橙花

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橙花

気が向いたときに。 アイコン→ノーコピーライトガール様

わたしの居場所がしんだ

母方の祖父母のことが大好きだった。 私の人生を支えてくれて、守ってくれて、 いつでも応援してくれた祖父母が、しんだ。 一般的には長生きしたのだろう。 でも私にとっては居場所がひとつ無くなった気がして心底辛いのだ。 いつかこんな日が来ることをずいぶん幼い時から恐れていた。ずっと頭の片隅で怯えていた。人は死ぬとわかる、わかってる、知っている、でもどうかそんな日が来ませんように。 ずっと思っていたけど、大人になって忙しくなって、会うことが後回しになっていた。 祖父が亡くなった時は、私の結婚式の1ヶ月前だった。ただ受け入れられなくて、辛くて、悲しくて、怖かった。 霊安室で会ったとき、どうしても触れられなくてただ嗚咽をあげて泣いた。 葬式の時も化粧をされた祖父の顔が、私も知っている祖父ではなくて、辛くて、美しい花に囲まれた祖父が可哀想で、何も受け止めることができないまま、誰にも聞こえない声でありがとうを言って、また泣いていたら骨になってしまった。 触れなかったことも、きちんとお礼を伝えきれなかったこともずっと、ずっと辛くて、何ヶ月も仕事が終わった帰り道に運転しながら泣く日々が続いた。 ふと思い出す。 最後に会った正月に、しわしわな手を私の肩に置いて思い出話をしてくれたこと。 私の結婚式にどんな髪型で行くか悩んでいると言ってくれたこと。 初めて一緒にお酒を飲んだ日のこと。 子供の時、夏休みに畑に行って一緒に野菜を収穫したこと。毎日のように海に連れて行ってくれたこと。 そんな日が二度と訪れないという現実が、ずっと、心底辛いのだ。 そして祖母もどんどん弱り、少しずつボケてきた頃にあっという間に亡くなってしまった。1ヶ月前に会ったばかりだった。帰る時に夕陽を背に泣いていた祖母の顔がずっと忘れられない。わかっていたのかな、寂しかったのかな、帰ってしまってごめんなさい。 後悔しないように手紙を書いた。今までの思い出と感謝を泣きながら全て書いた。ありがとうの一言では足りないほどの想いがあった。 棺桶を閉じる前に勇気を出して肌に触れた。 硬くて冷たいと思い込んでいた祖母の肌は、冷たかったが、とても柔らかかった。やわらかい頬にまた悲しくなって嗚咽をあげて泣いた。花に囲まれた祖母は、美しかった。これから焼かれるとは思えないほど美しくみえた。 祖母が作るご飯が大好きだった。祖母と入るお風呂が大好きだった。祖母に相談するといつも正しい答えをくれた。いつも背中を押してくれる人だった。 そうして私の居場所がひとつこの世から消えてしまった。 いつかの日が、ついに現実になった。 二度と戻ることのない日々を大切に思い出して生きていこう。 まだ思い出しては泣いてしまうけど、怒らないで。どうか夢に会いに来て。 またいつか会えますように。 おやすみなさい。

