しらづ
77 件の小説故人へ
亡き人よ。 貴方の顔を眺めながら 私はこう思う。 美しいと… まるで眠っているような とても綺麗な顔をして 普段は流れるはずのない 不本意な涙 先立たれた怒りなのか。 悲しみなのか。 寂しさなのか。 はたまたその全てなのか。 わかる余地もなく。 ただ、あなたの顔を見た。 もう一度笑ってくれるのか。 不器用でも苦笑いでも。 なんでもいい。 もう一度その口角を上げて 笑ってくれないだろうか。 人の死を受け止めることが どれだけ苦なことか。 わかって欲しいわけではない。 笑っていてくれよ。 そう思っているのかもしれない。 笑っていたかったよ。 本当なら。 ただ、そう思えば思うほど 流れる雫を俺は止めては行けないと思う。 思い出に。 その生活に。 私たちが目に見えぬところに 私たちがいて、 私たちを想ってくれていたのだと 実感する。 最期に何を考えて、何を思っていたのだろう。 最後の別れを前に 俺は貴方を『友』だと。 強く思った。 貴方のことだ 『幸せになれよ』 なんて台詞を言うのだろう。 なってやるよ そう返すのがいいのだろうな。 しかし私はそうは思わなかった。 貴方がいてこそ私の幸せだと。 辛かった。 幸せの一が減ったように。 あなたがいなくなることで 幸せが辛いに変わるのだと。 関わり持てば幸せなんだ。 関係値なんかの問題では無い 失えば辛いんだ 貴方の隣に飾られた。 思い出の数々 私たちが知らない場所で 知らない誰かとの思い出を見ても 貴方を思う人たちの 多大なる思い出があったこと 私はその思い出を 視ることができた。 笑って欲しいと思っているだろう。 笑ってやるよ。 ただ、今は… 貴方が生きたいと願った分 私にもその報わなかった思いを 流せなかった涙を 貴方の代わりに 泣かせてはくれないだろうか。 最期の瞬間。 苦しかっただろう。 私たちには分からない苦痛を味わっただろう。 そんなことも分からせないほど 綺麗な顔で眠ってしまって… 散りゆく貴方を 私たちはいつまでも… 安らかに 亡き人よ 哭く人よ 貴方達に 幸あれ
馬鹿な女
私は馬鹿な女だ。 少し友達とBARで飲んでいた。 タバコの煙とお酒と少し騒がしい雰囲気に 気分が悪くなってきた。 酔いが回り外の空気を吸う。 「あっ」 外に出ると。 寂しそうな横顔。 煙を吐く男性に少し惹かれた。 「隣どうぞ」 男はこっちを見ずに私を椅子に座らせる 「お兄さんも酔っちゃったんですか?」 そーっと話しかけてみる。 「うん。酔ってるかも。」 掴めない雰囲気を醸し出す男に 私は何故か気になって仕方ない。 ソワソワしてると 「ねぇ、お姉さん。この後、暇?」 「えっ?」 「なんかお姉さん見てると人肌が恋しいなって…」 私も酔っていたんだと思う。 その言葉に「はい」と返事してしまう。 手を引かれ、ホテルに向かう。 初めて会う男性と会ってすぐ。 絶対にないと思ってたのに。 今日は何故か受け入れてしまう。 「うまっ…んんっ…」 うますぎる。 気持ちいい。 チカチカして息が荒くなる。 遊んでる男なのはすぐに分かった。 行為を終えてシャワーから出る。 少し酔いも冷めて来た。 ソファーでタバコを吸う男を見る いつ見ても寂しそうな顔をしている。 気になって彼に話を聞く。 「なんでそんな寂しそうな顔をしてるの?」 「ん。そんな顔してた?」 「してた。」 「なんでだろうね。」 「私を抱いたのはなんで?」 「えろかったから…?かな。」 「本当に?それだけ?」 「うん。本当にそれだけ。それに、これっきりだよ。」 私はほっとけなかった。 「もし必要なら私の事頼って。初対面だけど、あなたが気になって仕方がない。」 「ははっ、お姉さん。優しいね。そんなんじゃ俺みたいな狼に騙されちゃうよ?」 「うん。いいよ。騙されたいの。あなたには」 彼は目を見開いてまた寂しそうな顔をする。 「騙さないよ。そんなまっすぐ見られたら…」 「…?」 私はその言葉を理解できずにいた。 「どういう…」 遮るように彼が言う。 「君はほんとに面白いね。騙されたいなんて。騙されるのはこっちなのにね…ごめんこんな話。ねぇ、騙されたいんだよね。ならまた。騙されてよ。もう1回…」 私は頷き、体を委ねる。 また甘美な声をあげてしまう。 彼はまだ寂しそうな顔をしていて 切なそうな目をしている。 私はそんな彼を受け入れるしか無かった。 ーーー 1度の過ち。 何度だってあるわよね。 でも、また会えるのではないかとBARによる。 「あっ、」 「また会えたね。お姉さん」 「今日も1人?」 「そうだよ。1人で飲みに来た。あと。お姉さんも来るだろうなと思って」 「また私に騙されろって?」 「騙されてもいいんでしょ?お願い。」 「はぁ…」 わかってる。こんなの。ダメだって。 でも気になって仕方ないんだ。 