからもよろしくな! 「若君早く城にお戻りにならないと」  茂爺が甲斐をせっついた  このかたこそ  ここら一体の藩主様の跡継ぎで在られる  まあいいさ  茂爺  沙羅をひょいと抱くと 傷の手当頼むぞ嫁さん  甲斐は片目を閉じておどけて見せた 「そ…………そんなに歩ける怪我人なんてしりません」 「おや 沙羅 俺をまだ我慢させる 気か布団の上でお仕置してやる」 真っ赤になった沙羅を愛おしそうにながめる甲斐  この2人ならどんな艱難辛苦にもまけないだろう  そう思われた これがこの地方の伝説である 子孫よどうか繁栄あれ 沙羅は祈らずにはいられないのである  終了   愛の辻 第1 沙羅の夜 沙羅 沙羅……甲斐は呪文のように呼んでは口づける 沙羅はそれに答えようともがくけれど 甲斐の筋肉質な腕の中とあってはそれも叶わなかった そして愛の果てしない夜は続く 沙羅は朝 絹の黒糸のような 甲斐の髪に頬をくすぐられて目を開けた 「甲斐」 「本当によく寝るな お前は」 ふっ……と形の良い唇に笑みを のせて甲斐は笑う 「昨夜はつかれさせたか?」  僅かに意地悪に甲斐は問う 沙羅は一気に耳まで赤くなった 2人の素肌は まだ触れ合ったままだ 甲斐の熱が伝わってくる 沙羅の胸は高鳴った だから そんな優しい目で見ないで欲しい 沙羅は思った 「沙羅 朝餉の支度だ」  甲斐は自分の城に戻ったというのに 野ぐらしの癖を捨てられないものらしい 城には食事の支度をする侍女はいっぱいいるのに 茂爺の食事にしか箸をつけない 流石にお義父さまも頭を傷められている ゆくゆくは藩主として藩を継ぐもの しかし甲斐は旅ばかりしようとする  沙羅も決まって同行するのだが  彼はどうしたいのだろう いつもドキドキしっぱなしだった 「甲斐?」 「なんだ?」  甲斐の髪を束ねた沙羅を甲斐は 振り返った 「また旅にでるの?」 甲斐は沙羅以外の女は寄せ付けない  彼は色男だ  役者なら一枚看板だろうし  今をときめく時期藩主  女は皆ときめくだろう 「東の里に魔が出ると聞く 里人が怖がって眠れもしないそうだ」 「甲斐……」  甲斐はやっぱり甲斐なのだ 沙羅はおもったのだった  第2 仲間  沙羅の朝は少し気だるい  甲斐の夜の体力のせいだ  沙羅ふわふわしながら 朝から愛の辻の中を泳ぐようだった 「沙羅?」 「沙羅ちゃん?」 「箸がすすまんな?赤子でも出来たかね?」  茂爺がしししと笑う  沙羅はまた真っ赤になった  揶揄うない  甲斐は豪快に白めしをかき込むと  わははとわらった  たしかに夜は夜だがな  その意思表示のつもりか沙羅に片目をつむって見せた  沙羅は目線をふせる 「おいおい まさかってんじゃあないよなあ?」  甲斐が嬉しいようは  少し困ったような顔をした  沙羅はぷうぅと頬をふくらませる 「うーん」  甲斐はてれてはにかんだのか 顔をおおった 「お医者にでも見せますかい?」  と太めの三郎  沙羅はぶんぶんと首を振る 「甲斐兄ぃ」  総少年が こう見えても勉学を嗜み  こう口をはさんだ 「 沙羅姉ぇには兄ぃの夜は」  つとまらない?  そう言われるのではと沙羅は不安になった 「大丈夫だ そのうち慣れる」  甲斐がまた豪快に笑った  どこがだ!  沙羅は1人突っ込んで  焼き魚を頬張った  ああ 受難 沙羅はそう思うことに きめこんだ  昼餉の時間になって甲斐の旅の支度はととのった 「沙羅?城にのこるか?」甲斐が顔を覗き込む  確かに少し変だ  いつもなら とっくに回復している  まさかである  沙羅は少し不安になった  甲斐の放浪癖もこまったものだが  城に置いてけぼりもいやなのだ  しかし赤子ができたとなると……?  少し胃が痛んだ  沙羅のための馬が用意されて  沙羅は横乗りになった 「1番気性のやわい子ですから」  そっと下男が耳打ちしてくれた  沙羅姉ぇ?  総少年が覗き込む 「休み休みいくから」  なんだかみんなに心配をかけているようである  沙羅はすまなく思った 「気持ち悪くなったら言うんだぞ」  さすがの甲斐も心配そうである  大丈夫  昨日が激しすぎて……  それだけは口にすまい沙羅は誓ったのだった  第3 甲斐  さすがの甲斐も無口な沙羅の身を案じた いつもの沙羅なら小鳥のようにさえずっているはずである 「まさかでないのかね若」  茂爺が耳打ちしてくる 甲斐は首をひねった まさか自分の性癖が沙羅に災いしてるなどとは……おもわなかったのである 沙羅は ちらり……ちらりと一同に気にされているのに気づきながら  それでも無口であった  いや……  29の男盛りとはいえ  夜伽がこれ程とは思うまい  甲斐との夜ははげしかった  ここらで昼にするかい! 甲斐が言って  握り飯を沙羅に寄越した  沙羅は重い腰をなだめつつ馬をおりた 「大丈夫かい?沙羅姉ぇ」  総少年が案じてくれる 「うん!」  沙羅は握り飯を無理に頬張った  茂爺の握り飯には定評がある  大きくて  ゴマをまぶした豪快なものだ  海苔など巻かず  山間で取れたものをつかう  野草などの採取もてなれていて  沙羅の憧れるほどの料理人だ  沙羅は美味しいと思えたがやはり体調はへんであった  肝心の巫女がこれでは役にもたたない  甲斐の足手まといになりはしないか  岩に腰掛けて  がっつりと握り飯に齧り付いている夫  沙羅はやはり この男甲斐が好きであった 整った目鼻は勿論  日に焼けた肌そして熱い口付け 沙羅は 甲斐との夜を想像してまた耳朶まで朱にそめた  甲斐を眺めて赤くなっている沙羅をみて  三郎はちょいと意地悪心をおこした 「なんだあ沙羅ちゃん!若に当てられただけかいな?」  わざと素っ頓狂な声をあげてみる  沙羅があかくなり過ぎて  握り飯を転がしそうになった時  ごつんと甲斐の拳骨が三郎の頭にふったのだった 「バカかお前は!」  甲斐が心做しか呆れながら沙羅を覗いた 「気にすんな沙羅 いい お前はそれでいいんだ」  甲斐の優しさにまたも当てられ  沙羅は赤くなった 「あー兄ぃ 火に油ってしってる?」  と総少年 甲斐は頭をかいた 「いやぁ」  照れているのか耳が少し赤い  沙羅は握り飯の残りを頬張ってしまうと  馬の背に乗った  もう男の人のからかいには乗るもんか!  ぷうぅと頬をふくらましている 「すまなかったな」  甲斐は馬の手綱をとるとボソリといった  沙羅はやはり そんな甲斐が好きなのだった  第4 魔 一行は東へと足を向ける あたりは岩肌の崖である  これでは遮蔽物がない もしもし魔がいるのなら 良い的だ 沙羅はいやな予感がした 影が足元へとのびていく 生き物が焼けるような匂いがかすかに風にのった 他に野ぐらしをしている人間でもいるのか? 焚き火で肉でも炙っているのであろうか 沙羅が首を巡らせる 「甲斐……」  「ああ!」甲斐も用心している 狼でもいるのなら  出そうなものだ  甲斐は鞘走らせると沙羅を囲むように指示した 「なんだろう嫌な気をかんじる」  野ぐらしなら良い  沙羅は祈った  だが  遠く断末魔が響いた 「獣じゃないぞ若」  茂爺が顔をはね上げた 「人間の悲鳴だ」  助けて  女の声が聞こえる  そして ぎゃあと嫌な声が響いた 「戦か」  甲斐が眉をあげた  沙羅は総毛立つ 「この気配魔だ」  沙羅が馬を降りる 「感じるか」  甲斐も感じ取っているのか 声に緊張がある  と崖の上に人の姿を見た  沙羅が「あ……」とうめいた  人が降る  ど……  瞬間地面に人が降ってきた 「沙羅みるな!」  焼けこげた人である 「……う」  爛れた皮膚のすき間から炎があがっている 沙羅はまともに見てしまい  目をぎゅと閉じた  癒しの歌を歌おうにも もはや絶命している  沙羅は吐き気を覚えた 「何がおきている」 と甲斐 「見てくる」総少年が崖を上りかけ甲斐にとめられた 「行くな」  総少年は戦慣れしている  しかし今回ばかりは放てない  甲斐がギリと奥歯をかんだ 「甲斐」沙羅が空間に錫杖を呼んだ 「これ戦じゃない」 「わかっている」甲斐が空間に草薙剣を呼んだ  一行は臨戦態勢で魔の出方をまつ  空から人が次々と降り 周りは屍に囲まれていく  なんだ……!甲斐が焦れている  沙羅は嫌な気がした  このままでは殺られる  沙羅は錫杖で地を打つと結界をはった 「甘いね」  空から睨めつけるような声が降った  沙羅の体が一気に総毛立つ  魔だ  人型の魔が空に浮いている  瘴気が魔を取り巻いた  沙羅が歌った  空間がたわんで風を呼ぶ 「ふん」  魔の瘴気が刃となって沙羅を襲った  ば!  甲斐が その瘴気を切り捨てた  だが微かに その端があたり 甲斐の皮膚に火膨れができた 「ち……」  甲斐の口から声が漏れる  沙羅は回復の歌を歌うと甲斐の傷を癒した 「!」否  癒えようはずが癒えず じりじりと火膨れがひろがる 「火《か》」  瞬間 甲斐の腕を弾ける焔が包みこんだ  ちぃっ!  甲斐が堪える 「甲斐」  沙羅は甲斐の腕の焔を消そうともがく  いい!  甲斐が腕を切りおとす 「甲斐!」  沙羅の悲鳴 「ほぉ賢い判断だね」  魔がのどかに声をふらせた  このままでは瘴気に食われるものね  甲斐が吼えた  お前はなにがしたい!  自分の腕をもぐことを怒っているのでは無い  周りを巻き込む魔を攻める声音だった 甲斐とはそういう男であった  沙羅は歌い続け流れる血を止めた  そして錫杖をかざした  甲斐の腕が再生する  しかし次々と瘴気が降る  沙羅の歌が追いつかない  結界を裂く瘴気に沙羅の着物が触れる  ぼっ!  着物が燃え上がった  甲斐が着物を引き裂く  沙羅が肩で息をする 「沙羅」  魔が呼んだ  どこかで聞いた声だ  沙羅は顔を向けた 「沙羅呪わしい子」  魔の声は女?  沙羅が推測する その瞬間ばくっと刀風が吹いた  それは真空の刃となって魔を襲う  甲斐である  魔は瞬時にして消え失せる  転移したのか?  沙羅の腰が砕けた  沙羅!  甲斐は抱きとめると辺りを見回す 魔の気配はない!  甲斐が安堵する  しかし辺りは屍の山  甲斐は沙羅の意識が戻らぬうちに遺体の山を弔ってやったのだった  第5 東の里  沙羅は意識の海をもがいていた  死 死 死!  沙羅の心を魔が弄ぶようだった  死体の山  村の屍人  そして龍との戦い  そして沙羅が沙羅が……  沙羅?沙羅?  必死に伸ばした手を大きな手が包んでくれる  沙羅!  甲斐であった 「大丈夫か?」 「あ……」沙羅の目を大粒の涙が滑った 「大丈夫じゃないな」  甲斐が沙羅の頭を抱き込んでくれる 「大丈夫だから」 「皆いるから」  甲斐たちは沙羅が意識を戻す前にだいぶ東へと進んでいた  沙羅に気を使ってのことだろう  東の山間の里までは あと僅かまで来ていた 「沙羅」甲斐が呼ぶ  今 総が見に行っている  里のことだろう  沙羅はまたすまなく思った  総にまで迷惑をかけている 「いやな予感がする」  沙羅が涙を拭いた  総少年の身になにかがあったら 沙羅は立ち上がった  裂かれたはずの着物は桃色の旅装束にかわっていた  ……甲斐 「あ……嗚呼あいつらにお前の肌をみられたくなかったんでな」  やはり甲斐であった  沙羅はふ……と笑った そして甲斐の顔を抱きしめた 「ありがとう」  帯目が曲がっていたがあえてそのままにする  沙羅は本当に甲斐が愛しかった 「兄ぃ」  総少年が駆け込む  2人の体がばっとはなれた 「おーい!それどころじゃないだろ!」  総がうなだれた 「里が大変なことになってる」 「なんだ」  甲斐が立ち上がった 「里に人が居ない!血のあとがあるだけだ」 「遅かったか」  甲斐が歯噛みした 「俺が行く すまない総」  甲斐はいってたちあがった 「私も」 「姉ぇ血だらけだ行かない方がいい」  総少年が止めた  さすがの総少年も少し青ざめている  沙羅は総少年を抱きしめると歌ってやった 「ごめんね総」  大丈夫だよ! 総少年が沙羅の腰に手をまわした  総少年とてかなりの衝撃であったのだ  言葉と裏腹に温もりを求めた 「沙羅」  甲斐がよんだ 「ん……?」  沙羅が立ち上がった  弔いだ!  弔いの歌を 歌ってやってくれ  あの血痕では 誰一人として 助かっては居まい  沙羅はうたった 鎮魂の歌を 木陰を出ると  三郎と茂爺が塚をつくっていた  遺体がねぇんだ せめての弔いにな  甲斐がいった 「里には30程の人があった 子もいたし身重の女もいた」  沙羅は凄いとおもった  甲斐は全てを把握している  里人の数  有り様  そしてだからこそ 悔しい  甲斐は爪が皮膚を食い破らんばかりに握りこんでいた 「畜生 間に合わなかった ゆるせ」  甲斐が樹の幹に拳を叩き込んだ  沙羅は その背をさすった 「甲斐」  畜生……  甲斐は泣いているようだった  沙羅がその背を抱きしめる 「仇うとう」  沙羅が言葉を紡ぐ  甲斐がうなづいた  きっとだ  1000倍返しにしてやる  甲斐が再び幹を打つ  沙羅はその背に愛の形をみた    第6 襲撃  5人はここで夜を明かすことにした 魔がどこにいるか分からない以上  動き回るのは得策では無い  沙羅は髪をひとくくりにくくってしまうと  くっと顔を上げた  甲斐を悲しませる魔を許さない  1つ歯噛みする 「沙羅ちゃん」三郎が薬草鍋を取り分けてくれた 「あ……ありがとう」  沙羅は両手で受け取ると  つっと口をつけた 「美味しい」  薬草と香草の配合がとてもよい  味付けは塩だろうか 「昼間はごめんな」  三郎が頭を搔く  毛の薄い丸い頭だ 「いいのに」  沙羅はくすりとわらった  パキ……  焚き火が爆ぜた 「いやーねー沙羅ちゃんがかわいくてさ」 「なんだい?三郎告白かい?」  鍋のつくり手茂爺がしししと笑う 「ことと次第では」  甲斐が睨む 「いや妹みたいでさ若」  三郎が悲しげな目をした 「お前」  甲斐が三郎の肩をだきこんだ  三郎の妹は東の里にいたのだと言う 「許してくれ」  甲斐が三郎に詫びる  また……まにあわなかった! また?  沙羅が首を傾げた 「楓は幸せでさ若に妹みたいに思われて」  三郎の目に涙がみるみる溜まった  沙羅の胸が締め付けられる  自分だ!自分のせいだ  沙羅は思った  また足手まとい  この体調のせいで旅に遅れが出て間に合わなかった  甲斐が沙羅の異変に気づく  沙羅のまわりに瘴気が纏いついていた  呪わしい子  沙羅の耳にあの声がコダマする  呪わしい……  沙羅の前の焚き火が一気に燃え上がった  「沙羅」  甲斐が草薙剣を呼んだ! 「思うな!魔にのまれる!」  沙羅が悲鳴を上げた!  熱い!  体が! 「沙羅!」  甲斐の刀風が一気に焚き火を消す  沙羅が喘いだ  熱い熱い!  沙羅が倒れ込んだ  甲斐が叫ぶ  三郎が茂爺が総少年が駆け寄った  沙羅の意識は体をはなれ  瘴気の渦に引きずりこまれていった……  沙羅……呪わしい子  魔の囁きが耳につく  沙羅が絶叫した  甲斐が跳ね起きる  そして沙羅を抱きしめた  沙羅……!  安堵させようと背をさすってくれる  他の3人も駆け寄ってくれた 「大丈夫かい?」  三郎が沙羅に水をくれる 「飲め」  甲斐が丸薬をくれた  少し楽になる 「お前は魔と共鳴しやすい このままではくわれる」  甲斐が沙羅をなだめた 「かえるか?」 「嫌だ!」  わがままだ!わかっている  しかし!かえりたくは無い!  仇討ちする?  また?  足手まとい?  呪わしい子!  体の底から熱が込み上げてきた 「いかん」  沙羅!  甲斐が沙羅を平手で打った  手荒いがしかたない  戻れ!  戻れ!  何度も甲斐が呼ぶ!  沙羅の足を何者かが掴んだ  それは沙羅にしか見えない  沙羅はずるっと引きずられる  甲斐!  甲斐が沙羅を抱きしめる  甲斐!  声が出ない!  沙羅の意識は再び瘴気に飲まれていった  甲斐ーーー!  沙羅の絶叫は音を結べなかった    第7 運命 沙羅がぜぇぜぇと急き込んだ ここはどこ? 気づくと沙羅のみが枯れた地にいた 辺り一面がただれている 樹木は燃え落ち葉すら無い 「沙羅!」 どこからか夫の声がする 「甲斐!」  沙羅は己の身を抱きながら呼ばわった  甲斐!  血を吐くほどの……叫び! かーーい! しかし夫には届かない!  と地面から沙羅そっくりの顔がぬるり……あらわれた 「呪わしい子」  それは そう呟くと 舐めるように沙羅を見て  地の底へと引きずった 「いや!」 沙羅がもがく!  助けて!  と沙羅の腹が発光した!  ぎゃ!  地表から現れた沙羅は瞬時に塵と消える!  沙羅の体が一気に空を駆け抜けた 「沙羅!」  甲斐がいた  涙を浮かべている!  沙羅が安堵のあまり嗚咽した! 「甲斐!」  沙羅の呼び掛けに甲斐口付けで答えた  熱い!  しかしこれは心地いい熱のこもった口付けであった  あーあ……  総少年が目を覆った 「甲斐」  沙羅が腹を撫でた  この子が助けてくれた! 「この子?」  甲斐が訝しむ 「甲斐と私の子」  沙羅が言って  甲斐の胸へとしなだれた  今度は心地よい昏倒であった 「沙羅!」  甲斐の腕の中で沙羅は寝息をたてていた  甲斐が息をつく  沙羅が無事なら……!……子?  甲斐 ここ一番疎いのか?  首をひねった 「若!ご懐妊で!」  三郎が甲斐に満面の笑顔を浮かべた 「か……懐妊!」  甲斐の耳が一気に熱くなった!  どうする!  オロオロし始める若君に総少年が呟く  頼もしいのか頼もしくないのか!  こればっかりは!  しかしこの瞬間に場が和んだのは言うまでもなかった  総少年は ここ一番聡い子である  第8 悔恨  甲斐の腕の中で沙羅は目が覚めた  甲斐が笑った 「つらかったろ」  悟りきった父の顔であった  沙羅が腹をなでた 「この子」  沙羅が笑う 「きっと強い子になる」  沙羅の目が潤んだ  それどころでは無いのはわかっている  でも一時の親子の対話であった  沙羅が起き上がる  甲斐が続いた 「魔を討ったら」甲斐が告げた  跡を継ぐ  沙羅が頷く 「父親に放浪癖があったんでは子が困るからな」  ふ……口の端をあげる  その様はすっかり父の顔であった  沙羅が甲斐の笑顔に 眩しげに目を細めた 「若」  恐る恐る脇から声が上がった  俺らがいるの忘れてるでしょ  三郎だ 「まぁそういうない!」  甲斐が頭を搔く 「いいんですけどね緊張感の欠片もねぇな」  三郎が口を尖らせる  わはは  甲斐が笑った  沙羅が馬に乗ると一行は里の縁を回って辺りを巡った  生存者はいないものか?  それが甲斐の一縷の望みであった  しかし人の影すら無い  甲斐の心中を察して三郎が声を上げた 「若」 「いや!もう一巡り」  甲斐が あまりにも真摯なので沙羅が三郎を目で制した  甲斐の気持ちが痛い程に分かる一行は 堂々巡りをつづける  甲斐の思いが済むまで…… 沙羅が甲斐の肩に触れた 「甲斐」それは何巡かしたころだった 「嗚呼」  甲斐の口から息が漏れる 「分かってる」甲斐が言った  それでも巡り続けようとする甲斐に  沙羅は 何も言えない  と風向きが変わった  風上!そこから血の匂いが漂う  甲斐が顔を くっと上げた 「甲斐!」  沙羅が馬を降りようとする  それを甲斐が制した 「沙羅!ここにいろ」  甲斐が……茂爺が……総少年が風上の茂みにわけいった 瞬間 茂みが爆ぜた  狼だ それもかなり大きい  脇に子供が息絶えていた 「く……」  甲斐が鞘走らせる  狼は瞬時に甲斐の喉笛を襲った  甲斐が刀をはね上げる!  ぎゃん!  狼が首をはねられ地に落ちた  せっかく逃れたものを……!  甲斐は子供の遺体を掬い上げると  だきしめた  そして涙を拭うことなく流すと その子を埋葬してやった 「血の匂いに狼が寄り付いたんですな」  茂爺が鼻をすする 「すまない」  甲斐の悔恨が胸を焦がした  沙羅は茂みから出た甲斐の胸元が血に濡れているの見て ひやりとする 「甲斐」 「大丈夫だ」  甲斐は涙が流れるままに拭うことすらしない 「子が死んでいた……狼だ」  間に合わない!  甲斐の思いに沙羅の胸は押し潰されそうだった  沙羅は馬を降りると甲斐の手を取る  土に汚れる夫の手を 沙羅は愛おしげに包み込んだ  第9 戦い 沙羅が甲斐の思いを救い出そうと その手に頬を寄せた時 沙羅の視界の果てに つっとあの影がはしった 「甲斐!」 沙羅の身が跳ねる 甲斐が瞬時に草薙剣をよぶ 甲斐の身が震えた 三郎と茂爺そして総少年が沙羅を守るように展開する  この気配が甲斐たちの全身を粟立たせていた  忘れるはずも無い魔の気配  沙羅が錫杖をよんだ  ガシャン錫杖が地を打つとリンと空気が張る  甲斐が1つふみだした  ぞわり……  魔が瘴気を地に放つ  それが一気に爆ぜた  そして四方にとび沙羅達を取り囲んでいく  沙羅の唇が呪をつむいだ  それが結界となって沙羅達の身を守る  瘴気は結界を ジリ……リと食いながらのぼっていった  甲斐の草薙剣が真空を裂く  刀風は魔のいたはずの空間をないだ  転移!  甲斐の目が油断無く巡る  しかし魔の気配の元に辿り着く事はかなわなかった  沙羅が錫杖を真一文字にかかげると 心眼の呪を歌った  空間を漂う瘴気の流れの先に一点淀みがある  沙羅はその淀みに錫杖を叩き込んだ  ぎいっ  歯ぎしりのような音と共に魔が後方へと弾ける 「とった」三郎が歓喜に震える  しかし甲斐は構えをとかなかった  手応えが無さすぎる  あの魔がこのようなことで倒せようはずがない!  その証拠に魔は 体勢を整えると 一気に沙羅へと間を寄せた  そのまま魔は沙羅を抱き込む 「沙羅!」  甲斐が絶叫した  魔の周りを瘴気の繭が包む……! 「沙羅姉ぇ」  総少年が涙を浮かべた  くわれる  誰もが そう思った時 繭の中心の渦が 白光に燃えた 「!」甲斐が目を庇う  そして繭が弾ける  魔の体が白白と燃えた 「ぎゃあああ」  魔がのたうつ  胎児型に腹を庇った沙羅の腹部が激しく輝いていた  赤子だ 沙羅の腹に宿る胎児が母体を守っている  沙羅が面をあげた  その目に涙が溢れている  そして 静かに発光はおさまり沙羅の体から力が抜けた  甲斐が沙羅を受けるときつく抱く  魔はもはや消え去ろうとしていた  呪わしい子  魔が最後に放った言霊の意味を甲斐はようようにして理解した 甲斐と沙羅との赤子 その子の生きようとする力こそが 本当の剣であった 甲斐は思いのままに沙羅の髪を撫でている 「甲斐」沙羅の眼がひらかれた  甲斐はそうっと沙羅の腹に耳を当てる  とくん……脈打つ何かが満ちる気がした  そして2人を包むようにして光の紋が広がる  その光は里を覆っていった  そして そのまま満ちていく  その紋は揺らぐようにして 血が溢れた里ざとを塗り替えていった 血の汚れが拭われて  里を生気が満たして行く 「楓!」三郎が呼ばわる  光の紋が消えゆく後に  三郎は愛しい妹の姿を見出していた  里は人で満ちていく  沙羅の笑顔が花開く  甲斐が里人に囲まれて破顔した  一行は里人のあたたかい歓迎につつまれて 満たされていく  その胎児の生きる力その物こそが 真の癒しであった   甲斐が 城に 戻る時 藩の首長は 甲斐に受け継がれるのである そして 甲斐が治め行く その藩は永遠に静かに満たされて行くのであった 終了                  

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聖泉の巫女 愛の辻 その行方

風の標し エピローグ そして?

