AIS

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AIS

不定期投稿者です。単発系が多いと思います。

オレンジサイダー

 九月中旬、夕方四時。黒髪の少年が、人気の少ない電車内で、窓の外を見ながら揺られていた。少年の目には生気がなく、着ているパーカーもだらしなくずり落ちている。 「次は、海豚波止場前、海豚波止場前、砂原方面へは、こちらでお乗り換えです」 無機質なアナウンスが響く。少年は変わらず外を見つめている。ふと、何かに反応するように、小さく呟いた。 「あ……海」 彼の目には、オレンジ色に染まる海が見えた。それに惹かれるように、彼は電車を降りる準備を始めた。 「海豚波止場前、海豚波止場前、お出口は、右側です」 少年は足早に電車を降りると、躊躇うことなく駅の外へ出た。  潮風が吹く。少し肌寒く感じるような風だが、少年はなんとも思っていない。「全部、サイダーならいいのになぁ」 そんなことを呟き、靴も脱がずに、海へと足を踏み入れる。すぐ近くにあった遊泳禁止の看板は、見なかったふりをして。 (気持ちいい……このまま、ここで……) バシャンと音を立てて、少年はオレンジ色の海へと沈んでいった。 「……あれ」 少年が目を覚ますと、日が先ほどより傾いていて、もうそろそろ夜という頃になっていた。 「あ! 起きた!」 近くにいた少女が、少年を見て言う。 「パール、水持ってきたよ」 「タオルもね」 「帆立ちゃん! 海星くん! ありがとう!」 もう二人、背の高い少年と少女もやってきた。どうやら、三人は一緒に行動していたらしい。背の高い少年は、焦茶色の髪を風で揺らしながら、少年の方に向かってしゃがみ込んだ。 「やあ、気分はどうだい?」 「よくわからない……でも、悪くはない」 「そうかい、それはなにより。自己紹介をしようか。僕は砂原海星。多分、君と同い年だね。よろしく」 「よ、よろしく?」 海星と名乗った少年は、黄色い目を細めて微笑むと、一旦下がった。 「私は小波帆立。水泳選手」 麦わら帽子に赤い水着とTシャツをきた少女が、少し苛立ちながら名乗った。緑色の瞳から、その苛立ち度合いがわかる。 「あたしはパール・モーガン! 帆立ちゃんが君を助けてくれたんだよ!」 銀髪を二つのお団子に纏めた白ワンピの少女が名乗る。帆立と名乗った少女とは対照的に、彼女は穏やかな笑みを浮かべている。 「で、あんたは?」 サーモンピンクのポニーテールを揺らしながら、帆立が問う。 「ぼくは、月詠海月」 「海月、なんで海に入ったの? 遊泳禁止が見えなかった? そうでなくても、服を着たままは危ないんだけど?」 心配ゆえの怒り、と言うのがすぐにわかる。帆立は若干声を荒げて海月に問う。海月はこてんと首を傾げながら言った。「わからない……喉乾いてたのかなぁ」 「あんたねぇ……」 「まあまあ、水ならあるから」 海星が、海月に水を手渡した。 「ありがとう」 海月は本当に喉が渇いていたらしく、水をガブガブ一気飲みして、あっという間にペットボトルを空にしてしまった。 「あ、ごめん……」 「いいよ。それより、本当に喉が渇いていたんだね」 「ん……いつもサイダーばっか飲んでるからかな……」 「サイダー?サイダーが好きなの?」 パールが食い付く。海月はうんと頷きながら答える。 「うん。オレンジサイダーが好き。シュワシュワしてて、美味しいから」 「そっか! サイダー美味しいよね!」 「うん。もしかしたら、海がオレンジサイダーに見えたのかなぁ」 「ちょっと、こっちは真剣に……はあ、いいや」 帆立は呆れたように、二人を見つめた。そして、海月に別の質問をした。 