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その猫妖怪と時を越えて

 湿気で気だるい空気が肌を纏う。節電だなんだって高めの温度に設定されたクーラーをつけても暑苦しい風が出てくるだけだ。 そんな自室にこもって、ベットにだらしなく寝転びながら本を読む。それが彼女の高校生最後の夏休みになっても譲れない、夏の定番の過ごし方だった。 「はあ、推しに会いたいなあ」 本を熱心に読んでいた彼女が切ない声で呟いた。 その本はいつも呼んでいる最新のアイドルの写真集…などではない。古びて破けて、少しカビ臭い何かの書。 彼女のいう推しは現代のアイドルではなく。 「雪月様…その冷えた瞳さいっこう」 雪月、と達筆な筆文字で書かれた名。その項には雪月なる者の絵が描かれている。 雪を思わせる純白の長髪。瞳は金色。肌には色が塗られていないが、おそらく白。 そして何より特徴的なのは猫と混ざったその姿だ。白と黒が混ざった猫耳と尻尾が生えている。 雪月とは、この国に伝わる昔の妖怪だ。伝承として受け継がれてはいるが、書に記されているのみで真意のほどはわからない。 彼女が読んでいる本は、この国唯一の妖怪伝承の書。本来ならばそこまで貴重なものが資料館行きなのだが、なぜ彼女が持っているのかといえば。 「誰かの落とし物なんだろうけど、ラッキーだよね。夏休み明けたら学校に持っていけばいいし、推しに目覚めたし最高すぎる」 落とし物、はすこし語弊がある。落としてあったのではなく、帰ったらカバンに入っていたのだ。 持ち主の名前が書いていない上にかなり古びた本なので、彼女は高校の図書館の物だと判断。夏休み中は閉まっているので1ヶ月は自宅保管することにしたというわけだ。 この国唯一の物だとは微塵も思っていない。 「美琴!手伝ってー!」 彼女…美琴の母親がキッチンから大声で呼んでいる。なんか焦げ臭いので、これは唐揚げを焦がしたか。 ひとまず本をベットに置いたまま慌てて階段を駆け降りる。 「あー!やっぱり焦がしてる!もう!」 キッチンで慌しくする美琴の声が聞こえる中、ベットに置かれた伝承の書からビリビリと紙が破れる音がしている。 それは雪月のページだけ、少しずつ破れていく音だった。

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その猫妖怪と時を越えて

人は死ぬけど便利だよね

 前から不思議に思っていたことがある。  「いのちは大切にしましょう」  「いのちより大切なものなんてない」 よく聞く言葉。そして大多数の人間が思っていること。  でもさ、考えてみたことある?  例えば、車ができたおかげで遠くにも行けて、雨でも濡れなくて、寒くても暑くてもどこへでも行ける。  けれども、交通事故で数え切れないほどのいのちが失われている。 でもみんな乗ってる。乗るのをやめない。 作るのもやめない。  ああ、不運だね。って。  少数のいのちより便利の世の中の発展?  他の動物はそのいのちを繋ぐために群れの中に犠牲が出たとしても、大勢が生き残る術を身につけている。いのちがけでいのちを守っている。  なのに人間は。本当に不思議な生き物。  本当に残酷だ。 そう思いながらも今日も私は車に乗っている。  

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愛おしい季節

 少し空が高くなって、空気が澄んでいる。 肌寒いような暖かいようなそんな秋と冬の間。風が吹くと黄色や橙色の落ち葉が、ひらひらと舞っている。  ああ、なんて綺麗。 春の桜、夏の海、冬の雪 そのどれよりも、この短い季節が好きだ。  ふと小さな頃を思い出す。 落ち葉はもっと大きくみえて、宝物みたいに大切に集めたことがあったっけ。 全部がキラキラして見えていたと思う。全部が新しくて全部が楽しかった。  じゃあ今は? 失われてしまった?  今は季節の匂いがわかるようになって、美しさに浸ることができる。 あの、無垢で純粋なときとは違うけれど、 全てがキラキラには見えないけれど、 ふと。 ああ、今日は好きな日だな と思うのだ。