  朝……  令はアラバギの腕の中で目をさました  アラバギは 長いまつ毛に縁取られた 黒曜を閉じ  眠っている 令はアラバギの裸の胸をそうっと撫でた  細身なのだが しなやかな筋肉を感じる  令はアラバギの 薄荷を 胸いっぱい吸い込んだ  ああ……  幸せと言うなら!まさに今なのだ  令は 黒髪をきゅ……と 握る  そして寝息をたてるアラバギに接吻した  そうっと……そうっと……起こさぬように  令が顔をはなそうとした時  アラバギの 長い指が 令の頭を抱え込んだ 「もう……おしまいか?」  茶目っ気たっぷりに 微笑まれてしまい  令は真っ赤になった 「起きたの?」 「ふ……」  アラバギが笑った 「令……」  彼は令を再び押し倒す  そして唇がおりてきた 「ずっと……ずっとこうしたかった!離さない」  アラバギの唇が  令の乳房へとおりる 「あ……!駄目!」  令は赤い顔を 更に赤らめて快感の 波に逆らった 「だ……だめっ!」  アラバギの手のひらで乳房がかたちをかえる  次第に次第に…… 「アラバギ!」  令は 逆らえず アラバギとの接吻に応じた 「ねぇ……バギっ」  問いかけている時に熱くかたいアラバギの彼そのものが令の中に入ってくる 「ダメ……」  腰がとけてしまいそうだ  ぎしっ  2人の体が揺れる度  シングルベッドは ぎし……と軋む 「あ……」  令がそって アラバギに抱きしめられた  そして絶頂  令の 芯で アラバギは思いを 放った 「バギ……」  令は アラバギの 肌にしなだれる    ゴールデンウィークの初日の 今日  今日は 6人で サービスエリアに行こうと 約束していた  彼等が封印の眠りにつくまえに  アラバギと 令 は起き抜けに愛し合った為か気だるさを 隠せなかった  2人は そっと階下へおり 綾子に声をかけた 「おはよう」  綾子の 笑顔が何だか 遠くにかんじる  自分が成長してしまったせいだろうか  きゃわん  プーちゃんが アラバギに餌の催促をしている  どうやら プーちゃん  アラバギになついてくれたようだった 「オーオー起きたかね?」  悟が 手紙を抱えて敷居をまたぐ 「あ……!」  しかし気恥しい気がして 令は顔をあげられない 「ゴールデンウィーク すごーく混んでるらしいじゃないの」  綾子が 白米に麦をまぜご飯をよそってくれる  おかずは ひじき煮に 白菜漬け  秋刀魚の塩焼きに 大根の味噌汁  いつもの笑顔のはずなのに  なんでだか こそばゆい 「松末さんの車でいくのよね?」  そう肩に手をおかれて  令は こく……と 頷いた  大根おろしに 刻みネギが美味しい 「ラキくん達もいくんだろ?」  悟が 新聞片手に顔をあげる 「はい」  と アラバギが うけた 「よろしくいってな」  悟はアラバギと令を祝福し 一緒に住むにあたり  アラバギと 令は 籍を入れた  事実上の 結婚なのだが 何だか こそばゆい  きゃわん  プーちゃんはアラバギの 膝に飛び乗り  しっぽを ぱたばたと ふった 「すっかりなついたわね」  綾子がうれしそうだ 「はい」  アラバギの 薄荷は何時も爽やかで愛おしい  令も 指をのばすと  プーちゃんの頭を こちょこちょした  「きゃんきゃん」  プーちゃんがアラバギの膝から滑り降りると  玄関に向かって吠える 「来たみたいだな?」  アラバギは お茶碗などを 手早く片付けて にっこりとわらった 「うん」  令の心は 皐月の空のように晴れ渡っていた      終了                    

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風の標し エピローグ そして?

風の標し第6部 蒼穹へ

 第6部  第1章 イト  令が先頭を切って上がる 翁の街は邪気に包まれ  朝焼けの空を迎えつつあった  肌寒い!  ひとつ身震いした  松末が 槙を背負い しんがりだった 慎の顔があおい 「慎」  ラキが結界をはる 「このままでは 助からない!」  慎は消耗しきっていた  アラバギは 慎の額にふれる 「凄い熱だ」  食われすぎた!  アラバギが歯噛みする もっと早く気づいてやれてれば! アラバギのきついぐらいの苦しみが伝わってくる 「令」  そっと 愛しい令の名を 噛み締めて  バギは令をよばわった 「結界の中に虹の蓮を」  印をくむ 「うん」  令が 祈る 「慎……慎もどって来て」  涙があふれた  令の指先が虹に光を帯びる 「天照大御神お力を」  乾ききった 慎の唇が痛々しい  慎  祈り……そして瞑目する  アラバギは 勾玉を取り出した  光を放つ勾玉を 慎の 胸に置く  ラキが 龍神水晶に祈った 「こいつ 辛かったろうな」  松末が 拳を握りこんだ 「あんな奴 身体に飼ってたら魂まで喰らわれる」  令の肩が うぞり と呻いた  慎の身体を浄化している  この時に 何かが 蠢き出そうとしている  令の後ろにいたマニが 何かに気づいた  邪気!  結界の中に 邪気の発現がある 「バギ」  アラバギも ラキも 松末ですら気づいた  濃い邪気!  令!  令の肩から 何かが弾けた  まさか!  アラバギの体が 令の肩に触れる  脈動する邪気は そこから 発現していた 「令!」  令の意識が飛んだ  皆の声を聞きながら  闇へと落ちる  令!  悲鳴にも似た アラバギの声を最後に聴いた  マニが令に触れた  そしてアラバギの頬に平手が飛ぶ 「どうして気づいてあげなかったの!この子も食われてるじゃない!」  アラバギの頬に マニの手形が残った 「ここまで食われて!危険な状態!あんたの目は節穴?」  マニが令の服を脱がしにかかる  肩の痣を見て悲鳴をあげる  目玉!  そこにはぎょろりと 蠢く目玉が あらわれていた 「ラキ!癒しの水呼べる?」  マニがテキパキと 指示をする  勾玉こっちに頂戴! 「この子の方が危険だわ!」 「朱雀に食われたの だいぶ前よ」 「令」  マニが 膝に令の頭をのせた  このまま食われきったら 令の体が朱雀になってしまうのに! マニの目から涙が溢れた 「バギ抱きしめでやって あんたの思いが必要よ」 「彼女を引き戻して!」  マニがアラバギの胸に令を預けた  いい!  強く願って!思いは強い程いいの!  マニの手が令の髪を撫でた 「この子いい根性してるわ!私好きよ」  マニが優しく令の頬を撫でる 「令!」  アラバギのまわりで 風が唸る  アラバギの願い!  そして皆の願いが令を 包み込む  令の痣の あたりから 触手が伸びて 広がろうとするが アラバギの涙が触れるたびに消えていく  令の思いは そう 答えてやれればどんなによかったか! 「令!戻れ!」  アラバギが 叫ぶ  高天の空にむかって 「バギ」  ラキが 癒しの水を差し出す  アラバギは 口に含むと 迷わず 令に 口付ける  令!  マニはそんなアラバギを 優しく見守った  令!  アラバギの涙が令の顔に落ちた 「……バギ」  令の口から アラバギの名が漏れた  そうだ!令!戻れ!  アラバギが 令を掻き抱く 「令!」  令の肩の痣が びくっと震え 剥がれ落ちた  マニの炎が それを祓う 「令!」  アラバギの肩から 緊張が 解ける 「もう……大丈夫!この子強いわ!合格ね」  マニがぱちりとウインクした!  令!  アラバギは 令を そうっと横たえると  天を見上げた  こんな試練を 何故!  マニが その肩を抱く 「元気だしなさい!王子様起こしてやらなきゃ!」  アラバギは 慎の体に 勾玉の 癒しを発現させる 「ライバルなのにな!苦労するな!」  松末の 軽いジャブに アラバギが 苦笑した  慎……!  アラバギが 名を呼ぶ  イト……私の声が聞こえるな 目覚めさせてやってくれ  そして令の側に  戻れ  戻れ 慎  アラバギは 慎を呼ぶ  ……お前が 令を好きだと 言った時 あれはお前だったろう……心の底から頼む!  令を1人にするな!  祈って!祈って! 祈って !  はたりと 痛い涙  慎の 願い!  アラバギは 泣く!  令の側に!  嗚呼!それが自分であれたなら  どんなにいいか!  だけれど 慎を呼ぶ  戻れ!  慎が  慎の目が開いた 「泣いてるのか?アラバギ」  優しい声 「イト?」  マニが動いた 「あんた!王子様は?」 「寝てるよ……疲れたんだろう」  暫しこのまま  イトが身体を起こした 「良く耐えたな……アラバギ」  アラバギの髪をイトが撫でた 「っく……」  アラバギの目から 涙が溢れた 「すまないアラバギ」  イトにすがって泣くアラバギに 皆の手が触れた  アラバギ!  イトが 優しくアラバギの頭を抱える 「お前に 辛い思いをさせたな」  全てを悟ったイトの優しさこそ  アラバギに必要なものだった 「朱雀を倒そう」  イトに支えられて アラバギが 立ち上がる 「ああ」  涙が 乾かぬアラバギだったが 毅然と上げた その瞳は 強い意志を秘めていた 「イト」 「なんだ?」 「朱雀を倒し我等が眠りについた後」 「ああ」 「慎に令を託す」 「ん……ああ」  イトの表情が揺らいだ 「なあ」  アラバギが 呼びかけられて イトを見る 「令を静を……託すのやめろ」 マニが頷く 「あんたがいてやんなさい……高天の姫さんにはみんなで頼んであげるから」  にっこりとラキが笑う 「だからさ!もう泣くな!いくぞ」  松末は 令を背負い上げる 「あんな奴 放ってはおけないだろ?」  アラバギが 決意したように頷く 「そうだな……すまない」 「しっかし朱雀って逃げ足早いわね!追いずらい」  マニが イラついたように呟く  あいつなら きっと 大社だ!  イトが呟く 「同化していたから多少は読める」 「あらァ!頼もしいわね」 「からかうな」  イトが快活に笑う  暖かいアラバギは 思った  ここに4人が全て揃った  そして姫巫女 そして頼りになる松末もいる  アラバギの 張り詰めていた 責任感が 分けられていくのをかんじた 「バギ!おまえだけで……もう背負わなくていい」  イトが アラバギの頭をかいぐる  アラバギが 心から笑ったのは この時だった  皆は 大社へと転移する  悪意!敵意に満ちた 気配が 満ち始めている 「大社の 霊性をまず汚すだろうと踏んだが当たりだな」  イトが 顔をしかめる 「あいつ 」  大社の 上空を睨んだ  いるわね!  舌打ちせんばかりの その表情は 苦しそうだった 「息つまるわね」 「大社を堕とされたからな!我々にはきつい」  アラバギが 刀を喚ぶ 「マニ行けるか?」  ラキが聞く 「行かざるえないじゃない」  マニが 強がってウインクする 「そういうとおもったよ」  イトが笑った 「令」  アラバギが 松末の背にいる 令の頬に触れた 「もう少し寝かせてやりたいが……起きてくれ」  アラバギの 声音に 令が 目覚める 「バギ?」 「おはよう」  マニが 令に笑いかけた 「もう意地悪は言わないわ!安心してね?噛まないから」  アラバギが 笑う 「すまないな?立てるか」 「うん」  令の足が大社の 白砂利を 踏んだ時  うねる邪気が吹き付けた 「殺されに来たのかえ」 「蛍火!」  アラバギが 呟く  令が みた あの女だった 「面白くないわね?一同揃って首でも狩ってやろうかしら」  蛍火の脇に もう一体の女鬼  翁でみた あの女 「あれれ!やっぱり 女の子を見る目は外した事ないしね」  ラキが ギリと 睨む 「お前!何人殺した」  怒気が ラキの肩を震わせる 「えっとね?まだ100人てとこかしら?」 「そうか?お前の身体に倍の傷をつけてやるよ」  ラキが怒るのを 令は 初めてみた  その手が ギリギリと 握られ  神気が オーラとなって立ち上がる 「いいな?」  ラキの体を水霊が纏わった 堕とされた 大社のなかですら  ラキの美貌の 神気はかがやいていた  ゆらり  翁鬼の妖艶な 微笑みが 復活した朱雀の邪気を織り込んで あたりの邪気をたばねていく  令の背を 悪寒がかけぬけた  汗がふきだす  顔色が悪い 「令」  アラバギが 呼んだ 「はい」 「結界を喚べるか?」 「うん」 「ラキ!ちょっと!ラキ!」  マニが 悲鳴をあげた 「あんた喚ぶ気じゃないでしょね!」  ラキの神気の奔流は 禍気のなかでも それすら食んで捩りあがる 「へ!」  ラキの口角があがった 「4人揃ったしね!練れそうだ」  ばずん!  ラキの身体を 封じていた何かが はじけた 「おまえねぇ」  松末が心底呆れ顔だ 「龍神喚ぶのかよ!」 「令ちゃんちょっと荒れるわ!」  マニの笑顔  邪気のうねりが ばずりと食われる 「ふん!」  翁鬼が 跳んだ  それは全身の禍気を しなやかな足から抜いた  見事な跳躍 真紅の爪が伸びて  ラキの腕とまじわる!  がづん!  空間が鳴いた 「ラキ」  松末が 冷や汗をかく 「あんなの身体に封じてんのかよ」  見れば  暗天をぬめる青い鱗の 神気の塊 「絶好調かよ」  大きな雨粒がまるで空間を束ねたように降ってくる 「四精霊が揃えば制約がとけるのよ!」  マニが松末にウインクする 「ふーん」  にや  松末が唇を緩めた 「四精霊揃ってってやつだ」  ばち!  ばち!  令の 神気の結界を 雨粒が 叩く 「へぇ」  翁鬼の 怪しげなまでに艶めかしい 体が しなと 動いた 「面白いじゃない!」  ぐお!  翁鬼の身体が弾ける  鋼の 毛皮を持つ 巨大な 鬼!  身の丈なら2メートル  が……  鬼は 蚊でも潰すようにラキを踏み潰した 「たわいも無い」  女鬼が にやり笑う!  ズドン!  しかし!  天から!地から太い神気の柱が 爆流のように 吹き上がった 「ちょっと機嫌悪いんで……」  ラキである  ラキの微笑みは まわりの温度を 数度下げた 「解」 ばず……ん  電流の 柱が行く筋と降ってくる 「ちょ!」  マニが叫んだ 「私らの事わすれてるでしょ!」 「派手……だねぇ」  と 松末  しかし その顔は 笑っていた ど……!  神気の雷が 翁鬼の全身を焼く  生き物の焼ける匂いが 満ちた  び……  蛍火の 爪が衣を裂く  神気が 全身の血管を喰いはじめている  このままでは 喰われる!  蛍火の 身体が跳ね様に 開いた!  そして メキメキと 巨大化して行く  がん!  巨大な槌の様な腕が ラキを 打つ!  衝撃波だけで ラキの 身体が弾けそうだ 「ふーん」  しかし間の抜けたラキの 声音は 微笑みすら唇にはる 「神龍」 「承知」  宙が鳴いた  爆流のような 電流の嵐が 駆け抜ける 「きゃ」  雷光に令が震えた 「お前さ俺らまで殺す気だろ」  松末の声がする 「あんたならやれる!」  ラキが笑ったようだ 「あーあ!火ついちまったみたいだな」  松末が 筋肉にくるまれた 肩をすくめた  どん!  雷光が 次々と突立つ  大地が ずず……と  震えた  大社の上空に 神龍の 眼が 輝く  カララ……  宙から巨大な 柱が蛍火の 身体を打った  ばじゅん!  蛍火の 全身が弾ける  バシャ……  ぬめる血が 滝のように降った 「あんたらってさ……あんなのいんの?」 松末が 首を竦める 「アラバギは風龍……私は火龍……イトは土龍」  マニが天を指す 「ラキのは あれね」   にっこりと笑われても  恐怖しかない 「4人いないと開封出来ないのが難点かしらね」  うふん 長い睫毛がウインクした  第2章 開戦  のく……り  神龍の 神気が 蠢く邪気に喰われていく!  朱雀!  ラキの神気の 束が 捩れて消えた 「天照大御神」  令の結界が弾かれる  邪気の 触手は 肉色を 蠢かせて  神龍をすら食らった 「令!」  アラバギが 弾かれた令を受け止める  ぶちゅ……り  肉の 触手が 神聖なる社を 食らっていく  うぉおおお……!  空間が呻いた 「朱雀!」  イトが 吼える!  四精霊の 身体から神気の 束がかけのぼった  神気の束が曇天に 光の渦を示した時  ぴぃぃ!  上空から純白の鳥が舞い降りた  ゆるり ゆるり 空を滑って来る  ぴぃぃ!  また鳴いた  赤玉の 瞳がきら……と 煌めく  鳥は 四精霊の柱を纏わり降りながら令に 宿る  ごぅ……!  渦がはじけた  その 赤玉の瞳を令は知っている  大社の 鳥居に居た あの鳥だ  ドクン  魂が脈打つ  神気の芽が芽吹くように目覚めていく  この 波動を 令は知っている  高天の神のゆりかごの あの揺らぎ  そして  輝く光  どこからともなく 天を滑る笛の音 静  鈴を振るような 麗しい声音  嗚呼 魂の人  令が  覚醒した  額に 太陽の 刻印が 現れる  令の足が 玉砂利を 踏んだ時  りーーーーーん  と あの鈴の音がした  そして 神気の爆流が 5つの束になって  上空の 朱雀を うち拉ぐ!  ぎぃぃいいいいい!  腐汁を 散らす音と ともに 絶叫があがった  りーーーーーん  また 鈴の音 「こんなもんじゃないわね」  とマニ 「ああ」  アラバギは 中空から目をそらせない  ドクン  心臓の 鼓動と共に 耳が脈打つ  神気の塊が 令の中にある  この気  静だ!  そして  天照大御神  瞬時  邪が弾けた  腐った汁を撒きながら 触手の 蟲が 這う  朱雀が その姿をあらわした  ぎょろり……  腐れた 眼が 黄ばんだ 目を向ける  のくり……  喉が鳴った  ……恋しやのう姫巫女  そなたを 汚しとうて 汚しとうて  ぐくり  朱雀の口角が上がる  ……のう?  そなたを愛する幻影にはあったのか?  いやらしい……  蟲が 這うような 睨める様な問いに  令が 身震いした ……のう……  触手が 淫猥な 滑りを もって 令へとのびる……!  ドクン  令が 震えた時  逆巻く神気の風が現れた 「バギ!」 「誰であろうと お前を 怯えさせるものは容赦しない」  薄荷の髪が神気に巻き上げられて黒い奔流のようだ  バギ!  令の瞳を涙が伝う  わかっていた  そう  バギの心が拓けている  あの 閉ざされた檻が なくなったのだと 「令!結界をはれるか?」  やわらかだが 芯のある その声は アラバギだ 「うん 」  令が 神気の蓮を呼ぶ  蓮の 頭上には 黄金の 太陽がかがやいていた  きら……  太陽の露が 蓮へと 落ちる  りーーーーーーーん  空間を また 鈴が鳴った  きんっ  見事な結界が そこに発現した  5つの 神気の柱が  輝きを 強める  のくり……  朱雀が かぱりと 口を開けた  それは空間を喰らいながら 鬼の血ですら啜ってゆく  のくり……のくり……  至極美味しそうに 血を喰らいながら 朱雀が笑った  ……うまかりし……  きしゃあ……  息が腐った血の匂いで 満ちている 「共食いってか」  松末が顔をしかめた 「趣味悪いねぇ」  仲間ですら喰らう その姿に 悪寒がする  ばじゅん!  弾ける瘴気の 束が 朱雀の 根から 放たれた  おろおろ……  空間を 時ですら喰らいながら それは這い進む  そして 令の 結界に触れ  怯み しかし それは 喰らった  令の 結界を喰らうようにして 触手が這う 「いや!」  令が 数歩後じさる  マニが 令を 支えた 「大丈夫!バギに お・ま・か・せ」  パッチン  茶目っ気たっぷりに ウインク 「だから令ちゃん!胸をはんなさい!あんたしかいないんだから!姫巫女!そしてね」  マニがそっと耳うちした 「あんたら両思いよ」  令の 背が 弾ける  記憶の 封印が 解けた  アラバギ……  アラバギ…………  アラバギ………………  令の 胸元に 組まれた手が 全ての 鎖を 断ち切って行く  アラバギの 口付け  あの時も  あの時も  令の 心を喜びが満たした  嗚呼 「マニ……時と場所をわきまえろよ」  ラキが 苦笑する 「まだるっこしのは きらいなの!」  明るく 晴れ晴れマニが微笑む  だからね令ちゃん 「安心して自分を信じて戦いなさい」  あたたかい……その笑みが 令を とろかす 「マニ……頼む今は その場合ではないんだ 」  アラバギは 声から察するに 真っ赤だ 「あらぁ照れてる場合」  マニが揶揄う 「あんたらは まだるっこしいから 思い残すことなく心から戦いなさい」  マニが 跳んだ  焔の 柱が 神気の 柱となって マニを包む  ばづん……!  マニの 封印が 弾けた 「あのな 脈絡もなく喚ぶなよ!」 松末の嘆息 「火龍招来!」  神気が呻き 中空に緋色の 艶やかな鱗を もつ 龍神が 現れた  ごう……  空を 焦がして火の龍は 蠢く  そして 玉の眼を開けた 「ハーイ ダーリン」  ラキが頭を抱える 「あのさ」  アラバギも 心底困ったふうである  りーーーーーーん  神気の鈴がまた鳴った  ばじゅん!  その 瞬間を すら裂いて 朱雀の触手が迫る 「ダーリンお・ね・が・い」  マニの 可愛いお願いに 火龍が 答えたか答えなかったかはわからねど 火龍の 口から爆炎が放たれた  どおおおお……  音が音を喰らうようにして焔は 朱雀に吹き付ける  ぎぃぃいいいいい!  全ての触手が 身を引くが 瘴気の 奔流が 火龍を 囲い込む  うぞり  瘴気が蠢いた  そして 火龍を喰らおうとする  しかし転瞬にして 瘴気すら総動員するなにかが 朱雀の 身を襲っていた  そう  アラバギの 風龍  真空の刃が 多重に 朱雀の根を刻んでゆく  腐汁を 撒きながら 朱雀が 絶叫した  ぼえぇぇー  朱雀の 体を焔が 包む  ジリジリと 皮膚を焼いた  肉の焦げる嫌な匂いが充満していく! 「殺った」  誰もがそう思った時  だがしかし  油断なく朱雀を見据える目があった  イトである 「簡単すぎる……」  ぎりり……  彼は奥歯を噛み締めた 「土龍」  そして呼ばわったのである  大地を 白砂利を砕きながら  土龍は金の鱗をあらわした 「控えていろ」  用心深い 重い声音 「イト」  アラバギの 目線に 頷く 「あいつは来る!この程度の奴じゃない!昔より何百と 強くなっているはずだ」  イトの よみは はたして当たるのか  4柱の 神気の束は 緩まずに 沸き立っていた    がおっ!  マニの 脚を 背後から 掴むものがある  それは密やかに 背後へと忍んだ 朱雀の触手であった!  やはりあちらの朱雀は陽動であったのだ  ぎち……  触手は マニの妖艶な身体を駆け上がり  ギリ……と しめた  息が……出来ない……  マニが手を伸ばす  しかし 触手に締め上げられ 弱まる血行は その手を許さない  あっという間の 出来事だった  マニ!  叫ぶ間もなく次々と 3人までも呑まれた 「土龍いけるか?」  イトが 聴く 「承知」  大地が呻いた  が……どん……!  玉砂利を 空へと巻き上げて  土龍が 神気の刃を放つ!  がおっ!  刃は 全ての触手を ズタズタに 引き裂いた  その触手は 腐れた液体を 撒き散らしながら 砕け散る 「令!頼む」  しなしなと崩れ落ちる3柱に 令が走りよった  3人は失神しているだけであったが ひどく顔色が 悪い 令が 癒しの蓮を 喚ぶ 「松末いけるか?」 イトが 神気の嵐を 纏いながら 頼もしい黒い男に声をかけた 「おうよ!」  彼は武者震いでもしているのか ニヤリと口角を 上げる 「多分あんたと 同じはずだ……要はあれだろ神気をのせりゃあいい!」  言い終える前に松末は跳んでいた  人間とは思えない 凄まじい跳躍  イトが続いた  がっ!  松末の 蹴りが 朱雀の胴体に めり込む そして 空で回転をかけて 連蹴り  右左と 埋めて 3撃!