はるかうみ

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はるかうみ

初の短編小説なので、文章の長さなど感覚が掴めていないのですが、高評価や感想などを頂けると幸いです。

空飛ぶクジラ

「空飛ぶクジラだ…」  タバコを吸いながら、ボーッと眺めていた空にそれを見つけた時、俺は思わずそう呟いていた。  勿論、実際にクジラが空を飛んでいた訳ではない。  ただ、馬鹿でかい雲の形が何となくそう見えただけだ。  しかし、俺は不意に学生時代に見た、誰が書いたかも分からない一枚の絵を思い出していた。  それを見つけたのは、偶然だった。  授業をサボってふらりと美術室に忍び込んだ時に、たまたま本格的なキャンバスが飾られていたのだ。  そこには、イルカのように雲の中から跳ね上がるクジラが描かれていた。  俺は何だか分からないが、その絵から目が離せなくなったのを覚えている。  後にも先にも、誰かの絵で感動したのはあの一枚だけだ。 「それで絵の道を選んじまったんだから、我ながら呆れるほど単純だよな」  今でこそしがない美術教師だが、昔はそれなりに色々なコンテストに絵を出しては賞を貰っていた。  しかし、いつしか絵を描くのが楽しいと感じなくなってしまい、現在は不良教師と生徒から陰口を叩かれるくらいには落ちぶれてしまっている。 「…うし。久しぶりに、描いてみっか」  俺はタバコの火を消すと、美術室に向かう。  そもそも、あの絵を目指して芸術家を志したのに、あの絵を一度も描かないでいるというのも変な話だ。  勿論、コンテストに出す作品で他人の絵を模写する訳にはいかないので、描こうと思う機会がなかったというのもある。  いくら腐っていても、それをやってしまうくらいなら、俺は自分で自分の腕を切り落とすだろう。  だが、趣味で絵を描く時くらい、好きなものを描いても許して欲しい。  俺は誰もいない美術室に行くと、埃を被ってしまっている道具を取り出し、常備してあるキャンバスに絵の具を乗せる。  …さて、あれからどれくらいの時が経ったのだろうか?  気が付いたら、放課後のチャイムが鳴り響き、薄暗い教室には夕焼けの赤い光が差し込んでいた。 「まあまあ、だな」  俺は完成した絵を見て、そう評価する。  完成した絵は、記憶の中にある絵とは比べ物にならないくらい、お粗末なものだった。  しかし、それはこの絵が俺の絵であるという事の証明でもある。 「うーん、久しぶりに楽しかったな」  俺は大きく伸びをすると、外の自販機へと飲み物を買いに行く。  夢中になって絵を描いてしまっていたが、そろそろ明日の授業の準備をしなければ不味い。  俺はコーヒーを片手に、絵の具が固まったらキャンバスを片付けようと考えながら、美術室に戻る。  すると、閉めておいたはずの扉が僅かに開いていた。  俺はそれに気が付いた瞬間、無意識のうちに足音を消して、そっと美術室の中を覗き込んだ。  そこにいたのは、まだ学校に残っていた一人の女子生徒だった。  恐らく、美術室の鍵が開いている事に気が付いて、好奇心で忍び込んでしまったのだろう。  俺は注意しようと思い、声を掛けようとするが…その女子生徒は何かに取り憑かれたように、俺の描いた絵をジッと見つめていた。 「…」  俺は静かにその場から立ち去ると、外にある喫煙所に向かいタバコを吸う。 「なるほどな…」  タバコの煙を吐きながら、俺はふと空を見上げる。  当然だが、昼間に見つけたあの雲はとっくに消えていた。  俺が見た絵を描いた人は、今どうしているのだろう。