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愛おしい季節

そんなこと、どうでもいいよ。

目をそらさないで、前を向く。 この、絶望的な、現実。 多くの仲間が倒れ、それを悲しむ暇もないまま駆け抜けた。 傷つき、骨が折れ、息が苦しい。 だが、目をそらさない。 倒す相手はただひとり。あいつだけ。 憎しみと後悔で己を失い、間違った道を進んでしまった俺の大親友。 厨二病もいいとこだよ。 お前の黒歴史だ。あとで笑い話にして一生ネタにしてやる。そうしてやるから。 組織に操られて色々悪さをしてしまったが、全ては自分の大切なものを守るためだった。 体術を学びながら育つこの国で、稀に修行の末念力まで習得する者がいる。 体術と念力を極めた者だけが集まる部隊が、この国の主戦力。 狭い世界の中で国同士が歪み、争っている。 俺もあいつも部隊に所属していた。 常にライバル視していたが、実力はあいつが倍は上だった。 それが悔しくて修行を積み、やっと追いついたと思った頃にはあいつは手配犯。 とある外部の組織に喰われてしまった。 人を疑わないあの馬鹿は、まんまと罠にハマり、人格まで変わってしまったのだ。 大切な仲間のいる部隊は家族だ。 その家族を裏切れば、家族が制裁するしかない。 そして特別チームが組まれ、俺は最前線に配属された。 後ろを振り返ると倒れていった仲間と、ボロボロになっても進む数少ない仲間が見える。 前を向けば、世界を破壊しうる存在と成り果てた親友が見える。 こっちに来るな もう戻れない 叫び声なのか泣き声なのか、確かにそう聞こえた。 なんて顔してんだよ。 戻れなくたって連れ戻してやる だって、 だってよ。 友だちを助けるのに 理由なんてないよ。

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そんなこと、どうでもいいよ。

そのひとにはそのひとの地獄がある

「自分の子を嫌う親なんていないよ。」  何度この言葉を聞いたことか。 周りの友だちも周りの大人もみんな同じことを言う。  「うんざりなんだよ。」  何度この言葉を言いそうになったことか。 いくら相談しても誰にも伝わらない苦しみ。  私の苦しみは家族だった。  ずっと父親だと思っていた人が育ての親、つまりは他人だったと知ったあの日。  たくさん悩んで勇気を出して母親に聞いてみれば  「私だって大変だったのになぜわざわざ言わなきゃいけないの」 そう返されたあの日。  「自分の子じゃないから愛せない」 深夜に目が覚めたときに聞こえてしまったあの日。 「あんた本当に可愛くない」 「学校で何をしようが何もすごいと思わない」 「ブスだね、目が死んでる」 傷つく言葉を言われたあの日。 私の心を深く抉ってきた家族。隠れて泣いた日々。これが私の地獄だった。  けれど昔の私よ。聞いてほしい。 お金を貯めて一人暮らしを始める日がくる。 家を出るのは大変だったけど、最後には父は手伝ってくれるし母は金銭面で少し助けてくれる。   しばらく帰らなかったけど、勇気を出して帰ってみたら楽しい時間を過ごせて驚くよ。 あんなに怖かった母親の顔が、よく見てみたらずいぶん老けていることに気がつく。  そして結婚して子供を産んで、ある日わかるはず。  産むか産まないか悩んだはずの母親はきっと自分で私を産むという決断をしてくれたのだと。子どもを産むということは大変なことだ。体も変わるし生活も変わる。これは経験しなければわからない。想像よりもっと何倍も全てが変わる。そんな大変なことを母親は相手がいない状態で乗り越えたのだ。私は母親に産んでもらえていなければ、いま、この幸せはなかった。  今までのことを許すつもりはないけれど これから前に進むことはできると思えるようになる。  子どもの頃の私。だからそんなに深く傷付かないでいいんだよ。絶望しなくてもいいよ。辛いけど必ずあなたには幸せが待ってるよ。

