きんにくやろう
30 件の小説俺たちの筋繊維はまだ伸びる!!〜筋肉部青春日記〜
【第1話】入学、そして運命の“筋”違い 「部活は必須です。未加入の場合は強制退学とします」 ──その文言を入学式の翌日に知った**星野蓮(ほしの・れん)**は、頭を抱えていた。 星野「部活って……入んなきゃダメだったの……?」 蓮は、運動神経ゼロの陰キャ寄り男子。高校生活は「文化部でぬくぬく」と考えていたのに、甘かった。 部活一覧表に目を通す。サッカー、バスケ、柔道……無理無理無理! その時──目に入ったのは一つの文字列。 「筋肉部(初心者歓迎)」 蓮「……なにこれ。バカそう。絶対楽じゃん。筋トレしてるフリしてお菓子食べてる部活とかじゃん?」 これが、運命の始まりだった。 【第2話】筋肉部、爆誕 扉を開けた瞬間、**ドォォン!!!**と壁が震えた。 蓮「うわっ!?」 部室には──全員2メートル近いマッチョが揃っていた。 筋肉部部長・**獅堂剛志(しどう・たけし)**が、チラリと振り向いた。 獅堂「……新人か?」 蓮「……え、あの……え、間違えたかも……?」 副部長・**小日向弾(こひなた・だん)**が言った。 弾「心配すんな。筋肉に言葉はいらない。必要なのは汗と覚悟だけだ。」 蓮「あの、間違えた! 俺はただ! 楽そうだと思って!」 獅堂「楽? 楽な筋肉など……存在しない。」 その瞬間、周囲のマッチョたちが一斉にポージングを始めた。 「グゥオオオオオオ!!」 「パンプアップ!!」 「限界超えた先に仲間がいる!!」 ──蓮、逃げそびれる。 【第3話】地獄の新人歓迎トレーニング 蓮はその日から、地獄のようなトレーニングメニューを課されることになった。 ・朝6時:プロテイン挨拶 ・登校中:つま先ダッシュ ・授業中:常時ドローイン(腹筋意識) ・放課後:1時間の筋肉プレゼン+筋トレ4時間 獅堂「筋肉は裏切らない。だが、裏切る筋肉には容赦なく追いダンベルだ」 蓮「ううっ……これ、いつまで……!? この学校、なんなの……!?」 弾「俺たちは、**“全国ボディービル高校選手権”を目指してる。**知らなかったのか?」 蓮「え、そんなのあるの!? てか俺そんなの出ないからな!!」 弾「……でも、お前、昨日よりフォーム良くなってたぞ」 蓮「へっ……?」 弾「三頭筋が、ちょっとだけ素直だった」 蓮「なにそれ……でも、ちょっと……うれしいじゃん……」 【第4話】仲間と汗と、筋肉と 最初は逃げ出したかった蓮だったが、次第に筋肉部の仲間たちに引き込まれていく。 体育でバテてた自分が、逆立ち腕立てに挑戦できるようになった。 文化祭でステージパフォーマンス「筋肉詩の朗読劇」を任され、観客から拍手をもらった。 何より、獅堂も弾も、筋肉バカだけど──熱くて、誠実で、ちゃんと自分を見てくれる仲間だった。 獅堂「蓮、筋肉には“見えない筋”がある。それが、信頼ってやつだ。」 蓮「……だったら、もう少し続けてみようかな、筋肉部」 【最終話】俺たちの筋繊維はまだ伸びる! 1年後、蓮は「全国高校ボディービル選手権」のステージに立っていた。 「ポーズ!!」 バァンッ!!! 蓮はまだマッチョじゃない。でも、一番大きな声援を受けた。 実況「なんということか……初心者から始めた彼が、こんなにも“魅せる筋肉”を……!」 蓮「俺……筋トレなんてやったことなかったけど……。こんな青春、想像もしてなかった!」 弾「筋肉はねぇ……嘘をつかないんだよ」 獅堂「お前はもう、立派な筋肉部だ。胸を張れ、大胸筋でな!!」 ──こうして、蓮の青春は始まったばかりだった。 筋肉で泣き、筋肉で笑い、筋肉で仲間と繋がる青春── 「俺たちの筋繊維は、まだ伸びる!!」
コウノトリは筋肉を運ぶか?