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空飛ぶクジラ

最後の日、春風に乗せて

「僕、今日告白しに行こうかなって思っているんだ」  桜が舞い落ちる景色の中、様々な花が咲く校庭を見下ろしながら、僕は静かにそう呟く。 「あっそ。さっさと行けば?」 「反応冷たくね?」 「うっさい。私は、今目の前にある大量の卒業アルバムにメッセージを書くのに忙しいのよ」  僕の隣に座っていた彼女はそう言うと、僕なんか見向きもせずにいくつものメッセージが書かれた卒業アルバムに新しいメッセージを書き足していく。  今日は、卒業式だ。  教室の中では、様々な生徒達が写真を撮ったり別れを惜しむように雑談に興じている。  僕はあまり友達が多い方では無かったが、それでもこの当たり前だった光景がもう見られなくなると思うと、何だか感慨深い気持ちに襲われるな。  しかし、あまり長居しててもしょうがない。  僕は鞄を持つと、立ち上がる。  その時— 「…ちょっと」 「うん?」 「あんたの卒業アルバムを、ここに置いて行きなさい」 「え、何で?」 「あんたの事だから、どうせ誰にもメッセージなんて書いて貰ってないんでしょ? 可哀想だから、私がついでに書いてあげるわ」 「何それ、果てしなく余計なお世話なんですけど…ていうか、それいつ書き終わるんだよ?」 「ざっと、一時間待ちってところね」 「えぇー…」 「そんなに待つのが嫌なら、後で私の家まで回収しに来なさい」  彼女はそう言うと、僕に向かって手を伸ばす。  つべこべ言わず、さっさと卒業アルバムを寄越せと言わんばかりだ。  僕は溜息を吐くと、諦めて彼女に卒業アルバムを手渡した。  どうせ、彼女の家は近所だ。  それに卒業式の日にわざわざ喧嘩するのも嫌だし、ここは大人しく従っておくとしよう。 「…頑張って来なさいよ」 「うん、ありがとう。行ってくるよ」  何だかんだで優しい彼女にお礼を言うと、僕は今度こそ教室を後にする。  学校を出ると、僕はスマホを取り出した。 「えーっと、確かあそこは…ここか」  僕は住所を調べると、告白をしに行く彼女の元へ向かう。  制服で電車に乗り込み、数十分揺られながら駅に着くと、再びスマホの地図とにらみ合いつつ、慣れない土地に苦労しながら目的地に辿り着く。  そして、そこから更に数分探し回り、僕はようやく彼女を見つけることが出来た。 「遅れて、ごめんね。結構待たせちゃったよね」 「ううん、いいの。来てくれて嬉しい」  彼女はそう言って、満開の桜のような笑みを浮かべる。  僕は、彼女の笑った顔が大好きだった。 「あのね。今日、君に会いに来たのは、伝えたい事があったからなんだ」 「なに?」 「…ずっと、君のことが好きでした。僕と付き合ってくれませんか?」  僕がそう言うと、彼女は随分と驚いた顔をする。 「私で、いいの?」 「当たり前だよ。そうじゃなきゃ、告白なんてするはずないじゃないか」 「…嬉しい」  彼女はポロポロと泣きながら、僕の好きな満開の笑顔を向けてくれる。  僕は胸元に差してあった、卒業式の時に配られた花を彼女に渡す。 「これからも、僕は君のことを好きでいてもいいですか?」 「…」  彼女は花を受け取ると、泣き笑いみたいな表情で…静かに首を横に振った。 「駄目だよ。だって—」 「君、そこで何をしているんだ?」  その時、少し老けた中年の男性がやって来る。  僕は慌てて立ち上がり、自分が怪しい者では無いと説明しようとすると、男性が何かに気が付いたような顔で僕の制服を見つめる。 「その制服は…そうか」  男性は僕の隣に来ると、目の前のお墓に置かれた白い花に視線を向けた。 「…これは、君が?」 「はい…すみません。ご迷惑だったでしょうか?」 「とんでもない。春歌もきっと喜ぶよ」  男性はそう言うと、わざわざ持っていた花立に僕が置いた花を加えて、一緒に供えてくれる。 「ありがとうね。うちの娘の為に、わざわざこんな所まで来てくれて」 「…いえ」 「…君は、うちの娘とは一体どういった—」  その瞬間、ブワッと心地の良い春風が僕達を包み込む。 「…ははっ、どうやら娘に怒られてしまったようだ。忘れてくれ」  彼女の父親はそう言うと、静かにお線香に火を付けて手を合わせる。 「…彼氏です」 「え?」  僕がそう言うと、再び心地の良い春風が吹く。  何故か、彼女の満開の笑顔がまた見えたような気がした。