掌底  めきょり……  朱雀の腹が凹んだ  松末の 攻撃が 当たる度に 朱雀の乱雑な歯の隙間から  腐った汁が 弾ける 「うぬが人間が」  朱雀の 眼に瘴気の渦が灯った  がおっ!  松末の脚を 朱雀の触手が 一気に引き絞る  凄まじい勢いで 松末の体は大地にたたかれ……砕け散る  しかし その瞬間を ラキの神龍が 救った  正に紙一重である 「ったく油断も隙もないやね」  松末が悪態をつく 「ごめんね!松末さん」  マニが華やかに笑んだ 神龍の背には 令を含め3人の柱が乗っている  「行けるか」  薄荷の香りが問う 「ああ」  松末は口角をあげた 「いってやろうじゃないの!」  神龍が 中天に達した時イトの 大きな背中と 合流する  イトは何か考えていた風で 「松末頼みがある!」  と……呼ばわった 「あ……?」 「我らは4元素だ……が しかし 5元素束ねたい」  ガシガシ  松末が 盛大に 頭をかいた 「あ……あれか 俺に金属性の柱になれってね!」  にや……  男は 誰もが 見惚れる 笑顔を唇に貼った 「いいね!高天の神さんにしちゃ 捻り効いてるじゃないの」    松末の 力強い 腕が イトの 背を打つ 「五芒だ」  組めるか?  松末の 指示がとんだ  木属性はどうする?  「アラバギができるはずだ」  イトが答えた  木・火・土・金・水  5つの神気の柱が 激しい奔流を 生んで 天へと かけ上る  ズン……空が呻いた  全ての 龍神が 束ねられていく 五芒が 回転を 始めた  その中点に 令がいる 「風雷神!」  ラキとアラバギが 声を束ねた  風龍と神龍の 双頭の龍が 雨を喚び 嵐を招く  空間を激しい落雷が満たした!  どしゃぁ!  凄まじい雷一閃  大社の 結界すら切り裂いて 落雷は 朱雀を打ち据えた  焦げた肉が ボロボロと 砕けていく 朱雀は 悲鳴すら上げる間も無く 地へと 落ちていった  そして  ばじゅん!  玉砂利に 叩かれる  腐汁が 微塵に散った 「封印する!」  イトが手印を組む  太古の文字が 刻刻と輝いては消える  ドクン……  五芒の星が脈動した 「こおおお……」  朱雀の 空洞と化した喉が伸びる  それはまるで 死霊の歌を歌う様だ  朱雀の喚ぶのは 鬼か死霊か!  その肋骨が かぱりと開いた  その中から現れたのは 暗天の……暗天の蟲  乳色のそれは うねって 波と化し  朱雀を とろかした  ぼぉ……  朱雀の 全てが 堕ちていく  目が 鼻が 唇が 干からびた木乃伊のようになりながら  砂と化す  しかし……朱雀  その体は瘴気に没した  その瘴気は うねる波となって迫り上がる  聖なる五芒が その瘴気の 渦に対峙した  それは全ての依代!  人形の瞳  歪んだ何か 「朱雀は こいつに自分を喰らわせた?」  イトが呻いた  そう あの人形達の瞳  無表情に 微笑む唇  恐ろしいばかりに 空虚な者共  ……うふふふふ……  少女の 微笑む声  それは聴く者の 背を悪寒となって駆けた 「あの時の人形……!」  令が その人形の名を呼んだ  ……ねぇ?  ……遊んで?  一体の フランス人形がグリンと 顔を令に向ける  それは恐ろしいばかりの速度で 恐怖を誘う程だった  ……おじいちゃん……殺しちゃったの?……  ……遊んでくれたのに……!  人形の 声音が 唱和する  ……遊んでくれ……たのに……  歪んだ声が 空を割った  人形の 目が上天を向き メリメリと 回転する  そして血の涙を流した  ……遊んで……ねえ……?  お兄ちゃん……お姉ちゃん……  ねぇ……  カタカタ  人形達の口が鳴る  そして呪いの歌を 紡いだ  ……私ね に……んげ……んの子に 焼かれたの……  ……捨てられたの……  ねぇ……おじいちゃん……遊んで……?  けけけ……  人形が 笑う  そして……その人形が再度……口を開いた 瞬間  弾丸のように 瘴気の 礫が 飛んだ 「吽」アラバギの 形の良い唇が 言霊を放つ  空間が鳴動し その礫は無力に成る  あまりにも無力な それは はたりと 地へ落ちた  ……遊んで……? …………………………  アラバギの頬を涙が切る  同情するのでも無い何か……  それはきっと 朱雀の 触れた何か……!  ……あぞんで……!  全ての人形が 鳴動した  ……おじいちゃん!  よれて もろもろと瘴気は 崩れる  ……朱雀の愛した人形……  人喰らいの 御霊 その彼が最後に見た景色は?  全ての 瘴気は 祓って消えた  五芒の星は 涙する……!  切ない何か?  触れては いけない何か?  それが 神気の 穹に 満ち満ちていく  空を白い鳥がゆく……  その鳥は 人形達の 魂を導くように 高天へと飛んだ  令の足が 玉砂利を 踏む  そして アラバギが イトが…ラキが 松末が順に 地を踏んだ マニの革のサンダルが 玉の砂利を しだいた時  その 人は現れた  細身の 薄蓬 儚い少女の あの方 「天照大御神」  ラキが控えた  そして一同が片膝をつく  そして目をふせる 「良くやってくれました……」  コロロと鳴る土鈴の 優しい声音  それは 一同の 心に残った澱すら拭い去った 「アラバギ……令……良く耐えましたね」  もう良いのですよ?  咎めもなく 赦す声音に アラバギが顔をあげた 「1つ我儘を御赦しください天照大御神」 「我が君」  四精霊が声を揃える 「アラバギを人として生かしてください 」  マニが 祈った 「それは?令?貴女の願いでもあるのでしょう?」  太陽の 尊が 微笑んだ 「はい……天照大御神」  令の 頬をハラハラと 涙がすすぐ 「令」  アラバギが 令の 頬を撫でる 「良いでしょう……わたくしは 変わるのを恐れて変化から逃げて来ました……イト……静?」  いるのでしょ?  天照大御神が 可愛いらしく首を傾げる 「あなた方も 共にいらっしゃい」  高天の民に 詫びさせましょう  ころりと笑う 「そしてね慎を解放して差し上げましょう」  あくまでも優しく 彼女の 白い手は慎の 前髪に触れた 「忘れて良いのですよ?」  しかし別の意思が目覚めた 慎は 首を横に振る  ……慎……  アラバギの黒曜と茶水晶が かち合う 「アラバギ……令を 不幸にはするな?」  低いが強い声音がアラバキと 令を 包む  そして慎は 心の底から笑ったのだった 「アラバギ……」  令が そうっと その背にふれる  今日は満月  春の月  2人は寄り添って月を見ていた  彼の薄荷が 心地いい  そしてアラバギの 唇がおりてくる 「令……」  令の 朱唇を 濡らして熱いくちづけ  それは幾度と無く角度を変え 甘く情熱をもってくちづける  令の 手をアラバギの 長い手指が包んだ  そして 彼は令をベッドへと押し倒す  熱い身体  令の身体も 熱い  アラバギの しなやかな裸身が 令の裸身を 包む  そうして彼は  たまらなく吐息を漏らす令の 唇を 再び覆った  アラバギの 舌がいやらしく 令の 舌に 絡み  そして粘膜の触れあいは  ぴちゃ……りと音を立てた  アラバギの芯が燃えている  令の 身体をそうっと  思いやりながら彼は令に入って来た  熱い情熱  令は 陸にあげられた魚のように息すら忘れてしまう 「痛むか?」  あたたかい彼の手が 真っ赤な頤を 甘くすぐった  そして熱いくちづけ  令の くびすじには アラバギの 吸った唇の 跡が華のように 残る  彼はそうっと 腰をすすめた 「あ……つ!」  令が弓に背を反らせる  アラバギの 情熱は 令の 深い部分で 脈打っていた 「あ……」  自分でも いやらしいと分かっているのに……令の 唇はいやらしい声を上げていた  そしてアラバギの芯が令の 欲望に濡れ  そっと動く  月夜は 彼らの裸身を布団へと 刻み付け祝福した 「ふつ……」  アラバギの 唇が 令の 舌を吸いながら  動きを早める 「あ……アラバギっ」  令が 上り詰めると 同時に アラバギが 身の全てをはなった  熱い塊が 令の熱い部分にそそぎこまれる  令はアラバギを 呼びながら  何度となく達した  熱いアラバギの 身体に令は溶けてしまいそうだ 情熱が突き動かすまま に2人はお互いの身体を探りつづけた                      

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風の標し第6部  蒼穹へ

風の標し第5部 降臨

  第5部    第1章 悲しみの花弁 「…………」  しばらく 身動きも出来ないで アラバギは 令の唇を  受けていた  もう堪らない……  もう待てない……  失いかけた貞操  ささげたかったのは……貴方な……の  令は アラバギの首筋に手を這わせると  髪の一筋を握りしめ  唇の密着を 密にした  絶対に失いたくないの  彼を強く吸って  何度も角度を変えた 「あら……ば」  ぱんっ……っ  激しい平手が 令の頬を打った  痛い!  耳鳴りがする  目が チカチカする程に 強烈な平手であった 「れ…………い」  アラバギは 令を 突き放して  袖口で 激しく唇を拭った  まるで 令の体温を 感情を拭い捨てたい  そんな激しさだった  冷たい瞳が 令をとらえる  汚れた女だと  汚れた女だと思われたに違いない  令にとっては 初めてのキス  回数には 何度かを数えるのに  ここまで  ここまで 本心で  男に触れた事はなかった  私を めちゃめちゃにしてください  そう……奪われそこなったからこそ捧げたい  淫乱  ついに汚れたか  笑われても 構わない  構っていられないの  令は 叩かれた頬を隠しもせず  アラバギの胸へ 飛び込んでいた 「抱いて……ください」 「私を「女」にしてください」  もう  もう他の男には触らせたりしない 「だから」  もどかしくなった令は トレーナーをはだけた  肌で密着したい  全てを脱いで  アラバギの 直の肌を己の肌に刻みつけたい  貴方の「愛」を 己の身体に注いで欲しい  そのためなら何だってするわ  足を舐めたって いい  すがって すがって  しかし  アラバギに ふるいはなされてしまった  むしるように  握ったシャツにシワが出るほど 令は握り混んでいた  突き飛ばされる!  いや!  絶対離れない  握ったシャツが ちぎれても 「いや!」 「はなれろ」  アラバギの掌が令を突き放した  び  爪がひっかかって シャツが綻びる 「乱心したのか?」  ちがう!  令はかぶりをふった 違う……乱心なんかじゃない  貴方が欲しいの  令は ホルターネックの 黒いカットソーを握りしめるとむしりにかかった  いやだ  肌に触れているもの  すべてを  全てを脱いで「見せ」たかった  私の……「全て」を「見て」  そして「判断」して  涙が目尻にたまる  焼け付くように 目頭が痛かった  ああ むしってほしい  白い……羽根が 汚れても  むしられた地肌に 血が滲んでも  あら……ば 「すまない」  1歩  コンクリートを踏んだ令を  アラバギは 言葉でつき殺した 「愛して」 「愛して」「やる」事は出来ない 「君」の「思い」に答えることは できない…… 「抱け」ないんだ  血を滲ませるように  アラバギは 言葉を吐いた  すまない……  すまない…………  すまない…………………… 「抱いて」やれたら…… 「否」 「愛し合え」たら  どんなに良かったろう  君が人間で無ければ  私が神で無ければ  そして……運命《さだめ》の血が 「運命」の血が「君を」形作ってなければ  アラバギは目を伏せた 「抱き」「たい」  全てを捨てて  紅蓮の地獄に共に落ちるのが……許されるなら  私は「出来ない」んだ  令……  君を  君を「静」と 「同じ」憂き目にあわせることは……  私自身が 「許せない」  それとも 「君」は  君は許してくれるだろうか  祖先の  祖先の「酷い」死に様を  防げる立場に「いた」はずの  この私を  私が……私が イトと静を 「裂いて」いれば  君は……「呪い」の血のもとに 生まれはしなかった  神々は呪った  愛し合う 「真」に「惹かれる」ものと結ばれないように 「純血」の「呪い」をもって 「民草」の「内」から伴侶を選ぶように  禁忌の一族  天照と神族の血を…… 「人」の「身」で  つむいでいる事実  神主  天皇家  地上に降りられた  ニニギの血をうけているのではない  高天の神の  高天の神体「自身」の「血」をひいているのだ  天空に 天照と座す 御使いの「血」  これ以上……「罪」を重ねさせる訳にはいかない 「君」に罪を犯させたくはない  アラバギは 目蓋をふせる  長いまつ毛が 彫りの深い  悲しげな面立ちに 「色」を落とした  すまない  出来ることなら 肌に口付けて  己から 唇を奪って お前を  お前を「妻」にしたい  流れる やわらかい髪の一筋も 逃して仕舞いたくは無い  お前の髪をなぶる風ですら 妬ましい  唇が 触れた瞬間に 淡雪のように 唇が溶けた  唇ですらとろかして 溶け合ってしまいたい  アラバギは 涙ぐむ令に 手を伸ばしかけて  空を掴んで 圧搾した  いけない  わかっている  わかって「いた」の……ではないか……  令を……「他」の「男」の「物」にしなくては……ならない……と……  胸に 感情の砕けた破片が突き刺さる  いずれは  お前は「誰」かを「誰」かを……「愛す」  きっと  きっと報われない  報われては……ならない  互いは 永遠で 「破滅」なのだ  令をおしやって  アラバギは目線を返した 「すまない」  もう……もう  私は……私の事は……忘れてくれ 「「慎」と「結婚」すると……いい」  令は 激しく殴打されたような衝撃をかんじた  足元がもろもろと崩れていく 「「あの時」は「叩いて」すまな……かった」  ふい……  と……背中を向けて  アラバギは ひび割れた コンクリートの壁に向かった 「「吽」」  言霊を込めて  拳を溜める  その肩に松末が触れた  ……!……  振り返りざまに アラバギの 黒髪は 淀んだ空間に舞いちっていた  殴られた……!  感じる間もなく……血の味が口内に広がる 「なんだよ……」  怒号よりも激しく  松末の肩が震えている 「おまえは!おまえはタマナシか……!」  崩れ落ちたアラバギの襟首を 松末が掴みにかかった 「令ちゃんにあそこまで言わせて……お前は!」  肩幅が 怒気の為か…1まわり……2まわりも大きくなって見えた 「とんだ紳士だな」 襟首で吊し上げると 松末は アラバギの顔を覗き込んだ 「何とか 返事をしたらどうだ!」  風の尊様……!  項垂れるアラバギは 返事の気力もないままに 唇を噛んでいた  切れた口内が 強く痛む  返事は出来なかった  松末の顔がアラバギの耳元をとらえる…… 「言えない……理由でもあるのか……」  窺うように……虚ろな目のアラバギを見つめた  アラバギの瞳に浮かんでいたのは…… 「……!……」  涙……!  松末は ちょっと躊躇い  腕をゆるめた 「お前」  令を……殺したくない  細く呟かれた その声は 令には届かなかった 心が空洞で ありえない筈の 言葉に驚愕して  震える………細い  アラバギにはあるまじき か弱い悲鳴など  届くはずもなかった 「わかったよ……「王子」様」  襟を離して 松末は手を叩いた 「あんたは……「それで」「いい」んだな」  振り払うような……唾を吐き捨てるような呟きだった  松末は背を向けると 令を抱きしめた 「忘れろ……あんな野郎」  暖かい手が 令の背中を宥める  忘れろ  忘れちまえ  俺があいつなら……姫さんを離さないだろうに  泣くことすら出来ず  放心になっている令のおでこに 松末は おでこを当てた  泣いていいんだ  感情で覗き込まれて  令は ゆるゆると首をふった  結婚……すると……いい……  ふいに 切れたように涙が溢れてきた  痛い  大粒の涙が 頬を熱く滑る  いやだ……  いやだ……よぉ  アラバギぃ……  令の言葉にならない 嗚咽が溢れた  いやだよぉ…… 心が無反応で だのに……ぽっかりと穴があいて……  涙という激痛が 感情という殻を浸している  いやだよぉ……バギ  なんで  ボロボロと涙だけが零れていく……  なのに  令の「全て」が……こぼれて行ってしまう  なんだったの……  アラバギ  私は ……私は貴方の 「何」だったの……?  貴方は「神様」だから?  心に「穴」があいた 「愛して」はもらえないの  わかっていた……気がする 「好き」なのは「好き」じゃない  アラバギの「好意」は「恋意」じゃない  うそ……みたい  愛してくれると……「思って」しまった  あの「笑顔」に 好意を感じてしまった  私…………………………  令は 項垂れて  トレーナーの 胸元を握った ……許せない……  ……許せない……って?何を?  どうしよう  令は自問自答して首を振った 「忘れろ」「あんな」「野郎」  出来はしない  デ・キ・ル・ワ・ケ・ナ・イ  あの黒曜も  あの薄荷の匂いも  忘れようとすれば する程  愛してしまう  目の前に彼がいるだけで……  胸が締め上げられてしまう  私は……  ド・ウ・シ・タ・ラ  慎と「寝て」しまえば……よかったの  貴方は……私が慎の「虜」になっていれば……良かったというの  くちおしい  令はトレーナーの 裾をシワが出るほどに握って 立ち尽くした  握られて  シワになったロゴが楽しげに笑っている  その笑顔は淀んだ場所で  虚ろに見えた 「「吽」」  ラキの言霊が 低く響く  がぅ……!  掌底が コンクリートを直撃様に コンクリートは 激しく……砕け散った、  うおおぉおおぉ……お  風鳴りともつかない 邪気のうねりが 吹き寄せる  コンクリート壁の先は 真っ暗な 細い水路だった  水路の脇が 人1人がやっとの 細い通路になっている  通路には 昭和の頃からの  古い 看板のようなものがひしゃげていた 「か……き……ご……お……り」  とある  薄いブリキ板に 手書きらしい 黒ペンキの文字 時代の逆流を感じる  捏ねらた 邪気の うねりと共に 時代が逆に流れている  かしゃ……ん  足を踏み込むと 瀬戸物の茶碗が 欠けた面を下にして……くずれていた  白地に青い 菊の花の模様  ラキが 先頭で踏み込む 「行こう」  令はかぶりをふった 「嫌だ」 「戦えるわけない」  こんな感情で  できるわけないよ  うおおぉお……ぉお  風鳴りがまた 吹き寄せる 「ならば……おいていく」  アラバギが  切れた口元を拭いながら  唾をはいた  紅い  血の色  令は かぶりをふった  できるわけない  でも置いていかれたくもない  トレーナーを きつく引き下ろして 唇をかんだ  ついて行く  足を1歩踏みだすと  邪気の 結界が パシ……リと 電光をたてて鳴った  1歩踏み出す事に 何故だか 懐かしい……  ブリキの器  小学校の牛乳瓶  時代の忘れ物が 歪んだ空間の中に 埋もれている  令は 自分の肘を抱いた  何故だか懐かしい  邪気の満ちた空間であるはずなのに  酷く郷愁を 感じる  目に見えない 郷愁の流れが せせらぎのように流れていく  古いセルロイドの人形  頬は黒くすすけていたけれど 瞳が青く美しい  まつ毛が長く 影を落とす 「「大切にされて」いた「物」は 「良く」「笑う」んだ」  慎が つぶやいた 「…………?」  令が重い視線を上げる  今なんて言ったの?  よく笑う?  怪訝気な瞳が 美しい流し目と交わった 「物は……大切にされる「為」に「生まれ」たのに」  ライラちゃんの事を言っているの?  そう  そういえば  あの時の慎は 妙に 感傷的だった  ……慎? 「人間は「滅ぶ」べきかもしれない」 「物」に滅ぼされるべきかもしれない 「物」に感情があるのなら 「生きた」人間《にんぎょう》をのっとって我々が 「生きる」べきだ  喰らい殺してくれよう 「肉」の「愛玩」の「欲望」  1時の「満足」で「生きる」人間《にんぎょう》  令が絡めた視線を 慎は 無言で受けた  人間は生きるべきでは無い  朱雀の頬を 血の涙がつたった  なぜなら  なぜなら……ば  ……から……ん  令の足が石の欠片を 蹴り飛ばした  アラバギの 足が砂礫をにじる  通路を進んだ先にあったもの……  朽ちかけた 木製の 小さな社だった  木の格子戸が 朽ちて外れている  蝶番が 赤錆てモロリと崩れていた 「これか……」  アラバギが  懐中電灯の光の輪をむける 「酷い」  社の下部には荒い目の石垣があり 社の 最深には 煤けた石碑らしき物があった  ………………ふと  令が唇に触れた  今……何かが唇に触った?  空気なのかもしれない  それとも気配なのかも?  漂う何かが 令の唇にふれていった  愛おしむように 僅かに 淫靡に  ざり  足元で粉になったコンクリートがしだかれる  社の石垣の下は 僅かに土だった  その土は何百年前かの 時を宿しているように 苔むしている  脇に木が生えていたらしく 根に押し上げられた苔が歪んだ模様を描いていた  木は とうに 暗闇に朽ちて 姿すらない  ただ  根の張った痕跡だけがのこっている  令が1歩近ずいた  うお……をん  凄まじい邪気の奔流が 令の足を包み込む 「……!」  丸で纏いつこうとするかのようだった 「令……さがれ」  松末が体をねじ込む 「結界があって……邪気は先に進めないんだ」  松末の髪が邪気の奔流に 舞い上がる 「結界に入れる「誰か」に纏いついて結界を越えようとしている」  アラバギが足を踏み出す 「石碑の結界を強めるぞ」  ラキの瞳が 了承したかのように光を帯びる 「行くぞ」  アラバギの手印と共に ラキの指も手印を結ぶ 「「結界《なか》」に踏み込む」 「吽」  2人の体から凄まじい光の渦が立ち上がる  邪気はたじろいだように揺らめき 滲み崩れた 「「開」」  アラバギの言霊と共に ゆらりと砂紋のように空間が揺らぐ  アラバギの指が 紋に触れた  ぽぉう……  まるで アラバギの指先を飲み込むように光の紋が纏わる  ざし  アラバギの足が結界を踏み越えた  ざうっ……  逆巻く風がアラバギの髪を千々に散らす 「………………」  慎の右足が 空間の紋様に触れる  がしゅ  真空の刃が 紋を三日月に裂いた 「……!」  慎は己の顔を庇い込むと 背を丸める  ぼう……  慎の体が 発光して  足ががざりと コンクリートをにじった 「慎」  令が手を伸ばす  真空の裂け目は  更に大きくなった 「慎……!」  慎が身体をねじいれる  ぎぃぃん  鋼で 鋼を打つような 激しい音が響いた 「……!」  アラバギが 振り返る  身の内に 神気が無ければ あの結界を踏み越えることは出来ない  だが……今の気配は  邪気……!  アラバギの背を 冷たいものが 伝い落ちた  まさか……そんなはずは……  慎の身体が 鈍く発光している  じぶじぶ  灰の瘴気が 光の紋を侵食していった 「穢れ」  松末の唇から言葉が零れる 「……?」  令が 問う瞳を松末にむけた 「穢れ」  ラキの唇からも その言葉がもれる 「穢れている」  ラキが 無言でたちつくす 慎の背中を見つめた  瘴気は 光の帯を包み込んでは喰らう  まるで細胞のように増殖していった 「慎」  令は1歩 慎にちかづいた 「令!近づくな!」  