【第1章】赤ちゃんがやってきた 静かな郊外の一軒家。若夫婦・佐伯翔太と佐伯美優は、長年の不妊治療を経て、ついに「ある日」その日を迎えた。 夜明け前、ベランダの外から羽ばたく音がした。 ──バサァァアァァァァ……ッ!! 翔太「……お、おい、美優。ベランダに……鳥が……デカッ!?」 美優「え、え、え、え!? おくるみ!? 赤ちゃん!? えぇえええ!?!?」 玄関前に降り立っていたのは、神々しいほどに筋張ったコウノトリ。 赤ちゃんをおくるみに包んで、三角筋で支えていた。 おくるみの中から「ふぎゃあ」と泣く声。 二人は確信した──この子は、私たちの赤ちゃんだ。 名前は**「春翔(はると)」**に決まった。 【第2章】筋繊維の目覚め 最初は普通の赤ちゃんだった。 ミルクも飲むし、夜泣きもする。 だが、ある日── 翔太「……なぁ、美優。春翔、なんか肩が固くない?」 美優「えっ……これ、肩甲骨じゃないわよ!? なんかこう……バルク的な何かを感じる!」 次の日、春翔は四つん這いでプランクをキメていた。 美優「もしかして……筋肉……?」 翔太「あり得ない……でも見てみろ、赤ちゃん用ロンパースが裂けてる……!!」 春翔は、日々の成長とともに、目に見えて筋肉が肥大していった。 生後三ヶ月:腹筋がシックスパック 生後半年:哺乳瓶をハンマーカールで飲む 生後一歳:おしゃぶりをベンチプレス 【第3章】育児ノイローゼ with 筋肉 育児は過酷だった。 オムツを変えようとすれば、春翔はスクワットで回避。 寝かしつけようとすれば、爆音でポージングルーティンを始める。 翔太「俺たち、何を育ててるんだ……?」 美優「子どもよ……でも、人間の形してない日があるの」 そして、医者にも言われた。 医師「ご両親……これは“超筋性増殖症候群”です。珍しい症例でして、筋肉が感情の代わりに発達してしまうんです……」 翔太「つまり、感情を……筋肉で表現してる?」 医師「ええ。ですから、**筋肉の暴走が続けば、やがて“完全肉塊化”してしまう可能性が……」 美優「そんなの嫌……! 春翔は……私たちの、大切な息子なのに……!」 【第4章】君に伝わるように その日、春翔は泣いていた。声ではなく、大胸筋の震えで。 翔太は言った。 「……春翔、抱きしめてもいいか?」 春翔は一瞬、ビクッとした。その瞳に、わずかな涙。 美優もそっと隣に座る。「あなたはね……筋肉だけじゃないの。ちゃんと、心もあるのよ」 その瞬間──春翔の筋肉が、フワッと小さくなった。 翔太「わかった……! 心を込めて触れれば、筋肉が緩む!」 美優「筋肉は心を守る鎧。けど、愛情を信じれば、解ける!」 ──二人は、筋肉マッサージと愛情トークで春翔を包んだ。 まるで筋肉が、少しずつ“赤ちゃん”に戻っていくように。 【最終章】筋肉は心の声を伝える それから春翔は、言葉を話せない代わりに、筋肉で想いを伝える子になった。 「パパ、ありがとう」→上腕三頭筋のポーズ 「ママ、だいすき」→両肩をぴくぴくさせる感動ルーティン 翔太「もう驚かないさ。これが、春翔の個性だもんな」 美優「うん。どんな形でも、伝えようとする力があれば、親はわかるよ」 そして春翔は、いまも元気に育っている。 筋肉と、心をいっしょに。
ジューンブライド〜筋肉は裏切らないと誓いますか?〜
──マッスル・オブ・ラブ、バルク・オブ・ライフ── 1. プロポーズはベンチプレスの上で。 「結婚しよう、理沙ッ!」 轟 豪(とどろき ごう)は、ベンチプレスの最中に指輪を取り出した。 理沙は言った。「なんで今!?」 豪は答えた。「大胸筋が震えてる。これは“確信”の震えだ!」 理沙は、そんな豪のマッスル脳に呆れながらも──涙を流して笑った。 「……あんたらしいよ。筋肉バカ。」 2. 筋肉式場、開幕ッ!! 式は、ジムを丸ごと貸し切った“マッスルブライダル”。招待客は全員タンクトップ。 誓いの言葉は、「貴方の筋肉を愛し抜くことを誓いますか?」 神父(元ボディビル選手)が言う。 「豪、あなたは死が分かつまで彼女と共にスクワットを続けることを誓いますか?」 豪は言った。 「このハムストリングに、誓って──ッ!!」 3. 乱入。筋肉を信じきれなかった男。 「……俺は、裏切られたんだよ。筋肉に。」 現れたのは、豪のかつてのトレーニングパートナー、鋼田 鉄司(こうだ てつじ)。 「俺は大会前日にインフルでダウンして、筋肉は…何も守ってくれなかった……! 結婚? 愛? そんなの筋肉に意味あるのかよ……!」 彼の声には寂しさと絶望が混ざっていた。 豪は、ゆっくりと近づいた。そして、無言で彼にタオルを差し出す。 「……汗、拭けよ。」 その手のひらは、温かかった。 「筋肉は、裏切らない。……だけど、人間が筋肉を裏切ることはある。 だったらさ、俺は──裏切らないように、生きるだけだ。」 鉄司は、タオルを握りしめたまま……小さく、泣いた。 4. そして、筋肉は愛を結ぶ。 指輪の交換の代わりに、豪と理沙はお互いの手にリストラップを巻き合った。 それは誓い。絆を支える“補助具”としての愛。 豪「理沙、お前がいるから俺は鍛えられる。」 理沙「私も。……あなたの筋肉で、守られてるから。」 ──筋肉がある限り、2人は離れない。 【エピローグ】プロテインは、祝福の味。 披露宴の終盤。会場に「ザバス・ファウンテン」が設置された。 ココア味のプロテインが滝のように流れ、マッチョたちがカップを片手に叫ぶ。 「愛に乾杯!!」 「愛はフリーウェイトッ!!」 「これが俺たちのラブマッチョだあああ!!」 豪は理沙の肩を抱きながら、小さくつぶやいた。 「なあ、理沙……筋肉は、裏切らなかったよな」 理沙は笑った。 「……ううん。筋肉があったから、私と出会えたのよ。」 ──こうして、世界一アツいジューンブライドは、 今夜もパンプアップしながら幕を閉じた。 筋肉は裏切らないと誓いますか? ──Yes. Always.