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そのひとにはそのひとの地獄がある

本当はもっと。

いっそ消えてしまえばよかった この恋が、こんなに辛い結末ならば。 いっそ終わりにしてしまえばよかった。 わたしがまだ、あなたを好きじゃない時に。 恋の始まりは、両思いからだけじゃない。 時には片思いが成就しないまま、付き合うという契約をする時だってある。 現にわたしがそうだった。 失礼かもしれないが、恋愛対象外という言葉がぴったりだった彼。 告白されたのは2年前。息を吐くだけで汗をかくような猛暑。暑さとなんとなく気まずい彼との3回目のデートにうんざりして、内心とても不機嫌だった。 早く帰りたい、と何回思ったことか。 貼り付けたような愛想笑いもそろそろ限界で、彼が何を話しているのかもはや全く聞いていない。 そんなデートの終盤、電車の時間がせまり、やっと解放されると安堵した頃。 ちょっとだけ、時間作ってもらっていいですか? え?なんでいま?と思いつつ彼の方を見ると、真剣な眼差しと気だるそうな私の視線がぶつかる。あれ、もしかして告白される? 女の勘というやつは、なんなのだろう。 大体当たってしまうのだ。 好きなんです。 付き合ってください。 シンプルな告白を聞きながら、公園のベンチの上で、頭の中はやけに冷静だった。 そして結論はひとつ。好きじゃない。 そもそもタイプじゃないとかそういう問題ではないのだ。対象に見えない。 あの、 早くこの時間を終わらせたくて口を開くも、重なるような彼の言葉に遮られる。 好きじゃなくていいですから!! あまりに必死な声に驚いて、 は、はい と思わず頷いてしまい、彼の喜ぶ顔を見て、やってしまったと後悔が襲った。 無駄に傷つけることになりそうで、良心が少し痛んだ。 1ヶ月くらい付き合って、お別れしよう。 もっともらしい理由でもつければ大丈夫だ。 そんな最低なことを考えて付き合い始めたのだが、気がつけば2年経っていた。 優しく、まじめな彼。 わたしを好きでいてくれる彼。 何となく手放せなかった。 心地が良かった。悪く言えば、都合が良かった。 彼を好きなのではなく、わたしを好いてくれる存在を切れなかったのだ。 私は何も返せないくせに。返す気さえないくせに。 そうして、彼の心を傷つけてきた。 もう、限界だよ。諦める。 別れてほしい。 2年経っても振り向かないわたしに ついに愛想を尽かした彼が、疲れきったように言った。あの公園のベンチの上で。 うん。わかった。 淡白にそう返す。 あー、終わった。終わっちゃった。 まあ、私が悪い。最低だったよね。 じゃあ、帰るね。 落ち込んで座ったまま動きそうにない彼にそう告げて、駅へ向かった。 電車を待ちながら、スマホを開きフォルダの写真を消す作業をする。 ああ、こんなに写真撮ってたんだ。2人で。 わたし、幸せそう。 電車に乗り込み、扉のすぐそばに立つ。 ぼーっと外の景色を眺めていると、彼と行ったところがたくさんあることに気がつく。 色々なところに思い出が落ちている。 実は、次に行きたいところ、もう決めてたんだよな、わたし。 友だちとじゃなくて、彼と行きたいと自然に考えてた。 でも、もう彼はわたしのものじゃない。 好きじゃなかったんだよね、わたし。 なのに。どうしよう。 彼がいない明日が怖い。 どうやって過ごしてたかわからない。 ねえ、大切に、なってたんじゃないの? 意地はってただけじゃないの? こんな人好きになるわけないって。 ダサいからやだって。 本当にこのまま終わりにしていいの。 そこからは何を考えてたかわからない。 着いた駅で降りてすぐに電車を乗り換えて、あの公園のある駅へ戻った。 1時間は経ってしまった。でもいるかもしれない。いたら、気持ち、正直に言おう。 振られたっていい。返さなくちゃ。 会いたい。 駅について早足で公園に向かう。 空がオレンジ色に染まっていた。 焼きつくような夕陽を背にして、 ベンチに彼がいた。 でも、わたしは声をかけることができなかった。 涙を流す彼を抱きしめる、人。 抱きしめ返している彼。 ああ。なんだ。 もう、始まってるじゃん。 私以外に、弱音を吐けるほどの相手がいたのだ。綺麗な人。 こんな最低な私が勝てっこない。 わかってる。わかってるよ。 涙が出た。 私と彼は終わってしまったんだ。 やっと好きだと、大切だったと気づけたのに。 今までごめんね。 ありがとう。 独り言のように小さく呟く。 電車の音にかき消されて、なくなる。 好きだったよ。 今なら、伝えられる。

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本当はもっと。