くろせさんきち
3 件の小説
くろせさんきち
短い物語を書いてます。 400字小説サイト「ショート・ショート・ガーデン」https://short-short.garden/author/808809 ショート・ストーリー集『造園』https://kakuyomu.jp/works/16816452219823406519
おもいで鼈甲飴
僕の住んでいる町の駄菓子屋には、人気の商品がある。 それは、お店のお婆ちゃん手作りの鼈甲飴だ。 見た目は黄色く透き通った普通の飴なんだけど、甘いだけでなくどこか不思議な味がして町中で評判になっているんだ。 僕は学校帰りにお店に寄っては、友達と一緒に舐めながら、中央広場に置かれた街頭テレビを観るのが好きなんだ。 数十年振りに帰ってくると、町の風景は一変していた。だが、駄菓子屋とお婆ちゃんだけは変わっていなかった。 休日になると子供と鼈甲飴を買いに行き、店の前に置かれたベンチに座って舐めるのが、僕の習慣になっていた。 口中に不思議な味が広がる度に、初めて舐めた頃の記憶が甦り、目の前に子供の頃の風景が現れる。 食べ物で昔の思い出が甦ると聞いた事はあったけど、ここまで鮮明なのは他にないだろう。 そんなとある日曜日の午後、背広姿の男性がお店を訪ねてきた。 後でお婆ちゃんに聞くと、それは大手食品企業の社員との事だった。 休日、孫とショッピングモールに出掛けた。 そこは昔あった駄菓子屋の跡地でもあった。 一階のお菓子売場には"お婆ちゃんの飴”という商品が並んでおり、パッケージには見覚えのある顔の絵が描かれていた。 ロングセラーとの事だが、私はまだ一度も舐めた事はない。 だが孫にせがまれたので一袋買い、フードコートで舐めてみる事にした。 一粒取り出して見ると、確かにあの鼈甲飴と同じに思えたが、どこか違和感を覚えた。 口に放れば、懐かしい光景が目の前に広がったが、それにも違和感を覚えた。 木々の色も夕焼けの色も友達の顔色も、どれもが不自然な程に鮮やかだったのだ。 だがそれも、袋に表示された原材料名を読み納得した。 「何か見えた?」 孫が私の顔を覗き込み訊く。 「ああ、見えたよ。どれも綺麗な色をしていた。だが人工着色料を使っていたからかな、ちょっと不具合もあったみたいだ。白黒だったはずの街頭テレビも、カラーテレビに変わっていたからね」
非モテの神(お題)
今年も嫌な日がやってきた。 最後に貰ったのはいつだったろうか。 周りの連中は浮かれている。中には僕を誂う奴もいる。 馬鹿な奴等だ。あんなもんの事で。 欲しい……欲しいんだよ僕だって本当は! 心の中で叫んだら目の前にチョコが現れた。 茶色いハート型の上に白く書かれた筆記体の文章。そこにはあの娘の名前があった。 「う、うそぉ……」 掴もうとするとホログラムのようにすり抜ける。どうやらチョコ欲しさに出た幻らしい。 ただ、それでも嬉しかった。悲しいけれど、嬉しかったのだ。 その次の年からも同じ現象は続いた。 しかも僕だけじゃない。中学、高校、そして大学の友人、やがて職場の同僚までもがチョコの幻影を見始めた。 彼等の共通点は僕と同じ非モテという事。 「それと、みんな君と親交のある人物だという事だ」 昼休みに食堂で同僚が言った。 「僕と長く一緒にいた影響だとでも?」 「ああ、だってそれ以外の男には見えてないんだろ、たぶん」 真相はどうあれ噂が噂を呼び、やがて僕の周りに非モテ連中が集まり始めた。 「あなたの能力を僕にも分けてほしい」 「幻でも幸せなんだ」 「きっと神通力なんだ」 彼等はそう口走ると、僕を生神様として称え始めた。 あれから百年が経ち、とある町の一角に僕を祀る神社が建てられた。 社殿には、チョコで固めて作った神体が祀られている。 そして毎年二月十四日には、たくさんの男達が参拝に訪れ、賽銭箱の中身は五円チョコでいっぱいになるのだ。
ペット療法
「ペット療法か。知ってるよ、この施設でもやってるのかい?」 「はい。もし良ければ、山田さんのケアプランにも組み込ませてもらおうかと思って」 「う〜ん、そんなに動物は好きでもないんだがなあ」 「あ、大丈夫です。そういうのは関係ないんで。どうです? 試しに一度」 と、介護士の島岡さんに連れられ、一階の交流エリアに行くと、一台の踏台が置いてあった。 「どうぞ、この踏台がペットです」 「意味がわからん」 「アナムネの時仰ってましたね。お人好しのため、昔から他人の踏台になってきた。でも、そのお陰で成長もしたと」 「もしかして、それなら踏台その物も成長するとでも……?」 「はい。育成をしながら山田さん自身のリハビリにもなる、正に"ペット療法”です」 その日から、私がその踏台で昇降運動をする度に、次第に段の数が増えていき、更には両側に手摺りまで生えてきた。 「島岡さん、これは?」 「順調に成長してますね。人間でいうなら、もう大人ですよ」 「なるほど、私は"大人の階段”を昇っているわけか」 だが、暫くすると今度は段が減っていき、全体的に形状も変化していった。 「島岡さん、今度は一体?」 「人と同じですね。角が取れていき、やがて体も……」 「そうか、そういう事か……」 「それと、ペットは飼い主に似るとも言いますしね」 ※ 久し振りに面会に行くと、爺ちゃんの体は、前よりもまた小さくなったように見えた。 俺は爺ちゃんを隣の公園へ散歩に誘い、車椅子を押した。そして交流エリアから外に出ようとした時だった。 「やあ、今日もいい天気だね」 と、爺ちゃんが、緩やかな段差スロープに声を掛けた。 (了)