「ねぇ、そもそもだけど、なんであんたはここに来たの? ここには海しかないのに」 「ん〜……海が見えたから?」 「それだけ? 何か別の理由があるんじゃない?」 「別の理由……」 「他に誰がいるわけでもないし、目の前で自殺未遂起こされたからには、喋ってもらいたいんだけど」 海月は少し考えてから、帆立の質問に答えた。 「……ごめん、やっぱりよくわからない。でも、疲れてたのかもしれない」 「疲れてた?」 「うん。だって、家にいたらお母さんは勉強しろってうるさいし、お父さんと毎日のように喧嘩するし、学校も、全く楽しくないから」 「学校が楽しくないっていうのは、その、いじめに遭っている……とかってことかい?」 海星が恐る恐る問うと、海月は首を横に振って答えた。 「ううん。なんて言えばいいかな……ゴミに集るハエ?」 「ハ、ハエ?」 「クラスメイトを良く思っていないのは確かね。先生は?」 「さあ……影薄いから知らない」 「凄いバッサリ切り捨てるじゃん」 海月の、仮にも自分の担任であろう先生への塩対応に、帆立たちは困惑したが、海月はお構いなしに話を進める。 「今日、本当は塾だったんだ。でも、なんでかわからないけど、足が動かなかったんだ。それで、六駅ぐらい乗り過ごしたのかな。外をぼーっと見てたら、海が見えて、そこでやっと、足が動いたんだ」 海月は淡々と語る。海星は海月の話を聞いて、どこか納得したように言った。 「無意識に遠くに行こうとしたんだね」 「そんなことある?」 「あるんじゃないかな。心の防衛機能が働いて、その場から遠ざけるって……なくはないと思うよ。幼児退行なんて現象があるくらいだからね」 「ああ、言われてみれば、本人が理由をちゃんとわかってないのも、本能的なものだったと言えば、辻褄が合うし」 「余程酷い環境で育ったんだろうね」 「でなきゃこんな死んだ目しないだろうしね」 帆立は海月の目を見て言った。海月はキョトンとしている。 「ねえねえ、せっかくきたなら、楽しいことしようよ! 今から一緒に遊ぼ?」 パールが海月を誘う。返答は……。 「嫌だ」 即答のNoだった。 「えぇ!? どうして? 会ったばっかりだから?」 悲しそうな顔をしながら、パールは問う。海月は首を横に振りながら答えた。 「違う……もうすぐ、夜になるから」 「帰らなきゃってこと?」 「それも違う……ぼくが、夜が嫌いなだけ」 「夜が嫌い?」 海星の反響に、海月はうんと頷く。 「うん。夜というか、星が嫌い……」 「星? どうして、星が嫌いなんだい?」 「星って、どこを向いても見えるでしょ? だから、ずっと誰かに見られてるみたいな、そんな気分になるから、嫌」 海月の返答から、帆立が別の疑問をぶつける。 「人の目が怖いってこと?」 「うん。みんな、媚びるような顔して寄ってくるから、嫌い……」 「媚びる……なんか、そういう家柄とか?」 「うん。お父さんが、社長さんなんだ」 「ああ、なるほど……」 帆立は海月の反応に納得するように、声を漏らした。すると、今度はパールが反応した。 「そっか……あたしと一緒だね」 「一緒……ってことは、君も?」 「うん。あたしはお母さんが、だけど……だから、あたしも友達って呼べるのは、ずっと一緒にいた帆立ちゃんと海星くんだけ」 少しだけ寂しそうな、でも心からの笑みを浮かべるパールを見て、海月は言う。 「信頼してるんだね」 「うん!」 元気いっぱいの返事を聞き、何処か納得したように海月が呟く。 「そっか……だから、あんまり嫌じゃないのかな……」 「きっとそうだよ! 二人とも優しいもん!」 二人のやりとりを見て、海星と帆立も納得した。 