Noël
6 件の小説《戦乙女︎✦︎守護》ワンシーン集④冥の街で息をする
窓も閉まっているのに風が吹き抜ける。 流れる空気が生きているかのように纏っていく。 降り注ぐ光の粒。花畑のような陽だまりと 優しい香りに包まれて、振り返ったあいつの 瞳も淡く金色に光っているー。 * * * ゼルディウス「………。」 低くて、ところどころ石壁がむき出しになった薄暗い天井。 湿気、蜘蛛の巣。 ゼルディウス「…夢かよ。」 誰に向けるでもなく、勝手に声が漏れた。 端切れみたいなブランケットを蹴飛ばして、 のっそりと起き上がる。…嫌な夢だ。身体が怠い。 木箱を積み上げただけのベッドもどきの上で、 柄にもなく、しばらく頭を抱えてしまった。 …それもこれも、先日リィナの〝修行〟とやらに 足を運んだせいだ。 〝神〟に選ばれ、〝神〟をその身に宿すだかの為に 田舎から出てきたあいつは、日々王都の中心の大聖堂で祈りを 捧げているらしいが。 ゼルディウス「…寄ってきてんのは虫ばっかじゃねえかよ…。」 やたらと近い神官。 付き纏う騎士。どいつも目障りだ。 乱雑に脱ぎ捨てたブーツを探し、 綿がはみ出た1人掛けソファに無造作に脱ぎ捨てた、 いつものコートを羽織る。 もう随分前に賭け品として獲た革のコートは なかなか良い物だったらしく、時間が経てば経つほど柔らかく、 色味に味が出てきた唯一のお気に入りだ。 鏡の割れたささやかなユニットバス。 ーランプの油が切れてやがる。面倒臭ぇ。 手探りで蛇口を捻って、顔を洗い、簡単に身支度を済ませる。 ギシギシと床を軋ませながら 壁に立てかけてある太刀の帯をベルトに巻いた。 ただの戸板のような玄関扉を出て、歯並びの悪い石階段を登る。 半日ぶりに地上へと上がると、陽はすでに さんさんと明るさを放っていた。 …眩しさで目が細まる。時間は分からないが… 少し寝過ぎたか…?そんなことを欠伸をしながら考えた。 そろそろ清々しい初夏を迎えようとしているが、 今日もスラムの街は濁った空気で溢れかえっている。 ー俺には慣れた光景だ。 外階段が連なる建物は、建物同様、古臭いじいさんが 少しの日用品と軽食を扱う「雑貨食堂」を営んでいる。 三段程の焦げた煉瓦色の階段を上り、曲線の両扉を片手で開く。 店主の代わりに両扉が軋んで迎えてくれるのも、いつもの日常だ。 くすんだグレージュの壁。 入り交じる煤と焦げた油と、なんだか分からないハーブの香り。 常に油の足らない吊りランプからオレンジ色の灯りが落ち、 家具の陰影を濃くする。 「ーおぅ、ゼルか。おまえまだ居ったんか。」 割れた丸メガネで市報紙を注視していたじいさんが顔を上げる。 ーそんなに見にくいならランプに油足せっつんだよ。 ゼルディウス「寝てた。昨日の酒が抜けてねぇのかな。 …俺にもそれくれ。」 店主の傍でもくもくと湯気を上げる苦煎(くせん)を指差す。 「金は?」 ゼルディウス「そんなんで金取んのかよ。 こないだ酔っ払い叩き出してやったろ。 それでトントンだ。」 「チッ…。しゃあねぇなぁ…。」 渋々とすり切れた木皿を手探りで取り出して、 雑に苦煎を注いで寄越す。 多くの一般民が嗜むような焙煎豆ではなく、 黒く焙がれた“苦い根”から煎じる代用品は ただただ苦く、何の深みも無い。 それはまるでこの〝ナディル街〟そのもののようだが、 俺には親しみのある味というか… もう故郷の味のようなものだ。 渋みで眠気を飛ばしていると お喋り好きのじじぃが人の余韻もお構い無しに話しかけてくる。 「今日も賭場か? たまにゃー 真っ当に働けよ?」 ゼルディウス「………。」 「おまえさん、我流とはいえ剣筋にゃあ天賦の才があんのによぉ。まぁーったく自堕落な生活しおって。」 …………。 どうして年寄りはこうも お喋りとお節介が好きかね。 耳まで渋くなってきそうだぜ…。 確かにどこから聞き付けてくるんだか、時折傭兵のような 仕事話が迷い込んでくる。 ーあいつに初めて会ったのも、 このスラム街の案内兼警護役だったか…。 傭兵のような見守り役は金払いはいいが決まり事も多い。 まだ年端もいかない頃から、スラムに捨てられ、 地べたを這いずりながらも手にした自由の身だ。 今更そういう規制に縛られるのは煩わしい。 「スラム育ち」と聞けば顔をしかめる奴が多いが、 着の身着のまま、今日も食って寝れたらそれでいい。 ーそうだ。ずっとそうして「気まま」に 生きる事こその「俺」だったのに。 最近は… どこか物足りなく感じることがある……。 「ール、ゼル! 聞いとるのか!? 賭け事なんざ、本来娯楽でやるから楽しめるんじゃ! おまえさんみたいな若いもんが常日頃から 出入りしとるのがどれだけ不衛生か!」 ゼルディウス「ウルセーな…。今日は行かねぇよ。」 …何考えてたか分からなくなっちまった。 じじぃの小言が多い日は思考まで侵食してきて困る。 その上年寄りは人の顔色を伺うってことをしねぇ。 「賭場に行かない」と、ただそれだけの表面上の言葉だけを 嬉しそうに、少し意外そうに受け取る。 「…なんじゃ、行かんのか。」 てめぇで説教垂れといて 何だよ、それは。 ゼルディウス「ーもう行くわ。」 短く吐き捨てて、丸い不安定なスチール椅子を蹴った。 後ろでじじぃが呼んでたが、振り返ることは無かった。 太陽は頭上にあるのに、 その光は届かないーそれが ナディル街を表す言葉だ。 じじぃの店を出て、道なりをアテも無く歩く。 用水路のような腐った匂いに、怒号やらガキの騒ぎ声やらが 一緒くたに流れてくる。 まるで無法地帯のようだが、 別段神サマに見放されている訳でもないそうで。 ーまぁ、この地域を統べる「神」が〝冥〟という 死や影を司る〝ナディル〟神だからか、陰気臭くなりがちだが。 混沌としたアンダークレストで今日も人々はご苦労にも 祈りを捧げている。 世の中にゃ祈術だ奇跡だと溢れてる。 「神」が居るか居ないかと問われれば、それは「居る」のだろう。 ただ「平等」では無いだけ。 親がクソでも金回りの良い奴はいる。 女に縁が無くとも、仕事に恵まれてる奴もいる。 そうやって足りないものや 恵まれているものに「神」の存在を 加味するほど、俺は寛容にはなれねぇ。 コートに突っ込んだ手がやけに汗ばむ。 ーそろそろ革のコートは暑いだろうかー そんなことを考えていたら、ふと、 自分の足元に影が落ちているのに気付いた。 ……俺はいつの間にナディル門(南門) を抜けた……。 ……しかもこの道……。 ゼルディウス「……らしくねぇぜ……。」 舌打ちと共に頭を搔いた。 穏やかな陽光が頭皮を温め、 ヒビの入ったアンダークレストの石畳の道は、 柔らかい地面へと姿を変えていた。 深緑の香る小道は紛れもなく〝大聖堂〟へと誘っている。 今日は本当にらしくない。 ー昨日そんなに酒を煽っただろうか。 踵を返そうと顔を上げた時だった。 見覚えのある後ろ姿が見えた。 淡い桜色の、長くウェーブがかった髪。 純白のローブ。 レースが施された膝丈のフレアスカート。 何故か、あの時ー大聖堂で「神」を宿した姿を 目にした時のように鼓動が跳ねた。 あいつだけは見間違わない、 根拠も無くーただそう思った。 人様に不整脈を起こさせてる原因は、 呑気にも明後日の方に目線を向けながら 気持ち良さそうに歩いてやがる。 煩く主張する鼓動を静めようと、足音を忍ばせ近付く。 背後から風に遊ばれ、ふわふわ揺れる髪や、 仄かに香る聖堂の香も…どれもこれも無防備すぎて―生意気だ。 …腹が立ったので、その頭上めがけて チョップをかましてやった。 