この人の事。 私のことを遊びだとしても。 女のとしての寿命(時間)は限られている。 そんなことわかっている。 この人と幸せになんてなれない。かもしれない。 じゃあその後の幸せに向かってこの人を捨ててもいいのだろうか。 なら私だって利用しよう。 他のいいひとが現れたら捨てたらいい。 それまで依存してもいいよね。 今、私はこの人に尽くしてあげたい。 未来の幸せは未来の時に来る。 今後悔して、未来も後悔したくないから。 「ありがとう」 「どういたしまして、1個聞いてもいい?」 「何?」 「今何考えてるの?」 「俺って空っぽなんだよ。」 「え?」 「俺、本当になんも無いんだ。」 「何にも?」 「あぁ、昔いた彼女がいたんだよ。」 「うん」 「好きだった。凄く」 「うん。」 「信じてた。甘えてたんだ。」 「ん?」 「彼女は突然いなくなった。事故で。」 「えっ?」 「そこから心に穴が空いたように過ごしてた。この前会った時、君が凄くその彼女に似てたから抱いた。心に空いた穴が塞がるかもって、その子も騙してもいいからそばにいてって猛アタックしてくれてさ、いつの間にか俺が好きになってた。だからびっくりしたんだよ。こんなことあるんだなって。でも、正直埋まらなかった。」 「うん。いいよ。甘えても。私も利用するからあなたのこと。そういう契約にしよう?」 びっくりしたけど、何故か落ち着いていた。 彼の行動に発言。普通の人ならすぐに振ってるだろう。 でも、私も彼に縋りたかった。 さっきの話が作り話で嘘で騙されていたとしても。 好きになってしまったのだから。 何が好きかは分からない。 けど彼を見て彼を知ってわかる。 彼は不安なのだろう。 1度愛した女が突然居なくなることが 怖くてたまらないのだろう。 好きでもない私を知ってしまって 情が湧いて依存して 私を物にして失ってしまうことが だから本心は言わない。 もう彼は抜け出せない殻にいる。 だから私はその殻ごと包んであげようと思った。 馬鹿な女になってあげよう。 身を粉にしてもそばにいてあげる。 私の事が不必要になっても あなたが殻から出れるまで。
諦めろ 人生
人生が楽しい。 そう思えたのは高校生までだろうか。 俺は風間風斗(かざまふうと)26歳。 独身。彼女なし。 冴えないわけでもなく。 可もなく不可もなくってところか。 至って目立つ訳でもない。 至極真っ当な人間側だと思っている。 今日はそんな俺の人生を語ろう。 スーツを着て出社する。 人並みに紛れて満員電車に揉まれて 疲れ眼で仕事をする。 休憩中、オフィスの屋上でタバコを吸って黄昏れる 「はぁ、俺の人生には華がない」 そう呟くと すると1人の女性社員が屋上に来た。 「あれ、風間先輩?」 そう声をかけたくれたのは 社内で人気の後輩。 彼女の名は「美空美玲」(みそらみれい)24歳 確かに可愛い。愛嬌も。それに…スタイルも 非の打ち所のない女とも言っていいほど ルックスは完璧だ。 性格は…そんな知らない。 絡まないからな。 俺とは無縁な人間だ。 「なんだ?屋上になんか用か?」 「ランチに誘ってくる男性が多くて、逃げてきました」 なんだ嫌味か。私はモテますよって? 「いいんでねぇの?モテモテじゃない」 そういうと後輩は不機嫌な顔をする。 「嬉しいですけどね…先輩は女の子に興味ないんですか?」 その一言に俺はドキッとする。 え、まさか俺のこと好き?んな事ある? いやないな。現実を見ろ俺。俺は凡だ。 そう言い聞かせながら口を開く。 「興味が無いわけじゃない。けど期待はしていない。」 「期待…ですか?」 「あぁ、こいつ俺のこと好きなんじゃないかみたいな期待だよ。」 「ひねくれすぎじゃないですか?笑」 「ひねくれてるかもな。でも俺は自分が傷つくのはもう懲り懲りなんだよ」 タバコを吸いながら懐かしい記憶を思い出した。 あれは中学の時… ーーー 「好きです。付き合ってください」 「ごめんなさい。」 可愛くて仲も良かった女の子。 周りからも仲が良くて付き合ってるとも噂されていた。 俺は勇気をだして告白したんだ。 でもそれは勘違いで… 「あのさ、風斗」 「何?」 「俺、〇〇ちゃんと付き合ったんだ。」 「え…?」 「〇〇ちゃんから告白されてさ…」 俺の当時の友達。 もちろん俺の恋愛も相談していた。 だから好きな人に振られた次の日に その子と友達が付き合ってたなんて。 振られた時点で諦めようとはしていた。 でも嫌な思考は止められなくて。 〇〇ちゃんは俺の友達のことが好きで 逆にいつから好きだったのか。 俺と仲良くしてたのは友達に気があったからなのか。 友達は逆に狙っていたのか。 信じられなかった 考えても考えても無駄なことだと思った。 それでも気づくきっかけをくれたこともあった。 それは俺が告白された時。 