「さっきのゴミに集るハエの意味がわかったね」 「そうね、そりゃあんな世紀末みたいな表現も出るわ……」 ふと、何かを思いついたのか、パールが立ち上がって提案する。 「そうだ! ねぇ、星が嫌いなんでしょ?」 「え? う、うん」 「なら、星が気にならない遊びをしようよ!」 「そんなのあるの?」 海月の問いに、パールは自信ありげに答える。 「あるよ! ちょっと待ってね!」 「……元気だね、あの子」 走り去っていくパールを見て、海月は呟いた。パールの昔を知る海星と帆立は、苦笑いしながら言った。 「パールは、昔から遊ぶの好きだからね」 「いつまでも変わらないね、彼女は」 どこか微笑ましい会話をしていると、パールが走って戻ってきた。 「お待たせ! 持ってきたよ!」 「早くない? まだ五分も経ってないんだけど」 帆立が困惑しているのを横目に、パールはじゃーん、と、持ってきたものを取り出した。それは、花火セットだった。 「花火……?」 「うん!これならきっと、星も気にならないよ!」 自信満々に言うパールだが、帆立が何かに気づいて指摘する。 「それ、やろうやろう言ってやらなかったやつじゃん。買ったの六月の下旬とかだけど、火つくの?」 「えっと……多分!」 「確証ないんかい」 「まあまあ、多少湿気はあるだろうけど、乾かしたらいけるかもしれないよ」 海星がパールを擁護すると、パールはうんうんと大袈裟に頷いて笑う。 「どれか一つがつけば、全部つくはずだよ。パール、ライターはある?」 「あるよ! はい!」 パールは海星にライターを手渡した。手渡された海星は、花火セットから適当なスパーク系の花火を取り出して、ライターを点火した。花火に近づけると、少し時間はかかるが火はついた。 「お、ついたね。海月くんは、手持ち花火の経験はあるかな?」 「ううん、やったことない……でも、すごく綺麗」 「こう言うのを、手持ち噴射花火っていうんだっけ? スパーク花火とも呼んだりするけど、手持ち花火だと一般的なんだよ」 火傷しないように気を付けながら、海星は花火を海月に見せた。海月は僅かに目を輝かせながら、スパーク花火に魅入っていた。 「海星くん! 終わった花火はこれに入れてね!」 「ああ、ありがとう」 海星は勢いのなくなったスパーク花火を、水の入ったバケツに放った。ジュッと言う短い音を立てて、花火は散った。 「私も何かやろうかな」 帆立が、青色のスパーク花火を手に取る。 「あたしも!」 パールは、オレンジ色のスパーク花火を手に取った。 「はい、点火」 「帆立ちゃん、火頂戴!」 「はいよ」 ついた花火の火を、帆立がパールの花火に分け与える。少しすると点火し、丁度二人の花火がクロスする形となった。 「クロスシャワー!」 「危ないからちょっと離れてね」 青とオレンジ。反対色の二色が交わり、美しい火花を散らしている。海月は、すっかり花火を気に入ったようだ。 「海月くん、こんな花火もあるよ」 海月が海星の方を振り返ると、海星は、離れて、とジェスチャーを送ってから、その花火に火をつけた。花火はパチパチと言いながら、うねって火花を散らしている。 「凄い……これ、なんて言うの?」 「ヘビ花火っていうんだよ。最近はあんまりないけどね」 「へぇ……」 「海月くんもやろうよ! はい!」 パールがスパーク花火を手渡した。 「うん……ついた。これでいいの?」 パールは静かに頷いて、言った。 「……やっと笑ってくれたね、海月くん!」  楽しい花火の時間はあっという間に過ぎて、花火セットの中身は、もうほとんど残っていなかった。 「……もう、ないの?」 「うん、でも、あと一種類残ってるよ!」 「花火の締めといったら、これしかないよね」 「……これは、なんて言うの?」 海月が花火を指差す。パールが元気よく答える。 