「きゃっ」というネズミみたいな声を上げたかと思えば、 俺の姿を認めた大きい瞳が、ふくれっ面で見上げてきた。 リィナ「〜何するんですか、ゼル〜…。」 いつものリィナの温度だ。 それを確認出来ただけで、ざわつく鼓動が解れるようだった。 陽の温もりが、心にまで届く。 ゼルディウス「余所見してっと畦道に落ちるぞ。」 俺は相変わらず、ぶっきらぼうにしか答えられない。 しかし、リィナはそんなこと気にならない様子で、 すぐにふわりと顔色を綻ばせる。 ーまた心臓が不整に脈打った。 リィナ「この辺のお花、夏のものに変わってきたな〜と思って。 ーふふ、本当。遠くを見るより、 地に足つけてなきゃいけないですよね、今は。」 最後の方は自身の修行を重ねたのだろう。〝頑張ります〟と 繋げた言葉の端で、こいつなりの責任感が見えた気がした。 気負うなんて柄じゃねぇ。 多少の理不尽があろうが、気の向くまま、 自由があればそれでいい。 だがリィナは「神」が息づく、 この「不平等な世界」を「平等」たらしめようとしている。 都の末端に潜み住むような、 俺みたいな人間の未来を信じている。 ー滑稽で、無謀だと言葉にするのは簡単だが、 どこまでもお人好しで、 どこまでも純粋な、 リィナの世界ならー 少しは見てやってもいいかと思う。 大聖堂の屋根が近付いてきた。 短い散歩の終わりにーなるべく優しく、頭を撫でた。 聖堂の香よりも、柔らかいリィナ自身の香りが 先に鼻先に届いたのが、少しだけ嬉しかった。 ゼルディウス「…程々にな。」 頭を撫でる手が優しかったのが 珍しかったのか、リィナは目を丸めたが、 またすぐにふっ、と表情は緩んだ。そして。 リィナ「ありがとう、ゼル。」 柔らかい微笑み。 …仕方ねぇから、帰りも迎えに来てやるとするか。 *◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇* 私自身ゼルディウスを掴みきれてないところがあるので、 ゼルディウスの価値観や「神」に対する考えなどを まとめるためにもゼル視点のものを書いてみました。 「無理すんな」ではなく、「程々に」くらいにしか 言えないのがゼルらしいかな、と思ったり。 これは楽しかったり、ラジバンダリ(w
《戦乙女︎✦︎守護》 ワンシーン集③ 乙女のお茶会ꕤ︎︎
王都アストリア、北東に位置するのは創造の神 アルケア神を守護とする学問の地区。 古い書庫や職人街が主だが、実はこの地区には もうひとつ、隠れた魅力がある。 「ーあ! リィナ、リィゼ! こっちです〜!」 低い鐘の音のようなドアベルが 来客者を告げた。 先に来店していたマコラはすぐに気付くと、 大きく手を振って待人を導いた。 目に優しい煉瓦色の造りと淡い薄藤色の壁紙。 壁の小さな燭台に火の精霊〝フラム〟がふわふわと漂い、 スパイス香と甘い焼き菓子の香りが風の精霊 〝ヴェント〟に乗って流れてくる。 リィナ「遅くなってすみません。」 リィゼ「姉さま、膝掛けお使いになって。それからー… フラムよ… ひとしずくの温もりを… 〝フライム・ヒート〟。」 リィゼが手にしたハンカチに小さく祈りを込めると、 灯火のように火の精霊〝フラム〟が寄り添う。そうして、温もったハンカチを冷えた姉に差し出した。 リィナ「わ、ありがとう、リィゼ。今日は冷えるねー…。」 リィナは妹の過剰気味な気遣いにも慣れた様子で礼を返し、 木目の浮かぶオーク調の椅子を引いて、 マコラの向かいに腰掛けた。リィゼも並んで腰を下ろす。 マコラ「今夜から雪が降るみたいですからね。 お二人はアストリアの冬、初めてですよね。」 リィナ「そうなの。 まさか王都で年を越すなんて想像もしてなかった…。」 リィゼ「本当ね。私たちの故郷じゃ、この時期はもう寒過ぎて 外に出れないわ。それに比べると… 王都は冬も賑やかで驚くわ。」 店内奥の大きめの暖炉にもふわふわと精霊たちが集まり、 まるで暖をとっているかのようだ。 大陸唯一の大都市でもあるアストリアに、それぞれの事情で 身を寄せる三人の乙女たちは 小さな茶房で穏やかに友情を育んでいた。 リィゼ「ーそれで、ここは何がお勧めなの?」 挨拶と近況報告をそこそこに、 リィゼは膝を揃えながらマコラへ視線を向けた。 マコラは待ってました、と言わんばかりに口角を上げ、 人好きのする琥珀と青の入り混じった瞳をきらきらと輝かせた。 マコラ「ふふふー。それは見てのお楽しみ、ですよ! ーあ、ちょうど来ましたね!」 マコラの視線をリィナとリィゼも追う。 深緑のエプロンを揺らした初老の女性が ゆっくりとした足取りで、円柱に伸びる三段のティースタンドを 乙女たちの前にそっと置いた。 リィナ「わぁー…。」 リィナから感嘆の息が漏れる。 金の支柱に支えられた三枚のトレイは ライトブルーで縁取られた六角形をしており、 螺旋階段のように上へ上がる度、小ぶりに曲線を描く。 シンプルながらに、一見しただけで北東の守護〝アルケア神〟を 象徴させる姿が見事だ。 その上に並べられた甘味は、文字通りアルケア神の〝守護〟を 受け、宝石さながら。 リィナ「綺麗ー……。」 マコラ「本当…。いい仕事してますね……。」 リィゼ「あなた見てるところ違わない?」 香茶も顔を揃えたところで、マコラが改めて説明をする。 マコラ「このアルケア区ではですね、実はパティスリー店も 魅力なのですよ。甘いものは学業の動力となりますからね!」 マコラ「今日はお二人にそれを堪能して頂きたく! 三種三用のお菓子を選ばせて頂きました!」 リィゼ「そういえばエルフォード門をくぐったあたりから、 甘美な香りが強くなったと思ってたわ。」 リィナ「素敵ですねー。」 マコラ「素敵なのは見た目だけではありませんよ! さっ、いただきましょう!」 大聖堂とはまた違う、落ち着いた文化地区。書庫や工房の立ち並ぶ一角で、乙女たちのささやかなお茶会が始まった。 ≣≣≣✿≣≣≣≣≣≣ 三段ティースタンドのその頂上、 一番小ぶりな皿に並ぶのは金色に輝くフィナンシェ。 淡い黄金色から優しいアーモンドとバターが香る。 リィナ「ん〜〜!甘過ぎなくていいね。」 リィゼ「…ほっとしますわね。期待を裏切らない。 王道ながらに堅実な味。」 マコラ「めっちゃ美味しい!!!」 カリッとした食感からしっとりと、口の中で広がっていく。 一段目に相応しい軽さを仲よく味わっていると、 ふわり、リィナは呟いた。 リィナ「……なんだかノクシスさん思い出すなぁ……。」 リィゼ・マコラ「「え!!?」」 暖炉の薪がパキン、と音を立てた。 リィナ「……え? ……え??」 リィナは二人の反応が予想外に大きくて、 きょとんと目を丸めた。 マコラが勢いよく椅子を蹴ったかと思うと、 前のめりにリィナへ詰め寄る。 マコラ「ノクシス…ってあの護衛の聖堂騎士さんですか!? え!? いつからそんな仲に!!?」 リィゼ「ちょっとお店の方!この焼き菓子、 媚薬か何か混ざってますわよ!」 マコラは恋の匂いに目を輝かせ、リィゼは姉の無自覚な爆弾発言に血の気を失っていく。 二人の反応だけが華やかに跳ねる中、状況を理解できない リィナだけがこの暖かい空間で一人、切り離されていくようだった。 【候補① ノクシス・フォトナイト《王都聖堂騎士》】 香茶の水面が静かに波紋を広げる。 主役の甘味を邪魔しないよう調合された、 ほのかな香りの湯気に、マコラは想像を重ねる。 マコラ「…いいじゃないですかー…、ノクシスさん。 あの黄金の髪にキリッとしたお顔立ち…! 確か騎士として由緒ある血筋の方でしたよね?将来安泰ですよ!」 リィゼ「ーだけれど、あれは〝崇拝者〟でしょう? 