異世界筋肉転生 ~目覚めよ、大胸筋!~
プロローグ:突然死んだ俺、筋肉で蘇る。 俺の名前は猪狩 剛志(いがり たけし)、27歳、職業・無職、趣味・筋トレ。 いや、筋トレだけはガチだった。ジムでスクワット500kgを目指し、プロテインを血液のように摂取し続けた男──だった。 でも、ある日。 レッグプレス中に脳卒中で爆散。 そのまま、死んだ。 ──と思ったら目の前に現れたのは、謎の全裸でギラギラした妖精だった。 「はじめまして!プロテインの妖精・ホエ郎です☆」 「黙れやあああ!!服を着ろおおおお!!」 第1話:ここが筋肉の支配する異世界「ムキリア」 ホエ郎の説明によると、ここは異世界「ムキリア」。 魔法も剣もあるが、最も強い力はただ一つ──筋肉。 筋肉の量で社会的地位が決まり、筋肉をぶつけて魔物を倒す世界。 ステータスは「筋肉指数(M.I.:Muscle Index)」で表される。 【初期ステータス】 • 名前:イガリ・タケシ • 種族:転生者 • 筋肉指数:38(ひ弱) • 特性:「筋繊維の記憶」(生前の筋肉経験を生かせる) ホエ郎「ちなみに、こっちの世界では**“モテる男=広背筋が美しい男”**だよ☆」 タケシ「最高かこの世界。」 第2話:筋肉の町でレベルアップ! 町に着いたタケシは、「筋肉の館(ジム)」で修行を始める。 師匠は異世界最強の筋肉魔法使い──**“マッスル・グラウンド”**。 彼は語る。 「筋肉とはな……語らずして語るものだッ!!」 「いや意味がわかんないです師匠!?」 この世界には**“筋魔法(マッスルマギア)”**が存在する。 • ベンチプレスを極めると→《鋼鉄胸壁(アイアンペクトラ)》発動 • デッドリフトを極めると→《地脈震脚(ジオ・ハムストリング)》発動 • プロテインを飲むと→MP(マッスルポイント)が回復 プロテイン妖精ホエ郎は、常に補給アイテムを投げてくれるサポート役。 「ホエイいっちょあがり☆」の掛け声とともに、ラズベリー味のプロテインをぶちまける。 第3話:冒険者ギルドと「筋肉検量」 冒険者ギルドに登録しようとしたタケシ。 受付嬢「まずは筋肉測定をしてもらいます」 タケシ「マジか」 ギルドには「脱衣審査室」があり、全員が脱いで筋肉の造形美を見せてからランク付けされる。 Aランク:筋繊維のバランスが神 Bランク:二の腕に夢がある Cランク:努力枠 Dランク:鶏ガラ タケシはこの世界での修行と、プロテインの力により…… 受付嬢「き、筋肉指数《M.I.:870》!?……Sランクですッ!!」 周囲「うおおおおおおお!!!」 筋肉が、地位になる瞬間だった。 第4話:筋魔王と「筋肉審判(ジャッジ・マッスル)」 タケシが名を上げるにつれ、世界の混乱が浮き彫りに。 この世界には、筋肉を「魔改造」した異形の存在、**筋魔王(マッスルロード)**がいた。 彼は「合成筋肉」を使い、自らの身体を48層構造の異常筋肉に変貌させた存在。 「貴様の筋肉、理に適っているか──“筋肉審判(ジャッジ・マッスル)”で量ってやろう」 タケシ「俺の筋肉はなァ……努力と愛と鶏胸肉でできてんだよ!!」 《必殺技:筋爆昇天拳(マッスル・バースト・スカイパンチ)》発動!! 地が裂け、空が割れるほどの大胸筋の波動が放たれる。 ──勝敗は、筋肉密度で決まった。 エピローグ:筋肉は、裏切らない。 「タケシ様!英雄です!」 「あなたの僧帽筋に、未来が見えました!」 女性たちに囲まれながらも、タケシは静かに言った。 「……俺は、まだ上腕二頭筋に納得してない」 ホエ郎「筋肉バカにもほどがある☆」 筋肉があれば、転生しても怖くない。 この物語は、筋繊維に導かれし男の──第二の人生の物語である。
筋肉なんかいらない、って言ったら殴られた。
1話:出会いはバーベルの横 あの日、私は人生に絶望していた。 「男なんて、結局みんな中身より顔なんでしょ……?」 暗い部屋でSNSにそう書き込んでから、涙袋のラメを盛る手を止めた私は、 ふとスマホの広告に目を止めた。 ──「その涙、筋肉で拭け!女性専用ジム『鉄娘(アイアンガール)』!」 バカにしてんのか?と思った。 けど、なんかもう色々疲れてて。 とりあえず、無料体験だけ行ってみることにした。 で。 来た瞬間、目に入ったのが── 「そこのナヨナヨメンヘラ、スクワット10回やれやああああ!!」 だった。 誰!?怖!! 鬼の形相でスクワットしてる身長180cm・肩幅ドアサイズ・二の腕太ももサイズの脳筋女が、私を睨んでいた。 「は?なにその細さ。風邪ひく前にベンチプレス乗せろ」 「えっ!?初対面で胸の話しないでよ!!」 「は?胸じゃねーし、プレートの話だし。うっせえ、ほら持て!!」 