「線香花火! これは下に向けて、火をつけたらなるべく動かない! すぐ消えちゃうからね!」 「そうなんだ」 「とっても綺麗だよ! やってみて!」 「うん」 海月は、線香花火に火をつけた。スパーク花火とも、ヘビ花火とも違う、静かで美しいその光に、海月は魅せられた。 (綺麗……パチパチしてて、でも音はシュワシュワの方が近いのかな。ぷっくりしてるオレンジ色の火花も凄い……まるで) 「君が好きなオレンジサイダーみたいだね」 海月の思考を読んでいるかのように、海星が微笑みながら言った。 「線香花火、どう?」 「すっごく綺麗。これが一番好き」 「そっか! まだ残ってるから、全部やろ!」 「うん!」 パールと無邪気に花火を楽しむ海月の目は、楽しげに輝いていた。 「やっと目に光が宿ったか」 「楽しそうでいいじゃないか」 「まあね。……あとは、家のことだけ気がかりだけど」 帆立が俯いて言う。このまま海月を家に帰せば、母親から何かを言われるに違いない。最悪の場合、鎖に繋いででも勉強をさせるかもしれない。そんな思いが、帆立の胸の内にあった。 「……なら、彼が帰るまでに、どうするかを考えないとね」 「……うん」 帆立と海星は、静かに話し合った。  ストン、と火花が落ちた。最後の線香花火が、静かに息を引き取った。 「終わっちゃった……」 名残惜しそうに、海月は呟いた。 「悲しい顔しないで。また買うから!」 落ち込む海月を慰めようと、パールは次の購入を約束した。 「来年こそは、夏にやりたいね」 「……また、一緒にやってくれるの?」 海月が三人を見つめて言う。三人は頷いて、代表するかのようにパールが言った。 「もちろん! 海月くんがどう思っているかはわからないけど、私たちは、海月くんと友達になれたと思ってるから!」 「友達……」 海月は下を向いて繰り返した。パールは不安げに、海月に問う。 「い、嫌かな?」 「ううん。嫌じゃない! 嬉しい!」 「わーい!」 「これで本当に友達ね」 帆立がホッと一息つく。海月は嬉しそうに笑っている。 「友達……えへへ」 「じゃあ、友達になったわけだし、連絡先を渡しておくよ」 「あ、ありがとう」 それぞれの連絡先を交換し、海月が言い出す。 「……そろそろ帰らなきゃ。流石に、電車無くなっても困るし」 寂しげに言う彼の目には、不安が宿っていた。じゃあねと言って歩き出した海月に、帆立が待ったをかけた。 「待って」 「……帆立? どうしたの?」 「……私も付いてく。着替えるから、少し待って」 「え? で、でも」 海月が言い切る前に、帆立は走って着替えに行ってしまった。海星は、そうきたか、とでも言いたげな表情だ。パールはどうしたらいいかわからず、立ち尽くしている。そして、そこまで時間が経たないうちに、帆立が水色のワンピースに着替えて戻ってきた。 「……えっと、ぼく、一人でも帰れるから、大丈夫だよ?」 言いかけていたことを伝えるも、帆立は首を横に振る。 「そう言うことじゃない。私は、あんたが帰ったあと、何されるかわからないから心配なの」 帆立は真っ直ぐ、海月の目を見て言った。海星もうんうんと頷く。ついていくつもりらしい。パールはまだ困惑していたが、よくない気配を感じ取ったのか、付いて行くことを決めた。海月はみんなが帰れなくなることを心配していたが、最悪迎えが来れると全員が全員言ったので、海月は分かった、とどこか安心した顔つきで言った。  四人の少年少女が、電車に揺られていた。やや緊張感の見えるその顔は、一つの決意に満ちている。 「次は、ひかりもの、ひかりもの、お出口は、左側です」 車内に、無機質なアナウンスが響く。 「降りなきゃ」 海月が席を立つと、帆立たちも一緒に席を立った。