憧れと恋情を混同してはいけないわ。」 マコラ「え〜〜!?同じようなものじゃないです!? リィナには絶対誠実!浮気の心配もなし!」 リィゼ「似て非なるものよ。 ー大体、姉さま一筋だなんてどうなの!?重いわよ!」 マコラ「…それリィゼが言う?」 リィナ「…あの、何のお話…でしょうか……?」 全く会話に入れないまま、 リィナは曖昧に笑い続けているうちに あっさりと一段目のフィナンシェは無くなった。 二段目はチョコレートのスコーンのようだった。 ココア色が美しいが、その表面はざっくりと荒く割れ、 所々に赤くスパイスの粒が散らされている。 一口噛んだマコラが悲鳴を上げた。 マコラ「ふぎゃっ!辛い!刺激強っーーー……… …あれ?でも甘くなってきました…、か…?」 リィナ「香りもシナモンに唐辛子…?で強めですけど…… 癖になりますね…。」 リィゼ「……嫌だわ、こういうの。 あの浮浪者みたいじゃないの……。」 マコラ・リィナ「「!!」」 【候補② ゼルディウス・ゼロ《スラム出身の太刀使い》】 マコラ「ごめんなさいリィナ! そうですよね、リィナにはゼルディウスさんが居ましたよね!」 リィナ「はい……?」 目の前で手を合わせるマコラを尻目に、リィゼは腕と足を組み、 不快感を露にした。 リィゼ「…振っておいてなんだけど……。 論外、愚問、荒唐無稽、よ。」 マコラ「辛辣な……。いやでも、それはリィゼの意見でしょう? 現実的に今最も近いのはゼルディウスさんですよ! …色々問題はあるのかもしれませんが、 やっぱり何を置いても一番!リィナを想ってます!」 リィゼ「……あの不衛生なねずみ色の頭に悪い目付きと口調…。 …あんなのが日々姉さまの視界に入ってるかと思うと 頭痛がするわ……。」 リィナ「ふふ、二人ともゼルのことよく見てるんですねぇ。 嬉しいです。」 すっかり虜になってしまった チョコレートスコーンをお代わりしながら、 リィナは花を散らして微笑んだ。 ーその横でリィゼが机にふっ潰したのを、 マコラは見逃さなかった。 二段目の急激な味変に、給仕が 気を利かせてお茶のお代わりを装いでくれた。 再び立ち上がる湯気で息を整えたのも僅かー 三人の視線は残る三段目へと吸い寄せられていく。 マコラ「…なんか、ここまで来ると……。ねぇ?」 リィゼ「……あなたこれワザとやってるんじゃないのよね?」 リィナ「楽しみですね〜。」 三皿の中で最も大きい下段には 形で辛うじてタルトだと分かるものが行儀良く並んでいる。 三人は肩を寄せ合い、覗き込んだ。 リィナ「これ… なんていうんですっけ……、薄明色…?」 マコラ「匂いもよく分かりませんね…。ベリー…? オレンジ? ……蜂蜜??」 リィゼ「食べて大丈夫なの?これ……。見たこともないわ…。」 この見た目から不思議で妙な存在感を放つもの…。 リィゼ・マコラ「…………。」 二人は暗黙にうちに目を合わせた。 【候補③オルフェン・ピエトロ《道化師》】 正体不明のひし形のタルトは 意外にも味わい深く、舌の奥にじんわりと広がる甘みと 酸が魔性のように美味しかった。 マコラ「… 実際のところどうなんですかね……、 オルフェンさんって。」 特に気に入った様子のマコラは 次々とタルトにフォークを刺す。 リィナ「……悪い人では…ないと思うのですけどね…。」 リィゼ「だめよ、姉さま。素性のしれない男なんて。 ーていうかどうなの、改めて考えて! 姉さまに群がる男共って! 不安要素ばかりじゃないの!」 リィゼは投げやり気味にフォークを置くと、天井を仰いだ。 ろうそくの灯りを灯していたフラムたちが、 リィゼの叫ぶような悲嘆にびくっと揺れる。 マコラが慌てたようにフォローに入った。 マコラ「い、いやでも! 人間誰しも短所もあれば長所も あるものじゃないですか! ねっ、リィナ!」 リィナ「もちろんです!」 話の本質を分かっていないリィナだけが意気揚々と答える。 マコラ「ですよね!? じゃあ、それを踏まえた上でー どうなんですか!?」 リィナ「ん?」 マコラ「ですからもう率直に! 今一番惹かれてるのは誰なんですか!?」 マコラの瞳が再び興味を映して輝く。 核心を得ようとするマコラの問に、固めた表情のまま、 リィゼも意識を向ける。 リィゼ「…………。」 リィナ「え…?え?え……??」 謹厳実直、だが柔軟さに欠けるノクシス。 無骨に不器用に、一途なゼルディウス。 危険な魅力のオルフェンー。 その選択に正解はない。 そう、すべては〝リィナの心ひとつ〟なのだ。 リィナ「わたし……。」 リィナ「……わたし、は……。」 ごくん、と深く吸った息を ゆっくり吐き出すように口を開いたーーその時。 カランカランカランーー。 大きく戸が開かれたと思ったら、淡い水色の球体が 水滴を纏いながら、リィナへと一直線に飛んできた。 「リィナーーーーーーー!」 リィナ「リメディア!」 声ですぐに反応したリィナは 蝶のような羽を懸命に羽ばたかせた水の精霊ー リメディアを手のひらに乗せるように受け止めた。 少年のように大きな瞳に、大粒の涙を浮かべるリメディアに マコラとリィゼも驚きの声を上げる。 マコラ「リメディアちゃん!?」 リィゼ「どうされました?ーなぜここが?」 リィナの手の上でぐずぐずと鼻を啜りながら、 リメディアは訴えた。 リメディア「うっ… ぐずっ…… リィナの波長を追ってきたんじゃあー…。 あいつらっ…この寒さでは感覚が鈍るというのを聞かんで、 長時間飛ばせおって……。」 リィナ「あいつら?」 カランカランカラン! 状況を把握しようとするリィナの背後から、 来訪を告げる鐘が乱暴な音を上げた。ーと同時に 怒号が店内に響く。 ゼルディウス「どこ行った蝿ーーーッッ!!」 リメディア「ぎゃーーー!」 リィナ「ゼル!?」 ゼルディウス「ー!リ、リィナ………!?」 ………………。 一拍の沈黙と視線。 温かい茶房に冬の冷気が流れ込んでくる、その感覚だけが その場に居た者を支配する。 茶房の針を動かしたのはリィナだった。 悴んでいるのかー怯えているのか…その両方なのか… ともあれ、とんだ災難を被った様子の精霊を 胸元で抱きしめたまま、リィナはゼルディウスへ駆け寄った。 リィナ「ゼル。どうかしたのですか?…大丈夫?」 眉根を寄せて一心に気遣わしむリィナに、ゼルディウスは バツが悪そうに仰け反る。ー可愛い…。 ゼルディウス「い、いや、リィナ……、これは……その…。」 ノクシス「リィナ様!こちらですか!?」 オルフェン「やぁ、戦乙女(ヴァルキリー)。 ーおや、他の乙女も勢揃いだね。」 リィナ「ノクシスさん!? オ、オルフェンさんまで……!」 リィナに見上げられ、口篭るゼルディウスの後ろから 必死な顔のノクシスと、いつもの悠長な調子で オルフェンが顔を覗かせた。 ゼルディウスの顔色が曇り、舌打ちが溢れる。 リィナ「み、皆さんこそ…お揃いで…… えっと…一体何が…。」 戸惑うリィナにノクシスが一歩前に出、 律儀に頭を下げた。 ノクシス「申し訳ございません…、 護衛不要と言われておきながら……やはり心配で……! リメディア様はリィナ様の波長を拾えると伺いまして…。」 リィナ「ノクシスさん……。」 オルフェン「皆、君に会いに来たのだよ。 年の暮れだ、特に君が恋しくもなるさ。」 オルフェンが滑るようにリィナへと近付き、 その手をいとも容易く取った。 今にも口付けそうな仕草に、リィナの瞳は さらに丸くなり、頬がぱっと紅潮する。 ゼルディウス「おっ、俺は違ぇ。 今日はいつもよりポーカーで勝ったから… たまにゃあメシでも連れてってやるかと思ってー… …別に探してた訳じゃねぇよ。」 