地獄のような初対面だった。 2話:メンヘラ vs 筋肉 名前はユウキ。 本名は「筋肉優樹(きんにく ゆうき)」。もちろん嘘だ。 ジムに通う女子たちからは「ユウ姉」と呼ばれ慕われていた。 女子トイレでプロテインをシェイクする音がすると思えば、大抵彼女だ。 一方の私はめるめる。 SNSでは10万人フォロワー、リアルはボロアパート住みメンヘラ。 「なんで筋トレなんてするの?」 「そこに鉄があるからだよ」 「ねぇ、恋とかしたことある?」 「筋肉以外に裏切られたことしかない」 会話にならない。 けどなぜか──気になる。 3話:最強の友情、始まる(かも) ある日、ジムを出たあと、私がいつものようにコンビニ前で泣いていたら、ユウキが近寄ってきた。 「……また男か?」 「うん……マッチングアプリで知り合った医者、彼女いた……」 「……」 「ねぇ、私、なんで生きてんのかな……」 「…………」 彼女は、無言で自分のシャカシャカウェアを脱いだ。 「え……なに、なんで脱ぐの?」 そして──私の肩に、がっしりと乗せてきた。 「背中貸すから泣け。あと二の腕も貸す。泣き疲れたら、ベンチプレスやれ」 なにそれ優しすぎる。 怖い。いや優しい。いや怖い。 でも、そこで私は気づいた。 この人、筋肉で人生全部受け止めてんだ……。 4話:ジムバカと地雷女の、どうしようもない友情 私の部屋に来たユウキは、勝手に冷蔵庫の中のスイーツをプロテインにすり替えた。 私のTシャツを勝手に「加圧シャツ」に変えた。 私が「もうだめ、男に会ってくる」と言ったら、壁ドンしてこう言った。 「お前が付き合うのはクズ男じゃない。腹筋だ」 誰!?精神科医なの!? でも……そのうち、SNSに投稿するよりも、 彼女と笑ってプロテイン飲む時間の方が、好きになっていた。 5話:今では一緒に笑ってる 「めるめる、来月のジム女子選手権、出よう」 「は!?無理!私の武器は涙袋でしょ!?」 「いいや、もうお前の武器は──大胸筋だ」 「やだそれ!バズりそうだけどやだぁああ!!」 「フォロワーより、フォーム確認しろやァア!」 「うるさーーーい!!でもありがとう!!だいすきーー!!」 ──恋なんてしなくても、 世界には一緒に泣いて、一緒に笑ってくれる、最強の女友達がいる。 筋肉とメンヘラは、水と油かもしれない。 でも──バーベルの上なら、意外といいコンビになるのだ。
推しと汗だくトレーニング!? 〜ダンベルよりも恋が重い〜
部屋の中に、昼と夜の区別はない。 遮光カーテンを通してわずかに差し込む陽の光に、ヒグラシの鳴き声が重なった。 「……ああ、今日も最高だった……」 PCの前、体型に見合わぬ小さな椅子に沈み込むのは、引きこもりニート歴3年目の俺。 その手には、終わったばかりの配信のアーカイブコメント欄が表示されている。 画面の中で笑っていたのは、Vチューバー『なつめちゃん』。 穏やかな声、ふわっとした話し方、たまに見せる毒舌、そして何より──ゲームがうまい。 「なつめちゃんが……今日も生きててくれた……」 脈絡のない感想を呟きながら、俺はいつものようにコメントをスクロールしていた。 すると── 「この前の公園、◯◯町の桜ヶ丘公園でしょ? 映ってた看板でバレたwww」 ──え? 思わず背筋が伸びた。 ◯◯町……ここから自転車で5分の距離だ。 つまり、なつめちゃんは、俺の、近くに──? 心臓が跳ねた。 いや、待て、偶然かもしれない。でも、もし本当だったら? もし、どこかですれ違ったことがあったとしたら? でも、こんな俺が……。 画面に映る、自分の姿。 腹の下に腹があると言ってもいい。汗ばみ、たるみきった体。 Tシャツは何年も前に買ったゲームのイベント物で、うっすらと背中にカレーの染み。 「……変わりたい……なつめちゃんに……会いたい……!」 その日から、俺はジムに通い始めた。 ジムの自動ドアが開くと、爽やかな音楽とともに、視界の奥に入ってきたのは── 「はい! おはようございます! 初めての方ですか?」 笑顔。 爽やかさの暴力。 そして── 筋肉。 無駄のない三角筋。盛り上がる上腕二頭筋。高く、正しい位置に収まった肩甲骨。 「えっと……初回体験……で……」 「はいっ! ではカウンセリングからご案内しますね!」 彼女の名は、夏目(なつめ)トレーナー。 偶然だろうか? その名前、どこかで──。 違う、そんなはずはない。 目の前の彼女は、あの柔らかく喋るVチューバーとは真逆。日焼けしてて、動きに無駄がなくて、パワフルで……。 「はいっ、じゃあ目標体重とかありますか?」 「……あの、30kgくらい、落としたくて……」 「30kg!? なかなかの……すごい目標ですね、燃えてきました!」 