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最後の日、春風に乗せて

最後の日、春風に乗せて花を君に。

「僕、今日告白しに行こうかなって思っているんだ」  桜が舞い落ちる景色の中、様々な花が咲く校庭を見下ろしながら、僕は静かにそう呟く。 「あっそ。さっさと行けば?」 「反応冷たくね?」 「うっさい。私は、目の前にある大量の卒業アルバムにメッセージを書くのに忙しいのよ」  僕の隣に座っていた彼女はそう言うと、僕なんか見向きもせずにいくつものメッセージが書かれた卒業アルバムに新しいメッセージを書き足していく。  今日は、卒業式だ。  教室の中では、様々な生徒達が写真を撮ったり別れを惜しむように雑談に興じている。  あまり友達が多い方では無かったが、それでもこの当たり前だった光景がもう見られなくなると思うと、何だか感慨深い気持ちに襲われるな。  しかし、あまり長居しててもしょうがない。  僕は鞄を持つと立ち上がる。  その時— 「…ちょっと」 「うん?」 「あんたの卒業アルバムを置いて行きなさい」 「え、何で?」 「あんたの事だから、どうせ誰にもメッセージなんて書いて貰ってないんでしょ? 可哀想だから、私が書いてあげるわ」 「果てしなく余計なお世話なんですけど…ていうか、それいつ書き終わるんだ?」 「ざっと、一時間待ちってところね」 「えぇー…」 「そんなに待つのが嫌なら、後で私の家に来て回収しに来なさい」  彼女はそう言うと、僕に向かって手を伸ばす。  つべこべ言わず、さっさと卒業アルバムを寄越せと言わんばかりだ。  僕は溜息を吐くと、諦めて彼女に卒業アルバムを手渡した。  どうせ、彼女の家は近所だ。  それに卒業式の日にわざわざ喧嘩するのも嫌だし、ここは大人しく従っておく事にしよう。 「……頑張って来なさいよ」 「うん、ありがとう。行ってくるよ」  何だかんだで優しい彼女にお礼を言うと、僕は今度こそ教室を後にする。  校庭に出ると、僕はスマホを取り出した。 「えーっと、あそこは確か…ここか」  僕は住所を調べると、告白をしに行く彼女の元へ向かう。  制服で電車に乗り込み、数十分揺られて駅に着くと、再びスマホの地図とにらみ合いながら、慣れない土地を歩き回り、苦労しながら目的地に辿り着く。  そして、そこから更に数分探し回り、僕はようやく彼女を見つけることが出来た。 「遅れて、ごめんね。結構待たせちゃったよね」 「ううん、いいの。来てくれて嬉しい」  彼女はそう言って、満開の桜のような笑みを浮かべる。  僕は、彼女の笑った顔が大好きだった。 「あのね。今日、君に会いに来たのは、伝えたい事があったからなんだ」 「なに?」 「…ずっと、君のことが好きでした。僕と付き合ってくれませんか?」  僕がそう言うと、彼女は随分と驚いた顔をする。 「私で、いいの?」 「当たり前だよ。そうじゃなきゃ、告白なんてするはずないじゃないか」 「…嬉しい」  彼女はポロポロと泣きながら、僕の好きな満開の笑顔を向けてくれる。  僕は胸元に差してあった、卒業式の時に配られた花を彼女に渡す。 「これからも、僕は君のことを好きでいてもいいですか?」 「…」  彼女は花を受け取ると、泣き笑いみたいな表情で…静かに首を横に振った。 「駄目だよ。だって—」 「君、そこで何をしているんだ?」  その時、少し老けた中年の男性がやって来る。  僕は慌てて立ち上がり、自分が怪しい者では無いと説明しようとすると、男性が何かに気が付いたような顔で僕の制服を見つめる。 「その制服は…そうか」  男性は、僕の隣に来ると目の前のお墓に置かれた白い花を見る。 「…これは、君が?」 「はい…すみません。ご迷惑だったでしょうか?」 「とんでもない。春歌もきっと喜ぶよ」  男性はそう言うと、わざわざ持っていた花立に僕が置いた花を加えて、一緒に供えてくれる。 「ありがとうね。うちの娘の為に、わざわざこんな所まで来てくれて」 「…いえ」 「…君は、うちの娘とは一体どういった—」  その瞬間、ブワッと心地の良い春風が僕達を包み込む。 「…ははっ、どうやら娘に怒られてしまったようだ。忘れてくれ」  彼女の父親はそう言うと、静かにお線香に火を付けて手を合わせる。 「…彼氏です」 「え?」  僕がそう言うと、再び心地の良い春風が吹く。  その時、何故か彼女の満開の笑顔が、また見えたような気がした。

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最後の日、春風に乗せて花を君に。