リィナ「オルフェンさん…。ゼル……。」 リィナは驚きつつも、三人の顔を見比べ、 緊張が嬉しさで溶けていくのを感じた。 冬の間はよく目にするフラムが、自分の胸にも 宿ってきたかのようだ。 リィナ「皆さ……。」 ゼルディウス「つかコラ、てめぇは何堂々と 手ぇ握ってやがる。」 ゼルディウスがリィナを背に隠すように割り込む。 珍しく仮面を外したままのオルフェンが 夜空のように瞬く瞳を細めた。 オルフェン「はは、そんなにヤキモキしなくとも 何もしないさ。ー今はね。」 ゼルディウス「妙な含み持たせんなッ。」 ノクシス「リィナ様!外は冷えます、肩掛けと ミトンをお持ちしました。他に寄るところは ございますか?お供致します!」 リメディア「のぅ、リィナーー。ワシ腹減った…。 今日はきのこのシチューが食べたい。」 ゼルディウス「てめーもいつまでくっ付いてやがる。 ロクに道案内もできねぇであっちこっち連れ回しやがって。」 柔らかなリィナの手のひらに包まれ、ぬくもりを 取り戻したリメディアが、甘えるように頬を擦り寄せる。 その光景をゼルディウスは見逃さず、 蝶のような羽を爪先でつまみ、乱暴に引き剥がした。 リメディア「ぎゃッ!痛い!!やめんか無礼者がッッ。 ワシは水の神ルミエル様の遣いじゃぞッ。」 オルフェン「やれやれ、存外に器が小さいな、君は。 弱い者虐めはやめたまえ。」 リメディア「ワシは弱くないッ!!」 心が一息ついたのも束の間のこと。 「女三人寄れば姦しい」とはよく言うが、これが好意を寄せる 乙女が前だと、男も口を閉じては居られなくなるものなのだろうか。 リィナはあっという間にいつもの三倍はある喧騒に呑まれた。 突然の雪崩にすっかり蚊帳の外となってしまった 残り二人の乙女――リィゼとマコラは、 店内の玄関傍で騒ぎ続ける男性陣と、なんとか それを宥めようと右往左往するリィナの姿を、 席から静かに見守っていた。 リィゼ「……そろそろ全員燃やした方が良いかしら…。」 マコラ「や、やめてください…。 ーーそれにしても…。」 高等祈術を詠唱しようとするリィゼを、マコラは軽く制止すると、頬杖を付いたまま改めてリィナを見た。 マコラ「これだけアピールも熱烈だと… ゆっくり恋愛する暇もないというか……。」 マコラ「今のリィナには「色恋」より 「平穏」の方がいいのかもですねー…。」 リィゼ「お可哀想な姉さま……。」 店の外では、風の精霊〝ヴェント〟が木枯らしと舞い踊り、 白銀に輝く小雪がちらつき始めていた。 王都アストリア、東区の一角に佇む茶房は一時騒然としていたが、どこよりも賑やかで どこよりも暖かかったことに、 まだ誰も気付かないー。 ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒ 全員出してやりました(w 雰囲気感じられればよきまる水産( こんなにお菓子やら色味やら探したのは 一生で最後だと……(w
《戦乙女︎✦︎守護者》 ワンシーン集②
夕刻を告げる大聖堂の鐘の音が、 王都アストリアに落ちる夕日と溶ける。 修行が上手くいった安堵からか、聖堂の階段をとん、とん、と 降りる足取りが軽い。 石畳へと降り立ったリィナは空に向けて大きく伸びをした。 リィナの伸びる影に、もうひとつ、長い影が後を追う。 いつもの買い出しの籠を片手に、 リィナはくるんっ、と振り返った。 リィナ「ゼル。今日も夕ご飯食べてく?」 質問ではなく、確認の温度。 リィナの後ろに付いて、共に聖堂の階段を下りきった ゼルディウスは呆れ顔で答えた。 ゼルディウス「今日もって…。人を乞食みたいに…。」 リィナ「いえ、そんなつもりは…!」 ゼルディウスの捻くれた解釈に、 リィナは目を見開き、慌てて弁明しようとした。 そんな素直な反応がいつもより嬉しく、ー可愛く。 今はちゃんとリィナの存在を近くに感じる。 ゼルディウス「ジョーダンだよ。ーさっさと行こうぜ、 日が暮れちまう。」 少し歩調を上げて、リィナの隣へと並び歩く。 ノクシスは少し前、城からの召集を受けて戻って行った。 日頃より信仰心の篤い彼にとって、本日目の当たりにした 神々と〝戦乙女(ワルキューレ)〟の交わりは、 想像を遥かに超えるものだったのだろう。 別れの時になっても、その足取りはどこか重く、 リィナの傍を離れることに、随分と名残を残していた。 あの謹直な男が別れ際ギリギリに 「俺の生涯はリィナ様に捧げます。」ーなどと、 薄い涙を浮かべながら口にするほどだった。 状況が違えば、まるでプロポーズにでもなってしまうその言葉は、 〝戦乙女(ワルキューレ)〟が人々にとって どれほどの希望であるかを、リィナに改めて実感させた。 ーゼルは。 リィナは傍らの無信仰で、 王都南の、スラム街を根城にしているゼルディウスを 横目で見上げながらふと考えた。 (ゼルは今日のこと、どう思ったんだろう…。) …今の今まで深く気にしたことが無かったが、そういえば ゼルディウスから一度だって 〝戦乙女(ワルキューレ)〟と呼ばれたことがない。 いつもちゃんと、リィナを名前で呼んでくれるのだ。 それは、ゼルディウスの中では 〝戦乙女(ワルキューレ)〟と〝リィナ・シルファン〟という 個体が棲み分けになっているからなのだろうか。 …だとしたら今日の〝修行〟を通じて、何を感じただろう。 考えは変わってしまったろうか。 ーもしも、ノクシスや王都の人々のように、期待と ー崇拝を寄せる…、 例えば〝別の生き物〟のように見方が 変わってしまっていたら……。 なんだかそれはー。 リィナ「…少し寂しいな。」 ゼルディウス「は!?」 リィナ「!」 心で呟いたつもりが声になってしまって、 リィナは慌てて口元を抑えた。 石畳を抜け、野草が茂る小さな小道に差し掛かった頃、 リィナは黙したまま、視線を足元へと落としていた。 それに気付いていたゼルディウスは、 あまりにも唐突にこぼれたその憂いの言葉に、 頓狂な声を上げることしかできなかった。 (は、恥ずかしい…! ) 確かに自分はー血の通った年子の妹と比べても 頼りなさには欠けるし、ひとつのことに集中してしまうと 周りが疎かになる傾向にはある。 でもだからといって、考えていることが言葉になるほど 気抜けているとは……! ……心無しか、木々から鳴き交わすカラスの声も、 リィナの失態を嘲笑っているかのように聞こえる。 ゼルディウス「……おまえまさか…。」 リィナ「……え?」 気恥しさでどんどん赤くなる顔に手を添えていると、 隣のゼルディウスが切れ長の目を丸めながら、 わなわなと唇を震わせていた。 ゼルディウス「あのストーカーが城に帰ったのがそ、そんなにっ……、…気落ちする程なのか…?」 何を…、そこまで混乱しているのか分からないが、 狼狽えた様子のゼルディウスは歩幅ひとつ分、 リィナへ距離を詰めた。 リィナ「!? ノクシスさん…、のことですか!? ち、違います違います!」 ゼルディウス「じゃあ誰だよ! ー…俺といて… 誰のことを考えてやがった……?」 リィナ「……ゼル…?」 細い小道で距離を詰めればー お互いの呼吸の音さえ重なってくる。 長めの前髪がゼルディウスの表情を隠したが、リィナには何故か それが悲しんでいるように見えた。 リィナ「…ねぇ、ゼル……?」 ゼルディウス「チッ…。……やっぱ大聖堂(あんなとこ) 行くんじゃなかったぜ…。」 リィナ「どうして? …わたしは嬉しかったよ?」 ゼルディウス「どうだか……。」 木々が揺れ、リィナの長い髪と、ゼルディウスの ねずみ色の髪が風に乗る。 