ガシッと肩に手を置かれた瞬間、ビリビリと電流が走った。 いや、電流ではなく、筋肉の密度だ。 こんな世界があったのか。 トレーニングは地獄だった。 足はガクガク、汗は止まらず、息は上がる。 でも、夏目トレーナーは、決して笑わなかった。 「いいですよ、そのフォーム! 最初はみんなそうです!」 「あと5回いけます! あと1回で、未来が変わる!」 自分が変われる気がした。 毎日、少しずつ── 何かが変わっていった。 そんなある日。 トレーニング後に、何気なく彼女が言った。 「私も、配信してるんですよ」 「えっ……?」 「ゲームが好きで、たまにVチューバーっぽいことしてて。顔は出してないですけど」 「……まさか、名前って……」 「“なつめ”っていいます。漢字は、夏の目って書いて」 全身から冷や汗が噴き出した。 「そ、そ、そんな偶然って……」 「……あの、もしかして……見てくれてた?」 あの声。 普段のトレーナー口調ではない、柔らかな、ちょっと恥ずかしそうな、あの“なつめちゃん”の声。 「……ずっと、見てました。毎日、あなたが生きてるって、それだけで……救われてたんです」 そう言った俺に、彼女はちょっとだけ、頬を染めた。 「うれしいです。……まさか、こんなふうに出会えるなんて、ね」 それからも、トレーニングは続く。 汗まみれになって、限界を越えて、何度も倒れた。 でも、傍にはいつも彼女がいてくれた。 「あと5回いきましょう。……一緒に、未来を変えましょう!」 そう言って、彼女がくれたプロテインは、やけに甘かった。 まるで、初恋みたいに──。 それからの日々は、まるで夢の中みたいだった。 朝、目が覚めると、筋肉痛と並んで「今日もなつめトレーナーに会える」という実感が胸を満たしていた。 「──今日はデッドリフト、初挑戦ですね!」 「はいっ……! なつめトレーナーの言葉を信じて……!」 「よく言った!!じゃあまずは軽めの40kgから行ってみましょう!」 そうして、俺の背中に手を添え、腰の角度を調整してくれる彼女の手。 トレーニングはキツい。だが、嬉しい。むしろ報酬。 鏡越しに目が合うたび、どこか恥ずかしそうに目をそらすようになったなつめトレーナー。 ふとした瞬間、タオルで額の汗をぬぐってくれる指先。 プロテインを差し出すときの、さりげない優しさ。 筋肉だけじゃない。 俺は、人として、生きてる感じがしていた。 ある日。 トレーニング後に、彼女がぽつりと呟いた。 「ねぇ……もし、私が……本当に“なつめちゃん”だったら、どうする?」 「え……いや、それはもう……知ってます」 「うん……やっぱり、そうだよね。気づいてたよね……」 ちょっとだけ、寂しそうに笑った彼女に、俺は言った。 「でも……どっちの“なつめ”も好きです。 画面の中でも、現実でも、あなたは俺を救ってくれた。 俺が変わろうと思えたのは、なつめちゃんのおかげなんです」 なつめは、しばらく黙って、それから、ちょっとだけ目を潤ませて── 「ずるいなぁ、そういうの……筋肉のことしか話さないかと思ってたのに」 ──と言って、笑った。 「じゃあ……一緒に、頑張ろっか。 夢も、トレーニングも、恋も──全部まとめてさ」 そして、三ヶ月後。 かつての俺では考えられないことが起きていた。 体重は15kg減。立派な成果。 そして何より、鏡に映るのは──笑っている俺自身だった。 なつめと一緒にランニングする朝。 スーパーでサラダチキンを選びながら、味の好みで言い合いになる夕方。 そして、筋トレ終わりの夜。ベンチの上、二人で飲むプロテインの時間。 「ねえ、これからもずっと、こうしていたいな」 なつめが呟いたとき、俺はもう一切、過去の自分を振り返らなくなっていた。 夕焼けのジムの屋上。 二人で筋トレ後のストレッチをしている時。 「……君が来てから、ジムの空気が少し柔らかくなった気がする」 「えっ……それ、筋肉的には……?」 「筋肉じゃなくて、私の心の話」 なつめは、少し照れながら言った。 「……今のあんた、好きだよ。 でも、もっと好きになっていけそう。 だって、まだ伸びしろ……いっぱいあるもんね?」 トレーナーらしく、筋肉と恋心を混ぜたような告白だった。 俺は、震えながら、そっと手を伸ばした。 なつめの、汗に濡れた手を、しっかりと握る。 「──まだまだ、育てます。筋肉も、恋も」 「いい返事。よーし、まずは腹筋20回いこうか!」 「えっ、今この流れで!?!?」 「恋愛も、筋肉も、続けてこそ価値があるんだよ〜?」 そう言って、彼女は豪快に笑った。 空は茜色。 未来は重い。けれど── ダンベルより、恋のほうが、もっと重いんだ。
筋肉に恋は不要……だったはずなのに!
