矢来灯夜
2 件の小説矢来灯夜
初めまして、矢来灯夜(やらいとうや)と言います。小説、というよりも、何かを書くのが好きなので、アプリをインストールさせてもらいました。どうか、よろしくお願いします。
記憶屋・灯籠
「ええ、もちろん」 少し怪しげな雰囲気を醸す彼の放った言葉を、私は未だに信じられなかった。阿呆らしいなとさえ思う。噂を聞いて、嘘であってもいいからと思い、望んでいた答えをもらえたけれど、それでもやっぱり信じることができない。 「本当に、本当のことなのですか」 「−−信じてもらえないことは重々承知の上です。死は、いつだって突然です。思い出を残すことさえ許されないくらいに、短い一生の方もいらっしゃったでしょう。そのような方達のための、商売なのです」 彼は終始声の調子を変えなかった。それがかえって、私を不安にさせる。本当は騙されているのではないか。その気持ちだけが膨れ上がっている。 やっぱり諦めて、出て行こう。そう思い、席を立とうとした矢先、再び店の扉のカウベルが鳴り響いた。 「遅くなってすみません、お茶菓子をお持ちしました!」 先ほど出て行った少女が、お盆を持って器用に扉を開けていた。コツコツと靴音を鳴らして室内に入り、ローテーブルの上にお盆を置くと、くるりと私の方を向いた。 「信じることも、信じないことも、あなた次第です。けれども、私たちはお客様の心を第一に考えていますから、そこだけはどうか信じてください」 少女の放った言葉はまるで、先ほどの私たちの会話を聞いていたかのようだった。そして少女の言葉は、カナデさんとは違い、どこか安心感に包まれていた。 彼女の言葉は、優しく私をほぐしてくれるような気がした。二人を信じられるかどうかはまだわからないけど、少しだけ話すくらいならいいかな、とさえ思えた。 「ねえ、アカリ」 不意にカナデさんが口を開いた。どうしたのかと思えば、彼はお盆の上に乗っている色とりどりのゼリーを指さしていた。 「これ、電子レンジの上に置いてあったよね」 「うん、そうだけど?」 ここでふと、私は疑問に思った。少し前の会話を思い出すと、確かお茶菓子は台所の棚の上のはずだ。彼女との最後の会話からおよそ数分。忘れてしまったのか、勘違いしてしまったのか。よくわからない人だ。 「僕が買ってきたのはクッキーだよ。それに、このゼリーはカエデと一緒に食べようって話したじゃないか。どう、思い出せないかな」 少女、アカリさんは目を閉じてうーんと唸り始めた。そして深呼吸をすると、すぐさまパッと目を見開いた。ちょっと勢いがありすぎて、私は少し驚いてしまった。 「うん、思い出せた!台所の棚の上だよね。−−ああ、またやっちゃった。お客様、申し訳ございません、今しばらくお待ちください!」 そう言い、アカリさんは再び階下へと扉を開けていった。私は少し呆然としながら、その様子を眺めていた。 「アカリは、私の双子の妹です。少し前の事故で、記憶障害を患ってしまいました。お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません」 カナデさんは頭を下げた。慌てて私は、カナデさんに顔をあげるよう言い、私こそと頭を下げた。 「お二人には申し訳ないですが、先ほどまでどうにも信じられなかったのです。疑ってしまい、こちらこそ失礼しました」 顔をあげてくださいとカナデさんが言うにも関わらず、私は自分の言葉を続けた。 「死者との思い出を残せるといっても、具体的にはどういったものなのかわからなくて。依頼する側が、お店側を信用しないなんて、馬鹿げたことでした」 頭上で私に声をかけていたカナデさんの声がピタリと止む。私は少し不審に思って、顔をあげた。 カナデさんが、安心したような優しい笑顔をしていた。その後ろには、いつの間にやらやってきたアカリさんもいる。 「元々、信用されないかもしれない商売です。中には、信じられないと言って扉を蹴破った人もいます」 ね、とアカリさんはカナデさんに微笑む。こくりとカナデさんは頷いて、だから、と続けた。 「私たちのことを信用してくださり、ありがとうございます。少し長引きましたが、ご依頼を聞かせていただけませんか?」 私は、少し目を伏せがちに、私の願いを話した。 「亡くなった息子との、思い出が欲しいのです」 部屋の空気が少し下がったような気がした。