アラバギの声が 激しく令を叩く  令は 足を踏み出して  アラバギの声に躊躇い たたらを踏んだ 「…………いけない」  苦渋を飲むように アラバギが 顔をしかめた 「慎……おまえ」  「慎」   令が 慎の背中を見つめる  広い背中  何人の女性が 憧れる事だろう 「慎?」  邪気……  それは慎が穢れているということ?  まさか  令が更に踏み出した  そんなはずは無いじゃない  意識の内側で  意識の内側で視た彼は 確かに「異常」だった  だけど  確かに 彼に触れていると 体が異様に「熱く」なる  だけど……?  そんなこと……?  あるはずないじゃない……?  令の手が 慎の背に触れた  指が 綿の布地をなぞる 「慎」  ……!……  令の手首を 慎の右腕が掴んだ  引かれる!  いきおいよく胸元に引き込まれて 令の背中が 慎の胸に密着した 「ふぅ……ぅ」  慎の息が 耳にかかる 「ズゥット……ズゥット コウ シタカッタ」 滲むような 薄ら笑いを含ませた声で 慎は言った 「ヒメ……ミコ」  ふひゅる  息をつぐ 慎の喉が 掠れて絡む 「ヒメ……ミコ……ダキタイ」  慎の髪から 蓬の匂いがした 「ふひゅる……ふひゅる」  慎の唇が 淫靡に割れて 肉色の舌が 令の首から耳を淫らになぶった 「俺の……女に……なって……くれ」  耳朶に甘い刺激が走る  慎は 令の耳朶を 噛みしゃぶった  ふひゅる……  ヒメ……ミコ  令……シズカ……巫女  露姫……  耳朶をしゃぶっていた 唇が ぬるりと……落ちて令の鎖骨を舐めた  ね……僕の……  耳に 吐息の囁きが滑り込む  ね……ぼく……の  ニクタイ ヲ ウケイレテ クレル カナ  淫らな息と 舌と唇の愛撫に 令の背中が甘く疼いた 「あ……」  背筋が震える  や……だ……  令は 首筋から耳が 痺れるように 疼くのを かんじていた  いけない  サイショ……ハ…… カゼ ノ ミコト ガ イイ……ンダロウ  淫靡に息を 耳に吹き込まれて 令が首を竦める 「はな……して」  風の  アラバギの名を示されて  令は 背中が冷えるのを感じた 「や……」  指をたてて 慎の頬を 爪でかいた  いや!  肘を 慎の鳩尾に見舞う  やめ……て  …………っ…………!  慎の首筋に 神気の刃の切っ先が触れた 「離せ」  アラバギの声が 怒気に満ちている  令を離せ……!  朱雀!  冷たく 滑るような神気の切っ先が 光の露を散らした  朱雀……はなせ……  冷たい程に鋭い アラバギの視線が慎の 背中を突き通す  その視線は 慎を貫いて 令の 頬すら切るようだ  令が身を縮めた 「離せ……」と言っている  怒気が 風を 淀んだ空気すら逆巻かせて ぢりり とアラバギの髪を焼いた 「朱雀」  アラバギの黒曜が 深紅に濡れる 「令を……」  揺らめいた怒気が アラバギのシャツを はらませた  いやだ……ね…… 「朱雀」……慎は目を細める  淫靡な輝きが 長いまつ毛を透かして笑う 「いやだ……よ」  ふふ  朱雀が 慎の声を歪めて笑った 「遥か……永きに渡り」  時空すら  神代の全てを越えて 「巫女を「愛し」にきた」  哀れでは……ないか……  この青年が  離してやっては「哀れ」でないか  なぁ……風よ……  青年の運命を しっているか?  朱雀が 赤い舌で上唇をなぞる  アラバギは 刀を正眼に構え じりと砂礫をにじる  慎  青年に 神気を纏う理由《わけ》問わなんだか  朱雀の 慎の指が 己の唇をなぜる  土の ……土の尊の転生体よ  巫女を愛するあまりに  己の命を岩屋で絶った  愚かな神よ  アラバギが ぴくりと眉をあげる……  ラキの肩がたじろぐように揺らいだ  転生の理由は わかっておろうが  朱雀が 唇をゆがめた  もう……もう一度……  もう一度 愛する姫巫女に相対し  今世でこそ……添い遂げる  哀れ……では……ないか……?  過去世の巫女は どこぞに転じたと思う……?  今世よ  慎が令の肩を両の腕で抱いた  の……静巫女  アラバギが 胸が締め付けられたように顔を背ける  令の耳に ねっとりと息が纏いつく  の……  憂いの君  片手が令の顔を傾け 己の唇にむけた  憂いのそなたも……また麗しい  唇が 令の唇にサラリと触れた  く……ふふ  慎の肩が 引きつったように震える  く……ふふ……ふ  そなた……だ!  そなただ芳川 令!  朱雀の手が 慎と共に 微かに揺らいで 令の胸をまさぐった  や……!  令は 朱雀の手をはらい上げて 駆け出した  アラバギの方へ 「行ってしまうの……?」  令の背中に 慎の声がかかった  それは 奇妙に漂白された 潰れた呟きだった  令の足が 止まる  行ってしまうの  令の膝が がくりと戦慄く  行って……しまわないで  混ざる別人の声音  令は アラバギは ハッと顔を上げた  今の声は 「行ってしまうの……令《しずか》」  重なって 2人の声が響いて聞こえる  お……おまえ  愕然と アラバギが目を見開く 「土のイト」  長い手指が ギリっと握られた 「イト……」  そんな……ばかな……  令……  シズカ  行ってしまわないで  イカナイデ  逝かないで  いやだ  いやなんだよ  令には 慎の唇が震えているのが 背を向けていてもわかる 「令……!」  アラバギが手を伸ばす 「令……来るんだ……!」  行ってはダメだ!  2人の苦鳴が重なる  いっては……やだよ……  慎の 最後の呟きは まるで傷ついた 少年のようだった  いやだ……よ……  ねぇ「しずか」  子供がまるで「ママ」と呼ぶように  慎の言霊が 令の全身に絡んでくる  ねぇ……「令」……  令の肩が ぶるりとふるえた  駄目  呼ばないで  脚がくじけてしまう  見捨てられた子猫みたいに 呼ばないで  令は 1歩アラバギから後退した  ねぇ戻ってきてくれるんだ  ねぇ「シズカ」 「……!」  違う  令は かぶりを振った  私ではないよ 「慎」が求めて「いる」のは わたし……じゃない  キット ソウ アラバギ モ  アラバギは 姫巫女の私を必要とシ・テ・イ・テ  慎は ううん  土のイトは「シズカ」を必要と シ・テ・イ・ル  ワタシ ジャ ナイ ンダ  ワタシ ジャ ナイ  令は激しく2度 顔を横にふった  いやなんだよ  わたしじゃ……ないなら  シズカ  わたしじゃないなら  シズカ  令  わたしじゃないなら  令の肩が震えた  わたしじゃないなら! 「「呼ばない」で!」  全身から 絡んでくる 感情を かなぐり捨てて  令は その場にしゃがみこんだ  ちがうんだった……ら 「ワタシは……ちがうの」 ちがうの  背中が震えてくる  令  アラバギの声が……聞こえる  令ちゃん  慎の声が……きこえる  チガウヨ  ワタシは ヨシカワ レイです 「レイ」です 「令」  令はイヤイヤをした 「令」  再び 「令」  3度  令愛してる……  背中から囁かれて  令は ぎく……りとした 「令……「愛してる」」  慎  慎の瞳から 血の涙が流れていた  愛……し……てる  何だか 何かに抗っているような表情で……  声を詰まらせて  愛し……てる……  令は 背中が震えるのを感じた  己の両の肩を知らずに抱く  唇が かわいて うっすらとひび割れた 「慎……いま……なん……て?」  声が 結界の波紋を 揺らして響く 「あいしてる……よ」  令……  慎の瞳で 眼差しで  そして感情で  令は……知らずに涙が流れているのを感じた 透明な水晶の滴が 頬をきる  ……今……今……慎は……私を「わたしを」愛しているって  繰り返し  令の 瞳が絡んで 慎の 瞳を探る  何者の影もない  確かに……確かに「私」を「愛してる」って……  ワタシ ヲ アイシテ ルッテ  アイシテ クレタ ンダ  令は 足元の砂礫をにじると 思わず 駆け出していた  ………………!  アラバギの 指が 令の 指先に絡む 「れ……」  ……………………!……………………  令は その指を振り切って  慎の胸に飛び込んでいった  そのまま  そのまま……胸から背にかけて腕を回す  アイシテ……クレタンダ  令の眦を 熱い涙が濡らす  アイシテ……  アイシテ……  アイシテ……クレタ……  ワタシ ヲ ミテ クレタノ  令が指を 慎の背に這わせる  筋肉の線を 指に感じる  熱い身体  アイシテル  ワタシ モ アイシテ……ル 「慎」 令は 己から慎の胸に 体重を預けて 爪先に力を込めた 「……ん……」  唇を震わせる  柔らかに触れて 慎の息で 渇いた己の唇をぬらした 「ありが……とう」  慎……  瞼を閉じて……身を寄せる 「令……僕は……」  慎の眦からも 涙が滑って落ちた 「なに……」  その色は……最早 深紅ではなく……  透明な 水晶の美しい輝きだった 「赦して……ほしい」  狂おしげに……慎の手の指に力がこもった  ぎゅう……  と令を掻き抱く……  駄目なんだ……  髪に顔を埋めて 口付けた  髪の一筋を……  一筋……一筋を愛でるように 唇で 擦っていく  愛して……  愛して……るんだ  もう……駄目なんだ  アラバギには……渡さないよ  アラバギの名を 飲み込んで  令の背を 熱い腕で抱き込む  愛して……る……  狂おしげに  慎の唇で 髪の一筋が濡れた 「「彼」を忘れさせてあげる」  荒い息の  桜色の唇が 額を吸い  頬を降りてくる  令の赤い唇に触れて  一度離れ……  ふい……  剃刀の一筋が 慎の頬を裂いた  ほんの……僅かな一陣の 風圧と……殺気……  殺気は 慎の頬を裂いて さっくりと皮膚を掻いた  紅い  紅い滴が 形の良い頬を すい……と つたって行く  薄い……痛み……  いや……きっと 痛みすら感じなかったろう  令は顔を上げて  指で……  指で 慎の 傷を拭った  右の親指の腹が 深紅に濡れる  擦ると ぬるりとした  血……?  令の首筋に……殺気の刀が 形となって触れる  長い……黒絹が殺気に踊った  ……バギ……  ラキの震えた声がする  それは 凄まじい 恐怖の対象でも見たかのように 張った 絹の震えだった  ぶるり  松末が首を竦める  背を 冷ややかな汗が 伝い落ちていった  ……おい……  声が出ない  紅い……鈍く滞光したうねりが 澱んだ空間を揺らしていく  殺気……  いや……  憎悪……  令は 跳ねるように振り返って 「……………………!」  瞳を震わせた  アラ……バギ  令の喉が震える  声が上顎に 貼り付いてしまった  声が……声がつむげない  れ……い……  重い 怒気が 空間を 声の波長に歪める  令……  アラバギの双眸は 深紅に染まっていた  渡せ……ない……  長い髪が揺らいで……巻き上げた砂礫を 散々に弾く  渡す……ものか……  れ……ぇい……  腹に響く……深い……  怒声ではありえない 空間の振動  重い一撃が……  真空の弾が 令の身体を弾き飛ばした  渡しては……ならない……  私……私は……  令に手を伸ばして 虚空を 食んだ  いやだ……  れぇ……い  アラバギの瞳を 深紅と 黒の輝きが 明滅した  令……  令は……じりり……あとじさった  突いた尻に 砂礫が 痛い  指が コンクリートをかいた  いやだ……  いやだよ……バギ…… 「嫌だよ……やめて……」  怖いよ……怖いよバギ  令の指先に 割れた爪が 血を滲ませた  怖いよ……アラバギ……  うねった黒髪が 赤い歪みを這い上がる 「令」  アラバギの指がのびた 「令」 「令」  連呼する  令の 震えが足先にとどいた  いや…… 「よせ……バギ」  令の背に ラキの手が触れる  ラキが令の前に 立ちはだかった 「よせ……アラ……バギ」  痛い……しかめた眉が ラキの 心の痛みを訴えている 「頼む……アラバギ」  瞬速  アラバギの 足が 地を蹴った  がぅ……  ラキの眼前に 怒気の刀の切っ先が 伸びる  ぎぃぃっ……  耳を壊すような……恐ろしい音がする……  にぎいっ……  研がれた刃が 噛み合う音  ぎちぃ……  噛み合って にじりあう 「……!」  アラバギの凶刀を受けたのは 松末が抜き放った白鷺だった  がぎぃ……  しかし……白鷺は 女刀  鈍く きしいで アラバギの刀の 牙を受ける  刃が めり込む  きし…… 「……!」  白鷺の刀身を 不吉な音が走った  白い……さざれた ひびがいる  はしぃ……ん……  刃が切れた  白鷺は 神刀とはいえ アラバギの 神気の刀と対に鍛えられた  女刀なのだ  神気の一閃に適う筈もない  妖を断たせれば 天下一の白鷺も  神であるアラバギの持つ刀  神が振るう刀に勝てよう筈もない  刃の中程から下  握りからわずか上  白鷺は 切り捨てられていた  長年の歳月と 清め  祓いを 重ねて 白刃のしなやかさと 軽やかさ  刀身の薄さで 銘打たれた「白鷺」  最高の鋼も 打ち折られてしまった  ラキが くっと 唇を噛んだ  斬られた刃の 弾き折れた破片が ラキの肩口を かすっていた  薄く……シャツは裂け  薄く引かれた傷口が……!  さくり……  血の珠を 浮かせて 徐々にシャツを血に染めていく  刀で斬られると痛い  令は 手伝いで 出刃包丁を研いでいた時  親指の腹を 薄く切った事が あった  ほんの僅かに傷口も 皮を白く 薄く裂いただけだったのに 異常に傷んだ  だからきっと  令は ハンカチを出すと ラキの肩口に押付けた  痛いはずなのだ  それなのに  ラキは 眉ひとつ寄せたりはしない  ただ凍りついた真顔をしている 「ラキ」  令が 己の服の袖を裂きにかかった  結構出血している  圧迫し続けないと  令は 破った袖を圧迫帯にするつもりだった  び……  裂いて 「……!」  裂いた手をラキがとめた 「平気だ」  そのまま……顎を上げて……  アラバギに歩み寄っていく 「ら……き」  令は ラキの背を指で追って 唇を震わせた  ラキは アラバギの凶刀を見据える  神気の刀は アラバギの身体から吹き上がる禍気を受けて 赤く てらりとひかっていた  ぱし……り……  ラキの足が 砂礫をにじった  ラキの体重に砂礫が砕ける  ざ……  ラキの腕が伸びた  肩口の出血で 最早 上腕まで深紅に染った 白いシャツが 重く 禍気に揺れる 「ラキ……ラキ!やめて……」  アラバギから 禍気がまきあがった 「……………………」  それでも  それでも尚……  ラキは 歩み続ける  ラキ……!  1歩……  駆け出そうとした令の肩を 松末が留めた  令の足が2歩 たたらを踏んだ  まかせるんた  声にはならないが……松末の唇が そう動く  ラキの指が アラバギの間合いに届いた 「バギ」  刀が……  ……!……  刀が振り下ろされる……! 「ラキ!」  令が跳ねた  ズッ…………  重い物を……  肉を断つ音がして 床に深紅が散った 「……!」  令の腰から下が 一気に挫けた  へたりこんで 手が床をにじる  ラキの右肩から 胸骨までを 刀は 断ちいっていた  ぐ……  ラキの唇から深紅が こぼれる  どく……ん  心臓が脈打つ度に 傷口は 鮮血を噴き出していた  ああ……  へたりこんだ 令の手が床をかく  声が出なかった  喉が  喉がはりついて  驚愕に 声が蓋をされたようだった  ら…………き……  深紅が ラキの 上半身を染めていく  最早 白い麻のシャツは 赤黒くぬめった  重く 血に濡れそぼった布地から 沢山の 赤い筋が床をぬらしている  ぬら……りと深紅に照った 液体はなげだされた  懐中電灯に 黒く沈んでみえた  ラキィ  ようやく ようやく出た声は ありったけの声量を 発した筈なのに 酷く掠れている  細く震えていた  ら……  腰が挫けてしまって 上がらない令は四つん這って前進した  いけないよ  駄目だよ  バギ  このままじゃ…… このままじゃ……ラキを殺しちゃうよ  指が 強く 床を握りこむ  やめてよ……  ざ……  松末が1歩  令の前にでた  このままでは ラキが このまま前進すれば令ですら  あの凶刀は 殺してしまう  だから  松末の右足が床を離れた  残った左が 身体を大きく跳躍させる  ……!  まるで弾丸のように  松末の身体は間合いをつめていた  アラバギの 挙動範囲の際で軸足をついて 回転をかける  身を翻して松末は アラバギの背後へ回り込んだ  互いに 背を向けあった ままだ  松末の 鍛えられた肘が アラバギの背骨を見舞う  加減は……しない  常人が相手であれば 背骨が折れる 可能性もある  しかし かまってなどいられない  ……!  しっ……  松末の気合いと共に 滑らされた肘を 瞬前で  ……止めたものがあった 「お……い」  体重を 勢いを 回転を 松末は 殺す  おかげで 軸足がいってしまったが 仕方ない  松末をとめたもの  それは アラバギの背面に回された ラキの腕だった 「ばか……やろー」  ラキの 血に濡れた唇が動く 「はか……やろー」  震える声に 喀血の音が 含まれる 「あ……」  令は右手をのばして  ラキの背を 朧になぞった  ラキ  アラバギは……動かない  バギ  アラバギの背を ラキが包む  何があっても  俺はそばにいるからさ  ラキの端正な横顔が アラバギのシャツにふせる  な……「哭くなよ」アラバギ  ラキの身体から溢れた ラキの生命の源が アラバギのシャツを染めていく  な……哭くなよ……  バギ  わかってやれる  きっと……いつも半身として側にいるから  ラキの肩から 息が落ちた  意識がおちていく  ラキの足は 最早 意識をもたなかった  上半身にのみ 残る意識と力が  強引にアラバギに 意志を告げようとする  側に……いて……やりたい  ラキの腕が……!  ラキの腕が意思を抜いた  がくり  すべての体重が アラバギにあずけられる  しかし……しかし  アラバギは支えなかった  ずら  刀が  崩れ落ちていく ラキの体から 抜けて行った  最期の 血が……飛沫いた  ……!  令が身をしぼる 「ラキィィィ」  足が 腕が痺れて 背筋を悪寒がかけた  令の伸ばした指が ラキの指にふれる  ああ……  力無い  意識が……いや……もう……  生命が抜けてしまっているかもしれない  しれない……の  細い指先が 力なく投げ出された ラキの指を撫ぜた  ラキ……ねぇ ラキ?  アラバギの意思を失った瞳は ただ……  ラキの指にすがる 令を見ていた 「れ……い」  酷く 起伏に欠けた声が アラバギの口からこぼれる  瞳の焦点が 朧に揺らいでいた 「れ……」  涙でぐちゃぐちゃになった 令の顔が アラバギを見上げて ゆるゆると振れた 「れ……」 「う……!」  跳ね上がった令の体が アラバギの襟を掴んだ  ば……しっ  鈍い音がして 令の右の掌が 熱く疼く 「アラバギ……の馬鹿ぁ!」  身体から搾られた叫びは 酷く大きく 辺りに反響した  握ったアラバギのシャツが 血でぬめって きつく握ると じわ……と絞れる 「なんて……!なんてこと」  きつくアラバギを引き寄せて  アラバギの唇に 噛みつかんばかりに 身を乗り出した 「なんで……よ」 大きく アラバギを揺すって 力ないアラバギの瞳を睨みすえる 「れ……」  アラバギは虚無だった 「あ……」  もう……もう一発! 令の平手が アラバギの 頬を見舞った  そうして  ……!……  返す手で もう一度! 「……………………」  手がジンジンといたんだ  だけれど ゆるすもんか  3度目!  振り上げた手をアラバギが受け止めた  大きな手が 令の手を包み込んでいる 「……あ」  見上げれば アラバギの瞳には 意志がもどっていた  だけれど 消耗しきったような  砕けた意識に しだかれたような 表情をしていた 「う」  ぐら……  アラバギの足が震える  膝が笑っているようだった 「す……ま……ない」  片膝をついたアラバギが 令の肩をかりる 「ラキ……が」  令に 導かれるままに……アラバギは 両膝をおった  そうして  ラキを抱き寄せる 「ラキ」  アラバギの声は 悔恨を含んでいるとも  砕けた自分を 必死に拾い集めているともとれた 「すまない……」  長い……  ラキの血に濡れた アラバギの髪が ラキの顔にかかる 「申し……わけ……ない」  自分を 切り刻んでいるような 激痛に耐える  そんな声  ごめんな……ラキ  抱き込んだラキの頭を 更に抱きしめる  私がコロシタ  コロシタ 「ばかたれ……が……」  アラバギの苦鳴に滲み出た涙を 鬱陶しげに  ラキが笑った……?  ら……き……?  きょん……  令は ぺったりと……正座してしまった  …………? 「お……い」  松末が歩み寄る  気づけば 松末は 左足を 引きずっている 「意外とたのもしいじゃないか……」  揶揄って 膝をおりながら ラキの傍らに かがみ込む  長めの 顔にかかった ストレートの髪が  ラキの顔に 影を投げかけた 「しぶてーな」  見れば  半身を切り裂いた刀傷は じわりと 塞がり初めている 「……?」 「神気の刀ってな……便利だな」  へへ……ん  松末が右手で 鼻の下を擦った 「物の怪共には破滅でも……神族には 一時的な傷しか与えないらしい」  にや  ラキが 口の端を上げた  やれやれ  知ってやがったな  松末が 拳をぐい……とラキの頬に押し付けた  は……  ラキは浅く笑う  ……!  でも……笑うとやっぱり……痛いらしい……  じゃ……なきゃ……飛び込めないさ  にんまりと 目がほそまった  ぴんっ  令は あんまりな事に ラキの頬っぺたを 叩いてやった  死ぬ程心配した  アラバギなんか……泣いてたのに……  いんやぁ  頭を搔くラキ  刀 振り回す方が悪いだろ……?  アラバギにウインクをくれる 「おおばか……やろー?」  じっとり……と覗き込んでやって  ラキは鼻をコリリとかく  泣いてる  アラバギの右の頬を伝う滴を ラキは揶揄って見せたらしい  アラバギは 拳を振り上げると 思いきや……  きつく ラキの頭を抱えこんだ  二度とあんな真似するな  アラバギが ラキの頭にごりごりと 拳をあてる  おいてっ……! 「どっちが……だっ!」  どっちが  派手に抵抗して ラキが足をばたつかせる  まだ痛いんだぞ  ロックから 解放されて ラキは 肩で息をした  人間だったら……即死だわな  松末が 令にウインクを寄越した  はあ……あああっ!  