まるで最終決戦とでも言うような雰囲気に包まれた彼らは、彼らの敵を倒すべく、戦いの地へと歩を進めた。場所はそれほど遠くないため、駅を出て十五分程度で、その場所へと辿り着いた。海月が、玄関の鍵を開け、開幕の合図をした。 「……ただいま、お母さん」 海月が言うと、奥から足音が聞こえてくる。ドスドスという大きな音を立て、怒鳴りながら近づいてくる。 「海月! こんな時間までどこほっつき歩いてんの!? 塾から来てないって連絡も来てるんだからね! なんとか言いなさい!」 「いきなり叫ぶことないじゃないですか。確かにサボるのも連絡をしないのも彼の落ち度です。でも、時間は考えたほうがいいですよ」 海月母の怒号に怯むことなく、海星は言った。しかし、それが気に食わなかったのだろう。海月母は海星たちを見て、さらに怒鳴る。 「誰よコイツら! さては、こいつらと遊んでたわね? ふざけんじゃないわよ! 一体塾にいくらかかってると思ってるの!」 「別に海月は頼んでないでしょう。あなたが勝手に入れてるだけ。違いますか?」 帆立も海月母に反論する。海月は何か言いたげにしているが、ひとまずは黙っておくようだ。パールは震えているが、目は海月母を捉えている。 「な、なんで塾代の心配しかしないんですか? 海月くんがどうなっててもいいっていうんですか!」 負けじと、パールは言った。恐怖に打ち勝つために行ったであろうその言葉は、海月母には届かない。 「ああそう、分かったわ。二度と遊びになんて行かせないんだから。こんな馬鹿どもと連んでるからこうなっちゃったのよね。大丈夫、馬鹿とは関わらないでいいのよ」 「ふざけるな!」 海月が叫んだ。海月にとって、初めての、直接の反抗だ。海月母は、まさか反抗されるとは思っていなかったのか、一瞬狼狽えた。 「ぼくの友達を馬鹿にするな! いつもうるさいだけのくせに!」 「な……生意気言うな! そんなに言うなら出てけ!」 「お前と暮らすくらいなら餓死したほうがマシだ! バーカ!」 「海月……」 ふと、海星が気付いた。海月の足が、震えていることに。今まで従ってきた人に反抗する。それにどれだけの勇気がいるかを、彼は知った。 「何の騒ぎだ! うるさいぞ!」 奥の方から、男性が出てきた。海月の父親だろう。 「お父さん。ぼくもう帰らないね。この人と同じ空気吸いたくないから」 「いや、辛辣……」 「……お前ってやつは。また海月に無理強いしてんのか!」 「教育は必要よ! この子がわがままなだけよ!」 「俺は継がせる気がないって言っただろ! 海月がやりたいことができるようにしてやってくれと言ったんだ!」 「何よ!」 このままでは夫婦喧嘩が始まって埒が明かない。そう思ったのか、パールがわざと大きな声で言った。 「海月くん! あたしのお家においでよ! 今日はお泊まりしよう!」 「……すまない、放置してしまったな」 「ううん」 「……瞳。お前とは分かり合えないことがよく分かった。明日、荷物だけ取りに帰る。それでさよならだ」 「な、何を勝手に!」 「おいで」 海月父が、海月たちに手招きをする。 「うん」 怒鳴る海月母を置いて、海月たちは近くのホテルに向かった。  翌朝。結論から言うと、月詠夫婦は離婚した。慰謝料やらなんやら色々あるようだが、そこは全て父が適当にこなすらしい。一方で、海月たちはと言うと……。 「ごめんね、巻き込んじゃった」 「私たちが勝手について行っただけ。海月が気にすることじゃない」 「うんうん。それに、これで海月くんは何も気にしないで遊べるよ!」 「ようやく自由が訪れたというわけだ」 昨日と何も変わらず、楽しげに会話をしている。ふと、海月が三人を見つめて、優しい笑顔で言った。 「パール、海星、帆立」 「え?」 