【登場人物】 • 轟木 鉄子(とどろき・てつこ)/18歳/172cm・75kg/体脂肪率12% • 全国女子パワーリフティング選手権・高校部門優勝。 男子より強いと有名で、気が強くて豪快、口調もサバサバ。「恋愛? 筋トレの邪魔になるだけだし」と豪語するが、内心はちょっと乙女。 • 好きな言葉は「スクワットは裏切らない」。夢は「世界一強い女」。 • 斑目 轟(まだらめ・ごう)/18歳/180cm・85kg/体脂肪率6% • 筋肉との対話を何より大切にする、筋トレ界の孤高の求道者。「筋肉は神」「恋愛は無駄なカロリー」と断言するストイック男。 • 他人には無関心だが、鉄子のフォームだけはやたら凝視して修正してくる。 【第一章】ジムで出会った天敵(好敵手) トレーニングジムのバーベルエリアにて── 「……ちょっと、そこ、あたしのルーティンの順番なんだけど」 「……筋肉は順番を待たない」 「は? なに言ってんの、ちょっと譲ってよ筋肉バカ!」 「筋肉にバカはいない。賢者だ」 初対面にして火花を散らす二人。だが、互いのデッドリフトフォームを見たとき── 「(完璧なフォーム……いや、ほんの0.1度、膝の角度が甘い)」 「(くっ……脚の張り……呼吸の使い方……コイツ、只者じゃない……!)」 筋肉同士が互いを認め、心は戦闘モードに。 【第二章】勝負、それは恋の始まり 体育祭。一般競技の「人間騎馬戦」でなぜか同じ騎馬になる鉄子と轟。 「おい、潰れんなよ」 「アンタの太ももで私が潰れるわけないでしょ」 「ほう、言ったな。じゃあ加重するぞ。乗れ」 結果、轟を背負った鉄子は3騎撃破の快挙。 「……お前、俺の筋肉に似てる」 「どっちかっていうと、アンタの筋肉が私に似てんのよ!」 その後、トレーニングパートナーになることに。バチバチやり合いながら、筋肉を通じて絆が育つ二人。 でも、鉄子の心には違うドキドキが芽生え始める。 「なんでだろう……轟といると、胸筋の上あたりがムズムズする」 「これは……筋肉痛?」 【第三章】筋肉に裏切られた日 ある日、ジムでトレーナーの女子が轟に言い寄る。 「斑目くんって、無口だけど優しいよね」 「……筋肉に集中してくれ」 だが、それを見た鉄子がなぜかモヤモヤ。 「ちょっと……なんであたしがムカついてんの? 別に轟なんて……ただの筋肉バカで……」 「(なんでお前の筋肉じゃないやつが、お前の腕を触ってんだよ……)」 気づいてしまった。これは恋。 一方、轟も── 「俺は筋肉としか対話しないはずだった。だが……」 「お前の声は、俺の筋繊維の奥まで響くんだよ……轟木鉄子」 【最終章】最強のフォーム、それは告白 筋トレ部の卒業試合、種目はタッグベンチプレス(!?) 互いに補助しながら記録を狙うペア競技に、鉄子と轟が出場。 「支えるぞ、轟!」 「お前の筋肉を信じてる」 記録達成後、観客が湧くなか、轟が言う。 「轟木……お前に言いたいことがある」 「……なに? もうスクワットの角度の指摘なら聞かないよ」 「違う。俺は……お前の筋肉と、心臓の動きに……惚れた」 「……筋肉に惚れるとか、アンタって本当にバカね」 「でも、私もそのバカさが……ちょっと好きよ」 【エピローグ】 いまだに二人はジムで喧嘩してる。でも、プロテインの味はいつも同じ。 「筋肉は裏切らない。でも……人は、恋に落ちるんだよ」 そんな二人が一緒に歩く背中は、誰よりも広くて頼もしい──。 「筋肉に恋は不要……だったはずなのに!」 (完)
恋は重量オーバーでも落ちるもの。
【登場人物】 • 白浜 ましろ(しらはま・ましろ)/16歳/150cm・100kg あだ名は“ぷよ子”。おっとり天然で、食べるの大好き。自分の体型には少しだけコンプレックスがあるけれど、明るく前向き。人生で初めて恋をした──その相手は、筋肉の神のような高校生ボディービルダーだった。 • 赤坂 剛志(あかさか・つよし)/17歳/181cm・98kg(体脂肪率5%) 生徒会長であり、部活は筋トレ部。ボディービル大会優勝経験あり。誰にでも優しく礼儀正しいが、筋肉以外には興味がないと噂される“鉄の男”。だが彼の前に、予想外の“柔らかい衝撃”が訪れる──。 【プロローグ】 夏の始まり。 制服のシャツが張り裂けそうな巨漢ボディービルダー・赤坂剛志の前に、転がるように現れたのは、校庭で盛大にこけたまんまる女子だった。 「ふにゃああああああっっ!? お、お弁当がァァァァ!!」 その日、転んでぶちまけたましろの唐揚げ弁当を、剛志は無言で拾って差し出した。 「……唐揚げ、美味そうだな。作ったのか?」 「うんっ! 朝の4時から!」 その笑顔に、剛志は胸を撃ち抜かれた。 「(なんだこの…柔らかさ……柔軟性……脂肪か!? これは脂肪なのか!? なのに……可愛い……!?)」 初めて筋肉以外のことで心がざわついた剛志。 ──恋と筋トレの、異種格闘技が始まった。 【第一章】脂肪は正義か悪か 次の日から、ましろは剛志の筋トレ部に突撃入部する。 「好きな人の近くにいたくて入部するって……だめかな?」 「……筋肉は裏切らない。だが、気持ちも大事にしろ」 入部許可が下りたその日から、ましろは日々のトレーニングをはじめた。 