もう立ち上がる気力も無い  令は 座りこんで ふてくされていた  ううぅ……もー知らないから……  ラキは 立ち尽くすアラバギに小さく肘をくれていた  令に 令に向かって顎をしゃくっている……  令は むくれると 膝を抱え込んだ  怒らせちゃったかね  ラキの小声が聞こえる  怒ってますとも  令は下から睨んでやった 「そりゃ……あ……まぁな」  松末が 肩を竦めた  そして……ほらよ  松末は 2人の背を 令に向けて押し出した 「おお……わ」  ラキがたたらを踏む 「謝ってこい」  痛めた足を庇いながら 松末は親指を突き出す仕草をする  怒らすと厄介なんだから……  お姫様は……さ  アラバギは思い悩んだ 風で ラキがまろびでた 「その……なんだ」  モジモジと身を捩る 「ごめんよ……令ちゃん」  あの……ね  腰を屈めて 令の顔を覗き込む  令は顔を俯かせたままだった 「令ちゃ……ん」  ちょっとおどけて ラキが手を伸ばす  先には 令のやわらかい髪があった  れーいちゃーん  節をつけて 令を呼んで 顔を覗く  髪を指でくすぐった  ねぇっ……たら……  さぁ  ガッツン  ラキの頭にアラバギの拳骨が落ちた 「いだい」  アラバギも 手を振って 痛みを解している  結構強く殴ったんだろう  ぷふぅ  令は 嘆息した  肩を竦めて 耳を肩につける  しかたなし  人差し指で ちょい……と ラキの膝を押してやる  れーいちゃーん  ラキはハートマークがつきそうな 調子で 令にしゃぶりついた  ごめんねぇ  がっちりと 令を抱え込んで  すりすりと 頬をよせる 「う……うん」  令が返事をすると  心配かけました  大袈裟な身振りで 飛び退いて ラキが手を合わせる  ほんっとにごめん  必死に 眉間に しわをよせる  もーしませんから  信用して……いいんだか……悪いんだか  令が 首をのばした  に……しても……  アラバギ  アラバギの目は 思い悩んでいた  ラキが はっちゃけておどけているのに  アラバギの目は「死んで」る  バギ  令が立ち上がりかけた時  びじり……と嫌なおとがした  奥……奥から……?  石碑か……ら  第2章 朱雀  びじり……  亀裂が 石面を這うような  そんな……音  ぱじり……  ぴし……ぴしし……  アラバギの背を 凄まじい悪寒が襲った  しまった……  呑まれた  ぱぎ……  鈍い音をたてて  令が 懐中電灯を向けた 先の 石碑がささくれる  あ……  小さな破片が 剥がれて落ちた 「封印」が「とけ」た  ラキが 令を引き寄せる  ヴォッ!  石碑のまわりの 空気がよじれる  にゃああぁあ……  空間が捩れて 黒い帯が 立ち上がった 「……!」  どっ……  凄まじい衝撃波と共に 石碑が 爆散する  び……  アラバギの……ラキの身体を 石碑の破片が 薄くかいていく  服が裂けて 血が滲んだ  令はラキの胸に 抱え込まれて 石碑の あった場所を見つめた  そこには邪気の 太い柱が 屹立していた  下水の天井すら 破り抜いて 地上を めがけている 「朱雀」  慎はつぶやいた  ……!……  足元を 鈍い衝撃が伝う  ごごご……  地響きと共に 縦に 大地は 揺れ始めた  ぎぃぃ……  社が軋む  令は しっかりと ラキのシャツを握りこんだ  ――戻った…  空間が軋る様な そんな声が 令のまわりを満たした  ――黄泉がえれ……我が下僕よ  うねる空間が 邪気を織り込んで 上空へと伸びていく  令が 身をのばした  ――逆巻く……死が訪れよう  松末が 拳を 握り込む  みすみす……  みすみす 復活させてしまったか  邪気の帯から 邪気の網を 食むようにして のっぺりとした 「立体」があらわれる  黒い 繊細な網は 向こうを透かしながらも ひょろりと 人の形を 象っていた  線が交わり 網が濃くなる  密度が 質量に変化する  蒼白い 屍死肉の裸  薄い 赤い唇からは 乱暴な 歯並びの 赤茶けた歯がのぞく  きしぃいぃ  人形は 歯ぎしりした  きり……きょりきょりきょり  酷く神経質な 気配に 気に障る    ききき……き……ききき  その顔には見覚えがあった  ぎぃ  軋る 歯を持つ男  全裸で 隠そうともせず 立ち尽くす  異様に下っ腹が でている  胃のあたりは ぺこりとへこんでいた  肋が 1本1本  繊細なドームをえがいている  肌は 屍死肉を 透かして 赤黒い筋と血管で どす青かった 「ふきぃ」  嫌な音  声?  呼吸の音がもれた  ひゅろう……  喉の骨にへばりついた皮膚が 呼吸の度に ぷるりと  震えている 「喰らひたい」  異様な 大きな口が かぱりと歯茎を見せた 「喰らひたい」  大きな頭が 異様に赤い  まるで嬰児のようだ 「ふひ」  人形は 手を上に上げた  そして細い手を ぎちりと 締め  空を圧迫する  ぶっ 「…………」  破られた 下水の天から 血の飛沫が降った 「ふひぃ」  人形は 顔を上げる  そして飛沫を受け  のくり……と飲み下していった  のくり……のくり  血を食らっている  のくり……ああ……のくり  歓喜に似た 吐息をあげて 人形は食らう  ぎいぃうぅっう……  天井の穴から血塗れの 男の体が降ってきた  にきり……  人形が 圧搾すると  男の体躯は 空で止まり  にきり  男の首が あらぬ方向へと 曲がり始めた  にきり……にきり……  嫌な 肉のねじれる 音がする  ぶりり  首の筋肉と筋が ねじきれる音がした  ぽくり  首が 無理に 1周させられたために 骨が弾けて 関節が抜けた  にちゃあああっ  血塗れの……人形の顔が「笑っ」た  ひるぅ  喉に 飲み下さずに 残った 男の鮮血が けぽりと 音を立てる  にちぃ  にりにりと 首を捻り切って  人形は 血塗れの 男を弄ぶ  下水の  下水の上にいた者か 被害者は 作業服を来ていた 「立石ビル 総合 メンテナンス」  背中にオレンジで  そう読める  カーキの作業服は 鮮血にそまって もはや赤黒い斑に 染まっていた  背中の 社名の刺繍だけが 血を弾いて  橙に浮かび上がっている  カパァ  人形は 口を開けた  のくり  血で粘ついた喉を 歓喜して上下させる  き……  人形は 作業服の男の頭に向けて 手をのばした  きぅ  指を広げて空を掴む  まるでそこに 球体があるかのような 動き  に……  指先に力がこもる  爪が 空間に突きたった  ぞぷ  男の頭が……  額に 見えない指がめり込んでいく…… 「……!」  男の額に 頭頂に 指先程の「穴」が5つ「開いて」ゆく  ミシ  頭蓋が 軋んだ  き……  人形の歯が 軋る  き……  人形は 球体を握ったまま 真上に手をふった  みき……  頭蓋が 2つに割れる  頭蓋は まるで脳手術で蓋を開けた 頭蓋骨のように  綺麗に 割り切られていた  赤い橙の 大脳が のぞく  人形は 口を開けると ぐくり……唾をのんだ  ――美味なりし  諭しのある声音が 喉から響く  令は 反射的に 人形を 振り返った  眼が 知性の力を宿している ――美味なりし……  がしゅ  脳が弾けた 「きゃ……」  令の上に 脳の管が降ってくる  アラバギは 令を 抱き込んだ  み……  人形は 降った脳を掴むと……歯をたてた  もしゅ……  咀嚼する  もしゅ……もしゅ  もしゅ……もしゅ  令は吐き気を覚え 目が回るのを感じた  貧血に似ている  もしゅ……もしゅ……  もむ……もむ  たまりかねて 松末が跳んだ  痛む足を 気遣っての跳躍だが 令の 肩の高さを ゆうに  こえていた  ざ……  人形に 折れた白鷺の 刀身を 見舞う ぎっ  松末が 人形の 空間に触れた途端  松末の身体は ゆっくりと背面に反っていった  ぎし 「……っ」  松末の背骨が 呻く  ぎ……指の関節が 逆さに反って めきりと音をたてる ざ……  人形の 緩慢な腕の一振に 松末の身体は 翔んでいた  背後に 凄まじい速度ではねられ  かなりの衝撃をもって 下水の壁に叩きつけられる  ぎ……  松末は 歯を結んだ  結んだ歯に 赤い血が滲む  歯が割れたか 砕けたか  令は 松末に駆け寄った 「だ……だいじょ……ぶだ」  絞るような 力んだ声  松末は がく……りと頭をたれて荒い呼吸をした  長い前髪が 呼吸の度に 前後に揺れる  ひゅ……う  喉がなった  松末は 腕を動かすのでもなく 壁に寄りかかっている 肋が やられたかもしれない  ぷっ  唾を吐いた中に 白いものが混じっていた  白い……骨色の物質  歯……  松末の歯は 激突した際 食いしばった衝撃か 欠けて 割れ砕けていた 「ちぃ」  鈍く 松末が呻く  やっぱり……生身じゃきついやな  ふ……  激痛と 鈍い痛みに全身を 襲われながら  松末は 1人ごちていた  肋 やられたな  段々と 膝が笑いはじめて 松末の身体は 壁をずった  ちっ……くしょー  滑り落ちかけて 令に支えられた 「……!」  折れた肋が 内臓に障った 「ぐ」  しゃがもうとして松末は 令に 抱きつかれた 「私が……なんとか……する」  令の肩から 背中から 淡い光が煌めいた  なんとか……しなく……ちゃ  松末さんが死んじゃう  令の背後に 淡雪のように煌めく 蓮の花があらわれた  艶やかな虹の 透明な花弁が 清らかな露を宿す  それは それはまるで 朝の 高原に宿る 清らかな 露のようだった  虹の光を受けて 露が きか……り と輝く  令は右の掌で 水滴を承けると 水滴は 令の掌で きらりと 転がった  令が 息をかける  ふ……う……ぅっ  令の掌を 「水」が満たした  美しい  密やかな「水」  神域の地を流れる  光を 遊泳させる「水」  令の 掌を溢れて下水に流れて  しかし尚も 令の指間を湧きいずる  令は両手で「水」を「囲って」  指先を 松末の唇につけた  ひや……  美しい冷ややかな水が 松末の唇を転がった  つい  令の手が伸びる  松末は 「水」で 口内を満たした 「水」が 歯肉を洗う  根を残した欠けた歯に 「水」は痛みをもたらさなかった  不思議と痛くない  ふく  加えて 荒れた傷跡が緩やかに盛り上がり 歯肉を癒していった 「令……?」  痛みが消えた 「水」を飲み下すと 五感が すべての不満を訴えなくなった 「なに……した?」  松末の 指が伸びる  僅かに 乱れた 令の髪の一筋を 指の腹がさぐった 「おまえ……」  指先が 令の頬を滑る  膝の震えが 不思議とおさまっていた 脚に 腰に肩に 全身に力が入る  松末は 半身を 下水の壁にもたせる 形で 身をおこした  戦える  軸足の痛みもおさまっていた  松末は令を 壁に押しやると 瞑目して白鷺に気を込める  半分に打ち折られた刀身が 鈍く白銀に 光を宿す  「祓え」  言霊と共に 松末が白鷺を 打ち振った  ぎ……  打ち折られて 鋭利に 尖った刀身が 赤光を放つ  空間を 澱んだ水を 白鷺の赤光は裂いた  び……  邪気に澱んだ空間が 赤光に怯え  怯んだように その断面を 開ける  邪気の断面が うねった  邪気の襞が まるで触手のように 波打って 傷を塞ごうとする 「灰燼」  微塵に……触手が 言霊に砕けていく……  令が 身を上げた  びるぅ  人形のまわりに おぞましい 肉壁がたちあがった  酷く淫猥な 吐き気をもたらすような 肉の蕾だった  ぎち……  人形の 肉壁が 赤光を噛む  みいぃ……  肉壁が 赤光を 侵食して 絡めとる  びぅ  松末の 方を目掛け……肉の蕾から 肉の蔦が跳ね出した  しぅ……  肉の蔦の先が 蕾のように割れ  花を開く  中には赤い……嬰児の顔があった  みぎゃあ  みぎゃあ  閉じた目が 赤い肉を透かして 酷く黒い  みぎゃあ  泣くたびに開ける口は 歯が無く 唾液に ぬれていた  みぎゃあ  胎児が 松末に絡みつく 「……!」  歯が無い 口が 松末の 腕を食む  み……ぎゃ  生暖かい 唾液に 腕が濡れた  み……  ぴし……っつ  口を開け……顔を歪めた胎児の顔が伸びた 「……!」  松末の顔に すえたような液が 撒き散らされる  それは 生物の 消化液に似ていた  み……  しぅ…… 「く」  しかめた 松末の顔が 熱く熱を帯びる  し……し  髪の一筋が 蕩けて落ちた 「くそ」  目にしみる  酸性の液は 皮膚を焼き 皮膚を蕩かす  すえたにおいが 下水をみたした  みぎぃ  松末の 蕩けた皮膚に 小さな舌を 這わせようとして 胎児は 顔をよせた 「辛かろ」  酷く落ち着いた  人を呑んだ 声がする  ち……  松末が 白鷺をたて 胎児の 侵出を 防ぐ  ひぃ……ひ  引きつった笑いが 胎児の 細い喉を震わせた  ひぃ……ひ  胎児の舌が 赤く爛れた 松末の 手のひらを舐めた  爛れた 液が 胎児の口に含まれる  ふぃ……ぃっ  酷く満足したような 恍惚とした笑いが 胎児の顔を満たす  ひぃ  舐められる度に爛れた皮膚の上皮が剥げて 火であぶったように痛かった  ひぃ……ひ  胎児は更に 松末の 全身に 消化液を振りかけようと  触手を伸ばす  ちぃ……  松末は追い込まれて 尻もちをついた  ぎ  にじり寄る胎児の顔を 縦に一筋  赤い線が走る  赤い線はぷっくりと 血の珠を 浮かせ  血の珠は つら……りと 線をすべった  みち……り  胎児の顔が 線から半分に 静かにずれていく  顔の目鼻の位置が ずり……と ずれた  ぷし  ずれた部分から ちいさい 脳髄が 覗き 黄身がかった 半透明の 液が滴って 胎児の顔を濡らす  胎児の顔を断ち切り 刀身をはらったのは アラバギであった  長い黒髪が 流線に舞う  毛先が静かに 花弁のように 肩に落ちた 「………………」  瞑目したままのアラバギは 2撃  触手の根元をはらった  び……  すえた 強酸の汁が舞う  ぶ……  肉の蕾が 弾けた 「大丈夫……か……」  抑揚なく アラバギは 松末の前に回り込む  その所作は 淀み無く  見事な 流線だった  松末は 爛れた瞼を開ける ことも出来ず  気配でアラバギの 所作を「視」た 「す……すまないな……」  口を開けるだけで 頬の肉が引き攣る 「いや」  薄荷の香りが 動いた 「あんた……には「借り」がある」 令がすかさず 手当に入る  アラバギの 長い 後ろ髪の毛先が 松末の髪をかすめた 「片付ける」  アラバギは 言い切ると 下水の 水を蹴って 間合いを縮めた  神気で闘う 剣術の 歩法  擦り寄って……大きく水面を蹴る  水面は アラバギの身体を支え 緩やかに波紋を刻んだ  間合いを 詰める アラバギの 足元で 下水の水は まあるく 波紋を咲かせる  ざ……  2・3  一気に左右に踏み込んで 上段に振りかぶる  アラバギの 黒髪が 下水の 闇に散った  ざぅっ!  ぎ……  人形の 肉壁に アラバギの 神気の風が ぶち当たる  刃先は 肉壁にかする 瞬前で 赤黒い膜に遮られたが  風の鎌鼬は 膜を裂いて肉壁を 断ち切った  びょおぉおっ……っ  肉が……蟲が呻くような  空間が「鳴く」音がする  それは 空間の 苦鳴であったのか  それとも うねる邪気の発した 奔流の音だったのか  断ち切った 瞬間に アラバギは 弾き飛ばされ 確認することは出来なかった  ぎちぃ  肉の蕾の下部には 吐き気を催すような 人間の筋肉  筋で構成されたような 根がはっていた  それが 下水から抜けて遠ざかっていく  その「根」は 下水の「天」を貫いた邪気の柱をのぼっていった  ぎょるるぅぅ……ぉお  澱んだ闇の 天空に 呻きが谺する 「ち……」  アラバギが 追おうとして全身の筋肉に 伝令を送るが  それを遮ったのは 「あーあ……やっちゃったわねー」  ひどく間のぬけた 明るい 飾りの無い声音だった 「………………マニ」  肩を落として ラキが呟く 「?」  令は小首を傾げた 「やっぱり……いやがったか」  ちょっぴり 苦鳴混じりの嘆息 「もう ちょっと……こーしゃきっとできないわけ あんた達って」  闇をかき分けて ついでに髪を かきあげながら  白い姿は立っていた  一言で言って……絶世の 美女  胸の空いた酷く短い 着物に 白いすらりとした 肢体を  くるんでいる  しかし白い 桜色に色づく程の肌を 惜しげも無く晒した  その胸の膨らみは 令よりも いや令が見た誰よりも 大きかった 「ねぇ……」  短い……大腿の 上部を僅かに隠すだけの 白い着物から もっちりとした 大腿が 滑りでている  僅かに屈んだだけでも 臀部が覗けてしまいそうだ  白い大腿の付け根に 男性ならば目線が這い上がってしまいそうである 「相も変わらず ゆーじゅーふだんなの?」  意味深に言ってマニと呼ばれた美貌の 人は アラバギの脚に 白い脚を絡めた 「少しは「男」になったのかしら……?」  マニの方が アラバギより年嵩なのだろうか  桜に 艷めく唇が しっとりと 舌に湿らされる 「ね……」  ぎゅう……  ラキの シャツを握る 令の指に力がこもった 「……お……わ」  そのまま 後ろへ ぐいと 引く 「だ……れ」  ちょっと鼻の上にシワを寄せながら  朱がさした頬を 引き攣らせて 令は唇を締めた 「誰なのよ」  あからさまに まるで噛みつきそうな 小動物 そのもので 令は きっちり と マニを睨みすえている  なんで絡んでるのよ!  今にもキャンキャンと 吠え付きそうだ  ラキは 嘆息すると 令の肩に手をおいた 「あいつはマニ」  1つ咳払いをすると 申し訳無さそうに 「あいつには 悪気は無いんだけど いっつもまわりに 誤解される」  令の肩を くすくすと揉んだ 「あれは親愛の 表現なんだよ」  恋愛表現じゃあ……ない……  言って……ラキはガックリと頭を下げた  ま……とーていしんじられないけどね  いや……他の女性が見たら 信じちゃくれないのである  あたしのアラバギに!手ぇ出さないで!  なのであって  修羅場……同然で  マニは 唇をアラバギの 首筋にあてた  彼女は 細くてやわらかい 緋色の髪を サラサラ滑らせて アラバギの首に腕をまわす  そうして  くいっと 伸びあがった 「ねぇ……もう「経験」したの……」  甘い吐息を吐く唇が アラバギの すぐ側にある  もう あとすんでで 吸い付いてしまいそうだった 「今度のお姫様は……ウブなの?」  規律上どうなのか  耳をかっぽじって よーく もう一度聞いてみたいものなのだが  マニは……ふふとわらった  まだ童貞かな  悪戯に笑ってウインクを飛ばし  アラバギを 解放する  安心……した……わ  唇を きりと 結んで マニは 小首を傾げた 「ね……お姫様」  踵を かえした、マニは つかつかと 令に歩みよる  そしてずいっと 顔を近ずけた  あなたって 乳臭いわね  目線で 令の目を拐って 唇の端を上げる  アラバギが 好き……なんでしょ  くすす  喉に 笑い声を絡ませて 白く滑らかな指を伸ばした  ネンネちゃん  にっこり……と笑われてしまう  令は 言われて暫し硬直し  次第に 頬を紅潮させていった  な……何だっていうのよ!  いきなりにすぎる  令は柳眉をあげた  可愛い顔して 中身は意外と  ふふ  白い指先が 令の鼻筋を なぞる 「意外と……?」  もういい加減 あたまにきていた 「意外と ……なんですか?」  あはは  白い美肌の持ち主は 笑ってみせる  策士……なんでしょう  うふん  彼女は ウインクをして寄こした 「アラバギを困らせるのも いい加減に……してほしいわ」  マニの 唇が 令の耳元に寄った  もっと聞きたい  アラバギとあ・た・しはね  あ……  令は 思わず 耳を塞いだ  ‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬なの  意地悪く  目線で笑われて 令が 硬直した  ‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬  そこに当てはまる言葉って?  恋人同士……?  だったり……するのだろうか……  令が ぎりと 目尻に力を入れた  そうすれば溢れそうな涙を堪えられる  そう思った  訳では無かったけれど  ほろ……  不覚にも 逆に  涙が零れてしまった  だから……手を出さないでね  マニの 言葉の文脈から  令は 自分の解釈が正しい事を知った  恋人同士……だったんだ……  背中が肋骨が  骨という骨が もろもろと 崩れていきそうな  気がする  令は 膝に力を入れた  ね……バギ  マニは 黒髪の 秀麗な 男性へと 目をながした  私達 「そう……」よね  聞きたくない!  アラバギ!  返事をしないで  かなうわけないよ  私  アラバギは 返事をしなかった  だけど そのかわりに 頷いたのだった  目線で悲しげに 令を捉える  すまない  音もなく 唇が動いた  音もない  言葉の礫は 令の心臓を打った  信じられない  アラバギが あの禁欲的なアラバギが 頷くなんて  ぐ……が……ががががががっ……  令の 哀しみを断ち切るように 突如大地は 揺れた  令の脚が挫ける  たたらを踏んで 背後のラキに背を打った  な……なんなの!  にぃぃぃいぃ  空間が鳴動している  邪気の奔流が 下水から 「大地」から吹き上がった  に……ににに……っ  二重に 三重に すべての 輪郭が ぶれて滲む  にぃぃぃいぃ……  アラバギや ラキの端正な 線が 虹にぼやけて 鳴動の度に ぶるリ震えた  きゃ  令の足元から 腐肉を絡ませた 人間の腕が 突き出す  ぼっ……ぼぼ……  腐肉から白い 仄紅の骨が覗いた  が……  令の細い足首を 白い腐肉が つかんだ 「ひ……」  にぃぃいぃ  空間が鳴動する度に にゅる……と 腐肉は 姿を現し続ける  にゅ  握られた足首に 腐敗した液が 滲みいる  う……  気持ち悪さに 令は足を引き抜きにかかった  靴下も靴も脱げてしまったって かまわない……!  なのに  薄ら冷たい腐肉は 握りをゆるめなかった  にぃ……  握る度に 腐敗した肉から 半透明な黄身がかった 液が靴を濡らす  その汁が 令の皮膚を 皮膚の「きめ」を滲み割って 染み入って来そうで 令の背中は 粟立った  嫌だ  自由になる片足で 腐肉を蹴り 剥がしにかかる……!  ぶし……ぶし  蹴る度に 腐汁が散った  ああ  いや……!  アラバギ  全身を 背中の芯を 熱く駆けるようにして その名を呼んでいた  声にならない 悲鳴  …………し……!  だけれど  彼の刀は 令の足の悪夢を切り捨てたのだった  あ……  自由になった令は地べたに ぺしゃりと 臀をつく  に……!  ……!……だけれど そのついた足を 臀を手指を 腐肉は掴んだのだった  やっ!  ぬゅると 手の素肌を腐肉が 這う  べしゃ  腐った異臭が 令の指に ぺったひと纏いつく  あ!  慌てて 嫌悪感から 腐肉を 叩いて手を上げる  令の指の間には 半透明の 粘液が じっ……とりと線をひいていた  あ……いや!  粘液を払い飛ばして  令は立ち上がった  死肉の 腕の数 おおよそ20……  土中に 主がいるとしたなら10体  と……いったところ  アラバギは 慎重に 腕の生える 大地に刀をたてていった  上から神気をこめて 大地に刺す  ぎ……  アラバギは大地に刀を刺しざまに 土中に神気をはなった  びぎ  土中の 塊が 脈動する  ぴし  土中に亀裂が走り 腐肉の腕が戦慄いた  ぼぅ  蒼い炎が 走る  マニの 白い脚が半円を描くようにしてすべった 「烈火」  白い指が伸び 美しい曲線の肢体を 蒼い火の粉が 纏わる  ちり……ちり  火の粉が煌めいて 下水の 闇を揺らす  ぽう  火の粉が マニの二の腕を滑って指先で 絡まり 火流となる  火流は渦巻いて マニの手指を飾った  さり……  マニの革のサンダルを履いた脚が砂をにじる  マニは 足の爪先に体重を流して 一気にかけ上った 「散れ」  空をかけて 回転をかけ 腕を放つ がっ! 