「……ありがとう」 「……やれやれ。どういたしまして」 ありがとう、と言われた三人は、穏やかな笑顔で海月を見つめた。 「さて、流石にそろそろ帰らないとね」 「次は何して遊ぶ?」 パールが海月に問う。 「えっと……アスレチックパークに行ってみたいな」 「いいじゃん。最近出来たあそこでいいよね」 「うん! 行こう!」 「楽しみにしておくよ」 次の予定を、楽しみに立ててゆく。そんな最中、海月が言った。 「……ねぇ。お願いがあるんだ」 「どうしたんだい?」 「……今度は、花火以外もやりたいな」 「ああ……もう来年の予定立ててるの?」 「あ、えっと」 「別にいいけどね。来年は、泳げる時期に行こうか」 「……うん!」 街の一角で、四人の楽しげな声が響いた。  潮風が触れる。火照った体には、丁度いい涼しさだ。 「ううん……」 海星が、ペンを持って唸っている。 「どうしたの?」 「ああ、海月くん。実は、今度の大賞用に、小説を書いているんだ。僕は作家になるのが夢だからね」 「そうなんだ……どんな話なの?」 海月がノートを覗き込む。すると、既視感のあるセリフが見えた。 「去年の秋の話さ。あれをモデルにしたら、いい話になりそうだと思ってね」 「そっか……確かに、濃い話ではあるね」 「だろう? でも、残念なことに、タイトルだけが思いつかなくてね」 「タイトル……大事だもんね。しっかり決めないと」 二人が話していると、遠くからパールと帆立の声が聞こえてきた。 「海月くん! 海星くん! 飲み物!」 「ありがとう」 「海星。書くのはいいけど、ぶっ倒れないでよ?」 「気を付けるよ……ん?」 海星が、何かを見つけた。そして、閃いた、と言うような顔をした。 「海星? どうかした?」 「いや、いいタイトルを思いついてね」 「そうなの? 良かったね。なんて言うの?」 風が強くなる。ザアザアと言う波の音に掻き消されないように、海星は言った。 「うん。タイトルはね……」

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初めまして、魔法が使えない君

 治療薬を飲むと、病気が治ってくる代わりに、痒くなったり、髪が抜けたりする。お金を稼ぐと、暮らしが安定する代わりに、税金が重くなる。何かをすると、代償が必ず生まれる。美味い話がないのと同じ。今から話すのは、そんな代償を背負って、幸せを得た青年の話。  私の名前は橘香織。高校二年生だ。 「おはよう」 「おはよう、香織」 そう言って私に挨拶するのは、幼馴染の舟屋みのる。垂れ目気味の、見るからに気が弱い彼だけど、他の誰にもない特徴がある。それは…… 「踏切開かないね」 「ちょっと遅かったかな」 「遅刻したくないし、飛んで行こうか。それ!」 みのるが指を鳴らすと、みのるが宙に浮いた。宙に浮いたみのるが、私に手を差し出す。これこそが彼の力。彼は、魔法が使えるのだ。 「ありがとう」 「どういたしまして。それにしても、香織、ちょっと太……」 「は?」 「何でもないです……」 魔法を使っているが、別に不思議なこととは思わない。彼がそれを当たり前に使っているせいだろうか。人前でも授業中でも、彼はお構いなしだ。でも、彼の魔法には制限がある。制限というか、これをしてはならない、という決まりが存在する。それは、他人のために魔法を使う、ということ。もし、自分ではない誰かに魔法を使ったら、彼は二度と、魔法が使えなくなってしまう。どういうわけか、彼はそれをとても恐れていた。だから、彼は自分にしか魔法を使わない。だからこそお構いなしなのかもしれない。  昼休み、私は教室にいたみのるを遊びに誘った。