当時から俺はどちらかと言うとモテる側で 何人か想いを伝えてくれることがあった。 好きではなかったため、断り続けていた。 俺もまた好きになった人に告白をしていたが 全て玉砕していた。 モテるという少しの自覚と期待があったのに。 どうしてこんなにも好きな人からは好かれないのか。 その時俯瞰して考えたんだ。 俺に告白してくる人は俺にとって興味もない人で。 だから振るし。 だいたい興味がないようにしてる人に惹かれていた気がする。 友達も〇〇ちゃんには興味がなく、俺以外で接点はなかったはずだ。 だけど〇〇ちゃんは友達を好きになった。 そこで俺は思ったよ。 あぁ、興味を持ったら好かれないんだ。ってね 確かにから回っちゃうし 好きになって欲しくて普段通りの行動より大袈裟にしたり。 そういうのが逆効果なんだと。 ならもう興味を持たず普段通りにしてしまえと そう考えた。 ーーー 「風間先輩?」 後輩が覗き込んでくる。 「あっ、すまん。昔を思い出してな…。まぁあれだな。興味ない人に好かれるし、興味ある人には好かれないよな。」 「分かります。あっ風間先輩、お昼一緒に行きますか?」 「え?あぁ。これ吸い終わったら行こうか。」 「はい!」 俺は期待しない。こんな可愛い後輩と何故かお昼を 一緒するようになるなんて。 やっぱり期待しない方が上手くいくんじゃないか。 なんて本気で思ってしまう。 ーーー 少しオフィスから離れた定食屋に入る 「風間先輩はよくここでご飯を食べるんですか?」 「ん。まぁな。安いし美味い。美空は?」 「私は普段は同期と近くのカフェですね」 「やっぱりそっちの方が良かったか?」 いやまぁ、そうだと思ったよ。定食屋ってな。 てか周りのおっさんたちこっち見すぎだよ。 可愛いよな。わかるよ。ごめんなこんな俺がこんな美女連れてこんなとこ来て! って少し優越感と煽りを含む気持ちで注文をする。 「ご馳走様でした!」 「ご馳走さん」 「奢っていただいてありがとうございます!」 「いいよ。先輩だからな。」 店を出てすぐにタバコに火をつける 「あ、すまねぇ。くせでつい。タバコ嫌いだったか」 「いえ!全然!気にならないですよ!結構吸うんですね」 「まぁな。」 「風間先輩は彼女がタバコやめてって言ったらやめますか?」 その質問に俺は試されている気持ちになった。 よく考えてしまう。 あれだよな。「やめる」と言ったら 「優しいですね」 「いい人ですね」 で終わってしまうのだろうな。 逆に「やめないよ」っていえば 「結婚してもやめてくれなそう」 「クズだな」 なんて思うのだろうか。 こういう時はどういう選択をすればいいのか。 毎回思うんだ。 まぁ期待しなくなってからはいい印象を与えることはもうしていないからな。 そういう思考の末、「やめない」という選択をとる。 「やめないよ。」 「風間先輩って結婚したくないんですか?」 「まぁ、今はそんなに結婚願望もないな。美空は?」 「私は…今は無いですかね」 こんな会話も好きなら少しドキドキして話せたのだろうか。 期待をしなくなってから何も色が無いように思える。 もし期待をする人間でも、俺ならから回って引かれていただろうな。 なんて、今この美女を隣に歩かせている状況に幸せを感じて満足する。 オフィスに戻り、少しザワつく。 同僚や上司が俺を見る。 それはそうだ。 こんな美女後輩を連れて帰ってきたのだ。 ランチのお誘いをする社員が山ほどいる中 俺は努力せずに成功させてしまったのだから 「おい、風間。美空ちゃんと昼いったのか!?」 「え、ああ、そうだけど」 「ど、どういう流れで!?」 「屋上の喫煙所いたら、なんか来たから…?」 「はぁ??」 さすがにランチのお誘いを断って逃げてきたから屋上に来たなんて言える訳もなく… 「意味がわからない…」 そう同僚が言いながら仕事に戻る 仕事に戻ろうとパソコンに目を向けると 1通のLINEが届く。 (先輩LINEしちゃってすみません。なんか大変なことになってましたね笑) (あぁ、美空の影響力とんでもないな。ちょっと怖いわ。) (私もです。付き合ってるの?って同僚からLINEとか来てて、ちょっとびっくりしてます。良かったら明日も、お昼行けたら行きたいんですけどどうですか?) (昼の時間が合えばな。) (もちろんです!今日は奢って貰いましたけど、明日は自分の分はしっかり出すので気にしないでくださいね!) いい子過ぎないか。好きになっちゃうよ。 いや、ダメだ。そんな思考がダメになるんだ。 そう言い聞かせては居るが顔がほころんでしまう。 ニヤける顔を抑え仕事を終わらせる。 ーーー 「お疲れ様です!」 美空が俺を見つけて駆け寄ってくる。 正直、嬉しい気持ち半分と周りの目線が怖いという気持ちで、戸惑う。 「お疲れ様、もう終わったのか」 「はい!