もう近くまで来ているはずなのに、市場の活気は遠く感じ 代わりにゼルディウスの皮肉がリィナの心に響いてくる。 視線を外したゼルディウスが、 少しの沈黙の後、静かに口を開いた。 ゼルディウス「ーどうせアレだろ。あのセクハラ神官に 話したっつー、俺のことだって。」 ゼルディウス「無愛想だし、口は悪ぃし、職もねぇ…。 …おまけにスラムの住人……。ー最近はそんな奴に 付き纏われてるとか… そんなとこだろ。」 ゼルディウス「ーまぁだからって… 付き纏うのやめてやる訳じゃねぇけど………。」 小声になりながら、ゼルディウスは背を向けた。 段々と強くなる風が ゼルディウスの黒いコートの襟をバタバタと立てる。 リィナは高くて広い、ゼルディウスの背中を見詰めたまま 思いを巡らせた。 (ーゼルって何かを求めてるみたいだな…。) 皮肉る癖に拗ねちゃうし、 口の悪さで悪者になりがち…。 だけどゼルディウスがそういう態度の時には いつも中心にわたしが居て、 わたしの為に怒ってくれたり、 わたしに何かを察するように導こうとしてくれている。 そんな気がする。ーそうだとするならば。 リィナはゼルディウスのコートを少し摘んで、そっと おでこを預けた。背の向こうで、ゼルディウスが びくっと身体を強ばらせた気がしたが、リィナには 革のコートは意外と柔らかいのだな、と心地よかった。 ー本当、ゼルディウスみたい。 リィナは呟くようにゼルディウスを呼んだ。 リィナ「ーハルヴェイン様には最近、 とても良い友達が出来たのだと話しました。」 ゼルディウス「…………。」 (ーともだち、ねぇ……。) ーそう。彼は。 わたしを〝いい意味で〟〝特別〟扱いしない、唯一のひとー。 ゆっくり振り向くゼルディウスの顔は複雑に 滲んでいたが、埋めていた顔を上げた笑顔のリィナと 目が合った瞬間に、迷いも皮肉も煩わしささえもー まっさらに浄化されてしまった。 ー神の御業の如く。 リィナ「だって、ねぇゼル…、 あなたは、わたしにとって。」 ゼルディウス「……っ、リィ、ナ?」 小さい神は微笑む。 淡い亜麻色の瞳の、小さい小さいカミサマ。 リィナ「〝トクベツ〟じゃないんですもんっ。」 ゼルディウス「…………。」 ゼルディウス「はぁーーー!? どういう意味だ! …おい待て! リィナーー!」 街灯の火が灯り始めた頃、神と共にある王都、 アストリアでは 今日も神を求める声がこだまするばかりだーー。 ーーーーーーーーーーー ワンシーンというか続きになってしまったけども(w 視点を変えてリィナもまた、ゼルディウスとの距離を考えるー という構想で。 そして画像は相変わらず拾い画ですw(適当w
《戦乙女︎✦︎守護者》 初修行編・ワンシーン
王都アストリア中央に聳える大聖堂は、 今日も静謐に保たれている。 水面のように静かな空気の中 中央の祈りの円陣でリィナは膝をつき、 両手を合わせ、目を瞑る。 「ー深く息を。……そう。もっと自然に。」 白銀の神官服を揺らしながら リィナを指導するのは、王都アストリアの 高等神官、ルクシウス・ハルヴェインその人だ。 王都に在所を置きながらも、 神にその身を捧げた彼は、現状最も 〝神の声に近い〟とされ、億年に一度の厄災 ー天の黙示(アストレア・フォール)ーの 接近にいち早く気付き、伝承にのっとり 唯一の救済者ー戦乙女(ワルキューレ)ーを この数十年間で探し求めた。 そんな高尚なる方に祈術を見て頂ける だけでも恐れ多いのに、リィナの背には 次期「戦乙女(ワルキューレ)」としての使命も 掛かっている。 天の黙示ーアストレア・フォールーは もういつ起きてもおかしくない。 この世に生として在る者として、 また、多くの生きとし生ける者の 希望となれるよう、リィナは懸命に祈る。 ルクシウス「……緊張せずに。祈術は “澄ませる”ことが第一です。」 リィナ「は、はい……、ハルヴェイン様…。」 ルクシウスは微笑し、彼女の少し後ろに立つ。 ルクシウス「肩が少し強張っています。 ……もう少し楽に。」 触れてはいない。 だが、思っていた以上に近かった距離に、 ルクシウスの柔らかくもーお腹の底へと 響いてくるような声色が、ローブを伝って リィナの肩をびくん、と震わせた。 リィナは深呼吸し直し、 さらに感覚を研ぎ澄ませようと集中する。 高く掲げられた聖紋のステンドグラスから 太陽の光が淡く届く。 ーそんな神聖にも近い光景を、円陣の外側の 白柱の陰でノクシスは静かに見守っていた。 護衛として、完全な位置取り。理想の距離。 なのにどこか、胸がざわつく。 (ーー近い。) 原因は何となく分かっていた。 ルクシウスとリィナが教導としての、 〝適切〟な距離感である事も。 だが、思考と心は時に反比例する。 それこそが人が人であるという所以なのかも しれないが、今のノクシスにはそんなことを 考える余裕はなかった。 手を添えなくても、気配が触れそうなほど近いリィナとルクシウス。 ー否、リィナと〝自分以外の男〟 (ー何を、思い上がっている… 俺は。) 聖堂騎士として、護衛として、 “リィナの成長を妨げる”感情など論外だ。 そう戒めながらも額に汗が湧くのを感じていた。 その時。 ギィィィー………。 大聖堂の重い扉が軋みを上げた。 ノクシスは素早く腰を落とし、剣に手を回した。 逆光で姿がよく見えない。 ノクシス「何者だ! そこで止まれ!」 ルクシウス・リィナ「ー!?」 突然のノクシスの荒らげた声に 二人も、何者かが「修行中」の大聖堂へと入ってきたことに気付いた。 ノクシスの制止に返事もなく、代わりにコツコツ、と 革靴の音が聖堂内へと近付いたかと思えば、 ゆっくりと不機嫌な顔が照らされた。 リィナ「ゼル!」 その名を呼んだのはリィナだった。 ゼルディウス「…おー。」 薄暗い聖堂内に目を細めながら、 それでもゼルディウスは、声だけを頼りに 真っ直ぐ歩を進めた。 大聖堂など普段は寄りつきもしない ゼルディウスの姿に、リィナは驚いて目を 見開いた。 立ち上がろうとしたが、 その前にゼルディウスの方が早く、 いつの間にか目の前に立っていた。 ゼルディウス「ーなんだよ、その間抜けな顔。」 ゼルディウスは膝立ちのリィナと 目線を合わせながら、小さく笑い声を上げた。 リィナ「まぬっ…。…びっくりしてるのです…! …どうしてここに?」 ゼルディウスは意地悪そうに顔を緩め、 肩をすくめる。 ーが、瞳にはどこか慈しみの色が見える。 ゼルディウス「ー別に。暇だったから…、 まー たまには? おまえの修行ぶりでも 見てやるかな、と思ってー。」 言い終わるや否、瞬きの間に距離を詰めた ノクシスがリィナとルクシウスを背に 庇うように立ちはだかった。 ゼルディウス「ーあ?」 ゼルディウスに不機嫌の色が戻る。 ノクシス「貴様…! 扉の立ち入り禁止の 文字が見えなかったのか! 今はリィナ様の祈りの時間だぞ!!」 大聖堂ー神の膝元ではいたずらに 剣は抜けない。 だが、リィナの大切な祈りの時間を邪魔した 怒りは鬼気迫るものがあった。 生真面目なノクシスにこういう融通は効かない。 リィナは慌てて割って入った。 リィナ「ノクシスさん! 落ち着いてっ…! 大丈夫ですからっ…。」 しかしゼルディウスは悪びれることも、 ノクシスの気迫に臆することもなく、 平然とノクシスを見据えた。 ゼルディウス「ウルセーな。テメーに 指図される覚えはねぇよ。」 ゼルディウス「それより。」 ゼルディウスはノクシスの背に庇われ、 リィナの真横に立つルクシウスに視線を移した。 ゼルディウス「おいコラ。