遊びとは言うが、その辺に出掛けるだけである。この辺は田舎なので、夜の川には蛍が見えるのだ。それをなんとなく見たくなって、でも一人だと怖いから、みのるを誘ったのだ。 「蛍か、もう何年も見てないな」 「基本、夜になったら外に出ないしね」 「まだいるかな」 「川は綺麗だし、いると思うけど」 そんな会話をしていたら、チャイムが鳴った。私は席に着いて、何時に家を出るかを考えた。  夜9時。人気も少なく、雲も見えない。星と月の明かりだけが頼りの暗い道で、私はみのるを待った。少しすると、魔法で灯りをつけた彼が走ってきた。 「お待たせ」 「そんな待ってないけどね」 「そう? まあいいや。行こう」 みのるはさっさと前を歩く。川までは少し距離があるので、私は思い切って聞くことにした。 「ねえ、みのる。どうして、魔法が使えなくなるのが怖いの?」 すると、みのるがピタッと止まった。少し悩む素振りを見せてから、振り返って言った。 「……怖いんだ。魔法が使えなくなった後、どうなるのかを考えるのが」 みのるはそこまでいうと、再び前を向いて歩き出す。 「魔法の使えない僕に、存在価値はあるのかなって。魔法がなくなったら、僕は何もできないのかなって。考えたら、魔法を失うのが、怖いんだ」 俯いていて表情はわからないが、僅かに震えていることから、彼が恐怖を感じていることがわかる。魔法が使えなくたって、彼は彼なのに。それを伝えるには、どうしたらいいだろうか。私は考えた。考えてるうちに、川に近づいていく。 「……みのるは、魔法がなくちゃ、生活できない?」 とにかく、聞いてみるしかない。そう思い、私は彼に問う。 「どういうこと?」 「魔法が使えなくなったら、日常生活を送ることも難しいの?」 「いや、そんなことはないよ。でも、使えなくなったら、僕の居場所がなくなっちゃうんじゃないかって、思ってるんだ」 みのるは苦笑いを浮かべながら言う。 「そんなことない!」 私は強く否定した。 「魔法が使えなくたって、みのるはみのるだよ。居場所がなくなるなんてこともない。だってみのるは優しいから。魔法は、空を飛んだり、灯りをつけたりするだけじゃない」 私は、いつの間にか目の前にあった川を指差しながら言ってみせた。 「魔法は、奇跡の連続。私はそう思ってる。だから、直接使えなくても、奇跡を願う気持ちがあるなら、誰だって、魔法使いになれる。みのるの最大の魔法は、その優しさだよ」 目の前の川には、たくさんの蛍が見える。それはとても綺麗で、まるで、魔法のようだった。 「……本当に?」 「本当に。少なくとも、私は君を望むよ」 「……香織」 みのるが、私の目を見据えた。何かが吹っ切れたようなその表情に、私は安心した。 「ありがとう。大事なことを教えてくれて」 「別に。私は、思ったことを言っただけ」 「それだけで十分なんだ。香織も、魔法使いだね」 「それはどうも」 蛍の光る川の前で、私たちは笑い合った。しばらくして、みのるが言った。 「そろそろ帰ろっか。明日起きれなくなっちゃう」 「そうだね。明日は体育あるから、ちゃんと寝ないと」 「そうだった! それじゃあ、急ごうか」 みのるがパチンと指を鳴らすと、私の周りが明るくなった。 「……みのる?」 みのるの方を向くと、彼は微笑んで言った。 「夜道だからね、転んだら危ないから」 彼は、私のために魔法を使った。つまりは、彼はもう、魔法を使えない。彼は今日、魔法使いをやめた。 「……ありがとう」 「どういたしまして」 満足げに笑う彼を見て、私は呟いた。 「初めまして、魔法が使えない君」

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初めまして、魔法が使えない君