風間先輩も終わったんですね。」 「あぁ」 「一緒に帰りませんか」 「あ、あぁ」 この子はこのルックスで魔性の女なのであろうな。 俺でなきゃ好きになっちゃってるよ。 てか、もうこの子俺のこと好きだよね。 好きじゃなきゃこんなこと言わないよね。 そんな思いとは裏腹に 信頼なのだろうなとも思う。 周りの男は好きになるだろうし、期待もする。 逆に俺はそうならないだろうという安心感を抱いているのだろうと思う。 だからこそのこの関係だろうし 少しでも俺が好意を出せば崩れるような。 そんな関係だと俺は思っている。 「美空は、彼氏はいるのか」 「えっ。いないですよ。」 「好きな人もいないのか」 「えーっと、いますよ。」 身長差なのか。 上目遣いでこちらを見てるように見える! 俺ですか?俺なんですか!!俺ですよね!? こんな気持ちになって楽しんでる26歳。 童心を忘れないおじさんだなと感じてしまう。 少しドギマギした気持ちのまま それ以上深堀することもなく会話し 駅で別れ、帰宅する。 (お疲れ様です!先輩今日は送っていただきありがとうございました!) (お疲れ様。家ついたか) (はい!もう寝れます。愚痴も聞いていただいてありがとうございます!明日からも仕事頑張れそうです。) (あぁ、明日も頑張ろう。おやすみ) こんな毎日が続くことに期待と不安を抱き 俺も眠りにつく。 ーーー お昼時。 今日はやけに喫煙所に人が多い そういえば昨日喫煙所にいた事を同僚に伝えたからか。 ここまで影響力を与えるあの女は本当に怖いなと思い。喫煙所を後にする。 「おい!風間!」 同僚が駆け寄ってくる 「どうしたんだ?」 「まだ昼いってないよな。」 「あぁ、今からだけど」 「へぇ、じゃあ今から飯行こうぜ」 「あ、えっと…」 「お前に拒否権ねぇからな!美空ちゃんとお昼なんて行かせねぇ」 なるほど、やはりそういう魂胆か。 俺もなぜ美空と行こうとしていたのか。約束という約束ではなかったはずだ。 断っておこうか。 考えているうちに声をかけられる 「風間先輩!」 「あぁ、お疲れ様」 美空が俺をみつけ話し掛けてくる。 同僚が俺の言葉を遮るように声をかける 「美空ちゃん!今からご飯?良かったら2人でご飯行かない?」 「えっ、あぁ、」 困り顔で俺を見る。 すまん。これは助けられない。 という気持ちで見返す。 「無理だったら、風間とご飯行くから」 「あぁ…」 美空が返す言葉なく後ずさる。 こいつ本当に鬼みたいなこと言うよな。 可哀想だろ。 いたたまれなくなって俺が案を出す。 「3人で行けばいいだろ」 安堵する後輩と空気読めと言わんばかりにこちらを見る同僚。 どうしていいか分からずとりあえずファミレス向かう。 座席に座って同僚が口を開く。 「ふたりって付き合ってんの?」 美空を見る少し慌てた表情をしていた。 俺は 「付き合ってないよ。そういう感情はない。」 「ふーん?じゃあ美空ちゃんは?」 「わ、私は…私も先輩は優しくて、皆さんと違ってそういう目で私を見ないので信頼してます。」 だよな。そうだと思っている。 間違ってないよ。何も… 「へぇ?こいつも男だよ〜スカしてるだけで、美空ちゃんのこと狙ってるよな!」 こいつ。本当にガキか? さすがに俺もイラついてきたぞ。 「狙ってねぇ。お前みたいに節操無しじゃないんでな。だいたいこんな可愛い後輩とお前が付き合えるわけないだろ。これは俺にも言えたことだ。気が悪い。俺は別でお昼に行く」 言いすぎただろうか。 抑えられないイライラが募る。 俺はどこから期待していたんだろうか。 美空が俺をそう見ていないと思っていた。 「信頼しています」あの言葉を言われた時点で 俺は手を出すことを許されないだろう。 同僚が言っていたことも間違っていない。 俺にも多少の下心を持っていた。 少し。ほんの少しだけ。 美空が俺のことが好きだと期待していた。 期待していた自分にイライラしていた。 店を出る俺を追いかけてきてくれるんだろうと 期待している自分も苛立たしい。 嫌悪の雰囲気で出てきたからだろう 追いかけてくる気配もLINEも… 結局期待をしていいことなどなかった。 オフィス前の公園のベンチに腰掛け タバコを吸う。 また、期待して日常を失う。 少し楽しかった時間も長くは続かない。 この結末が見えていたにも関わらず 俺は今の幸せに手を出した。 俺は幸せになれるのだろうか。 それに気づくのはまだ先の話かもしれない。 期待しないと言い聞かせて実は期待しているんだろうな。小さな喜びを大きく感じられるように 「諦めろ人生」って
禁距離リスナー4