だけど── 「む、無理……ケトルベルが……カボチャにしか見えない……」 「食べるな。投げろ」 涙ぐみながらも頑張るましろに、剛志のまなざしが変わっていく。 「……人間、脂肪が多いほど、落としたときの美しさも際立つ。ましろ、君は……美しくなれると思う」 「ううん、私、変わらなくても好きでいてくれる人がいたらって思ってたけど……剛志くんの言葉で、ちょっと変わりたくなった……かも」 【第二章】デートとダンベル ある日、トレーニングのご褒美にましろが剛志をデートに誘った。 「うちの近くのパンケーキ屋さん……一緒に行ってくれない?」 筋肉馬鹿の剛志が、糖質の聖地に足を踏み入れた奇跡の午後。 「こんなに……フワフワなものが存在するなんて……」 「ふふ、これが私の得意技なの! 柔らかいの!」 「(……筋肉と正反対なのに……なんて癒される存在なんだ)」 (脂肪、恐るべし……) その日の帰り道、剛志は小さく呟いた。 「ましろ……俺、君を抱きしめたくなったら、どうすればいいんだろう」 「え……えっ……!? し、脂肪が……潰れちゃうかもっ……」 「そのときは、筋肉で包む」 ましろの心拍数はベンチプレス200キロを超えた。 【第三章】大会と告白 ましろは少しずつ痩せてきた。体重は減っても、笑顔の柔らかさは変わらない。 「剛志くん、応援してるね。ボディービルの大会、優勝して!」 「お前が見てくれるなら、絶対に勝つ」 大会当日。剛志は完璧なコンディションでステージに立つ。 だが、彼の最後のポーズは── 「このポージングは、ましろに捧げる!!」 フィナーレで彼が放ったのは、“ぷよぷよポーズ”。 腕をお腹にあて、柔らかさを誇示する謎のムーブ。会場がどよめく中、ましろは泣きながら叫んだ。 「ばかぁぁぁ! なんでそんなポーズをぉぉ!」 「お前の柔らかさが、俺を変えたんだッ!」 【エピローグ】愛は脂肪も筋肉も超える 「ねえ、剛志くん」 「なんだ?」 「私、まだまだぷよぷよだけど……それでも、恋してもいい?」 「……ましろ、お前の脂肪は誇りだ。そして、その脂肪を守るための筋肉なら、俺が何トンでもつけてやる」 ぷにぷにとムキムキ。 真逆のふたりが手をつなぎ、今日も一緒にジムに通う。 恋は体重じゃない。筋肉でもない。 一緒に前を向いてくれる人がいれば、それが青春だ。 ──恋は重量オーバーでも、落ちるもの。 (完)
マッスル仙人伝〜筋骨の章〜
【登場人物紹介】 • 鉄脈 筋仙(てつみゃく・きんせん) 元・“肉山一派”総師。現在は隠居中。年齢不詳(推定80歳以上)。山奥の庵で静かに筋肉と共に老後を過ごす。全盛期には「ベンチプレスで山を持ち上げた男」と呼ばれていた。 • ビルド・ガイ(16) 筋仙の弟子その1。典型的脳筋バカ。常に叫んでる。語彙は「パワー!」「超回復!」など。 • プロテ・ユウ(17) 筋仙の弟子その2。ちょっと賢いが筋肉バカ。語彙は「タンパク質…神」「ストレッチ最強」など。 • シュレッド・仁(じん)(15) 一番年下。礼儀正しいが語彙は「アナボリック…」「低GI…」「追い込み…」など。 【序章】筋仙、隠居中 筋仙は今日も静かに、薪でプロテインを沸かしていた。 山の空気は冷たく、清らかで、どこかダンベルのような硬さがある。 「……ふ、いい湯だ。肩甲骨が開く……」 筋仙は湯気の立つバーベル風呂に沈みながら、かつての戦いを思い返していた。 爆裂筋党との三日三晩のスクワット対決。鬼のような大胸筋で雨を防いだ日々── そのとき、山の向こうから爆音が響いた。 「グアアアアアッ!! パワーッ!!」 「オーバーロードきたぁぁぁ!!」 「カタボリック危機ィィィ!!」 地鳴りとともに飛び込んできたのは、筋仙の三人の弟子たちである。 「……また崖を走って登ったのか、ビルド・ガイ」 「押忍!! 今日もトレーニング三万セット完了ッス!」 「鉄仙師匠、脚が……脚が……脚がハムだらけに……ッ!」 「ストレッチ!!!(訳:こんにちは)」 筋仙は静かにプロテイン茶をすすった。 「どうした、また筋敵(きんてき)が現れたのか?」 弟子たちがガバッと起き上がる。 「はいッ!! 東の山から……あの奴が……!」 「……奴?」 「脂肪拳の使い手──“バルク太尊”です!!」 筋仙は目を細めた。 その名は忘れようにも忘れられない──かつて脂肪と筋肉の融合を目指し、敗れ、堕ちた男。 「ふむ。太尊か……もうそんな頃かの……弟子たちよ、覚悟はできているな?」 「筋力は礼儀ィィィ!!」 「ケトジェニックは魂ィィィ!!」 「筋トレは愛ィィィィィ!!!」 筋仙は静かに立ち上がった。背後の山が崩れた。 「よかろう。儂もひさびさに──パンプアップするか」 【中章】バルク太尊、襲来 その日、山は揺れた。 圧倒的質量と重力で、空気すら沈んでいた。 「ぐははははッ! 脂肪の深さを知らぬ愚か者どもよ!」 巨大な腹、弾ける脂肪、全身をオイルでコーティングした暴虐の塊。 それが、かつて筋仙と同門だった“バルク太尊”。 「筋仙ァァァ!!! 出てこいィィ!!! この脂肪で全てを包み込んでやるッ!!」 弟子たちが立ち塞がる。 「師匠は、今パンプアップ中だッ!」 「タンパク質の前に、貴様を潰すッ!」 「……コンセントリックッ!