火流が 炎の渦となり 腐肉の腕を焼き払っていった 「わ……」  令が 熱風に 目を細める 「相変わらず「派手」だねぇ」  ラキが嘆息していた 「すげぇ」  松末が 同意する  もう マニの 独壇場である  マニは まるで舞うように 炎を纏い腐肉を祓った 「はぁい……終了」  アラバギの 髪の端を焦そうとも  マニは意に介したふうも無かった 「まだるっこしいの」  ぱちり  とウインクをして 紅い髪を 肩からはらった  それにしても 女でも見惚れる程に 艶やかだ  ふっくらとした唇を 前歯で噛んで  ふわりと笑う 「やっぱり……「花火」は大好きよ」  白い胸元がはだけると 白檀の匂いがした 「ふふ」  令は 己の胸が 締め付けられるような感じがした  マニは  彼女は「おんな」だ……  しっとりと濡れるようで 美しい  それに引き換えて自分は? 「ねんね」  そう言われたって……仕方ない  男性と いや 同世代の青年とすら まともに付き合ったこともない  キスですら 「最近」 「知った」ばかりだ……  男性の 肌を知ることなんて……まだ考えられない……  でも  マニは 彼女は?  きっと 全てを知ってる  アラバギとだって……  もしかしたら  ううん!  絶対に「知って」る 「嫌」だ!  そんなの「嫌」だ  彼女が アラバギの 「肌」を知ってるなんて……  ああ……!  嫌な想像が 頭を過ぎる  アラバギが マニの胸に 顔を埋めている  マニの唇が 甘く喘いだ  令は 強くかぶりをふった 違うってば! でも…… 視線で マニの大腿と臀部を 撫でた 滑らかで 付け根にかけて 肉付きよく色香が漂う  臀が きゅ……と 形良く上がっていた  艶やかさに この蜜に 「男」はかなう筈もない  きっと 1も2も無く求めてしまう  きっと蜜にによる蝶のように  令が 再びかぶりを振る  まだ彼女が喘ぐ姿が 頭から出ていかない  大人の「おんな」の彼女が 禁欲的なアラバギの 「意志」ですらとろかすことを 令は感じる  きっとアラバギは マニの肌に 口付ける  嫌だ  令が 身を捩った  彼女の手がアラバギの 裸の 胸をさすらって下におりて行くのを 振り払えない  頭から出ていってくれない  そして2人が 「ひとつ」になるのを 止められない 「あ!……あ……らばぎ!」  変なイントネーションで 令は 弾けるように彼を呼んでいた  離したくない  令の 手が アラバギの 背中を目指す  やだ……!  すがりついて  ……!……  ぱしり……  マニにはらわれた ……なんで……! 「迷惑だってのが……わからないの」  挑むように 目線を絡ませて マニが口の端を 上げた 「あんたみたいな身勝手なお姫様」  マニは 己の胸にアラバギの 腕を抱く 「アラバギに迷惑だって!わかんないわけ?」  ねぇ……!  ねめつけられて 令が怯む  アラバギは 痛むような面持ちをしていた  目が まるで 涙を切るように細まる 「わかんないの?」  責めるように 令を切り刻むように マニが挑む 「わかんないの!」 「所詮!自分勝手なお姫様気取りね」  先の尖った  冷たい爪で 抉られた 令の心は 鈍く 重く傷んだ 「人の迷惑を考えられない 勝手な「片」思いなら!」  どん……っ  マニが 令を突き放す 「やめちゃってくれない!」  身の程知らず!  ぷい  細い顎が そっぽを向く  紅い髪が 舞い散る 深紅の光沢を放って  まるで 火の粉が散っている様だった 「わかってるのかしら」  冷たく言いつのり マニは目だけで 令を刺した 「その……へんで」  ラキが割って入る 「やぁ……よ」  マニが噛み付いた 「わかってんのかって聞いてるの」  マニの細い爪が まるで悪魔の 爪のようで それは  とどめようとする ラキの 頬に 食いこんでいた 「本当にわかった?お姫様」  マニの言葉は 気が強く 否定すら許さない語尾口調で 令の 唇の動きすら 否定しているようだった 「いや……」  音も無く…… 無理に何度か唇を動かして 令は 否定した  だけれど マニの言葉の弾幕に かき消されてしまう 「アラバギと私はね 高天で生をうけて以来」 「ずぅ……っと一緒なの」 「彼は年下だからおしめを してた頃から知ってるわ」  マニは延々と 自慢話を初めてしまった 「だから……ねぇ……アラバギが 「悦ぶ」所も いーっぱい」 「それこそ」  足の裏から 耳の裏 頭頂の つむじのどちら巻きに至るまで……しってるのよ!  あんたに告白されて「苦しんで」るアラバギの「思い」ですら しっているつもりよ  アラバギの……思い の箇所で 微妙なニュアンスの変化があったのに  令は気づけなかった  いや……気づいてはいけなかったのよ……?  言葉を終えて マニは ちらりと 令を眺める  その「瞳」に ひどく「痛い」ような感情が 混じっていて  しかし真意は マニとアラバギ ラキにしか分からなかった 「わかった」かしら……  刺さる いばらの言葉の棘が 何故か僅かに引っ込んだ  それは令が「泣いて」いなかった……から  令は毅然と瞳をあげた ……諦めない……  アラバギを好き  もっと女になって 他の男性と交際して おとなになって  それまで アラバギを 諦めないから!  他の男性を 踏み台にしたって!  絶対!綺麗になって認めさせてやるから!  令が きつく唇を 噛んで マニを見据えると  マニは ちょっと 哀しそうな……遠い目をした  きっと……そこ……には 令は 踏み込んでは……ならないような 切れる切なさ  それは 草の葉で指を切るかのような 痛みを 伴う  ぐ…………!  ……!……  度重なる揺れが 足下を震わせる  うぁぉおおぉお……  死霊にも似た叫びが 地の底から沸きあがる  ず……う……おおおお……お  歪んだ  たわんだ空間が 鏡面に反射した 虹のようにつやめいている  邪気が……!  邪気が このままでは……  地上へと溢れ出してしまう……  もし……  もし この濃度の邪気に 人間が触れたなら……  変質してしまう……  明らかに「ただ」の「人間」では いられなくなる……  満月に変質する 人狼のように……  人は……人は  人は「人間」を「食らう」ようになるだろう  いや追い落とす  人を蹴落とす  そんなレベルでは無い  文字通り……カニバリズム……が はじまってしまう  人肉食……  人間がそう  目の前にいた恋人が……  目の前にいた母が……  横で寝ていた夫が……  突然……愛するものを食らうのだ  アラバギは 身震いした  止めなくては  今……今 身内で争う時期ではない……  アラバギは 刀を 手に呑み込むと 踵をかえした 「悪いが……令……「また」に「して」くれ」  酷いと 冷たいとしりながら……その言葉を敢えてぶつける 「上がろう」  細身の尖った顎を上げるとアラバギの髪が さら……りと鳴った  アラバギは 近くの梯子に足をかけると ぎちりと 白い手で梯子を握った  梯子は 錆 所々 錆に食われて 穴が空いている  1人ずつ上がるのがやっと  判断して令を先に上げた  体重が軽い……  女の方が当然先であろう 「まって」  令が 思い付いたように顔をアラバギに向けた 「上の……蓋は」  先は 男が3人がかりでやっとであったのだ  上がっても ……閉まって……いては手の打ちようがない……  令では絶対に動かせはしない  相手は 50キロの鋳鉄だ 「は……」  緩く松末が笑った  肩に意識の無い 慎を抱え 片手には 無線を持っている 「さっきまでは ただの「箱」だったがね」  ぶっ……つ  スイッチを 入れると  が……がが……  と……無線音がした 「幸いあいつが天井に 大穴開けてくれたんで」  ふ……  口の端を ちょっと 皮肉に 歪める 「「仲間」に連絡がついた……」  ……開けてくれる……と……さ……    

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風の標し第5部  降臨

風の標し 第4部 廻る環

第4部  第1章 現世の境界  令達が家路についた頃には 深夜を回っていた  終電も過ぎ……町は眠りに着いている  ジジ……ジ  駅前の電話ボックスの 蛍光灯が所在なげに揺れていた  緩く 明滅する 信号が 車通りの無い町を 冷たく照らしている  令は俯いたまま 手を握ってくれる 慎の 暖かい手に身を委ねていた  アラバギはラキと後に続いている  あれから……アラバギは顔も向けてもくれない  声すらも……視線すらも……  交わしてはくれない  令は唇を噛んだまま  今は そちらの方が良いのかもしれないと身をなぐさめた  アラバギに 対する思いは 忘れなくてはならないと……  慎に接吻《キス》をされた時から 受け入れた時から  私は慎の「もの」なのだ  アラバギの あの笑顔も 唇も その全てを捨てねばならない  令は 今更ながらに……自分に嫌気がさしていた  慎の接吻に「感じて」しまった時から 令は「女」なのだ  「女」の脆さを痛感させられてしまった  行き場のない苦しみに 身を捩っていた 令を 抱き締めあやしてくれたのが「彼」だったから……?  私は本当は……  慎を「愛せて」ない……  彼をいずれは「傷つけて」しまうのだと 気づいている  愛せない  愛したい  愛されたい  貪りたい  ああ「狂って」しまえたら  令の心を 涙でもない……血ですらない「何か」が浸していった  巫女であることを捨てて  貪り狂えたなら?  慎と「人間」として「性」に落ちることが出来たなら  もしかしたら こんなに身をよじらなくてもすむのかもしれない 「捨て鉢」なのは分かっている  ぎゅ……  令はきつく慎の手を握った  慎の顔が 此方を向く気配がする  慎の息が 耳元にかかった 「悩んで」るの?  優しい 慎の親指が 令の手の甲をなぶる 「…………」  令は頭を横に振った  違う……の  ただ……私は……  ニギャーオ……  薬局の 路地裏で 猫が鳴いた  令は 思わず ビクリと震える 「ふ」  慎の手が 令の頭をポンと叩く 「猫だよ」  柔らかい瞳と その視線にくるまれて……  令は「幸せ」なのだと「感じ」無くては「罰」が当たる  そう感じた  少なくとも……慎は 誰もが羨む最高の「彼氏」だ  不満なんか……じゃ……無い  令は 視線を落として ふ……と睫毛をふせた  や……だ……  泣いてしまうかも……しれない……  すぃ……  その時 風が薄荷を運んだ  目前を 流れる絹の黒髪  触れたい  指が 流されて躊躇う  アラバギは向かい合う2人の間を抜けて振り返った 「遊んでいる暇は……ない」  冷たい一瞥が……  だけれど……冷たい声音なのに……  令には嬉しかった  バギ……  立ち姿に見惚れて……息を止めてしまう  塑像にでもなりそうだ  渇いた唇が 仄かに名をよんだ  バギ…… 「置いてゆく」  冷たい目線が 鋭利な弧を描いて 逸らされる  月に冷える黒髪は きら……りと散る  背を向けられてしまっても  駆け出したい 令を ラキが 留めた  長い 睫毛が瞬いて やわらかな流し目が 令の目を掴む 「追わないで……欲しい……あいつは……ああいう奴だ」  光彩の煌めく……蝶の瞳が 僅かに霞んで見える  ラキは……何かを「言って」いる……  なのに……私は……  かぶりをふって  令は駆け出した 「バギ!」  びく……り……  アラバギの背中が強ばる  令は髪の一筋を握りしめてしまっていた 「ごめん……なさい……バギ ごめん……なさい……バギ」  繰り返し  令は ぎり………ぎり……と髪を握り締めた 「私……貴方を「好き」でした」  言ってしまって 令は全身の息を吐く  溜まっていた 澱が抜けたようだ  ……好きでした……  アラバギは振り返らない  ただ  ただ 髪だけが僅かな震えを伝えてくる 「もう「諦め」ます」  息と共に 涙も落ちた  諦めるから……「許し」て……  怒らないで  頑張りますから 「嫌わ」ないで  震えてしまって脚に力が入らない  令はぐら……とたたらを踏んだ  ……!  アラバギが僅かに身を返す  支えようと  支えようと腕を躊躇わせて……  ざ……  令は 慎に受け止められてしまう……  アラバギは 激痛を堪えるように 眼差しを捨てた  令  切なげな仕草が 慎の目に入るが 慎は無視した  譲らない  分かっていて……分かっていて「奪った」承知の上だ  流れる黒髪が 月光に透ける  貴方が……どれだけ 令を愛していようと……渡したくない  頭を下げられても……手放すものか  令が……泣いて頼んだとしてもだ  愛しい黒髪 慎はきつく令を抱いた 「もう……もう行こう」  アラバギの声音は悲鳴に近かった  例え逃げ場を見つけたとしても  絶望に満ちた……声音  ラキは慎の肩に手を置くと 目で先を促した  行こう  慎の手が令を 離し難く 囲う  慎は 令の頭頂に ひとつ……キスを落とした  行くよ  左腕に令を支えると歩き出す  1歩……  先に何があるのだとしても……  令を守る  ピンポーン  ラキの手がチャイムを押す  令は 気力の失せた 横顔をアラバギに隠した  見られ……てる……  視野の 端々に アラバギの 心配げな 黒曜を感じる……  思ってくれている  令は気付きながらも視線を絡めなかった  見つめあったら  どうにか……なってしまう  私から……キス……をしてしまうかも……  苦しい……慎のシャツを握って  令は 身を 寄せながら……引き抜かれそうになるのを感じた  バラけてしまう  身体と……こころ……たましいが  ぎゅ  慎の手が 令の指を強く握った  愛してる  指にこめられた力が そう 伝えてくる  慎……  慎………………  ごめん……ね  令は 涙が溢れる瞳を……慎のシャツに 押し付けた  あり……が……とう…… 「令!令なの!」  玄関越しに 綾子の声が 聞こえてくる 「遅くなるなら……」  勢い良く カラーンと ドアを開けて 綾子は はたと慎と目があった  抱き寄せられている令……  綾子は最悪の判断をした 「まさか……怪我してるの……?」  泣きそうな瞳が 令にすがる 「あ……大丈夫」  ただ心  心が痛いよ  母親にすがって腕で泣く  痛いよ  辛いよ 「どうかされましたか……」  居間から見知らぬ顔が覗いた  髪が頬にかかる  端正な面立ち  目だけが……鋭い……  まるで何かを見透すようだ 「ああ……なんでもないんです……松末さん」  綾子が 面を彼に向けた 「泣いてる」  心配そうに  心底 思いやる風に……近づいてくる  大丈夫か……な  手が 令の頭に触れた 「う…………はい……」  令の肩が震えた  彼の手から力を感じる  何か……強いもの  ……泣かないで……  わしわしと 令の髪を混ぜた  大人の人  指から 煙草の香りがする  多分西洋煙草だ  葉巻かも知れなかった  長くて 男らしい 指が静かに去ると 彼はニコリとした  目が恐いのに 笑顔は人懐こい  自分の髪を くしゃ……りとかきあげて令に 名乗る 「松末 毅……つよし……で構わない」  穏やかな声音……  男らしい……骨太の声だった  骨格がしっかりしている  線の 細い印象を 与える アラバギと違って  戦う獣の様な人だった  筋肉に包まれた身体を 黒い揃いの上下で 覆っている  どちらかと言うと豹だ  ラキの目が 松末の目を捕らえた  蝶の瞳と焦がした茶色の瞳  ちり……  視線の ぶつかる先に 手を 置いたなら 刺激を感じそうな程の沈黙 「松末……古武道と剣の達人」 ラキの唇が揺れた  「陰陽道も少しは心得た」  にや……り  松末は笑った  黒い棉地らしい 長袖のTシャツを しっかりとした厚手のパンツに合わせている  黒豹のようだった  闇に溶ける……獣の黒  光沢のない黒地 「とにかく居間に行こう」  右の親指で ぐいと 居間を示す  流れる筋肉が シャツやパンツを通してまでも 息づくのが感じられる 「団子になるのが……すきなのか?」  ウインクをされて  令が我に返った  涙は 何故だか……とうに乾いている  不思議な人  三十路だろうか?  後ろ姿を眺めながら 令は思う  気立ての良い奥さんがいそうだ  肩幅は 今まで 1番大柄だった慎より広い 「ああ毅くん」  悟が胡座を解いて 片膝を立てる 「令……挨拶はしたかな」  あ……  令が跳ね上がった 「すいません松末さん!」  ぴょこり  お辞儀をする 「私は 悟の 娘の令です」  髪の毛を揺らして丁寧に挨拶をした 「いや似てるんでね」  また わしわし  ………………  令の頭をかいぐった 「わかるさ……すぐに……ご令嬢だってね」  冷やかすように笑う  この人は……掴めない……  令は肩から力が抜けるのを感じる  嫌味なのでもない  人間くさい超人  並外れた能力と 力を 放出しているのに 気負いが無い 「で……悟」  呼び捨てた  どうするんだ  目線が悟の真意を測る 「石碑の位置が判明した」  ぴく  アラバギが眉を上げた  確か  最後の 石碑を 祀った場所だけが 判然としなかった  そう アラバギが言っていた  松末の息がもれる 「場所は」  彼は胡座をかいて どかりと 座った 「場所は」  悟が受けて 折りたたんだ地図を ひろげる  地図には 赤鉛筆 青鉛筆でつけた 目印が走っていた  矢崎……  雪景……  3角定規で定めて行く  雪景は北  矢崎は その南東 赤鉛筆で丸をしていって青鉛筆でつなぐ そして  石碑は……雪景の南西  ちょうど矢崎と直線の西に位置した  青鉛筆をひいていって  ちょうど3角! 「翁だ」  確か 確かここは356とある  国道だろう 令は地図に食い入った  356  確か……あの陸橋と公園の近くだ  ざわ……り  背が粟立つのを感じた  公園での昼日中の戦闘  それはこれを意味していたのだろう 「公園の真下だ」  真下?  令が膝をにじらせる  石碑は地上に在るべきではなかろうか…… まさか真下だなんて……?  小さな祠の事  悟が口を開いた 「埋められたのかもしれん」  まさか地下に?  確か 地下には 下水道が 通っている 「下水道」  松末が令の問いに頷いた  淀んだ場所だ  邪鬼の好みそうな所  風水で見でも立地は最悪だ  建てられた当初は最前の理であったものを……  下水に集まる不浄  時に死骸……悪意  捨てられたオモチャ  念がこもり 眠る場所  探知が出来なかったのは仕方があるまい  澱みと邪気  不浄は霊的力を妨害する  悟は いちいち 気に入らないという風で  赤鉛筆で記した丸を 鉛筆の先で叩いていた  不信心がすぎる  いくらなんでも祠を下水に取り込んでしまうなんて  正気じゃない  もしや 朱雀の魂は半ば覚醒しているかもしれない  鬼にとって……不浄も 地脈の歪みも 淀みですら糧なのだ  今まで 結界が「切れ」なかったのが 不思議な位だ  令は 腕に指を立てた  嫌な感じがする  背中を 蛇に舐められているみたいだ  ぬめりのある…軟体生物に身体中を這い回られているような 悪寒  令は 自然と アラバギに身を寄せてしまっていた  指先が触れて  しかし  アラバギは指を引き離した  触れられたくない  拒絶を感じる  令は痛んだ 胸の内を隠すように俯いた  拒絶されるのは わかっていたよ……ね  己に言い聞かす 「はい」  目前に 各自 茶が置かれる 「煎茶」だ  白い湯のみに 青い 小花が咲いている  茶托も添えられていた  菓子は月餅  令の好物だった  蛍光灯の明かりに 月餅の照りがあたたかい  茶托の茶色に 不思議と気持ちが安らいだ 「行くしかない」  結界を強めるのだ  悟が 膝を打つ  松末は煙草に火をつけた  細くて茶色の煙草  甘い匂いがする 「松末さん」  綾子に ひとにらみされて 松末は 慌てて消した 「いや……すまない」  そう我が家では 年中禁煙なのだ  悟も煙草を吸わない  しかし……  気を取り直して 彼は身を進める  「終電もない……始発には間がある」 「俺の車でいくか?」  しばらく思案して 松末が 悟を窺った 「それで……いいか?」  まともに目線を捕えられて 悟は頷く  「持って行ってくれ」  悟は 傍らにあった 長い包みを松末に託した  赤紫の 絹の袋  袋口は ただ折られて いるだけだった  重そうな 長い包み  刀……?  なのかもしれなかった  松末は両腕でいただくと 1つ黙礼する 「承る」  刃物の様に 冷たい殺気が 松末を取り巻くのを 令は感じた  慎が息をのむ  包みから目が離せない 「御神刀「白鷺」だ」  松末は 袋を滑らせて 白木の柄をあらわにする  冷たい程の神気  側に寄ったなら 空気でも切れるかもしれない  す……らり  鞘から放つと 銀光が弧をえがいて刃紋を滑った 直刀  長く 流麗な 刀身を 持つ白鷺は 蒼く煌めいて見えた  かち……り  刃を 滑らせてみると 覗いている者の 顔が写る  刃紋の照りに 令の表情が 悲しげにはえていた  松末は刀身に 視線を這わせると 瞑目する  そして……何か言霊をのせていく 「穢れ……水の断たれんことを……」  じり……  御神刀の刃が じわ……りと赤色にかがやいた  松末は 刀身を鞘に納めると 絹地の袋にしまう  彫りの深い 双眸が開かれた時には呼気も気配も滑らかな 彼に戻っていた  彼は音もなく立ち上がる  靴下を履いてはいても 足音すら立てないのは流石だ 「行こう 月極に車を入れてある」  背中で促して ラキの肩を叩いた 「ま……着替え」  やわらかく笑って 「何か着てこいよ」  人好きのする 屈託のない口調  ラキは破顔して片膝を上げる  松末は同性にもすかれるだろう  令も スカートを 気にしながら 立ち上がると 2階にあがった  着替えたい  シャワーも浴びたいけれども 時間は無さそうだ 「令」  ノックと共に綾子が顔を覗かせる 「蒸しタオル……」  身体を拭きたいでしょう……と用意してくれたらしい  令はありがたく受け取ると シャツを脱いだ 白い背中  姿見に 背中をうつしてみる  傷はない アザもない だけれど  ……!……  肩口に 不審なアザを見つけた指……?  赤紫の?指のあと!  手のひらから指の形が くっきりと残っていた  誰かに掴まれた?  まるで男の手の跡のようだ  令はふるると かぶりをふりながら シャーベットオレンジの蒸しタオルを取上げた  考えちゃいけない……  きっと戦闘の時についたのだから……  腕から胸にかけてを あたたかいタオルでふく……  年相応には膨らんだ胸を拭きあげた  男の唇の感触  のこっているようで身震いがする  男の息づかい  令は 激しくかぶりをふった  手早く肌着をつけてしまうと 脚を拭きにかかる  唯一 自信が持てるだろう脚線  すっきりと拭きあげて ストレッチジーンズにかえた  いつ いつ戦闘が起きるかわからないのだ お洒落なんて出来ない  上着はホルターネックのカットソーに トレーナーで 纏める  戦うんだ  きつく唇を噛んで 髪にハサミをいれた  もう逃げない  ばさ……り  肩口で切りそろえる  アラバギに対する思いも……  棄ててしまえ  ストレートの黒髪は ザラと 荒い切り口のウルフカットになった  やらなきゃ!  私が  唇に 今度は濃いピーチオレンジをひいた  色つきリップの中でも 特に濃い  つや消しの口紅  大人っぽく見せようと 購入した口紅だ アラバギのために「女」になろうとしても……敢えて付けなかった色  決別の為に 「女」として!  