今日はリア凸の日 人骨の件は私たちは被害者として捜査対象から外れ、少しの落ち着きを取り戻していた。 以前から連絡を取りあっていた0cm君から告白され 1ヶ月。ずっとDMをしている内に1度会うことに。 「ナズナ。お待たせ。」 「わぁ…0cm君だ…」 現れな男性が見た目がすごくタイプで息が詰まる。 「やっぱり近くで見るとほんとに可愛いね。やっと会えて嬉しい」 「私の顔見るのは初めてでしょ!もう!」 「遠くで見てるだけの存在だったからさ」 「配信で??」 「まぁそんなとこ」 心臓がはち切れそうなほどうるさい。 でも今日はそんなドキドキしてられないのだ。 なぜなら…私は彼を振るから。 デートプランは彼が決めてくれていた。 少し私の職場の近くばかりなのも少しヒヤヒヤしていたが。地元なのに知らないところが多く楽しんでいた。 その時。 「おー!菜々香!」 聞き覚えのある声がした。 会社の先輩だ。 「えっなんで先輩っ」 私は慌てて彼を見る しかし彼は少しニヤついた表情をしていた。 「菜々香なんしてんの?ん?男?なんだ男いたんだ…」 「えっ?いや違います!彼はその友人で!せ、す、好きなのは先輩ですからぁ!!」 私はあわててとんでもないことを口走ってしまった。 私は0cm君を気になっていた。 けど、告白された時ネット恋愛には正直迷っていたところもあった。その時に電話くれたのが先輩だった。その電話から1ヶ月話を聞いて貰っているときに先輩がそばにいてくれた。それで振ろうとしていたからだ。 今日はっきりしてから先輩に返事をするつもりだったから。 修羅場のような空気。 先輩が一言。 「とりあえず仕事戻るわ。今日は帰ったら絶対連絡して!じゃあ!」 私はそっと彼を見た。 彼は私を見ず。先輩が見えなくなった瞬間私の手を引いた。 「ちょ…いたっ」 彼の力が強い。 のと同時に怖いと思った。 私は逃げられないまま、彼の車乗せられた。 「なんでこんなことするの!!」 彼はしばらく沈黙の後 「はぁ?意味がわからない。僕と菜々香は結ばれる運命だっただろう!?なんであいつなんだ。俺の今までは完璧だったはずだ。なんで…なんでぇ…なんでだよォ!!!」 彼が1人で叫ぶ。 「おい。菜々香。なんで俺じゃなくて。あいつなんだよ。この前はあの元彼を捨てて俺にしてくれたじゃないか。」 「元彼?捨てた?どういうこと…」 「あの右手!あれ俺がポストに入れたんだぁ。あはっ、気づいてなかったよね。だって言ったら俺を選ぶじゃん。だからさ、自分から俺を選んで欲しくてあえて言わなかったんだ。そしたら右手を警察に届けたって。ああーあの時は震えたなぁ。やっぱり俺がいいんだって。なのに。なのになのに…!!!」 「0cm君が元彼を殺したってこと…?」 「あ?そーだよ。俺が殺った。」 「なんで…」 「ほら言ったろ?二度と会いたくないって。だから殺した。それに、亡くなったことを知った時もう一度会いたいって言ったろ?だから会わせてやったじゃん。まぁ右手の骨だけど笑」 「…」 「今日のデートコース。あの先輩という男と鉢合わせるようにルートも事前に組んでて完璧だったのになぁ」 「へっ!?なんでどういうことなの!?」 「え?なんでって、菜々香を見てたからだよ。あの日。初めてストーカーとして菜々香に切られたあの日から。」 「まさか…」 「そう。やっと。やっと一緒になれたと思ったのに。目の前であの男を振って俺を選ぶと信じてたのに。」 「やめてっ…!!!」 「俺じゃないなら0cmって名前も意味なくなっちゃったな。まぁもう大丈夫。後でお前が選んだクソ野郎と一緒にしてやるから。」 「へっ…?」 そこから私の意識は… ーーー ピンポーン 「はーい。」 「宅急便です。」 「え?頼んでないですけど、誰からですか?」 「えーっと…先輩さん?宛にゼロセンチ…??さんからですね。まぁお代はいらないんで受け取りお願いします。」 「あ、は、はぁ。」 「ありがとうごさいまーす。」 でけぇ箱だけど思ったより軽いな。 「てか菜々香のやつ。全然連絡くれねぇなぁ。電話かけてみっか。今日付き合ったしな。」 プルルル… その時… チャラーンチャラーン 聞き覚えのある着信音が箱の中から聞こえた。 「えっ?」 箱を開けると。 「うっっ、お゛えぇえええ…」 そこには首以外の女性のバラバラ死体が箱に詰まっていた。 ーーー 「ここがいつもの配信スペースかぁ。よく誰もいない時に入ったっけ〜」 配信ボタンを押す。 「皆さん久しぶりです。ナズナです!今日はみんなにご報告があります!久しぶりの配信お待たs…えっ?声が違う?えーでも近くにいるよ僕と禁距離に…なんてね…フフフ…」 ーーENDーー
禁距離リスナー3