(謎の気合)」 ビルド・ガイが吠えると、バックダブルバイセプスからのドロップキック。 ユウが素早くプロテインシェイクスラッシュで援護。 仁が「低GI」と呟きながらフルスクワット連撃を叩き込む。 しかし── 「ぐはははッ! その程度の筋肉では、ワシの脂肪には届かぬッ!!」 弟子三人、脂肪バリアに弾かれ、地面に叩きつけられる。 「ぐぅ……筋力が足りないッ……」 そのとき。 「──筋は、裏切らん」 山の向こうから、白い髭と無駄のない広背筋が現れた。 筋仙、完全覚醒。 【終章】師弟・最終筋戦 「太尊……もう終わりにしようぞ」 「筋仙……! お前もわかるはずだッ! 脂肪こそが、あたたかい! 脂肪こそが、包み込む! 筋肉は硬い! 愛がないッ!」 「……黙れ、太尊。筋は、己を支える柱。脂肪はただの枕じゃ」 「ふんッ! ならば、勝負だァァァァァ!!」 激突する二人。 脂肪渦VS超筋紋。 拳と拳がぶつかるたび、空気が割れ、木々が燃える。 弟子たちは祈るように見守った。 「師匠……!」 そして── 「奥義ッ!! 大胸筋天地崩しィィィ!!」 筋仙の胸筋が文字通り地平を割った。 その衝撃で、太尊の脂肪が砕け、悲鳴とともに彼は山の彼方へ吹き飛ばされた。 静寂。 「……終わった……のか?」 筋仙はうなずく。 「うむ。さて、プロテインの時間じゃ」 【エピローグ】それぞれの筋日 その日から、弟子たちは一層鍛錬に励んだ。 ビルド・ガイは叫ぶだけで敵を吹き飛ばす肺筋の達人に。 プロテ・ユウは学術的に正しい筋肉理論を布教する博士筋に。 シュレッド・仁は黙々とひとを泣かせるストイック筋肉アーティストとして活躍している。 そして筋仙は、今日も庵で言った。 「筋肉とは……日々の小さな積み重ねよ。ふぅ……」 パァン(胸筋が拍手) 終わり。
マッスル忍者・爆炎の段
闇夜、漆黒の山中を、一筋の巨影が駆ける。 草木が唸る。岩が軋む。猿が逃げ、鹿が平伏す。 山を割るほどの太腿。雷鳴のような息遣い。額に巻かれた鉢巻きが、筋肉の隆起に破れかけていた。 「任務、完遂まで──あと七万歩!」 叫ぶその男の名は── 爆炎 忍丸(ばくえん しのびまる)、身長二メートル十二、体重百四十五キロ。 かつて忍の道に筋肉を取り入れた異端の流派「肉隠れの里」出身の、最強にして最重量の忍者である。 今宵、忍丸の任務は「機密文書を持ち去った敵忍者“霞の童子”を追跡し、文書を奪還する」こと。ただそれだけ。 ──ただそれだけ、のはずだった。 「来たな、肉塊。」 朽ちた社の中で、白装束の青年がふりかえる。霞の童子、軽やかなる身のこなし。身長158cm、体重45kg、全身を無音で移動させる忍びの鏡。 「童子…その機密文書、返してもらうぜェ……」 忍丸はぐぐっと右腕を掲げると、上腕二頭筋が“爆ぜた”。 BOOOM! 周囲の空気が一瞬歪み、社の柱が一本折れる。 「無駄だ。お前のような質量に、俺は捕まらない」 「捕まえる? ちげェな……」 忍丸は、全力で地面を殴った。 「捕まえるんじゃねェ……ッ 潰すんだよォ!!!!」 ドゴォン!!!! 爆風。地割れ。社が消し飛び、木々が爆発的に散る。 童子は反射的に身をひるがえし、舞うように空中で三度回転し、枯葉一枚に乗って風に乗った。 「ふははは、俺に追いつけるものか!」 「追う必要はねェ……オレが飛ぶ!!!」 忍丸、空を跳んだ。 筋力跳躍・奥義【肉翔(にくとび)】── 己の大腿筋力を限界まで練り上げ、地面を「拒否」する跳躍術である。 「!?」 童子の顔が初めてこわばる。彼の得意技はすり抜け、回避、そして高速逃走。 しかし今、追ってくるのは巨大な、質量を持った災厄。 “空から来る肉”。 「くそッ、じゃあこっちも……」 童子は素早く印を組んだ。 「風遁・風鎌嵐(ふうれんらん)!」 巻き起こる竜巻が、幾本もの風の刃を生む。空中にいる忍丸には避けようがない。 が── 「ならこっちも……奥義だッ!!」 筋遁・胸板大盾(きょういたいたて)!!!! 忍丸は己の胸筋を爆発的に収縮させ、胸筋を“縦に”開いた。 風の刃が──割れた。 童子「う、嘘だ……! 風を裂いた……胸筋で……!?」 「胸筋は、刃も通さねェ──!」 そして落下しながらの一撃。** 「奥義・筋拳衝裂波(きんけんしょうれつは)!!!!」 拳が振るわれると同時に、大気が震え、筋力だけで発生した衝撃波が童子を地面へと打ちつけた。 ドガァァァァァン!!!!!!!! 土煙が上がる。森が沈黙する。 ……やがて、風に吹かれて舞い落ちる一枚の紙。それが、奪われた機密文書だった。 忍丸は拾い上げ、手の甲で汗をぬぐった。 「……まァ、今日のプロテインは、2倍だな」 そうつぶやくと、忍丸は山の闇へと、再び筋力で跳躍して消えていった。 〜エピローグ〜 「肉隠れの里」にて。 里長「ふむ……今回の任務、忍丸がまた社を更地にしたか」 副長「ええ、地図から神社が消えました……それと、彼の体脂肪率が0.2%ほど下がっております」 里長「……まぁ、よい。彼は“肉”そのもの。誰も止められぬ」 「次の任務は、城の潜入だ」 副長「は。対象は、四方八方を水堀に囲まれた堅牢な城郭です」 「……泳げない忍丸に、どう命じますか?」 里長はただ一言── 「泳がせるな。“走らせろ”」 終わり。