令は 薄手のブレーカーを手に取ると階下に降りる 「令」  見上げた綾子が 息をのんだ 「…………」  あまりの事に絶句してしまう  令……  なんだか 綾子は涙がこぼれてくるのを感じた  緩くなびく 肩口の黒髪  玄関の壁に 寄りかかっていた 松末は にやりと笑って口笛を吹いた 「似合うじゃないか」  おとなだねぇ  細められた瞳が 何かを悟っている風だ 「ありがとう」  令は 階下に降りて 松末と まっすぐ対峙した 「負けない」  それでいい……  彼は笑った 「令」  居間から出たラキが呼ばわる  心底 驚いたような 声音だった  髪…… 二の句がつげないようで 目を見開いている 「切っちゃった」  くす……り  ちょっと 恥ずかしげに笑う  襟足が こそばゆかった 「綺麗だ」  ラキの微笑みが 何かを包み込んでいく  令は 髪の切り口をなでて 「雑なんだけど」  肩をすくめる 「かえってカッコいいさ」  松末が 玄関を開けた  ……!  門扉に添うアラバギがいる  目が かちりとあった  例え無からでも何かを 汲み取る瞳  令は目を絡めることなく 目を閉じた  拒絶……じゃない……  拒絶したんじゃないよ  愛してるアラバギ  でも  こうしないと……駄目なの  「君は……?」  悟は膝を進めた 煎茶は とうにぬるくなっている  慎は一気にのんだ  切れ長の双眸が上がる 「坂上」 「?」  訝る悟の 前を切って名乗った 「坂上 慎です」  きり  姿勢を正すと まるで武士のようだ 「坂上……君」  思い当たるでも無い  悟は首を傾げた 「坂上……逆さ神」  ポツリ  慎が呟いた 「昔からの家系です」  悟が スウェットの膝を握ってにじる 「逆さ神」  青筋がたったとしたなら…… 「令をくださいますね」  やわらかい物言いに 刃物が混じる 「貴方は断れない筈だ」  昔からの許嫁なのだから  否や強制ともいえようか? 貰いますよ  隠すでもない  恍惚とした「笑み」が口元に浮かぶ  慎は 静かに立ち上がって 悟に背を向けた 「決められた運命「さだめ」お忘れでは無いでしょう」  必ず幸せにしますから  冷たく見える 桜色の背中が 遠ざかる 「待て」  悟は片膝を上げた 「令は……令はまだ」 「処女ですよ……勿論」  僕を愛するまで…… 「風」を忘れるまで  手は出さない 守るのだ だけれど よもやという時には  力ずくで「奪う」  例えそれが 陵辱になったとしても……いとわない  運命だから 「慎……!」  令の声がする  慎は片手を 大きく上げると 返事をした 「それでは失礼します」 「お義父さん」  一礼して 慎は外へ出た  愛しの……我が君……  麗しの「静」  慎の流れる 所作は 綾子ですら魅了する  すり抜けざまに 慎は綾子に会釈をした  行ってきます  いって……らっしゃい……  綾子は ちょっと見惚れてしまいながら 慎の後ろ姿を見送った  美貌でいうなら バギ君と双璧ね……  息を吐く  髪を切った 令の後ろ姿を見送って……綾子は居間へと戻った  令……  出来たら……戦わないで これ以上 傷つかないで帰ってらっしゃい  心の傷は誰が埋めるの  きっと もう私には何も出来ない  貴女は「大人」になったのだから……  玄関を出ると BMWが停められていた  黒の流れる 上質な ボディライン  BMWの 誇るべきエンブレムが月光に照り映えている  ドアを開ければ 特注らしい 上質な 本革のシート  滑り込むと 柔らかに革がなった 「すごい」  松末は 運転席で煙草に火をつけている…… 「ガールフレンドと 車にだけは 金をかける主義でね」  臆面もなくうそぶいて ウインクをして寄越す  令は右側の助手席に座り 後部座席に男性3人が座った 「ちょっと狭いか?」  助手席に腕を回しながら松末が振り返る 「しっかし……」  お姫様を男に挟ませるのは……  ふふん……どうする?  眉を上げて 令の顔を覗き込んだ  どうやら  気がついているらしい  令が助手席に 真っ先に座った訳を  もしかしたら……アラバギの隣になってしまうから 「後ろ……」  令は振り返ると少し 息を飲んで言った 「ここで……いいです」  再び座り直してしまって 自己嫌悪する  松末は煙草を燻らせながら  カーステレオのスイッチを入れる 「ジャズすきかな?」  しっとりとジャズピアノの旋律がながれてくる  大きな手が ダッシュボードを開けると  ガムのボトル取り出した  クールミント  各自に1粒ずつよこして前をむく  革のハンドルを指で撫でると 煙草を もう一本取り出した 「結婚されてるんですか?」  指輪はしてない 「一応ね」  煙をはいて目を細める 「素敵な人なんでしょうね」  心底 そう感じる 「いや……大切なやつには変わりないけどね」  はにかんで 令から目線を逸らす 「あ……照れてるんだ」  ちょっと意地悪したくなった  本当に不思議な人だ  男らしい そう見えるが 時として いたずらっ子みたいで  大人の男性  ちょっと怖かったけど 彼みたいなら……いいかな 「………………」  後部を振り返ると 「…………………………」 ラキが真ん中  ちょっと……いやかなり窮屈そうだ  アラバギが令の後ろで ラキ 愼と並ぶ  ラキは肩を竦めていた 「あ……」  目線がアラバギと交錯する  アラバギの目が細まる 「令」  アラバギの声音に 背中が びくりと震えた 「後ろにおいで」  やわらかく……しかし否定を許さない 「これじゃ狭い」 「わるかったな」  松末がくすり……とわらった 「あ……でも」 「嫌なら……私が前に行くから」  ズキ……心臓に 鈍い杭をうったような痛みが走る  令は俯いた 「後ろに行きます」  涙が溢れそうな瞳を隠して 唇を噛んだ  胸が まだ 痛みに脈打っている 「嫌じゃ……ない」  車を降りたアラバギとすれ違う 「嫌じゃ……ない」  聴こえるか聴こえないかの呟き 「嫌じゃ……ないから」  アラバギは サラ と横目で令を見ると やわらかく肩に触れた 「わかってる」  もう……  もう……それだけで それだけで充分だった  令はアラバギの背中を 背後に感じながら 1つ鼻をすすりあげた 「ありがとう」  後部座席のラキが 腕をのばしてくれる  くしゃ  令の短くなった髪を混ぜ上げた 「隣でいい?」  やわらかく問うてくる 「うん」  令は 静かに頷いた  ラキのとなりに 令が滑り込んで  アラバギが前に座る  ぶおぉん  BMWのエンジンがうなった 「さて行きますか」  松末は車を出す BMWは5人を乗せても  重さを感じないように 易々と坂を登っていく 「住宅街を抜けると しばらく農道だ 国道に出るまでゆっくり行こう」  松末が ハンドルを右にきる  ちょっと揺れて 車は農道に入っていった  駅前から 国道に入るのと 農道から国道に入るのとでは こちらの方が翁に早くつく  農道を 突っ切れば 1駅分距離を 稼げるのだ  がたがた  ただ道が悪いので 少々揺れた 「松末さん」 「?」  後部から令が呼びかけて 松末がミラー越しに目線をくれる 「あの……鬼と戦った事は」  令は 身を僅かに乗り出した 「心配か」  ミラーの中の松末は にやりとわらってみせる 「いえ……あの」 「あるさ……ただ……人の心に巣食う「怨念」という「鬼」となら」  目が険しくなった  怨念を処分するのが 俺の仕事だ  怨念からくる 呪詛なんかで具現した輩  そいつらを処分する  松末は農道を左に折れた  ビニールハウスや農機具がおさめられた 倉庫が 車のヘッドライトに流れていく 「怨念」 「恐ろしいもんだよ」  松末は 煙草を再び取り出して 銀色のライターで火をつけた 「人を呪わば」  呪いをかえすと かえされた奴は 使役した呪い鬼に 食い殺されてしまう  見られたもんじゃないね  ……!……  松末が急にハンドルを切った  ……何! ギャギャ……  タイヤが横滑りする  BMWは危うく田んぼにおちそうになった 「人だ」  松末が肩で息をする 「道に人が座ってる」  アラバギが ドアを開けた 「いや……人の気配じゃない」  松末の震える腕が白鷺を掴む  ぎり……  気配が 瞬時に凝縮する  鬼だ  車をおりたアラバギに続いて 松末が車を降りる  利き腕には 絹袋より取り出された  白鷺が握られていた  かち……  鞘口が ゆるりと開かれる 道中には きちんと正座した人影があった  月影で 白い輪郭しか見えない  細身の人影が  女……  じり……  アラバギの足が横ににじる 「鬼」  鬼で違いない  しかし死した鬼  死すら超えて「生きる」鬼  けけ…… 「鬼」が笑った ず……だんっ……っ  即座に 身体が 宙を蹴りあがって 松末に迫る 天敵  松末を天敵と見なしたものらしい   白鷺が 鞘走る  銀の弧  バギン  硬質の何かが撃ち合う  鬼は 白鷺の刀身を踏んで 宙にそった  捻って 着地する  身を下げて  猫の移動  四肢をもって 地を蹴った  アラバギが身をすりこみざまに  猫を横に切り払った  神気の刃を猫が踏む  草鞋を履いているらしい足が 煙をあげる  転弧  宙で身を丸めて 後転をかける  宙にとどまって 四肢が開いた  爪が走る  アラバギの肩が 疾風に避けた  令が車を降りる  バギ……  鬼は 地をけった  ばうん……ボンネットに両手をついて 前転をかける    ……!……  松末が針を投げた 銀の呪いをかけた  清めの針  たしっ  針は鬼の後頭にささった  動きが止まる  ぎぎ  鬼の唇がうらがえる  茶色の壊死した肌をしている  目玉がない  空洞  蛆がでた  令が腰を砕く  BMWに背を滑らせて農道に腰を着く  腰骨が鳴いた  令は両手で口を覆う  吐き気がする  乳色の 蛆は BMWの黒い車体を うじうじとはった 「開」  松末の 言霊が 鬼を焼き払う  びうぅぅ  蛆が 身を反らす 「ひっ」  令が あとじさった  びうぅぅ  鬼の骸 骨にそって 空洞化する  内臓《なか》が燃える  青い  燐の炎  令は にじり下がって開いたままの  後部ドアを背でおした  獣の匂い  人の焼ける匂いがする  ……!……  近くの林で 金紅の眼が光った  ……! 「令」 「車に乗れ」  振り返ったアラバギと 運転席に身を押し込んだ 松末が同時だった  が……うん  BMWのドアに 衝撃が走る  黒い獣がボンネットに躍り上がった  ……ばずんっ……!  松末は 月光を裂いて あらわれた 3匹を轢き払う  がずがず  鈍く毛を巻き込む音がする  しかし これぐらいでは 瘴鬼の致命傷にはなり得ないだろう  松末が 後輪で 瘴鬼の片腕を轢き切った  ぎゃうん  もう1匹が 跳ねる  撥ねとばされた 1匹は受身をとって 地面を蹴りつけた  ざ……ど……  車の屋根に 1匹が 食らいつく  ちっ……!  松末が舌打ちをする 「殺るしかないか」  このまま 放置して 人里に向かわれてもいけない  松末は アラバギに目配せすると 白鷺をにぎった 「行くか」  ドアを蹴る  ざっ……  身を落とした 松末の頬を 瘴鬼の爪が掠める  松末は 身を下げて道に伏した  が……ず……が……ず  瘴鬼の爪が 容赦なく 松末の身体を 縫い止める  ぴ  頬が 黒シャツが裂けた  ぐ……  松末は逆手に手をつくと 起き上がりざまに後転した  回り様に 脚を突き上げる  ぎ……  瘴鬼が 顎をのばす  ず……  アラバギの神気の刀が 瘴鬼を貫いた  長い絹糸の髪が 月光に煌めく 「ふん……」  松末は 頬を拳で拭う  中々  美味しいとこをもってくじゃないか……  「松末さん」  令が 車を 降りようと ドアを揺する  悪いねお姫様  松末は車のキーを握りしめた 「ラキ!あけて」  先に降りた愼とラキが 体勢を 流して ラキが踏み込む 「バギ」  アラバギの黒曜が 令を見つめた  ばんっ!  令が ガラスを叩く  アラバギが 令の手に ガラス越しに触れた 「待っていろ」  唇が動く!  嫌だ!  令は前の座席に移動する 「アラバギ」  クラクションを鳴らして ドアを揺らす  肩で押しても ロックを解除しようとしても ビクともしない  令の肩が落ちた  また  まただ  令は 溢れた涙を拭った  でも……いつ……?  令は苛立って 声を上げた 「アラバギの馬鹿!」  アラバギは刀を正眼に構える  間合い5歩  摺り足から 踏み込む  アラバギの身体が潜った  滑らかに  刃先が 瘴鬼に触れたと同時に 瘴鬼の皮膚を断ち切っていた  鎌鼬のような切り口  間をおいて 血がしぶく 「ほぉ」  円舞を見るように 松末が声をあげた  なかなか殺る  殺すための刀だ 「色男ってだけじゃあないんだな」  アラバギの背中に背中を預ける 「だけどさ」  アラバギが 松末に薄く目を流して寄越した 「盗られるぜ」  ふふん  顔を向けて 令を指し示し 松末は肩を竦める 「愛してんだろーが」  言い捨てて切り込む  アラバギが 刀を投げつけた  ……!……  切っ先が 松末の 横っ腹を狙った瘴鬼を串ざす 「ぶねーな」  紙一重で  紙一重で 松末の 腹を裂く所だった 「避けられぬ訳ではなかろう」  アラバギが 苛立ったように 髪を流す 「ふざけんな」  松末は 瘴鬼から刀を引き抜くと 投げ返してやった 「命ぐらい惜しいさ」  深く沈んで 回転を掛けながら 最後の 1匹を上下を 分断する  ばし  しぶいた 血が 松末の横顔をぬらす 「命あっての」 「物種」  刀の血糊を払って シャツでふく 「なかなか殺るが 死を覚悟しすぎてんじゃないか」  松末がシャツを脱いだ 「血だらけだ」  脱いだシャツで顔をぬぐう 「愛してる女を守るんだったら……「生きて」ろよ」  筋肉を月光に晒して  松末が 車のロックを解除した  令がまろびでてくる  ……!  駆け寄った令に一発!  アラバギの足元が 揺らぐ程の平手をもらった 「なんでいっつも おいていくのよ!」  激高した声が 身体から絞り出される 「ふざけないで」  ここまで  ここまで本気で怒った令は 初めてだった  アラバギの目が見開かれる 「もっと頼って!」  俯く頬に もう1発  振り上げた手を 松末が包んだ 「悪い……!車に閉じ込めたのは……」 「俺なんだ」  言いかけて 口をつぐんだ  大粒の涙 「う……ん……泣かれるのは……苦手だ」  頭をポリポリとかいて 車の後ろを開けた  着替えが きちんと畳まれて 入っている 「ほら」  松末がタオルを投げて寄越した  令はうけとめず  従って タオルは 重力のままに 令の肩に落ちた  洗剤のほのかな匂いがする  令は 涙を拭わない  あとからあとから こぼれてくる 「許さないんだから」  しゃくって 声を絞る 「許さないんだからね……アラバギ」  おいてっちゃいやだ!  足手まといなのは承知している  だけど許さない  1人前扱いされなかったことより  置いていかれた方が辛い  やっぱり  やっぱり私は  ただの「巫女」なんだ  不謹慎だって  不謹慎だっていわれても!  次から次へと感情が溢れる  頼ってよ 「巫女」じゃなく…… 「人」として 「必要」としてよ! 「巫女」だから? 「巫女」だから庇ったの?  守ったの!  握った指がぷるぷると震える  なんで……  顔を覆いたくて  だけれど敢えて 敢えて覆わない  くしゃくしゃな顔を上げた  私も!  戦うから! 「今度置いてったら」  ぴしり  指でアラバギを示す 「置いていったら!舌噛んで死んでやるから!」  本気で言い切ってやった  アラバギが 目を丸々にしている 「死んで……やるから!」  呆気に取られた ラキが ぽかんとしている 「死ぬ……からね」  ぶっ  松末が吹き出した  こりゃあ……  こりゃあいいや!  言ってくれるじゃないか!  はっはっはっ  腹を抱えている 「死ぬから」  令が 肩をそびやかす 「車で待ってる!」  ぷん!  そっぽを向いて 車に乗り込む  してやったりだ ! 「おいてくのが悪いんだもん」  バックミラーを睨みながら 令はごちる 「おいていかせないからね」  アラバギは しばらく ポカン としていて  ……!……  我にかえった  今なにか……  とてつもない事を言われた気がする 「舌を噛んで……「死ぬ」」  ごいん  ラキが肘でアラバギを小突いた 「大変だなバギ」  アラバギは ラキにウインクされて がっくりと項垂れた  やってくれた  心を  完全に盗まれた 「令の他に……令の他に誰がいるんだ」  アラバギがつぶやく 「お前を失いたくない」  唇を噛んで うっすらと 切なげに目を細める  抱き締める  思いを抱き締めて 車に歩み寄った 「……………………」  愼は 冷たい視線を アラバギの背中になげる 「許せない」 「許さない……風」  茶色の 澄んだ瞳が 欠けた硝子の破片のように薄く 冷たい 「くろおて……くろおてやるまでじゃ……」  淫靡に 形の良い唇を舐め上げて 生唾をのむ…… 「旨そうだ」  アラバギの黒髪が撫でる首筋を 視線で舐めて 愼が笑む  辺りに不穏な  邪気が溢れていた 「……愼」  車から ラキに呼ばれて ヘッドライトの光の輪に 踏み込む  どうやら  どうやら己は 光の範囲外の 闇影に 立っていたらしい 「すまない」  後部座席の ウルフの令を眺め 口の端をあげる  抱いてやる  抱いて……  抱いて その肌に 赤い血潮の化粧をしてやろう……  まずは 首筋に歯を立ててやろうか……  快感に疼き 疼きに仰け反る その喉に 歯を立てて噛み切る  血が口腔を満たすのだ  えもいわれぬ  朱雀は 口の端を上げた  欲望の限りを尽くして……  巫女を汚して  淫靡な餌にしてやろう  初心な小娘よ  よがり  色に狂う内に  骨の髄まで すすられるがいい……  この男は使える  口付けの 跡が消えぬ間に……  愼は 半裸の令に走りよった  薄い色の香り  上着がむしり取られ 形の良い乳房が あらわになっている  横向けられて 意識を失っているのだろう  令の首筋  首から 鎖骨 鳩胸な甘やかな乳房のライン  愼の心臓が跳ね上がった  幸い……まだ事には至って無いようだった  いけない……  粘つく欲望に引き込まれながら  目を閉じ 愼はかぶりをふった  欲望に捕らわれてはいけない……  彼女は美しい……  清らかな存在だ  視線で犯してしまうだけでも……重罪だ  令の 微かに上下する胸に  どうしても誘われてしまいながら 愼は令を抱き締めた  胸を 素肌を 自分の視界から隠してしまいたかった  結果  ふっくらとした胸の膨らみが 己の胸に当たってしまう  愼は 身を絞り上げるようにして 令をだいた  いけない  ギリと 閉じた瞼に力がこもる  己の欲望を 己は 律せられる人間であったはずだ  しかし  きつく抱いて  令の鎖骨に 口付けてしまう 「う……!」  ぞく……ん  と腰から背中を 何かが駆けた  悪寒  悪寒にも似ていた  愼の指が 触れた先に 紫の痣があった  人の手形 「犯せ」 「犯せ」 頭の芯に呼びかけられているようで  愼は悶える  いけない  愼は その肩を握り締めて 心で絶叫した 「快楽の奴隷になってみぬか」  地を這い回る  地虫の声音 「女を悦ばせてやるがいい」 「悦ぶぞ」 「お前を慕うだろう」 「抱いてしまえ」 「欲望を放ってしまえ」  心の激しい 疼きが 鈍いものへと変わっていく 「抱かせてやろう」  赤い……紅い……朱い法衣が 目に入った 「ああ」  この時  愼は乗っ取られたのだ 「狂わせてしまえ」 「女は……色に狂ってこそ うつくしい」  愼は 前髪をかきあげると ふい……とわらった  奪って見せる  自分の「虜」に  覚えてすらいない 過去人の約束を……  婚姻の約束を覚えていたのでは無かった  逆さ神……  世を無神だと詠む一族  神ではない……人が……人の上にある  神など必要ではない……  宗教とは「詭弁」である  それは  遥か昔に 一族に課せられた呪いから……  神を「呪った」一族であった  しかし  神道を解く 芳川と 過去人が結んだ婚姻の約束  両方共に 第1子が男女だった場合  婚姻の約束をした 「呪い」を解くために  当人の意志など 問うてはいない  むすばれるべきなのだ  神と人の子の「交わり」を防げなかった 「神罰」として  愼の手が BMWのドアを開けた  ラキの隣に 身体を折り込む  令の流した 視線が 愼の横顔を擽る  愼はうっすらと笑って 令の瞳を 横目で絡めた  ふふ 「怪我……してない」  可愛らしい  愼の唇が歪んだ 「大丈夫だよ」  視線を潤ませて 令を見る  深い翳り  この男の この美貌で 「落ち」ぬ女など……  いはすまい 「君こそ」  あまり「泣かないで」  視線に慈しみを こめてやれば  頬を赤らめる  ほら……  ね……  愼の瞳が流れた  ミラーにうつる  孤高の好敵手  美しい……風の尊……  迷いの抜けた その顔を 歪めてくれる 必ず  あと少しで翁だ 大きな河を鉄橋が よぎる  そこを国道が貫いていた  おお……ん  風が鳴る  鉄橋を 美しい電飾が飾っている  河下の 自然公園の崖から 鉄橋を見ると  まるで夢の橋のようだ  闇夜に 光の橋が 浮かんで見える  しかし 実際は 橋側から見れば 鉄橋の柱に 電球のワイヤーが太く這っているだけなのだ  人工の幽玄橋  が……かん  BMWが橋を抜けると 僅かに ワイヤーが揺れた  令がため息をつく  飾りすぎた街  美しいのか……無骨なのか 遠くから見たなら 散らした宝石のような電飾だけど 近くで見ると 鉄骨や 配管を這う 血管のようだ  あまり……綺麗じゃ……ないな……  橋を抜けると ディスカウントショップやレンタルビデオ屋が並ぶ 街並みに出る  ディスカウントショップは24時間営業だ  ば……うん  駐車場から バイクの排気音が 高く聞こえる  煌々とした蛍光灯の灯りの中  10代らしい 若い男女が 寄り添って 買い物をしていた  バスルーム洗剤……ティッシュ  赤い 太字の油性ペンが 変に毒々しく 目に入り込んだ 「血」の「色」  令は 髪をくしゃりとかきあげた  嫌な……予感がする  ドロドロと渦巻く何か  どす黒く 中心に向かうほど 吐き気を帯びるような  緋の色  少し目が回った  バウ……  車が右に折れる際 令は がく……りと煽られた 「平気?」  ラキが問うて来る  流れる街灯に ラキの瞳の光彩が揺らめいて見えた  青から 翠の移ろい 「大丈夫」  匂いすら 血ですらないのに  あの「赤」の血臭を感じていた  喉元に 熱いものが込み上げる 「感応しているのかもしてない」  覚醒めた朱雀の「念」が漂っているのだろう  令が震える背筋をシートに押し当てる  ざ……  街路樹の枝を巻き上げて 嫌な風が吹いた  うおぉん……  風鳴り……?  いや 野犬かもしれない……  アラバギがミラー越しに 令をうかがう 「平気か?」  