「きゃあああああ!!!!!」 大きな悲鳴で目覚める。 私は飛び起きて悲鳴の先に向かう。 「お母さん!?どうしたの!」 悲鳴をあげていたのは母親で、 腰を抜かしたように、ポストの前で座り込んでいた。 「ほ……ほっ、ほっ、ほねっ、骨がっ……」 指を指すポストの中を私も覗く。 そこには 綺麗な右手の骨が入っていた。 『イタズラ』 その言葉で済ませようともしたが、 イタズラにしては悪趣味だ。 誰かこんなことをするのか。 皆目見当もつかない。 私は咄嗟に 「警察に言おう。さすがに悪趣味がすぎるよ。ね?お母さん」 私はすぐにその骨をハンカチで包み警察に提出した。 「皆さん。今日は大事な報告があります。私ナズナ。しばらく休止致します。また落ち着き次第配信は再開致しますが、少し身内トラブルがありまして少しお時間かかるかと思います!でもみんな私の事忘れないでね!絶対だよ!ありがとう!!またねー!!」 たくさんのDMが送られてくる。 0cm君のDMに真っ先に返す。 「休止の件、大丈夫?話せないようならいいんだけど、俺がナズナの支えになりたいな。」 「ありがとう。この前の亡くなった元彼の話したでしょ?実はその件で少し警察に相談してて」 「警察?なんで?ナズナはもう関係ないんだよね?」 「無いはずだったんだけど、今日朝ね、ポストに右手の骨が入ってたの。怖くて警察に渡したら模型ではなくて、人骨だったの。しかも亡くなった元彼の右手の骨だったの。」 「そうだったのか。警察に渡したんだ。良かった。その判断で間違ってないよ。安心した。」 「当たり前でしょ!怖かったんだよ笑」 「そうだよね。このタイミングで言うのもなんだけど、俺、ナズナと付き合いたいと思ってる。苦しんでるナズナを支えたい。そばにいてやりたいと今回でめっちゃ思ったんだ今すぐにとは言わない。全部終わってからでいい。だから考えて欲しい。」 「えっ!?ほんとに言ってるの?…わかった。この件がスッキリしたら返事させて欲しい」 「うん。ありがとう。おやすみ」 「うん。おやすみ」 嬉しさと困惑と整理がつかないことばかり起こる。 ただ今起こっている問題を終わらそうと強く願った。 すると1件の着信が…
禁距離リスナー2
一本の電話で起きる。 「はい。なーに?」 電話をかけてきたのは花蓮。高校生の時から仲が良かった女の子。 電話をかけてくるなんて珍しく、かなり焦っている様子。 「ねぇ!菜々香聞いて!?」 「何よそんな慌てて…」 「あんたの元彼!!」 「元彼??」 「DVモラハラ系彼氏だったやつ!!」 「あぁ、うん。それがどうs…」 「ニュース見て!!!いいから!!」 寝起きでわけも分からず、私はニュースチャンネルをつける。 「は……?」 「見た??これやばくない?」 ニュースには元彼が何者かに殺害された内容のニュースだった。 「ヤバいって言うか、これほんとに本人?同姓同名とかじゃなくて?ほら大阪でって言ってるし」 「何言ってんの!あいつあの後、大阪に就職して出てったでしょ!あのモラハラ野郎から解放されてやったーって言ってたじゃん!」 「そうだった…」 当時、私は元彼からの呪縛から解放された喜びでみんなに連絡していた。 DVやモラハラをされたとて元彼で知人だ。 知り合いが無くなるとこうも切なくなる。 1度は好きだった相手。 情はないと思っていたのに。 ーーー 配信にて 「ーーーって言うことがあったんです!やばくないですか!?亡くなったと知れば酷いことをされたとは言えど情があったんだなって寂しくなって辛くなっちゃいました。え?好きなんじゃないか?って元は好きで付き合ってたんですよ!今は…嫌いでしたけど、もう1度会いたいなぁとか思っちゃったり、複雑な気持ちです…。あ、なんかしんみりしちゃうんでこの辺で今日は終わり!みんなまたねー!!」 終わったあと流れでDMを開く。 「お疲れ様」 「お疲れ様!今日はしんみりしちゃってごめんね。」 「大丈夫。というかあれほんと?」 「あれって?」 「嫌いだったけど、1度会いたいなぁってやつ」 「なんか、いざ居なくなったって分かると少しね。酷いことされてたのはホントなんだけど、変な話だよね笑」 「そっか。まだ好きだったんだ…」 「ん?好きじゃないよ?どゆこと?笑」 「ううん。なんでもない。ごめん。配信中元気なさそうだから心配だったんだ。気持ちの整理してゆっくり休んで」 「ありがとう!0cmくんはまだ福岡いるの?」 「いるよ。明日の朝帰るつもり。」 「え!そうなんだ!近くいるなら会えばよかったね笑」 「え?会いたいんだ。嬉しいな。また近頃いくだろうし。その時に会おうね」 「うん!楽しみに待ってる!私もう寝るね!おやすみ!」 「はーい、おやすみ。また明日。」 会おうという言葉。 会いたくなってる私は 今、恋をしていると自覚する。 少し胸が高鳴ってしまい。 寝れなくなってしまう。 ネット恋愛なんてありえないと思っていたのに…
禁距離リスナー1