記憶屋・灯籠
「ようこそ、記憶屋・灯籠へ。御依頼は何でしょうか」 アンティーク調の店内。8畳くらいの少し狭いと感じる部屋に、ローテーブルを挟んで二人用のソファが二つ向かい合っている。私は入口に近い方に座り、向かいには一人の少年が座っていた。 彼のソファの後ろには窓があり、彼の綺麗な銀髪が、差し込む光でキラキラとしている。長ったらしい前髪の奥から、夏の空を思わせるかのような蒼い双眸がこちらを見つめている。日本人だとは思えない顔立ちに、私は少しの間見惚れていた。 しかし、特別だと思わせるようなところは顔立ちだけのようで、服のセンスはいたって普通の人だった。着心地良さそうな黒の長袖シャツにジーンズ。その上にはグレーのジップアップを着ていて、前のジッパーは開けている。服の上に夜空を閉じ込めたような首飾りをさげていた。 年はおそらくだけど大学生くらい。纏っている雰囲気はいい歳したバーテンダーのような、どこか落ち着いたものだ。そんなチグハグしている彼が、ここの店の経営者だという。 記憶屋・灯籠。〈死者との思い出、いかがですか〉というちょっと、いや、だいぶ変わったキャッチコピーを掲げている店だ。好奇心旺盛な人は気になってしまうかもしれないが、普通の人は怪訝な顔をするだけで、気にも留めないだろう。店内に入ってしまった私は、もう普通とは言い難い。 「ねえカナデ、アレどこにあるか知らない?」 ガチャリと音を立てて、店の扉から少女がやってきた。ポニーテールにした淡い栗色の髪に、不純物が一切混ざっていない琥珀を嵌め込んだかのような瞳。ふんわりとした桜色のブラウスに、新緑を思わせるロングスカート。こちらも、日本人とは思えない出立ちだ。年も背も、目の前の少年と同じくらい。 「−−アレの特徴は?」 「カナデがこの間、駅の帰り道にお土産で買ってきてくれたやつ」 「ああ、お茶菓子ね。台所の棚の上に置いてあるよ」 少女はそれを聞くと、また店の扉から出ていった。この店は2階に位置している。おそらくだけど、1階は居住スペースにしているのだろう。扉についているカウベルが、カランカランと乾いた音を立てて閉まる。私は扉が閉まったタイミングで、視線を再びカナデさんに向けた。 彼は少女を一切見ていないのか、のんびりと紅茶を飲んでいた。彼が紅茶を飲む佇まいは、彼の上品さを魅せるためには十分だった。 視線がかち合い、カナデさんは紅茶をローテーブルに置いた。カップのカチャリとした音に続いて、彼は口を開いた。 「そして、御依頼でしたね。今日はどういったご用件で、こんなヘンテコな店へと足を運んだのでしょうか」 ヘンテコと自分で言っているあたり、あの宣伝はわざとやっているのだろうか。いや、他の人が言っているから諦めたのか。まあ、どちらに転がろうと、私の中では、この店にいる二人が変人だということは変わりない。 「ヘンテコって、自分で言ったりするものですか」 「−−私も、私たちの経営についてヘンテコだと思っているのですよ。まあ、あまり気にしないでください」 「はあ……」 そこで会話は途切れてしまった。カナデさんの視線は、私が依頼の内容を口に出すことを急かしているようで、無駄なことに突っ込むべきではなかったと少し後悔した。 私は心を決して、口を開いた。キャッチコピーを信じて、こんな変なところに来てしまった私だ。笑われるかもしれない。だけど、私はどうしても確かめたかった。 「死者との思い出を手に入れることができるという噂は、本当ですか」 カナデさんはソファにもたれかかっていた背中を起こして、前のめりになった。太ももの上に肘を乗せ、指を組んだ。彼は口端を上げて、静かに言った。 「ええ、もちろん」 密室だった店内に、小さな風が吹いた気がした。