長い髪が 街灯の灯りが すぎる度に 黒絹に輝く 「うん……ごめんなさい」  足手まといにはならない  言っておきながら  令は トレーナーを きつく握った  アメリカンバスケの 色あせたロゴ……  きつく握られて 狐を模したマスコットが笑った 「令」流れる指が伸ばされて来る 「謝らなくて……いい」  ふんわりと……やわらかく  優しく笑われて……  今…… 「令」って呼んだ  出会った あの時のイントネーションで  堪えた風も あつらえた風も無く  慈しみをこめて  令の目を 涙が溢れた 「バギ……」 「何で……泣く」  子供をあやすみたいに  疑問符ではなく……  アラバギ……  愛してるよ  そう……聞こえた気がした  本当は違っていたけど 「令は……令でいい」  否定をせず  笑う  令は ジーンズの太腿をかいた 「うん」 ぽん  ラキの手が 令の頭を緩くたたいた 「笑っていいんだ」  ラキの低い声音が あたたかい 「うん……ごめんね」  ほら……また  ラキが 肩を抱く 「君がいなければ……私たちは……笑えない」  アラバギの声音が包む  君が……  太陽だから…………  やわらかい指先が 後部座席の 令の頬を撫でた 「いつもの 令でいて欲しい」 「ここを入れば公園だ」  松末が ミラー越しに視線を投げた  令の視線が戻される  背筋が震える気がした  澱んでいる  空気が見えたならば  じっとりと重い  湿り気を帯びているだろう  黒い 綾織の 鈍い帯……  ゆらゆらと 公園の内側を漂っている  令は ギリ……と膝を掴んだ  何かが潜んでいる  ざ  澱んだ空気が 巻き上がった  アラバギの絹の髪が 緊張に揺らぐ  令が固く息を飲んだ  そこここの 闇に 蠢く悪意のようなもの  水面に揺らぐ 気配すら歪んで見えた  バン  松末は 車止めの前に車を停めて 4人を降ろした 「近場に停めてくる……先に「始めて」ろ」  ジャッキと 工具を投げて寄こした  車の後ろに積んであったらしい  橙の帆布の 工具袋  令が 持ち上げると ずし……りと重かった  ガチ……リ  工具の擦れ合う音さえも 不気味に鎮まる 「持つよ」  愼の腕が伸びた  重い5キロ以上はありそうな 工具を 易々と背負う 「行くぞ」  車止めから5メートル程先に マンホールが黒い丸を 闇に浮かべていた  街灯に 輪郭だけが 黒く冷たい  令は 手を握り込むと 歩き出した  丸い円  まるで 底なしのブラックホールのようだ  アラバギがマンホールの縁に 釘抜きをかけた ぴっちりと隙間なく 蓋ははまっている  ぐ……  動く……か……  ラキと2人がかりで体重をかける  鋳鉄製の蓋は 僅かに揺らぐ  あがらないか  アラバギがため息をついた  愼が加わる 「くっ……」  ごど……  浮いた  僅かに隙間が見える 「令!ジャッキ」  愼の声に 令が跳ね上がる  ジャッキも かなり重かった  両手でもって 隙間に差し込む 「手を挟むな」  背中から 松末の声がする  マンホールの蓋は50キロ以上はある 鋳鉄だ  指を挟まれたなら ひとたまりもない  がこ……  松末の手によりジャッキが立てられる 蓋が上がり脇へと避けた  おおお……ぉぉお……ん  マンホールの底から風鳴りとも うねりともつかない音が 捏ねるようにあがってきた  うおぉん  顔を音になぶられて 総毛立つ  いるな……  松末が白鷺を握りしめた 「おりる」  梯子を 慎重に降りて 懐中電灯のスイッチを入れた  ハイビーム  鬼が 何処に潜んでいるか知れないのだ 明るいのに超したことはなかった 「…………!」  令が ハンカチを取り出す  臭い  鼻と口をおおった 鼻をおおっても 口からですら臭いを感じた  たぷん  澱んで 流れる黒い下水  ぷくり  時々 ガスを含んでか 泡立っている  ながれ着いた ペットボトル  足元に何故か 人形が流れついていた  3年ほど前 流行した  ライラちゃん  顔に マジックで落書きがしてあった 「死ね」  拙い文字で 攻撃的に  鳶色だったはずの髪には 藻が絡み付いていて黒い 「「恨んで」んだろな「そいつ」」  松末が 懐中電灯の光を下げた  ライラちゃんは服を着ていない  令は 無性にかなしくなった  パサ  愼が 懐からハンカチを取り出し 人形にかけてやった 「「人間」は……「醜い」」  ぽつりとつぶやく  それは独白めいていて  自嘲も含まれているように聞こえた 「いこう 奥に「ヤツ」を感じる」  本当は……ここに……  俯きながら  立ち上がらずに 愼は ほくそ笑んだ  しかし 誰も気づかない  嗚呼……こんなに近くに……「いる」のに……な……  くす  ふふ  かさ……り……  足元で ムカデが動いた  黒光りのする鎧  かさり……かさ……り  無数の脚が 床の端を這った  さ……壁のひび割れに 頭を押し込んで 滑り込む  令は思わず隣にいる 愼のシャツを握り込んだ 「ムカデ……苦手なの……?」  愼が 鼻を擽る様な 甘い声音で聞く……  大丈夫……  咬まないよ……  少なくとも……僕がいるからね……  唇を舐める様に 舌で探る  少なくとも……ムカデは……ね……  咬むとしたら  この……「僕」かな……  ね……  しなやかな手を 令の肩に回す  ね……  食べちゃおうかな……  目線で 令の右首筋をなでて 舌で唇を舐める 「君は……僕が……怖い」  窺う様に 伏せた目線から視線をすくわれて 令が震えた  なんで……そんな事を「聞く」んだろう……  そんな事……考えてすらいなかった……のに  嗚呼 ―今―は なんだろう…… ―怖い―  僅かに 拒んで  愼を肩で拒絶する 「「怖く」ないよ」  だって…… 「「僕達」は「結婚」するんだもんね」  冷たい強要が 令の背を打った 「え……うん」  むなしく返事をして 令は 己の肘を抱く……  そう…… 「結婚」するんだ……もんね……  令の目が流れた  嫌だ  今は そう感じる  嫌だ……!  嫌だ…………  嫌だ  全身が警鐘を鳴らしてる 「彼」とは……いけない 「彼」は「違う」の…… 「いかなきゃ……!」  先を行く 松末達の背を追って 令は 小走りに駆けた  汚水の臭いに混じって 何かがある  何かが発酵するような  酸っぱい匂い……  そんな匂いが 鼻をついた  何かが……  腐って行く  胸のムカつく臭い  胃から食道を 物凄い勢いで 吐き気が駆け抜けた  う……ぷ……  令は 口を両手でおおった  下水に 中程浸かった 黒い「物体」 「……?……」  腐敗臭の「正体」?  松末が ライトを下げた  光の輪が 物体を捕らえる 「……!」  顔……  腐れ落ちた両目  鼻の肉は軟骨ごと 腐れ落ちている 「人」だろう 「人」の「遺体」には 違いない  だけれど  なんと酷い  腐れ放置された「物体《もの》」  捲れ 落ちた皮膚と 筋肉  骨の間に蛆とゴキブリがたかっていた  しょり……しゃり……しょり  虫たちが 死体をかじっている音が 聞こえてくる気がした  無数の蟲  きゅきゅ……  足元を拳大程の鼠が 通りすぎた 「きゃ……」  令が 跳ね上がる  鼠は 令の足の甲を 駆け抜けて行く  令は思わず アラバギに すがった 「ね……鼠」  総毛立って 心臓がドキドキと 脈打っている 「見ろ」  松末が 懐中電灯の光の輪で 示す先に 死体の腐れた腕をかじる鼠の 姿があった  骨が 覗く手  のぞく肉と 壊死した筋肉の色  みりぃ  鼠の1匹が 皮膚を剥いだ  松末が 顔をしかめて 鼠を蹴散らす  弾けるような勢いで 鼠は四散した 「うっ……あ!」  令の足元を 2・3匹が駆け抜けて 令が 竦み上がる  ぎうっ  アラバギの首にすがる腕に 力をこめた  身体が密着する  アラバギの 脈動が 令に伝わる  ぎゅ  シャツを握って 引き込んだ 「大丈夫……」  やわらかく しなやかに アラバギの腕が 令を囲う  足で 鼠を蹴散らしてくれた 「噛まれてないな……」  下水の鼠は 病原菌 細菌を媒介する  噛まれたら 大事だ  令は 身を震わせながら アラバギに身を預ける 「うん」  アラバギの 絹の髪が 令の頬をくすぐった  しなやかで まっすぐな 上質な絹  毛先の先にかけてまで 艶やかだ  滑らかで 指に手繰ってしまいたくなる 令は1束を握りしめた  こうしていると落ち着く  甘い薄荷の匂い  今日は仄かに 体臭がする  汗の匂い  男性特有の匂い  お父さんの背中で嗅いだ  肩車  令は安らいで目を閉じた 「パパ」  口に出してしまって はっとした  アラバギなのに……!  真っ赤になって アラバギの胸を 腕でおす  丁重に ちょっと残念そうに  アラバギは 離れ行く令の手をにぎりしめた 「構わない」  満面の笑みで 言われてしまって  令は項垂れた  恥ずかしいよ  耳まで熱くなる  体温が1度位は 確実に上がったかもしれない  パパ……  パパは不覚だった  ああ!もう!  令が トレーナーの裾を 指で揉んだ  もう どうしようもない……  あんなに安らいでしまうなんて  令が唇を噛んだ 「気にするな」  松末が わしゃわしゃと  令の髪を混ぜる  嗚呼 生憎と ヘアブラシを持ち合わせていないのに  もう……くちゃくちゃ  令は髪を乱暴に 手ぐしで整えると 唇を引き結んだ  かいぐらないでください  むくれて見せて 遺体に目を降ろす  衣服から見て 男性なのだろう  服は 薄汚れて 所々ほころびていた  ホームレスかも……知れない  公園では 夕方によくホームレスを見掛ける  ダンボールハウスに住まう人々  難民といっていい  冷たい社会から「逃れた」ある意味 アウトロー  逃げたのではなく 見切りをつけたのだと  ホームレスの「誰か」は言う  令は 目を細めた 「燃やしてあげる……ことは出来ない……?」  このままではあんまりだから  死してなお蟲に 喰らわれる苦痛を味わうなんて  令がアラバギの袖を引いた 「ああ」  アラバギは 髪を揺らすと僅かに身を落とした  長い手指が伸びる 「吽」  言霊を吐こうとして 背が硬直する  ぐらり遺骸の首が 喉元から挫けた  腐食した肉と 赤茶けた骨がのぞく  が……  腐れた肉の間から 黒い甲虫が 溢れでた  その数 数十匹 は いるだろうか  黒い 油テカリする甲虫  大きい  1匹 1匹がカブトの幼虫位はあるだろうか? 「吽」  吐き気を こらえるようにして アラバギは 言霊を絞った  ざおおおお……ぉ  アラバギの麗しい手指から 青い炎が湧き上がる  眠れ……安らかに……  焔は 遺骸を包んで 湧き上がる  青い炎の色が下水の天井を照らして ムカデの居場所をさらった  かさささ……  下水を這う蟲どもが 隠れる場所を探す  あおおあああ……  遺骸の 口腔が大きく落ちていった  みぎゃあああ……  死していて悲鳴すらあげようもないのに  死体は鳴いた  まるで体内を貪る 蟲たちの悲鳴のようだ  令は 目を背けることなく 死体送りの焔が 消えていくのをみおくった  燻る匂い  肉を焼くのでは無く 滅ぼす炎  令の瞳が 焔に 揺らいだ  涙がでる……と いうのでもない  感慨深い 眼差し  ラキが その肩を抱いた 「大丈夫……「送れた」よ」  緩やかな 天然のウェーブの髪は ちらつく 焔の残像を受けてすら艶やかだった 「焼いてやれてよかった」  邪気の苗床にされて 腐乱していくより  ずっといい  邪気と魑《すだま》の器になってしまうより  浄化の炎に焼かれた方が……  令は  頷いた  消し炭さえ残らない程に 燃え尽きた遺骸は 魂だけを  空に向かって舞いあげていった  こんな閉塞された 土地の中  魂はあるべき場所に かえれるのだろうか?  魂の軌跡が白く細かい……  粒子になって コンクリートに閉ざされた 虚《そら》  へ昇っていった  令はラキに身をよせる  良かった……ん……だよね  足元には 天然水のペットボトルが 流れ着いていた  中には 汚れた下水の水……  ヘドロに揺らぐ水の中に 動く虫がいた  下水の水は朽ちている  魚ですら住めない程に  令は 顔を上げて歩きだした 「確か……この角を……」  松末は 邪気の波動を気で追って 地上と下水の地図を重ねる  地図の尺度はあっている  松末は重ねた 地図の裏側から懐中電灯を当てた  線と線が 透けて重なる  悟がつけた  丸い記し  令は息を飲んだ 「壁しかないわ……」  曲がるべき角には ひび割れた壁しか無かった  しかし粗悪な コンクリートで塗られた為か 大きな割れ目が走っている 「もしかして」  この向こう?  どうやら 素人の手によって塗りこめられたらしい その壁は 下に水を通していた  「ここも水路だったんだ」  松末は 懐中電灯で壁の割れ目を なぞって  軽く 工具で叩いた  こーーーーーん  響いた音がする 「当たりだ」  にやり 松末が 口の端を上げた  行けるか  松末が 拳をひく……  腰を落として 練りこんだ気を固めて  拳で叩く  が……うっ!  ばらり……  ひび割れたコンクリートは 僅かに揺らいだ  無理か  松末が  舌打ちをする  僅かな破片が 割れ目を降るのみで  ヒビの拡がった様子も無かった  ご……!  松末の 前髪を掠めて しなやかな慎の 蹴りが 気を纏って コンクリートにはまる  うぉん……  はまった爪先から 細い網のような 黒い帯が吹き上がる 「……!」  令が 帯に 弾かれるようにして 尻餅をついた  ざ……  床についた 手が 下水の水路の縁すれすれに がざりと何かをにじった 「た……」  掌を 何かが掻く  尖ったコンクリートの 破片かも知れない  手指の先に かさりと 何かが触れた 「……!」  黒く 細長い何か  関節で 長くたわんで 無数の脚を 蠢かせる  指にからんで居たのは 長さが掌程もある 大きなムカデだった 「きゃ……ああああっ!」  令は 思わず振り払って 払った手が ムカデを飛ばす 「……おわ」  ラキの顔に ムカデが落ちた 「あ」  う……わわわ!  ラキが遮二無二 に 両手で かきすてる 「やだ!大変!」  令が 跳ねるように立ち上がる  どうしよう 「咬まれてない?」  冷や汗が背中を滑る 「い……いいや」  い……いいや 何とか  ラキが 肩で息をする  あんなのに咬まれたら ひとたまりもない  猛毒のムカデだ   ザリ……  アラバギが ムカデを 踏み潰した 「令こそ……無事か?」  ラキを 背中で無視して 令の手をとった  ……!  赤く……  黒い穴  右手の 親指の腹にポチリと 傷があった 「やられたな」  みるみる腫れ上がる 「血清を……」  松末が 黒い革の ウエストポーチから 細いアンプルを取り出した 「まず 毒を吸い出しちまってくれ」  松末が アンプルの首を折って 細い注射器を差し込んだ 「用意してて良かったよ」  令の腕の 血管を 指の腹で 探って 血管を 探す 「この際 消毒は オキシドールで我慢してくれ」  1番染みる消毒薬を ティッシュで すり込む 「痛いぞ」  ぷつり 針が 皮膚を貫く 感覚が 痛い……  令は 顔をそむけた 「あ……」  思わず息がもれる  ピリ  針を抜いた後の 消毒の圧迫が ひどくしみた 「こうゆう場所だから 1番強力なのをもってきたんだ  すまない」  オキシドールで浸したティッシュをバンドエイドでとめる 「う」  じわじわ……  注射の針跡が ひどく疼く 「念の為 後で病院にいくといい」  松末は ウエストポーチに救急用具を しまう  最低限の救急装備 手馴れている……のかな……  令は 袖をおろした 「ごめん驚かせたね」  慎が 手をのべる 「立てる?」  コンクリートには 大きな くぼみが うがたれていた  あの黒い帯は 穴から吹き出したものか……  それとも慎から?  どうも……令には 慎の脚から 溢れたように見えた 「穴から邪気が 吹き出している」  う……うん  慎が……他ならぬ慎が言うのだから 間違いない……はず  だのに……  慎の脚から 放射に 邪気が迸ってみえた  気のせい……よ  令は トレーナーの袖を握りしめた  気のせいよ……  慎が 邪気を纏っていたなんて信じられない  ううん……  信じたくない  だけれど あの病院でのキスは……  慎の唾液を飲んだ あのキスは いつか味わった  そう  穴ぐらで……  暗い洞窟で  強く吸われた唇は 今も疼く  ああ……身体の芯が  火がついたみたいに 何かを求めている  欲望  情欲  男の何たるかを 知りもしないうちに  芯が開いてしまった  抱かれたい……  誰でも……構わない……  奪って  滅茶滅茶にして!  熱い身体を もてあますように 令は慎の手をとった  ああ……火の火照りが 手を伝わって  慎に流れていくわ……  裸になって貪って  あ……あ  私を「汚して」  どうなってもいいの  令は 空いている手で 膨らんだ胸をむさぼった 「は……ああ」  異様に赤い  艶やかな唇が 淫靡な息を吐いた 「だ……だい……!」  全てをいいおえない内に 令は 慎の胸に引き寄せられる  顔を 胸板に 埋められる 「もう 壁を砕けるだろ」  抱き寄せる腕が 令の腰を 強く引き寄せる 「あ……」  急に火がついた欲望は 押し寄せて  令を弄んだ 「あ……」  彼の唇が 胸元に降りて来たら 「色」の想像が 妄想が 令を支配する 「あ……ん」  身体が疼いて  令は僅かに背を震わせた 「駄目よ」  令は 慎を突き放して 肩で息をついた  呑まれている  まるで 色情という大蛇にのまれているかのようだ  身体が熱くて 身動きが とれない  全てを 肌着すらむしって 男にすがっていきたい気分だ  どう……した……というの……  令が トレーナーを 握った  思わず胸をはだけてしまう 「う……う」  誰か気づいて  誰か止めて  令の足が しなしなと絡んだ  なんとか……して…… 「令……?」  アラバギの 涼やかな声が 令の背中を 震わせる  う……  欲情が 何故か退いていくのがわかる  火照りが 潮の様に 肌からひいていく 「令」  アラバギの 手が 肩に触れる 「平気か?」  窺う黒曜が 令を映して 水面のように揺らぐ  その黒曜に 包まれてしまうと  不思議だ 何もかも憑き物が落ちたように 剥がれていく……  そう まるで樹の皮が 1片 1片剥がれて行くみたいだ  令は ジーンズを はらうと立ち上がった 「あの……」 「邪気に当てられたんだろう」  慎が割って入る  きっと……そうだ  穏やかに はんなりと笑われてしまうと  令は頷くしかなかった  そう  確かに  邪気にあてられたに違いない  だけれど  あの 欲情は 身体の芯から 湧き出たものだった  肩口が熱い  あ……  ちょうど アラバギが 触れている辺りだ  確か……痣  令の膝が挫けた 「アラバギ……身体が」  おかし……い……の  最後まで告げる間もなく  令の意識は落ちた……  おかしい……の……  淫靡な光景が 女が喘ぐ様が 頭を支配する  へんな……の……  女の首がそった  白い首から 頬にかけてが 紅く上気している  乱れた 千尋の黒髪が 男の肩を滑った  いやらしい音がする  2人の喘ぎが 重なった  女の背が伸びる  男が息を吐いた 「令」  あ……いや……  男が女を  ―令―とよんだ  いや……なの 「令」  男が 此方を振り向いた  慎!  そんな……!  抱いていたのは 誰  長いおろし髪の 絹の人  紅い唇の  女が顔を上げた  ほってりと 上気した その顔は 息を飲む程に 艶やかだった  美しい  繊細というのでは無い  濃厚な色香がある  だけれど……目が……目が紅い  血の石のようだ  いつか「みた」高天の蛇の目のようだった  蛍火  令の瞳をとらえて  彼女は淫靡に笑った  妾は蛍火じゃ……  喉から出されている声では無いような 濃厚な呟き  見知っておるはずだえ  遠い……昔に  1度おうたかの……  きゅん  口の端が上がった  ふふ……う……ふふ  ふくよかな胸が 男の胸にあたって 潰れている  のう……  露姫様  静殿  足元にあった 桜重ねを掻き寄せる 「わすれたとは……おっしゃりますまいの」  流した瞳が 異様に剣呑な輝きを帯びている  知らない  令はかぶりをふった  知るわけは無い  蛍火は すら……りと立ち上がると 肌着すら着ずに  まだ汗ばむ 裸の裸身に  桜重ねの絹をかけた  うっふふ  清純な……姫君  初心なおつもりかえ  本当は 抱かれたい男の 1人や2人  おるのではないかえ  銀箔張りの 梅の 花扇を 蛍火は玩んだ  巫女にさえ……巫女にさえならなんだら?  殿方と戯れることも出来たやもしれぬ  哀れな姫君  行くは 斎かえ……  ぱちり  銀箔の扇を 強く弾いて 蛍火は笑った  うふ……ふ  寝乱れて 男の肌に触れて  戯れ  淫らに咲いた  妾を 淫らと笑うかえ  本当は 姫君とて 同じこと  殿方の肌は 旨味あるものよ  姫君とて 憧れているのであろ  それとも  汚らわしいと 汚らわしいと蔑むのかえ  愛おしき 殿方くらいおるのだえ  令は かぶりをふって にじり下がった  抱かれたい……男の「香り」を 感じた事はないのかえ  例えば  ……!……  令は  突然背後から 突き飛ばされた  このように  前にのめって……男の裸  慎の 胸にくずおれてしまう  姫君  令 「静」  熱い唇が降りてくる  ……!……や  令は 息づく「男」の裸身に 手を張った  慎の胸に 両手をついて つっかえる  怖がることも…あるまいよ  蛍火の声が耳元で聞こえる  足枷を外すがよかろ  姫君  一糸まとわぬ  裸身の慎が 覆い被さってくる  怖くないのでな  女に「成る」だけじゃ  慎の手が 令の胸を滑った  ああ  いや  強引にしだかれても 痛みしか感じない  いや  慎の唇に 抗う唇が塞がれる  う……ふふふふ 荒々しい手が後頭から うなじ 首筋をかきなでた  は……  令の息が 唇が塞がれていて 息が出来ない  あ……あ……いや……  慎の手が太腿に滑った  や……!  バシ  ジーンズの ボタンを外しかけた慎の頬を 令の平手がうった  脱がされる!  背中から恐怖が巻あがった  ばつっ  慎は 紅く痛む頬など いにかえした風もなく  令のジーンズを引きずりおろした  ざ  薄いミントグリーンの 下着がむしられる  嫌だ  アラバギ……!  助けてアラバギ!  アラバギじゃなきゃ……嫌だ  令は 渾身の気を 太腿に唇を這わせる慎に 叩きつけた  やめて!  嫌!  下腹部に 唇が 降りてくる  アラ……バギ  唇が ねっとりと内股を這った  いや!  アラバギの面影が……  美しい黒髪が 閉じた瞼に浮かぶ  いや!  たすけて……  あら……ばぎ  バシッ!  ……!……  令の頬が突然鳴った  突如……舞い上がるような感覚  令の意識は 吸い上げられた  アラバギ  舞い上がる先に 見えて欲しい  いて欲しい彼が  令は 息を詰めて  水面へと浮上するように 浮かび上がった  アラバギ……!  アラバギ………………!  アラバギ…………………………!  ああ!  浮上して ばちりと 目を開けた先に 暗い淀んだ天井がみえた 「悪い 叩いた」  松末の顔が 覗き込んでいた  はぅっ……!はあ……はぁ  まだ呼吸が上手く出来ない  叩かれた頬は あまり痛くは無かった  まるで それは肉体の壁を破って  精神に喝をいれたかのようだった  ああ……  肩が震える  意識だけが 叩かれた後のように飽和状態だ  あ……  長い黒髪が頬にかかる  甘い薄荷  毛先がまるで 上質な筆のように肌を擽る 「もどったか令」  くす……り  アラバギは目を緩ませる 「よかった」  アラバギが言い終えぬ内に  令は アラバギの首にすがりついた 「あ……アラバギ」  唇で闇雲に求めて アラバギの唇を探し当てた  アラバギ……!  ……!……  アラバギの背中が 硬直する  アラバギの 唇に令は唇を押し当てていた      

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風の標し 第4部  廻る環