「みんな今日も来てくれてありがとう!」 今日も楽しかったぁ! 私は菜々香。ネット名ではナズナ。 配信を初めて3年がたった。 長いような3年。 色んなことがあって、楽しいことも驚きも苦しいことも、嫌なことも沢山あった。 ブブーッ ん?DM? 一通の突然のDM 今日来てくれた新規の男の子だ 「初めまして、0cmです」 「初めまして、名前面白いですね笑 なんで0cmっていう名前なんですか?」 「あなたとの距離が、0cmって意味で…あ、まだ距離は縮みませんでしたか笑」 配信内でも面白いコメントを残していた DMでも癖を発揮していて面白かった 配信でもそうだった。 だからついついDMを返してしまう そんな日常が続くとは思ってはなかった ーーー 「今日も配信来てくれてありがとう!」 配信を閉じ、いつも通りDMを開く 0cmくんとのDMは変わらず続いている。 「お疲れ様」 「ありがと!」 「今日の元彼話ってほんと??」 「え?元彼話?あぁ〜!あれ?ほんとだよ!DVとかモラハラ?とか凄かったの。」 「ホントなんだ!じゃあめっちゃ怖いね!」 「そう。だからもう二度と会いたくないの!」 「もう二度と会えないようにしてあげるよ!俺が笑」 「えっ!そんなことできるの?無理でしょ!」 「できるよ!俺の愛のパワーでっ!」 「何言ってんの!笑」 何故か下心も感じない。 そんな様子で安心してしまう。 私は以前ネトストにあっていた。 所謂、ネットストーカーと言うやつだ。 実際に私の家の近くまで来たり。 リアルの周辺の情報を知っていたり。 ネットの範囲を超えてリアルまで侵食していた。 今日の配信でも少し気持ちの悪いコメントがあったため、それがフラッシュバックして配信で打ち明けていた。 そのせいか0cm君が気を使ってくれていた。 ネトストの件で少し男性への恐怖心があるのは 変わらない。 だから正直まだ0cmくんにも若干の警戒心はあった。 ーーー 朝、私は仕事の準備をしながらDMを返す。 「おはよう。よく寝れた?」 「0cm君!おはよう!ねぇ面白い!私が起きるホント1分前くらいに連絡来てる!笑」 「いや、返信早いなと思った。俺も丁度今起きたとこなんだよね笑 」 「起きる時間が同じすぎてる。今日どこか行くの?」 「今日はね。福岡に行くんだ。ちょっと仕事でね」 「えっ!私実は福岡に住んでるんだ!あ、絶対内緒だからね?配信では言ってないから!」 「そうなんだ。わかったよ、あ、でも方言出てないよね?」 「めっちゃ隠してるの!よく雰囲気でわかるって言われてる笑」 「あー、何となく分かるかも。福岡な感じする笑」 「ほんとにー?今私が言ったからじゃないのー?笑」 「ほんとだって笑」 私は本当に安心してしまってたんだ。 こんな時間が続けばいいと。 そんなことまで思っていた。
手作りの消費期限
同棲して一年 彼女の料理は下手なまま。 今日も「マズイ」と箸を進める 彼女はガクッと肩を落として ノートにメモを取る 「でもマズイって言う割にはいつも完食するよね」 「当たり前だろ?それも含めて好きなんだよ」 「そっか…」 俺はその納得出来なさそうな顔が心に残った。 次の日 「ジャーン!今日はオムライス!さすがに失敗してないぞ〜!」 そう自慢げに言う彼女。 俺は1口目を口に運ぶ。 「うまい…」 「やったー!今日はね!料理本見ながらそれ通りに練習したんだ!」 そう喜ぶ彼女に俺はキレた。 「やっぱいらない。こんな料理食べたくない。」 その日俺はそのご飯を完食できなかった。 次の日。 「はい。今日はどうかな。」 肉じゃが。何の変哲もない肉じゃが。 1口目を口に運ぶ。 「あっま…」 笑いが込上げる。 肉じゃがから感じられない程のありえない甘み。 これだよ。彼女のこれを俺は求めていた。 思わず涙が出る。 彼女が心配そうに 「えぇ!?そんなにまずかった?」 俺は鼻をすすりながら 「うん。まずい。笑」 けど俺にとってはこれが一番の幸せだった。 そんな彼女は俺に言う 「いつも私の手作りご飯を食べる時、寂しそうに食べるよね」 俺は言った 「いつ消費期限が切れたって平気でいたいからね」 ハテナをうかべた彼女の顔を尻目に飯を完食する 1年後。 今日から晩飯は俺が作る。 彼女の残した料理本を片手に。 「あっま……ふっ、あはは」 俺は涙を流しながら食べた。 君の手料理が食べれなくなること。 君の笑顔が見れなくなること。 君の余命があと少しだったってことも、、 だから俺は少しでも君を感じたくて 料理を完食する。
気づく感情の沼