そこのオッサン。」 リィナ・ノクシス「ーーー!?」 ルクシウス「ー私のことでしょうか?」 名指しされたルクシウスが穏やかに微笑みを浮かべる。 ゼルディウス「他に誰が居んだよ。 テメー… 何若い女にベタベタしてんだよ。 堂々と職権乱用してんじゃねぇよ。」 リィナ「ゼル!?」 ノクシス「きっ、貴様何ということをっ……!」 無骨で無信仰なゼルディウスだが、 世間知らずな訳ではない。 リィナが〝修行中〟とあるなら、 今その傍らに立つのは高位な神官で あることくらい察せられる。 そんなことは聖堂の戸を開いた時から 一目瞭然だったのだが、 初対面ながらに「おっさん」呼ばわりされた ルクシウスの流暢な笑みを尚も睨み続けた。 (ー気に食わねぇ…。) リィナが普段どんな修行をしているのかー 暇つぶしに来てみれば、三十も後半に 差し掛かろうかという男に「立場」を利用して 距離を詰められている。 リィナは元々、他者との距離感に疎い。 そこを易々と詰められたかと思うと 腹の底から苛立ってくる。 ゼルディウスとて〝戦乙女(ワルキューレ)〟 として選ばれたリィナの立ち位置や 人々が期待を寄せるのも分かる…つもりだ。 ーお人好しなリィナがその期待に 応えようとしていることも。だけれど。 ゼルディウス「ー指導ってのはそんなに 近づかねぇとできねぇのかよ。」 ノクシス「口を慎め、ゼルディウス。 ハルヴェイン様とおまえでは、本来なら 言葉を交わすことさえ許されないのだぞ。」 間髪入れずにノクシスが諌めたが、 ゼルディウスは小姑の小言を面倒臭がるように、小指で耳をほじるように押えた。 関係あるかよ。腹立つもんは腹立つ。 〝戦乙女(ワルキューレ)〟とやらである前に リィナはリィナだ。 ーそう簡単に適当な男が近付いていいほど、 安くねぇんだよ。 そんな不機嫌な牽制を含んだゼルディウスの 視線をルクシウスは避けることなく、 ゆったりと―瞼を閉じたまま、口を開いた。 ルクシウス「構いませんよ、ノクシス。 君がゼルディウスでしたか。君の話はかねがね、リィナより。」 リィナ「ハルヴェイン様!」 ゼルディウス「あ?」 突然秘密をバラされたかのように、リィナは 慌ててルクシウスを制した。 赤く小さくなるリィナと目が合う。 (ーこんにゃろ。どんな噂してやがる…。) どうせロクでも無い言われようを しているのだろうが、今リィナの頬を つねるのは後にしておいてやる。 ゼルディウスはルクシウスへと視線を戻した。ー相変わらず瞼が閉じたままだ。 ルクシウス「失礼、私は盲目でね。 人は見た目ではなく、気配で識るのです。 ーなるほど、ゼルディウス…、 君の光は随分と嶮しい…。 そして複雑なようだ。」 ゼルディウス「はァ!? 何ほざいてやがる、 話をすり替えんな。」 ノクシス「いい加減にしろ! おまえは今、ハルヴェイン様のお手を 煩わせるどころか、〝戦乙女(ワルキューレ)〟としてのリィナ様のお時間すら割いているのだぞ!」 ルクシウスの襟に掴みかかりそうな勢いの ゼルディウスを、ノクシスが片手で御する。 ゼルディウス「うるせぇ! 大体 てめぇが付いていながらにこのザマは何なんだよ。 普段からリィナリィナって付き纏うくらい なら虫除けくらいなれよ!」 ノクシス「むっ… むむむ虫!? 貴様……っ! 王都の正統な高位神官であられる ハルヴェイン様に向かって……! 言うに事欠いて虫だとッ!」 リィナ「ふ、2人ともっ…! ここ大聖堂なんですよ!?」 顔を合わせれば何かと衝突が絶えないゼルディウスとノクシス。 普段ならばーまぁいつものことだとー 多少割り切れるリィナも場所が場所だけに 慌てた。 そんな、いつも静寂で保たれている聖堂が 賑やかになっていく様子をルクシウスは 一歩引きながら微笑みを深めた。 ルクシウス「ふふ…、此度の貴方様の遣いは 随分と愛に満ちているのですね…、 オーディン様…。」 袖の長い神官服を口元に当てながら、そっと神々へ話しかけるのである。 *** ルクシウス「では、もう一度。落ち着いて 祈りましょう、リィナ。」 ひとしきり暴れたゼルディウスは ルクシウスが必要以上にリィナに 近付かない様、見張りも兼ねて ールクシウスの温情の下、特別に見学が許された。 円陣の外の、白柱の傍ら。 礼節正しく控えるノクシスとは真逆に、 背を柱に預け腕組みさえしている。 時折欠伸をしては、ノクシスに小突かれているが、 取り敢えずのところは大人しくしている。 聖堂内が再び静寂に包まれる。 空気がツンと冷え、静寂が逆に煩くすら感じる。 そんな張り詰めた聖堂の中を唯一ルクシウスの声だけがたおやかに流れ澄み、それを合図に リィナは両手を組み、瞳を伏せた。 呼吸は深く、けれども静かに。 神に呼び掛け、そして耳を澄ます。 リィナは無心で祈った。 ふっ、と薄い光が指先に灯ったかと思うと、 大聖堂の空気がまるでリィナの呼吸に合わせるかのように震え出した。 円陣が次第に眩く光り出し、 天からは粒の光がゆっくりとリィナに 降り注いでくる。 ゼルディウスもノクシスも、思わず息を 呑んだ。 雪のように優しく降り注ぐ光がリィナを 包んでいく。 その暖かさにゆっくりと開いたリィナの瞳は 淡い金色へと変わっていた。 ルクシウス「ー見事です、リィナ。黄色は「土」や 「幸福」を象徴します。王都における、 地の神々があなたを歓迎したようですね。」 ルクシウスは跪いたリィナに手を差し伸べ、 立たせながらリィナに纏う光を識た。 先程まで距離感もわきまえず、 無礼な態度を取っていたゼルディウスでさえ、 その光景には抗えなかった。 ゆっくりと振り返った、金色の瞳のリィナ。 その姿に、呼吸を忘れるほど 見惚れてしまったことを、 ゼルディウス自身が一番理解していた。 リィナ「…ゼル、ノクシスさん…。」 柔らかい笑みと共に、リィナが二人の名を呼ぶ。 ノクシスは我に返り、手を胸に頭を垂れ、 膝まづいた。 ーリィナ様の祈りに神々がお応えになった…。 なんという気高さ…… 美しさ……。 今、はっきりと分かる…。俺はこの身を、 この方に捧げるために生を受けたのだ。 ノクシスが深く感涙する真横で、未だ自分が 目の当たりにしているものが信じられないと 言うように、ゼルディウスは声を絞り出した。 ゼルディウス「…リィナ…、なのかよ…?」 カミサマが応える… ってのはこんなにも… こう… 身の毛がよだつものなのかよ……。 心が、魂が震えている。 が、恐れも悲しみもない。 ーただ少し不安なだけだ。 それは余りにも…、自分の知るリィナでは ないような気がしたからだ。 〝戦乙女(ワルキューレ)になる〟ということは、 リィナが遠くへ行ってしまうことなのではないかと、ゼルディウスはぽつんと思った。 リィナはゼルディウスの問に、いつものように、 にこっと目を細めながら、胸元で小さく 拳を握りしめた。 リィナ「えへへっ…、できました!」 そして光を帯びたまま、誇らしく微笑んだ。 ーそれはまだまだ〝戦乙女(ワルキューレ)〟 としての小さな一歩。 だが確実な一歩だと、ルクシウスは杖を手に、静かにその場を去っていった。 三人の影が、聖堂の長い陽光の中で重なり、 ゆっくりと、また広がっていく。 三者三様、それぞれの想いのようにー。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー リィナの初修行編…的なもの…。 キャラや情景の雰囲気が掴めれば良きまる…
《戦乙女✦守護(ヴァルキリーガーディアン)》/基礎設定