「お疲れ様!」 君はそう言って私の肩をポンと叩く。 ドキドキさせないで欲しい 私に気なんてないくせに… 彼は私がよく行くバーの店員で ある時から仲良くさせてもらっていた。 年下のただの飲み屋の男の子。 そういう認識だったのに 彼は仕事の愚痴や、私の話を真剣に聞いてくれる 私が意識し始めたのは 些細なことで 彼が私の好きな物を身につけていたこと。 「これ、好きって言ってましたよね? 俺も実際見て見たらすっごくハマっちゃって なんと、キーホルダー買っちゃいました! あ、一応色違いのお揃いのあるんで、 良かったらどぞっ」 そんなこと覚えててくれて、 しかも私のために… 自惚れるなと自我を抑えるが どうも考えるだけで口元が緩む (かわいいっ…) そう思った。 ハッとした時はもう遅くて、 でも自覚もしたくなかった。 「好きかも…」なんて ーーー 「ねぇ、これどう思う?」 私は一連の流れを友達に相談した 「え?んー。好きなんじゃない? てかそれ考えてる時点で、 好きだろうよ。付き合わないの?」 「それは…なんか付き合っていつかは離れるかもって思うの嫌じゃん。だったら友達のまま付き合っていたいかも」 「まぁ、色んな愛の形ってあるしね。 タイミングとかね。 でも逃しちゃダメよ。あんたの方が歳上なの。 行く時に行かなきゃほんとに後悔するよ?」 「わ、分かりました。」 友達の喝をしっかりと受け取り 私は自分の気持ちを再認識する。 ーーー バーにて 「いらっしゃいまs…あれ!?今日早いね!どうしたの!」 「いや私も早く仕事終わって飲みたくて?てか1人なの?」 「そーなんですよ!少ししたら他も来ると思いますけど!あ、あのさ今日俺早上がりなんですけど…良かったらその時間に一緒に上がりません?」 「飲み足りなかったら抜けないよ?」 「俺が奢るんで別のとこで飲みましょうよ」 「なんで?終わってからここで飲めばいいのに〜!」 彼が急に真面目な顔をする。 「2人きりで話したいことがあるんです。」 私は目をそらす。彼の眼差しが真っ直ぐで 引き込まれそうだったから 「あの。良いですよね?」 目をそらす私の顔を覗き込むように 彼は悪戯な笑みを浮かべて私を見る 「やべ、かわいいっす。」 私がその言葉に驚いて彼を見ると 彼はもう目の前に居て すぐに目をつむる私の唇を 彼がそっと口付ける。 「んっ。」 2人きりのバーで少し声が響く。 すぐに口付けを外した彼から。 「俺が2人きりになりたい意味分かりますか?」 どうしてドキドキすることを言う。 ヤリたいの?好きなの? でもそんなことは聞けないし。 私だって少しの下心はあるし。 ずるい。 「わかんないよ」 ボソッとつぶやく私に。 彼が優しく微笑んで。 「好きだから。ですよ。」 そこからはあまりお酒の味を感じなくて、 少しいつもより酔いが回る。 彼の肩を借りてようやく自宅につく。 彼の匂い。彼の声。彼の体温。 全て酔っててもはっきり覚えていて、 忘れられない。 彼も同じ気持ちでいることを教えてくれる。 大人になって、こんなことで好きになるなんて 思ってもなかったけど、 好きって気持ちは単純で、 気づいた時にはもう沼だ。
紐
見慣れない天井。 「どこ行くの?」 寝ぼけ眼で女を見る。 「仕事行くの。これでご飯とか買っていいよ。」 机の上にポンと置かれた1万円。 「今日はうちにいるの?」 「何?いて欲しいの?」 「別にそういうのじゃないんだけど…。急いでるから行くね!適当に過ごしといて!」 慌てて出ていく女。 「1万円かぁ。なんも出来ねぇじゃん」 溜息をつきながら スマホのトーク履歴を漁る ーーLINE名「ヒモ1」トークーー 「なぁ、今日空いてる?」 「空いてるよ?えっ、珍しいね!どうしたの」 「いや、○○に会いたくなってさ、家いるなら行っていい?」 「うん。いいよ!」 「じゃすぐ行く。あっ、タクシー代ないな」 「電車で来なよ笑」 「えー、歩きたくないじゃん。」 「会いに来てくれないの?」 「会いたいけどなぁ。」 「もう!タクシー代あげるから来て!」 「あざーっす、ほんと○○優しくて好きー」 「思ってもないくせにー」 バカな女。 でも俺からしたらいい女で 他人から見たら都合のいい女で 全部ひっくるめていい女。 「待ってたよ〜!」 「ん」 玄関に入るなりキスを交わす。 女のキスは愛情で。 俺のキスは挨拶だ。 服を脱ぎ、寝具を揺らす。 タバコに火をつけ 女に言う。 「俺さ。働こうと思うんだよね」 「えっ、どうしたの?なんで?」 「お金無くて以外にある?だからもう会えない」 「えっ、でも休みとかでも会えるよね??」 「しんどいじゃん。会いたいけどさ、でも1個だけ方法あるよ」 「何?」 「タクシー代。渡してくれたら笑」 「うーん笑。渡したらほんとに来てくれるの?笑」 「ちゃんと目見て、ほんとに行くよ?だって好きだから」 照れる女。 優しく顔を近づけて唇を交わす。 そしてこくりと頷く。 「はい。1万円!」 「ありがとう」 「帰るの?」 「家に帰らないとね。また来るよ」 「そっか」 今日はどうしようかと。 トーク履歴を遡る。 俺は女の子と紐(ヒモ)で結ばれている。 この子にしよっと… また何も考えず通話をかける 「今日さ家行っていい?どうやってって、、タクシーda………」 今日も俺は誰かの家に 紐を繋いで、好きと金をたぐり寄せる