《戦乙女✦守護(ヴァルキリーガーディアン)》作品概要 神々の息吹が、いまだ人々の日常に近く在る世界。 王都アストリアでは七柱の神々と精霊の加護が巡り、祈りは奇跡として、人の暮らしに寄り添ってきた。 しかし、神話の奥底に眠る厄災 ――**天の黙示《アストレア・フォール》**が再び近づきつつある。 その災厄に抗うため、 神オーディンの力をその身に降ろす存在 **「戦乙女(ワルキューレ)」**が必要とされていた。 ■ 六芒星に分かれた王都 【王都アストリア】 世界の中心に聳える聖都、アストリア。 六芒星の形をもって築かれたこの王都は、 神々の加護が最も強く降り注ぐ“祈りの都”。 中央に大聖堂《アストルム》が聳え ここで神官たちが日夜祈りを捧げ、戦乙女の啓示が降りる。 六方の街区はそれぞれ異なる信仰と祈術を司っている。 ✦︎中央/癒(オーディン) 大聖堂《アストルム》がそびえ立つ、王都の心臓部。 戦乙女が祈りを捧げる聖域であり、 王都の精神的支柱。 ︎✦︎北/聖(セラ) 王城セラファイトと騎士団宿舎を擁する、秩序と信仰の街区。 格式と静謐に満ち、貴族や高位神官が多く暮らす。 ︎✦︎南/冥(ナディル) スラム街《アンダークレスト》を抱える影の街区。 貧困と混沌が渦巻く一方、 すべての者が最期に祈りを捧げる“死と帰還”の地でもある。 ︎✦︎北西/水(ルミエル) 聖泉と精霊の庭が存在する、清浄と再生の地。 水の精霊たちが最も色濃く顕現する区域。 ︎✦︎北東/風(アルケア) 学問区・工房区が集まる知と創意の街。 錬術士や研究者、職人たちが行き交い、 常に新しい風が吹く。 ︎✦︎南西/火(ヴォルテナ) 王都最大の市場と祭りの街。 旅商人、芸術家、サーカスが集い、 情熱と喧騒で賑わう自由の象徴。 ︎✦︎南東/土(エルフォード) 安定した住居区。 職人や祈術士の家庭が多く、 王都の生活基盤を支える穏やかな土地。 ◆祈術(イノケーション) 神々の力は《祈術(イノケーション)》と呼ばれる形でこの世界に現象として顕(あらわ)れる。 それは神々の奇跡が人の祈りを通じて具現化する術。 火は希望を灯し、水は命を潤し、 風は導きを示し、大地は実りを育む。 それぞれの祈術は精霊を媒介として発動し、 神々の加護をこの世界にもたらす。 (備考) 祈りの理を深く学ぶ者は •聖職者 •祈術士(きじゅつし) と呼ばれ、王都でも尊ばれる。 高位になるほど“神の声を映す”とまで言われる者も。 ◆元素◆ 祈術に使われる元素は7つ。 ・癒(イーリス) ・聖(セイクリア) ・冥(メイ) ・火(フラム) ・水(ルミエル) ・風(ヴェント) ・土(ガイア) 七元素はそれぞれ神々の権能を象徴し、 精霊(スピリトス)を媒介として人の祈りに応じ、奇跡として顕現する。 ◆【伝承:天の黙示(アストレア・フォール)】 億年に一度、世界が静寂に包まれる厄災。 神々の呼吸が深く沈む時、世界の均衡が揺らぐ。 陽は昇ることも沈むことも忘れ、 鳥は空を渡る術を失い、 生き物は飢えを知ることなく、 歴史も記憶も、ー愛する人でさえも失われていく。 それは破壊でも滅亡でもない。 “忘却”という名の、世界の沈黙。 ♦︎戦乙女ーワルキューレー 億年に一度の厄災『天の黙示《アストレア・フォール》』と共に、 〝世界の救済者〟としてその地に生を受ける。 七柱の神々の中枢に座す神オーディンの権能をその身に降ろし、 世界の厄災に立ち向かうとされているが その使命は決して容易なものではない。 ︎︎✦︎守護者ーガーディアンー 戦乙女(ワルキューレ)に 選ばれし存在を指す。 戦乙女より力を分け与えられた守護者は、 厄災と対峙する戦乙女の「盾」であり その行く末を見届ける唯一の「傍観者」であると伝承されている。 ⬛︎主要人物と六人の《守護者》候補⬛︎ ◆リィナ・シルファン◆ 次期戦乙女(ワルキューレ)/白祈術士 年齢17〜18歳 王都郊外の南東に位置する小さな町で育ち、 戦乙女としての啓示を受け、王都アストリアへ招集された少女。 高い集中力と不思議なほどの幸運に恵まれた天才肌タイプだが、本人は自覚が薄く のんびりとした性格ゆえに、周囲からは能天気に見られがち。 恋愛面にも非常に疎く、 他者を疑うことを知らないほどに優しい。 そのあきれるほどの善性は、苛烈で過酷な運命を背負う「戦乙女(ワルキューレ)」として耐えうるのか。 その真価を問われながら、大聖堂で修行の日々を過ごす。 ※物語はリィナが誰を守護者に選ぶかで分岐可能。 ◆リィゼ・シルファン◆ 年齢16〜17歳/黒祈術士 リィナの年子の妹。 姉とは対照的に理知的で現実的。 生来の強運には恵まれなかったが、 その差を埋めるために努力と根性を積み重ね、 火力特化した黒祈術士としても高い能力を備える実力派。 姉・リィナへの愛情や敬愛は深く、 亡き母親譲りのストレートヘアーにウェーブを掛けるなど、容姿にまで姉を重ねようとする一面も。 現在、招集された姉を追って 王都南東《エルフォード》地区に身を置く。 アルバイトに明け暮れながらも、 いつでも姉を支えられる距離で、静かにその時を待っている。 ◆ゼルディウス・ゼロ◆ 年齢20代前半/スラム街の太刀使い 怠惰•無骨・皮肉屋 と三拍子揃う 王都南《ナディル》街を根城にしている一癖者。我流ながらに剣の才を買われ、時折傭兵のような仕事が舞い込むが「自由」を阻まれる事を嫌い、日銭はギャンブルで賄っている。 将来にも世界にも興味は無かったが ひょんなことからリィナと出逢い、不思議な引力と、抑えきれない独占欲に少しずつ翻弄され始める。 「戦乙女」としてのリィナの運命と覚悟を前にした時、ゼルディウスは何を思うのか。 ◆ノクシス・フォトナイト◆ 年齢:20代前半/聖堂騎士 王都北区《セラ》に属する、由緒ある家系育ちの、王都と神殿に仕える端正で誠実な青年。 規律・忠誠・奉仕を何よりも尊ぶ生粋の“正しさ”の体現者。 その在り方は時に堅物で融通が利かないが、 それだけに信頼は厚く、王城・大聖堂双方から一目置かれている。 血筋故か、幼少の頃より“戦乙女”の夢を幾度も見ており、それが神より与えられた啓示であると信じて生きてきた。 そして王都で出逢う、ひとりの少女。 彼女こそ夢で焦がれた〝戦乙女”そのものだと確信する一方で、純真無垢で可憐な〝少女〟としてのリィナに触れるたび、「確かな信仰心」に波紋が広がり始める。 守ることを使命としながら、 守るだけでは済まなくなっていく感情。 信仰と個人の想いに戸惑いながら、 最も“正しさ”に縛られた男が、何を選ぶのか。 その葛藤こそが、ノクシスという人物の核心である。 ◆マコラ・フィーネ◆ 年齢:17〜18歳/錬成祈術士(修行中) 王都北東、学問と工房地区《アルケア》の 師の元で、爆発とトラブルを繰り返しながら 錬成に励む、明朗快活なムードメーカー。 要領の悪さはあるが、神聖視も畏怖もせず、 失敗も弱音も含めて受け止める視野の広さは 錬成祈術士として確かな素質と言える。 リィナとは同年代で、「修行中」という 境遇の近さから、リィナにとっては 「背負わなくていい時間」を与えてくれる 存在であり、ゼルディウスやノクシスとは異なるかたちで彼女の“人間らしさ”を守る役割を担う。 大きな使命や神の理からは一歩引いた場所にいながら、風のように柔らかく、 確かに物語の流れを動かしていく少女。 ◆オルフェン・ピエトロ◆ 年齢:20代後半/道化師 神の加護を否定し、祈りの理から外れた《道化師(ピエロ)》と呼ばれる一族。 異端の一族として世論の目は冷たい一方で 王都南西《ヴォルテナ》を拠点とした 〝サーカス〟で人々に笑顔をもたらしている。 その相反する在り方は、 彼ら一族が常に身に纏う仮面のような 二面性を象徴している。 仮面の下に刻まれる〝雫〟模様は かつての〝戦乙女の行く末〟を嘆いたことが 始まりとも言われ、王族や神聖者に引けを取らない歴史と真実を継承している。 飄々と語られる彼の言葉はどこまで信用出来るのか。世界の歪みと未来への覚悟を仮面の下に隠した男がリィナと交わる時、 真の物語が静かに幕を上げる。 ◆リメディア◆ 水の精霊(スピリトス)/外見年齢:十代前後(実年齢は数え切れないほど) リィナが北西の聖泉で出会った水の精霊。 精霊とは本来、人目には淡い球体としか映らないが、「戦乙女」の強い神力に触れて少年のような姿を顕現した。 固有名を持たなかったが、リィナに名付けてもらったことから「個」となり、特別な絆が 生まれるようになる。 昆虫のような羽と、どこか古風な口調で リィナに懐く姿は、ゼルディウスから 「蝿」呼ばわりされることも。 水の神〝ルミエル〟の遣いとしての立場に在りながら、「戦乙女」として世界に立ち向かう少女の為に自分は何を選ぶべきなのか。 〝神〟としても〝人〟としても未完成なまま、 リメディアはリィナの傍で揺れ始める。 【その他の登場人物】 ◆ルクシウス・ハルヴェイン◆ 高位神官/リィナの導師(30代後半) 大聖堂アストルムを治める、最高位の神官。 次期戦乙女リィナを育て、導く導師であり、 神と人の理を最も深く理解する存在。 神に捧げしその命は、かつての〝守護者〟として リィナと同じく〝天の啓示〟の年に一部の記憶と共に受け継がれた。 銀白の髪と睫毛を持ち、盲目。 だがその瞳は、誰よりも深く 世界と神の行く末を見据えている。 ◆テオドール・クラッシャー◆ 王都北東《アルケア》に工房を構える、老練な錬成祈術士。 理と素材、積み重ねによって奇跡を再現する 〝錬成〟の道を極めた人物であり、 若き錬成祈術士マコラの師匠。 失敗さえ糧と捉え、唯一、マコラの失敗を豪快に笑い飛ばし、楽しむ朗らかな人物。 ◆ロゼ・バレッタ◆ 大聖堂職員/リィナの世話係 大聖堂に仕える、恰幅の良い中年女性。 信仰深く、面倒見が良い。 リィナを「戦乙女」であると同時に、 「娘のような存在」として見守っている。 大聖堂の規範を基準に物事を捉えるため、 世俗には疎く、 スラム育ちのゼルディウスとは口喧嘩が 日常茶飯事と化してきている。 【「戦乙女︎✦︎守護」で「連載」する物語は この設定を基準にワンシーン編を何本か 書ければと思います】 ……最初から書くのだるいので(w
《戦乙女︎✦︎守護》買い物編・ワンシーン
夕暮れの市場は人々で賑わい、香草の匂いと焼きたてのパンの香りが食欲を掻き立てる。 そんな人々が慌ただしく夕食の準備に追われる中、リィナはそっと後ろを振り返る。 リィナ「あの…、ノクシスさん…。夕食の買い出しまでも護衛して頂かなくても……。」 すぐ後ろを歩く聖堂騎士は、相変わらず背筋を伸ばし、恐縮に縮こまる主をしっかりと見据えた。 ノクシス「そうは参りません。危険とはいつどこで起こりうるか分からないもの。 ーあなた様をお護りするは俺の天命です。」 リィナ「〜〜〜。」 その声色も視線も余りに真っ直ぐで、リィナの頬は夕暮れに紛れながら赤くなる。 (ノクシスさんて……。そういうこと素で言ってて恥ずかしくならないのかな……。わたしの方が照れちゃうよ…。) 肩をすくめると、純白のローブにリィナの顔が少し隠れ、ふんわりと長い髪が風に優しく揺れる。そんな気恥しそうなリィナの仕草を何一つ見落とすまいと、ノクシスは横顔を見つめた。 (ー相変わらず。) 謙虚な方だ。 王命として護衛を任されてなお、 リィナは一度たりともそれを“命令”として振る舞わない。 だがそれは、ノクシスが頼りないからだとかそういう理由でないことは、常々リィナを見ていれば分かる。 ノクシスは深く心に思う。 (リィナ様をお護りするのは俺の役目だ。) そう。幼き頃より夢で焦がれた 〝戦乙女(ワルキューレ)〟。 今は俺が、俺だけが彼女を護り、傍らに立つことを許されている。ーなんと光栄だろう。 リィナ「ーわぁ、今日のお野菜は瑞々しいですねぇ。ノクシスさん、何か食べたいものはありますか?」 市場に並ぶ色とりどりの野菜に心が踊ったようなリィナが ノクシスに、にっこりと微笑みかけた。 いつの間にかリィナの中では〝今日の夕飯は ノクシスと一緒に〟となっていたようだったが、そこには敢えて突っ込まなかった。 ただただ優しく、可憐な笑顔で傍らの自分を求めてくれている。ーーなんて特権なのだろう。 ノクシスは僅か口元を緩ませながら一歩、 リィナへの距離を縮めたー その時だった。 「……なんだよ、こんなとこにもくっ付いて来てんのかよ。」 低い声が人混みを割った。 ノクシスの足が止まる。 リィナ「ゼル!」 黒い外套を肩に掛け、 夕暮れの光を切るような鋭い視線でこちらに 歩いてくる。 少し驚いたように瞳を丸めていたリィナだったが、声の主を認めると、嬉しそうに小走りで近付いた。 リィナ「珍しいね、市場に来るなんて。ゼルも夕食の準備?」 籠を両手で持ちながら、にこにことゼルディウスを見上げる。 その無垢さは他意が無さ過ぎて ゼルディウスはため息を吐きそうになる。 だが、リィナの笑顔には少し耳を赤らめながら、ゼルディウスはいつものように皮肉る。 ゼルディウス「誰が自炊なんかするかよ。俺はな、今ぐらいの時間に来りゃ、タダ飯にありつけると思ってだなー。」 リィナ「わたしと夕食しようと思って来てくれたの?」 ゼルディウス「ー! ……。」 リィナ「嬉しい。ありがとう。」 穴を突いた事に気付かぬまま、 リィナは赤く固まるゼルディウスに益々顔を綻ばせた。 その様子に慎重に一歩を取ろうとしていたノクシスが、慌てて入った。 ノクシス「お待ち下さい、リィナ様。こんな浮浪者と食事など!」 ゼルディウス「誰が浮浪者だ、このストーカー騎士紛いが。」 ノクシス「ストーカーではない。俺はリィナ様の護衛だ。」 ゼルディウス「護衛なら場所と距離弁えろっつってんだよ、近ぇんだよ。つーか邪魔すんな、帰れ。」 ノクシス「帰るのは貴様だ、ゼルディウス。リィナ様の傍は俺の場所。ー食事も、俺が先にお誘い頂いた。」 ゼルディウス「はァァ!!? それこそ距離感バグってんだろ!!」 リィナを挟んだ言い合いが 火花を散らし、市場の喧騒に紛れながらもヒートアップしていく。リィナは頭上の2人を交互に見上げながら胸元で手を振った。 リィナ「あ、あぁあの、お二人共、喧嘩はっ…。…余計にお腹空いちゃいますよ?」 二人は睨みを効かせながらも、リィナの声には反応し、言葉を噤んだ。 落ち着きを取り戻してくれた二人に肩を撫で下ろすと、籠を持直しリィナは気合いを入れた。 リィナ「ーよし! お二人をおもてなし出来るよう、今日は腕によりをかけなければいけませんね!」 ゼルディウス「!? ちょっと待てリィナ! 誰もコイツと飯食うなんて言ってねぇ!!」 ノクシス「リィナ様! もっとお立場を重んじ下さい!!」 ゼルディウス「なんだと、てめぇはさっきからーー。」 リィナ「…………。」 何故か呆気なく…、言い争いは元に戻ってしまった。 リィナは少しため息混じりに夕日を仰いだが、口元には笑みが浮かんでいた。 ーーケンカは困るけど。 でも、こうして二人が傍にいてくれる日常がわたしは好きだな…。 市場の喧騒はまだもう少し続く。 屋台に灯された明かりが、一つ、また一つと増えていく。 賑やかに一日が過ぎていく幸せを、リィナはゆっくり噛み締めた。